この貧乏店主に愛の手を!   作:勇(気無い)者

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9400文字……。おかしいな、適当に4000字ぐらいで切り上げようと思っていたのに……。


9.リーンのパーフェクト恋愛教室

 それはミツルギと共にクエストをこなした日から一週間が経過し、カズトがいつもの荒地で魔法の訓練を行っていた時の事。

 

「ライト・オブ・セイバー!」

 

 カズトの右手に光のオーラが宿った。それを維持しつつ、まるで居合の構えのように右手を腰の横辺りに置き、少しだけ腰を落として目の前の岩を見つめる。

 その岩は大きく、高さはカズトの身長を優に超え、横幅も同じぐらいであり、ドッシリと構えるように存在していた。

 その岩目掛けて、右手を振り抜く。光の閃光が走り、岩は真っ二つになった。

 

「むうぅ……上手くいかないな……」

 

 しかし、不満そうな声を漏らすカズト。

 彼は次に、右手で真っ直ぐ突いた。今度は光の閃光が真っ直ぐ走り、岩に穴が開く。単純にライト・オブ・セイバーの突きである。

 が、ハッキリ言って使い道など殆どないと言えるだろう。何せ、横に振った時は線の攻撃だが、突いた場合は点の攻撃となってしまうのだ。その癖、射程距離が伸びる訳でもない。ただ単に命中させるのが難しくなっただけと言えるだろう。

 だが、そんな事はカズトも分かっているし、彼がやりたいのはもっと別の事であるらしい。

 カズトはライト・オブ・セイバーを維持したまま、もう一度居合の構えを取り、右手を振り抜いた。その際、振り抜き終えた後に右手を少し引く。

 すると、

 

「おっ! 今の……!」

 

 光の閃光が走り、更に岩を斬り裂いて体積を減らしたのだが、右手を引いた際に光の閃光がぐにゃりと波打った。

 

「今のは良い感じだったな」

 

 カズトは満足そうに頷く。彼は一体何がしたいのか。

 

 その後もカズトはライト・オブ・セイバーを維持した状態で振り続け、小一時間が経過した頃。

 

「うっ……くっ……」

 

 急にクラッときて、思わず地面に膝をつく。

 

「……ふぅ。ちょっと休憩するか」

 

 近くに落ちていた適当な岩に腰掛け、一息つく事に。

 カズトがどうしたのかというと、魔力切れを起こしたのだ。

 無限の魔力と言っても、器の中で魔力を製造し続けるだけのものに過ぎない。その魔力の製造速度も、上級魔法を連発されれば消費魔力の方が魔力の製造速度を上回ってしまうのだ。

 それだけ聞くと、無限の魔力を内包していた神器が大した物ではないように思えるが、カズトの身体に入れられた杖の神器の凄いところは容量の大きさにある。

 仮にあの杖の神器を装備━━手に持つだけでよい━━して一日中上級魔法を連発したとしても、蓄積された魔力が無くなる事はない。おまけに、過剰分の魔力は自動で排出される便利な機能付き。

 それに対して、カズトの身体という器は魔力の入る量が圧倒的に小さ過ぎるのだ。しかも、過剰分の魔力を自動排出する機能は杖自体に付いており、カズトの身体に入れられたのは杖の中身である、魔力の製造を行い続ける永久機関のみ。

 それ故に、カズトの身体は魔力を蓄積させ過ぎて毎朝あのような状態に陥ってしまうのだ。

 

 しかも━━━カズトは気付いていないが、彼の髪がところどころ脱色でもしたかのように白く変色し、メッシュのような状態になっている。魔力切れを起こすと、このような状態になるらしい。身体に神器を入れた影響だろうか。

 もしも、この場に他の人物が居れば、若しくは鏡でもあれば知る事も出来ただろうが、生憎ここには誰も居ないし、鏡もある訳がない。

 何も気付かぬまま、カズトは瞑想を行い魔力の回復に努めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 お昼時。ちょうど皆が昼食を摂る時間帯の事。カズトはウィズの店ではなく、冒険者ギルドへと足を運んでいた。魔力が回復した為か、髪の色は既に元の黒色に戻っている。

 キョロキョロと辺りを見回し、目的の人物を探していると。

 

「カズトー! こっちこっち!」

 

