ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
今回は皆さんおなじみベートさんが………。
シルとの約束を果たすべくベルは今、彼女が働いている店へと向かっていた。
この為にダンジョンで稼いできた5万ヴァリスはその役目を果たさんとベルの懐をズシリと重くしている。
その重みを感じながらベルはこれから食べるであろう料理に期待を膨らませていた。
何せ昼に食べたお弁当が本当に美味しかったのだ。そんな料理が待っているかもしれないと思うと子供のように興奮する。
これは別にベルが年相応だからというわけではない。
彼はこれまでに於いて、『美味しい料理』というものを食べてこなかった。
別に貧乏だったからではない。
原因はやはり師である豊久だ。
ベルは豊久と一緒に過ごしてきたのだが、それまでの生活での食事というのはお粗末の一言に尽きた。
豊久は基本何でも食べるし、美味い不味いをそこまで気にしない。その所為なのか料理をやらせたところで丸焼きかごった煮のどちらかだ。
勿論それ以外にもベルは祖父の料理も食べてはいる。しかし、残念なことに祖父もそこまで料理が得意ではなかったようだ。
もう少し成長して知恵を付けていればそれにもの足りなさを感じ、自分自ら料理を学び始めていただろう。
しかし、残念なことにそうはならなかった。
ベルは豊久に憧れた。そして豊久のようになりたいと色々と学び、豊久の真似なども当然覚えていく。
その結果、酷い料理に違和感を感じなくなり何でも食べられるようになってしまったのだ。
だからベルはこれまで『美味しい料理』というものを食べてこなかった。
そのことに不満は無い。だが、久々に美味しい料理を食べたベルはその感動を思い出したのだ。
故にその期待はとても大きく、首を取る以外に楽しみで仕方ない。
尚、普通なら自分の所の主神であるヘスティアも誘うべきだが、彼女は彼女でバイトの打ち上げがあるらしくこれないらしい。
だから一人でベルは歩く。日頃の食事があまり良い物とは言えない物が多いので、勿体ないなぁと思ったが、仕方ない。更にバイトに関しては特に言う気はない。そこは個人の勝手だろうとベルは考えているからだ。
そしてついに、ベルは目的地であるお店に着いた。
店の名は『豊穣の女主人』。昼は主に食堂として、夜は酒場をしているらしい。
店内に入り周りを見渡す。
適度に広く活気に溢れており、その中をウェイトレスの女性が忙しなく動いている。
皆容姿が整った美人が多く、それもまたこの店の魅力なのだろう。
そう思いながらベルはまず、シルを探すことにした。
周りのウェイトレスの女性達も綺麗だが、彼女もまた負けず劣らずに可愛いのだから直ぐに見つかるはずだろう。周りの個性豊かな女性達にも負けないほど、薄鈍色の髪とあの可愛らしい笑顔は印象深いのだから。
だが、ベルが見つけるよりも先に彼女がベルを見つけたようだ。
「いらっしゃいませ! あ、ベルさん!」
「こんばんわ、シルさん」
ベルを見つけた途端に花が咲いたかのように実に嬉しそうに笑うシル。
そんなシルとの再会にベルは落ち着いた笑みで返す。その姿だけ見ると、とても14歳には見えない。
「約束通り、来ましたよ」
ベルがそう言うと、約束を守ってもらえたことが嬉しいのか頬を赤らめつつシルも返す。
「はい……約束、守ってもらえて嬉しいです」
その笑顔が可愛らしく、見ていて心が温かくなるベル。何故かは知らないが、彼女のその笑顔はベルを心の底から歓迎してることが窺える。
シルはそんなベルの笑顔を見て恥じらいながらも元気よく手を翳しながら言う。
「ではお客様、お席に案内させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
そして案内されたのはカウンター席の端。周りからだと少し目に付き辛く、どうやらシルにとってここは特等席らしい。
そこに座ると、丁度店の女将がベルの前に来た。ドワーフらしくがっしりとした体つきをした、そこいらの冒険者なんかより余程強そうな女性だ。
「アンタがシルのお客さんかい? 冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」
