ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
正式に冒険者になったベルは改めてダンジョンへと潜ることにした。
初めてのダンジョン……それは冒険者ならば誰しもが緊張し、これからの冒険に胸を躍らせることだろう。勿論そこには未知への恐怖もある。だが、それでも、冒険者になったことへの実感が湧く瞬間とも言える。
だからこそ、初めての冒険はわくわくするものだ。
それはベルとて例外ではない。
「ここがダンジョンかぁ…………」
目の前に広がる広い洞窟を見回しながらベルは感嘆の声を漏らす。
ここが冒険者の第一歩なのだと。これから自分が生きる世界なのだと。
確かにそう思った。それは冒険者なら誰しもが思うことだろう。
だが、ベルはそれ以外にも思ったらしく、普段では見せないような獰猛な笑みを浮かべて愉快そうに言う。
「未だに感じ取れる血の臭い、闘争の気配………良いね、実に良い戦場だ。まだ最初とは言えそれでも感じ取れる。これはまさに、武者働きのし甲斐があるなぁ」
これからするであろう手柄を立てることに己を奮い立たせる。
冒険をすることよりも、手柄を立てること。それこそがベルの本懐。
だから彼はウズウズして仕方ないようだ。早く早くと急かされるように、その心は敵を早く殺したい(手柄を取りたい)と叫んでいる。
その興奮が心地よく、ベルはダンジョンの中で機嫌良く歩いて行く。
ちなみに今のベルの装備について説明するのなら、冒険者なら誰もが正気を疑うものであった。
ギルドから最低限の防具や武器などは支給されるのだが、ベルは渡された後にそれをホームの部屋に置いてきた。理由は単純にいらないから。
それというのもベルに全てを教えた豊久の所為である。豊久自身も身につけている防具は最低限であり、その考えは実に刹那的なものである。
『薩摩の刀法は一撃になんもかも込め後の事なぞ考えん。外れたらさぱっと死せい。黄泉路の先陣じゃ。誉れじゃ』
これが薩摩の刀法。つまり防具なぞ無意味。
防ぐということは考えず、攻撃にのみ特化している刀法故に、死ぬときはあっさりと死ぬのだ。死を生と同一に考えるベル達にとって防具などあってもなくても関係なく、死ぬことすら受け入れる。だから必要ない。
そんな考えだからなのか、ベルの服装はいつもとまったく変わらない。
そして支給された武器も当然持たず、持ってきている武器は背中に装備した身の丈ほどありそうな太刀のみ。
武装面でもこれだけなのに、更にアイテム面でもその特殊性は抜きん出ていた。
回復用のポーションといったものは一切ない。あるのは精々魔石を貯めるためのポーチのみ。
つまりベルは太刀とポーチだけという冒険者なら誰もが巫山戯るなとキレるくらいの軽装でダンジョンに来たのである。
まさに正気の沙汰ではない。冒険者の常識を思いっきり蹴り飛ばすような所行をしているベルは、そんな事など歯牙にもかけずに進んでいく。
少しして前方にて、何かの気配を感じた。
ダンジョンはモンスターを生み出すということは教わっている。つまり今、何かしらのモンスターが誕生したのだろう。
その方向に目を凝らして見ると、そこには少しばかり小柄な人型のナニカが二匹ほどいた。
それは耳が尖っていて姿勢が悪く、色はくすんだ緑色をしていて目は血走っている。
その姿を見て、ベルはクスりと笑った。
「どうにもゴブリンとは縁があるみたいだ」
ベルの前に現れたのはこの第一階層で基本的にいるゴブリンだ。
その姿を見て、ベルは初めて『英雄』と会った事を思い出す。あの時から今まで、どうにも彼はゴブリンと顔を合わせることが多かった。
だから新鮮味は感じられない。
しかし、それでも殺る気は漲る。
「まずは最初の初首だ」
怪しく目を光らせながらベルは背中の太刀を鞘から引き抜き、掴んだ柄を肩に乗せるように構え刃を水平にする。
その殺気にゴブリン達も気づいたのだろう。ベルに向かって走り始めた。
