落第騎士の英雄譚~破軍の眠り姫~(一時凍結) 作:スズきょろ
まだまだ肌寒い四月の早朝。
巨大な敷地を有する破軍学園の前に、三つの影があった。
一つは正門前でタオルとスポーツドリンクを持つ、ジャージ姿の詩音。
その隣で肩を浅く上下させながら、詩音から受け取った水筒のスポーツドリンクを飲む、同じくジャージ姿の一輝。
そして二人からかなり離れた場所でヘトヘトになりながらも、二人の待つ正門前というゴールを目指して走る、同じくジャージ姿のステラ・ヴァーミリオンだった。
一輝は体力維持のため、いつも早朝に20キロメートルほどのランニングを行なっている。
元は魔力方面の才能がない一輝が肉体方面を鍛えようということで始めたトレーニングなのだが、三日前からステラも参加している。だが、
一日目、ステラは途中で倒れた。
二日目、ステラは吐いた。
だから三日目は一輝はステラのペースに合わせようとしたのだが、負けず嫌いな性格からかペースを落とすと今にも斬りかかってきそうだったのでいつも通りに走った。
するとステラはかなり遅れてはあったが、ちゃんと一輝についてきた。
「はぁー!はぁー!ゴール・・・ッ!」
「お疲れ様」
「へ、平気よ・・・ッ、こ、これくらいっ」
流れる汗を拭く余裕もないほど疲れ切ってるくせに、ステラはたいした根性だった。一輝はステラの息が落ち着くのを見計らって、先ほど自分も飲んでいたスポーツドリンクを水筒のコップに注いで差し出した。
「はい。スポーツドリンク」
「え・・・それ、間接キス・・・・・」
「どうしたの?・・・・あ、ごめんステラ・・・・。男が口をつけたコップ使うなんて嫌だよね」
「べっ、別に嫌だなんて一言も言ってないでしょッ!・・・・むしろ、その逆っていうか」
「逆?」
「ななな、なんでもないわよバカ!いいからそれをよこしなさい!」
少し的外れな申し訳なさそうな顔をしている一輝に対して、ステラはただでさえ熱を持った頰をさらに赤らめて、ドリンクを呷る。
その二人の様子を少し離れたところで見ていた詩音はこう思ってしまった。
(ステラ・・・・・青春してるね~)
自分を初めて打ち負かし、自分の努力を認めてくれた男。そんな男に興味を抱く可能性は高かったが、まさかここまで分かりやすいとは流石に詩音も思いもよらなかった。
「・・・・ようやく、始業式か。もう一年も経ったんだね」
「そうだね。あの時から、もう一年・・・・」
ふと、破軍学園の正門を見ていた一輝がふと呟いた。そのつぶやきに詩音も同意する。
二人にとっては感慨深いものだ。
何のチャンスも与えられずに一年を過ごした男、かたやチャンスがあったはずなのに友のためにそれを手放し一年を過ごした女。
どちらにしても、普通じゃできない経験だ。だけど、その中で二人は互いに信頼できる友に出会えた。それはこの一年で一番の収穫といってもいいだろう。
「そういえば、今年一輝の妹が入学してくるんだよね?」
「そうだよ。・・・・・四年前、僕が実家を飛び出したっきりご無沙汰だったから、久しぶりに会えると思うと嬉しくってね」
いつも一輝の後ろをちょこちょこ小さな歩幅でついて来た女の子。泣き虫で、寂しがり屋で、甘えん坊。
だけど父も母も兄も親戚も、みんなが才能のない一輝を見捨て無下に扱っていた中で、唯一自分と距離を置かずに接してくれた可愛い妹。
一輝にとって、彼の妹黒鉄珠雫は、唯一の家族だ。
「楽しみだなぁ」
「一つ聞くけど・・・その妹さん、血が繋がってないとかそういう設定じゃないでしょうね」
「いやどこにでもいるごく普通の血縁兄弟だけど?」
「ならよし」
「え?」
(分かりやすいね)
ステラの許しによくわからないというふうに首をかしげる一輝と、意味を理解し笑う詩音は始業式の看板に視線を戻し、これから始まる日々に想いを馳せる。
ついに始まるのだ。
七星剣武祭出場枠をかけた戦いの日々が―――。
──────────────────────
「はーい☆新入生のみなさんっ!入学おめでとーーーッ!♡」
新入生めがけ『パーン』とクラッカーを鳴らし、教壇に立つ若い女性教師は満面の笑顔を浮かべる。
「私が一年一組の皆さんの担任をさせていただく、折木有理です。担任を持つのは初めての新米教師だから、みんなも気兼ねなく友達感覚で『ユリちゃん☆』が手読んでくれたら先生超うれしーな♪」
