ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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恥首なしの手加減の結果が…………。


第18話 ベルは彼女を助ける 後編

 月明かりが夜道を照らし幻想的に見えるオラリオ。いつもは酒場の明かりが辺りを照らし賑わいに満ちているはずなのに、何故か今日はそれがなくひっそりとしていた。皆何かしらの理由で店を休みにしているだろうというのが一般的な考えだが、彼女にはそうは思えない。まるでこれから起こるであろう事に怯えているようだと、彼女は前をいく彼を見ながら思った。

そう思われている彼………ベル・クラネルは彼女……リリルカ・アーデが考えている事など気にしていないと言わんばかりにズンズンという効果音が付く程に前の道を歩いていた。

その顔は実に危険な色で彩られており、殺気に怪しく輝く瞳をギラギラとさせている。もし一般人が見たら即座に逃げ出すか気絶するかもしれない。それぐらい今のベルは『おっかなかった』。

 

「べ、ベル様、待って下さい!!」

 

先をまさにズンズンと進んでいくベルにリリルカは慌てながら追いつき声を掛ける。

これからベルがしようとしていることがあまりにも突拍子もなく危険すぎることだから。

自分のために行動してくれることが嬉しいとは思うが、その為に危険な目に遭って欲しくない。だからベルを止めようとするのだ……好きになってしまった彼のために。

だがベルはその声を聞いても歩みを止めない。

 

「どうしたの、リリ?」

 

いつものように話しかけるベル。笑顔を向けてはいるが、やはり紳士的ではない笑みだ。

そんなベルにリリルカは必死になって止めようとした。

 

「どうしたの……じゃありませんよ! ベル様、これから何をしようとしてるのか分かっているのですか?」

「何って決まってるじゃないか……リリの所属するソーマ・ファミリアに向かってるんでしょ。そこで神ソーマにリリの退団をお願いしに行くんだよ」

 

リリの必死な様子に比べ、ベルは落ち着き過ぎて逆に不気味にすら見えるだろう。

寧ろドヤ顔かまして言う辺り、そこに一切の躊躇はないらしい。

だからこそ、余計にリリはベルを心配する。

 

「いや、確かにそう言っていましたけど、でもまだリリはお金を貯めてませんし、それに別に今じゃなくてもいいじゃないですか! もっとファミリアの人達がいなくなってる時とかを狙って、ってそうじゃなくてそれ以前にリリの所為でベル様が危ない目に遭うのは駄目です! もっとお金を稼げればいずれはきっと退団するためのお金だって集まりますから、だから…………ベル様、リリの為だからといってこんな危ないことをしないで下さい!!」

 

退団する金額は膨大であり、どれくらいかかればそこまで稼げるのか分からない。だが、それでもいずれは稼げるはずだとリリルカはそう言ってベルに止まるようお願いする。自分の為に危ない目に遭うのはいけないと。

そう必死に好きになったベルを止めるリリルカだが、ベルはそんな彼女を見てその想いに気付かない。彼女が心配してくれるのは分かる。だが、それでも………いや、寧ろ逆だ。だからこそ、ベルは歩みを止めない。

 

「リリ、君の心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でもね……それだけは絶対に駄目だ。時間は優しい時もある。経った分だけ癒やすこともある。だけどね、同時に時間は無残に残酷だ。その時の『思い』を風化させる。その時確かに思った『感情』は強烈なのに、時間は経つごとにそれを薄れさせていってしまう。正も負も平等にそれは劣化させる。だからこそ言えるのさ………その想いを抱いたのなら即行動に移せって」

 

ドヤ顔でそう語るが、要は時間が経つと意思が緩くなるからいつまで経っても本懐をなせない。だから抱いている内に行動しろという無謀。言っていることは分かるが、だからといって行動しようにも問題を解決する術がないのだから意味がない。