その様子を睨み付けつつ、ベルは小さく呟く。
「やっぱりここは、師匠に肖るのが一番だね」
そう呟いた後、溜め込んでいた力を爆発させるかのよう駆け出す。
それは普段の彼からは想像も付かない、肉食獣の狩りのような加速だった。
一気に駆け出すベルは、ゴブリン達に向かって叫ぶ。
「置いてけ!! 僕のために、その首置いてけッ!!」
そしてゴブリンがベルに向かって飛び込むと同時に、ベルは構えた太刀を袈裟斬りに一閃。
ゴブリンがベルにその牙を向ける前に、絶対の死がゴブリンの首を跳ね飛ばした。
「ひとぉおおおおおおおおおつッ!!」
刎ねた首が放物線を描いて飛んでいく様子を見つつベルは更に追撃を行おうとする。
それにもう一匹のゴブリンはベルの隙を突いて攻撃を仕掛けようとするが、
「甘いッ!! これで…………ふたつゥッ!!」
ゴブリンの攻撃が当たる前にベルは太刀の柄尻をゴブリンの胸に打ち付ける。
その一撃で浮いたゴブリンの肉体に更に追撃に一閃。それによってそのゴブリンの首もまた胴体から離れた。
そして首を無くした死体や胴体から離れた首は地面に落ちると、その身を黒い灰に変えて一気に消え去った。
後に残るのは小さな黒い石。
それは中に揺らぐ光を内包した不思議なものであり、自然界にある物質にはとても見えない。
その正体こそが魔石。
モンスターの心臓部(コア)であるものであり弱点。粉砕することが出来ればどのようなモンスターであろうと即死する。ただし、その後には魔石は砕け散っているので換金価値はなくなる。なので冒険者は基本、コアを狙わない。砕いてしまってはお金にならないからだ。
地面に転がっている魔石をベルは早速拾い、それを見つめる。
普通の冒険者ならとても嬉しくて興奮しているはずだ。何せ初のモンスター討伐に初の魔石入手なのだから。
だが、ベルは魔石を見ながらつまらなさそうに漏らす。
「せっかく首を取ったのにすぐ消えちゃうんだよなぁ。勿体ない」
彼は初の魔石よりも、相手の首を掴むことが出来なかったことを残念がっていた。
手柄なのならば、それを誇示したいというのは当たり前の欲求らしい。とはいえそれが生首というのは彼等だけの価値観と言えるだろう。
それが出来ないことは残念だが、その代わりが魔石と思うことで何とか我慢するベル。
そして気持ちを切り替え、ベルは再びダンジョンの奥へと進んでいく。
「これから始まった手柄取りだ。何、焦る必要は無いよね。まずは一つずつ……そして大手柄を狙っていけばいい」
ニヤリと笑うベルのその顔は普段の幼げな顔では無く、獰猛な肉食獣の顔をしていた。
それからのベルの活躍は新人にしては明らかにおかしいと言えるほどのものとなった。
基本階層を下に降りることは多くないのだが、取ってきた魔石の数は本来その下層で手に入る量の金額を余裕で超え、日に2万ヴァリスは手堅く稼いでいる。
その金額にヘスティアは驚きのあまり気を失いかけ、エイナからは何故そうなったのかをお説教とともに問われる。
ヘスティアに対してはひたすら首を狩ってきたと答え、エイナに関しては苦笑して流すのみ。余計な事を言って更に怒られたくはないというのが理由だ。
そんな日々が続き4日が経った。
それまでの間にベルは4階層までを単独で攻略している。それだけでも既に偉業とも言えるものだ。何せ冒険者になって4日で既に4階層まで完全に攻略しているのだから。それも防具なし、回復アイテムなしという鬼畜仕様で。
そんな偉業なぞまったく意識しておらず興味も無いベルは、この日もまたダンジョンへと潜る。
一階層でゴブリンの首を刎ね、二階層ではコボルトを斬り飛ばし、3階層からは他のモンスターの群れだろうと同じ結果を辿っている。
ベルの太刀は相手が防御しようが関係なしに相手を斬り、ダンジョンの地面にその骸を転がし魔石だけが結果を残す。
それらを見て満足する様子は無く、ベルはひたすら前に進む。
「首だ………もっと首を………」