 テーブルに着いていた少女が大きく手を振った。皮の胸当てに青いマントを装備しているところを見ると、冒険者であるらしい。どこか幼さを残した容姿をしており、年齢はカズトよりも少し下に見える。

 カズトはその少女の元へ歩み寄り、隣の席に着いた。

 

「ごめん、待った?」

「ううん、そんなに待ってないよ。私もさっき来たとこだし」

 

 まるでデートの待ち合わせでもしていたかのような言葉を交わす二人。

 この少女の名は、リーン。ソードマンであるテイラーが率いる冒険者パーティーの一員だ。クラスはウィザードである。カズトは一度だけ臨時でテイラーのパーティーに入った事があり、その時に知り合ったのだ。

 因みに、他のメンバーはアーチャーのキース、戦士のダストがいる。

 

「早速注文しましょ。私は何食べよっかな〜」

「俺が奢るから、好きな物を頼んでいいよ」

「えっ、本当に? いいの?」

「いいよいいよ。昨日はキョウヤと一緒にクエストに行ったから、お金はあるんだ」

 

 キョウヤには臨時で且つ、日帰りで済むクエストなら一時的に組んでも良いと言ってある。それで昨日、キョウヤ達と共にクエストへ出たのだ。

 その時にキョウヤのパーティーメンバーであるフィオとクレメアとも顔を合わせ、初めはレベルが低いうえに最弱職であるカズトに難色を示していたのだが、クエストが終わる頃にはすっかり打ち解けていた。

 

「そうなんだ! 私、ちょっと欲しい物があってお金を貯めてるところだから助かっちゃうな!」

「ん、欲しい物?」

「うん。ロザリオの首飾りなんだけどね。素敵な出会……じゃなくって……そう、素敵なデザインだったから、欲しいなって思ってね」

「……そうなんだ」

 

 なんだか聞き覚えのあるような無いような。そんな風に思っていると、ウエートレスのお姉さんがやって来た。

 二人はウエートレスのお姉さんに注文をすると、リーンが改めて口を開く。

 

「それで、私に相談って何?」

 

 そう、カズトがリーンを呼び出したのは、ある事を相談する為であった。その相談とは……。

 

「うん……実は、恋愛についての相談なんだけど……」

「恋愛相談⁉︎ えっ、もしかして、カズトって好きな人居るの⁉︎ 誰々⁉︎ 誰なの一体⁉︎」

「ちょっ、声が大きい! 落ち着いて!」

 

 恋愛相談と聞き、著しくテンションの上がるリーン。女の子は恋バナが好きである。

 興奮気味に掴みかかってくるリーンを何とか宥め、改めて相談を口にする。

 

「……えっと、この街で魔導具店を営んでるウィズさんっていう人が居るんだけど、知ってる?」

「あー、話した事はないけど知ってるよ。なになに、カズトはウィズさんの事が好きなの?」

「う、うん……」

 

 少し照れたように頷くカズト。それを聞いたリーンがまたキャーキャーと騒ぎ、カズトがまた宥める。

 

「それで、ウィズさんの事を好きになった切っ掛けは?」

「切っ掛け……どうだろう、分からないな……。初めは恩人だから何でもしてあげたいって思ってたんだけど……いつからか、ウィズさんを見てるだけで、こう……ドキドキするっていうか……」

「ほほう……いやー、青春してますなぁ!」

 

 言って、リーンがバシバシとカズトの背中を叩く。地味に痛そうにしているが、カズトは文句を言ったりしない。

 

「それで、私に何を聞きたいのかな?」

「うん……実は、日頃からお世話になってるウィズさんに何かプレゼントをしようと思ってるんだけど……」

「ふむふむ、プレゼントね……その前に一応聞いておきたいんだけどさ。カズトはウィズさんと付き合ってるの?」

「えっ? な、何、いきなり……いや、まだだけど……」

 

 カズトとしては、自らもリッチーとなってからでなければウィズには釣り合わないと思っているのだが。それは一体、何年後になるのだろうか。そう簡単になれるようなものではないのは確かだ。

 

「ふむふむ。そうだね、まだ付き合ってないなら、食べ物とかを贈るのが良いと思うよ」

「食べ物?」

「そ。スイーツとかがいいかな。ケーキとか。っていうのも、付き合ってもないのにアクセサリーとかを贈るっていうのは、人によっては重かったり迷惑だったりするからね。だから、残らない物を贈るのが良いと思うよ」

