ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
リリルカと組んでダンジョンに潜ること数日が過ぎ、だからといって何かが変わることなどないベル。そんな彼とは違い、リリルカは毎日が驚きで満たされある意味ではドン引きするような日々であった。
通常ではまずあり得ないようなベルの戦いを見て、もうごめんだと毎回言っているのにモンスターの料理を振る舞われ、そして一回潜る度にその階層では実現不可能だと言っても過言ではない程の魔石を回収し莫大なヴァリスを手に入れる。一日ずつ潜る度に上がっていくヴァリスの量はそれこそ彼女が最も必要としている金額に十分足しになる程だ。その分け前でベルが5万ヴァリスしか自分に回さずそれ以外の全てをリリルカに渡してしまう所など、正直素でドン引きする程である。
驚きのオンパレードにして彼女の常識が壊されていく日々というのはある意味充実しており、それ故に内心悪くはないと思ってしまうリリルカがそこには居た。
今まで冒険者という存在に嫌悪していた。弱者を見下し蔑み暴力をぶつけて搾取する。彼女にとって冒険者というのは全て卑怯で意地汚い最低の屑であった。
一級冒険者などがそうなのかなど知らないが、少なくとも彼女が知る冒険者とは皆そうであった。総じて屑であり人でなし。自分の為ならどこまでも弱者を虐げる下衆。
だが……ベルは違った。
彼は弱者を見下さない。虐げないし搾取もしない。基本的には優しく紳士的であり、相手のことを思いやれる優しい男の子。
しかし一度戦場(ダンジョン)に出れば途端に人が変わったかのように鬼神と化す。独自のルールに則り相手を叩き潰す。そこに弱者や強者なんて概念は無く、総じて平等に斬りかかるのだ。戦うことに、手柄を立てることに一喜一憂し、報酬には無頓着。
それは冒険者としては明らかな異端。あまりにも冒険者らしからぬその在り様は冒険者を嫌悪するリリルカでも好感が持てたのだ。
確かにドン引きすることも多いが、決して嫌ではない。ベルと一緒にいる時、彼女はそう感じていた。例えベルを利用しようと最初は近づいたとはいえ、今は何となく一緒にいたくなっていた。居心地が良かったのだ、そこは。本来の目的すら忘れてしまいそうになるくらいに。まぁ、それでも戦う姿にはドン引きするが。
リリルカが用事あるので休ませて欲しいという申し出がありそれを了承したベル。久々に一人になったわけだが、この男がだから今日はお休みにしようなどと言うわけも無く、この日も一人とは言え変わらずにダンジョンに潜り手柄を立てるベル。
一人ということで手に入れた魔石は少ないが、それでも異常な量を持ってベルは魔石を換金してきた。締めて7万4千ヴァリス也。
それを懐に収めつつ歩いていると久々と言うわけではないが声を掛けられた。
「お~~~い、ベルく~~~ん!」
声のした方向を向けば、そこに居たのはベルの担当アドバイザーであるエイナがカウンターにいた。今は暇なのか、特に周りに人が居ない様なので問題は無いのだろう。
ベルは当然のようにエイナのいるカウンターへと向かった。
「こんにちは、エイナさん」
ごく普通に挨拶をするベル。そんなベルにエイナも普通に声を掛けた。
「うん、こんにちは、ベル君。その様子を見るにまた無茶してるんでしょ」
「別に無茶なんてしてませんよ。いつもと同じように手柄取りに行ってるだけです」
ベルが言ってもきかないこと、そして彼のレベルが異常だということ知ってエイナは以前のように強くは言わなくなった。自分が心配するレベルをある意味もう超えてしまっているベルに必要以上の心配をしても寧ろこちらの精神が疲弊するということを思い知らされたからだ。だからといって交友関係を蔑にするわけでもなく、普通に付き合わせてもらっている。
「そういえば最近換金所で毎回騒ぎが起こってるけど、どうせ犯人は君でしょ?」
世間話をしているとエイナはふと思い出したようにベルに問いかけた。その声からは何やら呆れが滲み出ていた。
