「なるほどねー。ゲッコウガにはそんな力があったのか」
よかった。まずはゲッコウガの現象について理解してくれたようだ。
「君たちはゲッコウガについてどう思ったんだい? 近くにいた君たちの意見も聞きたいな」
「あ、あたしたち、ですか………?」
「うん、僕はハチマン君とゲッコウガがどんな経験をしてきたのか見てないからね」
「って言われても……」
「コマチたちの知らないところでゲッコウガがパワーアップしてましたし」
だよなー。
肝心な時って俺たちしかないかなったし。
「………フレア団、でしょうね。私たちがフレア団に初めて襲われた時、ケロマツはゲッコウガに進化していました」
まあ、ユキノは導き出せるか。
「ケロマツがゲッコウガに? ゲコガシラじゃなくて?」
「二段階進化だ。そもそもケロマツはあんたからもらう時点で進化を拒み続けていたんだぞ? すでに進化のエネルギーはあったんだ。けど、フレア団に囲まれた時にはさすがのケロマツにも限界がきた。だから進化した」
「で、でもそれじゃどうしてゲッコウガに………」
愚問だな。
進化を拒み続けていたケロマツだぞ。
「………あなたとの旅は刺激がたくさんあった。バトルもより強いポケモンを相手にすることができた。だから進化のエネルギーをさらに蓄えることができていた」
「……そういうことだろうな。俺もゲッコウガじゃないから実際のところは分からん」
それにユキノやカワサキという強いトレーナーと戦うことができた。それを経験した上でのフレア団に襲撃されたんだ。進化のエネルギーを蓄えることくらい容易なことである。
「そうだとしても、やはりあのケロマツがあっさり進化を受け入れるとは思えないな………。ハチマン君、進化の時に何かしたかい?」
進化に?
何かしたっけ………。
メガシンカもどきは秘薬を与えたが、進化に何かした記憶はない。記憶がなくなってるってわけでもないし。
「………うーん………、あー、ここがお前の限界なんじゃねぇのってことは言ったな。あとは別に姿が変わっても俺はお前のトレーナーだとか言ったような気はするが。そんくらいだな」
進化しても扱えるのか心配してやがったしな。案外、最初のトレーナーがトラウマだったのかもしれない。
「………これ、だろうね」
「これですね」
「たはは、やっぱりヒッキーはヒッキーだ」
「先輩、口説いてるんですか? ごめんなさい私BLに需要を感じる派ではないのでこればっかりは受け入れられないです、ごめんなさい」
「や、俺もねぇよ。そんな需要」
BLとか誰得だよ。しかも人間とポケモンって。種族からして違うぞ。
あ、一人腐った人がいたな。けど、あの人にも需要はあるのか?
「はぁ………、これだからごみぃちゃんは。自覚が足りなさすぎるよ」
「な、なんだよ………」
自覚って何を自覚するんだよ。
そして、なぜみんなしてため息を吐く。
「あなたの一言でゲッコウガは進化を受け入れたのよ」
「や、まあそうだろうけどよ」
それはまあ、そうだな。
そこを気にしてたみたいなんだし。
「そうじゃないわ。あなたが言っているのはゲッコウガになる進化。私たちが言っているのはメガシンカも含めてよ」
はっ?
「………はっ? えっと、ちょっと待てよ? そうなると俺がどんな姿でも受け入れるなんて言ったから、あの姿にもなれたってのか?」
まさかのそこにもなのか?
まあ姿が変わるってとこは同じだし、考えられなくもないが。だからって、なー。
「きっかけ、と言う意味ではね。あなたの言葉がなければゲッコウガは姿を変えることでさらなる高みを目指せるなんて発想にも行き着かなかったでしょうから」
「おいおい、マジか………」
「メガシンカに必要な確かな絆。きっとそこで強固な絆になったんだろうね」
絆、か。
俺の一言でゲッコウガも俺に歩み寄ってきたってことか。元々自分から俺を選んできたようなポケモンだ。俺が背中を後押ししてやれば、それだけで何でもできてしまうのかもしれない。………というかすでにあのバトルの度にやる一発芸とか、俺が受け入れてるからという可能性もある。
ったく、どんだけ俺のこと好きなんだよ。逆に恥ずかしいわ。
「視界と感覚の共有も君と共に在りたいと思った証かもしれないよ」
視界と感覚の共有………。
ーーードクン!
