ロクでなし魔術生徒の残念王女   作:サッドライプ

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の、クラスでの立場的な話。




超絶美少女魔術師ルミアちゃん☆

 

 私、システィーナ=フィーベルには、一つの大きな後悔がある。

 

 けれどその対象であるルミアからはなんだか有耶無耶みたいな雰囲気だった気もするけど、気にするな、自分で自分を許せ、みたいなことを言われたんだと思う。

 普段のルミアの適当さからは想像もできないくらいの真剣さが潜んでいたその叱咤には、確かに頷ける内容がある。

 

 後ろめたいことがあるのなら、なおさら俯いて立ち止まってはいけない。

 引き摺るものを抱えていたとしても、一歩でも前に進んでいかないと結論すら出てこないから。

 

 そういう意味では、ルミアにちゃんと声に出して謝罪できたことは一歩前進だけど、当然そこで止まってしまっては意味がない。

 自己満足かもしれないけど、償いとしてルミアの為になにかしてあげたいと思う。

 

…………とはいえ。

 

(私がルミアにしてあげられること、って?)

 

 私にあってルミアに無いもの。

 私自身の謙遜と驕(おご)りを両方脇に置いたとして、同年代一般より優れているものと言えばパッと思いつくのは実家の格と教養だけど、前者はこんなことで引きあいに出すのは論外だし、後者もむしろ私がルミアに色々教えを請わなければいけないレベルだと思う。

 ましてルミアの後見は唯一の第七階梯魔導士、伝説の魔女セリカ=アルフォネア。

 一度学内でルミアと話している場面を見たけど、冗談交じりのやり取りの中でもちゃんと目を掛けられているように見えた以上、そもそも後ろ盾も教育環境も私より優れたものをルミアは持っていると思う。

 

(だったら、どうすればいいのかしら……)

 

 なにか、何かないのか。

 私は気付けば観察するように、休み時間中に登校してきたルミアの方を見つめていた。

 

 

「よーっすお前ら朝早くから御苦労、ルミア=レーダス様只今参上だ」

 

 

 おそらく大した理由もない遅刻に悪びれないどころかその大きな胸を張るようにして教室に入ってくるルミアにクラス中の視線が集まる。

 それに彼女が動じないのはいつものこととして、そもそも注目を集めるのもルミアの奇行というか悪行という直接の原因だけじゃない気がする。

 

(ルミアってば妙な存在感があるのよね)

 

 同年代の集まるクラスの女子生徒とは、何か根本的に違うものをこうして見ていると感じる。

 そのせいか良くも悪くも皆が彼女に何らかの関心を持っている。

 まだ同じクラスで互いの名前と顔も一致しない者同士が珍しくもない時期に、ただ目立つ不良というだけならこうはならないと思う。

 

「おはようルミアちゃん。あのね、さっきの授業で教わった手順で、ノートのこの部分、上手く繋がらないところがあるんだけど―――」

 

「……ねえ、リン。それを授業を受けてないルミアさんに訊ねるのはどうなの?

 とは言ったけど、改めて見ると私も気になるわねそこ。分かるかしらルミアさん、それとおはよう」

 

 リンは魔術射撃の授業の時助けられた一件で、あんな感じに小動物っぽく懐いてるし、それをあきれ顔で流すテレサもルミアに笑顔で相対している。

 

「あ?無氷石の元素抽出?まだ火結晶の精製すらやってなかった気がするんだが………ああハイハイ、講義に託(かこつ)けて自分用の研究材料をタダで確保しようってパターンね。

 たく、相変わらずここの講師共はロクでもねーな」

 

「ええっ、いいのそれ!?」

 

「費用の節約になるというなら……まあ、先生達も役得がないとやっていけないでしょうし」

 

「さっすが商会の娘だなテレサ。その辺理解ある感じか」

 

 

「―――ムカつかない、とは一言も言ってないけれど?」

 

 

「ぴぃっ!?」

 

「おお怖い怖い。それはさておき、その辺の内容はちょっと学習段階飛ばし過ぎだ。

 とりあえず後でメモに必要手順とレシピだけ簡潔にまとめて渡すが、なんでそうなるかとかそもそもなんの為にやるのかとかは放置していいぞ。

 どうせあと一年はただの無駄知識だ」

 

