がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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今回は短めです。それに加え外伝的な位置付けの為三人称の語りとなります。


7.5.閑話・あたらしいなかま

 市民体育館の隣に位置する運動場で、一行は休息をとっていた。見回りを終えた胡桃と雅の2人はそれぞれそこら辺で拾った棒切れに布を巻いただけの簡易な木刀を持ち、5mの間隔を開けて相対している。

 

「本気で来いよ、流石に片腕じゃあ手加減したら負けちまうからな」

 

「俺にとっては棒切れという時点でハンデのつもりだが。本気を出させたくば斧を持ってこい」

 

「斧好きだなお前……」

 

「使いやすいからな、素人が使っても威力がある。当たるかは別として」

 

 互いに闘志を燃やす2人の様子を、他の3人は固唾を飲んで見守っていた。何故こんな事態になってしまったのか? それはほんの30分前になる。美紀が何気なく言った「真面目に2人が戦うとどっちが強いのか」という言葉に、胡桃が「そりゃあたしだろ」と火を点けてしまった。

しかもその日は行く先々で道が塞がっていたり探索に行くとわらわらと感染者が出てきたりと散々な目に遭い、気が立っていた雅は大人の余裕で受け流す事が出来ず「子供には負けない」と反論してしまったのがこの模擬戦(ケンカ)の始まりである。

 だが流石に雅も本気で怒っている訳でもなく、内心は胡桃のガス抜きも兼ねて戦い方の稽古を付けようという算段だ。一方胡桃は意地になって本気になってしまったが、実際は修羅の如く感染者を屠る雅を相手にするのは気が引けている。

 

「えー、それでは……始め」

 

 とんでもない事を言ってしまった、と後悔する美紀は気乗りしない様子で号令を掛ける。その瞬間、胡桃は陸上部の足を活かしてスタートダッシュを決めていた。

 

「相変わらず速いな、スポーツでもやってたか」

 

「元陸上部、だよッ!!」

 

1秒も経たない内に雅を射程に収めた胡桃は素人とは思えないフォームで上段から打ち下ろそうとする。それを中段で横に倒した状態で構えていた雅は、微かに体を左側へずらして木刀を打ち合わせる。

 衝撃で切先が地面へ流され、胡桃の木刀が角度の付いた表面を滑る。完全に滑り落ちた所で、半身のまま雅は手加減して横一文字に木刀を払った。

 

「ぐあっ!?」

 

腹部に軽い一撃を貰い後ずさる胡桃に、雅は微かに体を揺らしながら距離を詰める。苦し紛れに振った胡桃の木刀は雅の髪を微かに撫でたのみで有効打にはなっていない。

 武器を逆手に持ち替え、そのまま胡桃のパーカーの襟元へと手を伸ばす。すれ違う様に体を胡桃の真横に滑り込ませると、そのまま膝裏から柔道の大外刈りのような動きで片足を引き込み強引に押し倒した。

 

「なっ!? どこ触って!!」

 

「戦闘中にどこを触ろうが関係ない。あと襟だからな、人間が一番重心を崩されやすい位置に近い場所だから掴むんだ」

 

勢いよく倒れないように掴んだまま勢いを殺した後、硬直したままの胡桃の首に木刀を当てる。流石に急所には軽くとは言え当てる事は遠慮したようで、それでも勝敗は決していた。

 

「刃があれば致命傷、なくても喉仏を砕けば即死もあり得る」

 

「どっちにしろ死ぬじゃんか……」

 

「首はどんなに鍛えた人間でも弱い構造上の弱点だ、特に生きていれば尚更な」

 

「くそっ……もう一回だ」

 

 雅が首に当てていた木刀を引っ込めてその場を離れると、胡桃はほんの少し沈黙してから起き上がる。その時の表情は距離のある悠里達も、背を向けていた雅すらも見ていなかった。

 引き続き打ち合う2人を眺めながら、美紀達は冷や汗を流しながら見守っている。ただ1人、悠里は違う事を考えているらしく、自分も戦えるようになれば2人の負担を減らせるのではと考える。

だが以前所属していたのは園芸部。特に武道や精通した武器もない悠里には敷居が高い。胡桃も似たようなものだが、陸上部の体力と幸運で今まで生き残ってきたようなものだ。

 だがやつらに噛まれたら最後どうなるか、それは胡桃が身を以て教えてくれている。あの時は校舎の地下に抗体があったからいいものの、今は何もない。彼も含めて、一度の失敗で死んでしまう。

