カロスポケモン協会理事 ハチマン   作:八橋夏目

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一ヶ月半ぶりの本編更新という。
間が空いてしまって申し訳ないです。
番外編書く前に書き上げてはいたんですけどね………。


24話

 祝勝会&お疲れさま会をそこそこに早めに寝た次の日の朝。

 早く寝すぎたせいで早起きをしてしまった。

 時刻は午前六時を回ったところである。

 そういやここはプラターヌ研究所だったなと思い出しながら台所の方へ行くと、何か物音が聞こえてきた。

 

『あ、マスター、おはようございます』

「あ、ああ、おはよう………」

 

 まさかのディアンシーがせっせと働いていた。

 

「おっ、起きたようだな」

「ハチマン、おっそーい」

 

 そしてその相手はどこぞのじじいと孫だった。

 

「………朝っぱらから何してんの?」

「いやー、昨日のネタ晴らしをしようかと思って。本人から聞いちゃったかもしれないけど」

「ネタ? なんかあったか?」

「その様子じゃ聞いてないようじゃな」

「ユイさんがいきなり強くなった理由。聞いてないでしょ!」

 

 ユイ………。

 あー、結局昨日は聞くのを忘れてたな。俺も疲れてたし、それどころじゃなかったもんな。

 

「コルニが何か吹き込んだのは分かるんだが、具体的に何したんだ?」

「あたしが、というよりユイさん自身が、かな。ねえ、ユイさんのポケモンでバトルして捕まえた子っている?」

 

 ユイがバトルして捕まえたポケモンか。グラエナ……はポチエナの頃にガハママンが買ったとか言ってたし、ブリガロンはプラターヌ博士にもらった。これもある意味仲良くなって的な捕まえ方だ。んで、次がドーブルだったか? こいつも仲良くなったから連れてきたとか言ってたし、ウインディは自らユイをトレーナーに選んだ。ルカリオ……とグランブルはよく知らん。まあ、バトルしてのゲットではなさそうである。

 

「多分いねぇな」

「そう、いないんだよ」

 

 いないんだ………。

 

「不思議だと思わんか?」

「何がだよ」

「トレーナーになって二ヶ月立たない内にバトルしないで六体揃えるなんて、何かあると思わない?」

「………それ、イロハやコマチにも言えることじゃねぇの?」

「いやいや、コマチはカビゴンをバトルして捕まえてるし、オノンドやクチートもバトルして捕まえたみたいだよ」

「ほーん」

「イロハは今苦戦してるでしょ?」

「………何でそんなことまで知ってんだよ」

「一昨日、電話かけてきたから」

「ああ、そう………」

 

 一応電波の届くところにいるということか。

 でもまだ苦戦状態。お目当のポケモンは捕まえられていないということである。あるいは捕まえられないか。

 

「で? 六体全員バトルしないで捕まえたのがそんなにすごいことなのか?」

「そりゃそうでしょ! 野生のポケモンと仲良くなるのとか、すごく難しいんだからね! 縄張り意識が高いポケモンだっているんだから!」

「………なら、俺はどうなるんだ? 俺なんかリザードンもゲッコウガもジュカインもヘルガーもバトルして捕まえたわけじゃねぇぞ。なんならそこでお茶汲みをしているメイド服を着たディアンシーはどうなんだ?」

 

 つか、今気づいたけど何メイド服なんか着ちゃってんの?

 誰だよ、着せた奴。

 かわいいじゃねぇか。

 

『えへへっ、マスター似合いますか?』

「ああ、似合ってるぞ。超似合ってる。一家に一台ほしいくらいだ」

 

 なんか「うわー………」って視線を感じるのは俺だけでしょうか。

 

「で、話を戻すとお前さんがみそなんよ。お前さんという例外がおる。だが、あるいは同類やもしれん」

「同類? 俺とユイがか?」

「うむ、お前さん、波導は使えるか?」

「………はあ? 波導? ………おい待て。まさかユイが波導使いだとかいうんじゃないだろうな?」

「そのまさかなんよ。無意識ではあるが、心地のいい波導を出しているんじゃ。それに惹かれてポケモンが集まってきよる。特にルカリオとは波長が一緒なようでな。ほれ、昨日ルカリオが骨の棍棒をユイの胸から作り出したじゃろう? あれがその証よ。ルカリオ自身の波導に追加でユイの波導もかけ合わせる。それによって、強度が上がり威力も格段に上がるってわけなんだが………。お前さんたちはそれを壊しよってのう………。どんな激しいバトルじゃとハラハラしたわい」

