「うわぁ。こりゃすごい」
僕は電話で新出先生に言われてテレビをつけた。
『ご覧ください! この既存の生き物とは一線を画す謎の生物! いえ、生物と言ってもよいものかどうかも定かではありませんが――!』
とりあえず公共放送のチャンネルに切り替えたが、どのチャンネルも緊急特番なのか町中の様子を映していた。あのテレ東さえもだ。
画面に映っていたもの、ラルトスで慣れたものの、それはやはり驚きを持って受け止めることとなった。
空を映せば、そこを飛ぶ、ピジョンやハトーボー、ケララッパを始めとする鳥ポケモンたち――
川を映せば、コアルヒーやトサキント、ハスボーなどの水ポケモンたち――
海を映せばメノクラゲにキャモメやマンタインなどの海にいそうな水ポケモンたち――
町中では街路樹なんかにキャタピーやコフキムシといった虫ポケモンたち、ゴミ捨て場にはベトベターやコラッタ、ヤブクロンなんかのポケモンたち――
画面にはこの世界を平然と闊歩するポケモンたちの様子が映っていた。
テレビが言うにはこの事態は日本全国で確認されているらしい。一方で海外では一切確認されていないのだとか。
『御子神くん、これは、ひょっとして君が描いていた――』
「ポケットモンスター、ですね。間違いなく」
『やはりそうか』
受話口から聞こえてくる新出先生の言葉を余所にテレビに視線を向ける。
あ、今の湖の中継画面でちょうど、一部では話題のYahoo!にすら載った金のコイキングが水面を跳びはねたのが見えた。他にも町中の大通りでは、両腕にはどうやらMの字でお馴染みのハンバーガーショップのバーガーがいっぱいに抱え込んでのっしのっしと練り歩くカビゴンの姿が映る。カビゴンはそれらを徐に全て口の中に放り込むと、今度は匂いに誘われてか、牛丼チェーンの一つに入っていく様子が映っていた。直後、店から退避してくる客や従業員の姿が映し出される。
その姿を撮影して現地でリポートを行っているだろう記者たちは頭にヘルメットを被り、野球のキャッチャーが使う胸や腕、脚を覆う防護具をつけている。そして発泡を飛ばしながら興奮した様子で今も実況を行っている。
『みなさん! この生き物たちに近づいて怪我を負ったという方もいらっしゃるようです! 不用意に絶対に近づかないようにしてください!』
なるほど、それであんな格好をしていたわけか。
そして中継が終わると同時に今度は違う場面に切り替わった。
『いやー、怖いですよ! なんですか、あの大きな芋虫っぽいの!』
『困りますね。これから出張なんですが、飛行機の再開がいつになるかわからないんです』
これは町中でのインタビューか。たしかに全く知らない人が町中で高さ30cmの体長50cm弱の芋虫(ケムッソやクルミルなど)と
他にも道路や線路上にもポケモンが出現していたりして、高速道路や鉄道にも影響があるそうだ。ちなみに海や空にもポケモンが出現している影響で、衝突を回避するために船便や空の便は今のところ全便欠航なんだとか。
『御子神くん。君に聞くのはどうかと思うが、あれは君が生み出したものか』
「いえ、僕は絵を描いただけです」
『しかし――』
「僕は空想上の生き物の絵を書き起こしただけですよ? 絵に描いたものが現実になるなんて、それじゃあ僕が神様か何かみたいじゃないですか。そんなことはあり得ない。そうでしょう?」
『まあそうだな。すまなかった』
「いえ」
正直、どうしてこの現実世界にポケモンが出現したのかなんてさっぱり分からない。ただポケモンの絵を描いていただけでポケモンを生み出したなんて思われたら堪らないし、これは何とか身バレを防ぐ方向で行かないと。あとで僕の伯父さんと相談しよう。ちなみに僕の伯父さんはちょっと変わってるんだけど、間違いなく力にはなってくれることだろう。
『なら話を変えよう。これを何とかうまく収束させる方法はないか?』
「どうですかね。ポケモンの力は人間を遙かに上回る上、特殊な力も使います。正直……」
『そうか……』
ポケモンを御するには通常はモンスターボールに入れる必要がある。そしてそのポケモンで野生のポケモンを蹴散らせて混乱を収束させるというのが一番手っ取り早く簡単だと思うが、肝心のそのモンスターボールが手に入らない。テッカグヤの999.9kgの重量を(ウルトラ)ボールに入れただけで10代前半の少年少女がラクラクと持ち運びが出来るような、質量保存則を無視した超科学のシロモノなんか現代の科学で作れるわけなんかないのだ。
『また、さらには町中にはあの生き物以外にも不思議なものが出現しているようです』
そんなことを考えていたときに、ふと画面の向こうのキャスターの声が聞こえた。
「んー……ん? !? なっ!? え、ええええっ!?」
キャスターの声と共に映し出されたもの、ラルトスが目の前に現れたときと同様、つまりは町中でポケモンが出現という情報以上に僕は驚きを隠せなかった。
