以心伝心な二人   作:レスキュー係長

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②行き先の謎

「で、なんで俺たちが雪ノ下さんの車に乗せられてるんですかね。」

 

 

運悪くも魔王、雪ノ下陽乃にエンカウントしてしまった二人はあれよあれよと言う間に車に乗せられていた。

 

 

「いや〜本当は静ちゃんと一緒に行こうかなって思ってたんだけど、「悪いが同期同士で飲み会があるんだ。」って断られちゃってさ〜。あ、雪乃ちゃんとの至福のひとときを邪魔されて怒ってるの?かわいいな~比企谷君が弟になるなんてお姉ちゃんハッピーだよ!!」

 

「ちょっと姉さん!ふざけないで!私と比企谷君はそういう関係じゃ……」

 

「でも、こっち側って比企谷君の家の方面とは少し違うよね。こっちは雪乃ちゃんのマンションの方面だもん。なんでかな~」

 

 

にやりと人の悪い笑顔をする陽乃。

後部座席に座らされた八幡と雪乃であったがバックミラーからしっかりとその口角が上がるのは確認できた。

 

 

「陽乃さん、いいかげん雪ノ下を挑発するの止めてもらえませんか。」

 

「やっと、比企谷君は私のことを名前で呼んでくれるようになったんだね。」

 

「いえ。雪ノ下と区別つけるのがめんどいだけなんで。」

 

「つれないな~。ま、だから遊び甲斐があるんだけど。」

 

 

 

 

車はぐんぐんと進んでいく。いつの間にか、千葉市からは少しはなれた住宅街を走っていた。夕日はしずんでいく一方で、あたりはズンと暗くなっていく。

 

 

「……姉さん、この車どこへ向かっているの。」

 

 

「それはね……着いてからのお・楽・し・み!うん?なんだ‥‥」

 

 

車が緩やかに減速する。何があったのか気になって八幡がフロントガラスを見ると、車が通るには少しギリギリに見える脇道があり、目の前には「工事中につき、回り道ご協力ください」という看板が掲げられ、せっせと屈強な男達がアスファルト再舗装の工事をしていた。

 

「これじゃ通れないじゃん……バック苦手なのに……」

 

「なんか言いましたか?陽乃さん。」

 

「え!?いやいや何でもないよ!ちょっと静かにしててね、比企谷君。忙しいからさ。」

 

 

 

いつもと様子が違う陽乃に違和感を抱く後部座席の二人であったが、その理由は運転中の陽乃の姿を見ればすんなりと理解できた。

 

 

 

陽乃は異常に浅く席に座っており、ハンドルは握るその手汗で湿っているためか、テカテカしている。なにより彼女自身の汗がすごいのだ。

 

 

八幡は雪乃に小声で話す。

 

 

 

「なあ、もしかしてお前の姉さんって……」

 

「……運転、相当苦手なのね。大体、姉さんが運転してるところ初めて見るもの。」

 

 

 

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

陽乃達ご一行が目的地に着いたのは夕日が沈みかけたころでだった。

 

「これは……」

 

 

目の前に広がっていたのは立派な御殿にあふれかえった粗大ゴミの山だった。ブラウン管テレビ、洗濯機、エアコン、オーディオ機器、様々ないわゆる粗大ゴミと呼ばれるものが置かれている。しかも奇妙なことに、きちんと種類分けはされているのだ。

 

「姉さんこれって……」

 

「そうゴミ屋敷。ここら辺の人はゴミ御殿と呼んでるみたいだけどね。大学の授業で脅迫性障害についてのフィールドワークが課せられたんだけど私は脅迫的ホーディングについて考察することにしたの。」

 

 

脅迫的ホーディング。ホーディング障害とも呼ばれるそれは住居に大量のものを収集することが止められなくなってしまう行動パターンのことである。この考えは近年、研究が始まったばかりであり、現在日本に数多く点在するゴミ屋敷の原因のひとつではないかとされている。

 

 

八幡はかつては車庫として使われていたであろう場所に入り込み、ゆっくりと見回す。粗大ゴミの量は膨大であるものの、変な匂いや得体の知れないものは見当たらない。

 

 

 