そう言おうとするリリルカだが、まったく止まる気配を見せないベルに何とか追いつきつつソーマ・ファミリアのホームの場所までの道を律儀に答えながら一緒に走る。

これから起こるであろうことに顔を青くしながら。

 そしてベルの足が止まった。

目の前にあるのは多少豪華で大きい建物で、更に敷地の奥にはその建物以上に大きな倉が三つほどある。どうやら酒蔵のようであり、このファミリアの実情を表しているようだった。ホームよりも大きな酒蔵というところが。

此所こそが目的地……ソーマ・ファミリアのホームである。

自分のホームであるオンボロの教会を少しだけ思い浮かべたベルだが、関係がないので直ぐに頭から消した。別にそれを比べる気などないのだから。

そして止まった足を再び動かし始めるベル。その行く先にあるのはソーマ・ファミリアのホームの入り口。

ベルが向かう先で何をするのかなどもう分かるだろう。そしてリリルカは一緒に居ながらも止める術がない。ベル・クラネルという男はこうだと決めたのなら絶対に行動する男だということを先程の説明も含めて理解してしまったから。

ただひたすら顔を真っ青にしながらもベルの後ろを周りの団員に気付かれないように付いていき、ベルの安全を願うことだけが唯一彼女に出来ることだった。

 

「あぁ、テメェ何用だ? ここがソーマ・ファミリアのホームだと知ってのことか?」

 

どのホームにも(ヘスティア・ファミリアや他零細ファミリアを除く)基本ホームの前に門番を置く。それは他のファミリアへの牽制や防衛などの意味があるのだ。ファミリアによっては襲撃を受ける場合もあるのでこういう物は必要である。

門番役の団員は当然こちらに向かってくるベルを見て警戒心を露わにしながらそう問いかける。

問われたベルはといえば、それこそ堂々と答えた。

 

「リリを神ソーマと会わせに来た。僕はその立会人だ。通してもらおうか」

「はぁ? 何言ってやがるテメェ!」

 

当然ベルの言葉に怒りを滲ませながらより警戒する門番。ベルの言葉の意味をまったく理解出来ないが、既にベルを追い出すために戦闘態勢に移る。

だが、ベルは門番が動くよりも先に動いた。

 

「邪魔するなら容赦しない!」

「んげぇッ!?」

 

その言葉と共に門番が反応出来ない速度で拳を繰り出し、門番の顔面がぐしゃりとひしゃげた。

壁に叩き付けられた門番の顔面は無残の一言に尽き、何とか呼吸していることから生きていることが窺える。

目の前で起こった惨状にリリルカは息を吞んだが、まだこれは始まりに過ぎない。

 

「さぁリリ、逝こうか」

 

その言葉が誤字ではないことが分かってしまいリリルカは顔を更に青くした。

そんな彼女だがそれでもベルの後ろを付いてくる辺り、ベルはそれが微笑ましい。

だが、その笑顔はギラギラとした物で物騒極まりない。

 門番が倒れた際に起こった大きな物音で当然他の団員もこの緊急事態に気付き集まってくるのは当然の反応である。

 

「テメェ、どこのファミリアだ!」

「ここにカチコミかけといてタダで済むと思ってんのか、あぁッ!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 

まるでどこぞのチンピラのような陳腐な台詞を吐く団員達。その中には至極真っ当な物もある。ファミリアに襲撃をかける存在など同じ冒険者しかあり得ないからだ。

だが答える馬鹿がいないように、ベルもまた答えない。

いや、答えないのではなくその必要がないからだ。何故ならこれはリリルカの問題で在りベルは立会人でしかないのだから。

だからベルは両手を組んで堂々と仁王立ちしながら周りの団員に聞こえるように堂々と言った。

 

「神ソーマはどこに居る! 僕はリリルカ・アーデを神ソーマと会わせに来た! その立会人としてここに居る、邪魔する奴には容赦しない!!」

 

その言葉の意味などないのだろう。彼等にとってベルはただの襲撃者にしか見えない。

 

