ロクでなし魔術生徒の残念王女   作:サッドライプ

7 / 8

 何故に手話が魔術師にとって必須なのか書いてなかったりする原作。

…………折角考えたのに入れ忘れたり、触れたつもりでそのままになってる設定ってよくあるよね(実体験・遠い目)





アクセルシンクロォォォッ!!!

 

 

 しばらく風景が流れて小高い丘に差し掛かったところで、速度を合わせて並走したビックス達とハンドサインを交わしたルミアが休憩を宣言する。

 詠唱に口を塞がれる魔術師にとって喉を経由せずに意思疎通を行うための手話は必須習得項目とはいえ、思考と出力の間隔―――つまり、言おうとしたことを手話に翻訳するタイムラグ―――がほぼゼロなのではと思うくらい淀みのない動作は随分と慣れを感じさせるものだった。

 

 丈の短い草の中、ところどころ白や黄色の花がぽつりぽつりと咲いた坂に足を投げ出す形でルミアと二人座り込む。

 吹き降りていく優しい風は、少し暖かくて先ほどまでの地を駆ける中での向かい風とはまた違った心地よさがある。

 

「んー、陽ざしが気持ちいいわね、ルミアっ」

 

「そーだなー」

 

 大きく伸びをすると、固まっていた体が気持ちよくほぐされていく。

 そのまま仰向けに倒れこむと、輝かんばかりに青と白を主張する空が視界いっぱいに広がった。

 

 はしたない、とはやった後で気づいたけど、元気が有り余っている男四人は西の方に見える森に分け入ってったし、ルミアはそんな子供っぽい仕草をする私をどこか微笑ましげな暖かい目で見てるだけ。

 

「………」

 

 ちょっと、恥ずかしかった。

 同い年の筈なのに、妙に包容力というか甘えたくなるような雰囲気を発していることがあるのはなんなんだろう。

 頬が仄かに熱くなってぱたぱたと手で煽いでみると、からかうようににやりと笑ってルミアは視線を景色へと移した。

 

 そのまま静かに草原を眺め続けるルミアと、そんなルミアをなんとはなしに見ている私と。

 落ち着いた時間が流れ、ふと思い出したようにルミアはポケットから小さな巾着を取り出す。

 

 中身はこげ茶色のクッキー………に見えなくもないナニカだった。

 

「ルミア、どうしたのそれ?」

 

「……ただの残飯処理だ」

 

 

―――朝早くから台所でなんかごそごそしてると思ったら、何やってんだ“ルミア”?

 

―――あ、あはは……義兄様がお出かけするから途中で食べてもらえたらな、って思ったんですけど、失敗しちゃいました。

 

―――大丈夫かよ魔術師志望。高等な術式になれば触媒に砂粒一つの誤差も許されないような手順とか山のようにあるんだぞ?

 

―――ぅ、ごもっともです……。片づけておきますので、義兄様はお気になさらず出発してください。って、義兄様?

 

―――もらってく。炭でコーティングされてるが、腹の足しくらいにゃなるだろ。

 

―――あ……っ、義兄様!?もう…っ。

 

 

「―――たかがクッキー焼くのに失敗するとか、魂レベルの不器用かっての」

 

「?よく分からないけど……自分で作ったの、それ?」

 

「ド失礼な白猫だなてめー」

 

「かぺっ!?に、にぎゃい……!」

 

 正確無比なコントロールで投げられた炭が素早く私の口に飛び込んでくる。

 砂糖の分量もたぶんおかしい気がするお菓子もどきの味の酷さを、私は文字通り味わう羽目になった。

 

 それをルミアは、量は大したことはないとはいえ一つ一つ顔を思い切りしかめながら口に入れていく。

 健康にもあまり良さそうには思えないけれど、何故か止めるのも躊躇われる姿だった。

 

 ゆっくりと、本当にゆっくりとしたペースで食べ終える頃、遠目に男子達が走って戻ってくるのが見えた。

 何やら興奮しているようで、休憩時間を終えて走行を再開しようという気配でもなさそうだった。

 

 

「ルミアちゃん、システィーナちゃん!あっちの方の森にすっげー怪しそうな洞窟があったんだぜ!」

 

「これはもう探検するしかないと思うのだが、君たちはどうかな!?」

 

 

………。

 

 まさかここで彼らを置いて帰る、というのは流石にあれだし、男衆の満足するまでこの付近で手持無沙汰というのもいただけない。

 国境も程遠い帝国領の中で未発見の遺跡が、なんてオチも無いでしょうし、ただの自然洞窟ならすぐに探検も終わる、という判断で私たちも彼らについていくことにした。

 