「ゴミ屋敷にしては片付いてるんすね。あ?これ全部、冷蔵庫か……何十年前の代物だよ…外国製か?外見は割ときれいだな…ここ、どっかのリサイクルショップの倉庫代わりに使ってるんじゃないですか。買い取った電化製品の仮置き場的な。」

 

「そう思って近所の人に話を聞いてみたんだけど、どうやら違うみたいなんだよね。比企谷君がいるその冷蔵庫エリア、何年も前から位置や物が変わってないんだって。不思議だよね……あ、こっちはどうななってるんだろ……」

 

「ちょっと、姉さん。仮にも人の住居よ。所有者の許可なく入るのは法律に……」

 

「雪乃ちゃんは心配性だな~。大丈夫だよ、万が一にも家主さんが来たらちゃんと話つけるからさ。それに雪乃ちゃん達も敷地内にはもう入ってるから同罪だね。」

 

そう言い残し、陽乃はずんずんと敷地の奥に入っていく。

 

 

残された八幡はどうもいつもよりなんだか不安そうな雪乃の表情を見て、解せない感覚に襲われていた。

 

「お前、どうした。変な顔してるぞ。」

 

「貴方だけには言われたくないわ。目腐ヶ谷君。ちょっと戸惑っただけよ。あんな姉さん見たことなかったから……」

 

 

(あんな姉さん……か。なるほどな。そういうことか。)

 

 

 

八幡はそっと雪乃の横に肩を並べ、話始める。

 

 

「完全無欠のお前の姉さんが車の運転なんていう程度の低いことが苦手だったから幻滅でもしたか。」

 

「幻滅‥‥そんな大層なことではないけれど、あえてその言葉で表現するなら姉さんに幻滅、というより私に幻滅、の方がしっくりくるわね。姉妹だから、家族だから、姉さんのことぐらい大体のことは分かってるつもりだったの。勉強も運動も完璧で人当たりが良くって、いつも正しいことをする、そんな人だと思ってた。でも、あんな調子の姉さんは見たことなくって……だめね、私、他人に勝手な理想を貼り付けるなんて。」

 

「そんなもんなんじゃねえか。人に理想押しつけるなんて社会じゃよくあることだろうしな。勝手に理想を押し付けて、勝手に幻滅して、で又理想を押し付ける。それの繰り返しなんだろうよ、人間関係なんて。大体、血が繋がっていようがいまいが他人を完全に理解するなんて無理な話だろ。まあ、あれだ、あんま気にすんなってことだ。」

 

 

そういう八幡も雪乃と同じであることは自認している。それまで雪ノ下雪乃を『強い女の子』、由比ヶ浜結衣を『優しい女の子』と思ってきた。だがそれはそんな理想に基づく関係はそれはうわべだけの関係であるのだ。そんなものでは本物にはなりえない、というのが八幡の認識だ。

 

 

八幡は自分に問う。今、横にいる雪ノ下雪乃を深く理解できているだろうか、理想を押し付けてないだろうか、と。

 

 

「‥‥‥そうね。そうかもしれないわね。比企谷君、大丈夫?出来立てのゾンビのような顔色よ。比企谷ウイルスにでも感染したのかしら。」

 

 

 

八幡が横を見るといつものように八幡に毒舌を吐く雪ノ下雪乃にすっかりと戻っていた。

 

 

「勝手に新たなウイルスを作り出すのはやめてもらえませんかね。言いたい放題にも程があるとおもうのですが。」

 

「あら?それは優しくしろ、ということかしら。なぜ、私が貴方に気を遣わなければならないの?理解に苦しむわ。」

 

「おい、さっきまでの俺のお前に対する同情その他諸々を返せ。」

 

 

 

 

八幡の返しにクスッと笑う雪乃。

 

そして、クルッと八幡に顔を向け、

 

「幾分、心が軽くなったわ。あの、その、ありが‥‥‥『ぎゃあああ!』」

 

 

 

 

 

 

その声はずっと敷地の奥から発せられており、陽乃の声であろうことは容易に想像できた。

 

 

2人はすぐさま声の方へ駆けていく。すると見えてきたのは一階の部屋の窓の前でうずくまる陽乃の姿だった。

 

 

「どうんたんですか、陽乃さん。」

 

