ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず   作:nasigorenn

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お気に入りがなんと3000人を超えるというもの凄いことに言葉を失う作者です。
今まで書いてきた作品の中で一番凄い。
それだけ皆のドリフ好きが感じられて頑張らなければと思う次第です。
皆さん、本当にありがとう。


第14話 ベルに戦いのサポートは不要

(何なんですか、何なんですか、何なんですか、これはぁああああああああああああああああああああああああ!?!?)

 

彼女、リリルカ・アーデは目の前で繰り広げられている光景を見てそう叫ばずにはいられなくなりそうになった。

それはあまりにも予想外の光景で、彼女が見たこれまでの中でも飛び切り衝撃的で奇抜で、何よりも苛烈で残酷だ。

それを生み出しているのは今回の標的である『ベル・クラネル』。

噂は確かに本当だった。

 

強い……………。

 

誰もがそう思うだろう。噂に尾ひれが付くのも頷ける。

だが、リリはそれだけではすまないと感じた。『その程度』では収まらない、彼の力はこんなものではすまない。

だからこそ、その光景に圧倒され言葉を失う。

自分がしようとしている事の愚かしさなど吹き飛ばされる程に、それは『一方的な虐殺』であった。

 

 

 

 時を遡ることベルがリリルカを雇ってダンジョンに向かう最中のことである。

道中改めて自己紹介を行ったベルはリリルカと一緒に歩きながら世間話に花を咲かせていた。

そこで知ったのはリリルカが『ソーマ・ファミリア』の所属であること、そして世間におけるサポーターの不憫さについて。お金がないからこそ、こうしてファミリアに所属しつつもフリーでサポーターをしているのだと彼女は語った。

その話を聞いてベルは時に笑い時に苦笑し時に悲しそうな顔をする。

その様子からベルが真剣にリリの話を聞いていることが伺えるからなのか、リリルカはするはずのないような話すら話してしまった。別段酷いものではないのだが、何故だか話してもいいような気になってしまったのだ。

それも偏にベルの人柄の所為だろう。

紳士的でありながら暖かく優しく、母性本能をくすぐられながらも父性がある。年相応な所もあれば若干大人らしいところもある。そんなベルと話していてリリルカは少しばかり緊張が解れた。

その際にリリルカはベルのことを『ベル様』と呼び、自分のことを『リリ』と呼ぶようベルにいうのだが、ベルは困った顔でそれを拒否しようとするも押しが強いので断念。仕方ないなぁと苦笑しつつも優しい声音で『リリ』とベルはリリルカのことを呼んだ。

そう呼ばれた瞬間、リリルカの胸に甘い疼きが発生し、彼女は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめる。

どやら彼女はベルにいつもの冒険者とは違ったものを感じ取ったらしい。

 噂ではメチャクチャ強い悪鬼羅刹や英雄のようだと言われているが、実際に話してみてそんなことはまったくない。寧ろ新米冒険者らしいというべきか、冒険者にしては性格が温厚過ぎると言うべきか。

『紳士で優しい』それがリリルカがベルと話していて抱いた印象であり、やはりそんな人間だからこそ、噂されるような強さには『ナニカ』があるに違いない。………そう思った。

故に内心ではそれを見逃すまいと集中するリリルカ。

そんなリリルカと話していて二人はあっという間にバベルへと到着した。

そのままダンジョンの中へと進もうとするベル。だが、その後ろ姿に流石にリリルカは呼び止めた。

 

「ベル様、ちょっと待って下さい! 防具はどうしたんですか?」

 

ベルの姿はいつもと変わらない姿。私服に相棒の大太刀、そして魔石を納めるポーチ。それに何故か『鍋』。

彼女はてっきり一旦戻って装備を調えると思っていた。その私服でダンジョンに行くなんて誰もが思わないのだから、そう考えるのが当たり前である。

てっきりダンジョンの前でもう一回待ち合わせをするかと思ったのだ。だが、そんな様子は欠片もない。

リリルカのその言葉に対し、ベルは普通に笑いながら返す。

 

「僕は防具を使わないから、いつもこの格好でダンジョンに潜ってるよ」

「なっ!? 何ですかそれは! 危ないですよ!」

 

ベルの返答に驚きと彼の身の心配もあって声を荒立てるリリルカ。

そんなリリルカに対し、ベルは首を傾げながら不思議そうに答える。

 

「別に危ないのは付けていてもいなくても一緒だよ? 死ぬときは死ぬんだから、そういう時はさぱっと死なないと」

 

