最初から変なタイトル話数ですが、お気になさらず。
「はあ………、何やってんだかなー」
カントーへ帰る飛行機の中。
横に座るユミコもトベもヒナも寝てしまい、俺は一人物思いに耽っていた。
失恋。
これがそれならばそうなのかもしれない。
だが、それもなんかちょっと違う気もする。
俺はずっとユキノちゃんにどうして欲しかったのだろうか。恋人になりたいだとか、結婚したいだとか、考えたこともない。なのに、何故かずっと心のどこかで執着していた。
原因は分かってる。スクール時代のあの頃だ。ユキノちゃんのオーダイルが暴走して、それを自分はどうすることもできなかったあの日。だが、まだあの頃は漠然とした感じだ。一番のきっかけはやはりあのバトルだろう。
校長とあいつのバトル。
あれをユキノちゃんと見せられてから、俺と彼女の関係は崩壊した。
それまでハルノさんの言いつけで二人してポケモンをもらった日から毎日バトルをしていたのに、それも途絶えて段々と距離を置かれるようになって。最後の学年なんて碌に言葉も交わしていない。卒業してからは俺も吹っ切れようと、彼女のことを忘れようとユミコたちと旅に出た。それまでもユミコたちとはよく出かけていたし、何気ない日常が楽しかったのは事実だ。ユミコがヒンバスと間違えてコイキングを捕まえたことも、いい思い出である。
旅に出てからはサイやエレンとブーの姉弟にも出会って、俺もどんどんトレーナーとして強くなれた。
だが一方で、何か物足りなさを感じている自分もいたような気がする。それが何に対してなのか、まったく覚えてないが。
思い返せば、それがユキノちゃんに対する感情だったのかもしれない。
「自分の感情ほど理解できないものはないのかもな………」
本当に俺はどうしたかったのだろうか。
他人なら言動を見ていれば、何となくしてほしいこととかが見えてくる。それに倣って俺も動けばいい。だが、自分の感情というものはなかなかどうして理解できない。素直じゃない、そういってしまえば終わりなのだが、本当に何をして欲しかったのか分からないのだ。
「だけど、あのカラマネロに乗っ取られている時、俺は確かにユキノちゃんを意識していた…………んだよなー」
機内の天井を見上げる。特に何もない、普通の天井。ああ、緊急時のマスクがあるか。まあ、それくらいしかない。
結局、俺はみんなに迷惑をかけてしまった。四冠王だとか謳われながらも、その実ただの十六歳の男子だったのだ。そこをカラマネロに突かれたと言っていい。
要するに俺の素はユキノちゃんと何かしたかったのかもしれない。というかただ話がしたかっただけなのかもしれない。
うわ…………、俺も人に顔向けできないくらいの変態じゃないか………。
「あいつが聞いたらさぞ喜ぶんだろうな………」
あいつ、ヒキガヤハチマン。
俺ができなかったオーダイルの暴走を単身止めた男。
俺と同じくリザードンを使う同級生、なのにすでにその時点で実力の差が見えていた。
もちろん嫉妬したさ。自分とあいつでは何が違うのか。その違いが分かれば、ユキノちゃんが距離を置いた理由も理解できるかもーーーなんて。実際はその後にバトルする機会が訪れたがコテンパンにされた。最後ーーー恐らくあれはメガシンカなのだろうーーーあの時点で高みへと登っていたのだ。
大いに嫉妬したさ。
何故あいつは強くて俺はこんなにも弱いのか。
その理由も後から見せつけられた。何故かあいつは全力の校長とバトルしていた。避難訓練とか言ってたはずなのに、あいつはゲンガーが教室に来た時点で動き出し、帰ってこなかった。そういえば、あの時ユイもいなくなってたな。…………そうか、彼女はすでにあいつを知っていたんだ。
校長とヒキガヤのバトルには何故かオーダイルまで参加していた。普通に言うこと聞いていて驚いたのを覚えている。
そしてーーー。
「ーーーまさか、あの時にはすでにダークライを連れていたなんて誰も思わないって」
そう、黒いポケモン、ダークライがいた。
出てきたのは最後だったが、見たこともないポケモンだったため、旅をしながらずっと探し回った。
