以心伝心な二人   作:レスキュー係長

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エピローグ:平穏

 

空を見ながら、八幡は病院の屋上のベンチでマッ缶のプルトップを開け、その茶色い液体を体内に流し込む。

 

ねっとりとした甘さが口の中に広がる。だが、これが八幡に確かな安心を確認させてくれるのだ。

 

 

 

「八幡、ここにいたんだ。探したよ。」

 

 

後ろから聞こえるソプラノのよく通る声。

 

 

「戸塚か。もう大丈夫なの‥‥というか今日退院か。準備は済んだか。」

 

「もちろん。そんな大した怪我じゃないから。いいの?雪ノ下さんに付いていてあげなくて。」

 

「追い出されたんだ。検査するからって。後、十分もすれば検査も終わるだろうよ。」

 

 

彩加は八幡の隣に座り、持っていたクッキーの缶を開く。キラキラと輝くジャムクッキーをひとつ摘み、八幡の口元に手を運ぶ。八幡はそのクッキーを器用に口に挟みかじってゆく。

 

 

「もう、八幡ったら。ハムスターみたいだよ。」

 

 

そんなやりとりをする二人を遠目から見ていた入院患者が

「ああ、青春だな‥‥」

と呟いていたことを二人は当然知らない。

 

 

「ところでさ。ニュース見たよ。学校、しばらく休校だってね。マスコミ対応で忙しいんだろうね。それに犯人‥‥‥」

 

 

マッ缶も空になって来たところ、彩加が話し始める。

 

 

「ああ、俺は昨日、刑事さんから聞いた。」

 

 

八幡は空の缶をベンチに起き、昨日のちょうどこの場で交わされていた近藤との会話を思い出していた。

 

 

 

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「すまないね、急に付き合わせてしまって。あ、これ。君好きなんだろ。実は俺も結構好きでね。」

 

 

そう黄色い缶をベンチにおく近藤の表情こそ笑っているものの、目の奥は笑っているようには見えない。

 

 

「それで俺なんかを呼び出してどうかしたんすか。」

 

「君はこの事件の当事者だ。一応話しておこうと思ってね。まあ、じきにマスコミには情報公開はされるが。」

 

 

ベンチに座る近藤に習い、八幡もベンチに座り、次に発せられる言葉を待つ。

 

 

「小林が留置所で自殺を図った。やられたよ。自分のシャツで首吊りするなんてな。」

 

 

「っ!」

 

思わず拳を握り締める八幡。

 

(自殺だと‥‥卑怯者め、あそこまでかき乱したくせに。)

 

「おかげで動機もはっきりとはわからないままだ。ただ、小林と瀬田との関係は分かったよ。小林は幼い頃に両親を亡くし、親戚に育てられていた。養子としてな。なくなった両親の名前は瀬田俊介と和子。やつは亡くなった両親の家を隠れ蓑に犯行に及んだ。大したサイコパス野郎だな。まあ、でも、いい落とし所だったんじゃないか。奴が死ぬことで脅威は完全に消えたわけだからな。」

 

「‥‥‥アンタ、本気で言ってんのか!」

 

 

八幡は思わず立ち上がり、近藤を睨みつける。

 

この男は自分勝手に巻き込み、自殺して自らの罪から逃げ果せた小林を正当化しようとしている。それは正義を裏切っているように思えてならなかった。

 

 

「青いな、君は。だが、よく考えてみろ。もし、あいつが生きたまま起訴され、ムショに入っても所詮は殺人未遂だ。十数年で出てきちまう。そうなれば報復の可能性もある。怯えながら生きていくよりも死んでもらったほうが君たちにとって未来の負担が少ないと思うがね。」

 

「刑事らしからぬ発言っすね。」

 

「この国の法律はサイコパス野郎を完全には取り締まれない。現場にいるとそのことがよく分かるんだ。ご立派な思想だけじゃ、やってけないんだよ。君も大人になれば分かるさ。」

 

 

そろそろ仕事に戻らねば、と近藤は立ち上がり去っていく。

 

 