「…………あー、なんか二本に折れてたな。ああ、なるほど。あれはルカリオ自身の波導で補強したってわけか。つーことは、だ。ユイの波導はルカリオ以上ってことか?」

「似たようなもんじゃろう。だが、今は自覚している。少しくらいならば操ることもできるんよ」

「操れるのか…………」

「ウインディが息吹を波導に昇華させたのも、あれユイさんが波導を渡したからだしね」

「波導を渡したからって、どうやってだよ」

「ウインディが技を昇華させる前、ユイさんが呼びかけたでしょ。あの後ユイさんはウインディに波導を送ったんだよ」

 

 えっ?

 あの後にか?!

 全く気がつかなったわ………。

 

「それで結局、お前さんは波導を使えるのか?」

「………それに関して言えば、無理だな。黒い波導ならいけなくもないが、あれを使えると言っていいものかどうか」

「黒い波導………」

「あくのはどうじゃな」

「ああ、俺はダークライの波導を纏うことで、あたかも俺が波導を使っているように見せることはあるが、実際に俺自身が波導を使った経験はない」

「じゃあやっぱりユイさんは本物なんだね」

「でなければ、アレを習得するのは無理じゃと言うておろう」

「………アレ?」

「ルカリオがユイさんの胸に手を伸ばして骨棍棒を作ったやつ。あんなことができるなんて十年に一人現れるかくらいの珍しい事なんだから」

「へぇ、ならコルニはできないのか」

「うっ………」

「わっはっはっはっ! ありゃ、自身の体力をすり減らすようなもんなんよ。相当強い波導を持っていなければぶっ倒れてもおかしくはない」

「そらまたチート級の技術だこと………」

「まだまだ伸びしろがあると思うがの」

「まだ強くなるのかよ」

「でもユイさん、基本に忠実なバトルばっかりだったからなー。基礎ができてるのはいいことなんだけど、その分読まれやすいし」

 

 まず基本ができてなかったんだから仕方ない。

 けど、昨日はもう二歩も三歩も上の段階へと進んでいたぞ。

 

「でも、ふたを開けてみればいろんな技術を見てきてたしねー。かくとうタイプの技を伝授するのと同時に、そこも磨いてみたらあんなに強くなっちゃったってわけ」

「ちなみにポケモンや技の出しどころはわしが立てた」

 

 ブイ! じゃねぇよ、二人とも。

 

「………ま、なんにせよユイが自分に自信を持てたんだ。そこは感謝してる」

「「ハチマンが礼を言う、だと………!?」」

「おい、お前ら。俺を何だと思ってやがる」

 

 こいつら…………。

 俺だって例の一つや二つ普通に言うわ。

 

「知ってるとは思うが、ユイは一人だけバトルが弱かったことにコンプレックス染みた感情を抱いていたんだ。一緒にポケモンをもらったイロハやコマチはあっという間に強くなってメガシンカも使いこなせるようになっていったし、俺やユキノみたいなのも周りにはたくさんいる。フレア団との抗争の時も何か自分もやりたいってのがにじみ出ていたしな」

「はれ? ハッチー? もう起きてたのー………?」

「ユイ………?」

『ユイさん、おはようございます』

「うん、おはよー………」

 

 ふらふら~とした足取りで目をこすりながらユイが起きてきた。

 ピンク色のパジャマの胸のあたりがなんともキツそうである。

 

「まだ眠いんだろ。ほれ、こっち来て寝てろ。膝かしてやるから」

「ふぁ~い………」

 

 食卓を囲んで話しているため、空いている横の席にユイを手招きし、座らせた。

 そして、頭にそっと手を添えて軽く引き、俺の膝の上にダイブさせ、そのまま頭を撫でた。

 

「………何にせよ、こいつが自分に自信を持てたのは二人のおかげでもある。ありがとな」

 

 すやすやと早速寝息を立てるユイの髪を梳きながらそう言うと二人が目をぱちくりとさせてくる。

 