 根本的に面倒見はいいのか、授業内容(ルミアはまともに聞いてない)について質問されると意外にまともに対応してくれるルミアとああして打ち解けている子は何人か居る。

 人それぞれでしょうけど、魔術の実力という形で圧倒的な差での上位下位がはっきりしてしまう魔術講師には尻込みしてしまい、同じクラスの子に質問する方が気が楽だ、という子も多いでしょうし。

 

 一方で。

 

 同級生に質問などプライドが許せない、あるいはそこまでいかなくてもやはり自分の魔術の実力に自信を持っていた子達は、ルミアを嫌う場合が多い。

 

「『相変わらず』ここの魔術講師はろくでもない、か。

 まだ半月も経ってないのに、随分と知ったように語るんだな、ルミア」

 

(あ、やべ……そりゃ俺ももともとここの卒業生だし、あの頃と大して雰囲気変わらないみたいだったからつい失言しちまった)

 

「何故か『お前が言うな』というセリフが浮かんでくるけれども、それはまあいい。

 だが、その講義を怠惰から受けていない君がよくもまあそう酷評できたものだね。

 その図太さが羨ましいよ」

 

 ああして正面から嫌味混じりに突っかかるギイブルはまだましな方で、教室の後ろの方でひそひそやってるのは間違いなくルミアの陰口で盛り上がっている。

 文句があるなら堂々と言えばいいのに、と憤りを覚えるけど、どうでもよさそうに笑うルミアに止められて注意できない。

 確かに、言われるルミア自身にも原因があることだけど……っ。

 

「ふふふ、そういうギイブル君は随分とノートに書き殴ってるじゃないか?

 お前も分からなかったけど誰かに質問するのは癪だから自分なりに頑張って考察してた感じか?」

 

「く……っ!」

 

「ネタばらしすると、そもそもそれ、講師が書き間違えたんだろうが板書の演算式が一行ズレてんぞ。」

 

「何!?」

 

「ま、思考停止せずにまずは自分で解決しようとする姿勢は嫌いじゃない。

 せいぜい励め青少年」

 

「………ふん」

 

 優等生ほど煽りからかいたがる困ったルミア。

 けれど今は微妙に生暖かいというか弟妹を見守る兄姉みたいな視線を向けながらだから、美少女のルミアにそんなことをされて照れたギイブルが頬を赤らめながら顔を逸らす。

 その方向の機微は察せないのか、ますますムキになる相手を想定してたのに肩透かしを食らったルミアは、目をぱちくりさせてからかうのをやめた。

 

 そんなやり取りで一瞬気まずくなりかけた教室の空気も、一部まだひそひそやってるグループとルミア本人を除いてはギイブルに生温かい視線を向けたぬるいものに落ち着く。

 クラス中ににやにやされるギイブルが所在なさげに次の授業の教科書を開くのが若干かわいそうに思えた。

 

「あ、そうだルミアちゃ~ん、お願いがあるんだけど~」

 

「どーしたビックス、気色悪いぞ?」

 

「ひでえ!?いや、俺兄貴と同じ部活に入るんだけどよ、三日後の新歓イベントにクラスの可愛い子連れて来いってすっげぇ頼まれてるんだよ。

 協力して欲しいんだ!」

 

「ほお。それでこの超絶美少女ルミア様に話を持ってくるとは分かってるじゃないか。

 だが、高くつくぞ?」

 

「なんでもする!この通りだルミア様!」

 

「ん、今なんでもって言ったな?ならそのイベント中はお前俺の下僕な。

 あと部活自体には俺は入らねえ。この条件でオーケー?」

 

「犬とお呼びくださいませルミア様ッ!!」

 

「お、おう………?」

 

 男って、バカだから。

 美少女にはデレデレするしそれが今のビックスとのやり取りみたいに気さくに話せる性格となると、のぼせあがるバカも結構いる。

 おそらくこのクラスで一番男子に人気のある女子はルミアで、彼女自身はそれでいい気になるような高飛車女じゃない―――というかイベント中だけって言ったのに即座にびくんびくんしながら下僕モードに入ったビックスにどん引いている。

 

 それだけだと『バカばっか』の一言で済むのだけど、ルミアのあの立ち位置は女に目の敵にされるパターンな訳で。

 自分はお高く取り澄ましていたい、その立場を持ち上げる役目を自分以外の女にして自分にはしない奴がいることは気に食わない、ましてその対象となる女は――――敵でしかない。

