「父さん、俺これ出たい。」
そのセリフを発する俺、祠堂智和の目の前には、全国菓子料理コンクールと書かれたポスターがあった。
「智和、お前はまだ中学三年生じゃないか。」
父の祠堂智久はお前にはまだ早いと言う。
「別に年齢制限ないじゃん。それに家も継ぎたいし。」
俺の家は菓子料理「祠堂」という菓子料理店で、和洋菓子、様々な種類の菓子が並ぶ。父曰く結構有名らしい。
「はぁ、中学卒業したらどうするんだ。」
「そりゃ、家で修行して祠堂の店主になることでしょ。」
当たり前のように言う俺に対して父はため息をつく。
「わかった。だが、このコンクールで金賞とれなかったらうちは継がせないからな。」
「はぁ!?」
父の悪戯では収まらない条件につい叫んでしまった。
「その代わり、金賞とれたら必ず継がせてやる。」
つまりは、金賞くらいとれないと祠堂の店主はできないと言うことと同義。
「わかった。やってやる!」
俺はやる気に満ち溢れていた。
それからはコンクールに応募したあと、コンクールで出すための料理を試作して実食して改善点を出してまた試作の繰り返し。
そうして時間がすぎ、コンクール当日がきた。
周りを見渡すとほとんどがコックコートや袴姿をした大人。
どうやら学生は少ないようで、グループで参加しているところもあるようだ。
「ほぇー。」
審査員をみて声が漏れてしまった。
審査員は五人だが、一人は筋肉が隆起していてとてもごっつい坊主のおじさん。一人は金髪ロングで学生服を着ている女の子。
絶対に学生なのになんで審査員側なのか疑問である。
「みなさん、今日はお忙しい中お集まりいただき、誠に感謝しています。
私は遠月リゾート代表取締役総料理長の堂島銀といいます。
今日は工夫が集まる良き品を期待しています。」
堂島という筋肉もりもりのおじさんの話が終わると、周りがざわめき出す。
堂島が…とか、あの薙切えりな様が…とか、どうやら審査員方々はとても有名らしい。
俺はあの人達誰?状態なので一人だけ浮いてそうだ。
「父さん、何なんだよこれ…」
挨拶が終わり、グループごとに分けられ、今は一つ目のグループの審査に入っている。
しかし、一つ目のグループが最後の一組を残して全て不合格。
特に学生服の女の子が毒舌で、全品に意見(という名の文句)を言っている。
それを聞いた人達は落ち込みもうだめだとか、人生終わったとか、何だよこれ。
「Aグループ最後は、遠月学園の生徒か。
高等部二年の茜ヶ久保もも、品を前に。」
とても小柄なぬいぐるみを抱えた女の子が皿を出す。
ぬいぐるみを抱えたままだと持ち運びが大変そうだ。
可愛い。
「この品目は?」
「アーモンドナッツ入りのショコラロールです。」
ショコラロール、名前の通りチョコレートでできたロールケーキ。
そこにアーモンドナッツを入れ、ふわふわな食感に別の食感を加えた。
また、お菓子でもよくある様にアーモンドナッツとチョコレートの相性は良く、チョコレートは甘めに調整してある。
よく考えられた一品。
女の子も絶賛。
ただの学生なのに大人の品を超えている。
自分も金賞を取らなければならないのなら大人を超えなければならない。
そしてあの子も超えなければならない。
そうして最後のDグループ。
なんと俺はまさかのオオトリである。
料理は出来たけど、最後って何なの?
無理じゃね?