「皆野郎をぶっ殺せ!! 生きて帰すなよ!」

 

その怒号と共にベルに向かって駆け出す団員達。その手に持つ剣や斧などの武器から殺意が露わになっている。

その光景に物陰から隠れて見ていたリリルカはもう駄目だと思ってしまう。止められなかった自分を呪うしかない。ベルはメチャクチャででたらめな強さを誇るが、それでも冒険者相手では流石に無理だと分かっていたのに。

だが、それでも………ベルを見ていると大丈夫だと、そう思ってしまうのだ。

それがタダの思い込みだとしても、それでも彼女はそう思ってしまった。現実はそんなに甘くないのに。

後はベルが血祭りに遭うのを見てるだけという最悪の結末が待っているだろう。それを想像してしまいしゃがみ込んで目を瞑ってしまう。そんな光景は見たくないと。

だが、彼女の想像通りにこの男がいくわけがなく………。

 

「オォオォオォオオォッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」

 

まるで絶叫のような叫び声にそれまで殺気立っていた団員達は出鼻を挫かれてしまう。その声はとても人が出せるようなものではなく、まるで猿の叫びのような声だった。

そして止まった団員達にベルは一切の容赦をかけない。例え命を取らぬよう、恥首を取らぬように『手加減』しながらも。

 

「ぐえぇぇぇええぇえええッッッッ!?」

 

殴る、蹴る、叩き潰す。

向かってくる相手の剣を避けて拳を顔面に叩き込んで顔面の骨を破砕、斧を振りかぶっている相手が振り下ろす前に蹴りを叩き込んで肋骨粉砕、酷いときには相手の武器ごと拳を叩き込んで武器もろともぶっ飛ばした。

目の前で暴れる度に増える瀕死体の数々に最初こそ殺気立っていた団員達であるが、流石に素手で10人以上を叩き潰されると殺気よりも恐怖が勝ってくる。

 

「ひぃぃいいいい!!」

 

そんな間の抜けた悲鳴を上げる団員もちらほらと見え始める中、近場の団員の腹を『手加減』して蹴り飛ばしたベルは再び叫ぶ。

 

「さっきも言ったはずだ、邪魔する奴は容赦なく潰す! 腰の抜けた臆病者はとっとと引っ込め! 刃を捨てた奴を殺すのは法度だ、降伏首は恥だ!!」

 

その言葉が更に恐怖を助長し逃げ出す団員も多くなる。

この事態に団員達が集まってはベルに叩き潰され血祭りにされて壊されるか逃げ出すか。そのどちらかしかなくなり、やがてはソーマ・ファミリアの団長『ザニス・ルストラ』が出てきた。

 

「これは一体どういうことだ?」

 

眼鏡をかけた理知的な男だが、その瞳は欲望で薄暗く濁っている。

団長が現れた事で騒然となっていた団員達が静まり、ベルはザニスへと顔を向ける。

 

「貴方は?」

「私はソーマ・ファミリアの団長、ザニス・ルストラです。何故こんなことをしたのか聞かせてもらおうか、襲撃者君?」

 

相手に気取られぬよう余裕の表情でそう問いかけるザニスにベルは先程述べた通りの言い分をもう一回言う。

 

「リリルカ・アーデを神ソーマと会わせにきた。僕はその立会人としてここにいる。邪魔立てする奴は潰す」

 

その言葉を聞いてザニスはクスクスと笑う。

 

「随分と乱暴な言い分だね。リリルカ・アーデならファミリアなのだから主神にだってあえるだろうさ。ただし上納金を積まないといけないけどね」

 

その言葉にベルはドヤ顔で答えた。

 

「主神は親で眷属は子、子が親に会うのにそんな理由があるか。兄弟がこぞって下の妹を虐めるな。まさに屑しかいないファミリアですね、ここは」

 

その言葉にザニスは苛立ちながらもベルを嘲笑う。

 