それはなにやらホログラムのようなものらしく、腕がそれの中を通過している。形状は全てが青で統一されたおしゃれなカフェのテーブルの上に大きな円、そしてその中にモンスターボールが描かれた意匠の――
「な、なんでポケストップがあるッ!?」
ポケストップ、それはやはり前世でのポケモンGOにあった機能だ。
ポケモンGOとはナイアンティック社と株式会社ポケモンによって共同開発されたスマートフォン向け位置情報ゲームアプリであり、このポケモンGOは、ゲームの中でしか登場しなかったポケモンがスマートフォンのディスプレイ越しとはいえ、現実世界に現れるとあって、世界的規模での社会現象を巻き起こしたゲームアプリだ。
その中でポケストップとはモンスターボールや回復アイテムなどの道具、ポケモンの卵や経験値などが無料でもらえる拠点だ。主に名所旧跡や有名なモニュメント、ナイアンテック社と提携した店舗等に配置されており、そこには常に人集りが出来るようなところだった。
で、ポケストップがある。つまりはモンスターボールが手に入る可能性がある。モンスターボールがあれば先の案を実行することも出来なくはない。
「先生、ひょっとしたらうまくいくかもしれません! ちょっと出てきます!」
『ああ、よろしく頼む。私もその何とかストップとやらを探してみる』
「そうですね。また後で連絡します!」
そうして僕はテレビを切ってラルトスにリュックの中に入ってもらい、急いで外に出ることにした。
ポケストップ探し。前世であればアプリを起動してマップが表示されれば、ポケストップがどこにあるかなんて一発で分かった。でも、今のスマホにポケGOが入ってるなんてことはない。それなのにどう探すかなんだけども――
「ひょっとしたらポケストップの設定自体は同じかそれに近い仕様なのかもしれない」
テレビで紹介されてたポケストップがあった場所は711のコンビニと皇居前和田倉門交差点だった。前世でもあのコンビニはナイアンテック社と提携してたからポケストップが設定されている店舗多くが存在していたし、和田倉門も名所旧跡の一つだったからやはりポケストップが存在していた。名所旧跡とコンビニという僅かな共通点しかないけど、とりあえずはその可能性に掛けて、今いる場所からほど近いコンビニに向けて足を向けることにした。
そして――
「……やっぱり」
それは実在した。コンビニ入り口のほど近く、赤いカラーコーンと警戒色を塗られたポールで規制線が張られていた先にアプリ画面で見慣れたポケストップがあったのだ。
直にこの目で見れたことに対する感慨もそこそこにポケストップに近づく。規制線の周囲には人集りが出来ている。
「あー、でもどうすればいいんだ?」
ポケGOではポケストップにタッチしてそこに映し出された写真を横にスワイプ(画面に触れ、その指先をスライドさせる)するか、その下に表示される×ボタンをタップすればよかった。
「あー、どうするッ?」
ここにはスマートフォンはあれど、ポケモンGOのアプリはない。
しかし、これはどう見てもポケストップ。元ネタがスマホアプリなら何かしらスマホに関連した操作で何とかなるのではないか。
そう思い、構わずに規制線を跨いでスマホを取り出してポケストップに対してフリック(画面に触れ、その指先を素早く払う)やスワイプ、ピンチ(2本の指でつまむように操作すること)をしてみるが何も起こらず。
「おい! 規制されてんだぞ! 外に出ろ!」
周りの野次馬からはそんな声が届いたけど、別に危険なものではないし、ここからモンスターボールが得られなければこの社会の混乱が収まらない。だから、それらを無視していろいろ、挙げ句はポケストップに向けて写真を撮ろうとしたりもしてみたが、状況に変わりはなかった。
「ちょっと! お客さん危険ですから近づかないでください!」
誰かが店員さんを呼んだらしく、僕は外に摘まみ出されそうになった。
それはほんの偶然だった。
店員さんにスマホを持つ腕とは反対の腕をつかまれたときに、思わずバランスを崩してスマホごと腕をポケストップに突っ込んでしまったときだった。
「えっ?」
僕の目の前に半透明のホログラムが表示される。
「ええ?」
「うそ? なにあれ?」
「どうなってんだ?」
それは周囲の人にも見えたようで、脇を見れば僕を引っ張っていた店員さんも驚きから僕の腕を持ったまま硬直していた。
しかし、それは置いておこう。今重要なのは目の前のこのホログラムに表示された内容だ。
おめでとうございます!
あなたは記念すべきポケモントレーナーとしての第一歩を歩み始めました!
その始めの記念としてあなたのスマートフォンにポケットモンスターをダウンロードします!
またポケストップ初回利用特典として以下のものを差し上げます!
モンスターボール 2個
キズぐすり 3個
ポケモンフーズ 4袋
それでは、ポケモンと人とが共に歩める良きトレーナーライフをお送りください!
そう表示されていたのだ!