ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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久々の更新で感覚が鈍っていますがご容赦下さい。


第45話 ベルは茶番に付き合う

 ヘスティアを攫うということ自体に関しては怒ってはいないベルではあるが、それでも一応は女の子なヘスティアである。女子供に手を出すは外道を旨とする薩摩兵子としては許してはならないことである。そしてこういった輩を甘やかすとロクなことにならないということは人類共通の認識である。故にベル・クラネルは『常識』にのっとりその場にいた不埒者に襲いかかった。

 当然ながらこんな奴等が手柄になるはずなど無い。故に首は取りに行かず、そして一応はヘスティアの手前もあって命を取ることもない。そんな価値もない。だからこそ、ベルの拳が不埒者達の顔面を捕らえ打ちのめしていく。

 この文章だけ見れば格好いい英雄(ヒーロー)に見えるだろう。この話だけ聞けば女の子なら憧れを持って頬を赤く染めただろう。

だがそれはその場を実際に見ていない者達の妄想に過ぎない。実際はそんな英雄的(ヒロイック)ではないのだ。

 ヘスティアはその光景を見て顔から血の気が引くのを嫌でも感じさせられた。真っ青になっている己の顔を鏡を見なくてもわかってしまう。目の前で繰り広げられるのは英雄の活劇ではない。あるのは只の薩摩兵子の惨劇である。

 ベルの拳が振るわれる度に肉が潰れる音が聞こえ、蹴りが飛ぶ度に骨が砕け折れる音が響く。そして地面に飛び散るのは相手からの返り血であり辺りは斑模様に汚くなっていく。そんな光景を見させられ、しかも自分達が当事者である。相手側の恐怖はそれはもう酷いものであった。狂乱し混乱し我先にと逃げ出す者もいた。最初こそベル一人にやられるものかと集団でかかったものだがあの暴力を前になすすべもなく潰されていく。怖くてもう仕方ないのもしょうがない。逃げ出すのだって選択としては間違ってはいない。

 だがこの男が逃がすはずがなく、逃げだそうとした瞬間には追いつきその足を上から踏み抜いてへし折り、逃げられなくなったところで顔面に拳を叩き込まれた。

 そしてあっという間にその場にいた者達は皆血だまりの地面に沈む。辺りから聞こえるうめき声はそれはもう悍ましく痛ましいものであり、死屍累々の体を成していた。

 以上、そんな光景を目の前で見せつけられたヘスティアであった。眷属ながらストレスの原因であるベルの暴れっぷりを見せつけられて彼女のSAN値は急降下して既にマイナスにふれきっていた。正直言って酷いの一言に尽きる。

 

「流石にやり過ぎなんじゃ………」

 

直ぐ側にいた鼻を叩き潰され呻く人にビビりながらそう言うヘスティア。だがベルは呆れた顔をしていた。彼からしたら下衆な真似をして命があるだけで檄甘らしい。そんなベルを見ると尚更ヘスティアは彼等が可哀想になった。

 一応とは言え自分という人質を取り、仲間達と綿密に話し合って待ち伏せをして構え、そして秘策があったらしい。それらを披露することもなく、ここまで無残に打ちのめされるのは可哀想で仕方ない。方向性は間違っていても頑張っていた彼等にこの仕打ちはあんまりではないだろうか。

 心境的には寧ろ被害者側のヘスティアはそう思って仕方ない。女神らしい慈愛が変な方向に向かった結果、とんでもない事を彼女は言い始めた。

 

「なぁ、ベル君。これでは彼等があんまりにも可哀想だよ。だから彼等にもう少しだけチャンスをあげてくれないか。せめて君に一矢報いる程度には」

 

その言葉にベルはこいつ何言っているんだ?という顔になったのは言うまでも無い。人質にされたのに何でそんな言葉が出るんだと彼からしたらそう思う。まぁ、普通はそう思うだろう。だがベルに襲撃をかけるために色々と準備していた彼等を見ていたヘスティアはそれでもこの結果はあんまりだと思うのだ。