「………おじいちゃん、やっぱりこの男たらしだよ」

「憎いがたまに見せる笑顔の破壊力がヤバいのう………」

「おまたせしました、コンコンブルさん。量が多くて………おや、ハチマン君。おはよう、珍しいね、君が早起きなんて」

「昨日はくそ早く寝たんでな」

「昨日は相当疲れてたもんねー」

「そうだ、プラターヌ博士。ハチマンにも見てもらったらどうだ?」

「そうですね、お願いしようかな」

「………何をだよ」

「ゲンガーについての論文だよ。これまでふゆうとされてきた特性が実はのろわれボディの可能性があるっていうね」

「まとめるの早くないか?」

「可能性だからね。実際はどうなのか、これから調べていくところだよ」

「なるほど」

「それとメガシンカについてもまとめてみたんだ。君やエックスが何度もメガシンカさせてるおかげで新たな提言ができるよ」

「複数同時のメガシンカか。現在の提言をよく読めば引っかかることだったろうに」

 

 渡された資料に目を通していくと、細かくゲンガーの詳細が書かれていた。恐らくオーキドのじーさんたちと情報を共有し、図鑑説明などの情報を得たのだろう。加えてここ最近上がってきているという噂や今回のリーグ戦で見受けられた効果が書かれている。

 一方、メガシンカについてはエックスと俺が行った同時メガシンカについて書かれており、またメガシンカの原理についても再度書かれていた。加えて俺がカロスに来た頃に話し合った二つの石の存在意義についても書かれているという、さすがポケモン博士と言わざるを得ない出来栄えだった。

 

「ま、いいんじゃねぇの。そもそも論文なんて書いたこともないんだから批評のしようがないし」

「いや、君は両方に居合わせているからね。ゲンガーについても君が感じたことと違えば教えてほしいし、メガシンカについても君と話したことが大いに含まれている。だから君に見てもらう事は案外理にかなってるのさ」

「さいですか………」

 

 なんかこれそっち側に引き寄せられていないか?

 俺は研究職に就く気は全くないぞ。

 フラグを立てるようなこともしたくないので、変な考えを振り払うため、まだお団子にしていない茶髪に指を入れて梳いていく。女性というのは髪型一つで雰囲気がガラリと変わるからな。ユイも伸ばしたままだと普段からは想像できないおしとやかな雰囲気を醸し出している。

 まあ、明るいユイもこういう静かなユイもどっちもかわいいのだが。

 

「強いて言えば、同時にメガシンカを行うのにはトレーナー側も相当負担があるってことだな。頭痛が激しくなる感じとでも付け加えとけばいいんじゃね?」

「………なんて適当なの」

 

 や、可能性ばかり書かれてるからな。やはり実体験の話も盛り込んでおくべきだろ。

 

「…………もう一ついいか?」

「ん? 何か問題でも見つけたのかい?」

「や、このヒャッコクの日時計ってなんだ?」

 

 終わりの方に見つけた一つの項目。

 聞き覚えのない名前に、つい気になってしまった。

 

「ヒャッコクの日時計を知らないのかい?」

「知らん。ヒャッコクってところにまだ行ってねぇし」

「………そうだったね。結局カロスの西側にしか行ってなかったんだったね」

 

 それな。ほんとそれ。

 何やかんやで結局カロスの西にしか行ったことがない。行ってもクノエの病院(北)と終の洞窟(東)………とポケモンの村とかいうところ。ポケモンの村に関してはセレビィに飛ばされていたため、具体的な場所を知らない。

 ………仕事やめようかな…………。俺全然カロスを知らねぇじゃん。それでポケモン協会のトップって大丈夫か?

 

「ヒャッコクシティには日時計というオーパーツがあるんだけど、フレア団が最終兵器を起動してから変化が見られてね」

「変化?」

「うん、毎日決まった時間になると輝き出すんだ。そして呼応するかのようにカロス各地でも光を発するものが現れる」

「………それがメガストーンだというのか?」

「そう! そこにも書いてある通り、各地で輝き始めるのはメガストーンさ。そして、キーストーンも光を発する。尤も、こっちはメガストーンまで導く光だけどね」

 

 ヒャッコクの日時計、オーパーツか。

 キーストーンやメガストーンに関係する、要するにメガシンカに深く関わっている代物。

 

「へぇ、まあ覚えておくわ」

「それで、今回は何を抱えておるんじゃ?」

「………なんだよ、いきなり」

「惚けおって。昨日のリザードンが異常だったのは明らかなんよ」

「…………俺とリザードンは一種の薬物中毒なんだよ。詳しいことはまだ思い出せないが、な」

 

 嘘。

 思い出した。

 夢のおかげで『レッドプラン』、俺がその被験者になった原因である『プロジェクトM’s』がどういうものだったのか、もう知っている。そして、俺と『プロジェクトM’s』を企てる要因になったミュウツーとの初戦闘も、な。