それがもし、私が原因で失敗してしまったら? 背後に忍び寄っていたやつらに気付かなかった、物音を立てて見つかってしまった、考えればきりがない。

 2人は絶対に助けに来てくれると思う。私に目を配って、最悪の事態が起こらない様にしてくれているだろうと……でもその所為で隙ができてしまったら。無理にでも助けようとして、自分を犠牲にしてしまったら……そうなる事が、堪らなく怖かった。

 

「相手をよく見ろ、完璧なヤツなんかいないし全く隙がないのはあり得ない。必ず体力に限界はある」

 

「ウソ……つけ、はぁ……全然息上がってねえじゃねえか……」

 

「無駄な動きを削って必要な分だけ力を入れろ、一気に踏み込もうとしても空回りするだけだ」

 

「―――こう、かよっ!!」

 

 胡桃はぐらりと体勢を崩した―――そう判断した雅は木刀を順手に持ち替えて右肩を狙おうと踏み込む。腕にある腱を狙った鋭い一撃は、容易に標的を切り裂く予定だった。

 

「……馬鹿な!」

 

胡桃はしめたと口角を緩ませる。先程雅がやって見せた回避法を見様見真似で試したら簡単に引っ掛かったからだ。コンパクトな動作で振ったとしても隙はある、特に彼の右側は死角も同然だ。

 初めて彼女達の前で見せた驚愕の表情は、真に命の危険を感じている者の表情だった。とは言っても重心を崩し過ぎた胡桃はこのままでは倒れてしまう。その時、頭には彼が日常的に使って見せている動きが浮かんでいた。

 

「なろっ!!」

 

体を回転させ、遠心力を乗せて雅の脇腹へと木刀を入れる。その狙いは的確で、回避も間に合わないまま彼のあばらを軋ませた。

 その衝撃は大したもので、彼自身が痛みと共に関心したまま横方向へ吹き飛ぶ。回避の為に跳んだ力も合わさり、見た目では派手に吹き飛ばされているようにしか見えない。

 

「あっやべっ」

 

 土煙を立てて倒れた彼に、その場にいた誰もが駆け寄っていった。もしかすれば骨ごと内蔵が破裂しているかもしれない。もしかすれば、即死しているんじゃないかと。

 

「ごごごごめん雅!! 大丈夫か!? おい、おい!」

 

「あっ揺するな! 痛みが引くまで触んな馬鹿!! 倒れた人見つけたらまず揺するな触るなって教わってないのか!?」

 

「ご、ごめん……」

 

「あぁ……でもこの状況でも武器を離さないのには我ながら凄いと思う、切実に」

 

 軽くのたうち回る様に痛みに耐える雅を見て、胡桃は慌てふためく。骨は無事か、内臓は……この様子だと大丈夫か? あらゆる最悪の事態が頭を過り、不安が募っていった。

 

「雅さん!?」

 

「だ、大丈夫ですか!? 胡桃さんっ、やり過ぎですよ!」

 

「う、うん……あたしもやり過ぎたなって……」

 

「みゃーくん、痛いよね? 立てる?」

 

雅は各々に軽い母性を感じながら、手を振って無事を伝えようとする。

 

「えっ!? バイバイってまさか死んじゃうの!?」

 

「嘘だろ!? おいこんなので死ぬなよ!」

 

「死なんわ!! 人間そこまで脆くねえからな! 案外呆気なく死んだりするけどしぶとい生き物なんだよ!」

 

 あれ、でも人って脆いなとか考えていた気もする。というか実際脆い所は脆いのだ、急所にさえ入らなければしぶといが人の急所というのは割とどこにでもある。内臓から手足の動脈、背中には神経と背骨があれば頭は硬くとも衝撃で中身がミキサーされる。

もし左側に食らっていれば、ショックで心臓が止まっていたかもしれない。そう考えると人はなんて脆い生き物なんだろう、という結果に落ち着く。

 

「もうこんな事やめてね? 危ないし、怪我しちゃうもの。それに下手すれば死んじゃうんだから」

 

「そ、そうだな……俺はともかく胡桃が死ぬのはヤバい」

 

「あなたもよ! 死なれると困るの!」

 

「まあ、そうか。処理が手間だからな……」

 

「からかってるのか自覚がないのかわかりませんね」

 

「間違いなくわかってない、こういう所鈍いからな。過小評価というか」

 