「では最後、君は菓子料理祠堂からか。智久さんのお子さんかな。」
順番が回って着たらしく、堂島さんが俺の名前を呼ぶ。
「は、はい!」
少し声が裏返った。
恥ずかしいが、その羞恥を押しのけ品を五人の審査員の前にだした。
「品目は?」
「カレー風味のガトーショコラです。」
「カレー風味?カレーとチョコレートを混ぜるなんて、また大胆な発想だな。」
審査員も周りの人達も中学生の俺に対してヘラヘラと笑っている。
子供の発想力はすごいですねとか、突飛すぎてあれはないだろとか。
やっぱりカレーとチョコレートはだめだったかな…。
でも、昔カレーにチョコレートをこぼしてしまったが、カレーの辛さが丸まってちょうどよかった。美味しくはなかったけどね。
調べたところ、辛さは味覚ではなく、触覚らしい。
はちみつや砂糖などの甘味はカプサイシンという辛さの元になる物質と混ざることで辛さを和らげる効果を持つという。
チョコレートでといけると思い、そこから味を、思考錯誤して考えた結果出来たのがこのガトーショコラだ。
審査員が一口。
口に含んだ瞬間、審査員全員の表情が変わる。
堂島さん以外は蔑んだ表情から驚きの表情に、堂島さんは新鮮で興味津々という表情から感心の表情に変わった。
「これはすごい。カレーの味がするのに、辛さが鋭くなく、また甘いためスィーツ感覚で食べれる。」
「また、甘さもしつこ過ぎずにカレーと調和している。」
周りの人達も驚いている。
一中学生がここまで絶賛されることに驚きを隠せない様だ。
「どうやってこの品を?」
堂島さんが俺に質問をぶつける。
「カレーで最も重要なのはスパイスでしょう。
使用したのは、カレーに最も良く使われ、カレーの風味を出すカレーリーフ。
舌にもカレーを味わえるクミン、カルダモン。
そして皆さんは今までたくさんの品を実食されたので、消化促進の効果があるオールスパイスを加えました。
また、チョコレートの甘さを主張すると、カレーとのバランスが崩れるので、砂糖を少なめにして代わりにヨーグルトをまぜてみました。
」
「はちみつと砂糖同様にヨーグルトなどの乳製品にも辛さの元になるカプサイシンと混ざり、辛さを和らげる性質がある。
そしてヨーグルトを使うことで余分な甘さを出さずにカレーの風味を引き出し、それぞれのスパイスをまとめている。」
堂島さんが解説している。
そこまで言われると、照れるというものだ。
「これにて全品終了とする。」
堂島さんが審査終了の合図をして結果を決める会議になった。
結構意見が割れてるようでとても長い。
最後褒められたが金賞は無理だったのかもしれない。
何せみんなプロなのだ。ちょっとした発想だけで勝てる相手ではないという事だろう。
良くて功労賞、参加賞だけでももらって父さんに自慢しよう、そうしよう。
父への言い訳を考えていると、審査員方が戻ってきた。
「長らく待たせてすみません。只今より、結果発表に移ります。」
場に緊張が走る。
審査員の反応で大体入賞出来たか出来なかったかはわかるが、賞賛されていた組みも少なくは無い。
「接戦で決めづらく、審査員内でも票が割れたが、何とかまとまりました。
金賞は…」
ここで名前が出れば家を継げる。
出なければもう家で料理は出来ないだろう。
諦めている半面、どこかで金賞を取りたいと願う自分がいた。
だが、この世にはこんな言葉がある。
「茜ヶ久保もも。」
現実は非情であると。
自分の名前では無い瞬間、悲しみ、絶望、哀れみ、そういう負の感情が流れ込んでくる。
「続いて、銀賞を発表する。」
それにさっきの名前。
たしか高校二年生の子だった。
「祠堂智和。」
自分の名前が呼ばれた。
しかし全く嬉しくない。
自分は自分の、祠堂という店の世界に閉じこもり、外の世界を見てなかった。
甘く見ていた。
「続いて、銅賞を発表する。」
結果発表が終わり、俺は気分を落としながら帰宅した。
風呂に入って自室に入る。
布団に潜ると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
「おい智和、金賞とれたかー?」
いつもは揶揄ってうるさいと思う父の声。
だが今は心地よく聞こえる。
「銀。」
「うわー、惜しかったなー。
それでそんなメソメソと泣きべそかいてんのか。」
「うるせー。」
軽く俺をいじってくる父はどんな心境をしているんだろうか。
「でもな、金賞を取ったところでお前が店を継ぐ事は出来ない。」
「そうだったんだ…。
ってはああぁぁぁあああ!?」
衝撃の事実。
なんか、銀賞を取った事の悲しみやらなんやらが吹き飛び、怒りが込み上げてきた。
ついついノリツッコミしてしまった。
「いやなぁ、ちょっと昔の友人といろいろあってな、この店閉めるわ。
常連さんとかに謝らないとな。」
「いや、まず息子に謝れよ!」
なぜ俺がツッコミをしなければならないのだ。
それに、店を閉めるとはどういう事だろう。
俺はどうなるんだ?
「それで、お前のことだがな。」
父から一つの封筒を渡される。
「遠月茶寮料理學園…!?」
「コンクールで金賞取った女の子が通ってるとこだな。」
たしか金賞を取った、茜ヶ久保ももと言う生徒。
高校二年だから来年は三年か。
「父さん!」
「あぁ、分かってる。
学校にももう申し込んでるから、後は試験だけだ。」
なんだろう、今なら自分の父親が神様に見える。
いや、仏様か。
どっちでもいい。
「外の世界も見てこい。
自分の腕を磨け。
それと、俺の後輩の子供も一緒に編入する予定らしいから、仲良くしてやってくれよ。」
「わかった!」
遠月。
すごい料理人が並ぶ学校。
きっと彼女以上に上手いひともいる。
ワクワクが止まらなかった。
さっきまで落ち込んでいたのが面白いくらいだ。
「智和。遠月で色々な事を学んで、自分の城を持て。
自分の城を築いて自分の料理を世に出すんだ。」
「あぁ、祠堂よりも良い店をもってやる!」
「ははっ、楽しみにしてるぞ。」
父は俺の髪をくしゃくしゃと撫でる。
これから俺の料理人の人生が始まるんだ。