「ぐ、あ………!」
「は、ハチマン?!」
「お兄ちゃん?!」
「ヒッキー!?」
「先輩!?」
「ヒキガヤ!?」
ぐ、あ………。
なん、で、このタイミングで…………。
「………っ、はあ、はあ………」
はあ………はあ……っ!
「だ、大丈夫かい!」
「あ、ああ………すまん………」
くそっ、めちゃくちゃ頭が痛ぇ。
なんだよ、これ。かち割れそうなんだけど。
「……ライ」
「ダークライ……」
この野郎。
なんで今回は今なんだよ。
いつもは寝てる時なのに。
おかげで頭がパンクして、オーバーヒート起こしてんぞ。
「この、タイ、ミング、で、記憶を、戻、すな………。起きてる、時に、戻されると………んくっ、情報処理、が、追いつかなくて………はあ……はあ……、頭がパンクして、かち割れそう、なんだっつの」
頭が痛すぎて立っているのも怠くなってきた。
取り敢えず、本能に身を任せて、楽な体勢を取る。まあ、地面に横たわるだけなんですけどね。
「……消えた」
「逃げたのかな………」
「それよりも。あなた、記憶が戻ったの?」
「…………チャンピオン、だった、ハルノさん、とのバトル、とその前後だけ、だけどな」
「そう、少しずつでも記憶が戻るってことが分かっただけでも一安心だわ」
「ダークライが記憶を戻す時は奴の気分次第だからな。あるいはその時の状況に合わせてってことも有り得るが」
「あ、じゃあ、あの時のリザードンのやつも何か分かります? メガシンカっぽいやつ」
メガシンカ。
おそらく言いたいのはハルノさんとのバトルの最後で見せたあの姿のことだろう。
なんてことはない。あれは単なる未完成のメガシンカだ。
「いつの話なんだい?」
「五年くらい前だっけ?」
「ということは僕とハチマン君が出会った後くらいになるのかな?」
多分そうなんじゃねぇの?
あんたとの記憶なんて、こっちに来てからのしかないし、俺に聞かれても困るんですけど。
「あれ? でもキーストーンはイロハさんに渡してて持ってないんじゃ………」
「ですです。私、先輩の卒業試験の時にもらってますよ」
「となると、まさかもう一つ手に入れた?」
「………ハチマンだから有り得なくもないわ」
「たはは、ヒッキーだもんね。ちょっとやそっとの有り得ないことは普通に有り得そうだよ」
確かに、キーストーンはない。
メガストーンの方はあのバトルが終わった後に、コンコンブル博士と話して、去り際に落とした。それは間違いない事実だ。だが、キーストーンは持っていないのだ。それっぽいものをあの時点では持っていない。おそらく過去に手にしたのはイロハが持っているキーストーンのみ。
ただ、一つだけ。考えられることはある。
「………俺の腹」
「ッ?! ま、まさかその頃に何か拾い食いを」
「んなわけねぇだろ。……くっ」
「きゅ、急に動いちゃダメだよ!」
少し頭痛も治まってきたので、いい加減痛くなってきた背中を解放させるために、重い体をゆっくりと起こした。
そこに背中を支えるようにユイの手が割り込んでくる。
なんか介護されてる気分だわ………。
「はーちゃん、だいじょーぶ?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
ケイカが心配そうに俺の顔を覗き込んできたので、優しく頭を撫でてやる。すると気持ちいいのか、だらしない顔になっていく。
「あの頃の俺にメガシンカの概念はない。だから意図せず使ったことになる。しかも俺の腹にはキーストーンと同じような波長を出す何かがあるんだろ? いつからそんなものがあるのかは知らないが、あの時点ですでに腹の中にあったっておかしくないんじゃねぇの?」
実際、メガシンカさせられるだけの効力があるみたいだしな。キーストーンを飲み込んだと考えてもおかしくはない。
しかし、石だぞ? 誰が好き好んで口に入れるんだよ。
「それは、そうかもしれないけれど」
「ついでに言えば、あの時俺の視界はリザードンのものになっていた。感覚的にもゲッコウガの時と似ている」
「ゲッコウガと同じ現象っ?!」
「つまり、メガシンカの未完成形、そう言いたいのね?」