「みゃーくんはもう私達の大切な仲間なんだから、死んじゃったら悲しいよ」

 

 彼はそこまで思われているとは知らず、痛みに襲われたままつい笑ってしまう。微かに口角が上がったのを感じただけだったが、胸の内には確かな温かさを感じていた。

その様子を見て、周りを囲む少女達も嬉しそうに頬を緩ませて―――

 

「あっ、みゃーくん笑った!」

 

「やっとかよ、全然笑わないから嫌われてるのかと思ってた」

 

「ほんとです、嫌うとまでは行かずとも厄介なヤツらだと思われてるのかなって」

 

「……そう、か」

 

彼が最も嫌うのは慢心と過大評価だ。例え自分の事を好意的に捉えてくれる人間を相手にしても、例えそれがわかっていても認められるまではそういう反応は見せない。もしそれがただ表面上の付き合いだけだったら、自分だけ仲良くなった気でいるのは迷惑になるからだ。

 だから本当の意味で認められる事は、やはり嬉しかった。雅は性格もいいとは言えないし、お堅いと評価される事も多かった。あまりお喋りできる方でもないし、端的に行ってしまえばコミュ障と言われる分類に入る。

 

「そうだよ、私みゃーくんの事大好きだもん! 胡桃ちゃんやみーくん、りーさんも皆みゃーくんが好きなんだよ」

 

「そうなのか」

 

「ば、馬鹿! 勘違いするなよ、恋愛的な意味じゃないからな?」

 

「そんな簡単に勘違いするか。短い付き合いとは言え、丈槍の性格はある程度理解している」

 

「え、私ってわかりやすいの? 浅い女なの?」

 

 少しだけショックを受ける由紀に、雅はまたくすりと笑って首を振る。

 

「ある程度まではわかりやすい。だが決して浅くはない、お前は将来美人になるし性格もいい……いい子だよ」

 

「そ、そう……かな」

 

「ああ、そうだ」

 

顔を赤くする由紀に正直に答える雅は、立ち上がろうと上体を起こす。そこに左手が差し出され、彼は一瞬体を強張らせる。だが、それは危害を加えようとした手ではなく、ただ一心に厚意の手だった。

 

「遅くなったけど……ようこそ学園生活部へ。今まで守って貰ってたのに悪いけど……ちょっと不安だったの、でもあなたの笑顔を見て良い人だって確証が得られた。これからも、よろしくお願いしていいかしら?」

 

 その手は悠里のものだった。若干腰を落として目線を合わせようとしてくるのが彼女らしい。ここで「重いから」なんて断るのは野暮だ、と考えた雅はその手を取り、悠里が引っ張ってくれるまで待つ。

絶対に1人では引っ張れないと思っていたが、悠里は少し力んだだけで男1人を引っ張り上げてニッコリと微笑んだ。

 

「勿論。拾ってもらった恩だ……この身朽ち果てるまで御身を護ると誓おう」

 

芝居がかった動きで礼をして、恭しく手を握る。

 

「おおっ、侍だ……!」

 

「侍っつうか騎士だな、そこそこ様になってるのがムカつく」

 

「いきなり喧嘩売りますか。仕返しで倍吹き飛ばされても知りませんからね」

 

「俺の力じゃ吹き飛ばせないな、斧使ってもいいか?」

 

「殺す気だろ」

 

「冗談だ、女は……特に芸術品レベルの美人は触るのも怖い」

 

 美少女揃いの学園生活部から目を逸らす……しかし四方を囲まれてるおかげで逃げ道は上しかなく、まるで誰かが亡くなったかのような感じになる。その所為で既に1人美人を殺したと勘違いされたが、後の弁解により誤解は解けた。その代わりセクハラ認定は食らったが。

何故可愛いとか綺麗と思ってそれを口に出してはいけないのか、彼は未だに理解していなかった。

 

 

 ●●月●●日、私達に新たな仲間が加わった。雅という、男の人だ。彼はスーパーの駐車場で追い詰められた私達を助けてくれた。そんな戦いぶりを見ていた由紀ちゃんが、一言「泣いている」と言ったのが私達とあの人の馴れ初め。

黒髪に琥珀色の瞳、元は灰色だったトレンチコートを着てショルダーバッグと軍用のベルトでナイフといくつものポーチを提げている。白い肌は一見女の子みたいだけど、体つきは男の子らしい。少し前に細マッチョとかいうのが流行ったけど、あれより少しスマートにした感じ。

