ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず 作:nasigorenn
リリルカはベルが持ってきたそれに最初理解が出来なかった。
通常モンスターは死ねば直ぐに灰となって四散する。稀に身体の一部を残す事があり、それが所謂『ドロップアイテム』というものになるのだ。
だが、ベルが持って来たそれはそうじゃない。一部どころか全部、しかも確実に死んでいることは一目で分かる。なのに四散していない。
通常起こりえないあり得ない光景。今日何度も見せつけられたがそれでもまだ飽き足らないというのか、運命というのはつくづく本日のリリルカを驚かせるらしい。
「べ、ベル様、それは……………」
彼女は顔の筋肉は固まっていくことを感じながらベルにそう問いかけた。
「え、コボルトだけど?」
余裕が全くないのか驚きすぎて顔の筋肉おかしい事になっているリリルカにベルは普通に答えた。特に気にした様子などなくそれが普通の答えだと言わんばかりに。
だが、それが普通ではないことを知っているリリルカは当然のように突っ込んだ。
「それは見て分かります! それよりもリリが言いたいのは、なんでそんなものがあるのかと言うことです! 普通は灰になって消えますよ!!」
彼女は驚かされた怒りとこのおかしな現象への良くわからない理不尽さに噛み付くように叫ぶ。そしてベルにダンジョン内における常識を語るわけだが、それを聞いたベルは苦笑しながら答えた。
「そんなことは知ってるよ。いくら僕が初心者でもそれぐらいの常識はあるって」
「だったらその手にある常識外の物は何なんですか!!」
再び突っ込まれ、ベルはコボルトを見てやっとあぁ、と思い至ったようだ。
「あぁ、そういうことか。それは僕のスキルかな」
「スキル?」
ベルは少し怒り気味なリリルカに自身が持つ『何てことない多少は便利な程度』のスキルについて説明する。
「神様が言うには、僕が食料として見なして倒したモンスターはそのまま灰にならずに死体を残すらしいよ」
それを聞いてリリルカに電流が走る。
(なっ!? 何ですか、そのレアスキルは!!)
彼女はそのスキルを聞いて『冒険者』としてあり得ない程に凄いレアスキルだということに気付いた。
ベルが言っていることは冒険者からすればこういうことになるのだ。
『ドロップアイテム取り放題。また確実にモンスターからドロップアイテムを入手可能』
それはどの冒険者でも絶対に欲しがるスキルだ。
何せ確実にアイテムをドロップさせ、しかも大量に入手することが出来るのだから。それによる取引はオラリオの経済に多大な影響を与えるだろう。ぶっちゃけ億万長者への近道だ。無駄なく効率良くモンスターのドロップアイテムを入手出来るのだから、それだけでドロップアイテムの価値が下がるし、逆に安定してアイテムを提供出来るというのだからそういった物を必要とするファミリアには引っ張りだこだろう。
そう、ベルがもつこのスキルはまさにレアスキルなのだ。
だから当然リリルカはベルにその凄さを伝える。
「凄いですよ、ベル様!! このスキルがあればドロップアイテム取り放題ですよ。きっと凄くヴァリスが稼げます!」
それを知らせてくれたお礼に一枚噛ませて欲しいという欲を抱きながらベルを褒め称えるリリルカ。
これが普通の冒険者なのならその凄さに戦き喜び教えてくれたことを感謝してドロップアイテム狩りを始めていただろう。
だが、残念なことにこの男には『そういった欲』というものがない。
「そんなに凄いものなんだ………。僕には大したものでも何でもないものなんだけどね。別にドロップアイテムとかいらないし」
喜ぶどころか興味ないと言わんばかりにしれっと答えるベル。その反応に当然リリルカは突っ込んだ。
「何言ってるんですか、ベル様!? このスキルがあればヴァリスが稼ぎ放題なんですよ! これさえあればお金持ちになれるんですよ! 何でそんな興味ないんですか、ベル様は人としておかしいです!」
「そう言われても僕、そういうのにあまり興味ないし?」