・・・・・戦いの日々の幕開けにしては、かなり軽いノリだった。
「・・・・・なんか疲れる先生ね」
「あはは、まあね。・・・・・でもいい先生だよ」
「確かに、いい先生である事は確かだな」
「知り合いなの?」
「前にちょっとね―――」
「えー、今日は初日なので、授業はありません!でもでも、先生から一つだけみんなに『七星剣武祭代表選抜戦』についての連絡があります。みんな、生徒手帳を出してくれる?」
言われた通り、詩音は胸ポケットから手のひらサイズの液晶端末を取り出す。
破軍学園の生徒手帳は、身分証明書から財布、携帯電話、インターネット端末と、何にでも使える優れものである。
「んと。始業式で理事長先生が言ってたけど、破軍学園は去年まで『能力値』で選手をある程度選抜していたのよね?でも今年から『能力値選抜』は廃止!『全校生徒参加の実戦選抜』に制度が変わりますっ!全校生徒が選抜戦を戦って成績上位者『6名』を選手として選抜するの!わーおバイオレンスッッ!そしてその試合の日程は生徒手帳に『選抜戦実行委員会』からメールで送られて来ます。だからちゃんと確認して、指定の日時に指定の場所に来てね。来ないと不戦勝ってことになっちゃうから注意すべし♡」
「先生」
ふと、ステラが手を挙げる。
「ノンノン。ユリちゃん☆って呼んでくれないと返事してあげないゾ?」
「・・・・ゆ、ユリちゃん」
心なしか、ステラのツインテールをまとめているリボンがへなへなとよれたのは気のせい?ふと、そう思ってしまった詩音だったが、気にしないことにした。
「はい、なーに、ステラちゃん」
「選抜戦って何試合くらいするんですか?」
「詳しくは言えないけど、一人十試合以上は軽くかかるかなー。選抜戦が始まったら、三日に一回は必ず試合があると思ってくれていいよ♪」
それを聞き一輝は小さく安堵する。彼の《
しかし、周りの生徒たちは一輝のように七星剣武祭に興味があるわけではなく、口々に不満を漏らしていた。
だが、その反応は別に珍しいというわけではない。なぜなら、七星剣武祭は《幻想形態》ではなく《実像形態》を用いた真剣勝負のため、最悪の場合命に関わる戦いになるからだ。
誰も彼もが好き好んでそんなリスク背負ってまで自分を高めたいと思ってはおらず、平穏に卒業して、魔導騎士としての資格を得て、高級で安定している仕事につく。そんな平坦な道を望んでいる生徒もいるのは当然のことだ。
「参加自体は強制じゃないから、成績のマイナスもありません。勝てばちょーっとボーナスはつくけどね☆勿論不参加も可。だから『七星剣武祭なんて興味ねーや』って人は、そのメールを送って来た『実行委員会』に不参加の意思を書いて返信してくださいら、自動的に抽選から弾かれるようになります。・・・・・・でもね」
ふと、折木は一瞬、一輝の方を見やり、優しい微笑みを浮かべ、
「確かに大変だとは思うけど、誰にでも平等なチャンスがあるという一事だけでも、この制度は素晴らしいものなの、先生は思うな♪それは、ここにいる誰もに、七星剣武祭の優勝者『七星剣王』になるチャンスがあるって事なんだから。だからできればみんな参加して、目指してみてほしい。その経験はきっとかけがえのないものになると思うから」
その言葉と向けられた眼差しに一輝は小さく頭を下げ感謝し、詩音はそれをみて笑みを浮かべる。しかし、何かを思い出したのか、少し難しい顔をした詩音は隣に座る一輝にそっと声をかける。
「ねえ、一輝、折木先生、そろそろじゃない?」
「あっ、うん、そ、そうだね」
「じゃあみんな、これから一年、全力全開でがんばろーーーっ!はーいみんなで一緒に
えいえい・おブファーーーーッッ!!(吐血)」
「「「ゆ、ユリちゃぁぁぁぁぁぁぁあああん!?!?」」」
「あはは、やっぱり・・・・」
「あー、大丈夫大丈夫。みんな落ち着いて」
突然教師が吐血するという惨劇に詩音はため息をつき、騒然とするクラスメイトを一輝がなだめ、その間に詩音が折木の肩を抱き起こす。
「心配しなくて大丈夫だよ~、折木先生はすごい病弱なだけだから」
「いや、だからで済む問題じゃないでしょ!?すごい吐血したもの!?」
「大丈夫だよ。ステラ、あれいつものことだから」