「ああ、メガシンカにはそれなりの覚悟が必要だ。なら、あの時の俺には、俺たちにはメガシンカの概念すらなかったのだから、覚悟も何もあったもんじゃない。だから完成形には至れなかった」
これまでメガシンカを使ってきて分かってきたことがある。メガシンカを正しく理解していなければ使うことはできない。なら校長は? となるが、あの人の場合、メガシンカという概念がなかっただけで、二つの石を用いた強化という認識は持っていた。だから、使えたのだろう。
そして、俺はというと何が起きているのかさえ、理解できていなかった。というかもうかが異常に発動したとしか認識していない。だから完成形に至ることはできなかったのだ。暴走させなかっただけマシとしておこう。まあ、ある意味暴走状態だった気もしなくはないが。
「………ま、話を聞く限りではそうかもね。それよりもあんたの身体の方が不思議すぎて聞きたいことばかりだけど」
「こればっかりは俺にもさっぱりだ。一体俺の旅では何があったんだろうな」
「ま、まあ、取り敢えず。ハチマン君の凄さは分かったよ。ゲッコウガとリザードン、二体の現象についてはもっと調べてみる必要がありそうだね」
「メガシンカって奥が深いですね」
「なあ、カワサキ。そういや、お前はなんでZ技について知ってたんだ?」
「これ」
唐突に聞いてみるとカワサキはズボンのポケットから何かを取り出した。
見せられたのは…………ナニコレ。台座?
「Zリング。んで、真ん中に嵌ってるのがZクリスタル。あたしが持ってるのはひこうタイプの技をパワーアップさせるZクリスタルね」
「ん? ………ちょっと見せてもらってもいいか?」
「はい」
……………。
この台座に嵌め込まれたクリスタル。菱形だ。
そして色。空色である。
色は違えど、俺はこの菱形のものを知っている。
ダークライからもらった黒いクリスタルだ。あれも菱形であり、ダークホールを強化した。形、効果共にZ技の概念に当てはまりそうである。
「いや、何でもない。それより、どうして俺とのバトルじゃ使わなかったんだ? 前回バトルした時といい、本気を出してなかったのか?」
「………たくないから」
「は?」
「だから使いたくないの! あんな、あんな変な踊り………ああ、思い出しただけで恥ずかしい………」
なんかカワサキが急に顔を赤くして踞りやがったんだけど。一体何があるというんだ、Z技ってのは。
「おい、ポケモン博士。Z技ってのは結局何なんだ?」
「よくぞ、聞いてくれた。Z技というのはアローラ「そこは聞いた」………まあ、ポケモンの技をパワーアップさせるものなんだけどね。その際にトレーナーとポケモンが同じポーズをすることで、ポケモンに未知なる力が溜め込まれるとされているんだ」
「同じポーズ? 必要あるのか?」
「詳しいことは僕も知らないよ。なんせ、僕はメガシンカについての研究者だからね。技に関してはノーマークだ」
同じポーズね。
同じ動きということで言えば、ゲッコウガと視界を共有している時の俺の動きもゲッコウガと似ていたらしい。無理矢理こじつけるとすれば、ここだろうな。
「………それがポケモンとトレーナーの絆の現れってことか」
「恐らくはね。カツラさんもどこまで知っていて君に話したのかは分からないけど、少なくとも技の強化、同じポースを取るということは理解しているんじゃないかな」
同じポーズを絆とすれば、ゲッコウガのあの現象も説明がつく。
となると、実際に見てみたいものだ。
「カワサキ、そのZ技ってのを俺に見せてくれないか?」
「………やだ」
「………けーちゃん、ゴーストとカゲボウズともう一体を呼んでくれないか?」
「うん! 分かった!」
仕方がないので、けーちゃんと遊ぶことにしよう。となればゴーストたちも一緒の方がけーちゃんも楽しかろう。快く引く受けてくれたし。
「ちょっ!? まっ!? ああああんた! いいいいきなりななな何言いだしてんの!?」
「なんだ? お前に断られたんだし、することないからけーちゃんたちと遊ぼうと思ったんだが」
んー? あれー? なんかさーちゃんが顔をさらに真っ赤にさせて叫んでるぞ?