 その判断自体におかしなところは無かったと思う。

 前提となる情報が足りていない、という点を除けば。

 

「ルミアー、この洞窟どれだけ広いのよ……」

 

 左手の灯り、黒魔【トーチ・ライト】に微量の魔力を注ぎ続けながら、ぼんやりと輪郭を浮かべる土壁の中を歩いてもう半刻。

 ぐねぐねと曲がっていく細い道だった上に分岐も多いせいか、男子達ともはぐれて出口がどちらかも忘れ二人私たちはさまよっていた。

 

 端的に言うと、迷子になっていた。

 

 分岐ごとにルミアが目印をつけていたけど、見覚えのない何かの符丁みたいな印でその法則性も分からない為に、私はもう覚えていられない。

 そして当のルミアはと言えば、男子達とはぐれたあたりから急に口数が少なくなって何か考え込んでいる。

 

「る、ルミア……?」

 

「………さて、これはどう考えるべきなんだろーな」

 

 気のせいなのかな―――足元を照らす程度の灯りの中で伺えるルミアの真剣な表情が、なんだか怖く感じる。

 終わる見通しも立たずに歩き続けるのは肉体的にも精神的にも疲れがどんどん溜まっていくし、もともとただ日の光の届かない暗い場所、というだけで本能的に不安が押し寄せてきていた。

 

 いつもならルミアの不敵で能天気なろくでなし具合で吹き飛ぶんだけど、彼女はただ静かに土壁の一点を指さすだけ。

 

 灯りを向けると、何か印のようなものが刻まれている。

 土のめくれ具合とか色からして、そう古いものじゃなさそう。

 

「――――え?」

 

 というより、これは。

 いや、でも。

 

「ありえない……!?」

 

 見覚えだけは確かにある、ルミアの付けた“分岐点”での目印。

 けれどその印が右半分だけ途切れた状態で、“一本道”の途中の横壁に確かに刻まれていた。

 

「残った分を読み解くなら。ここは、ほぼ直角に分岐した丁字路だった筈だ。

 “少なくともこれを書いた時の俺はそう認識していた”」

 

 チッ、と舌打ちを一つならして辺りを見回すルミア。

 狭い洞窟の道しか見えることはないけれど、確かにそこに何がしかを確認するような鋭い目つきで剣呑な雰囲気を発する。

 

「幻術か、それともダンジョンよろしく構造そのものを時間経過で変化させてるのか。

 どちらにせよ状況的に考えて、これが人為的なものでない筈がない」

 

「まさか―――」

 

 私の驚愕を遮るように、ルミアが左手を掲げる。

 

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》ッ!!」

 

 

 私は何に驚けばよかったのか。

 

 洞窟内を一瞬だけ真昼のように染め上げる稲光?

 ルミアが学生に習得を禁じられている軍用魔術【ライトニング・ピアス】を使ってみせたこと?

 

 それが気配もなく後ろから飛びかかってきた何かを、見事に撃ち落としてしまったこと?

 

「キィィ、ィ――――……」

 

 悲鳴とも断末魔ともつかない奇妙な断末魔を上げて墜落し、二度三度跳ねて動かなくなるそれを検めて、ルミアは顔をしかめた。

 

「犬に、こりゃ蝙蝠か?いくら洞窟内だからって、趣味悪すぎるぞこの合成獣(キメラ)」

 

「き、合成獣って………!?」

 

「あーそうだ確定ってこった、ここ自然洞窟じゃなくて魔術師が作ったダンジョンだ。

 それも、かなり後ろ暗い部類だろうな」

 

「嘘、なんでそんなものっ!?」

 

「あの四馬鹿に悪意はなさそうだったから、誘い込まれた訳じゃない、って言いたいところだが………学生に暗示かけるのなんかこのレベルのダンジョン作れる魔術師にとっちゃ朝飯前だろーからなー」

 

 魔術で人為的に複数の生物の優れた点を掛け合わせて作られた異形の死体から視点を外し、一度肩をすくめて首を振り、そして彼女は声を張り上げる。

 

「どっかで見てんだろ、魔術師さんよぉ!いたいけな女子学生を覗き見とか随分いい趣味してんじゃね?」

 

 

『キ、キキキ……オ褒メニ預カリ恐悦至極ゥーーーー!!』

 

 

「ひぅ……!?」

 

 耳を引っ掻くような甲高くもざらついた声が響いたのは突然のことで、しかもそれが先ほどの死体から発せられたものであることの恐怖と驚愕と生理的嫌悪で、つい悲鳴をあげてしまう私。

 対照的に動じないどころか呆れたと言わんばかりにため息をつくルミアは、臆した様子もなくいつもの調子で言葉を投げた。

 

「おまけにどーせ歩いて出られないように出口はとっくに閉じてんだろ?