「何を巫山戯たことを。仮にもファミリアに何の条件もなく襲撃をかけているのだ。もしバレれば君の冒険者としての人生は終わりになるのかも知れないというのに。なぁに、叩き潰した後に君がどこの誰かを調べれば良いだけだ。こちらにはその方法もあるしね」

 

ベルの正体などやろうと思えばいくらでも調べられると言いながら脅すザニス。確かにこの事態をギルドが知ったら問題になるだろう。ベルは間違いなくペナルティを喰らいそれはヘスティアにも及ぶ。莫大な違約金とともにファミリアの解散、ヘスティアの天界への強制帰還、ベルの冒険者としての権利を剥奪などなど。

だからザニスは脅すのだ。

普通の冒険者ならこう言われれば恐怖に身がすくむだろう。

だが残念ながらここにいるのは『普通』じゃない。

ベルはその返答にドヤ顔で嗤いながら答えた。

 

「したければすればいい。つまり貴方たちはギルドにこう報告するわけだ。『レベル1の冒険者にギルドを襲撃されて素手で団員の殆どをぶちのめされました』と。それはどんな恥さらしだ? 僕ならさぱっと死んでるね」

 

脅しに対し挑発と脅しをかけるベル。

その言葉にザニスの眉間に青筋が浮かびあがった。

周りの団員は自分達の団長の殺気に固まり始め、ベルはそれを受けても堂々としている。

こういう場合、ザニスは団長として団員達にこの襲撃者を全力で殺せと命じるのが常識だ。

だが、既に団員達は満身創痍に近い。仲間の大半を素手で叩き潰され瀕死にされて戦意を喪失している。そんな団員達にそう命じたところでたかが知れている。

それにザニスはベルの口から良いことを聞いた。だからこそ、ベルを嘲笑う。

 

「レベル1かぁ……なら私の相手にはならないな。私はレベル2だ。言っていることがわかるかい? 冒険者のレベルの差は絶対だ。つまり~、君は私には絶対に勝てな………」

 

だが、そこで台詞が途切れる。

何故なら……………。

 

「話が長い。敵を前にしてご託を並べるのは間抜けがすることですよ、レベル2の団長さん」

「ぐぁっ!?」

 

ザニスが余裕ぶって話している間にベルは一気に飛びかかりザニスの首に左腕を絡めてそのまま倒れ込んだ。

そして地面に叩き付けられたザニスは両腕の二の腕部分をベルの両足で押さえ込まれる。つまりは…………以前のベートと一緒である。

そしてその体勢でマウントポジションを取った者がどうするかなど決まっているだろう。

 

「聞かれたことに答えてください。神ソーマはどこに居ますか?」

「答える訳がなかッ」

 

メキャリとザニスの顔面が変形した。その答えはベルの拳である。

これが答えなかった時のこちらの答え。それを示したベルは再びザニスに問いかける。

 

「もう一度聞きます。神ソーマはどこに居ますか?」

「ぐぅぅぅ、言うわけ、ぎゃはっ!?」

 

再び拳がザニスの顔面にめり込む。その衝撃だけで地面がめり込みザニスの鼻から血が噴き出した。

そして再び行われる問答。その度にザニスは答えまいとするがそうするだけベルの拳が顔面に叩き付けられる。次第に顔は変形し原型を留めなくなる。腫れ上がり酷い色に変わっていた。

ザニスの意識も最初こそ保っていたが、次第に消えそうになり最後は殆ど残っていない。力なくだらんとした身体にもう誰が見てもザニスの敗北だと言うことが分かった。

ベルもそれは分かっているのかザニスの拘束を解く。

そしてザニスの胸ぐらを掴んで持ち上げると、同じ目線の高さまで持ち上げて最後だと言わんばかりにもう一度問いかけた。

 

「神ソーマの居所は?」

「……………さ、さか……ぐら………」

 

その言葉によって判明したソーマの居所。

ベルはそれを聞いてやっと聞けたと思いながら最後にザニスにこう告げる。

 