その答えにリリルカは理解が出来なかった。

正直に言えば何を言っているのか分からなかったのだ。言っていることは分かる。いくら防具を着けていても死んでしまう可能性は必ずある。だが、少しでも死ぬ可能性を減らすために防具を着けるのだ。

ベルのその回答はまるでそれを拒否するようなものであった。それが彼女には理解出来なかったのだ。いや、誰だって理解出来ないだろう。

 

『死ぬのは当然で当たり前で恐れることでも何でもない普通のこと』

 

そんな風に考えられる存在などいないのだ、普通は。

だからこれ以上の詮索をリリルカは止めた。ベルを心配してしまったことに内心で標的を心配する理由などどこにもないのにと葛藤しながら。

 

「べ、ベル様がそう言うならリリは気にしません。でも、危ないですから気をつけて下さいね」

 

リリルカはベルにそう言うので精一杯であった。

自らの内に発生した矛盾に苛立ちつつもどこか嬉しさを感じながら。

 そしてリリルカに答えた通りいつもの防具なしの姿でダンジョンに入ったベルとリリルカ。

二人が今日行くのは今ベルが良く行っている7階層だ。そこまで行く際も当然モンスターと出くわすのだからリリルカは気を引き締める様子を見せる。

そんな様子が物珍しく思ったのかもしくはベルにとって新鮮に見えたのか、彼はリリルカに諭すように優しく言う。

 

「リリ、戦う前にこれだけは絶対に言わなければいけないことがあるんだ」

「何ですか、ベル様?」

 

自分の事をじっと見つめるリリルカにベルは少しだけ真剣な目で見つめ返す。

その視線に自然と顔が熱くなるのをリリルカは感じた。

 

「僕が戦っている間、絶対に手を出しては駄目だよ。サポーターの仕事の中には冒険者の戦闘のサポートというのがあるけど、それを絶対にしてはいけない。もししたら…………僕は君を絶対に許さない」

 

その時のベルの目に宿った危険な輝きを一瞬だけ見てしまいリリルカは身震いする。

ほんの少しの時間だけだというのに、その怖気はしっかりと刻まれた。

その正体が分からなかった彼女は顔から血の気が引いていくのを感じる。きっと今の自分の顔は青ざめているだろうと。

そのことを察したのか、ベルは先程とは違い紳士的な優しい声で彼女に話しかける。

 

「別にそれだけはしてもらいたくないってだけだから、他のことは寧ろ一杯やって欲しいかな。魔石を集めてもらえるだけで僕としては大助かりなんだ」

 

その暖かな声によってやっとリリルカは感じていた怖気が消えていくのを感じた。

さっきのは一体何なんだと思いもしたが、目の前にあるベルの笑顔にそれ以上言うことが出来なかった。

その言葉の意味を理解させられたのは一階層で出くわした3体のコボルトの時。

向こうもこちらに気付き向かってきた。当然の如くリリルカは警戒しベルの方に顔を向けた。ああまで言ったのだから何かしら考えがあるのだろうと。

そして顔が凍り付いた。

見た…………見てしまった。

先程まで居た暖かな笑みを浮かべる好青年…………ではない。

ギラギラとした怪しい殺気を噴き出し瞳を輝かせ、口角を上げてニヤリと笑う化け物を。

そう、いつもの『紳士なベル』ではない、『薩摩兵子のベル』を見た。

その顔が先程とは明らかに違い、下手をすれば別人にすら見えかねない。だからリリルカには目の前に居るそれが先程まで一緒に朗らかに会話していた相手には見えなかった。

だから信じられないと驚きながらも声を掛けてしまう。

 

「べ、ベル様…………?」

 

リリルカの消えそうな小さな声にベルは笑みを深めながら答える。

 

「リリ………さっき言った通りで頼むよ。さぁ………手柄取りの始まりだ」

 

その言葉と共に空気ががらりと変わる。

その場にいるのは確かにダンジョン、生と死をかけて冒険する場所。だが、リリルカにはそうは感じられなかった。あるのは飽和した殺気のみ。純粋な殺意のみがこの場を支配する。

こちらに向かってくるコボルトは確かに殺す気でいるだろう。

だが、それ以上に濃すぎるベルの殺気の前には全てが霞む。

 

「まずは今日始め御首だ。その首を置いてけ………なぁ、その首置いてけッ!!」

 

殺気塗れの笑みを浮かべ、ベルはコボルト達に向かって突撃する。

背に沿う形で大太刀を構えて前傾姿勢で駆けだし、コボルトがその爪牙をこちらに向けて振るうよりも先に抜刀し振り抜く。

高速の一振りはリリルカの目には見えなかった。

だから彼女がその結果を知ったのは崩れ落ちるコボルト達の身体とそれとは違う軌跡を描いて落ちる首を見たときだ。

一瞬して3体のコボルトの首を刎ね飛ばした。飛び散る血がびしゃりと地面に水音を立てる。

それを聞いてやっとリリルカは目の前で起こった事実を理解した。

 

