突然起こった出来事に身体が硬直する。
ルミアの裸体は謎の湯気の力によりどうにか見えていないが、それでも一糸まとわぬ姿で対面している状況は心にくるものがある。
(くっタイミングを見誤ったか)
ルミアに見つかる前ならばシロウの考えていたこの場から逃走が出来たのだが、今それをやると今後の生活に問題が出てしまう。
覗きをした変態と言う不名誉な称号まで追加されて。
ここでふと思った。ルミアが1人で温泉に入るのだろうか?それはありえない。
この温泉は男女が交代交代で入る事が決められている。
となると女の時間の場合の可能性もある。
どうすればと思考しようとした時ルミアを見ると、肩を微かに上げ空気を大量に吸い込んでいた。
おおよそその行動から次に何をするのか分かった。
大声を上げるのだろう。
その事が分かってからの行動は早かった。
魔術で身体強化している時間も惜しいので、八極拳の震脚と呼ばれる独特な踏み出しで一瞬で加速する。
「キ」
「ふん」
シロウは瞬く間に左手でルミアの手首を掴みあげ、空いていた右手でルミアの口を抑える。
加速のエネルギーをその場で停止させようとしたが、思ったよりもかなり全力で踏み込んでいたらしく、そのまま湯船を囲んでいる平たい石に押し倒す。
ルミアは涙目になりながら睨んでくる。
もしも第三者に見られれば即時通報ものだろう。
少女が手首を掴まれて頭の上辺りで押さえつけられ、口元を手で覆われて目元に涙を溜める。正しく襲われる寸前という感じだ。
いつものシロウならば、決してこのような状態にならないように行動するはずなのだが、そこまで思考が回っていなかった。
そして、そんな時はやはりさらに問題が起こる。
「うーーん、やっぱりいいわね温泉は」
「まってシスティ」
温泉と更衣室を遮っていた戸が開き、他の女子達が入ってきた。
シロウは神経を研ぎ澄ましていたので、足音と女の話声が聞こえたので、拘束したまま大きな岩の裏に隠れる。
「ルミア!どこにいるの!!」
「まずいな...ルミア、騒がないのならこの手を離すが構わないか?」
ルミアは口を抑えられながらも、ゆっくりと首を縦に振った。
拘束を解くとさっきまで上手く呼吸が出来ていなかったからか、口を塞いでいた手を離されてすぐは呼吸が早かったが、次第に落ち着いていき10秒もすれば通常の呼吸に戻る。
「問題ないと伝えてくれ」
「うん分かった...けど後で覚えててね」
「覚悟しておく」
「システィ私は大丈夫だよ!ちょっと1人でゆっくりさせて!」
「うん分かった!リィエル髪洗ってあげる」
女子達の足音が遠のいていき、ひとまず危機は去った。しかし大きな問題は解決していなかった。
「逃げ道が塞がれたな...」
「ふーーん、見ておきながら逃げるんだ」
「安心しろ煙であんまり見えていない」
「あんまりって事は多少は見えたんだ...」
ルミアは一瞬見つめるとすぐにそっぽを向く。
ルミアからの視線が痛い。
事故なのに、わざと起こしたと勘違いしているようだった。
今はどうにか2人とも湯船に使っているので肩から下は見えていないが、ほぼ抱き抱えるようになっているので平常心になった分この近さはかなりくるものがある。
何がとは言わないがくるものがある。
それに簡単に計算しても、そこそこの時間風呂に入っているので、軽くのぼせ始めてきている。
首を少し捻るとすぐ側にルミアの金髪が鼻腔をくすぐる。髪の隙間から見える顔はゆでダコのように赤くかなり限界が近いのがわかる。
「ルミア、気を引けるか?一瞬で駆け抜けて出る」
「...へ...あぁ...うん分かった。それじゃあ行くね」
「頼むぞ。帰ったら何でもしてやるからな」
「絶対だよ...忘れないからね」
小指を突き出して宣言してくる。
それに簡潔に返事をして、こちらも小指を突き出し絡み合わせ指切りげんまんをする。
ルミアは後ろを隠しながら湯船から上がり、システィーナ達に話しかけ気をそらしている間に、身体強化を使ってそのまま飛び出る。
「!...気のせい?」
「ど、どうしたの?リィエル?」
「何か通った気がした」
「そんな事をないと思うな...ははは」
「ルミア早く」
「うん目をつぶって」
実際に妹はいないので分からないが、もし居ればこんな感じなのだろうなと思いながら、何を命令しようかと少し胸を踊らせた。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
さっきの一連の現象には黒幕が存在していた。
今までの時間通りならば決して
皿洗いが終わるか終わらないかというタイミングを見計らってルミアのみを先に行かせる。
そして、この計画を仕組んだ女...セリカはいい物が取れたとニヤつく。
「まさかこうも上手くいくとはな...クックク」
1枚の紙を揺らしながら笑う。その紙にはシロウがルミアを拘束して押し倒している様子が写っていた。
無論これを誰に送るのかは言わなくても分かるだろう。
一体どうなるのか楽しみで仕方が無いと夜闇を照らす月のように口を歪ませ笑った。