「もし僕やリリや神様に何か危害を加えようとしたのなら、その時は真正面から叩き潰してやる。だから覚えておけ…………こういう目に遭うって事を!!」

 

そしてザニスの額目掛けて『手加減』した頭突きを咬ました。

その破壊力に地面に叩き付けられたザニスは今度こそ意識を手放し頭部を地面にめり込ませた。ちなみに手加減はしたが、ザニスの頭骨は物の見事に罅だらけになったらしい。後に団員が手当をしなければ間違いなく死んでいたであろう。

 ベルは固まっている団員達を尻目にリリに声をかけると、今度こそ神ソーマがいるであろう酒蔵へと向かった。

リリルカは団員達におっかなびっくりの様子だが、皆目の前で起こった事に意識が追いつかず呆然としていることでまったく気付かなかった。

 

 

 

 そしてついに二人は酒蔵へと入った。

そこでは様々な酒が置かれており、その中で唯一動く者がいた。

その人物は長い髪を無造作に垂らし、目の前の作業に没頭しているようだ。

それを見てベルは特に気にすることなく話しかける。

 

「貴方が神ソーマですか?」

 

その問いかけに対し、その者は億劫な感じでゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

「そうだがお前は誰だ、人間よ?」

 

全くの無気力。興味なさげにそう問いかけてきたソーマの目はベルを見ていない。

 

「僕はただの立会人。貴方に用があるのは貴方のファミリアの団員、リリルカ・アーデです」

 

ベルはそう言うとリリルカを前に出す。彼女は不安なのか心細そうにベルを見つめてきた。だからなのか、ベルは彼女の手を優しく握ってあげる。

それだけで勇気づけられたのか、リリルカはゆっくりとながらにソーマに話しかけた。

 

「お、お久しぶりです、ソーマ様」

「…………お前は確か………いたような気がするな」

 

興味なさげにそう答えるソーマにリリルカはそれまで溜め込んでいた思いを吐き出した。

 

「ソーマ様、私はこのファミリアを脱退したいです! だからリリの眷属契約を解除して下さい!!」

 

その言葉は確かに彼女の思いが籠もった言葉だった。心のそこからの思いは他者の心に響く。

だが、ソーマはそれに反応を示さない。

 

「………くだらない。だったら金を用意しろ」

 

まったく相手にしない様子にリリルカの顔は絶望で染まり青くなる。

そんな彼女と違いベルはソーマにドヤ顔をかました。

 

「そちらこそくだらない。それはファミリアの団長が勝手に決めたことですよね。ギルドに聞いたところ神と団員の同意があれば契約解除は出来ると聞きました。しかもリリは貴方に同意して眷属になったのではない。リリの様子からして自分で進んで団員になったのではありませんね? 大方リリの両親がソーマ・ファミリアだったからリリも同じようにファミリアに所属させられた……こんなところでしょう。なら団長とやらの出した規則とやらも適応外だ。何ならその事実をギルドに報告して貴方共々このギルドを潰す事も出来ますが?」

 

堂々とした脅迫。それを受けてソーマはベルの目を見ながら口を開いた。

 

「私にはそこのリリルカ・アーデの眷属解除をするメリットがない。仮にお前の言い分を聞かない場合はどうするつもりだ?」

「聞かせます、絶対に。それが彼女の意思だから」

 

ベルは譲らないとはっきりと口にする。

その意思の強さにソーマは少しばかり目を開いた。

 

「それでも聞かないと言ったら?」

「この場で全ての酒をひっくり返して貴方の首を取ります。そうすれば強制的にでもリリは解除されますから」

 

神を殺すという禁忌さえ平然と辞さないとベルは言う。その答えはこのオラリオの住民が聞いたら卒倒するだろう。それぐらい過激で危険な答えだった。

それを堂々と口にしたベルにソーマはゆっくりとした動きで瓶に入っていた酒を掬いベルにカップを渡す。

 