ようやく答えに行き着いたのはシンオウ地方に行った時。リーグ戦の二冠王を目指してジム戦巡りをしていた道中、ミオシティの図書館に行った時だ。悪夢を見せるとされるポケモンがいるという写真付きのダークライについての詳細。そして、もう一体。対となるポケモンについても見つけた。
「はあ………、いつの間にかユキノちゃんがクレセリアを連れてるし………」
ダークライの悪夢を取り払う力を持つとされるクレセリア。
まるでヒキガヤとユキノちゃんの関係を見ているような、そんな感じがしてならない。
………はは、今でもちょっと嫉妬してるみたいだ。
ーーーああ、だから俺も伝説のポケモンを手に入れようだなんて考えに行き着いてしまったのかもしれない。俺も伝説のポケモンを手にすればあの二人に並べる、そう思ってしまったのだ。
いや、むしろ勝てるなんてことも思ったのかもしれない。意識的か無意識的なのか、操られていた時の感情なんてどっちが正しいのか分からないが、そんなことを思ってしまった時点で、あんな動きに出てしまったのだろう。
「自分が思ってるほど俺はできた人間じゃない、そう思っていたのに。まだまだ甘かったってことかな…………」
「…………ハヤト、はさ…………」
「ユミコ………?!」
もしかして………今の聞かれてたのか………?
「ハヤトはただあの二人に、認めて欲しかったんだと思う。気づいたらユキノシタと距離を置かれて、ヒキオには実力の差を見せつけられて。だから四冠王なんて称号を手にするまで足掻いていたし、あの二人に再会してからのハヤトは無理をしてるように見えた」
無理してた、か。
そう、なのかもしれない。
あのどこまで突き詰めても自分を見てくれないユキノちゃんと、そんな彼女にずっと見つめられているあいつに、見て欲しかったのかもしれない。認めて欲しかったのかもしれない。
は、ははっ、ただの構ってちゃんじゃないか。
ある意味ヒキガヤに抱きついていたハルノさんに近いかも…………。
「もういい。もう、いいんだよ。ハヤトはハヤトだし。それにヒキオは背負ってるものがデカイから強いんだし。あーしの知ってるハヤマハヤトは頑張り屋だから、頑張りすぎちゃうし。そろそろ力抜けし」
「…………俺はユミコが思ってるほど頑張り屋なんかじゃ………」
自分で言うのもなんだが、『ハヤマハヤト』というのは一つのブランドのようなものだ。昔から『ハヤマハヤト』を知っている者ほど、そのブランド力を認識している。
だからーーー。
「そういうとこ、ヒキオそっくりだし」
「うっ…………」
た、確かにその通りかもしれない。
あいつなら絶対しそうな思考回路だったな。まさか筒抜けだったとは。
「別にいつものかっこいいハヤマハヤトが好きだから一緒にいるわけじゃない。むしろあーしらにしか見せないハヤマハヤトが見てみたいし」
「…………ユミコ………」
あれ………?
なんかうるっとしてきた。
なんだろう……あれか? 柄にもなく感動している、のか?
「悲しいなら泣けし。悔しいなら叫べし。あーしは全部受け止める覚悟はすでに出来てるし」
………ごめん、『ハヤマハヤト』なんてブランド力を気にしていたのは俺の方かもしれない。
「………ありがとう、ユミコ。なんか、まだよく分からないけど、分かった気がするよ」
自分で言っててひどい言葉だと思う。
いろんな感情が渦巻いているし、頭の中はぐちゃぐちゃだ。だけど、それでも一つだけ分かったことがある。
卒業間際に校長から言われた言葉。
『お主は強い。強いが、脆い。何があろうとも決して大切なものだけは見失うでないぞ』
心を開けないままの自分とここまで一緒にいてくれた仲間がいるんだ。
強さだなんだ、そんなものは関係ない。
俺も、まあ時間はかかるかもしれないが、もっと自分をさらけ出してみよう。
「ユミコ………」
「ひぇっ?!」
お礼と言ってはなんだが、ヒキガヤがイロハたちによくやっていたみたいにユミコの頭を撫でてみた。
うん、なんとなく、ヒキガヤが頭をよく撫でる理由が分かった気がする………。
✳︎ ✳︎ ✳︎
いやー、これでお兄ちゃんも安泰ですなぁ。
コマチも一安心できるってもんだよ。
まあ、でも?