 現実的にそれが可能かどうか、またその為に努力や実績を重ねてきたかどうか、その辺を無視してそういう思考に走る女性は決して珍しくない。

 

 後日それをルミアに警告すると『要するに方向性が違うだけで女もバカばっかってことになるじゃねーかアホくせえ』って答えが返ってきてしまって反論したいけどできなかった。

 

 それはともかく。

 ここまでルミアに対する観察と考察を進めたところで、最初の疑問の答えが見えた気がした。

 

 私がルミアにしてあげられること。

 

 ルミアはその素行のせいで敵を作ってしまうことが多いみたい。

 せめてもう少し、一般的な生徒くらいに真面目に授業を受けて謙虚さを持っていれば、やっかみはなくならないとまではいかなくともそんなに酷くもならなかった筈だから。

 

 私にあってルミアに無いもの。

 

 勤勉さ。目上に対する敬意。節度。あと妙に疎い女性の機微。

 

 それら全部叩き込んで、ルミアをどこに出しても恥ずかしくない淑女然とした立派な魔術師へと矯正することを、私は決意する。

 ルミアにはきっと疎ましがられるし、どの面下げてという話かもしれないけれど、このままだとルミアの卒業後の将来にもマイナスになってしまう。

 

 だから、私はクラスメート達とのやり取りを終えて隣の席に鞄を置いたルミアに、“最初の”お説教を始めた。

 

「ルミアっ、これで三日連続の遅刻よ!今日という今日はさすがに言わせてもらうわ」

 

「うげっ、このパターンは……まさか白猫お前―――」

 

「生活の乱れは精神の乱れ、魔術を扱うなら天敵よっ。

 毎日規則正しく過ごすことから、既に魔術師の修養は始まっているのだと私は思うわ」

 

「やっぱりか、そんな所まで白犬そっくりか!?」

 

「話を逸らさないで!大体あなたが魔術師としてとても優れているとして、今授業でやっているようなことを改めて学び直す意義が無いとしても!

 学生としてこのクラスに所属している以上、集団の規律を乱して士気を下げ、教えてくださる講師の方達をおちょくって迷惑をかける理由には全くならないのよ?

 それをあなたは―――」

 

「待て白猫、話せば………いや話さない方が分かる!?」

 

「そんなわけないでしょというか言葉おかしいわよ!?

 大体朝の先生だってお怒りで本当気まずかったのよ、ルミア=レーダスはまたサボタージュかって。

 私も一緒についてってあげるから、後できっちり謝らないと!」

 

「うっげぇ。朝の先生?……どいつだっけ?」

 

 

「忘れないでよというかそろそろちゃんと名前呼びなさいよ実は普通に覚えてるでしょ?

 

―――――ハーゲンダッツ先生よ!」

 

 

「「「…………、?」」」

 

「悪い白猫、素で訊くが、誰?」

 

 

 急に声を張り上げてルミアに説教を始めた私になんだなんだと野次馬をしていたクラスメイト達が、全員一斉に沈黙する。

 一瞬どうしてそうなったか自分でも分からず―――けれど、何故かルミアはあの先生だけは頑なに本名で呼びたがらないというパターンを定着させてしまっていて、昨日彼女が使っていた呼び名の方を持ち出してしまったミスに気付く。

 

「ぷ、くく………システィーナさん、それ反則……」

 

「今のまさか、天然……?」

 

「~~~っ、~~~~」

 

「ちょっとシスティーナ、ウェンディが呼吸困難起こしてるじゃない!?どうするのよ!」

 

「し、知らないわよ!?」

 

 かぁっと頬が熱くなる、恥ずかしいなんてものじゃない。

 勢いこんでこんな失態、一瞬経ってから流れを理解した皆の笑い物になって、穴があったら入りたい……。

 

「その、白猫……ガンバっ!」

 

「にゃああああああ―――――っっっ!!!」

 

 そして説教に腰の引けていたルミアに、肘を曲げて掌をぐっと眼前で握る妙に可愛らしい仕草で励まされて。

 私には、意味を為さない奇声を叫ぶことしかできなかった。

 

 

 





 特に作者には男性一般女性一般をひとくくりにして何か語るつもりはないです。
 あくまで傾向の話であって、欲求や自尊心とどう向き合ってくかが個々人で問われる部分だと思います、念のため。


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