目が覚めてから三日経った午後。結衣を含めた奉仕部員達の姿は病院のラウンジにあった。
「はいどうぞ!ゆきのんは午後の紅茶、ヒッキーはマッ缶ね。」
「ありがとう、由比ヶ浜さん。では、考察を始めましょうか。」
そう雪乃は机に置いてあるノートを開き、筆記し始める。
「ちょっと待て。聞きたいことがある。」
「何かしら比企谷君。と言っても貴方が聞きたいことは今貴方の心を覗いたから分かるわ。〝何故わざわざこの能力についてまとめる必要があるのか〟勿論、キチンと答えるわ。それは‥‥」
(未知の能力に対して正しい認識を持ち、この能力を使いこなせるようにするためよ。)
「おい、能力の無駄遣いすんなよ。」
「あら、別に良いじゃない。減るものではないのだから。」
「なんて言ったの?ちょっと二人だけで盛り上がっててなんかズルイ!」
二人はかなり早い段階で結衣には降りかかっている訳のわからない能力について話した。隠したところで何のメリットもないと判断したからではあるが、ここまですんなりと納得してもらえるとは二人とも意外であった。が、よく考えればアホの子、由比ヶ浜結衣が二人に降りかかっている状況を理解できてなどいやしないのだが。
「仲間外れにしてしまってごめんなさい。今はこの能力を使わないようにするわ。」
「というか由比ヶ浜、こんなことよく信じられるよな。普通なら頭打って変なこと言ってるだけだと俺なら思うがな。」
「信じない訳ないじゃん。だって二人とも大切な友達だもん!」
なんの根拠もない由比ヶ浜の一言。だが今の二人にはどこかストンと心に落ちてくる。
(友達か‥‥それはいわゆる〝本物〟と呼べるのだろうか。この二人とならもしかしたら‥‥‥いや、そんなのわからんことだな。)
「‥‥‥俺はそうは思ってないけどな。」
「ヒッキー‥‥‥どうしてそういうこというかな‥‥」
寂しそうな表情の結衣。あの水族館デートの一件から八幡と雪乃との関係も一段階近づけていると思っていた彼女からしたら八幡のその一言は針のようにチクリと心を突き刺さっていく。
そんな結衣の様子を見ていた雪乃はこめかみを少し抑えながらも結衣に優しく語りかける。
「安心して、由比ヶ浜さん。この男が今話したことは建前よ。心の中では〝この二人となら本物になれるかもしれない〟って完全にデレてたもの。」
「‥‥そうなの?ヒッキー。」
「いや‥‥そのだな‥‥」
(ちょっ、お前、能力使わないんじゃなかったのかよ。心の実況中継は止めろって。)
(仕方がないじゃない。勝手に入ってきてしまうのだから。それに真実は話しておいて支障がないと思うわ。)
(だとしてもだな、勝手に話すのは無しだろ!)
「あ!また二人でこそこそしてる!ズルイよ!二人とも!」
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「取り乱したわ。話を元に戻しましょう。まずは私の考察から話すわ。」
そう言って、雪乃は何やらノートに書き出しそれを二人に見せる。
「まず結論から言いましょう。私と比企谷君二人の考えていることが共有出来てしまう、それがこの能力の正体よ。そして仮説が二つほど考えついたわ。まず一つ目、この能力は二人の間の距離に影響されないということ。」
「どうゆうこと?」
「要は、どんなに離れていてもお互いの考えてることが分かるってことだよ。まだ確実には実証出来てはいないけれど。」
「へえ‥‥‥なんかそれ、ロマンチックだよね!」
(どこらへんがだよ!さすがはアホの子、思考がアホっぽい!)
と、ツッコミを心の中でいれると雪乃が冷たい目線を送ってくるのがまざまざと分かり、シュンとする八幡。
「‥‥で、もう一つは何だよ。」
「二つ目は、どちらかが無意識化に置かれている場合、共有が一時的にストップすることよ‥‥まあ、分かりやすく言うと比企谷君が寝ている時には私は比企谷君の考えていることは分からない、そういうことよ。」
(さすが雪ノ下、よくぞまあここまでまとめあげるもんだ。いいキャリアウーマンになるかもしれんな。なら養ってくれねえかな。目指せ、専業主夫!)