「はぁ?」
金があれば何だって出来るとは流石に思ってはいないが、それでも大抵のことは出来てしかもあらゆる悦楽を堪能することが出来る。食べることに困ることなどないし、周りの者達から脅かされることもない。
まさに天国としか言い様がない。それが金持ちというものだ。誰しもが一度は憧れる圧倒的勝者。
特に金銭関係に人生を狂わされているリリルカにとってはまさに喉の奥から手が出るくらい欲しいスキルだ。
だというのに、当の本人はそんなことにこれっぽっちも興味がないという。
富める者特有の嫌みでもなんでもない、素でベルはそう言うのだ。
それはおかしい。経済観念がある者なら誰しもが望むそれに興味がないというのは、正常な思考の人間ではない。
ベルの様子をみれば疑り深い彼女でもはっきりと分かる。
強がりでも何でもなく、本当にベルはそういう欲がないのだと。
それにリリルカは内心恐怖した。考え方が根底から違う異端、異物というのは得てして忌避するものなのだと。
だが、それを出してはベルに警戒心を与えてしまう。
だからできる限り恐怖を飲み込みリリルカはベルに問いかける。
「でしたらベル様は何でダンジョンに潜るんですか?」
冒険者がダンジョンに潜るのは経験値を稼ぐためだが、それによって得られる魔石によるヴァリスも重要だ。なければ文無しになるのだから。
そこでより稼げる手段があるのに興味がないというベルに何故ダンジョンに潜るのかを質問した。
その質問に対し、ベルはニヤリと笑って堂々とした顔で答える。
「手柄を立てるため」
「手柄………ですか? それは偉業を成してこのオラリオで有名になるということですか?」
彼女にとって手柄といえば、ダンジョンを攻略しファミリアの名を上げると共に冒険者としても名を上げることだと思った。良い例で言えばロキ・ファミリアのフィン・ディムナだろう。有名なファミリアの一級冒険者、数少ないレベル6。つまりベルが成りたいのはそういうものなのだろうと予想する。
だが、ベルの答えはまた違っていた。
「別にそんなことに興味はないかな。僕はただ、あの人に………僕が憧れる『英雄』に近づきたいだけなんだ。あの人に近づいて、そして………共に競いたい。どちらがより首を取れるのかを競って、そしてその成果で笑い合いたい。あの人に一人の『戦狂い(人)』として認められたいんだ。その為には手柄がいる………大将首が幾万と…………ね」
その答えを言うベルから溢れ出すギラギラとした殺気。
それがあまりにも恐ろしくてリリルカはそれ以上詮索することを止める。出来ないのだ、それ以上は。濃密過ぎる殺気は毒でしかなく、それをもろに浴びたらリリルカは間違いなくショック死すると本能が察するのだから。
だからこの話題を逸らすことにしたリリルカ。
そこで彼女は気になった。
「あの、じゃぁなんでこんなものを持ってきたんですか?」
彼女はベルが何でコボルトを持ってきたのかを再度問いかけた。
あまりにも驚くことが多すぎて忘れていたのだ。何故持ってきたのかということをベルが最初に言ったというのに。
ベルは勿論覚えている。
「さっきも言ったけど、お昼にしようって」
そこで彼女は再びコボルトの死体を見た。今度はベルの言葉を理解して。
そしてこの現象を引き起こしたスキルをベルが説明した時のことを思い出す。
『このスキルは僕が食料にしようとして倒したモンスターだけその身体を残す』
そう…………『食料』にしようとしてだ。
そこで彼女は分かってしまった。今までの常識にないそのことを理解してしまい、顔から血の気が引いていくのを感じる。
「ま、まさか……………食べるんですか?」
「うん」
信じられないけど聞いてみた。
その結果返ってきたのはベルの笑顔。
そしてリリルカは爆発した。
「あり得ないアリエナイありえないですよ、ベル様ッ!?!?!? モンスターを食べる? 何言ってるんですか!! いまだ誰も食べたこともないんですよ! 美味しいわけないじゃないですか、下手したら変な病気になってしまいます!」