 

八幡は振り向くことなく、上を向き空を眺めていた。

 

 

 

 

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「八幡?また考え事でしょ。ダメだよ、一人で抱え込んだら。」

 

彩加八幡の顔に近づき様子を伺う。

 

 

そんなやりとりをする二人を遠目から見ているわけがない海老名姫菜が

「はち×とつ!うひょーー!!!」

と盛大に鼻血を出し騒動になっていたことを二人は当然知らない。

 

 

「お、おう。大丈夫だ。考え事というか思い出してただけだ。」

 

「そっか‥‥‥でも犯人が分かったのは八幡のおかげだって聞いたよ。やっぱりすごいな。僕は殴られて気を失っただけだもの‥‥‥」

 

「いや、それは違う。守ろうと努力してくれたことに意味があるんだ。よくやったよ。」

 

戸塚彩加は勇敢な少年だと八幡は心の底から思う。自分の危険を顧みず、危険に立ち向かう彼には感謝しかない。

 

「もしさ、次に何かあったら相談してよね。僕は八幡の友達だから。頼りないかもしれないけど。」

 

「おう。ありがとうな。彩加。」

 

二人の間に優しい風がそっと頬を撫でる。彩加は〝そろそろ行かなきゃ、また学校で!〟と手を大きく振り、去っていく。

 

 

(友達か‥‥‥出来れば恋人になりたい‥‥いかんいかん。変態になってしまう所だった。早いとこ見舞いにいくか‥‥)

 

 

 

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ICUから移ってきた雪乃の病室は馬鹿でかい個室であった。あちらこちらに装飾品の数々が置かれ、ベッドも一人で寝るにはあまりにも広すぎる。八幡は品のないセレブの部屋のようだと評していたが、それもあながち間違ってはいないのかもしれないほどだ。

 

 

八幡は病室のドアをノックする。

 

 

「どうぞ。」

 

 

その声に導かれるようにドアをスライドさせる。

 

 

「今日も来たのね。懲りずにくるなんてストーカーかしら。」

 

「おい、タイムリーなブラックネタをぶち込んでくるのは勘弁してくれ。ストーカーとかもう聞きたくない。」

 

「そうね、貴方はストーカーではないものね。貴方は‥‥‥私の命の恩人よ。」

 

 

そうベッドから八幡に微笑みを送ったのはまぎれもない雪ノ下雪乃であった。

 

 

 

 

「体は何ともないのか。」

 

 

「お医者様も問題はないと話しているわ。貴方、昨日も同じ質問をしていたと思うのだけれど。国語学年三位のくせにボギャブラリーが貧困なのかしら。」

 

「いや、昨日の体調と今日の体調は変わるかもしれんだろ。あんなことがあったんだし。」

 

「私は至って通常運行よ。あの能力は無くなってしまったけれど。」

 

 

 

病院に運び込まれた雪乃はすぐにICUにて処置は適切に行われた。酸素欠乏による脳への後遺症が心配されていたが、意識を取り戻した彼女を検査した所何の異常も見られず、代わりに以心伝心の能力は綺麗さっぱり無くなっていた。医者はその場で行った八幡の人工呼吸が功を奏したのではないかと言っているが、実際のところは分からない。ただ一つ言えるのは、あと少しでも遅かったら命はなかったかもしれないということだけだ。

 

 

「あんな能力は要らん。正直、意識をごまかすのはとんでもなく疲れるからな。」

 

 

「そうね。貴方が本棚に隠してある十八禁小説で妄想を膨らませていた意識なんて二度と見たくはないもの。」

 

 

「‥‥‥何のことだか。」

 

 

雪乃はため息をつき、話を続ける。

 

 

「貴方、私が寝たのを見計らって行為に及んでいたようだけど意識が丸見えだったわよ、変態ヶ谷くん。」

 

 

(あぁ‥‥‥死にたいほど恥ずかしい!止めて!そんな目で俺を見ないで!)