「あ、えっと………………」

 

戸惑いを隠せず身体がふらつく。

そんな彼女にベルは振り向かずに話しかける。

 

「リリ、さっそくだけど魔石の回収をお願い。これから先はもっと逝くよ」

 

行くの字がおかしいのは聞き間違いだろうか。それは彼女には分からない。

ただ、その言葉がどういう意味なのか………それをはっきりと見せつけられることになった。

 

 

 

 飛び散る血、宙を舞う首、四肢がどこか欠損したり上と下で別れたり身体から真っ二つにされたりしているモンスター達の身体。

どこもかしこも死体だらけ。地面には血だまりが溢れかえり死体が足の踏み場をなくしている。

それが幾重にも幾重にも繰り広げられる。

モンスターは死ねば灰になり魔石だけを残す。だからその光景は直ぐに消える。

でも、リリルカの目には焼き付いてしまうのだ。そのあまりにも凄惨な光景を、そしてそれを引き起こしているベルの戦う姿を。

 

「はッはー! もっともっと来い! もっと首を置いてけぇえぇえええええええええええええええええええええええ!!」

 

ベルは上機嫌に叫びながらモンスターというモンスターの首を刎ね、袈裟斬りにして殺していく。身の丈程ある大太刀が振るわれる度に首が飛び血が噴き出す。

モンスターの群れの中を嬉々とした表情で駆けていく様子はまさに狂っているとしか言えない。

モンスターも当然攻撃してくるのだが、ベルはそれを紙一重で躱し攻撃し返す。

当然避けきれない攻撃もあり、それを防具を着けていない身体は直撃を受ける。

 

「この程度じゃ僕は殺せないぞッ!! もっと腰をいれなきゃね!」

 

だが、そのダメージなどベルは気にしていないのか無視しているのか反応などなく大太刀を振るう。反撃の刃が相手の身体を切り裂いたのは当然の結果である。

防具以前の話であり、傷らしい傷など出来ないのだ。

例え相手が『新人殺し』のキラーアントやウォーシャドウでも変わらない。

それどころかもっと酷くなる。

 

「わらわら出てきて実にいい! 手柄がもっと取れるのは嬉しいことだ!」

 

伸びてくるウォーシャドウの腕を掴んで引き寄せては頭突きや空いた拳を叩き込んで撲殺したり、キラーアントの鋼殻を踏みつぶして砕いたりなど、おおよそ普通の冒険者では出来ないようなこともやってのける。

戦う様子はまさに戦闘狂。血で真っ赤に染まるその身体は戦化粧。

まさに戦うための存在。

 それらの光景を見て冒頭に戻るわけである。

リリルカが予想していたことなどなかった。その強さに『ナニカ』などなかった。

使っている大太刀も合間に見せてもらったが、別段業物と言うほどでもない代物でオラリオの店に行けば2万ヴァリス程度で買えるものだった。

つまり目の前にある惨状は特別なアイテムを使ったのでも何でもない。

 

『ベルの素の強さ』によって引き起こされたものである。

 

だからこそリリルカは言葉を失い呆然とする。

当てが外れたとかそんなことなどどうでもよいくらい、それは信じられない光景だった。

地面一杯になる魔石の数にも圧倒されながら。そして納得する。

確かにこれなら防具など要らないと。モンスターの攻撃ではベルの身体に傷など付けられないのだから。

つまり一方的な虐殺。本人にその気はないだろうが、結果としてそうなる。

そしてモンスター達は愚かにもそれでもベルに襲いかかるのだ。悪循環としか言い様がなく、地面に転がる骸は数を増すばかり。

その光景に見入ってしまっていた彼女ではあるが、更にこの後驚くことになった。

彼女はそれを最初に見ていたはずだ。だが、その冒険者としての常識のせいですっかり抜けていた。

何故防具がなくて『鍋』があるのかということを。

 

「そろそろお昼にしようか、リリ」

 

返り血で真っ赤に染まった顔で笑みを浮かべつつリリルカの元に歩いてくるベル。

その手に持たれていたのは…………。

 

『この階層にいたコボルトの身体』

 

既に死んでいるであろうそれは力なく垂れ下がり、ベルに引きずられている。

 

「え?」

 

それを見たリリルカは怖いのもあるが、それ以上に間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 この後、彼女は未知の経験をすることになった。


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