ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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後半だけが本当は書きたかった………。


第8話 ベルの怪物祭(前)

 『怪物祭』

 

それはオラリオに於いてビックイベントの一つである。

その祭の主催者は神ガネーシャであり、彼の神のファミリアによってこの祭は運営される。

メインイベントは大広間にある闘技場にて行われるダンジョンから連れてきたモンスターの調教である。このイベントのためにガネーシャ・ファミリアの団員達は危険を承知でダンジョンにいるモンスターを捕縛し倒さずに生け捕りにするのだ。その際に当然被害も出るが、それでも彼らはそれを乗り越えて頑張る。ファミリアの威信もあるし、何より『衆生の主』を標榜する主神の意を叶えるために。

まぁ、単純にオラリオ住民が楽しみにしているからこそ頑張ろうという気になれる、というだけのことなのだが。

この祭に続くようにメインストリートにはとてつもない数の屋台が建ち並び、この祭はよりその規模を大きくした。

そうしてなったのが今現在の『怪物祭』。オラリオでも有数の一大イベントだ。

 と、そんなことを立ち並ぶ屋台から買った食べ物を頬張りつつベルに説明するヘスティア。

彼女の顔はここ最近では見ないくらい明るく可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。

この祭に初めて他の者と一緒にこれたことが嬉しいのだろう。そしてベルのお陰でバイト代を貯金などに回せることになり、その余裕で出来たお小遣いをこうして使えるのが楽しいのだろう。

見た目の歳そのままに無邪気に祭を楽しむヘスティア。そんな彼女を周りにいる男共は見入ってしまう。

いつもはマスコットのような扱いを受けるヘスティアだが、それでも見た目は美少女なのだ。そんな彼女が可憐な笑顔を浮かべていればそれはもう魅力的だ。

そんな男達の視線に気付いていないのか、ヘスティアはベルに身を寄せながら笑う。

端から見たら美少女に心底惚れられている男とのデートに見えるだろう。

そうなれば当然回りの男達……特に恋人などがいない独り身の男達は幸せを感じているであろう美少女のお相手に嫉妬と憎悪の視線を向ける。

そんな負の視線が集中する中、ベルはというと…………。

 

「そうなんですか」

 

実に素っ気なく返す。

周りの視線など気にすることもなく、そして祭に興味があるわけでもない。

日頃からどうにもストレスをためがちな主神の我儘に付き合っているというのが今のベルの感想である。

賑やかなのは嫌いではないのだが、どうにも楽しいと思えない。

本音で言えばダンジョンでもっと手柄を立てたい。あれこそが最高の興奮だろう。

それを知ってしまったからなのか、どうにもこの祭を楽しめずにベルはいた。

 

「ベル君、こんな賑やかなお祭にそんなつまらなさそうな顔はあんまりよくないぜ」

 

はしゃぎながらそう笑いかけるヘスティアに対し、ベルは何とも言えない顔で答える。

 

「そう言われてもなぁ。何というか、あんまり面白くないんですよね。屋台の食べ物は美味しいんですけど、なんかこう……イマイチ盛り上がらないというか」

「歳の割に冷めすぎじゃないか? まったく、もっと騒いではしゃいでみたらいいのに。君はこう、もっと子供らしくしてみたらどうだい?」

 

如何にも冷めているベルをヘスティアはジト目で睨みながら文句を垂れる。

彼女言いたいことも分からなくはないのだが、そう言われたところでどうしようもない。

 

「やっぱりダンジョンに潜っていた方が良かったかも。もっと手柄を立てれば立てるほど楽しいんだけどなぁ」

 

そうぼやくベルにヘスティアは深い溜息を吐く。かなり呆れ返っているようだ。

 

「ベル君、普通の冒険者はちゃんと休憩日を入れるものだよ。だというのに君はまったく休まず暇さえあればダンジョンダンジョン……。君のことを世間では脳筋だとか仕事中毒者とか言うんだよ。もう少しは心に余裕をもったらどうだい」

 

