ロクでなし魔術生徒の残念王女   作:サッドライプ

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 いつもの病気。
 あとちょっと一人称と会話の掛け合いの練習。

 そしていつもどおり色々な意味でごめんなさい。



オレがあいつであいつがオレだった

 

 私、システィーナ=フィーベルには、一つの大きな後悔がある。

 

 魔術史に名を刻んだ偉大な祖父と、帝国の要職にあって法を司る立派な父に恥じぬよう、幼い頃から勤勉に研鑽に励んできた。

 教育を受ける環境に恵まれたこともあって、知識も魔術の腕もそこらの同年代には負けないという自信がある。

 勿論、それに驕らないよう、また傲慢に陥らないよう、正しさと誇りをもって立派な魔術師になり、祖父の夢を継ぐという目標を持って怠らずにこれからも進んでいくつもりだ。

 

 でも、どれだけ正しい道のりを積み重ねたところで、消えない過ちはきっとあるのだろう。

 

 二年前、フィーベル家に一人の居候の少女がいた。

 私と同年代のお人形みたいな可愛らしい子で、最初はお友達になれないかと話しかけてみたけど、反応は全然芳しいものじゃなかった。

 思い返せばそれも当然で、だってその子は親に捨てられてしまったばかりの子で、情緒不安定になって急に怒ったり喚き出したりしても何も不思議じゃない。

 

 そしてたった二年前とは思えないくらい幼稚だった私は、何も考えずにその子を嫌いになって意地悪や悪戯を沢山仕掛けた。

 するとお父様もお母様も彼女を庇って私を叱るものだから、自分よりその子の方が可愛いんだと見当違いな意地を張ってしまって。

 

 

 そんな過ちに気付く間もなく、その子は。

 

 ある日帝国高級官僚にして資産家であるレナード=フィーベルの娘である私と間違えて誘拐され、戻ってこなかった。

 

 

 どんなに辛い思いをしたのだろう。

 どんなに苦しかっただろう。

 

 お母さんに出ていけと言われた、世界に誰も味方なんていない―――そう言って泣いていた女の子に、優しさ一つ分けてあげられなかった、あまつさえ身代わりにしてしまった、それが私の後悔。

 

 その結晶が、今日、栄えあるアルザーノ魔術学院入学式で。

 

 

「くかー、くかー………ちょ、セリカ、それ俺のパンツ……」

 

 

 盛大に変な寝言を言いながらこっくりこっくりと頭で船を漕いでいた。

 

 入学式早々私の隣の椅子が空いていた時点で変な予感はあるにはあった。

 けれど式典が始まってから恥ずかしげも無く、てとてとやる気なさげに会場を横切ってやって来たその女の子は、周囲の奇異の視線と私の驚愕を全く意に介することなく―――というか気付いたかどうかも定かではなく―――私の隣に座り、そして一瞬で寝た。

 

(ルミア……なのよね?)

 

 忘れる筈もない、光を柔らかく反射するきれいな金の髪。

 身長も体つきも……なんていうか、たった二年で愕然とするくらいに成長していて、相応に大人びた顔つきは、しかし気の抜けた寝顔を見ると当時のものと人違いなんて思えない。

 

 なんで、一体どうして。

 二度と会えない、最悪もうこの世にいないかもしれない、そう考えてたのにこんなにも呆気なく会えるなんて。

 私の隣に座っていて、そして逆隣りの男子がいやらしい視線を向けているくらいにだらしなく着崩した青い制服は、魔術的意匠の施された私のと同じもので。

 つまり一緒のクラスということなんだろうか。

 

 あまりに唐突な事実に思考がうまく働かない。

 いっそ現実感がない。

 申し訳ないけど理事や来賓の方々のお話も全然頭に入って来ない。

 

………そして。一つだけ言いたいことがあった。

 

 

「いつまで、寝てるのよぉぉっ!!?」

 

「………んに?」

 

 

 爆睡。

 結局式の間中ずっと目を覚ますことなくぐーすかと豪胆にも眠り続け、生徒達が皆教室に向かって立ち去ってしまうまで待っても起きないお姫様につい肩を掴んで揺さぶってしまった。