まさかお兄ちゃんがあそこまで強かったなんて知らなかったなー。
コマチの旅についてこなかったら、ずっとお兄ちゃんの実力を知らないままだったんだろうなー。それで帰ってきて、お兄ちゃんとバトルなんかした日には返り討ちにされるのが目に浮かぶよ。
お兄ちゃんのおかげ? で無事事件も解決して五日後。
コマチたちは二度目の旅に出ているのです。今はハクダンジムにいるよん。
なんかお兄ちゃんがねー、半年後くらいにリーグ戦するわ、なんて言い出すからさー。ユイさんとイロハさんと三人でもう一度ジム戦巡りをすることにしたの。コマチはもうバッジをもらってるからしばらくジム戦しなくてもいいだけどねー。でも、すでに事情を知ってるのかビオラさんが二つ返事で引き受けてくれちゃったから、やるしかないよね。
ハクダンジムジムリーダー・ビオラさん。この人も結構キテると思うんだよなー。コルニさんと並んで二大現地妻になりそう。
よし! コマチ、お兄ちゃんのために頑張っちゃう!
うぅ………、人のことばかり心配してないで自分のことも心配しなきゃ………。
昔からお兄ちゃんはかっこいい。それを誰も分かってくれないから、せめてコマチがお兄ちゃんに尽くそう。そう思ってたのに、いつの間にかお兄ちゃんがモテモテなんだよ?
嬉しいことだけど、寂しいのも事実。
口ではコマチを溺愛してくれてる………手癖も溺愛してるか………やっぱただのシスコンだね………。
でもなんだかお兄ちゃんが遠くにいるように感じちゃうの。
コマチはお兄ちゃんのこと大好きだし、お兄ちゃんもコマチのことが大好き。血の繋がった兄妹だから切っても切れない関係だけれど。やっぱりなんか遠く感じる。
もっと強くなって、お兄ちゃんたちに並べるようになったら、その時には近く感じられるのかなー。
「あ、タマゴが………」
お兄ちゃんからもらったタマゴが光りだした。
これって………。
「いよいよ孵化ね。ビオラ、貴重なシャッターチャンスよ」
「え、待って! カメラの準備準備!」
そう言ったのはビオラさんのお姉さんのパンジーさん。
お兄ちゃんとは、なんか怪しい関係の人。別に不倫とかそういう匂いではなく、なんだろう、同業者…………みたいな?
別に悪い人じゃないからいいだけどね。
「うわー、初めて見るかも………」
「これでコマチちゃんも五体目のポケモンを手にするのか。私も何か捕まえようかなー」
ユイさんもイロハさんもお兄ちゃんのことが大好きな人。
それぞれにお兄ちゃんとの思い出があって、今でも忘れられないんだって。
他にもユキノさんとそのお姉さんのハルノさんもそれぞれお兄ちゃんとの思い出があるみたいだ。
特にすごいのがユイさんとユキノさんだ。
ユイさんはスクール入りたての頃にお兄ちゃんと会話してるんだって。学年が上がるにつれてお兄ちゃんと喋らなくなって、ずっと寂しい思いをしてて。でもお兄ちゃんの卒業間際に久しぶりに喋って楽しかったんだって。
その頃にはもう落ちてたみたいだね。
そしてユキノさん。これまたすごいことに卒業してからのエンカウント率が高すぎる。追っかけといってもいい。それくらいお兄ちゃんと出会ってるらしい。そして、よく助けられたんだとか。
なのにお兄ちゃんったら、その全部を忘れちゃってるんだよ? まあ、仕方ないんだけどね。お兄ちゃんは自分の記憶を代価にみんなを助けてくれたんだから。
「………えっと、この子は……?」
「キバァ?」
タマゴから孵ったのはなんともかわいらしい、くりんとした目のポケモン。色は深緑色で牙が特徴的、かな。
「キバゴね。ドラゴンタイプのポケモンよ。うーんと、どうやらオスのようね」
キバゴ、ドラゴンタイプ………。
よし! 決まった!