目覚めて三日。短期間でこの能力の特徴を見定めたその頭脳に八幡は素直に感心をしていた。その思考が雪乃に筒抜けになっていることも知らずに。
「大丈夫?ゆきのん。顔真っ赤だよ?」
「‥‥大丈夫よ。どこかの誰かのせいで少し暑くなっただけだから。」
「何でこっち向くんだよ‥‥って、俺が、あ、いや、違うぞ、いや違わないが‥‥‥いや、その、だな、」
「何でキョドってるの、ヒッキー‥‥‥も、もしかしてゆきのんでエッチなことでも考えてたんでしょ!最低!エッチ!きもい!」
「おい!違うから!ここで大きな声出すのやめて!変態になっちゃうから!」
結衣をどうにか収め、マッ缶で一息いれる八幡。なるべく雪乃に読まれないように無心で飲む。
「話を戻そう。俺もだいたいは雪ノ下と同じだ。が、一つ目の距離の問題に関して少しだけ例外がある。そういえば昨日、雨が降ってたよな。」
「そうね、午後にびっくりするくらい降ってきていたのは覚えてるわ。」
「雨が降っている時、不思議とお前の思考が途切れたんだよ。いや正確にいえばノイズが走ったというべきか‥‥それまでお前がずっと考えてた猫の妄想が聞きにくくなった。どう思う?」
「どう思うって‥‥それより私の思考を読まないでほしい‥‥と言っても無駄ね。そうね。もしかしたら気圧が関係しているのかも。気圧が低くなると脳に何らかの影響を与えているのかしら。」
「‥‥‥ごめん、二人とも。なんか分かんなくなってきちゃった。それに私、もう帰らないと‥‥」
「そうね、そろそろお開きにしましょう。私も比企谷君も明日の退院の準備しないいけないし。送るわ。」
雪乃と八幡は病院の入り口まで結衣を送り届ける。外へと歩いていく彼女の姿を見ながら二人は心で会話する。
(何だよ。そうだよ、まだ俺はこの能力に慣れてない。お前が慣れすぎなんだよ。)
(別に何とも考えてはないわ。ただ、もう少しこの能力を抑える方法は早急に考える必要はあるわね。ややこしくて堪らないわ。あ、そういえば、昨日貴方のところに姉が来たと思うの。姉さんが話していたわ。〝比企谷君といちゃいちゃしてきちゃった〟と。貴方が言っていた雨のせいで分からなかったのだけれど、何を話していたの?)
(‥‥‥大したことじゃねえよ、今まで通りに弄られて、終わりだ。)
(まあ、嘘っぽいけどそれで納得していくわ。どうやら記憶の共有はできないようだし。)
八幡にとってバレるわけにはいかないのだ。陽乃との協力関係を。
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「やっはろー!比企谷君。体調はどう?」
「あ、今、瞬間的に体調が悪くなりました。」
雪乃たちの考察披露会の前日午後、陽乃は八幡の部屋に来ていた。それはあの日渡されたあの紙について話し合うためだった。いつの間にか雨が降り少し薄暗い部屋の中で、八幡は魔王とのコミュニケーションを余儀なくされていた。
「もーそんなこと言わないの。せっかく綺麗なお姉さんが来たのに。まあそんな前置きは兎も角、来た理由はわかるよね。」
紙を八幡に見せる。それはいつの日か陽乃に渡した〝ストーカーに狙われている。情報はこちらから送る。〟と書かれた紙である。
「詳しく話してくれるよね。」
魔王の笑顔の怖さはおそらく大統領すらも動かせるのではないか、と思わせる程であり八幡は思わず身震いする。
「いや、今はその‥‥ん?」
その違和感は直ぐに分かった。
聞こえないのだ。さっきまで聞こえていた雪乃の猫妄想が聞きにくくなってきているのだ。
(これはチャンスなのか?)