 

「確かにベル君の言うことはわかるしそれが普通だと思う。でも彼等も彼等なりに一生懸命だったんだ。その頑張りが少しでも報われたって良いと思う。じゃないとあんまりにも………可哀想だよ」

 

しゅんとして俯いてそう言うヘスティアの姿はまさにヒロインであった。ただしその周りが血塗れでうめき声が辺りから聞こえてこなければマシであったのだが。

そしてヘスティアはここで最強の札を切る。

 

「ベル君……主神命令だ。お願いだよ」

 

別に強制力があるわけではない。だがヘスティアの顔を見て珍しく………本当に珍しくベルは折れた。

 

「はぁ…………しょうがないなぁ、神様は」

 

 こうして彼等は再びリベンジの機会を得たわけである。ヘスティアの慈悲と言えば聞こえは良いかもしれない。だがそれは正常な目で見るのなら、ただ余計に彼等を地獄に突き落とす悪鬼の所行にしか見えないだろう。

 

 

 

 そんなわけで再びリベンジが決まったところで合流したリリルカと一緒に彼等を動ける程度まで手当をし、ヘスティアの意向を伝えてベル対今回の騒動の首魁たるモルド・ラトローの一騎打ちとなった。武器無しの素手によるもので勝敗はどちらかが気絶するか白旗をあげるかで決まる。

 そんなふうにきまった一騎打ち。周りの観客はすでに意気消沈している。本来なら盛り上がるものだが既にベルの猛威を振るわれた後である。リンチしようとしたら逆にリンチされた。これから行われるのはただの公開処刑にしかみえない。それはこれから戦うモルドもわかっていた。だが彼はこれでも一端の冒険者である。それなりのプライドがあるしこの連中の首魁でもある。退くに退けなかった。

 

「あぁ、クソ! もうここまできたからには退けねぇ。女神様のお膳立てもある。せめてその面に一撃でもぶち込んでやる!」

 

やけくそ気味にそう叫ぶ彼はもうなりふり構ってはいられないようだ。

 そんな彼等をベルは冷めた目で見る。意地を張るのは結構なのだがそれでもこうして茶番に付き合うのは馬鹿馬鹿しく思うらしい。早く終わらせたいと心底思っている。

 リリルカはまぁ、ベルの活躍が見られればそれで良いのだろう。ベルしか見ていなかった。

 そして両者は対峙する。破れかぶれなモルドとやる気のないベル。薩摩兵子は手柄にならないことに興味は無い。

 そうしてヘスティアが見守る中、決闘開始の言葉がかけられ………。

 

「それでははじっ!?」

 

審判役がそう言いかけた瞬間にベルが一瞬で間合いを詰めて拳を振りかぶっていた。その時モルドはと言えば、何かけったいな兜を被ろうとしている最中であり、ぶっちゃけ隙だらけである。一瞬の間であるが勝敗など言うまでも無いだろう。モルドの顔面にめり込む拳。そしてそのままモルドは吹き飛ばされ彼の後ろの観客を巻き込みんでぶっ倒れた。

 白目を剥いて気絶するモルドに誰もが勝敗が付いたと思った。ベルだってそうだ。これ以上茶番に付き合う必要は無いと思っていた。

だというのにだ………誰が見たって分りきっているというのに、ここで異を唱える者がいた。

 

「ベル君、やりなおし」

 

異を唱えたのはヘスティであった。何故不服なのかとベルは顔を向ける。

 

「神様、何でですか?」

 

面倒臭そうにそう問いかけるベルにヘスティアは平然と答えた。

 

「さっきベル君は開始前に仕掛けたし、それに彼は何かとっておきがあったみたいだし、それを使わずに終わらせるのは可哀想だよ。ちゃんと開始の合図は守らないとね」

 