 その上で私が大声を上げて、やっとのろのろと反応する娘。

 

「ほら起きて、起きなさいルミアっ!」

 

「ふぁ……ん、あれ?」

 

「あれ?じゃないわよ!もうみんな教室に行っちゃってるわよ!!」

 

 ぱちぱちと目を瞬いて、欠伸混じりにこちらを見上げてくるルミアもまた、私の顔を見て驚いたようだった。

 

…………流石にこの娘も、覚えてるわよね。私のことも、私のしてしまったことも。

 

 胸に後ろめたい感情と、恨みをぶつけられることに対する身勝手な怯えが湧いた瞬間、その娘は―――、

 

「白犬?」

 

「は?」

 

「いや、白犬お前マジでなにやってんの?なんでこんなとこ居んの?」

 

「い、犬って私のこと!?なに人をいきなり動物扱いして―――、」

 

「つーかその制服……自分でやっててキツくね?お前もう成人してなかったっけ?」

 

「いきなりド失礼ね!?うら若き乙女に向かって……!」

 

「ぷっ、だはははははははっ!え、げほっ、ごほっ、うら若き乙女ぇ!?ひひっ久しぶりに爆笑したわ、白犬お前そんなキャラだったか!?」

 

「さっきから犬、犬って!私にはちゃんとシスティーナ=フィーベルっていう名前があるの、知ってるでしょ!?」

 

「…………、あれ?」

 

 可愛い顔して実に憎たらしく笑っていた表情が、急にきょとんとして首を傾げた。

 そしてなぜかおもむろに手を上げて私の頬をつまみ、ちょっと引っ張る。

 

「ん?でも“俺”を『ルミア』って呼ぶってことは、セラの妹かなんかか?

 じゃあ白猫でいっか」

 

「ふぁに…っ、何するのよ!?というか犬呼ばわりの次は猫!?」

 

 引っ張られて恥ずかしい発音になったのを乙女の尊厳的に全力で振り払い、私はキッとルミアを睨みつける。

 

「私に姉はいないし、セラって名前の親族もいないわ!」

 

「ちょっ……お前それ流石に可哀相じゃね?どんな確執があるか知らんが、たぶんあいつ泣くぞ?」

 

「ドロドロした家庭の事情もないわよっていうかわざと言ってるでしょ貴女はッ!

………はあ、はぁっ、けほっ」

 

 ペースが完全に乱される。

 わずか数分で数カ月分くらい一気に叫んでしまったせいで乱れた息が荒れた喉に辛かった。

 

 流石に悪いと思ったのか、ルミアは神妙な顔をしてじっとこちらを見つめてくる。

 

「………」

 

「……う」

 

 翡翠色の瞳に、薄らと銀髪で目元の隠れた女のシルエットが映る。

 そうだ、負い目があるのはこちらの方で、それなのに熱くなって、私は何も成長してないのだろうか。

 真っ直ぐに見つめ返す事もできずに目を逸らす私に、ルミアは真剣な声で告げた。

 

 

「悪りぃ、人違いだったわ」

 

 

「……え?」

 

「いやー知り合いに似てるからつい勘違いしちゃったわー。

 ま、そうカリカリすんなって。初対面の相手にまでそんなきゃんきゃんやってると、白髪(しらが)、取り返しつかなくなるぞ?」

 

「しょたい…めん?」

 

 にやりと、一瞬でまた小憎らしい笑みに戻って続けられた言葉に、頭が真っ白になる。

 

 人違い?この娘はルミアじゃない?