「成る程……」

 

 そういうものなのか、とカズトは納得する。

 

「……ねぇ、あんまり関係ないけどさ。前から気になってたんだけど、カズトっていつもそれ着てるよね? 防御力低そうだけど……それって防具なの? それとも民族衣装?」

 

 リーンの言うそれとは、カズトの着ている学生服である。

 そう、カズトは未だに学生服を着用していた。防具も買わずに、学生服を着たままクエストに出ていたりする。

 昨日もキョウヤに「防具買った方が良いよ?」と言われていた。

 

「あー、これは学校の制服でね……防具ではないかな」

「学校の制服? ……防具じゃないなら、防具を買った方が良いよ」

「……そう、だね」

 

 何故か余り乗り気ではないカズト。

 

「どうしたの? 何か変えられない理由でもあるの?」

「あ、いや、そうじゃないんだけど……」

「……? 何なら私が見繕ってあげようか?」

「えっ、本当に⁉︎」

 

 何故か食いつくカズト。その理由は、

 

「いや〜、実は防具とか欲しいなって思ってたんだけど……正直な事を言うと、服のセンスとかあんまり自信なくてさ……。どういう防具が良いのかとか、あんまりよく分からなくて困ってたんだよね」

 

 そう、カズトが防具を買わなかった理由は、ただそれだけに尽きる。日本でも友人に「服のセンス残念だよな」とよく言われていて、友人達に服を選んでもらっていたぐらいである。

 ハッキリ言って、今のところ友人と呼べる人物がキョウヤぐらいしか居なかったし、かと言って鎧を装備しているキョウヤに相談するのもどうかと思ったのだ。鎧は装備したくない。

 リーンはクスリと笑い、

 

「しょうがないなぁ。じゃあ、私がカズトに似合う防具を見繕ってあげるよ」

「ありがとう! いや〜、リーンに相談して良かったなぁ」

「お待たせしました」

 

 と、そうこうしている内に料理が運ばれてきたので、二人は話もそこそこに料理を食べる事にした。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた二人はまず、カズトの防具を見繕う事にした。そこでリーンは自分の行きつけの店を紹介する事に。

 

「おぉー! いいじゃんいいじゃん! 冒険者らしいよ!」

 

 試着室から出てきたカズトを見て、リーンがそう褒める。

 黒のシャツに黒のズボン、更に黒のチェスターコート━━丈が膝辺りまであるコート━━を羽織っており、靴は同じく黒のブーツ。全身黒づくめという、完全に厨二病全開の出で立ちである。

 しかも、これで意外と防御力が高かったりもする。見た目は服だが、一応は防具なのだ。

 

「そ、そう? 似合ってる? 変じゃない?」

 

 と聞きながら姿見を見つつ、どこか満更でもないカズト。彼は厨二病の気があるやもしれない。

 

「全然変じゃないよ! すごく似合ってる!」

 

 そんな事を言う辺り、リーンも厨二病の気があるのかもしれない。

 

 そんなこんなで、服装が厨二病化したカズトとリーンが次に向かったのは、最近人気というケーキ屋さんである。

 

「ここ、ここだよ! 最近女性に大人気のお店!」

 

 リーンがそう言う。成る程、確かに客は女性しか見当たらない。カズト一人では入り辛い事この上ないだろう。

 だが、カズトはそんな事よりも看板に書いてある店名の方が気になった。

 ラルティザン・ドゥ・ザヴールと書かれている。

 

 ━━━異世界出張店っ⁉︎

 

 思わず漏れそうになった言葉を何とか吞み込む。何故この世界にこんな店が建っているのか。そもそもケーキ屋ではなかったような気がするが。

 

「さ、早く入ろ!」

 

 色々と疑問に思う事はあるが、リーンに引っ張られて思考の中断を余儀なくされる。

 店内はまるでパン屋のような様相を呈していた。というか、美味しそうなパンが並べられている。ケーキショップではなかったのか。

 いや、よくよくカウンターの方を見てみれば、ショーケースの中にはケーキが並んでいた。パンもケーキも売っているケーキショップ。

 最近はそういうお店もあるのだろうか? それとも、異世界ならではの方式なのだろうか?