「え、そうかな? 僕はそこまで嫌いじゃないんだけど。ゴブリンに比べれば食べやすいよ、コボルト?」
「食べたんですか、ベル様!?」
「うん」
ベルの言葉に彼女の思考が焼き切れたのは仕方ないことなのかもしれない。
真っ白になっていく意識をリリルカは安らぎを感じていた。これ以上驚かなくて済むということに。
そんなリリルカのことなど気にしないのか、静かにしている彼女に目を向けずにベルは早速コボルトの『調理』を始めた。
「ん………」
リリルカの意識が覚醒するのに時間がどれぐらい経ったのだろうか。彼女はそれを自覚できない。ただ分かるのは、やけに美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる事と、それに伴い己が空腹であるという事実のみ。
だから彼女はゆっくりと身体を起き上がらせた。
それを見たのだろう、ベルは笑顔でリリルカに話しかける。
「丁度良かった、今出来たところなんだ」
そう言いながら深めの皿に鍋で煮込んでいた物を装うベル。装った皿はリリルカに渡される。
意識が覚醒したとは言え寝ぼけ気味な彼女は皿を見て感想を漏らす。
「スープ?」
出された皿に入っていたのは透き通るような薄い黄金色をしたスープに食べ応えがありそうな肉がまるまると入っている。
ぼーっと皿を見ているリリルカにベルはにこやかに笑う。
「美味しいよ」
見る人をホッとさせる笑顔を見て、リリルカは警戒心など微塵も感じず寝ぼけた頭でスープを一口啜る。
「あ、美味しい………」
目が覚める程に凄まじいという美味さはないが、普通に美味いと感じる味に彼女はしみじみと感じる。
空腹ということもあって彼女はまた一口をスープを啜り、そして皿の真ん中で主役だと言わんばかりに存在する肉にスプーンを入れた。肉のサイズから齧り付きやすいものだがそこは女の子、おしとやかにスプーンで何とか肉を裂く。
そして一口。
「このお肉もいい味ですね。何というか、少し変わった味と風味ですが………」
彼女にとって初めて食べる味の肉だが悪くはないようだ。
そのまま彼女はしばらくこの味を堪能しある程度皿を開けた後、ベルに笑いながら問いかけた。
「ベル様、これは何のお肉なんですか?」
きっと彼女は思っただろう………聞かなければ良かったと。
だがもう遅い。問われたベルは彼女と同じようにスープを飲み中の肉に齧り付きながら答えた。
「さっきも言ったけど、んぐんぐ、ごくん………コボルトの肉だよ」
その言葉に彼女の口に含んでいたスプーンの動きが止まる。
もう一度問いかけようとした彼女であったが、ふと目を周りに向けた瞬間に見てしまった。
『茶色の毛皮と見るからにグロテスクな内臓、そしてこちらに目を向けるコボルトの生首』
特にコボルトの生首は見事にリリルカを睨んでいるような位置に有り、まるで『よぉ、俺のお肉は美味しいか?』なんて問いかけてきそうである。
そんな幻聴を聞いた瞬間、彼女は口に含んだ物を全部噴き出した。
「げほ、げほ、げほ、こ、コボルトのお肉、食べちゃいましたよ~…………」
乙女にあるまじき醜態を晒す彼女だが、そんなことなど気にしている余裕などない。内心はショックがデカすぎてどうして良いのか分からない。
そんな彼女の様子を見ながらベルは苦笑する。
「あぁ、勿体ないなぁ。でも美味しいでしょ、コボルト。香草とかで臭みを抑えてるからまだ普通に食べられるし」
「そういう問題じゃありません! 確かに美味しいですけど! うぅ~~~~~~」
ベルにぐわっと噛み付くが、ショックのあまりに泣きが入るリリルカ。
確かに美味しかったがそれでも何というか、人として飛び越えてはいけないものを飛び越えてしまったようなそんな気にさせられた。
その後、彼女は結局皿に装われたものを全部平らげた。礼儀の話でもあったし空腹だし、もう食べてしまって引き返せないと自棄になって食べたのだった。
そんな彼女を見つつ、ベルは作った料理を全部平らげた。内臓やら毛皮やらはその辺にそのままにしたが、生首だけはお礼を言って丁重に弔った。