若干テンションが高くなってきたのか、普段より意識が高揚し、より手柄への執着が強くなるベル。
だからなのか、普段は表に出ていない凶暴性がより前へと現れていく。
それが傍目から見て分かるのは、ギラギラと輝きを放つ目と壮絶としか言い様がない笑みだろう。
その笑みはそれこそモンスターですら恐れるくらいに酷い。一階層のゴブリンならたとえ20匹いようと全部逃げ出していた。それぐらい酷い顔をしていた。
そんな顔をしながら更に5階層に到達。
当たり前のように向かってくるモンスターを斬り倒し、より手柄をベルは上げていく。
そして少し進んだ先で、ベルはそれと遭遇した。
それは牛の頭を持ち、屈強で2M(メル)以上もある巨体をもつモンスター。
その名は『ミノタウロス』。
本来はこんな上層にはいないはずの、レベル2にカテゴリーされる危険なモンスターである。
駆け出しの冒険者……レベル1ではどう足掻いても絶対に勝てない。それが冒険者における常識。
それが相手には本能で分かっているのか、ベルに向かって咆吼を上げるミノタウロス。
そんなミノタウロスを見れば、レベル1の駆け出しなら腰が抜けて怯え震えるだろう。
だが、ベルは違う。
ミノタウロスを見て、ベルは実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お前、確かミノタウロスだろ? もっと下の階層にいるレベル2相当のモンスター。なんでこんな所にいるのかなんて知らないけど、つまりはレアだ……大手柄だ!」
ミノタウロスに語りかけるベルは、まさに獲物を見つけた肉食獣のように笑う。
殺気が満ち、その眼光が更に輝く。
そして師の豊久と同じように、ミノタウロスに向かって右手の人差し指を突きつけた。
「置いてけ! なぁ、その首置いてけ!! 物珍しい首だ! 大物首だ!! なぁッ!!」
その言葉に反応し、ミノタウロスは更に叫ぶと、手に持っていた石で出来た棍棒のようなものを振り上げる。それはダンジョン内にあるモンスターの武器になる自然物『ネイチャーアーム』と呼ばれるものだ。
その棍棒を振り上げて咆吼を上げながらベルに突進するミノタウロス。その姿は全てを押し流す雪崩のようであった。
レベル1ならこの瞬間に自分の死を意識する。
だが、ベルはそんなものを考えない。
気迫の籠もった雄叫びを上げながら、ミノタウロスへと突撃する。
激突する棍棒と太刀。その激突は衝撃となって周りへと響く。
そこでおかしいと思うのは、人一人くらいの大きさがある棍棒をどうして細い太刀で受け止められるのかと言うことだろう。
ミノタウロスの攻撃をベルは真っ向から受け止めた。
確かにベルの身長ほどあるであろう長い太刀ではあるが、それでも刀身自体は細く薄い。刀という武器は斬るのに特化しているが、その分防御力は弱いのだ。
そのはずなのに、ベルの太刀は見事にミノタウロスの棍棒を受け止めた。
それどころか、逆にぐいぐいとミノタウロスの棍棒を押し返していくベル。
その膂力は完璧にミノタウロスを凌駕しているらしく、表情には苦悶の一つも無い。
むしろぐいぐいと押されていることに、ミノタウロスは戸惑い鳴き声を漏らす。
「ヴォッ!? ヴォオオオオオ!」
そんなミノタウロスを嘲笑うかのようにベルは声をかける。
「何を言ってるのか分からない! 共通語(コイネー)喋れよぅ! 共通語喋れないなら、死ねよ!!」
モンスターに無茶な事を言うベルだが、初の大手柄に興奮してなのか喋り方などが変質し豊久のようになってしまっている。
そんなベルになってしまったからなのかその太刀はより凶暴性を上げ、ミノタウロスが持っていた棍棒に刃が食い込んでいく。
段々と進んでいく刃を見てなのか、ミノタウロスは徐々に怯えた様子を見せ始める。
ベルはそれを見つつも更に力を入れ、そして………。
「とったぁッ!!」
太刀が棍棒を断ち、その刃は吸い込まれるようにミノタウロスの首へと入った。
