ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
ベルが珍しく大怪我を負って帰ってきた。
その事に驚きはしたが、それ以上にそんな大怪我をしたというのに見事なまでのイビキをかきながら寝ているベルの呑気さに寧ろ呆れてしまったヘスティア。
彼女にとってベル・クラネルというのは非常識の塊のようなものだ。冒険者としての常識に一切噛み合わず、その精神は普通の常識人では計り知れない程に狂っている。
だから正直もう大仰に驚くということはなかった。正直この男だったら何でもアリだと考えることにした。そうでもしないとこちらの精神と胃が持たないから。
ホームのベットで眠りこけているベルをリリルカが愛おしそうに見つめ、ベルの頬や頭を優しく撫でる。その姿は小人族の見た目に対して確かな母性を感じさせた。
「ベル様………………」
慕っている男が無事に生きていることを地上に降りていないどこぞの神に感謝しつつ彼女は安堵する。ベルが戦う姿は何度も見てきた。その度恐怖も抱いたが同時に安心感も抱いた。だってベルはリリルカが知る冒険者の中で『最も強い』から。ベルが死にそうになる姿なんて想像出来なかった。
だが、今回の一件で初めてベルもまた『死ぬかもしれない人』であることを知ったのだ。いくら常識外れの強さを持っていても、人である以上それは免れないと。
だからこそ、生きていることに心の底から感謝したしベルへの想いが更に強まった。
正直今無垢に寝ているベルにキスしてしまおうか悩むくらいに。
「ベル様はきっと戦わないで下さいとお願いしても聞き入れてくれないのでしょう。ベル様はずるい人です。リリをこんなにも夢中にさせておいて、それでもリリの気持ちにまったく気付かないんですから。だから分かってます………ベル様を大好きだからこそ、リリは分かってます。ベル様は戦うことを絶対に止めないし、それに今回みたいな戦いも飽きずに何度だってするってことぐらい」
ベルに聞こえないように小声で、しかし胸が温かくなる程の愛情を込めながらリリルカはそう囁く。
実はベルの怪我を治療する際に上着を脱がせた時、ベルの身体からかなりの傷跡が見つかったのだ。斬跡や何かで抉れた跡、それ以外にも様々な傷がその肉体には刻み込まれていた。
それが語るのはベルの今までの生き様。どのような戦いをしてきたか、どれだけ今まで『死にかけてきた』のか。だから今回のが『初』ではない。ベル・クラネルは今までに何度も『修羅場』を潜ってきているのだと。
だからこそ分かる。ベル・クラネルがそれをやめられないということを。それこそが彼の生き方なのだと。
大好きだからこそ、それを止めてもらいたい。もっと自分の身を案じて欲しい。もっと周りにいる自分を心配する人達の事も考えて欲しい。何よりもリリルカ自身の気持ちを考えて欲しい。
そんな思いに駆られるが、それを言葉にしてもベルは絶対に止まらないだろう。
だってそれがベル・クラネルだから。それこそが薩摩兵子で功名餓鬼だから。
故にリリルカはその思いを口にしない。そのかわり、それ以上にベルを想う。
「だからこそ、リリはベル様のことを見守ります。それだけはベル様が駄目だと言っても絶対に断りますからね。それがせめてリリに出来る唯一だから………だぁいすきです、ベル様」
そう眠るベルに告げるリリルカの顔は優しいながらに何か覚悟を決めたような顔をしていた。
端から見たらバカップルのイチャつきにしか見えないそれだが、ヘスティアには穏やかな時間に思えた。
そんな穏やかな時間はベルが目を覚ましたことで終わりを告げる。
目を覚ましたベルが最初に出した言葉は……………。
「巫山戯るなよ、オッタルゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッ!!!!」
である。どうやらベルの中ではあの後から先の時間というものが止まっていたらしい。
そのため最初は混乱し殺気を振りまいていたベルであったが、失意と共に落ち着き始め、少ししたらもう『薩摩兵子』ではない『紳士』なベルに戻っていた。
「ごめんね、リリ。心配をかけちゃったみたいで」
申し訳なさそうにそう謝るベルにリリルカは分かった上で少しだけ機嫌が悪いとアピールする。
「仕方ない人ですね、ベル様は、心配をかけた責任としてリリのお願いを聞いてもらいますよ」
そういうとリリルカはそれはもう甘い声を出しながら顔を紅くしてベルにお願いをした。
「今日一日、リリを甘えさせて下さい」
そう言うなり彼女は小さな体躯を活かして素早くベルの膝の上に座り込んだ。
そして言葉こそ発しないが、ベルに分かるように頭を向ける。
「あはははは、そう言われたら断れないね。いいよ、お姫様」
いくら薩摩兵子で功名餓鬼なベルでも、紳士な通常時ならリリルカが何をしてもらいたいのかは分かる。これはきっとベルの祖父の教育のお陰だろう。悪鬼羅刹に残された唯一の良心とも言えるかも知れない。きっとヘスティアがこの祖父のことを知ったらこう言うかも知れない………グッジョブと。
「えへへへへ………」
そんなわけでベルの膝の上で彼の身体に自らの身体を預けながら頭を優しく撫でてもらっているリリルカはここ一番に幸せそうな顔をしていた。
そんな二人のやり取りにやれやれと思いながらヘスティアは外に出る。
二人の時間を邪魔するのは良くないという女性ならではの気遣いと今はリリルカがいるからなんとかなっているが、いつ再び功名餓鬼になって振り回されるかわからないので退避しようというのもあった。だから後は若いお二人で、といったお見合いの保護者的なノリで二人から離れ、自身は気分転換もかねて街に買い出しに出た。資金はベルのお陰で貯まっている。本来のあるべき世界ならベルの為に武器を作るために莫大な借金を背負っているのだが、この世界ではそんなものは不要だったために借金はなし。ヘスティアはまさにある程度のお金を持ってそれなりの生活を満喫する。
街に出て買い食いしたり服を見たりとまさに見た目通りの姿を見せるヘスティア。このときばかりは日頃の胃痛ともオサラバして気が楽である。
そんな彼女であったが、それは偶々一休みしにきたカフェで止められた。
「やっと見つけたでぇ、おチビ! さぁ、はっきりと吐いてもおうか、お前んとこの子の『レベル』について」
そう叫んだのはロキ・ファミリアの主神であるロキであった。
どうやら前回の一件を報告した幹部がいたらしい。それが誰なのかは知らないが、何はどうあれベルのことがロキにバレたようだ。
いつもなら邪険に扱い喧嘩する中である二人。だが、この時ヘスティアが浮かべたのは…………。
「ロキ、聞いてくれるかい!」
それはある意味少しでも『被害者』を増やし『心労を減らそう』とする同情的で心底嬉しそうな笑みであった。
この話を聞いたロキはヘスティアの使う胃薬の量を聞いて確かに同情した。
「どこでもいいから空きのあるパーティはねぇのかよ」
ギルドにてそう叫ぶ赤髪の青年との出会いまで、あと少しだけかかる。