「今日からよろしくね、キーくん!」
「キッバァ」
おうふ。
かわええのう、かわええのう。
おー、よしよし。
「なんかキバゴを抱くコマチちゃんの目が………」
「コマチちゃんを撫でてる時の先輩みたいですね………」
えへっ☆
だって兄妹ですから。
「お兄ちゃん、待っててね。コマチも強くなるよ」
寂しいなんて言ってられない。遠くに感じちゃうなんて言ってられない。
いつだってお兄ちゃんはコマチの側にいてくれたんだ。家を離れる前にはコマチが寂しくないようにってお母さんに何かお願いしてたし。そのすぐ後にカーくんがうちにくることになったんだよ? ポケモンの触れ合いイベントに行って、カーくんがほしいってコマチがおねだりしたら、お父さんが二つ返事で買ってくれたからだけど。よくよく考えればあの日あの場所に行くことになったのはお兄ちゃんの策略かもしれない。
おかげでコマチはお兄ちゃんがいなくても寂しくなかったよ。あ、いやでもさすがに一年くらい音沙汰なしだった時は寂しかったよ?
ま、帰ってきてからは基本的にずっと家にいた(たまに家を開けることはあったような気もする)から、あまり気にも止めなかったんだけどね。今にして思えば、あの空白の時間は事件に巻き込まれてたりしてたのかもしれない。
今回のことでよく分かった。お兄ちゃんは事件に巻き込まれやすい。それだけ裏社会というところで名の知れた存在らしい。コマチたちを危険な目に遭わないように気を配っていたのもうなずける。
だから今度はコマチがお兄ちゃんを守るよ! 今よりもっともっと強くなって、お兄ちゃんを守って見せるんだから!
✳︎ ✳︎ ✳︎
最近、というかカントーに帰ってきてからのハヤトがおかしい。
急に人間らしくなったというか、端的に言うとボディタッチが増えた。トベが肩を組んでも今までなら何食わぬ顔で腕を外していたのに、今では逆に組み替えしてるし。
あーしは飛行機の中で頭を撫でられて以来、よく撫でられるようになった。どこぞのヒキオみたいに裏があるのではないかって疑いたくもなるが、全くもってそんな気を感じられない。
なんというか、別に悪くない。なんか初めて『みんなのハヤマハヤト』じゃないハヤトに触れている気がする。
おそらくこれがハヤトの素。
まあ、これがハヤトの素っていうんだったら、結構な甘えん坊? なのかもしれない。
「と、ここだな」
ポケモン協会からハヤトの処分が下された翌日、クチバの母校にあーしらは来ている。本当に顔を見せるらしい。
「ハヤマです」
行く当てもないので取り敢えずついてきたものの。
あーしらは何を話せばいいのか、正直分からない。
別に校長との思い出があるわけでもないし、スクール時代にサシで言葉を交わした記憶もない。せいぜいあるのはハヤトくらい。
うーん………。
『入りたまえ』
「失礼します」
ハヤトがノックをするとドアの向こうから年老いた声が聞こえてくる。いつか聞いた校長の声。この半月でくたばっていなかったみたいだ。
「よく来たの」
「いえ、俺も校長先生にはお礼を言いたかったので」
「皆もよくきた」
「ども……」
「ちーっす! コウチョーも元気っすね!」
「どうもー」
校長に促されてソファーに座らされた。
いつからか、ハヤトの隣はあーしが陣取るようになっている。別に二人に遠慮されているわけではないが、自然と身体が動いてしまうようだ。習慣になってしまったのかも。
「して、お礼とは?」
「俺が卒業する時、校長先生に言われた言葉ですよ。『大切なものを見失うな』って。最近になって、その意味がようやく分かった気がします」
「そうか………、そうかそうか。それは何よりじゃ」
ハヤト…………。
あ、う……なに、ちょっとうるっとしてるし。
こんな一言でも感動しちゃうなんて、あーしもどうかしてる。ユイのことを棚に上げられないな………。