そう威勢良く言い放つ女将の言葉を聞き、ベルはシルの方へと顔を向ける。
シルはベルに見られ恥ずかしそうに頬を赤らめていた。どうやらベルが来るということを彼女は朝会って以来かなり言っていたようだ。
何故そこまで気に入られたのかは分からないが、少なくてもベルは彼女のことを気に入っている。だからそこはかとなく嬉しい。
「えぇ、今日は一杯食べるので、是非ともシルさんのお給金に色を付けてあげて下さい」
「言ったね? だったら思いっきり食わせてやるよ。後悔しても遅いからね!」
上機嫌に女将は言うと、鼻歌を歌いながら厨房へと歩いていく。
その後ろ姿からかなりやる気に満ちていた。
そしてシルは仕事に戻り待つこと少し………女将のやる気が形となって現れてきた。
「さぁ、遠慮無く食いな!」
ご機嫌な声と共に出されたのは、器から溢れそうなほどに山盛りのパスタ、何かの肉の唐揚げと何かの魚の揚げ物。それに健康に気を遣ってなのか、パスタと同じくらいの大量のサラダである。
それに飲み物は麦酒(エール)である。普通はこの年齢に飲酒はよろしくないのだが、冒険者にはそういったものが結構緩いのがこの街の特徴でもある。
そしてベル自身、酒(ささ)は普通に飲める。豊久の元にいれば、それぐらいは常識の範囲内である。
目の前に出されたごちそうは今までに見たこともないものばかりである。
それを見て目を輝かせてしまうベル。
「何か分からないごった煮じゃない………」
あのお弁当の味をしれば感動も一入のようだ。それに案外このへんは地味に気にしていたのかもしれない。豊久の所為で鈍っていた人間としての感性が若干ながら復活した瞬間であった。
そしてその感動をより楽しみたく思いながらベルは両手を合わす。
「いただきます」
極東の食事前の礼節をし、そしてベルは早速パスタを食べ始めた。
「っ!?」
その美味さに言葉に出来ない感動を感じ、その手はもっと食べたいと思いを具現するようにベルの口へとパスタを運ぶ。
ガツガツ、モグモグ、ゴクゴク………。
言葉は一切無く、只ひたすらに食べるベル。
そのペースは凄まじく、あれだけあった料理はものの数分で消えていた。
そして追加の注文を頼みつつ麦酒を呷っていると、仕事が一段落付いたのかシルがベルの元に来た。
「どうです? 楽しまれてます?」
「はい、とっても!」
シルの問いかけに実に上機嫌に答えるベル。
「ッ~~~~!? そ、そうですか」
その顔があまりに無邪気だったからなのか、シルは思わず赤面してしまう。顔だけ見れば幼く見えるベルは、そういう点では女性の母性本能をくすぐるのだ。それに見事当てられてしまい、シルはベルを可愛いと思ってしまった。
そう思ってしまったことが知られたくなくて、シルは慌てながら話題を変えることに。
「それにしても、凄く食べますね。こんなに食べてもらえたら、私のお給金は凄く期待できそうです」
「それはよかった。でも、まだ食べますからもっと凄くなりますよ」
そう言われて驚くシル。無理をしている様子がないことから本当によく食べるのだろう。どことなく彼女自身もベルのために料理を作ってあげたくなった。
「そういえばお仕事はいいんですか?」
「今給仕は少し余裕がありますから」
そして二人で他愛ない話をすることに。
美味い食事に可愛い女の子と楽しくお喋り。その二つがあれば十分だと皆が思う。
ベルもそうは思う………が、やはりイマイチ物足りない。
その物足りなさがなんなのかを考えていると、他のウェイトレスの女の子が周りに発表するように言った。
「にゃぁ、ご予約のお客様、ご来店にゃぁ!」
その言葉と共に表れた集団に、それまで騒いでいた客達が息を吞んだ。
男装をした言っては悪いが胸が全くない女神、金髪をした美少年のような小人族、誰もが見惚れる程の美を放つ翡翠色の長髪をしたエルフ、その場にいるだけで存在感が凄いドワーフ。それ以外にも露出の激しい服を着たアマゾネスや狼人など、様々な人種がいた。
その中には一度だけだが見たことがある人物がいた。
「あ、あの娘…………」
ベルは集団の中にいる美しい金髪をした美少女……アイズ・ヴァレンシュタインを見てそう呟く。
少し前にあっただけだが、その美しさは忘れる方が難しい。
戦闘で無ければ普通の男なベルは彼女のことをちゃんと覚えていた。