 そんなまさか、ある意味で両親やお祖父様以上に見間違える筈の無い相手だ、だって私の心に焼きついた後悔はそんな浅はかなものじゃない、そんな軽いものであっていい訳がない。

 

「ぁ――――」

 

 もしかして。

 

 思い当る。

 この人を食ったような態度の裏で、やっぱり私のことを恨んでいるのだろうか。

 それとも、『お前なんて気にする価値も無い』とそういうメッセージなのだろうか。

 

「じゃ、そゆことで」

 

 逡巡で動けなくなった私に背を向け、無造作にスカートを翻しながら彼女は教室の方へと去っていった。

 

 どんな顔をすればいいのか分からない、けどもし彼女に会えるなら、一言謝りたかった筈なのに。

 一人取り残された私の口をついて出たのは、やっぱり違う言葉だった。

 

 

「私のこれは白髪じゃなくて銀髪よ――――!?」

 

 

 その叫びは物凄く虚しく無人の会場に響き、そして私は盛大にオリエンテーションに遅刻して嫌な注目を浴びたのだった。

 

 

 

…………。

 

「あーつまり、あの白猫はお前……もとい “俺”が誘拐される前、一瞬だけ暮らしてたところの家主の娘だと?」

 

「はい。まさかこんなところで会うなんて。ごめんなさい、義兄様(にいさま)」

 

「謝るこっちゃねーだろ。

 ていうかだから“その顔”で“今の俺”にへこへこすんなっての、『ルミア』。

 もう二年だから、いい加減慣れたけど」

 

「まあまあいいじゃねーか?素直で可愛いころのグレンが戻ってきてくれたみたいで、おかーさん若返った気分」

 

「ほざくな不老不死が。しかしびびったわ、まさか白犬が若作りしてバックアップに来たのかと一瞬俺かヤツの正気を疑った」

 

「面白そうだなそれ。今からでも打診してみるか?セラ嬢の葛藤に満ちた顔が浮かぶようだ」

 

「 や め て や れ 」

 

「じゃあリィエルを後方要員として」

 

「 論 外 だ ろ う が 」

 

「そうだな、後方要員ならクリストフを女装させるというのも」

 

「本気でやめてやれよ。つかなんで女装が前提?」

 

「だってグレン、“今のお前”は女子生徒なんだから、こと学校なら女の方が圧倒的に組んで行動するのが楽だろ?

 だがそうだな、女装ならアルベルトでも」

 

「………アリ、か?ってんなわきゃねー」

 

 

「ともかく。私もいることだし、ある程度はお前一人でもなんとかなるだろ?」

 

「気は進まねーけどな。連中巻き添えとか寧ろ嬉々としてやる奴らだし、学校なんざ場所としちゃ最悪に近いだろ」

 

「義兄様……あぅ!?」

 

「だから“その顔”でそんなツラすんなっての。

 ま、お前が狙われてる間は俺が“この身体”使ってるのも悪くはないし、お前の身上からすりゃ汚れ仕事とはいえ“この身体”で帝国の為に働いた実績作っておくのもいつか意味を持つ……かもしれん」

 

「ふふ、なに、お前が取りこぼさなければ万事解決だ。期待してるぞ、宮廷魔導師団特務分室、執行者ナンバー0『愚者』のグレン=レーダス一時改め―――、」

 

 

「『ルミア』の身体を囮に、群がってくる天の智慧研究会の外道魔術師を狩り尽くす。

 その間はせいぜい学生ごっこでもしてやるよ」

 

 

「―――執行者ナンバー16、『塔』のルミア=レーダス」

 

 

 

 





※幻魂の盗賊(スナッチシフター)

 この病気時空において誘拐されたロリルミアたんを救出する際にグレン君が間抜けにも引っ掛かったブービートラップ。
 本来の使用目的は稀少な異能などの資質持ちを価値を損なうことなく手に入れる為に廃人などと意識を入れ替えて人体実験に使ったり、あるいはお約束的に人から人へと憑り移って永き生と優れた肉体を得続ける、そんなある外道魔術師が作成した魔導器。

 魔術経路(パス)を強引に接続してどーのこーの、二者の霊体と精神を拡散させつつ境界を曖昧にして肉体を誤認させどーのこーの、結果個々人の魔術特性なども丸々肉体に残したまま意識だけを入れ換えるちょーヤバい代物。
 擁護のしようもなく最低な下種の使う危険物なのだが――――こういう風な話に使うと何故か超ご都合主義な俺設定にしか見えない、素敵!


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