明らかに異常者を見る目でベルを見るヘスティア。家族として子供がおかしいのはやはり心配なのだろう。

そして内心ではベルをこんなふうにしてしまったであろう彼の師『島津 豊久』に怒りを燃やす。どんな育て方をすればこうなるんだ、と。

 そんなヘスティアの心配など気付かないベルは周りをざっと見渡す。

あるのは皆の楽しそうな笑顔。確かにヘスティアの言う通り、祭りを楽しめないのは無粋なのだろう。

だが、そう言われたところでどうしようもなくベルの心は沸き立たない。

島津の兵子は平穏は嫌いではない。だが、その真価は戦場でこそ発揮される。

つまりはそういうこと。ベルがもっともベルとして楽しいと思えるのは戦場であり、つまり彼はもう立派な島津兵子なのである。

覚えている範囲だが、豊久はそうだった

平穏な時間は良く昼寝をしていたりちょっとした稽古を付けていたり何かを食べていたり。笑いもするし楽しんでもいた。

だが、師が一番楽しそうに、子供のように目を輝かせていたのは『手柄を立てられる戦場』だ。

命のやり取り、ギリギリの刹那………まぁ、圧倒的だったのでそんな事にはならなかったが、それでも敵の首を取った師匠は実に嬉しそうだった。

そしてそれはベルも同じ。同じようになりたいと目指し、そして近づいていく。

それは師のようになりたいという情景。そこへと近づくための研磨。そこに行き着くための編纂。

それらにより、ベルの価値観はぐるりと変わり今に至る。

だから彼はこの祭りが楽しめない。悪くはない。ただ、イマイチ盛り上がらない。そんな感じだ。

 そんな事を思いながらベルは、ジト目で睨みつけるヘスティアにこう返すのだった。

 

「まぁ、それなりには楽しんでますよ……たぶん」

 

その言葉が全くではないが、それでも嘘だと分かるヘスティアは溜息を吐いた。

 

 

 そんなわけで絶賛暇を持て余し中のベルであったが、そんな彼に思いもよらない珍客が現れた。

 

「ん、そこにいるのはあの時喧嘩で相手をボコボコにした白髪頭じゃニャいか!?」

 

往来でそんなでかい声を出しながらベル達に駆けてきたのは、以前騒ぎを起こした『豊穣の女主人』で見かけたキャットピープルの女性だった。

服装もシルと同じウェイトレスの服装なので、もしかしたら今は仕事中なのかも知れない。

そんな彼女が一体何の用だろうと思いながら向き合うと、彼女は若干興奮気味にベルに話しかけた。

 

「これをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

 

そう言われて渡されたのはがま口財布。

そして主語が抜けた話など当然理解出来ず、ベルとヘスティアは首を傾げてしまう。

そんな二人を見て、そんな説明しか出来ない同僚に呆れつつもう一人の女性が声を出した。

 

「アーニャ、それでは説明不足です。クラネルさんが困ってしまいます」

 

静かにそう指摘したのはエルフの少女だ。

あのウェイトレスの服を着ているが、シルとは違いこちらは美しいの一言に尽きる。

綺麗な薄緑の髪に青い碧眼、そして人形のように整っている顔立ちは素晴らしい。エルフは美男美女が多いというのも納得がいく美しさである。

そんな女性が自分の名前を言ったことでベルは少しばかり驚いた。

 

「どうして僕の名前を…………」

 

その声が聞こえたようで、彼女はベルに軽く会釈をしながら答えた。

 

「私はリューと申します。シルの同僚で彼女はいつもクラネルさんの事ばかり話しているので、それで。シルはクラネルさんに夢中ですよ」

 

その理由で納得するベル。シルの同僚ならベルの事を知っていてもおかしくはない。

だが、その話題に待ったをかける者がいた。

 

「ちょっと待った。なんだ、ベル君? つまり君はどこぞの女の子を夢中にさせるくらいのことをしでかしたのかい?」

 

そう言ったのはヘスティアである。

彼女の知る限り、ベルという少年はトラブルメーカーだ。そんな少年に夢中になる人というのがどういう人物なのか気になったのだろう。

それも彼女たちの服装から見て相手は女の子。そしてリューの口ぶりからして夢中なのは面白がってではない。恋する女性のあれこれといった方面だろう。

だからこそ突っ込む。見た目はともかく中身は破天荒で主神を蔑にする少年のどこに惚れているのかなどを。

その質問にベルは何でそんなことになっているのかまったく分からない。

そんなベルを見てリューは少しでも同僚でもあり大切な友人のシルに有利に働きかけるように特に表情には出ないが恥ずかしいことをさらりと言った。

 

「そうですね。シルが言うのは『優しく誠実で思いやりがあって、見た目は可愛いのに芯がしっかりと通っていて言うべきことははっきりと言う。格好いい男の子で見ていていつもドキドキしてしまう』だそうです。良かったですね、クラネルさん」

 

普通に聞いたら赤面物の告白にヘスティアは絶句する。

どうにも彼女が知っているベルとは少し違うようだ。

 

「ベル君、随分と僕とは違うじゃないか。僕はそこまで優しくされた覚えもない、寧ろ毎回蔑にされていると思うんだけど」

「気のせいじゃないですか? 僕はちゃんと神様の事を見てますよ。それに稼ぎはちゃんと神様に渡してるじゃないですか、蔑には扱ってません」

「むぅ~、そういうところが………はぁ。初めて会ったときのときめきを返してくれ……」

 

ヘスティアの文句にベルはしれっと答える。

シルとの違いは暇があればホームでダラダラしているあたりだろう。それを言わないのは言う気が無いからだ。

ベルのそんな対応を見てリューは少しだけ驚くが、本来の目的を忘れてはいけないと彼女は話題を戻した。

 