「いつもなの!?」
「げほっ、ごほっ、・・・・・龍切さんと黒鉄君のいうとおり、大丈夫よ」
咳き込みながら、折木は心配する生徒たちに儚い笑みを見せる。
「先生・・・・・一日一リットルの吐血は子供の頃からずっとだから・・・・・」
「それのどこが大丈夫なんですか!?」
「ごほっ!げほっ。・・・・まあ、そんな体でもこうやって二十年以上は生きてるから、先生、一周回って頑丈なの。ふふふ・・・・・・すごいでしょう」
「そんなことでドヤ顔決めないでください。えーと、一輝。私が折木先生を保健室まで運ぶから、その間にそこの血だまりの掃除頼んでオッケー?」
「うん、わかった。」
一輝が頷いたのを確認し、詩音は折木を背負って保健室へと向かう。
「ごほ!げほっ!龍切さんありがとうね。」
「いや、別に構いませんよ、今日テンションがものすごく高かったのって、やっぱり、新入生への入学祝いのためですか?」
「・・・・うん。せっかくのおめでたい日だからね。・・・・先生、超無理してテンションあげてたの・・・」
やっぱりそうか。優しい折木ならば考えそうなことだと、詩音は納得する。
「先生、祝うのはいいですけど、もう少し自分の身体のことを考えてください。いつか、本当に出血多量で死んじゃいますよ?」
「・・・・・うん、気をつけるね」
「あとね、先生」
「なに?」
「とっても言いづらいんですけど、さっきのはウザがられてただけだと思います」
「がーん・・・・・・」
人間、歳と自分の体調はちゃんと考えないといけない。
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『先生が、今日はもう帰っていいって』と折木の伝言を詩音が告げたことで、初日のホームルームはお開きとなった。
(さてと、生徒会室にでも行こうかな。久しぶりにみんなに会いたいし・・・・それに、留年した人がいたらこの子たちも居づらいだろうし・・・・・・)
先程からずっと、周りからの視線を感じる。それは一輝も同じのようで、少し気まずそうな顔をしていた。
先生がいきなり倒れたから自己紹介をしてはいなかったが、おそらく、二人が留年生ということはすでに知れ渡っているはずだ。
周りはどう接するべきなのかわからずに困惑しているような視線を二人に向けている。
そして、クラスメイトたちに気を使い、詩音が席を立ち、それに続いて一輝も席を立とうとした時、
「せーんぱいっ!」
「うわ!?」
突然、一輝にクラスメイトの女の子が抱きついた。
「んなーーーーッ!?ちょ、ちょっとなにやってんのよイッキ!」
「あらあら、いつの間に女を落としていたとは、一輝やる~」
「それは僕が聞きたいよ!?それに詩音!それは違うからね!?あ、あの、なにかな突然?」
「やや。私ったらようやく黒鉄先輩とちゃんとお話しできると思ったら、ついテンションが上がっちゃって、飛んだご無礼をば」
可愛らしく『ペロ』と舌を出して詫びる眼鏡をかけたピーチプロンドの女の子は、一輝から離れると、自分の名を名乗る。
「私、日下部加々美って言います。黒鉄先輩のだ〜〜〜いファンなんですぅ〜!」
「僕のファン?」
魔導騎士はもちろん、学生騎士でも力のある騎士はステラのようにマスコミにも取り上げられたりするが、一輝は今まで一度もマスコミとかに取り上げられたことがないので、加々美にファンと言われ首をひねる。
「ファンができるようなことした覚えがないんだけど・・・人違いじゃないかな?」
「やだなぁ先輩!とぼけちゃってこのこの〜。これですよこれ」
そう言いながら、取り出した生徒手帳のディスプレイに映し出されたのは、一輝とステラの模擬戦の動画だった。
「・・・・・これって、アタシたちの決闘じゃない!」
「もしかして黒鉄先輩もステラちゃんも本当に知らなかったのかにゃ?二人とも、ネットとか全然見ない人?」
「うん。機械は苦手でね・・・・・」
「アタシも全く見ないわね。パソコンも持ってないし、シオンは知ってた?」
「一応ね。でも、二人とも知ってると思ったから言わなかったんだけど、知らなかったとはね。多分、みんなは知ってるはずだよ」
詩音の言葉に話を聞いていたクラスメイトたちが一斉に頷く。
「うん、その動画見たよ」