 ケーキショップに入る事は殆どないカズトには分からなかった。

 

「んー、良い匂い! ね、カズトはどれにする?」

「えっと……そうだなぁ……」

 

 ショーケースには様々なケーキが並べられている。

 シンプル且つ一般的によく知られているイチゴのショートケーキやモンブラン、チョコレートケーキやチーズケーキ。逆にあまり聞かないようなザルツブルガトールテやビシタンディーヌ、オーランジェ。

 更には、タルトやパイ、ドーナツやシューなどなど。本当に様々な種類のスイーツが並べられている。

 その上でパンまで売っているとは、一体どういう店なのだろうか。

 

「うーん、色々あって目移りしちゃうけど……この、ドボシュ・トルテっていうやつにしようかな」

「うん、美味しそうだね。良いんじゃないかな」

「リーンはどうする?」

「えっ? いや、私はいいよ。お金貯めなきゃだし」

「いや、これぐらい俺が奢ってあげるよ」

「ええっ⁉︎ や、流石に悪いし、いいよ……」

「遠慮する事はないよ。相談に乗ってくれたお礼さ。お陰で良い防具を選んでもらえたし、感謝の気持ちとして受け取って欲しいんだ」

「……そ、そこまでいうなら」

 

 そうして、カズトはドボシュ・トルテを二人分と、リーンの為にザッハトルテを注文し、別で包んでもらった。

 

「今日は本当にありがとう」

 

 ラルティザン・ドゥ・ザヴールから出て、カズトはリーンに礼を述べた。

 

「いやいや、こっちこそだよ! お昼ご飯ご馳走してもらったうえに、ケーキまで奢ってもらっちゃってさ」

「気にしなくていいよ。あと、これ。リーンにプレゼント」

 

 そう言って、カズトはポケットから小さな細長の小包みを手渡した。

 リーンはカズトに開けても良いか許可を得、小包みを開いてみると。

 

「ちょっ、これ……⁉︎」

 

 それは、銀製のロザリオがついた首飾りであった。

 

「どうしたのこれ⁉︎ いつ買ったの⁉︎」

「リーンに連れてってもらった防具屋でたまたま見かけてね。ついでに買ったんだ。ほら、昼にロザリオの首飾りが欲しいって言ってたし」

「ちょっ、ついでで買うほど安くはないでしょ⁉︎ 高かったでしょこれ⁉︎」

 

 お値段、五万エリスなり。ただ、カズトの見付けたものは値引きされており、三万九千八百エリスであったが。それでも、一つのアクセサリーに約四万エリスというのはかなり高い。

 

「まぁ、それだけリーンに感謝してるって事だよ。遠慮せずに受け取ってくれると嬉しい」

「えっ、えぇー……や、カズトがそう言うならありがたくもらうけど……」

 

 暫くロザリオの首飾りを見詰めていたリーンだったが、ふと視線を上げ、今度はカズトを見詰める。

 

「……? どうしたの? 俺の顔に何か付いてる?」

「……カズト」

「うん? 何?」

「…………もしかして、私の事、口説いてる?」

「……………………ファ?」

 

 カズトの口から何とも間抜けな声が出た。

 

「……えっと? ど、どういう事だってばよ?」

「や、だってカズトってば私にすごく良くしてくれるから、もしかして私に気があるのかなーって……」

「ややややちち違っ違うよ⁉︎ 俺はただリーンに感謝の気持ちとして当然の事をしただけであってね⁉︎ 確かにリーンは可愛いと思うけど、俺はウィズさん一筋だからね⁉︎」

「…………そっか」

 

 一瞬だけリーンが沈んだ表情を浮かべたが、次の瞬間には笑顔に戻り。

 

「全く、駄目だよカズトー! あんまり優しくし過ぎたら、女の子は勘違いしちゃうからね!」

「ご、ごめん。女の子の友達ってあんまり居なかったから、つい……」

「そうなの? まぁ兎に角、程々にね? 優しくするなら、ウィズさんにしてあげなきゃ駄目だよ。分かった?」

「は、はい。分かりました」

 

 思わず敬語になってしまうカズト。別に威圧感を出してる訳でもないのだが、今のリーンにはなんとなく逆らえない気がした。

 

「それじゃ、今日はこの辺で。またね、カズト!」

「あ、うん! 今日は本当にありがとう!」

「こちらこそ〜!」

 