「それで話というのは、シルの事なんです」

「シルさんの事?」

 

財布とシルについてというヒントが出たところでそれまで黙っていたアーニャが一気に発表する。

 

「つまり怪物祭を見に行ったシルが忘れていった財布を届けて欲しいのニャ」

「と、いうわけです」

 

それを聞いてやっと事の本題を理解したベルとヘスティア。

その後は言わなくても分かるだろう。財布を忘れたシルに財布を届けて欲しい。自分達は仕事で無理なのでそれをベルに頼む。これはそういう話だ。

 

「別にいいですよ」

 

その答えは直ぐに出た。

知り合いが困っているのなら助けてあげたい。それも女性なら尚更。

それが今の『祖父の教え』に沿っているベルの答え。

実に紳士的なその対応にリューとアーニャの二人は快く頷いた。

 

「では、よろしくお願いします」

「そのままディナーに誘ってもいいニャ。何ならその後押し倒しても…」

「昼間からナニを言っているんですか、まったく」

「痛っ!? じょ、冗談ニャ、冗談! リューは冗談が通用しないから困るニャ」

 

そう言いながら彼女達はベル達と別れて行った。

その背中を見送りながらベルはヘスティアに話しかける。

 

「そういうわけでシルさんを探すのを手伝ってもらえませんか?」

「はぁ、まったく君は………でも、確かにこんなお祭りに財布を忘れるなんて可哀想だしね。仕方ないか……お祭りを楽しみつつ探すとしようか」

 

そうして二人は再び人混みの中へと入っていく。

その目的にシルを探すということが加えられ、紳士的なベルは少しばかりやる気が出てきた。

 

 

 

 そして探すこと少し。

未だに姿を見せないシルにヘスティアは少しばかり諦めムードだ。何せ今日はオラリオ中から人が集まっているのだ。人混みの量も凄まじく、ここから個人を探すのはそれこそ砂漠の中にある一粒の宝石を探すのに等しい。

だがベルは諦めずに探す。知り合いでしかも世話になっている女の子が困っているのだ。助けたいと思うのは当たり前なのだからと。

これがいつも前提にあるんだったら気弱だけど優しい優男になるのになぁ……とヘスティアは考えてしまう。彼女が知っているのは『好戦的な薩摩兵子』のベルだから。

そんなことを考えながら歩いていると、前方から何やら悲鳴のような物が聞こえてきた。

それに身構えてしまうのは仕方の無いことかも知れない。

そして次に出た悲鳴によって周りは混乱状態に陥ってしまう。

 

「モンスターだぁああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

その叫びと共にはじけ飛ぶ屋台。

周りにいた人達はそれを見て混乱しパニックを起こしながら少しでも離れようと必死で逃げ始める。

 

「な、何だって!?」

 

モンスターを見たことがないヘスティアも当然困惑する。

見たことはない。でも、今現在普通の人間と大差ない肉体能力しかない存在である自分達にとってモンスターが如何に危険な存在なのかは嫌でも良くわかる。

だから当然ヘスティアは決める。

 

「ベル君、逃げよう!」

 

当然の答え。判断に間違いはない。

それは人が減ってきたことで見えるモンスターの姿を見れば分かること。1体ではない。見た限りでも4体。しかもその後ろで巻き上げられている砂煙から見て更にもう何体もいることだろう。

それらが一斉にこちらに向かって突進してきてるのだ。まるで何かに引き寄せられるかのように。

 だが、逃げようとしてベルの手を掴もうとしたヘスティアはベルの顔を見て固まってしまう。

 

「べ、ベル………くん?」

 

彼の顔に怯えなど一切ない。

そこにあったのは危なくギラギラと輝く瞳とニヤリとつり上がる口元。

身から噴き出すのは毎度おなじみ頭の狂ったとした言い様がない殺気と覇気。

ベルは前方からこちらに向かってくるモンスター達を見ながら実に楽しそうに言う。

 

「牡鹿、大猿、豚巨人、大猪。小物無し、群れ無し、際物無し………実に良い! 手柄だ……見たこともない物ばかり。つまりは滅多に見ない大手柄だ!!」

 

先程までいた『紳士』はもういない。

ヘスティアの目の前にいるのは知っている『アレ』だ。

戦狂いの狂人。師の教えによってそうなった化け物。

ベルは背に差している大太刀を引き抜くとそれを肩に添えて構える。

どんな日、どのような場所でも絶対に離さない、しかし扱いは乱暴で存外なそれは『こういうとき』の為に振るわれる。

 

「さぁ、せっかくの祭りだ! 僕の為に、その首………置いてけっ!!!!」

 

『ぞんッ!!!!!!』

 

そして電光石火の如き速さでもってモンスター達に向かって突進した。

 

 この後ヘスティアは改めて知る。

自分の眷属がどれだけ規格外なのかということを………。




ヘスティアはヒロインじゃない! 被害者だ!!

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