「いろんなまとめサイトで記事上がってるもんね。知らない人の方が少ないんじゃない?」
「私も見た。だから色々話聞いて見たかったけど、・・・・そのやっぱり年上の人だし、声掛けづらかったんだよね。・・・あはは・・・・」
(なるほどー、さっきから感じてた居心地の悪い視線ってそれが原因だったのか・・・・)
「なんか気を遣わせちゃってごめん。でもクラスメイトなんだから、もっと気軽に声をかけてくれてもいいんだよ?僕も詩音も歳とかは気にしないからさ」
「「「本当ですかっ!?」」」
「うわっ!?」
突然、周りにいたクラスメイトの女の子達が、身を乗り出して一輝に迫ってきた。
「よかった!ありがとうございます!黒鉄さん!」
「私、あの試合を見てからずっと黒鉄さんと話をしたいって思ってたんです!」
「アタシもっ!だってすんごく格好良かったもんね!」
「あの、黒鉄センパイ、良かったら私に剣の稽古をつけてくれませんか?私、センパイみたいに強くなりたいんです!」
「あーずるい!それあたしもやってくださいっ」
「ちょ、ちょっと待って。確かに気軽にとは言ったけど、そんな一斉に来られても困るよっ」
一輝はわいのわいのと尊敬と好意に満ちた視線を送ってくる少女達に思わずたじろぐ。
一輝自身、女遊びとは全く縁がないため、年下の女の子に、これほど一斉に瞳を向けられる経験なんて今までなかった。しかも、彼女達の瞳には一様に尊敬の光が宿っているのだから、恥ずかしいやら照れくさいやら。
「ふふ、こんなに自分が人気で驚きましたか?でも先輩ってマジで今すんごい注目されてるんですよー。私が集めたデータによると、特に女子に大人気!」
「ええっ、な、なんで?」
「だって先輩すっごく強いじゃないですか〜。魔導騎士を目指す女の子は強い男の子が大好きなんですよ。あれだけ強いのに《
「そ、そんなことないと思うけど・・・・」
「その困ったみたいな微笑も、母性本能に『ぐっ』ときちゃうんですよねー」
加々美の言葉に、周りの女の子達も同意する。その中にはちゃっかり詩音も混ざっている。
一輝自身もあまり男らしい顔つきではないと自覚はしているが、年下の女の子に可愛いと言われるのは複雑だが、嫌われるよりは好かれる方がいいと思うのだが──と、微妙な気分になっていた時、詩音が肩を叩いてきた。
「良かったね、一輝。モテモテじゃない」
「ちょ、詩音、からかわないでよ!別にそんなんじゃないからっ」
「あ、でも、龍切先輩も結構人気がありますよ?」
「ふぇ?」
一輝をからかっていた詩音は加々美の言葉に固まると、不思議そうに首をかしげる。
「い、いや、私、なんかそんなに有名になることした覚えが・・・・無い訳じゃないけど・・・・もしかしてあれの事?」
「そうですよ!!私、聞きました!前理事長を相手に一歩も引かなかったって!」
「・・・・あのー、あれはできれば忘れて欲しいんだ。あの後結構やりすぎたと思ったから」
「大丈夫ですよー。別に龍切先輩にも悪いイメージなんて持ってませんから、むしろ私はかっこいいと思いますよ?」
「か、かっこいい?」
「はい!だって、一歩も引かなかった理由って、親友である黒鉄先輩と縁を切れと言われてそれに怒ったからなんですよね?そんなのかっこいいに決まってるじゃないですか!親友を大切に思う人は私かっこいいと思います!ね?みんな」
加々美の問いかけに、話を聞いていたクラスメイト達がみな一斉に頷く。
「それに、先輩も結構ポイント高いんですよ。ランクが不明で、さらに、本当の実力がどれほどのものか謎めいていますし、《眠り姫》と呼ばれているのもミステリアスな感じで、あと、ルックスですね。モデルさんみたいだし、綺麗な銀髪と頭の癖っ毛、そしてとっても可愛い顔してますし、下手したらモデルさんか何かとまちがわれますよ。それにこの学園内ではファンクラブもあるんですよ」
「うんうん」
「龍切先輩って可愛いもんね」
「そこらへんのモデルよりもかっこいいしかわいいんじゃないかしら?」
「私、ファンクラブ入った~」
加々美の言葉に、周りの女の子達が同意する。
「それでですねぇ、黒鉄先輩と龍切先輩。今日はそんなお二人にお願いがあるんですぅ。可愛い後輩のお願い、聞いてくれますかぁ?」
至近距離からうるうるした瞳で二人を見上げる加々美。