 そうして二人は別れて。

 

「……ちょっとだけ、残念だったかな」

 

 ぽつりと呟いたリーンの言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

 そして、カズトの方はと言うと。

 街角を曲がったところで、金色の髪をしたチンピラ風の男が待ち構えていた。その男はカズトも知っている人物である。

 

「ダスト? こんなところでどうしたんだ?」

 

 そう、リーンと同じパーティーを組んでいる、ダストであった。

 彼はゆらりとカズトに歩み寄り。

 

「オラァっ!」

「ぅおっ⁉︎」

 

 いきなり殴りかかってきた。運良く自動回避のスキルが発動したので、ヒョイっと避けられたが。

 

「なっ、何すんだいきなり⁉︎」

「うるせぇ! テメー、初めからリーンを狙ってて俺らに近付いてきやがったな⁉︎」

「……………………ファ?」

 

 本日二度目の間抜けな声が漏れた。

 

「……ダスト? 何言ってんの?」

「しらばっくれんじゃねぇ! テメーさっきまでリーンとデートしてやがったじゃねぇか!」

「……は?」

 

 どうやらダストは、カズトとリーンの事を尾行していたらしい。何のために尾行していたのかは謎だが、兎に角カズトとリーンを見ていてデートをしていると勘違いしたようだ。

 

「いや、あれは別にデートをしていた訳じゃ……」

「まだ言うかテメー! あれがデートじゃねーってんなら何がデートだってんだ! くたばりやがれ!」

「うぉわっ⁉︎ ちょ、落ち着け!」

 

 再び殴りかかってくるダスト。何とか宥めようと試みるも、

 

「話を聞け! アレは本当にデートなんかじゃねーって!」

「うるせぇこの野郎! イケメンはみんな死ね!」

「俺は別にイケメンではねーよ! イケメンだったら日ほ……故郷でもっとモテモテの人生送ってたわ!」

「見え透いた嘘吐くんじゃねぇ! どうせ色んな女を取っ替え引っ替えやってたんだろうが!」

「何だその風評被害⁉︎ ふざけんな俺はまだ童貞だ! おい、兎に角落ち着けって……!」

 

 ダストは全く聞く耳持たず、何度も殴りかかってくる。普通に全て避けているカズトだが、レベルはカズトの方が低いのだ。このままではいずれ当たってしまうかもしれない。

 

「このっ……いい加減にっ!」

 

 何度目か分からぬダストの右拳に合わせ、カズトは左の拳を繰り出した。それはダストの右腕の外側から交差するようにダストの顔面へと叩きつけられる。その一撃に怯むダスト。

 それだけでは終わらず、更にカズトは踏み込んで左のリバーブローを叩き込み。蹈鞴(たたら)を踏んで後退したダストを追い掛け、下から掬い上げるようにガゼルパンチ━━小さく跳びつつ斜め下から繰り出される拳━━を叩き込んだ。

 ドサリと背中から地面に叩きつけられるダスト。カズトは近接格闘スキルを所持しているので、接近戦も意外と強かったりする。まぁ、モンスターには余り通用しないが。

 

「全く……! あのなぁ、リーンとは別にデートしてた訳じゃなくて、ちょっと相談に乗ってもらってただけだっての! 何なら今からリーンにも聞いて来い! さっき分かれたとこだから、まだそんなに遠くには……ダスト? さっきから静かだけど……おーい。ダストー?」

「…………」

 

 ……返事がない。ただのしかばねのようだ。

 なんて事は勿論なく、カズトが近付いて確認してみると。

 

「ダスト……、……気絶してるのか……」

 

 完全にノックアウトされていた。どうやら少しやり過ぎてしまったらしい。

 どうしようかと暫く考えていたカズトだったが、碌に話も聞かず殴りかかってきたダストが悪いと考え、回復魔法だけかけて放置する事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから帰宅して。

 

「ただいま戻りましたー」

「お帰りなさい、カズトさん……あら」

 

 店番をしていたウィズが優しい笑顔で出迎えてくれた。そして、カズトの服装が違う事に気付いたようだ。

 

「新しい服を買われたんですね」

「はい、友達に選んでもらったんです。……変じゃないですかね?」

「はい、とってもよくお似合いですよ!」

 

 ━━━ありがとう、リーン!