 拉致監禁も追加じゃねーか変態親父」

 

『ソシテ謂レナキ罵倒ニ愕然ッ!誤解ダヨ、大体ボクチャンノオウチニ勝手ニ入リコンデ来タノハ君タチジャナイカ!』

 

「不幸な事故だとでも?だったらさっさとここから出せや」

 

『不幸、ソウ、ココガ見ツカッタノハトテモ不幸。デモボクチャントテモ幸運、ダッテドウセ君達ハ逃ゲラレナイ。

 活キノイイ魔術師ノ卵ガヒイフウミイ、沢山ッ!何ニ使オウカナ、エヘヘ』

 

「………っ」

 

 気軽に発せられた最後の部分に、怖気を覚えてへたり込んでしまった。

 蝙蝠の頭に犬の四肢なんていう下手物を作った魔術師が、人間を『何に使う』のかなんて、きっと温室育ちの私にはとても想像もつかないようなおぞましいことでしょうに………夕飯の献立を楽しみにするかのような気軽さで話すのがいっそう怖ろしい。

 

 許されざる悪徳、なのに。

 私に、ルミアのように怒りにまかせて噛みつく気概は無い。

 

 

「はん、せいぜい皮算用でもしとけや外道魔術師。吠え面かかせてやんよ」

 

『軍用魔術ヲ使エル程度デ粋ガルナヨ三流魔術師。負ケ犬ノ遠吠エハ耳触リナンダ』

 

 

 決然と叩きつける宣戦布告と、超然と切って捨てる悪意。

 合成獣はそれきり文字通り物言わぬ骸に戻り、洞窟内の静けさが戻ってきた。

 

 でも、さっきの魔術師はきっとまだこちらを“見ている”。

 この行為が相手の嗜虐心を満たすと分かっていながら、私は震える肩を自分で抱きしめていることしかできない。

 

 そんな私の頭に、ルミアは優しく手を置いた。

 

 

「安心しろ、白猫。俺が絶対、お前を家に帰してやる」

 

「――――」

 

 

 危な過ぎた。

 

 ルミアが男だったら絶対惚れてた。

 それくらい安心する手の温もりと、頼もしい声音で―――、

 

 

「で、ものは相談なんだけど、白猫お前、黒魔【コンストラクチャー・シーク】使えない?

 代わりにやってくれると色々楽になるんだよなー」

 

「………。使える、けど」

 

 

―――例え惚れても、この色々と残念なの相手では気の迷いとして全然素直になれない、そんな私の姿が何故か鮮明に見えるようだった。

 

 

…………。

 

 いや、理屈は分かる。

 

 これから先は私たちを閉じ込めようとする魔術師との荒事がどう考えても避けられない。

 そしてその時に見習い相応の技術とそれ以前の度胸しか持っていない私が出来ることはなく、ルミアを矢面に立たせてしまう以上、それ以外で負担できる部分は全て私が負担して当然で。

 

 そしてそれ以上に。

 

 

「見える……っ。全部見通せる……!!」

 

「おし、上出来だ白猫」

 

 

 建築物の構造や地形を解析・把握する魔術、黒魔【コンストラクチャー・シーク】によって得た情報が即席で繋いだ経路(パス)を通じてルミアに伝わる。

 この魔術を使うために灯りを消した為に、魔法陣の仄かな光以外は暗闇一色の視界になってしまったけれど、代わりの“目”には刻一刻と壁や行き止まりの配置が変化していく洞窟迷宮の全てが俯瞰視点で入ってきていた。

 

 迷路を解くのなんて子供の時の戯れ以来だけど、確かに出口に繋がる道はもはや皆無で、ここから歩いて出ることは不可能。

 そんな絶望的な事実も、そもそもこういう魔術にも対策が施されていて当然のダンジョン相手に私がたどり着くことすら不可能だった筈で。

 

「感応能力……」

 

「お外でペラペラばらすなよー、割とシャレにならんから」

 

