ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
彼等もまたこの日が中層への初陣であった。
皆この日の為に準備を重ね、そしてより自身への鍛錬を忘れずに鍛え続けてきた。油断などしなかった。余裕があるとは言いがたかったが慌てないように常々心がけていた。
自分達はもう十分やれるとパーティーの皆が思っていた。
だというのにだ。だというのに……………
「クソッ! 何でこんな事になってるんだ!」
そう叫んだのはリーダー格の男。黒い短髪に大柄な身体。その身に纏うのは極東の武具。そして彼と共に行動を共にする者達もまた皆同じように極東の武具でその身を固めていた。
彼等は極東の神『タケミカヅチ』が主神をしている『タケミカヅチ・ファミリア』である。その彼等は今、まさに危機に瀕していた。仲間の内の一人の少女の背に深々と斧が刺さっているのだ。中層のモンスターによって受けた大怪我であった。
そんな致命傷を受け息も絶え絶えの仲間を背負いリーダーの男は仲間達と共にダンジョンの出口へと向かって必死に走り続ける。その後ろをモンスターの群れが追いかけているのだ。戦闘などロクに出来ない。早くダンジョンから脱出しないと仲間の命が危ない。故に彼等はこの絶体絶命の窮地の中、最善の行動を取り続ける。
それが例え…………冒険者としてあるまじき行為だったとしても。
走り続けている中、出た広い空間にて彼等はそれを見た。
モンスターの群れの真ん中にて大太刀を振り回す白髪の男の子。そしてその男の子の邪魔にならないように戦う赤髪短髪の男と小人族の女性。そんな三人のパーティーを見て、リーダー格の男は即決した。
「突っ込むぞ」
それが冒険者において忌避される行為だということに男のパーティー内の女性が異を唱えようとする。それは冒険者として当たり前のことだ。
だが男はその異を跳ね返した。
「俺は見ず知らずの他人よりお前達の方が大切なんだ」
男は冒険者の矜持より仲間を取ったのだ。
今すぐにでも消えてしまいそうな仲間の命を矜持よりも優先した。それがどれだけ大切なものなのか分かるからこそ、パーティーの皆はそれ以上言わない。そしてリーダーと共にその群れに………戦っている他のパーティーに向かって突っ込んだ。
「ごめんなさい」
通り過ぎる際、パーティーの女性が白い髪の男の子にそう囁いた。せめてもの謝罪であった。
そして男の子達に襲いかかるのは更なるモンスターの群。
冒険者のルール違反の中で悪質な物の一つ『怪物進呈』であった。自分達に襲いかかったモンスター達の群を他の人間に押しつけ自分達はそれを囮に退避する。
これをされれば最悪死ぬことだってあるのだ。悪質極まりない違反である。
彼等はこの行為に恥じ入るし後悔する。でも決して間違ってはいないと判断をした男は言うだろう。
はっきり言おう。彼は間違っていて間違っていない。仲間のため思うからこそのその善意に善悪などないだろう。例えそれで他の冒険者が死のうとも。ルール違反で人を殺したと罪を負っても。
ただ一つ勘違いとでもいっておこうか。それとも誤解していると言っておこうか。そんな事実が一つだけあった。
確かに彼等は最低な行いをした。憎まれ恨まれ殺されても文句が言えない程の事をした。
だが………………。
『白い髪の男の子はそんな行為をされたのにも恨みも呪いもしなかった』のだから。
彼は聖人なのではないだろうかと話を聞けばそんなことを思う人がいるかもしれない。
だがそれは外れだ。見当違いにも程がある。
何故なら彼はそれをされて…………『嗤った』のだから。
殺気でギラギラと輝く目で目の前に襲いかかる殺意の群に嗤いながら大声で喜んだ。
だって彼にとってそれは………。
『ただ手柄が向こうからやってきただけなのだから』
この日、ベル達は中層への初陣であった。
ベルはまぁ、いつものアレなものだから準備など一切していないので割愛しリリルカやヴェルフはギルドのアドバイザーであるエイナから良く話を聞いて装備を準備して挑む。特に中層からは『放火魔』の異名を持つヘルハウンドという犬型のモンスターが襲いかかってくるのだ。その口から放たれる火炎はかなりの高温でレベル2如きの冒険者が持つ防具など燃やし尽くしてしまう。故にこのモンスター対策として火の精霊の加護を持つ『サラマンダーウール』の装備が必須となっている。
それを身に纏う二人といつもの鬼畜仕様なベル。当然エイナは止めるべきなのだがこの薩摩兵子が手柄を前に止まれるはずなどなく、彼女の胃に多大な激痛を与えて押し通った。
そしてあっという間に中層に。
並み居るモンスター達の首が大太刀を振るうと共に飛び、自分達の身を守る程度にリリルカとヴェルフの二人も戦う。
最初こそ戦々恐々とした様子の二人であったが、やはりというべきか………ベルの暴れっぷりを見て達観してしまった。
確かにヘルハウンドは凶悪だった。その火炎攻撃は例え防具で守られていようともその熱気を僅かでも感じる。それを熱いと感じるだけにどれだけその熱が高いのかが窺える。
サラマンダーウールなしなら受けたら即焼死していただろう。それほどの熱量を防具越しに感じながら彼等はヘルハウンドに攻撃を繰り出す。それは確かに恐怖だろう。
だが…………サラマンダーウール『無し』のベルはどうなのか?