「分かった! 分かったから! Z技見せるから!」
「いいのか? 悪いな」
「くっ、この鬼畜………」
なんのことだろうなー。
「出たわ、人の弱みに付け込む汚い手法」
「自称ぼっちのくせにどこであんなテクニック覚えてくるんでしょうね」
知ーらない。
「ま、というわけだ。けーちゃん、ちょっと遊ぶのはお預けな」
「はーいっ!」
よしよし。
かわええのう、実にかわええのう。
つい、頭を撫でてしまうではないか。
幼女って恐ろしい何かを秘めてるよね。
「ゲッコウガもジュカインもバトルしたことだし……、ああ、ヘルガーのメガシンカを試してみるか」
折角メガストーンをもらったんだしな。試してみないと。
ボールからヘルガーを出すと飛びかかってきた。
お前、そんな懐っこい性格だったっけ? もっとキリッとしたクールな感じじゃなかった?
「オニドリル、あの鬼畜をぶっ倒すよ」
わぁ、激おこだー。
目が怖い。
ギロリと睨んでくる。イロハなんか怯え始めてるぞ。
「サキー、目が怖いよ………」
「ああっ?!」
「ひっ!?」
あちゃー、アホの子がツッコンじゃったよ。おかげで火に油を注いだ状態である。俺も煽りすぎたな。
「Z技〜、Z技〜。いやー、君達といるとほんといろんなものが観れて楽しいよ」
うぜぇ。
基本的にうざったい性格してるのに、さらに機嫌がいいと歌い出すとか超うざいんですけどー。
誰かアレをなんとかしてくれ………。
「ヘルガー、かえんほうしゃ」
全員俺たちから離れたのを確認して、バトルを始めた。
「オニドリル、ドリルくちばし!」
炎を吐き出し、高速回転しながら突っ込んでくるオニドリルに応酬するが、あの嘴の回転は炎をかき分けることができるようだ。小手先が器用というか、上手く技を使いこなしている。
「ほのおのキバ」
仕方がないので、炎を纏った大きな牙でオニドリルを受け止めた。
「ねっぷう!」
回転が止まる前に、翼から熱風を送り込んでくる。
ま、無駄なんですけどね。ヘルガーの特性はもらいび。炎はこいつの食料だ。
「効いてない………」
「アイアンテール」
オニドリルの回転が止まったところで、ジャンプしながら回り込んで、右翼を狙って鋼の尻尾を叩きつけた。
オニドリルはバランスを崩すも崩れることはなく、ヘルガーから距離をとった。
「オニドリル、ゴッドバード!」
旋回している間に大技の力を貯めていく戦法か。こっちが空を飛べないのをいいことに使ってきたのだろう。
だったらこっちもその時間を有効に使わせてもらおうか。
「ヘルガー」
博士からもらったメガストーン、ヘルガナイトをヘルガーに放り投げた。ヘルガーは口で受け取るとしっかりと咥え込む。
「メガシンカ」
ポケットから取り出したキーストーンとヘルガナイトが共鳴し出し、光と光が結びついていく。
光はヘルガーを覆い、姿を変えていく。
