この貧乏店主に愛の手を!   作:勇(気無い)者

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1.少年、異世界に立つ

「━━━と、いう訳よ」

 

 どこまでも続く闇が広がる薄暗くも、しかし近くはハッキリと見える空間にて。水色の長い髪を持つ美しい少女━━━女神アクアはそう締め括った。

 そして、アクアの目の前の椅子に座る十代半ばの少年━━身長百七十程度、学生服という出で立ち━━は「成る程」と呟き、顎に手を添えて考え込む素振りを見せる。

 それを見ながらアクアは机に置かれているジュースの入ったコップを手に取り、それを(あお)った。およそ十数分ほど喋りっぱなしだったので、喉が渇いたのだろう。少年があれこれ質問ばかりするからである。

 少年は黙りこくったままで、痺れを切らしたアクアが口を開いた。

 

「……ねぇー、早くしてー? この後、他の死者の案内もあるんだからねー?」

「ああ、すみません。えっと、じゃあこれで最後の質問にしますね」

 

 少年は足元のカタログ━━━転生特典表を拾い上げ、

 

「ここに『強力な固有スキル』とか『武器や武術の才能』とかあるじゃないですか。これってつまり、特典は物に限られる訳ではないって事ですよね」

「まぁ、そうね。大体の人は強力な武器や防具なんかの神器を選んでたけど、そういったものを選んだ人も居たわ」

「じゃあ、お聞きしますけど━━━無限の魔力、っていうのはありですか?」

「無限の魔力? そういう神器は確かにあるけど」

「いえ、神器ではなくてですね」

 

 そこで言葉を切り、少年は自分を指差しながら。

 

「自分自身にどれだけ使っても無くならない無限の魔力が欲しいなぁ、と」

「あなた自身に? ……神器じゃ駄目なの?」

「いやぁ、神器だと手放したり奪われたりしたらそれまでじゃないですか? その点、自分自身に無限の魔力があれば神器に気を取られる心配もないですし。……出来ませんか?」

「うーん……出来なくはないけど、お勧めはしないわよ? 魔力っていうのは固有スキルなんかとは違って、その人の資質に合わせて肉体に宿るものだし、下手したらボンッてなるかもしれないわよ?」

「えっ」

 

 何とも不吉な事を言うアクア。もしもボンッとなったらどうなるのか。爆弾の如く爆炎を巻き上げて破裂するのか。それとも電子レンジで加熱したかの如く中身が飛び散るのか。

 どちらにしても生きてはいられまい。

 彼女の不吉な言葉で不安に駆られる少年だったが、やがて意を決したように首を横に振ると、口を開いた。

 

「……ちょっと怖いですが、構いません。無限の魔力を自分にください」

「ボンッてなるかもしれないわよ? それでもいいの?」

「まぁ、その時はその時です。どうせ一回死んでる訳ですし、二回死ぬのも一緒ですよ。当たって砕けろってヤツです」

「いや、ここでボンッてなられたら嫌なんですけど。あと面倒なんですけど。普通に神器持ってって欲しいんですけど」

「そんな事言わずにお願いしますよ、世界一美しいアクア様。異世界に降り立ったら信仰しますから」

「そこまで言われちゃ仕方ないわね。私に任せなさい!」

 

 適当にヨイショしただけで機嫌が良くなる女神アクア。彼女はチョロかった。

 

 

 

 そんなこんなで、どこからか呼び出した黒い杖がアクアの目の前に浮いており、彼女はモニョモニョと呪文のようなものを唱えている。この杖は無限の魔力を内包する神器らしく、これを崩して少年の中に放り込むようだ。

 緊張しているのか、少年の表情は硬く、(うつむい)ている。

 

「……よし、出来たわ」

 

 暫くして、準備を終えたらしいアクアの言葉に少年が顔を上げると、彼女の前に先程の杖は無く、代わりに黒い球体が浮いていた。霧のように細かく渦巻いている。

 