「飲んで見ろ………神酒の誘惑に打ち勝つことができれば話を聞く」

 

それは神ソーマの神酒だ。このファミリアを狂わせている元凶。

それを渡されたベルを見てリリは必死の表情でベルに声をかけた。

 

「ベル様、絶対に飲んでは駄目です! 飲んだらベル様も!?」

 

だがその声が終わる前にベルはそれを思いっきり呷った。その姿に絶句するリリルカ。

もしベルが神酒に狂ってしまったら…………そう思うとリリルカは自分を再び責めてしまう。

言葉を失いながら真っ青になるリリルカに見つめられながらカップの中身を半分飲むベル。

その後の反応は……………。

 

「不味い」

 

不機嫌極まりない顔でそうソーマに告げた。

その答えを聞きソーマは驚いているのだろう、口が僅かだが開いて塞がらない。

 

「お前は……違うのか? 吞まれないのか?」

 

それが何の答えなのかは分からない。だからベルはソーマに酒の感想を遠慮なしに言った。

 

「この酒には風情がない、気持ちがない、飲む人達の事がまったくない。ただ美味いだけの不味い酒だ」

「美味いのに不味い?」

 

その意味が分からずソーマは口にし、それを聞いたベルはソーマに問いかける。

 

「酒は何のために飲みますか?」

「何のため?」

 

その答えをソーマは分からない。彼は酒を造りはするが飲む事に関しては全く分かっていないのだ。美味い不味いしか彼は考えなかった。

その答えをベルは言う。

 

「酒とはどういうときに飲むか? それは祝いや決起、または慰め、または弔い。嬉しいときや悲しいとき、何か美しい何かを見ながら物思いにふけるとき、そういう時に酒は付き添ってきた。皆で飲む祝い、仲間が死んだときの悲しみの弔い。酒と人の心は切っても切れない。だからはっきりと言える。この人の心を置き去りにする神酒は不味い。それこそ場末の酒場の麦酒以下だ」

 

ベルはそう言って残っていた神酒をカップを逆さにして床にぶちまけた。

それはソーマ・ファミリアの団員が見たら目を血走らせながら卒倒する光景である。

リリルカはそれを見てやっとベルが正常であることがわかり泣きそうになってしまう。

ソーマはその光景を見てベルに改めて向き合う。その目は今までの何も見ていなかった目と違う。確かにベルの事を見ていた。

 

「いいだろう、お前のいう通りアーデの眷属契約を解こう。何よりもお前の話をもっと聞かせて欲しい」

 

ベルをしっかりと認めたソーマによってやっと彼女はこの地獄から解き放たれた。

 

 

 

 こうしてソーマ・ファミリアから脱退することが出来たリリルカ。ソーマ・ファミリアは団員の3分の2を瀕死にさせられて実質行動不能状態になり、ベルが言った通りギルドに訴えることもしなかった。いや、出来なかったと言う方が正しいだろう。

団長があんな目に遭ってそれが出来るほど彼等は義理堅くなかったのか、もしくはベルに恐れを抱いて報復を怖がったのか、それは定かではない。

 自由になり『一般人』に戻ったリリルカとの帰り道。ベルはリリルカに『紳士的』な優しい笑みを向けながら問いかける。

 

「さて、これでリリは自由になったわけだけど、これからどうする? 今なら何にだってなれるよ」

 

その問いかけにに対し、リリは顔を赤くしながらベルに寄り添う。

 

「確かにそうですね。でもリリだって義理堅いんですよ。こんなリリのためにファミリアに殴り込みをかけてしまうようなお人の恩義に報えないような、そんな駄目な女になる気はありません。だからベル様………リリはベル様の側にいます……ずっと………」

 

それがベルにはヘスティア・ファミリアに改宗するというように聞こえた。

だが、リリにとってそれがどういう意味なのか………それは彼女だけが知っている。

 

 


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