慈愛に満ちた表情でそう語るヘスティアに周り一同は寧ろ止めてあげてくれと思った。確かに自分達は新人が調子に乗っていることが気にくわなくてモルドと連んでベル・クラネルを陥れようとした。だがここまで実力の違いを見せつけられ、既にやる気など木っ端微塵に砕かれた身だというのにそれでもまだやるのかと思った。正直もう放っておいて欲しかった。確かに女神の心遣いは嬉しいが、それでもその方向性は寧ろ酷い方向である。勘弁してくれともあげてとも思った。すでに戦うモルドは白目で痙攣しながら気を失っているのである。寧ろ良くあれだけ吹き飛ばされて死んでいないのか不思議なくらいであった。

 そして無慈悲にもこの場にいるのは冒険者たちである。念のために回復薬(ポーション)を持ち歩いているのは常識であり、それ故に地獄が続くのは当然であった。ヘスティアの慈悲とベルの早くしないと殺るぞという雰囲気に押されて彼等は仕方なく可哀想に思いながらもモルドを治療し復活させた。

 既に瞳に怯えの色が見えているモルドだが、とっておきを使ってから開始するということを確約することによって多少持ち直した。

 

「それじゃ君はそのアイテム使って。ベル君、いいって言うまで絶対に仕掛けちゃ駄目だからね」

 

ベルはそれに仕方なく従う。既に戦意などなくなりつつあり紳士なベルに戻りかけていた。

 そしてモルドは改めて怪しい兜を被ると、途端にその姿が消えた。まるで最初からいなかったかのようにその場から姿が消えたのだ。

 これが彼が今回ベルにボコボコにされる前なら粋がっていた理由である。『とある神』に借りたこのアイテムの名は『ハデス・ヘッド』。装着者の姿を透明にして見えなくすることが出来る魔道具である。かなりのレアものであり彼如きでは本来手に入れることなど出来ない代物である。こうなれば如何に相手が凄い力の持ち主だろうと関係ない。何せ見えないのだから。

 だからこそ、今度は此方の番だと調子付くモルド。その姿を見て周りの者達も若干の希望を見せられた。これで少しは一矢報いることが出来ると。

そんな期待が満ちていくなか開始の合図がされる。

 

「やっちまえ、モルドォオオオオオオ!」

「意地を見せてくれ、俺達の意地を!」

「お前こそまさに俺等の英雄だぜ!」

 

そう騒ぎ始める周り。先程までヘスティアを人質にして悪役よろしくに悪巧みしていたとは思えない程に彼等は今、清々しかった。

だが忘れてはならないし彼等は知らない。目の前にいる手柄馬鹿は攻撃力だけが取り柄なのではないということを。

 姿が見えない中、ベルは取り敢えず周りを見渡す。当然モルドの姿はない。だからといって彼は警戒している様子はなくいたって普通の様子である。

 そんなベルに向かってモルドはニヤリと笑って拳を振り上げた。自分の全力を持ってベルの顔面に殴りかかる。普通に考えたら相手の顔面が陥没して血の海になることが確定するような、そんな威力を込めた拳であった。

 だが…………。

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?!?」

 

姿を消していることでバレるのを警戒してだが声にならない叫びが出かけた。何故ならベルを殴ったはずなのに彼はまったくのノーダメージで、寧ろ殴ったこちら側はまるで不壊属性の盾を殴ったかのような激痛を感じたのだから。

 皆は知らないがこのベル・クラネルはあのオラリオ最強のレベル7と平気で殺し合うことが出来る化け物である。この程度の攻撃ではびくともしないのだ。

 

(くそぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!、お前は何なんだ!! 何なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)

 

そんな心の叫びと供にモルドはベルに向かって一心不乱にベルに攻撃を繰り出す。拳を振るい蹴りを繰り出し彼方此方に移動してはベルを攻撃する。だがベルはまったくダメージを負わす、そしてついに飽きたのだろう。モルドの拳がベルの顔面を捕らえる直前にその腕を掴んだ。