 ただ、イッシュ建国の話の関連性が全く分からないままだけど。

 

「………あなた、思い出したの……………?」

『ユキノさん、おはようございます』

「ええ。おはよう。それとユイはこなかったかし………寝床を変えたのね…………」

 

 ユイを探して起きてきたのか。

 またタイミングがいいというか悪いというか。

 

「思い出した………? それってどういう………あっ!」

「どこまで思い出したのかしら?」

「………ロケット団残党の討伐部隊編成後しばらく……ってところだな」

 

 別に嘘ではない。

 まだ事件の収束がどういった形だったのかなんて思い出してもいないのだから。

 

「そう、事件収束まではまだまだ先のようね」

「へぇ、やっぱ時間かかったのか」

「ええ、ただあなたにとっては特に重要な記憶になるでしょうね」

 

 いや、もう充分すぎるくらい重要なんですけど。

 というか、今の俺のすべてがそこにあったって感じすらしている。

 

「そういえば、ユキノ。いつの間にユイに飛行技を教えたんだ?」

「ユイがシャラシティで鍛えてる時だけれど。私が教えたのは技のコツとか、あなたが実際に使っている様子とかくらいよ。技の根本的なことは確認してくるくらいだったわ」

 

 つまりは他の誰かが技自体を教えたという事か。

 イメージを実現するためにも、技を知っているユキノに聞いたってところだな。

 

「ふっふっふっ、これはなーんだ?」

「おいこら、待て。なぜあんたがそれを持っている。しかもそれって初回限定版じゃねぇの?」

 

 じじいが不敵な笑みを浮かべてあるケースを出してきた。

 表紙が見たことのあるアニメキャラ。

 何を隠そう俺たちが飛行技として取り入れたアニメ作品のDVDボックスである。

 

「お前さんのバトルを見て、元ネタを探して中古で買ったんよ。わしらはかくとうタイプを専門としているが、わしのヘラクロスは空を飛べなくないからのぅ。使えないかと思ったんよ」

 

 このじじい………。

 フットワークが軽いっつーか、なんつーか。

 

「ふっふっふっ、これはなーんだ?」

「お前もか、コルニ。今度は一体……………ルカリオの剣技か」

「これ、主人公がイケメンだよねー。どこぞの誰かさんと違って。似たような種族なのに」

 

 似てるとはどういう意味だ。

 昨日のマントとかのことか?

 別に全身黒ずくめの縦なし片手剣を目指してるわけじゃないんだけどな。

 どっちかっつーと犯罪ギルドの長の方が合うんじゃね?

 …………自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「要はお前らがユイにいろいろ教えたわけだ」

「当ったりー!」

 

 はあ………、現ジムリーダーと先代ジムリーダーに俺のありとあらゆる戦術を叩き込まれ、あまつさえユイ自身の能力も開花させられてるとは………。

 バトルした俺も驚きだが、一番驚いているのはユイ本人だろうな。自分がそんな能力を持っており、鍛え方次第で俺たちを苦しめるバトルをとれるようになるなんて、想像できたとは思えない。

 

「………全く、あなたが周りに与える影響がここまで大きかったなんて。誰が想像できたでしょうね」

「何でそこで俺なんだよ」

「あら、自覚なしなのかしら? ユイがここまで強くなれたのもイロハやコマチさんが急成長の真っ只中なのも、何なら私や姉さんが今ここにいるのも、全てあなたが影響しているのよ」

「さいですか。まあ、ユキノについては否定しないが」

「………どうして私だけ否定しないのかしら?」

「だって、出来もしない潜入捜査をしてまで俺を探しに来るわ、サカキと飛空挺でバトルしてる時も俺の背中から離れないわ、その後も俺に付き纏って一日中監視してるわ、ロケット団討伐部隊編成の時にいなかったからって必死に探し回るわ、ミュウツーに襲われて俺一人残ると言い出したら聞かなくなるわ………」

「もういい! もういいからそれ以上口を開かないでちょうだいっ!」

 

 あらら、顔真っ赤に染まっちまって。

 

「ええそうよ! 以前話したかもしれないけれど、ずっとあなたを追いかけてたわよ! 三冠王とか言われるのもただの副産物よ!」

 

 副産物って………。

 ついでに参加したら優勝しましたってどんなぬるゲーだったんだよ。他の参加者がかわいそう過ぎるだろ。

 