 ルミアが持っていた他人の魔術を増幅し、学生の私が高位の魔術師の防壁をたやすく突破できてしまうような異能。

 迷信深い者たちから悪魔の力とすら言われている、個人に生まれつき備わっている力。

 

 その持ち主の一人がルミアだと知って、そもそも彼女が生家から捨てられた理由、誘拐された本当の理由、そしてこうして荒事にも慣れているらしい理由も、完全とはいかなくてもなんとなく見えた気がした。

 隣国では何の罪も犯していなくても存在自体が悪として火炙りにかけられるらしいし、今もこの光景を見ながら小躍りしていると思う誰かのように、その希少さに涎を垂らす者達からつけ狙われる羽目にもなる。

 

 そしてこの能力は自分には使えない。

 だから秘密を漏らすリスクを考慮しても、これは必要なことだった。

 

「捉えた――!!」

 

 私が敵の魔術師の居場所―――この迷宮の心臓部の位置と方向を把握し。

 

 そして。

 ルミアが赤い魔術触媒の結晶を砕き潰さんばかりに強く握り込み。

 

 

「《我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・―――、」

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りしものは五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須らく此処に散滅せよ・――――、」

 

 

《遥かな虚無の果てに》

 

 

「ええい!ぶッ飛べ、有象無象ッ!黒魔改【イクスティンクション・レイ】ッッ!!!」

 

 

 邪魔な何十枚の土壁を、まとめて閃光が刺し貫く。

 ルミアの保護者である魔女の偉業を代表する、実に七節の超々高難度を要求する対神魔術。

 

 どれだけの厚さがあろうとも、一切を根源素までに分解する猛威の前には紙切れにすらならなかった。

 

「ねえルミア、これ崩落とか大丈夫なの……?」

 

 もう当のセリカ・アルフォネア教授以外、学院の講師の何人が使えるかも怪しい超高等魔術をルミアが使っても、驚くのにも飽きてきた。

 別の心配に即座に頭が回ったのは、果たして冷静なのかそれともただ麻痺しているだけなのかしら。

 

「壁抜きされた程度で崩れるようなちゃちな代物作るような奴なら、最初からこんな迷宮作らねーよ。

 ただ再生には相当時間が掛かるとはいえ、地底から高みの見物してる馬鹿の鼻っ柱叩き折ったばかりだ、さっさとツラ拝みに行ってやろうぜ」

 

 そう言ってルミアは流石に消耗したのか気だるげにしながら………何故か【グラウンド・クルーザー】の呪文を唱える。

 そして現れた乗り物の、前面側面屋根付きの防壁付きなデザインを見て私はこれまでとはまるで別方向に嫌な予感を覚えた。

 

 

「待って。ねえ待ってルミア。まさかとは思うけど………」

 

「……ああ、折角だから白猫にこの魔術の数少ない使いどころを教えてやる」

 

 

 あとは車輪に刃でもついていれば、もう古来からの戦車と呼んで差し支えないような気がする、その物体に手をついてルミアは愉しげに笑う。

 

 『敵陣への強襲特攻』――――リィエルと組む時はすっげー便利だったんだぜ、じゃないわよリィエルって誰よ!?

 そんな私の抗議を聞いてくれる子じゃないのは分かってて、それでも無駄な抵抗を試みて。

 

 ルミアと捕まった私を乗せて、急加速する―――馬の何倍も速く、内臓がお腹の中で速度に置き去られ圧迫される不快感をこれ以上なく感じるほどに。

 

 

「さあ……… 満 足 し よ う ぜ ?」

 

「いやあああぁぁぁっっ、降ろしてぇぇーーーーーー!!?」

 

 

 この日、私は乙女の尊厳を失った。

 

 

 

 

 





 ダイレクトアタック(意味浅)

 もう慣れたよ、読者に予想されるのなんて………。
 ふんだ、別に作者のネタが陳腐なんじゃなくて予想する読者がサッドライプの毒電波に犯されてるだけなんだもんねっ!


 と、意味の分からない自己弁護をしつつ。
 活動報告になんか愚痴っぽく一人称で書いてみた感想載せたら、なんか色々アドバイスいただいちゃいました。
 ただ別段こだわりがあった訳でもないですが、試験的とはいえここまで白猫視点で進めてみた以上ひとまず現状の感じで続けようと思います。
 こんな毒電波発信機の活動報告にまで反応していただいた方にはなんだか申し訳ありません。





…………我は髪を斬獲せしもの(ぼそっ


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。