 

「捕まえた」

 

見えないし匂いもないし気配もない。確かにこの魔道具は凄いのだろう。だがベルはそれをたった一つのもので打ち破った。

 

「な、何で分ったんだ!」

 

捕まれたことで動揺してしまい声を出すモルドにベルはあっけからんと答えた。

 

「勘」

 

そう、ただ何となくというだけでベルはモルドを捕らえたのだ。これがまだ完璧に薩摩兵子だったのなら相手に一撃も出させることなく捕まえただろう。そうならなかったのはやる気が無かったからとしか言いようが無い。

 そしてモルドはベルから死刑執行を言い渡される。

 

「いくら姿が見えなくなろうが関係ない。捕まえてしまえば一緒だ」

 

そしてそのまま掴んだ腕に思いっきり力を込めて地面に叩き付けた。

 

「ぐあぁっ!!」

 

そして叩き付けたところで蹴り出し彼を空中に持ち上げる。そして今度は反対側に叩き付け再び持ち上げる。そんなふうにハンマーよろしくに振り回し、その後は手を離さないようにしながら何発かモルドを殴る。そしてトドメにモルドの首を掴むとベルは告げた。

 

「こんなものに頼らず手柄を狙え。首の取り合いなら大歓迎だ」

 

そしてベルの頭突きがモルドの頭部……兜に炸裂し粉々に粉砕した。その途端に姿を現すモルド。頭部から血を流して白目を剥く様子は死んでいるようにも見える。

 そんなモルドを見てやっぱりと肩を落とした周りの連中。ヘスティアはまぁ、これ以上は無理だろうと思ったしモルドも精一杯やったと判断して終わりにした。

 こうしてモルドの野望も無事?終わりを迎えた訳だが、そうは問屋が卸さないのがこの男である。

 ベルは直ぐに帰るのかと思われたが、彼はその場から動かずに辺りを見回すとそこから遙か遠く………木の上で此方を魔道具を使って此方を覗き込む『神』を見つけ其方を睨む。それは薩摩兵子の目で殺気の籠もった目であった。

 

「今回の騒動はあなたの仕業か、神ヘルメス」

 

口の動きでベルが何を言っているのか分ってしまったヘルメスは顔から血の気が引くのを感じて焦り始める。まさか此方が覗き込んでいるとバレると思わなかったのだ。しかもベルの殺気はこちらにも伝わっており此方の目論見も既に看破されていることが窺える。薩摩兵子は独特の勘で全てを察してしまう。今回モルド達を煽ったのも、彼に透明化する魔道具を与えたのも全部ヘルメスだと言うことをベルはただヘルメスという何かを企んでいる存在がいるということで看破してみせる。

 そしてベルは更に殺気を強める。神を殺すということに躊躇しない殺気の在り方であった。

 

「仮にも主神が被害に遭ったんだ。首は要りませんよ………命だけで結構です」

 

そのあまりの濃い殺気と眼差、そして絶対に逃げられないであろう本能が察することにヘルメスの恐怖は限界突破し、そして………。

 

「あ………漏れちゃった………」

 

彼の股間は濡れた様子はなく人としての尊厳は守られたようだ。では何が漏れたのか? それはこの『ダンジョン』でもっともバレてはならないもの。神々がダンジョンに出入り禁止な理由である『神の力』であった。恐怖のあまりそれを漏らしてしまったヘルメス。そしてすぐにそれは起った。

 鳴動するダンジョン、そして遠くには天井から何か黒いものが落ちてきた。その大きさはこの階層の天井に届くかも知れないほどに大きく、それは産声という名の咆吼を上げた。

 そう………この18階層では類を見ない『絶望』が現れたのだった。

 

 

 

 ただ一人、それを喜ぶ『馬鹿』がいることをそれは知らなかった。


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