その問いかけにベルは犯人扱いされていることに苦笑する。
「犯人って酷いなぁ、エイナさん。ただここ最近サポーターを雇ったからその分ダンジョンで武者働きに熱が入ってるだけですって」
「サポーター? ベル君、サポーターを雇ったんだ」
ベルがサポーターを雇ったことにエイナは少しだけ驚いた。彼女の中でベルはソロでいることが当たり前のようになっていたからだ。
そして気になるのはそのサポーターのことである。フリーなサポーターもいるが、それ以外にも何かしらのファミリアに所属している者もいる。担当アドバイザーとして少しばかり気になった。
「ベル君、そのサポーターってどこの所属か聞いた?」
その問いかけにベルは特に考えることもせずに答えた。
「えぇ、確か『ソーマ・ファミリア』だって言ってましたよ」
所属するファミリアの名を聞いた途端、エイナの顔が急に曇った。
「どうかしたんですか、エイナさん?」
その顔を見て『紳士的』なベルは少し心配そうに話しかけると、エイナは困ったような苦笑を浮かべる。
「『ソーマ・ファミリア』かぁ………これはまた強く反対も賛成もできない所が出てきたなぁ」
エイナはそう答えると、まるで愚痴を漏らすかのようにベルに話しかけた。
「前からギルド内でソーマ・ファミリアは評判が良くないのよ。まるで何かに取り憑れたかのようにお金に対して死に物狂いで度々換金所で問題を起こしているの」
「そうなんですか………そういえばリリもお金が必要だって言ってたっけ? サポーターは収入が少ないって嘆いてたっけ」
「たぶんそれだけじゃないと思うよ」
「どういうことですか?」
特に考えていた事では無かったのですっかり忘れていたベルであったが、エイナからすると単純な問題ではないらしい。
「私も詳しくは知らないけど、何でもソーマ・ファミリアの冒険者は皆主神が作ったお酒欲しさにあんな風になってるらしいの。あのファミリアの主神はお酒造りが趣味らしいから。その主神が作ったお酒は途轍もない高額で取引されていて、もの凄く美味しいらしいよ。ただ市場に出回ってるのは完成品じゃないらしくて、眷属の人達があんなに必死になってお金を稼いでる理由はそのお酒の完成品が飲みたいがためなんだって。それは別にいいんだけど、その為に問題を起こしたり盗難や脅迫とかをしたりするのは流石に常規を逸しているとしか言えないかな」
「へぇ~、酒(ささ)欲しさにねぇ………僕には理解出来そうにないや。手柄取りならわかるけど」
「それはベル君だけだって………」
ベルの返答に呆れ返るエイナ。エイナはそんなベルを見て目の前に居る少年も常軌を逸しているのは一緒かと考えてしまう。
「まぁ、そんなわけだからあまりソーマ・ファミリアには感心しないかな。聞いた噂の中には自分より下位の団員から無理矢理お金を巻き上げたりもするらしいよ。もしかしたらそのサポーターの子も酷い目に遭ってるかも知れない」
その言葉にベルは初めてリリルカと出会った時を思い出した。
あの時彼女は冒険者に追われていた。何で追われていたのかは知らないが、相手の怒り様は尋常では無かった。そしてリリルカの目を見ていれば自ずと結果は見えてくる。
「なるほど、そういうことだったのか」
戦闘時は一切そういうことを考えないベルだが、『紳士的』な時ならそういう時は寧ろ察するのが速い。
彼女がお金を求める理由、そしてその為にした行為。それによってどういうことになるのか。
だから最終的な結果を予想してベルはエイナに問いかける。
「ねぇ、エイナさん。仮にファミリアを抜けるとしたら、どういう条件が課せられるかな?」
「え、ベル君ヘスティア・ファミリア辞めちゃうの!?」
「仮にですし僕は辞める気はないですよ」
その言葉にホッとするエイナ。もしヘスティアがこの場に彼女はいたら表には出さないが結構真面目に悩んでいたかも知れない。
そこまで深部に関わっていないエイナはベルの質問に深く考えることなく模範的で知っている範囲で答えた。