ベルのそんな呟きは聞こえなかったようで、シルはこの店を自慢するように来た集団のことをベルに言う。
「ロキ・ファミリアさんは店のお得意さんなんです。彼らの主神ロキ様がここをいたく気に入られたようで」
そこで初めてベルは彼女がロキ・ファミリアというトップファミリアの大幹部で『剣姫』の二つ名をもつレベル5の冒険者であること知る。
まぁ、だからなんだというわけではないが、この男はそういうのは一切気にしない。
レベル5が凄いというのはエレナからのレベル講座で教わっているので一応世間的には知っているのだ。
そしてロキ・ファミリアは大いに盛り上がりを見せた。
どうやら遠征の祝賀会らしい。主神であるロキが上機嫌に騒ぎ、それに習って団員達も楽しそうに酒を飲み料理を食べる。
実に楽しそうな面々。この場に於いて大いに結構である。
だからといってベルに何かあるわけではない。ベルはロキ・ファミリアに気にせずに再びやってきた注文の品を食べ始めた。
そしてそれらが空になったところでそれは起きた。
追加の注文をしようとした時、ロキ・ファミリアの狼人の青年が酔いの回った上機嫌な声で言う。
「ヨッシャー! アイズ、そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ」
「あの話?」
その言葉の意味が分からない様子のアイズ。
その様子を見ながら狼人の青年……ベート・ローガが言った。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウルス! 最後の一匹、お前が5階層で始末したろぉ。そんでほれ、その時いたトマト野郎の話だよ」
「あれはそんなんじゃ…………」
どうやらあの時のことを見られていたらしい。
ただし、どうやらベートが見たのは後半の部分で、しかもアイズが斬った所からだけのようだ。そのため彼にはベルがアイズに助けられた血塗れの情けない男として映ったらしい。
その事を面白おかしく語るベート。アイズはそんなんじゃないと何とか言うが、周りの酔いが入った団員にはその声は届かない。
「雑魚が雑魚らしく震え上がる姿ってのは滑稽なもんだ! ゴミはゴミらしくしてろっての」
流石の物言いに不快感を表した団員がいたようで、その人が諫めようとするがまったくベートは聞き入れない。
そしてベートは更にベルのことを罵ると、アイズに向かってテンション高めでこんな質問を投げかけた。
「アイズ、お前はどう思うよ? 例えばだ、俺とあのトマト野郎ならどっちを選ぶっていうんだぁ、おい!」
「ベート、君悪酔いしてるね」
金髪の小人族の青年に注意されるがベートはそれでも止まらない。
「聞いてんだよ、アイズ! お前はもしもあのガキに言い寄られたら受け入れるのか? そんなはずねぇよなぁ!! 自分より弱くて軟弱な雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてあるはずがねぇ。他ならないお前自身がそれを認めねえ! 雑魚じゃ釣り合わないんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
そう言い切るベートに対し、それまで押され気味だったアイズはしっかりと意思を込めて言葉を返す。
「少なくとも、ベートさんは嫌です。それに……あの人は雑魚なんかじゃない。きっと………強い人です」
その言葉を聞いてベルは口元が笑ってしまう。
別に罵られたことなどどうでも良い。言わせたいだけ言わせれば良い。そんなことでベルの『英雄』への探究心は折れはしない。
そのまま無視しても良かった。
だが………基本女性に紳士であるベルは、アイズの意思をしっかりと聞き取り思ったのだ。
彼女の言葉が嘘ではないということを証明しなくてはと。
まぁ、それも確かだが………実に丁度良いとも思ったこともあった。
何でもロキ・ファミリアの幹部は基本レベル5という化け物揃いだというではないか。
そんな化け物が目の前にいて、それに挑めるチャンスがあるのだ。挑まないというのは『勿体ない』。
本音で言えばいっそ首を上げたいところだが、そこまですると面倒が多そうだと思い止める。まぁ、相手がどのくらいか計れれば良いだろう。