「今だよ、オニドリル!」
旋回してきたオニドリルが焦点をヘルガーに定めて再び突っ込んでくる。
だが、こっちも成功したようだ。
黒い身体には一際目立つ骨のような白い角がより強さを象徴しているかのように見える。
「れんごく」
口から炎を吐き出し、オニドリルを焼いていく。焼き鳥の完成である。
だが、それはゴッドバードのパワーには弾かれてしまったらしく、黒煙の中をくぐり抜けてきた。
「チッ、躱せ!」
やっぱ、無理か。
急所には入らなかったが、痛いダメージである。
「オニドリル、今度は全力でいくよ!」
カワサキがそう言うと、ヘルガーを突き飛ばしたオニドリルが再び旋回を始め、カワサキの元へと戻り始めた。
「ヘルガー、戦闘モードだ」
「ルガッ!」
黒い波導を身に纏い、戦闘態勢に入った。目の色が変わり、一瞬で周りの空気を凍てつかせる。
「ぶほっ!」
なんじゃい、あれは。
なんかカワサキが両手を広げて羽ばたくような仕草でしゃがみ込むとオニドリルも同じように地面に降り立ったんだけど。
そして左腕を天に掲げるように突き上げると、オニドリルも左翼を掲げ、上空へと一気に飛び上がった。
「ファイナルダイブクラッシュ!!」
ぶほっ!
技のネーミングもザイモクザかよ。
マジか。これは確かにカワサキが使おうとするはずがない。あんな恥ずかしがり屋が人前でこんなこと好き好んでできるわけがないよな。
「ヘルガー、あくのはどう!」
あっ………。
上空から落ちてきたオニドリルの勢いにかき消されちまった。
やべぇ、あんな恥ずかしい技だけど威力が半端ない。
並みの技じゃ押し返せないということか。技のパワーアップというのは、そのままの意で捉えていいみたいだな。
「ヘルガー!」
呆気に取られたヘルガーも身動きを取れず、そのままのしかかられてしまった。これはヘルガーの負けだな。
衝撃で煙が上がり、二体の姿が見えないが、ドサッと一つ地面に倒れる音がした。
「えっ?」
だが煙が晴れると倒れていたのはオニドリルとメガシンカの解けたヘルガーだった。
まさかのダブルノックアウト。
一体何を………、みちづれか?
こいつ、みちづれ覚えやがったのか?
「オニドリル!?」
「うぇっ? まさかのオニドリルも戦闘不能ですか?!」
「お兄ちゃん、一体何を命令してたの………」
「……ヘルガーで相打ち……、恐らくはみちづれでしょうね。でもあの様子じゃ覚えたてじゃないかしら」
「それって、ヒッキーは命令してないってことだよね」
「ええ、強力な技がヘルガーの成長に繋がったということね。全く、絶対何かしらの収穫してくるものだから、侮れない男よね」
ユキノの見解もみちづれということなので、恐らくはみちづれを覚えたということなのだろう。
また変な手数が増えちまったな。使う機会とかくるのか?