 

 ウィズに似合っていると言われ、喜びの余りリーンに感謝の念を送る。その頃、リーンがくしゃみをしていたかどうかは定かではない。

 

「あっと、そうだ。ケーキ買ってきたので、良かったら一緒に食べませんか?」

「まぁ、本当ですか? ありがとうございます、カズトさん」

 

 カズトが袋からケーキの入った箱を取り出し、それを見たウィズが。

 

「ああっ! それ、ラルティザン・ドゥ・ザヴールのケーキじゃないですか! どうしたんですかそれ⁉︎」

「ああ、ウィズさんもご存知だったんですね。今日、友達に美味しいケーキ屋があると聞きまして。それで紹介してもらったのが、このお店だったんですよ」

「そうだったんですね。でも、高かったんじゃないですか?」

「いえ、そうでもありませんでしたよ?」

 

 と言いつつ、ドボシュ・トルテふた切れで千八百エリス。リーンに買ったザッハトルテはひと切れ八百エリスで、締めて二千六百エリス也。

 リーンにプレゼントしたロザリオの首飾りと比べれば屁でもない金額に感じるやもしれないが、ケーキひと切れに日本円で九百円と考えれば普通に割高である。

 が、カズトは特に気にしていなかった。

 

「俺、紅茶淹れてきますね」

「あっ、それなら私がやりますよ!」

「いえいえ、ウィズさんは座って待っててください。すぐ戻ってきますから」

「いえ、カズトさんはケーキを買ってきてくれたんですから、私が淹れてきますよ。悪いですし」

 

 そう主張するウィズを、カズトは彼女の肩に手を置いて押し留め。

 

「俺にやらせてください。ウィズさんには毎朝迷惑掛けてますし、俺は恩返しとしてウィズさんの為に出来る事は何でもしてあげたいんです。例えそれが、どんな小さな事であっても。だから、もっと俺の事を頼ってください。……頼りなく感じるかもしれませんけど、一生懸命頑張りますから」

 

 ━━━だから、座って待っててください。

 そう締め括ろうとしたのだが、それより先にウィズが自分の肩に置かれたカズトの手を両手で包み込み。

 

「私は迷惑だなんて思ってませんよ。カズトさんが私の家に来てから、毎日が楽しいです。リッチーになってこの街に来て、ずっと一人で生活していましたから。だから、そんなに気負わないでください。カズトさんも、もっと私の事を頼ってください。私だって、カズトさんに感謝してるんですから」

 

 そう言って、ニッコリと微笑んだ。

 ドキリとカズトの心臓が跳ねる。好きな人に手を握られた状態で、そんな優しい言葉を掛けられて、初心なカズトが平静でいられる筈もなく。

 視線を彷徨わせ、思考も回らずわたわたと落ち着きがなくなり、顔を真っ赤に染めて。

 

「……カズトさん⁉︎ 顔が赤いですよ⁉︎ また魔力が溜まりすぎているんですか⁉︎」

「あや、あの、これは違っ、違いましゅ! これはあにょ、アレです! あの、ほら、あの、アレです! アレなんです!」

 

 頭も口も回らず、アレアレと新しい言葉を覚えたばかりの子供のように連呼しまくるカズト。何がどれだと言うのか。

 それから暫く意味の分からない言葉を発し続け、ようやく落ち着きを取り戻した頃。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

「は、はい、大丈夫です……それより、紅茶淹れましょう、紅茶!」

「は、はあ……」

 

 先ほどからテンションのおかしいカズトが心配のウィズ。彼女はニブチンなので、その理由には気付かない。

 それから二人は一緒に紅茶を淹れる事にした。共同作業である。

 そして、いざケーキの入った箱を開けてみると。

 

「━━━━」

 

 そこには、ところどころ形の崩れたドボシュ・トルテがふた切れ。まるで激しく動かしてぶつけたような状態になっていた。

 言わずもがな、原因はダストとのいざこざである。

 

「…………ごめんなさい」

「あっ、えっと、アレです! 形は崩れちゃっても味は変わりませんし、大丈夫ですよ! 私は気にしてませんから!」

 

 ━━━明日、ダストをもう一発ぶん殴ろう。

 内心でそう誓うカズトであった。




?「ラルティザン・ドゥ・ザヴールのドボシュ・トルテはまだか〜い?」

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