「確かに熱いがその程度! それだけ強いならその首、価値は高いんだろう。なら置いてけ。その首置いてけ、なぁ!!」
防具無しで受けても火傷すらない。服だけ見事に燃えて上半身裸だがその身に火傷はなく、古い傷痕だけが現れる。見事に傷痕だらけの身体だがその肉体に弱りはない。ベルは炎を吐き出すヘルハウンドの炎を無視しながら突っ込んで大太刀を一閃。炎ごとその身を叩き斬り殺していく。炎の集中砲火を受けようとも、邪魔の一言と共に大太刀が振るわれその首が飛んでいく。
ぶっちゃけ相手にすらなっていなかった。中層最初の脅威、ヘルハウンドだがこの規格外の男相手では脅威にすらならなかったのだ。
「何というか、いつもの光景だな」
「ベル様相手にするモンスターの方が可哀想に見えますけど、それでも………ベル様かっこいいですぅ~」
緊張感など無くなってしまった。
慣れてきた、もとい『薩摩に汚染されてきてしまった』二人にはこの光景が普通に見えてしまっていた。正常な判断が出来る者なら誰もが突っ込むこの光景だが、それも薩摩からすれば普通なのであった。
モンスターの死体が溢れ魔石が転がっていく。そんな光景に慣れてしまった二人は自分の身を守り、同時にベルの邪魔をしないようにしながら戦うのみ。
そんなわけで中層初陣は今のところ正に『いつも通り』。
だが、そこにいつもとは違うちょっとした出来事が発生した。
群の奥からこちらに向かって冒険者が向かってきたのだ。それも複数人でありパーティーであることが窺える。そのパーティーが壮絶な顔でこちらに向かって駆けてきた。そして通り過ぎる。それだけの行為だが、去り際に聞こえた言葉の意味がベルには分からなかった。
だが、リリルカやヴェルフはその行為の意味を察し呆れたような顔でベルに言った。
「ベル、やられた。『怪物進呈』だ」
「『怪物進呈?』」
意味が分からないベルは当然首を傾げる。そんなベルにリリルカは可愛いと思いながら母親のような母性溢れる眼差しでベルに答える。
「冒険者が冒険者にモンスターを押しつける行為をそう言うんです。普通はマナー違反も良いところなんですけど………ベル様にはご褒美ですね」
その言葉の意味を言葉通りに受け取ったベル。まぁ、そうでなくても思った事は一緒なのだが。
「つまりは手柄が向こうからやってきてくれるってことだよね。ならば重畳、その首僕がもらい受ける。置いてけよ、その首をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大歓喜のベル。普通なら絶望に染まるはずの顔は殺気み満ちた実に良い『笑顔』だ。
そしてモンスターの群を大太刀一本で蹂躙していく様はまさに爽快の一言に尽きるだろう。
よく考えて欲しい。このベルはあの『猛者』と渡り合えるくらいの実力と肉体強度をもつ存在なのだ。中層の『この程度』如きに負傷するわけがないのだ。それも前より更に強くなっているのだから尚更に。
そしてモンスターは全部魔石へと還り、その場にはまだまだ殺し足りないベルがいた。
本来の正史ならダンジョンの壁や天井が崩落し、それに巻き込まれて仲間が負傷しやむなく18階層を目指すことになるベル達であったが、ここのベル達はそうならなかった。
「さぁ、もっともっと僕に手柄を寄こせ。その首置いてけ!」
幾たびのモンスターの群を蹴散らし鏖殺していくベル一行。どうやらベルも中層デビューに興奮しているらしい。実に楽しそうだ。
そんなわけでズンズン進んでいく一行。
とはいえ流石に18階層にまで行く気はないので帰ろうとするリリやヴェルフ。
だが残念な事にリリルカがここでヘマをやらかした。
この先はどうなっているのかということをベルに聞かれた際、リリルカはこう言ってしまったのだ。
「この先にある階層の中で18階層は特別です。あそこは唯一の『安全地帯』であり、どういうわけかあまりモンスターが湧かないそうですよ。なのでリヴィラという冒険者が作った町があり、そこで冒険者は今後の準備を行ったりするそうです。ただ物価が高いのであまりリリ的にはお勧めしませんが」
ここまでは問題ない。問題はここからだ。
「そのリヴィラの町がある18階層ですが、その前には関門があります。17階層にある『嘆きの大壁』、そこにいる階層主『ゴライアス』がいます」
これが問題だ。
一応ベルも冒険者。つまり階層主というのがどれだけ強いのかという話は聞いているのだ。つまり…………。
「大将首だ。その首、取りに行こうか」
こうなるわけだ。
少し前にロキ・ファミリアが遠征で通ったのでいないかもしれないとリリルカはベルを止めようとした。単純にベルを心配してのことだが、残念ながら心配している相手はレベル7と対等に渡り合う化け物だ。心配するだけ無駄かも知れない。
そして言いだしたら聞かないのが薩摩兵子のベル・クラネル。
決まったからにはズンズンと先に進んでいく。
そんな背中を見ながら二人は呟く。
「まぁ、こうなっちまったらしかたねぇか。ウチの大将は言いだしたら聞かねぇからなぁ」
「はぁ、無事に帰ってベル様と晩ご飯を食べたかったのに。まぁ、その分ベル様の格好いいお姿が見られれば役得ですけど」
そんな感じにベル・クラネル一行はより下の階層へと歩いて行った。
外で大騒ぎになっていることなど知らずに…………。