「これを今からあなたの身体に入れるわ。準備はいい?」

「は、はい! いつでもきてくだ━━━」

「いくわよ! ゴッドフィンガァァァ!」

「えっ、ちょ━━━ウボァー!」

 

 言葉を遮り不意打ち気味にアクアが黒い球体を少年に叩きつける━━ゴッドフィンガーと言いつつ頭部ではなく胸部に━━と、それは少年の身体に染み込むように掻き消えた。

 そして、いきなりアクアに勢いよく押された少年は数メートルほど吹っ飛び、ゴロゴロと二回転。

 

「い、痛たた……」

 

 が、特に問題なく起き上がった。まるで自動車に軽く引かれたかのような吹っ飛び方をしたが、怪我はないようだ。

 そして、少年が身体を起こして顔を上げると、

 

「……あの、アクア様? 何か距離を感じますが……」

「気のせいよ!」

 

 と、少なく見積もっても十メートル以上は離れた位置から声をあげるアクア。気のせいでも遠近法でもなく、明らかにアクアは距離を取っている。どう考えても少年がボンッとなる事を恐れ、距離を取ったとしか思えない。

 

「そんな事より、何か身体に異常はない? 大丈夫?」

「え? ……ええ、大丈夫です。特に問題ありません」

「そう、成功したようで良かったわ」

 

 やはりボンッとなるのを警戒していたようだが、少年はそんな事でいちいち目くじらを立てたりしない。近くに危険物があったら普通は距離をとる。誰だってそうするし、少年だってそうする。

 

「じゃあ、異世界へ送るから。そこの魔法陣の中央に立って」

「あ、はい……あっ、アクア様」

「なぁに? まだ何かあるの? 早くしてほしいんですけど」

「す、すみません……えっと、自分は今、ポケットに入れっぱなしだった財布を何故か持っているんですけど、日本のお金って使えるんですか?」

「いえ、日本のお金は……あっ、そうだわ! 異世界での最低賃金を渡さなきゃいけないんだった! うっかり忘れてたわ」

「…………」

 

 ━━━そんな大事なことを忘れないでほしい。

 

 少年はそう思ったが、口には出さなかった。

 改めて少年はアクアから一万エリス━━明らかに日本円とは違う━━を貰い、床に浮かび上がる魔法陣の中心に立つ。

 

「それじゃ、送るわね。……因みに、聞いた話だと最初は冒険者ギルドとかいう場所に向かうらしいわよ」

「そうなんですか、分かりました。色々とありがとうございました、アクア様」

「ええ。……それでは、鈴木和人(すずきかずと)さん。あなたの活躍を期待していますよ」

「あっ……は、はい!」

 

 先程までとは打って変わって女神らしい威厳を見せるアクアに、少年━━━カズトは思わず畏まる。が、それも数秒の事。

 

「……行ってきます、女神様!」

 

 最後に笑顔でそう言い残し、カズトは光の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。ウィズは商品の仕入れに行っており、アクセルの街へと帰ってきたばかりであった。その手には手提げ袋が握られており、中には彼女が『これは絶対に売れる!』と確信して仕入れてきた商品が入っている。言うまでもなくデメリットの大きい産廃アイテムであるのだが。

 そして、帰路につく途中。

 

「あら……? ……人が倒れてる⁉︎」

 

 一人の男が道端で倒れていた。ここらでは珍しい、黒髪の少年である。

 ウィズが急いで駆け寄り抱き起こしてみると、

 

「だ、大丈夫ですか⁉︎ ……た、大変、凄い熱!」

 

 彼の顔は風邪でも引いたかの如くに赤くなっており、息遣いも荒い。

 しかして、彼のこの状態は風邪のような病気による物ではない。彼に触れた事でウィズはそれをすぐに理解し、どう対処すべきかも悟った。

 

「と、とりあえず家に運び込まないと!」

 

 そして、黒髪の少年━━━鈴木和人はウィズ魔導具店へと運び込まれた。




ウィズさんが好きです。でもバニルさんの方がも〜っと好きです。

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