「あなたはすでにあの時、俺の危うさを見抜いていたみたいですね」
「いや、なに。お主だけは対照的だったからのう」
「対照的………とは?」
「うむ、ヒキガヤハチマン。あやつに心打たれた者の中では唯一お主だけが逆を向いていた」
まさかここでヒキオが出てくるとは。
ヒキオ………ヒキガヤハチマン………そういえば初めてフルネームを聞いたかも。特に目立つような男子でもない、至って平凡な奴。あ、でもあの目は悪目立ちしてもおかしくないか。
だがその中身はありえないほど強いポケモントレーナー。実際にあーしもコテンパンにされている。こっちだけフルにポケモンを出しても勝てない相手なんてハヤト以来だ。しかも最終的には伝説のポケモンを三体連れてたからね。もうその時点で規格外すぎる。
「それは……ユキノちゃん、のことでしょうか?」
ハヤトはあの一件以来、ユキノシタのことを昔の呼び方で呼ぶようになった。なんかムカつく。
ユキノシタユキノ。あーしが一方的に因縁を持っているハヤトの幼馴染。あーしらの学年ではハヤトに並ぶ実力だった。ま、あーしらが知らなかっただけでさらに強いのが一人いたんだけどね。
「あの娘もその一人ってとこかの。儂の孫娘もじゃし、あの、名前なんだったかの………もう一人、お団子頭の………」
ーーお団子頭。
たぶん、ユイのことだろう。
確かにユイはずっと誰かを見ていた気がする。気にもとめてなかったが、見てた先はやはりヒキオだ。
詳しいことは知らない。ネボリハボリ聞く気もない。聞いたら絶対あーしも何か言わされるし。だから聞かない。
「ユイガハマユイ、ですか?」
「おお、そうじゃ。あの娘もそのうちの一人じゃよ」
ユキノシタにユイにイッシキ。
結局三人とも今はヒキオの元にいる。何ならユキノシタは姉の方までいる。何なのあの姉妹。二人で同じものを好むとか、双子かっつの。仲よすぎでしょ。
「主らは知らんじゃろうが、儂の弟子二人も思うところがあったみたいじゃぞ。久しぶりに鍛えてくれ、なんて言われたのが懐かしいわい」
弟子………?
「弟子………とは、ヒラツカ先生とツルミ先生を指してらっしゃるんですよね?」
へー、あの人校長の弟子だったんだ。道理で強いわけだ。
ま、もっと驚きなのはあの保険医兼家庭科教師。
バトルしてるところなんて見たことないけど、強かったんだ………。なんか意外………。
「うむ、ツルミの方は娘もじゃがな」
「娘………、ああルミちゃんですね」
ルミ………?
ツルミルミ…………誰だっけ?
全然顔が出てこない。確かあっちにいた時にやってきたスクール生の中にいたはず。
まあ、いいか。
「結局あの後、あやつと同じことをしよったわい」
「卒業しちゃったんですか?!」
「あれはいい師に巡り会った。あやつでなければ背中を押すことは難しかったろうのう」
「いつの間に………」
「あの子はスイクンに選ばれた子でな。まあ、何か目的があってのことじゃろうが、まさか最初のポケモンが伝説のポケモンになるとは夢にも思わなんだ。さすがの儂でも手に余る案件じゃった」
スイクンとか、一体どんな子だし………。
そんなすごい素質を持った子がいたのだろうか………。
「それをヒキガヤに解決させたと?」
「お主も覚えておろう? あやつが最後に見せたポケモン」
「ッッ!? ダークライ、ですか………」
あの黒いポケモン、スクールにいた時からいたんだ………。ほんと何なのヒキオって。
「うむ、あの歳ですでに伝説に巡り会うという似た者同士。先人の知恵でも授かればと思うたまでよ」
「なるほど………、道理で急な話だったわけだ」
「ま、これからは毎年いけそうだがのう」
「えっと………、それはどういう……」
「なんじゃ? 聞いとらんのか? あやつ、カロスのポケモン協会のトップになりおったぞ」
「「はあっ?!」」
「マジかー、ヒキタニくん、大出世とかないわー」
聞いてないんですけど?