「何これ………、恥ずかしい思いして、結局相打ちって………」
あーあー、さーちゃんの魂が抜け始めたぞ。
「ヘルガー、お疲れさん」
ヘルガーをボールに戻すと、魂の抜けた抜け殻の元へと歩み寄った。握られたボールにオニドリルを戻してやり、カワサキの肩を揺さぶってみる。
起きない。
相当のショックだったようだ。
よし、仕方ないので、奥の手を使うとしよう。
「けーちゃん、ちょっとおいで」
「なーにー?」
ててて、と駆けつけてくれるけーちゃん。
いやー、癒される。欲しいくらいだわ。
「さーちゃんに抱きついてみ」
「ん? うん、さーちゃん! すきー!」
ぎゅうーっとけーちゃんが抱きつくとピクリと反応が返ってきた。そろーっとした手つきで右手が動き出し、小さな頭を撫で始める。「うへへへぇ」と涎を垂らしてそうな声にようやく戻ってこれたようだ。
「けーちゃん………」
「あ、さーちゃんもどってきた」
「ん、ただいま」
「ありがとな、おかげでZ技がどういうものかちょっとは近いできたわ」
「………ん」
なんかまだ覚醒しきっていないのかトロンとした目つきで、つい俺もさーちゃんの頭を撫でてしまった。
「うわ、なんですかアレ。なんか夫婦に見えてきましたよ」
「むー、ハッチー…………」
「うひょひょーっ。ついにサキさんも陥落しにかかったーっ!」
ちょっとー。
それ今カワサキが聞いたら一生戻ってきそうになるから控えようね。
「………羨ましい」
最後最後。
本音だだ漏れだぞ。
ま、何はともあれZ技というものが見れたんだ。
もっとゲッコウガの技にも注視していれば何か関係性が見えてくるかもしれないな。
「いやはや、まさかこれほどとは。Z技ってのはすごいんだね」
「それな」
それにしてもカワサキは一体どこでこんなものを手に入れたのだろうか。俺の知る限り、というか弟のタイシ曰く、家事で忙しく大会には全く参加してなかったらしいし。ってことは当然、他の地方へ出向く時間もないという意味でもあるわけだ。
うーん、謎だ。
「あ、え、ヒキガヤ………?」
「ん、ああ、悪い。つい、なんか手が出てたわ」
覚醒したカワサキが俺の右手に気がつき、頬を染め上げた。
「べ、別に嫌じゃないから………いいけど………」
そして、俺に聞こえるか聞こえないかのか細い声で、ブツブツと少々危険な匂いを言葉にしやがった。
あいつらに聞かれてなくてよかった。
「けーかもはーちゃんみたいなおにいちゃんがほしいなー」
おう、けーちゃん。これはもう合法だよな?
「おおおお義兄ちゃん?!」
「俺はいつでもオーケーだぞ。何なら今すぐ俺の妹にしたいまである」
「いいい義妹!?」
「ヒキガヤケイカ………、語呂は悪くないな」
うんうん、いい響きなまである。
「………ん? あれ? ヒキガヤケイカ?」
「ん? どした? 何か問題でもあるのか?」
なんかさっきまで顔を真っ赤にしていたのに、急にポカンとした表情に切り替わっている。
マジでどしたの?
「あれ? ああああたしとあんたが、けけけ結婚するってことじゃなかったの?!」
「はあっ? どうしてそうなる。俺は単にけーちゃんをヒキガヤ家に引き込もうとだな」
ちょいちょいちょい!
いつからそんな話になったんだ!?
俺はただけーちゃんを妹にしようとだな………。あ、でも確かに義妹にはなるわけか………おい待て。まさかそっちに捉えてたとかじゃねぇだろうな。
「それもそれで問題だらけだし………。なに人の妹をさらっと自分の妹に使用してんの」
「急に睨むなよ。ビビるだろうが」
「ああっ?」
「今度は威嚇か。よしよし、落ち着け」
「〜〜〜〜」
よし、これで大人しくなったな。
「はい、ストップー!」
「時間切でーす」
「………正妻は私よ」
ユイにイロハにユキノか。
すごい嫉妬の念を感じるんだが。
「おーおー、修羅場ですなー」
「コマチ、見てないで助けてくれよ」
「まあまあ、これもお兄ちゃんを思ってのことなんだから。みんなの愛をちゃんと受け止めないとダメだよ」
愛が重たい…………。
なんて口が裂けても言えない。
「………一番不思議なのってあんたたちの関係だよね」
うん、確かにそうの通りですね。
カワサキのボソッとしたツッコミにぐうの音も出なかった。
これまで金曜投稿でアップしてきましたが、平日の時間が中々この作品に当てられず、週末に書くことが続いています。
そこで、投稿日を金曜から日曜に変更したと思います。これがしばらくなのか作品が終わるまでずっとなのかは見通せませんが、引き続き当シリーズを楽しんでいただければ幸いです。