それまで紳士であったベルに薩摩兵子の顔が現れ始める。
それまで料理の美味さに輝いていた瞳はこれからするであろう行為に期待を込めて、危険な輝きを宿しギラギラとさせる。つり上がった口元はそれまでの無邪気なものではない、戦狂いの笑みであった。
それは端から見たら変身したようにも見えるかもしれない。
「ベルさん………?」
ベルの変化を感じ取ったのか、シルは戸惑いながら話しかける。
そんなシルに苦笑を返しつつベルは謝った。
「すみません、今日はそろそろお暇します。お店を騒がしくしちゃいますので、女将さんにはご容赦下さいと」
そう言うとベルは席を立ち、ズンズンとロキ・ファミリアの席へと歩いて行く。
そしてアイズの目の前に来たことで彼女は小さく声を上げた。
「あ……」
「こんばんは、アイズ・ヴァレンシュタインさん」
笑顔で現れたベルに驚くアイズ。
そんなアイズを見てそれまで上機嫌だったベートが不機嫌にベルに噛み付く。
「誰だ、テメェ! いきなりウチのアイズに粉かけるたぁどういう了見だ、あぁ!!」
急に現れたベルに当然ロキ・ファミリアの面々は戸惑いを見せる。
しかし、ベルはそんなことな気にせずにアイズに話しかけた。
「あの時は大丈夫でしたか?」
「う、うん……貴方のおかげで………あ、ハンカチ。これ……」
アイズはベルに借りたハンカチのことを思い出してベルに差し出す。
それを見てベルはお礼を言いながらちゃんと受け取った。
それを見てほっとするアイズ。
そのやりとりになんだなんだと周りから視線が集まり始め、そしてベートもベルの顔を見て噴き出した。
「あぁ、テメェはあの時のトマト野郎かよ! ぎゃはは、何だよ何だよ、テメェで恥さらしにきたってのか?」
腹が痛いと抱えながら爆笑するベート。そこには確かな嘲笑が出ていた。
そう笑われアイズはベートをキッと睨み、彼女にしては珍しい行為に周りの団員もアイズとベルに注目する。
だが、そこまで嘲笑されているベルは、それでも………いや、それどころかベートなどいないかのように普通にアイズに話しかけた。
「まさかあの時の人がロキ・ファミリアの人だとは思いませんでしたよ。それもレベル5っていう凄い冒険者なんですよね」
「別に凄くはない……かな?」
別に褒められ気恥ずかしかったのか頬を若干赤らめながら返すアイズ。
当然気にくわないベートはベルに絡もうとするのだが、それをまさに空気のように無視するベル。
これはキツイ。これをやられると本当にキツイ。
それまで上機嫌にいない相手を罵り蔑み楽しんでいた矢先に、その本人が現れてその蔑みや嘲笑を一切無視しアイズと楽しそうに会話する。
これをやられるとベートは立つ瀬がない。何せ言っている言葉がすべていなされ届かないのだから。一人だけ騒いでいる姿は滑稽としか言い様がない。
それに我慢が出来なくなり、ベートはついに動いた。
ベルの肩を掴み強引に自分の方を向かせた。
「おい、いい加減こっちを向きやがれ、トマト野郎!」
キレ気味にそう言ってベルを睨み付けるベート。
そんなベートを見て内心、実に『良い笑み』を浮かべたベル。奇しくも師である豊久がこの世界に来なかったら出会うであろう第六天魔王の極悪人な笑みとそっくりな笑みであった。
(釣れた! 後は………ふふふふふふ)
後は流れに任せれば良い。それだけでも良いが、ベルは更にベートに火を注ぐ。
「何かあったんですか?」
「あぁ? テメェ、巫山戯てんじゃねぇぞ!」
ベルに嘗められていると思ったらしく、更に顔を怒りに染めるベート。
良い塩梅にベルはより嗤う。
「いやぁ、別に忘れてたわけじゃないんですよ。ただ…………」
ここで一旦言葉を切ると、ベルはここに来て初めて直にベートを挑発した。
「弱い犬がキャンキャン吠えていても気にならないだけで」
「んだとぉ!!」
その言葉にベートの血管が一本切れた。
「よく言うじゃないですか。弱い犬は自分が少しでも強く見えるように無駄に吠えるって。でもそういうのって滑稽ですよね。だって……本人はそうじゃないって思ってしてるのに、端から見たら自分は弱い負け犬ですって言いふらしてるようなものですから」
その言葉でいったいベートの血管が何本切れた事だろうか。
その煽り聞いた周りの客は青ざめ、ロキ・ファミリアの団員は慌ててベートを止めようとする。