「な、なんだろ・・・僕にできることなら・・・協力するけど?」
「なんで、最後疑問系なのよ。まあ、私も何か困ったことがあるなら、手伝うよ。あと、同じクラスになったのも何かの縁だし、あだ名とか皆でつけてくれると嬉しいな!」
「本当ですか!わーい♪ありがとうございます!お願いというのはですね!私、実は新聞部を作ろうと思ってるんですけど、お二人に記念すべき破軍学園新聞第一号を飾って欲しいんです!見出しは・・・・二つあります。テーマは『驚異の伏兵!噂の
ステラが目の前にいるのにこの話題はどうなのかな?と、二人は同時に思い、ステラの顔色を窺うと、
「ふぅーん、良かったじゃない。
ものすごい仏頂面だった。自分の敗戦を記事にされていい気分になれるはずもないから当然といえば当然なのだが、詩音にはそこに別の思考が混ざっているのがわかった。
少なくとも、一輝はステラのこんな顔を見せられた後で取材を受ける度胸はなかった。しかし、詩音は別なので、加々美の取材を快く引き受ける。
「うん、私は別にいいよ。でも、私インタビューとか初めてだから期待できるような記事にはならないと思うけど、それでもいい?日下部さん」
「加々美でいいですよぉ。それじゃあ、早速なんですけどいくつかインタビューをいいですか?」
「うん、どうぞ」
「じゃあ、ですねぇ早速ぅ―――」
「おいセンパイ、オレ達ともお話ししましょうや」
加々美がメモ帳を開いて詩音にインタビューをしようとした時、敵意を隠そうともしない粗暴な、獣の唸り声にも似た声がかかった。
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ぞろぞろと、五人の目つきの悪い少年が少女達を押しのけて、詩音と一輝の前に立つ。そしてその中でも体躯のいい少年が、威圧を込めた声を二人に向ける。
「ずいぶん人気者ッスねぇセンパイ方。でもちーっと調子乗りすぎなんじゃねーっすか?教室だってのに、女侍らせてイチャイチャと」
「私、そんな趣味ないよ?」
「んなこたぁ、言ってねぇだろうが!」
こめかみに青筋を立てながら、二人を睥睨する少年は、要するに目の前で女子を独占している二人が気に入らないらしい。そんな少年に詩音は的外れな答えを返す。
「なによ真鍋!嫉妬してんの?」
「自分がモテないからってひがんでるんじゃないわよ!サイテー!」
「んだとこのアマ!マー君に向かってナマ言ってんじゃねぇよっ!」
「あー、待ってまっ「一輝止まって」詩音?」
「私がやるから一輝は下がって」
女子に凄んだ体躯のいい少年―――真鍋の取り巻きを、なだめようとした一輝を後ろから詩音が声をかけ、自分の後ろに引っ張り、一歩前に出る。
完璧に因縁をつけてきているだけだが、騒ぎの原因が自分にある以上、初日から揉め事を起こすわけにはいかない。だから、詩音は穏やかな表情で軽く頭を下げる。
「放課後だからって教室で騒いでいたのは確かに迷惑だったね、それは私達が悪かったよ、ごめんね」
「ハッ、なに善人ぶってんだよ、不良のくせに」
「不良?それはどういう意味?」
「アホな女は騙せてもなァ、オレは騙されねぇよ。前理事長をバカにしたのだって、さっきの理由じゃねぇんだろ?どうせ人気を取るために、そう言い回ってたんだろ?」
「え?俺はあれを言われたから、前理事長を罵倒したんだけど・・・・あと私も女だよ?」
「へぇー、あくまでも嘘を貫くってことか、偽善っぷりが板についてんじゃねぇか。だったらよ―――今ここで立場ってもんを分からせてやるよ」
ぞろり、と―――獲物を囲むハイエナのように、五人の少年が詩音の周りに展開し、五人は各々の
「ちょつとアンタ達本気!?こんなところで霊装使ったら停学よ!」
「うるせえよビッチ!怪我したくなかったら下がってろ!」
加々美の注意を一蹴し、霊装を構える五人。そのどう猛な表情から察するに《幻想形態》にする気はなさそうだ。しかし、そんな状況でも、詩音は穏やかな表情を崩さなかった。
「教室での戦闘行為は校則違反だよ。君達だって、初日から停学になるのは嫌でしょ?だから、訓練場でいいなら、相手になるよ?」
「テメェ・・・・調子ノッてんじゃねぇよ!ダブりの分際でっ!!やっちまえテメェらっ!!」
(あり?なんか間違えた?)