「でもその全てが消えてしまうのは、とても辛いことよ…………。顔も声も仕草も同じなのに、全くの別人がそこにいるような感覚で………。まだ思い出していないでしょうけど、あなた最終的に全ての記憶を、失くしてしまうのよ………」

 

 ………やっぱり、そうなのか。

 薄々そうなんじゃないかとは思っていた。

 

「………なあ、重要ってやっぱりそれも含めて、なのか?」

「ええ、そうよ! なのにあなたと来たら、何度も記憶喪失を味わわせて! 本当に悪いと思ってるのかしらっ?」

「イ、イエス、マム………」

「だったらここに誓いなさい! ヒキガヤハチマンはこれ以上記憶を失いませんと。さあ、早く!」

「ちょ、それ、ダークライ、死んじゃう………」

 

 ヤバい、目がマジだ。

 

「大丈夫よ、代わりに私の消し去りたい記憶を与えればいいわ」

「んな無茶苦茶な………」

 

 あ、さすがにダークライも嫌なのね。ダークボールが異様に反応を示したぞ。

 

「ダークライも拒否してるぞ」

「だったらあなたがゆめくいを覚えなさい」

「それこそ無茶だ………」

 

 どしたー?

 なんか段々と雲行きが怪しくなってきたぞ?

 まさか夢でその時のことを見たとか………?

 …………あり得なくもないな。

 

「………なあ、まさかとは思うが夢に出て来た、とか?」

「ッ?!」

 

 図星か………。

 

「分かった、悪かった。お前の気も知らないでずっと辛い思いさせて悪かった。なるべく記憶喪失にならない範囲でやるから」

「………約束よ」

「ああ」

 

 まあ、流石にな?

 目の前かどうかは知らないが記憶を失ったところに出くわすのは辛いよな。

 俺も分かってはいるが、やらざるを得ない状況が来るもんだから仕方ないといえば仕方ない。

 ただやはりフレア団事件の後に記憶喪失のフリをしたのは軽率だったと思う。当のユキノが思い込みで先走ったというのもあるが、早くに解いてやるべきだったのだろう。

 

「………俺ももう大事な記憶を失いたくねぇよ」

 

 それに俺自身、ユキノたちとの思い出を大事なものになっている。失ってしまえば俺は何も思わないだろうが、そんな俺を見たこいつらの悲しい顔を見たくない。

 俺のため、というよりもこいつらのためにも、俺はもう記憶を失いたくないのだ。

 

「……え、えーと、さすがに目の前でラブコメ展開を見せつけられるのは少々というか、かなりハードル高いんですけど…………」

「いやー、青春じゃのう」

「うーん、今日もとても平和な一日になりそうだ」

 

 あ、そういや三人がいるんだった。

 男二人のニヤニヤ顔が腹立つな………………。

 って、こんな朝っぱらから電話かかってきたし……。

 

「…………はい? もしもし?」

『やあ、ヒキガヤ』

 

 ハヤマかよ。

 あれ? つか、何で俺の番号知ってんの? 俺の個人情報駄々漏れ? ロケット団にはすでにブラックリストに登録それてるし、仕方ないのか?

 

『俺、好きになったみたいだ』

 

 ピッ!

 つい無言で切ってしまった。

 まあ、いいだろ。変なことを言い出すあのイケメンが悪い。俺はホモじゃない。

 

「また鳴ってるよ………?」

 

 なんだよ、またかけてきやがったよ。

 やだなー、出たくないなー。

 

「出ないの?」

 

 やめろ、コルニ。

 それを言われると出ないといけないみたいな空気になるじゃねぇか。

 

「俺にそっちの趣味はないんだが?」

『誰もヒキガヤを好きだなんて言ってないじゃないか』

「紛らわしいことを言い出すお前が悪い」

『はははっ、それは悪かったね』

「で、誰が誰を好きになっただって?」

『俺がユミコをだよ』

「ああ、そう。よかったな。んじゃ」

 

 超どうでもいい。

 そんなことをいちいち報告しないで頂きたい。

 何でハヤマの恋事情を知らなきゃならんのだ。しかもこんな朝っぱらから。

 

『ちょっと待ってくれ! 俺はこれからどうすればいいか、教えてくれ! ユキノちゃんやユイやイロハに好かれている君なら、この先どうすればいいのか分かるだろ?』

「はっ? や、知らねぇよ。俺はお前じゃないんだし。そっと抱き寄せて耳元で『愛してる』って言えばイチコロなんじゃねぇの?」

 

 知らねぇよ。

 ミウラもお前のこと好き好きオーラ出してたんだから、告っちまえば万事解決だろ。

 

『分かった!』

「待ちなさい、ハヤマくん! この男の言葉を間に受けてはダメよ! 女心はとても繊細で複雑なのだから、もっと正面からぶつかってみなさい! それと自分の言葉で言うこと! いいわね! ハヤト!」

 

 むっ?