「‥‥ちょっとびっくりしただけよ。あの窓から離れた方がいいわ‥‥」

 

 

しかしその助言は既に遅く、二人は窓に注目する。

 

「なっ‥‥」

 

 

その目線の先にあったのは、夥しい数のフランス人形の陳列だった。どれも綺麗に整理されているだけでなく、その髪は勿論、洋服でさえ埃ひとつ着いていない。人形特有の人工的な笑顔、何かを見据えているような目、完璧に管理された人形たちは確かに奇妙な光景を作り出していた。

 

 

 

 

 

 

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ゴミ御殿を出た陽乃達は来た道を戻り進んでいた。それも凄いスピードで。今の彼女に法定速度という概念は通用していないようだった。

 

 

「いや〜やばかったね〜あのゴミ御殿。ちょっとビックリしちゃった。」

 

「ちょっとっていうか腰抜かしてへたり込んでた‥‥‥」

 

「はあ?どうしたのかな、比企谷君。私がいつ腰を抜かしてへたりこんだりしたのかな?ねえ、私へたりこんでなんかいないよね。ね、ね!」

 

「姉さん、ちょっとスピード出しすぎじゃないかしら。危ないわ。」

 

 

 

妹に言われて気づいたのか、徐々にスピードを落としていくのが体感的に理解できた。

 

 

「大体、なんでこんな時間に行ったのよ。もっと早い時間からくればいいじゃない。」

 

「いやいや、ここまでいろいろ大変だったんだよ。エンジンはエンストするし、バッテリーは上がるし、職質されたりしたし。」

 

 

車に呪われてるんじゃないか、と軽口を叩こうとしたが間違いなく睨まれ、ややこしいことになるのが目に見えていたので口をつぐむ。

 

 

 

(にしても気味の悪い家だったな。絶対頭逝っちまった奴が家主に違いない。陽乃さんも目じゃないくらいの。)

 

 

「比企谷君、失礼なこと考えてるなら謝った方が身のためだよ。謝らないなら‥‥」

 

「すいませんでした!!!」

 

 

(すごーい!君はナチュラルに心が読めるフレンズなんだね!)

 

陽乃はやはり魔王であった。

 

 

 

 

 

 

 

車は雪乃のマンションの前に止まる。先に雪乃が出て、辺りを見回す。

 

(今日は視線を感じない‥‥‥ストーカーも毎日来るわけじゃないのかしら。)

 

 

後から降りようとした八幡だったが、陽乃に呼び止められていた。

 

 

「比企谷君さ、雪乃ちゃんと一緒に隠し事なんてしてないよね。」

 

「‥‥なんすか、急に。」

 

「いや、雪乃ちゃんの様子が変だったから。なんか怯えてるというかそんな感じかな。」

 

「ない、と断言したいところではありますがなんともいえないっす。」

 

「やっぱりそうなんだね。あのさ、比企谷君。雪乃ちゃんは嘘はつかないけど素直じゃない、そういう子だから。ま、なんかあるなら力になってね。」

 

 

(やっぱり勝てないな、この人には。)

 

 

八幡は紙を取り出し、陽乃に渡す。

 

「これは?」

 

「一応の保険です。使わなきゃいいんですが。一応、善処はしますよ。」

 

そっか、ありがとう、よろしくね。そう話しながらその紙を受け取る陽乃を後目に見ながら八幡は外へ出る。

 

陽乃の車はゆっくりと動き出しながら夜の暗闇に消えていく。そんな車を雪乃と八幡は見えなくなるまで見続けていた。

 

 

 

 

 

 

「車から出るだけなのに随分遅かったわね。」

 

「お前の姉さんに脅されてたんだよ。『このこと言ったら、社会的に潰すから』って。本当いい性格してるよな。で、どうする?もう暗いし、ウチに帰っても晩飯は終わってるかもしれんがウチくるか?」

 

 

「小町さんにはいろいろ準備していただいてたのに申し訳ないわね。後日謝りにいくわ。今日は‥‥そうね‥‥‥」

 

 

 

 

次の一言に八幡は絶句する。

 

 

 

 

 

 

「貴方がウチに泊まっていくのはどうかしら。」

 


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