「おい、ベート止めっ!」
「このトマト野郎が、死ねぇえええええええええええええ!!」
だが止まらず、ベートは掴んだ肩を一気に床に叩き付けようとした。
レベル5の力がレベルが分からないが見た限り新入りの冒険者相手に振るわれる。それはつまり、大の大人が小さな虫を踏み潰す行為に等しい。どう足掻いても絶対に勝てない、振るわれればあるのは確実の死。
それほどレベルの差は激しい。
だが、周りの客や団員達が想像した最悪の事態にはならなかった。
「んだと!?」
それは力を出したベート本人が一番驚いた。
何せベルの体は床に叩き付けられるということは一切なく、それどころかその場から一切動かないのだから。
その力を受けてベルは笑みを零し、肩を掴んでいたベートの腕を掴んだ。
「何かした?」
そう言いながらゆっくりと力を込めてベートの腕を握っていく。
まるで万力のように締め付けられる腕に痛みを覚えたベートは最初こそ意地を張っていたが、直ぐに手を離してしまう。
「ぐぅ………チッ、テメェェエエエ!」
怒りの籠もった目で睨み付けるベートに対し、ベルは腕組んで堂々と仁王立ちをする。
まさにその程度かと態度が物語っている。
その態度に我慢ならなくなり、尚且つレベル5の強者としてのプライドをへし折られかけたことにベートは吠えた。
「外に出ろ! そこでテメェぶっ殺してやる!!」
「上等です」
そして外に出る二人。
「ベルさん、駄目です! あの人には絶対に敵いません。今からでも謝りましょう! 何があったのかは知りませんけど、命は粗末にしちゃいけませんよ!」
半分泣きかけのシルに対し、ベルは苦笑する。
それは可愛い彼女を泣かせてしまったことに対しての苦しさからの笑み。
だが、それでも止められないし止まらない。
もうスイッチは入ってしまった。
薩摩兵子としての、手柄を求める者として、この場は絶対に逃せないと。
だから滾る心を抑えつつベルはシルに話しかける。
「そんなことはないから大丈夫ですよ。それより女将さんの方をよろしくお願いします。どうにもあの人に怒られる方が怖そうだ」
そう言ってシルの頭をポンポンと叩くベルは、これ以上シルの言葉は聞かないと言うように背を向ける。
その後ろ姿にシルは言葉を掛けられなくなりベルの背中を見つめるしか出来なかった。
そして店の外に出たベルとベート。
二人を取り囲むかのように野次馬が群がり、どちらが勝つのかを賭け始める。そのオッズは殆どベートの勝ちでありベルは穴馬扱いだ。
そんな視線に晒される中、二人は距離を取って対峙する。
「テメェの獲物を出しなぁッ!」
威嚇するように吠えるベートに対し、ベルは背中に差した大太刀を引き抜いた。
この男、いつも太刀を肌身離さず持ち歩いているのだ。それに理由などなく、強いて上げるのならいつでも首を取るためだ。
その太刀を見てベートはニヤリと笑う。ベルの太刀が凄い業物には見えなかったのだろう。事実、この太刀は業物ではない。
「いいぜ、テメェに先手は譲ってやんよ。その後テメェが如何に雑魚か思い知らせてやる」
嗜虐的な笑みを浮かべるベート。
そんなベートに向かってベルは行動に出た。
いつもは肩に背負うように水平に構えて突撃するのだが、今回は少しばかり毛色が違った。
「あれだけされてまだ気付かないとは………嘗めすぎている。貴方の首はいらない、手柄だけ置いてけ!!」
右手でベートを指しながらそう言い放つベル。その時の彼の放つ殺気はとてもじゃないが、レベル1の冒険者が出して良いものではない。
太刀を左手で抜くと、それを槍投げの要領でベートに向かって投げつけたのだ。
投げられた太刀は鋭い切っ先をベートに向けて飛んでいく。それだけの速度だけでもレベル3相当の実力が無ければ見切れない程に速い。
だがベートはレベル5。この程度など余裕で見切れる。
「うぜぇッ!」
その声と共に投げつけられた太刀を腕で弾き飛ばす。
この弾かれた太刀を見て周りの野次馬はもう結果が分かってしまった。
もう初手は終わったのだ。ならベルに勝算などない。
やはりレベルの差は覆せないという冒険者の常識に皆納得することだろう。
シルはあまりのことに顔を両手で覆ってしまう。
だが、その結果が外れたことが分かったのは何を隠そうベート当人であった。