 

 

「‥‥‥死にたいなんて言葉、二度と使わないで!」

 

 

病室に雪乃の声がこだまする。

 

 

「す、すまん。気が回ってなかった。もしかして俺、今口に出してたか?」

 

「いや、でも分かるわ。ほんの一時期とはいえ、貴方と私は繋がっていたんだもの。何となく貴方の思考は、ね。」

 

 

少しだけ、部屋の空気が鉛のように重くなる。察した八幡が話題を切り替えようとするが、雪乃の言葉によって遮られる。

 

 

「本当はもっと早くに言うべきだったけど、改めて言わせて欲しいの。言うタイミングはここしか無さそうだから。私を救ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。」

 

 

ベッドからの謝罪が八幡の胸を締め付ける。お前のせいじゃない。そう言葉にしたいのに声が出ない。

 

 

「私があの時に小林先生、いや小林に付いていかなければよかったの。油断が自分の首が締めたのよ。」

 

「それは違う。それは結果論だ。あいつが犯人だってお前おろか俺も分からなかったんだからそれを防ぐのは無理だ。」

 

「でも、おかしいところはたくさんあったの。連れ去られた時だって〝比企谷君が車で待ってる〟って騙されてついて行ったのよ。まったく小学生でも付いていかないわ。」

 

 

八幡は気づく。雪ノ下雪乃は自分に全ての罪をかぶせ、楽になろうとしているのだと。だがそれは自分を壊しかねない危険な行為であることに間違いはない。

 

 

「違うよ!ゆきのん!」

 

 

後ろからの声に反応し、振り返る八幡。その視線の先にはいつもとは違い髪を下ろし、赤いメガネで知性を演出している結衣であった。

 

 

「ダメだよ。ゆきのんがそんなに背負ったら。みんな悪いの。もちろん、犯人が一番悪いよ。でもゆきのんもわがままで周りを巻き込んだのも悪い。それを止めなかった私も悪い。無茶したヒッキーも悪い。皆の悪いところが重なってこうなっちゃったんだと思う。だからゆきのんだけの責任じゃないんだよ。みんなの責任。だからさ、自分を責めるのは止めようよ。」

 

 

「でも、私は‥‥‥」

 

「ゆきのん!」

 

雪乃に近づき、優しく抱きしめる結衣はまるで聖母のようで美しい。

 

いつの間にか雪乃の頬にも雫が流れ落ちてゆく。

 

 

そんな雪乃の頭を撫でてやる結衣を見て、かなわんな。と八幡は思う。言いたいことを迷いなく素直に言える結衣を羨ましいのだ。

 

 

 

 

一通り泣き終わると雪乃は赤い目を少し擦り、一呼吸入れる。

 

 

「私たち、こんなことになってしまったけれど、あの頃のように戻れるかしら。」

 

「もちろん!むしろ、結束が深まったくらいだよ!ね、ヒッキー!」

 

 

ここで振ってくるのか、とも思ったが結衣からの無言の圧力は思いの外強く、口を開かざる終えなかった。

 

 

「まあ、間違いは誰でも起こすからな。問題は起きた後、どうなりたいのかじゃないか。」

 

「ヒッキーもさ、もう少し素直になれないかな。ヒッキーらしいといえばそうなんだけど。よし!この話は終わり!あ、これ焼いてきたんだけど一緒に食べよ!」

 

 

ゆいはチョコレートクッキーの入った袋を取り出し二人の前に置く。思わず引く二人。

 

 

「あ、由比ヶ浜さん。私の分は比企谷くんが全力で食べるそうよ。」

 

「おい、ずるいだろ。俺を病院送りにする気か。紅茶、俺が入れてくるわ。」

 

「そんなに酷くないよ!味見したし!ヒッキー、逃げるのはダメだよ!」

 

 

赤く目を晴らした雪乃にも自然な笑顔が戻る。

 

 

病室が騒がしくなっていく中、ティーパックで三人分の紅茶を作る八幡は久しぶりの平穏に純粋な幸福を感じていた。

 





はぁ‥‥やっと終わりました。辛かった。これにて完結です。この小説の反省は活動報告に載っけました。


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