その一撃で本来ならミノタウロスは終わりだろう。
だが、ここでベルには予想も付かないことが起きた。
なんとミノタウロスの腹部が斬られたのだ。それも背後から。
それにより吹き出す血を被ってしまうベルは、真っ赤にその身を染めた。
そしてミノタウロスがその身を消失させ、魔石が落ちる共に、ベルは後ろからミノタウロスを切りつけたであろう者を見た。
それは女の子だった。
腰まで届く美しい金髪に端正な顔立ちをした、まさに美少女と行っても良い少女。
そんな美しい少女は金色の瞳を驚きで見開きながらベルを見つめていた。
とても綺麗な女の子だが、残念なことにその顔は真っ赤になっている………ミノタウロスの血で。
互いに真っ赤になった顔を見て、どうにも気まずさを感じる二人。
微妙な雰囲気の中、さっそく動いたのは女の子の方であった。
「あ、あの………大丈夫でしたか?」
彼女は何とか声を出し、そう言ってきた。
それがどういう意味なのか分からず、ベルは首をかしげてしまう。
そんなベルに対し、彼女はもう少し具体的に言う。
「さっきミノタウロスに襲われていたから、危ないと思って……」
その言葉でやっと意味を理解したベルは、あぁと軽く頷く。
そして彼女の言いたいことを理解した。
彼女は危なくなった(と思われている)ベルを見て、助けに入ったらしい。
そこにあるのは純粋な善意。決してベルの手柄を横取りしようとしたのではない。
それが分かったからこそ、ベルは膝を地面に付けながら頭を深く下げる。それは極東の土下座に似ていた。
「ありがとうございました」
そのお礼を受けて、少女は慌ててしまう。
「いや、そんなお礼を言わなくても………寧ろ余計な事をしてしまって、ごめんなさい。私が剣を振るよりも先に貴方の攻撃が入っていた。私はその後攻撃してしまったから、寧ろ邪魔してしまった………」
慌てる彼女の様子がおかしかったのか、ベルはそれを見た後クスクスと笑ってしまう。
そんなベルにどうして良いのかわからず、少女はあたふたとする。
その少女にベルは好感を持ったのか、懐から布……ハンカチを取り出し、彼女の前に差し出した。
「寧ろ僕の方がごめんなさい。僕を助けた所為で、貴女は血塗れになってしまった。これで少しでも拭いてください。流石に女の子を血塗れにしておくわけにはいきませんから」
そう言いながらベルは彼女にハンカチを渡そうとするのだが、逆に彼女はベルに言う。
「いや、そんなわけにはいかない。寧ろ貴方が使ってください。私が余計な真似をした所為でこんなになってしまったんだから」
申し訳なさそうにそういう彼女に、ベルはニッカリと笑いながら返す。
「返り血は戦場のたしなみです。浴びて当たり前のものですから、お気になさらず。血化粧は誉れです」
胸を張りながらそう言うと、ベルは彼女が何かを言う前に、彼女の頬を持っていたハンカチで拭う。
赤くなっていくハンカチを見ながらベルは彼女に視線で言う。
『もうこれで貴女が使うほかありませんよ』
その意思が伝わり、同時に初めて異性に頬を触られたことに彼女は血とは別に顔を赤くしながらも、おずおずとハンカチを受け取り顔に浴びた血を拭く。
そして拭き終えた後に、頬を赤らめつつお礼を言う彼女。
そんな彼女にベルは笑顔で対応し別れようとするのだが、その前に呼び止められた。
「あ、あの……私、アイズ………アイズ・ヴァレンシュタイン。貴方は…」
名乗られ、ベルはそれに笑顔で応じた。
「僕はベル。ベル・クラネルです」
互いの名を知り、改めて別れることにした二人。
その際にアイズはベルから借りたハンカチは絶対に洗って返すと約束し、再び会うことを楽しみにしていた。
ベルはその後も更に5階層で暴れ、全身血塗れになりながら帰った。
勿論、それは全て返り血である。
こうしてダンジョンで出会った二人。
その後も、二人は何度も顔を合わせることになることをベルは知らずもアイズはその予感を感じていた。