詩音の気遣いの言葉は真鍋達が望んでいた言葉とはあまりにかけ離れていたものだった。それが癇に障ったのか、額に青筋を立てた真鍋が他の四人に合図を出す。
四人は霊装を振りかざし、詩音に斬りかかる。
はぁ面倒だなぁ、と、詩音はため息をつく。
こうなってしまっては、仕方がない。実力行使と行こう。
「詩音先輩!私、ちゃんと正当防衛だって証言するよ!だからやっちゃって!」
「いや、その必要はないよ」
「えっ?どうして・・・・」
「見てればわかるよ」
加々美が詩音に迎撃を促すが、一輝がそれを止める。
そう、一輝の言う通り、霊装を使う必要などない。
なぜなら、これから起こるのは戦いではないのだから。
「―――」
まず、詩音は視界から色彩を遮断し、それに回していた集中力を、動体視力へと移す。
すると、世界は灰色へと染まり、少年たちの動きがスローモーションのようにゆっくりとなる。
これは普通の人間にもできる、集中による意識と認識の高速化だ。本来は命の危険が迫っているような極限状態で発揮される力だが、武術を極めている詩音や一分間で自分を使い尽くす
そして、集中の極地に至った詩音は周りを見回し状況分析する。
敵は前後左右の四方から、そして全員手にはそれぞれの霊装を、ただ一人、真鍋は他の四人から離れたところで、大口径のリボルバーを構えている。
(一番速い日本刀後方から背中を、次に速いロングソードね、前方から頭部を、なら―――)
詩音はくるっと反転すると、右手の人差し指と中指で白刃を白刃取りをし、すぐパッと離すとすかさず懐に潜り込み袖と襟を掴んで背負い投げをする。
「ほいっと」
「え――――?」
「は――――?」
投げられた少年と前方から迫る少年は驚愕の表情をするが、時すでに遅く。
「「うわぁぁあああ!」」
投げられた少年が、前から来た少年にぶつかり、そのまま派手に転倒する。
まずは二人。
「この野郎ォォォオオ!!」
「死ねぇぇぇえええーーーーっ!!」
次いで左右から同時に鉄棍と斧が振るわれる。これの対処はいたって簡単。
「よっ」
詩音は膝を折り、頭を下に下げる。
直後、頭上で弾ける鉄と鉄のかち合う快音。
それは双方の全力で振り抜かれた鋼の衝突であり、
「「ぎゃあぁあああああああ!!!!」」
左右の二人は自分の腕に走った電撃のような痺れに悲鳴を上げ、悶絶する。
最後の一人。
「く、くそっ!!」
先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、真鍋は仲間の崩壊に隠しきれない狼狽を浮かべ、慌てて銃の引き金を引いてしまう。
ダァン!