「そうね~、基本的には主神や団長と話して了承を得ればOKかな。ファミリアのトップが納得して主神がファルナを取り消せばもう一般人だし。まぁ、各ファミリアによって色々と違う所もあるけれど、基本はどれも一緒だよ。ファミリアを脱退して一般人に戻ったり、または他のファミリアに移籍したりというのはそんな珍しいことでもないから」
それを聞いて納得するベル。
そしてもう一つ更に聞くことにした。
「エイナさん、それともう一つ質問が。もしファミリアに所属する際に本人の了承なし、または納得していないのに入らざる得ない場合仕方なく入った場合はどうなりますか?」
「え、そんなことは普通はないんだけど…………」
ファミリアに入るに当たって本人の了承なしというのはあり得ないというのが常識であり、そんな質問をされても困ってしまうエイナ。だが真面目な彼女は考えてからゆっくりと答えてくれた。
「多少の例外の一つとしては両親が共にファミリアの眷属だった場合かな。そういう場合は本人の希望がない限りそのまま両親がいるファミリアに自動的に所属することになるかも。それと入らざる得ない場合が『戦争遊戯』でもないのならあまり合法的とは言えないかも。場合によってはギルドからのペナルティも発生するかもしれないよ」
「なるほどなるほど。では最後に………ファミリアから脱退するのに仮に莫大なお金を支払わなければならない場合ってあります?」
「そんな話は聞いたことがないから何とも言えないけど、普通はそういうのはファミリアに入る際に説明されるわけだし、本人が了承してるわけでもないのに所属させられているんだったら流石にどうかと思うよ」
「そうですか…………ありがとうございます」
ここまで答えが出れば分かるだろう。
何故リリルカ・アーデがこうもお金を集めるのか、その行き着く先。彼女の性格から考えれば所属する理由などないファミリアに入っている訳。そして金に狂った連中が彼女に何をしているのか。それはきっと…………『よろしくない』ことだ。
ベルはエイナとの会話を切り上げてホームへと帰る。
その間に考えるのはサポーターとして契約を交わした彼女のこと。
『紳士的』なベルは優しい心で彼女の事を思う。確かに可哀想だとは思うし、どうにかしてあげたい気持ちがないわけでもない。だが、下手に他のファミリアと関わるのは危険なことであり良いことではない。
だからベルが出した答えは……………。
「まぁ、本人の意思次第かな」
『紳士的』ではあるが『善人』であるわけではない彼はそう結論をつけた。ぶっちゃけ丸投げした。とても好青年が出して良い答えではない。
弱腰とも言われるだろうしヘタレとも言われるだろう。
だが…………そう答えを出したベルの顔は…………『紳士』の顔をしていなかった。
彼にしては珍しい、『どこぞの第六天魔王』の実に悪どい笑みで歪んでいた。
ベルがそんな人に見られちゃいけない顔をしている時、リリルカは同じファミリアの冒険者に囲まれて暴行を受けながらもこう告げられた。
「最近羽振りがいいみたいで調子がいいみたいだなぁ。何でも新人の冒険者と組んでるみたいじゃないか。それは結構だが、お前は運がかなり悪い。お前と仲良くしてるあの『白いガキ』がどんな災難にあっちまうのか………なぁ、アーデ」
その言葉が自分とベルへの脅迫だと理解している彼女は苦しそうに顔をしかめた。
「つまり………」
「俺たちの所に戻ってこい、アーデ。何せ俺たちは『仲間』だからなぁ」
「……………………はい…………」
この場にいる者達は知らない。
彼女はいくらベルが強くてもあくまでもモンスター相手だからで冒険者では相手が違いすぎて殺されると思った。
周りの男達は所詮は新人で弱い雑魚だと思ったしせっかくの金づるを手放す気などない。『昔したように』同じように彼女の『場』を壊してやればもとに戻ると。
だから言うのだ………愚か者だと。
『彼の者に師事された彼の剣術が本領を発揮するのは何が相手の時なのかということを、どういうときなのかということを』
知らないのだから。
嘘でしたね、最後に『紳士』どころか『魔王』がいた。