「なっ!?」
驚愕のあまり顔が驚きで凍り付く。
確かに太刀は余裕で見えた。だから余裕で弾けた。
だが、『その後飛び込んでくるベル』の姿は速すぎて見えなかったのだ。
見えたのは既に目の前でベルの膝。そしてそのまま飛び込まれて腕で首を絡められた。
「どっこい しょっ!」
そのまま地面に倒れ込むベートとベル。
そして倒れ込むとベートは体が一切動かないことに気付いた。
「な、何がッ!? くそ」
驚くベートの体が動かない理由。
それはベルがベートの上半身に馬乗り……つまりマウントを取ったからだ。
しかも膝を使いベートの肩と二の腕辺りを押さえ込んでいる。そのため力を入れるための駆動部が押さえつけられ力が入らなくなってしまっていた。
いくらレベル5だろうと人である以上、力点を失えば動けなくなる。
だからベートは動けない。
そんなベートに対し、マウントを取ったベルの両腕はフリー。
ベルはベートを見下しながら言い放つ。
「はン、他愛ない」
落胆の籠もった声を吐きながら背に差した鞘を引き抜き、それを両手で逆さ持ちにする。
そしてその鞘を思いっきり…………。
「がッ!?」
ベートの顔面目掛けて振り下ろした。
ベートの顔面にめり込む鞘。その威力はベートの変形した顔と苦痛の表情から察せる。
そしてそれは始まりに過ぎない。
これは決闘ではない。ただの喧嘩である。
ならこの後はといえば……………。
鞘を持ち上げ振り下ろす。振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす……………………。
一方的な蹂躙だ。
ベルは特に感情を浮かべること無く、ひたすらに鞘を振るう。
「がっ!? くそ、このや、ギッ、ごぺ………………………」
鞘が激突する度に重い打撃音が辺りに響き、ベートの顔が赤紫色に腫れ上がり歯がへし折れる。
既に原型を無くした程に腫れ上がった顔は酷いことになっていた。とても元があのベートとは思えないくらい。
そしてベートは最初こそ言葉を吐いていたが、最後には気絶した。
それを見届けてベルはゆっくりと起き上がると、ベートの体を引きずり野次馬の中にいるロキ・ファミリアの元へと持って行く。
その中にいるアイズはベルがベートをのしたことに驚くと同時に善人だと思っていた彼の変化に戸惑いを隠せずにいた。
そんなアイズの心境を察してか、ベルは苦笑を浮かべながらロキ・ファミリアのまとめ役であろう金髪の小人族……フィン・ディムナにベートを渡しながら言う。
「貴方の所の団員をこんな風にしてしまって申し訳ありません」
「いや、元を正せばベートが悪いんだ。確かにやり過ぎだとは思ったけど」
「すみません」
フィンに謝るベルは確かに悪いことをしたと反省しているようだ。
だが、それはあくまでロキ・ファミリアに迷惑を掛けたということであってベートをボコボコにしたことに関しては寧ろ反省などしない。
喧嘩を売られたのはこっちである。なら売った側がボコボコにされるのも覚悟してもらうべきだ。
だからベートは当然の報いである。顔面をボコボコにされようとも、当然の結果である。寧ろ首を取られないだけありがたいと思えとすら思った。
ロキ・ファミリアに敵意はなく、今回ベートがやらかしたということでお咎めを無いようにしてもらうベル。
そんなベルはフィンにある言伝を頼むことにした。
「そうそう、彼に伝えといてください。強者は強者で弱者は弱者。だが、弱者だからといって見下して良い理由は無く、そのような事に執着しているようでは足下を掬われると。弱者だろうとやり方次第で強者を倒すことが出来る。良い教訓だと。レベルの差は確かに大きいが所詮は人間。人間が出来ることは限りがあるということを」
そう言ってベルは野次馬の中に溶け込むように消えていった。
その後ろ姿はどこか悲しく、しかしとても大きく見えた。
ベルはアイズに悪いことをしたと思い嫌われたかなと自虐する。
だが、アイズはそんなことは思わなかった。
ただひたすらにこう思ったのだ。
(…………彼はなんであんなに………強いんだろう………)
ただ純粋にレベル以上の強さを見せたベルに見入っていた。
代官~~~~~~のようになってしまったベートさんでした(笑)
ザ、組手甲冑術。えげつなさは天下一品。