「さぁ、お昼ご飯も食べたしもっと武者働きをしようか、リリ」
こうして午後の手柄取りが始まった。
そろそろ日が暮れる時間帯になり、ベルとリリルカはダンジョンから出てその日の成果を見るために換金所へと向かう。リリルカの背に背負ったバックパックはぱんぱんにふくれており、中には今まで彼女見たこともない量の魔石が詰まっている。
その結果が………。
「じゅ、17万ヴァリス~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
換金所付近に響き渡るリリルカの悲鳴。周りの人達は何事かと注目し、視線が集まることに彼女は恥ずかしくなりいそいそとその場から離れる。
そして少し離れた場所までベルと一緒に移動し、改めてリリルカはベルにその興奮を惜しみなく表した。
「凄いですベル様!! 17万ヴァリスですよ、17万ヴァリス! 普通はレベル1が5人組パーティーを組んで13階層で三日三晩ぶっ通しで戦い続けてやっと稼げる金額ですよ! それをまさかたったの半日で、しかも7階層で稼げるなんて!」
「まぁ、悪くない手柄ではあったよ。ただ僕としてはもっと大手柄を立てたかったんだけどね」
はしゃぎまくるリリルカと違いベルはいまいちな様子である。彼からすればもっとより強い『大将首』を取りたいところだが、今のところそういう相手には出会えない。
そしてリリルカは早速ベルにとあることを問いかける。
「それでベル様、その………分け前を………」
結局の所目論見は物の見事に潰された彼女ではあるが、この金額を目にすればそれすら忘れるほどに目が輝いてしまう。
せめて半分ももらえればそれだけでもデカいと。今まで組んできた冒険者はそれこそ3割だとか、酷ければ無しなんてこともあったのだ。それらに比べてベルはそういうのにあまり頓着しない性格のようだし、それぐらいはくれるだろうと期待した。
が、彼女の期待は予想外の方向で裏切られることに。
「あぁ、今日はご苦労様。リリのお陰でだいぶ集中出来たよ。はい、これ」
「え……………?」
期待に胸を膨らませるリリルカにベルは暖かな笑みを浮かべつつ軽い感じで報酬の入った袋を渡す。
その金額なんと……………。
「十二万ヴァリス!? ベル様、これ間違えてませんか?」
まさか半分以上どころか7割とおかしな金額を渡され彼女は間違えたのではとベルに聞く。3割が自分ならまだ分かるが、ベルの分け分が少ないというのは間違えたとし思えない。
だが、ベルはそんなことないと首を横に軽く振る。
「間違えてないよ。僕はこれだけあれば十分だから」
その言葉にリリルカは正気を疑った。
いくら何でもおかしすぎるの配分に裏があるのではないかと疑う。
「ベル様はひ、独り占めしようとは思わないんですか!?」
その問いかけにベルは何か呆れたようなつまらなさそうな、そんな顔をしながら答えた。
「僕が欲しいのは首だ、手柄だ。ヴァリスはオマケに過ぎないよ。ヴァリス欲しさに行くわけじゃないし、それに余分にあってもこういうのは人の心を腐らせる。必要なぶんだけあればいい。僕と神様は今のところ食うに困るほどに貧乏じゃないしね」
その言葉に絶句するリリルカ。その考え方はあまりにもおかしかった。
そんな彼女にベルは続ける。
「それに今日はリリが一緒に来てくれたからこんなに首が取れたんだ。いつもならバックパックが一杯になって重くて動きづらいからね。その分の働き料だと思えばいいよ」
その言葉に本当にそう思っているということが伝わってくる。
だから彼女は分からなくなってしまっていた。
この初めて見るおかしな冒険者のことを。まぁ、一緒に居るだけでかなりの額が稼げるのでしばらくは一緒に行動しようと思った。
そう考える彼女にベルは確信を付くような優しい言葉をかけた。
「必要な物は必要とする者が持てばいい。僕にヴァリスはそこまで必要ない。リリが使ってくれた方が余程有意義になるだろうさ」
その言葉にトクンと彼女の胸は高鳴り、ベルから目が離せなくなっていた。