 なんか勢いに任せてハヤマを名前で呼んでなかったか?

 

「あ、なんか今最後ハチマンの顔が苦い感じになった」

「ほう、嫉妬か? 他の男をつい名前で呼んでしまった正妻に嫉妬か?」

「ん、んなんじゃねぇよ! ただなんかハヤマだけはどうしてもイラっとくるんだよ!」

 

 なんかこうイラっとくるんだよ。

 

「あら、ハチマン。嫉妬してくれるのね」

 

 嫉妬、嫉妬ね…………。

 まあ、間違っちゃいないだろうけど、でも何か違う。

 うん、ハヤマだからってことにしておこう。

 多分、他の奴じゃこんな感情は湧かないし。

 

「…………ヒッキー………んにゅ…………」

 

 ふぅ、この柔肌は落ち着く。

 こんなんでも昨日は俺に食らいついてきたんだもんな―。

 成長する者は先が見えねぇけど、楽しみではある。

 

「………なあ、ユキノ。これ、何かあったらユイに渡しといてくれねぇか」

 

 そうだな。忘れないうちにこれを渡さないとな。

 ユイが使えるかは未知数だが。

 でも今のユイならいけるはずだ。ユイはそれだけ力をつけた。自分の弱さを認めた上で強くなった。だから強い。俺はそこに賭ける。

 

「これは………」

「えっ、ちょ、ハチマン、正気?」

「正気だ。なあ、博士。これも『継承者』としての役目だろ?」

「うむ、お前さんが認めたものに渡すのも道理というものよ」

「ちょ、おじいちゃんまで!?」

 

 いいんだよ、コルニ。

 

「………本当にいいのね?」

「ああ、俺はユイの可能性に賭ける。この先、何が起きるか分からない。ただ言えるのは俺はその時、ユイたちを守れる余裕がない可能性があるってことだ」

「…………分かったわ。私も自分の役目を全うする時、みんなの側にいられないもの」

 

 いられない、か。

 もう決定事項なんだな。

 ……………ハルノが言っていたようにユキノが俺たちの暴走のキーになる。それをこいつは知ってしまったのかもしれない。

 

「ふぁ〜あ………む?」

 

 また誰か起きて………ヒラツカ先生か。

 今日も今日とて寝起きは無防備だこと。何だよ、タンクトップに短パンって………、ユキノが泣くぞ?

 

「ヒラツカ先生、おはようございます」

「ん、ああ、おはよう………」

 

 髪もボサボサだし、腹は掻いてるし。

 だから結婚できないんじゃ……………。

 

「シズカ君、おはよう」

「んあ、プラターヌ博士、おはようございます。なんか朝から賑やかですね」

「ちょっとコンコンブル博士に論文のチェックをお願いしようとしてたんだけどね。ハチマン君が起きてきて、みんなぞろぞろと」

「珍しいな、ヒキガヤ。君が早起きとは」

「昨日早く寝たんでね。身体が起きちまったんすよ」

『お茶をどうぞ』

「おお、気が利くな、ディアン……シー……………おい、ヒキガヤ。君はいつから変態に目覚めたのだ?」

「変態確定かよ。俺じゃないっすよ。かわいいけど」

「わっはっはっはっ! さすがはハチマンの恩師じゃ。率直に言うのう」

「どこぞの捻くれ者よりマシでしょう?」

 

 おい、寝起きで俺を罵倒とかさっきまでの眠そうな顔は何だったんだよ。

 

「ま、かわいいのは確かだ」

「先生も着ます?」

「……………………ジョギングでもしてこようかなー」

 

 逃げた。

 長い間は何だったのだろうか。

 自分がメイド服着てる姿でも想像したのだろうか。

 というか、先生のメイド服姿か……………痛いな。スタイルはいいんだけど。

 せめてロングスカートじゃないと、ミニスカでフリフリとか胃もたれしそうだ。

 

「あなた、カウンターが使えたのね」

「なわけあるか………」

 

 誰がポケモンだ。

 俺は人間だっつーの。

 




小町の誕生日ということで一日早めの投稿でした。でも今回小町が全くでないという………。
ごめんね、小町。

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