思わず叫んじゃったじゃん。
えっ? じゃあユキノシタとかユイって今や金持ちの嫁ってこと?
あれ? そもそもあいつらってそういう関係だっけ?
そもそもヒキオってハーレムなんて作れるような魂じゃなかったような………。
「ポケモン協会のトップ………つまり、理事ってことですか?!」
「うむ、これで孫も安心というものよ」
マジなんだ………。
この老人の口ぶりからしてイッシキもあいつの仲間入り。
ちょ、ヒキオのくせに生意気でしょ。
「そう、ですか………。ははっ、さすがヒキガヤだ。いつも斜め上の展開にしてくれる」
「というわけじゃ。お主らも一つ働かんか?」
「………というと……?」
「一人あやつに取られてしまったからのう。今なら四人まとめて即採用するぞ」
一人取られてしまった、それはおそらくあのアラサー独身のことだろう………。
えっ、つまり、まさか………。
「はっ? はあ?! それって、あーしらに教師をやれっての?!」
「教師?! マジかー、俺が教師とかないわー。絶対子供に遊ばれる未来しか見えない…………。ああ、いろはすがいっぱいいるのか………べー、マジっべー」
何を想像したのかトベが段々と意気消沈していく。
「先生かー。私は別にやってもいいかなー。特にこれからのことも決めてないし」
「俺はいいですよ。今まで自分しか見えてなかった俺にはちょうどいいかもしれないです。な、二人はどうだ?」
「へっ? あ、あーしは別に、その………てか、あーしに教師が務まるとは………」
「そうかな? 俺はこの中じゃユミコが一番似合ってると思うけどな。それに………」
「それに………?」
似合ってる………、似合ってるだって………、えへへへっ。
「俺個人の意見でいえばユミコの教師姿を見てみたいなー、なんて」
「うっ〜〜〜」
こんなの反則だ。
ハヤトにそんな少年のようなキラキラした目でお願いされたら、断れるわけないじゃん。
これも今までのハヤトだったら最後の一言はない。あってももっと爽やかなスマイルだけだ。
素のハヤトって…………ずるい………。
「………やる」
「ありがとう、ユミコ」
「うひゃっ?!」
だから反則だって………。
いきなり頭撫でるなし!
「ハヤトくーん、俺に教師なんて務まるべ?」
「トベはひこうタイプの使い手だろ。その分野なら俺よりも教えられると思うぞ?」
「お、おお! さっすがハヤトくん! なるほど、そこか! これで俺も威厳が出るってもんだわ! うおおっ、なんか俄然やる気出てきたっしょーっ!」
トベ、うるさい!
あーしは今ハヤトを堪能してんの!
少し黙ってろし!
「ちなみにお主らの専門タイプは?」
「俺はほのおタイプですかね」
「……あーしはみず」
「俺はひこうっしょ」
「えっと………私は………強いて言えばかくとうタイプと触手系?」
エビナ………、その括りはダメだから………。
ここ、一応ポケモンスクールだからね。
とにもかくにも、あの一件以来ハヤトとの距離が近くなった、と思う。
もう邪魔はいない。だからこれから絶対落として見せるし!
覚悟してろし、バカハヤト。
タイトル詐欺だなんて思わないでね。
一話目からただのスピンオフ集ですが、本編の方もぼちぼち書いています。
書き上がるまでただ待っていただくのも何だったので、この間にハチマンの周りの人に心情を語っていただこうかと思ったので、数話挟ませていただきます。
一人一話で書けたら別作品として投稿できたんですが、ぎゅっと絞る感じなのでこんな形での投稿にお許しを。
前編があればもちろん後編もあります。もしかしたら中編もあるかも。そこは分かりませんが引き続きお楽しみいただきながら、本編の方をお待ち下さい。