「あっ!」
《幻想形態》ではなく《実像形態》での発砲、当たりどころが悪ければ死んでしまう、魔弾の一撃。それを撃ち放ってしまったことのリスクをわかっているのか、真鍋は青ざめた顔をする。それは周りもだ。しかし、一輝だけは違った。
一輝には分かっていた、詩音がたかが銃弾1発で怪我をするわけがないと。
そして、詩音に迫る魔弾は、詩音が右腕を振るうと同時に消えた。
「ふっ」
「え?」
カランカラン
誰かが間抜けな声を漏らすと、詩音はゆっくりの右手を広げ、中で握っていたものを地面に落とす。
それは先ほど真鍋が誤って発砲した銃弾だった。
そう、先ほど銃弾が消えたように見えたのは、詩音が素早く振るった右手で銃弾を掴んだからだ。
「〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」
真鍋は化け物でも見るかのように目を見開き、声にならない悲鳴をあげる。
射撃を指であっさり止められ、無防備となった懐に、詩音はすかさず踏み込み、真鍋の眉間に右手を銃の形にし、人差し指を突きつけ「バァン」とふざけた様子で銃を撃つ動作をする。
普通ならば、何の意味を持たない攻撃だが、
「ぅ、あ、あぁ」
それだけで十分だった。
目の前で銃を撃つ仕草をされただけで、真鍋はへなへなと、その場に尻餅をつき、怯えに満ちた瞳で詩音を見上げる。
当然だ。目の前のダブりのは・・・・霊装すら使わずに、素手のままで、霊装で武装した五人の
これは戦いなどではなく、詩音にとっては、遊びも同然のものだった。
詩音は、真鍋の肩をポンポンと叩くと、優しい微笑みを浮かべ、
「驚かせてごめんね。まぁ、これから一年クラスメイトとしてやっていくんだし、仲良くしよ?」
真鍋はもう、ただカクカクと頷くだけだった。
そして、詩音の動きに圧倒されたのは、真鍋達だけではなかった。
「「「・・・・・・・・・・・」」」
周りにいたクラスメイト達も、素手のまま、誰一人傷つけることなく、
「ねえ、一輝、・・・・・なんで、みんな固まってるの?」
「そりゃあ、詩音の実力を見たからじゃないからかな?」
「これで?こんなの実力のうちには入らないって。しかも、怪我させないようにかなり手加減したんだよ?」
「それでも、これだけの結果になったんだから、みんな驚いてるんだと思うよ?」
一輝がそう答えた次の瞬間。
「ようやく見つけました」
教室の入り口から、声が聞こえてきた。
なんだと視線をやると―――そこには、廊下から射しこむ陽光を背に、一人の小柄な少女が立っていた。
短い銀髪に、淡い翡翠色の瞳。
全体的に色素の薄い儚い雰囲気・・・しかし、それ故に、強く人を惹きつける美少女。
その少女を一輝は知っていた。
「しず、く・・・・」
「はい。・・・・・お久しぶりです。お兄様」
「珠雫ーーーっ!!」
四年ぶりに再会する肉親に、一輝はたまらず駆け寄りその小さな手を取った。
「うわ、やっぱり珠雫か!こっちこそ本当に久しぶり!なんだかすっごく大人っぽくなったね!見違えたよっ!」
「当然です。四年もあってないのですから。変わらない方がおかしいですよ」
「あはは、それもそうだ!いやでも嬉しいな!まさか珠雫から逢いにきてくれるなんて!今日こっちから探しに行こうって思ってたんだけどちょっと教室でゴタゴタあってさ―――って今はそんなことどうでもいいか。・・・ごめん、なんか突然すぎてテンパってるな、僕」
珠雫に会ったら話したいことがいっぱいあった。
突然家を出た謝罪や、それから起こった出来事。そして、再会の喜び。だが、そのどれもこれもが我先にと喉元に押しかけてくるものだから、うまく言葉が出てこなかった。
「ねえイッキ。その子ってもしかして・・・今朝話してたイッキの妹さん?」
「まあ、話からだとそうなるね。てか、新入生次席じゃない」
「え、あ、ああ!うん!ステラ、詩音、みんなにも紹介するよっ」
ステラの質問はテンパった一輝にとっては助け舟だった。
まずは一息ついて落ち着こう。
そう思い、一輝はみんなにも珠雫を紹介しようとするが、ぐいっ、とみんなの方に視線を向けた一輝を引き戻すように、珠雫が一輝の袖を掴み、引っ張った。そして、
「お兄様・・・ずっと、お逢いしたかった・・・」
一輝の頰に手を当てて、淡い色の唇を嫋やかに重ねた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」
「「「ナニゴトーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?」」」
「あはは・・・・荒れそうだなぁ・・・・」
衆目をはばからない口付けに、一輝と詩音を除くクラスメイト全員が絶叫した。