 冷静で、まるで映画に出てくる特殊部隊のような人。胡桃はそんな彼に半分憧れていて、兄貴が出来たらこんな感じなのかな、と言っていた。

彼も胡桃の事は気に入っているらしくて、何処に行くにも「胡桃、出るぞ」と声を掛けていく。思えば、一番最初に名前で呼び始めたのも胡桃だったかも。

 今はもう、彼は私達には欠かせない。戦闘も勿論、精神的な支えにもなっている。大人がいる安心感というのは、やっぱり大きい。……めぐねえが居た時はこんな感じじゃなかったけど、あれはきっと、お姉さんのような人だったからだろう。

逞しくて、凛々しくて、どこか古臭くて、それこそ侍のような喋り方をしたり立ち方だったり。もしかしたら先祖は名のある武家かもしれない? 名字も名乗らない彼は一体どこの家系なのか、と夜の巡回に出掛けたのを見計らって皆で話したりもした。

 あの日から、もう2週間。色々あったけれど(特に私はいっぱい迷惑を掛けた)、彼は変わらず私達と接している。本来、男性なら少しは理性が薄れてきてもいい頃かもしれないけど、彼は今の所何もしていない。

 

 

 「なあ雅、お前名字ってなんなんだ?」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

車の屋根で辺りを警戒している雅に、胡桃がしたから声を掛ける。質問をされても応えはするが双眼鏡は目から離さず、常に一定の速度で全方向を見渡す彼にとって雑談は気が散るものでしかない。

 

「前から皆気になってるんだよ、名前しか教えて貰ってないし」

 

「あー、そうだったか。年上だからって名字呼びしないか? それだけが気掛かりなんだ、壁があるような気がして」

 

「しねえよ、少なくともあたしと由紀は」

 

「あー、まあそうか」

 

 悠里と美紀から名字呼びに変更されれば、彼はそこそこ傷付くとわかっている。あの2人は真面目だし、年上相手にはきっと名字で呼ぶだろう。今更変えられても違和感があるし、かと言って教えないのも信用してないのかと疑われる。

 

「で、名字は?」

 

「……さあ。先祖はまあまあ名のある武家だった、とだけ」

 

「勿体ぶりやがって……まあいいや」

 

溜息を吐きながら去っていく胡桃だが、皆で予想していた通りの答えで半ば戦慄していた。先祖が武家、というのはどういうものなのか、よくわかっていないのもあるが。きっと大きな道場があって幼い頃から武道を嗜んでいた……とか今の彼を見て密かに思っていた。

 だが彼は決して打ち込んだ武道はなく、その殆どが基礎しか学ばない所謂「かじった」という経験しかない事を忘れていた。

 

 言えないよなぁ、仕えていた主に意見して追放されたなんて。悲しくなるから深くは調べてないけど。そんな先祖の二の舞にはならないように、という訳ではないが、少なくとも俺は自分が認めた相手にはずっと尽くしたいと思う。

でも間違ってる時は嫌われてでもしっかり物を言うのは……やはり血だろうか? 遺伝というのは争えないものなのだろうか。そういえば祖父も言いたい事言ったら会社クビになったとか言ってたな。やはり争えんか。

 

「雅さん、お昼ご飯できたから一緒に食べましょう?」

 

「ああ……すぐ行こう」

 

 悠里が食事に呼びに来ると、最後の一周を回って警戒を切り上げ車へと入る。

 

その様子を、1人の少年がスコープ越しに捉えていた。

 

「……次はアレかな」

 

カチャッ―――ボルトを引き、弾倉へと弾丸を装填。続いて2発目を薬室へと装填し、ボルトを戻す。

 

そんな危機的状況にあるとは、雅を含め誰1人気付いていなかった。




次回は少々血みどろになります。しかし早々に誰かが脱落する事はないのでご安心を。
今更ではありますが胸糞悪い展開や安直なグロに走っている為ご注意ください。

次回は原作でもちょろっとしか出てこない銃器が登場します。ゾンビ物と言えば銃器、という認識もないとは言えないものですが、実際その状況になれば銃声で使い物にならない。という認識ですね……特に銃も少なければ日常的に触れない日本なら尚更です。

やはり鈍器、刃物なんざ役に立ちません。刃を抜く暇なんてもっとないと考える筆者でございます。流石に丸太は持ちませんが。

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