そこからは、一瞬だった。アマルジャ族が名も知らぬ少女へと襲いかかる。だが、その少女の力は圧倒的であった。アマルジャの軍勢が少女にたどり着くよりも速く、少女は呪文を口ずさむ
「クルセ、迅速……エアロガ……!」
彼女がそう呟けば、彼女の周りに一陣の風が吹き荒ぶ。その風は荒々しく、しかし彼女はまるで台風の目にでもいるように変化はなく、周囲にいるアマルジャ族にだけ被害を及ぼす。
「ぬ……うぅっ……!」
アマルジャ族は歯を食いしばりつつ、その風圧へと耐えている。だが、それでも次第に後方へと引っ張られる、否、引きずられるかのように少しずつ地面へと跡がつく。
「……どうするの? まだやるの? ねぇねぇ?」
その様子を少しおかしそうに見つめつつ、彼女はさらに風の力を増す。まだまだ力が出せると言わんばかりに、じっとアマルジャ族を見据えながら。
「……引くぞ……!」
先頭に立つアマルジャが強く号令を放てば、アマルジャはその風の範囲から逃げるように走り去っていく。
「やれやれ、わたしの実力が最初からわかるぐらいの相手ならいいのに……」
そう小さく彼女が呟くのを聞けば、こちらへと、とことこと小さな体で、足で、歩み寄ってきた。
「ねぇねぇお兄さんたち、怪我はなーいっ?」
そのままにこりと微笑みを浮かばせる。その表情からは先ほどのあの魔法を放った少女とは打って変わった様子に見える。
「あ、あぁ。俺は怪我はないし、多分あんたも怪我はないだろう?」
そう言葉を口にしつつ、ブレモンドがこちらへと視線を向ける。
「そう、でゴワスね。何も問題はないでゴワス」
小さくこくり、と頷きを返せば、彼女も満足げに頷きを返す。
「よかったぁ。しるびあもみんなが元気なら嬉しいです♪」
にこにこと微笑む少女に目線を向ける。すると、彼女はこちらの視線に気がついた様子でいて、自分の服の裾へと手を伸ばしては小さく広げるように指先で摘み上げ、軽く持ち上げながらも会釈をしてくる。
「改めて、シルヴィア=フェアクロフだよ。よろしくね、お兄さんたち」
「こちらこそ。俺の名はブレモンド。でこっちが」
「ゴレイヌ=レッドでゴワス。よろしくでゴワス」
「うん、よろしくね。ブレモンド、ゴレくん」
「……なんでおいどんだけ、くん付けなんでゴワス?」
「……ん? 深い意味はないよ? ただそうした方が呼びやすいかなぁって思ってね、えへへ♪」
そのまま小さくぺろり、と舌を出しながらこちらを見据える少女に、少し違和感を覚えつつも助けてもらった恩もある、と考えれば小さく頷きを返した。
「さ、ここに来たってことは目的地はウルダハでしょ? ほら、行こう行こう?」
そのまますたすた、とチョコボキャレッジに向かって足を進めるシルヴィア。その後ろ姿からは見た目相応に魔法使いに見える要素は一切ないのだが、先ほどの技を見れば、今更ながらそのような感覚はすでになかった。そしてそのまま再びキャレッジへと乗り込めば、ウルダハへと向けて野原を駆ける。
「いやー、それにしても助かった助かった。嬢ちゃんがいてくれなかったら俺たちは今頃どうなっていたことやら。改めてお礼を言わせてくれ。ありがとうな」
「どうも、助かったでゴワス」
ブレモンドが座りながらも頭を下げるのを見て、こちらも小さく頭を下げる。
「ふふん、しるびあにお礼を言うんだったら、報酬として5億ギルぐらいもらっちゃうよ?」
そのお礼にくすくすと笑みを浮かばせつつもえへん、と小さい体で胸を張る少女。その返しに思わずくすっと笑みをこぼす。そうしていれば、すぐに目的地の町が見えてきていた。
「お、もう着くなこれは。さて、じゃあここでお別れだな。俺はこのまま少し荷物の整理をしてから中へ入るから、二人は先に中に入っておくといい。ありがとうな、二人とも。いい旅が出来たよ」
そう言いながらブレモンドはキャレッジから地面へと降り立ち、片手を上げては荷物を縛り上げている荷車の方へと足を向けて歩いていく。
「さ、いこ? 冒険者ゴレくんの誕生です! わー、ぱちぱち!」
そのまま後に続くようにスタン、と地面へと落ちればこちらへとくるりと振り返り、手を軽く叩きあわせながらも祝いの言葉を述べるシルヴィア。
「あはは、ありがとうでゴワス……というか、ついてきてくれるんでゴワスか?」
「……うん、しるびあも今は暇だからね。まだまだやることあるんだけど、ずっと先のことだからさ。のんびりと待つことにするかな」
そう彼女が呟けば、先ほどの穏やかな口調とは違い、やや大人びたような口調へと少しだけ変化しているような気がした。
「だからほら、行こっ♪ 幼女が案内してあげる!」
気がした、かと思えば再び先ほどの明るい彼女へと戻りつつ、自分の手をぐいぐいと引っ張り始めてはウルダハへと足を進ませる。
「おっ……とと……あ、あんまりはしゃぐと転ぶでゴワスよ? シルビアちゃん」
「……………………」
自分が言葉を口にした時、ぴたり、と彼女の動きが止まった。
「……? シルビア……ちゃん?」
「……ちーがーう! しるびあの名前はシルヴィアなの! シルビアじゃないのー!」
そのままくるり、とこちらを向けば頬を膨らませ、ぷんぷん、と見た目相応の怒り顔を自分へと向けていた。
「……そう言いながらも自分では言い方が違うでゴワスよ?」
「しるびあはいいのー。まぁでも、ゴレくんは許してあげようかな。うん、しるびあは寛容な精神の持ち主だからねっ!」
そして、先ほどまで怒っていた顔かと思えば今度はにこりと微笑み、うんうん、と小さく頷けば再びウルダハの門へと向かって歩みを進めていく。
その時に、ふと先ほど自分が言葉を口にした際に見えた、貴女の横顔が目に浮かんだ。そう、あれは……
少しだけ悲しげに、そして、知りえもしれない何かを取り戻したような感覚を見せる彼女の横顔だった。