八幡は全てを話す。ストーカーからの二枚の紙。インターフォンに移る男の姿。ストーカーの容疑者として小暮が挙げられていること。雪乃は実家に戻りたくないこと。しかし、ストーカーに怯え、奉仕部に無理な依頼をしたこと。
陽乃はイスに座り、静かに聞く。
一通り聞き終わると八幡の方をしっかりと向き、口を開く。
「ゴメンね、比企谷君。雪乃ちゃんのせいで巻き込んじゃって。」
「いや、起きちゃったことはしょうがないんで。俺なんかに謝らないでくださいよ。」
「俺なんか‥‥‥ねえ‥‥‥‥そうやって自分を貶すの、やめた方がいいよ。まあ、聞きはしないんだろうけどね。で、比企谷君はどう考えてるの。ストーカーについて。そして爆発について。」
「ストーカーについては雪ノ下にあてがあるようなので監視してれば問題ないと思ってたんすけど、そうはいかないようですね。問題はあの二枚。まるで予告状だ。」
二枚の内容をスマートフォンに映し出す。
「〝いつも ウシろニいる〟これはストーカー宣言みたいなもんでしょう。そして、〝僕ノ思いハ爆発シソウだ〟これは最初、直接的に手を出してくるのかと思ったんですけど、違った。」
「ちょっと待って。今回の爆発と繋がってると?」
「まあ、はい。文面そのままの意味だったんじゃないかと。でなければあまりにもタイミングが良すぎるんですよ。その小暮が何かしら関与してるかもしれない。」
「小暮‥‥そういえば、貴方達が目を覚ました時来てた二人のうち一人にそんな子がいた‥‥‥しかも救急を呼んだとか言ってたわ。」
「顔を見に来てた‥‥なら繋がるじゃないですか。小暮はわざと集積車に使いかけのスプレーを入れる。そして爆発した後、あたかも偶々そこを通りがかった風を装う。まるでピンチに駆けつける王子様のように。でもそれなら雪ノ下に直接被害を及ぼすのは何故だ?何の意味がある?」
「そもそもは雪乃ちゃんを脅すつもりだったとか。目の前で爆発させたらびっくりするじゃん。その反応が見たかったんだけど、たまたまタイミングが悪くって隣で爆発してしまった、とか考えるとどうだろう。」
「なるほど、それで焦って入院先まで顔を見に来て無事を確認しようとしたってことか‥‥‥」
二人の間で交わされるやりとり。まるでバラバラになったピースを組み合わせていくようにそこにある真実を構築していく。
「比企谷君、盛り上がってるところ悪いんだけど。」
白熱している中、それを中断する陽乃。
「分かってるとは思うけど、あくまで私たちが今話してるのってあくまで仮定の話なんだ。メールとかの証拠があるわけじゃないから多分警察も動けない。そこで比企谷君。協力関係を結ぼうじゃないか。」
「協力関係?」
「そう。雪乃ちゃんを守るための協力関係。君には小暮の周辺を探ってほしい。私はそれに対しての支援といざとなった時の武力行使。どう?」
(この人の武力行使って最悪死人が出るんじゃね‥‥)
戸惑う八幡であったが、確かに現状を鑑みれば小暮をストーカー規制法にのっとって警察に動いてもらうことですらできないことは目に見えている。
脳をフル回転させ、結論を導き出す。
「‥‥‥いいっすよ。ただやり方はこっちで勝手にやるんで。それでいいですよね。」
「さすが比企谷君、男だね〜どっかの金髪でみんなにニコニコしてるような軟弱者とは違うわ〜」
よろしく、と陽乃から差し出された右手。八幡はその手と握手する。
気づけば、雨は既にあがっていた。
公開設定をチラシの裏→一般公開へ変更致しました。
今後ともよろしくお願いします。