がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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修正記録:5/21:改行が乱発していた部位を修正しました。あまりにもおかしな展開を変更しました。


5.変容

 へとへとになりながら車に戻ると、車外には丈槍と直樹がいた。その様子は少々不穏で、話し声もいつもより荒い。今すぐにではないだろうが、放っておけば口論になる可能性もあった。

 

「あっ、胡桃先輩! 悠里先輩が!」

 

「りーさんがどうかしたのか?」

 

 只ならぬ雰囲気を感じて、俺は血塗れのまま車の中へと入る。そこには―――

 

 

「……お父さん?」

 

 

 俺の事を父と見間違えたのか、悠里はあどけない仕草で抱き着いて来る。まずその事に驚いて、同時に感じた柔らかい感触にも驚き悠里の肩を掴む。

 

「雨降ってたの? びしょ濡れじゃない」

 

引き離す前に離れた悠里の目は―――明らかにどこか別の世界を見ていた。赤い雨なんて降る筈がない、なのに悠里はこれを雨だと言って、奥の棚からタオルを取って来る。血塗れの制服も寝間着へと変えられていたが、抱き着いた所為で返り血の一部が染みついてしまっている。

 

「風邪ひいちゃうよ、服を脱がないと」

 

「い、いい。自分で出来る……それより」

 

「んー?」

 

 これも抱き着いた時に付いたのだろう。赤い液体が悠里の右頬に付着している。俺は渡されたタオルでまずその汚れを拭いてやり、悠里の前から消え失せようと思った。

 

「どこ行くの?」

 

「……忘れ物だ、しばらくしたら戻る」

 

振り返りもせず、悠里の「いってらっしゃい」を背で受け止めた。車を出ると、一部始終を聞いていた胡桃が顔面蒼白の状態で立ち尽くしている。それに同じく、丈槍と直樹も顔を伏せ一言も喋らない。

 その沈黙を破るべく、俺は放心状態に陥っていた胡桃の顔をタオル越しに掴み、強制的に目を合わさせる。

 

「これは尋問ではない、聴取だ。悠里が襲われた時の話を聞きたい。……直樹と丈槍は悠里を着替えさせてやってくれ、俺が汚しちまった。あと俺の着替えを取ってきてくれるとありがたい……今俺があいつに会うのは危険要素が多すぎる」

 

「うん……」

 

「わかりました」

 

 反論もせず素直に従ってくれた2人は車へと入っていった。胡桃も着替えさせるべきだが、状況が状況だ。今は事情を聴く方を優先しよう。ショルダーバッグを降ろし、コートを脱ぐ。それだけでも汚れはうんとマシになる。

顔や手に付いた血をタオルで拭きながら、まだ綺麗な部分で胡桃の顔も拭いてやる。その刺激でいくらか正気を取り戻したらしく、ぽつぽつと話し始めた。

 

「あたしが気付いたのは、りーさんがヤツに押し倒された時の音だったんだ。それまでは普通だったし、別におかしな所はなかった……と思う」

 

「……とりあえず今はお前の見た事全てを言え、それから判断する」

 

 厳しい口調になっているのは自覚しているが、この事態でむしろ優しく問い掛けても効果はない。ここはまだ緊張感を与えた方が胡桃も踏ん張れる。あの2人の気の落ち様を見るに、悠里はかなりの影響力を持っている。それは数日しか一緒にいない俺でも頷けるし、悠里自身実際リーダーとして振る舞っていた。

 

「それから、慌ててシャベルを構えて、襲いかかってたヤツを仕留めた。りーさんはぐったりしてたけど、倒れた時に頭を打ったと思って……」

 

「妥当だな、それ以降は?」

 

「その後はロビーを突っ切って、雅と合流した……車に着いて2人にりーさんを任せて、すぐに引き返したんだ」

 

 となると、実際豹変した場面は見ていないのか。なら直樹に……いや、丈槍に聞くのがいいか。直樹の性格だと内心はかなり混乱しているに違いない、そういう時に思考を乱すと互いに悪い方向へと転ぶ。

いくらか落ち着くまではそっとしておくのが賢明だろう。

 

「わかった、とりあえず今の所は十分だ。悠里の所へ行ってやれ、ついでに丈槍を呼んで来い」

 

「うん……」

 

「それと、悠里があの状態になったのはお前の所為じゃない。それだけは断言できる。気休めでも優しい嘘でもないから安心しろ」

 

「随分落ち着いてるんだな……まあそうだよな、会って間もないし」

 

 少々棘のある言い方をした胡桃は、慌てて口を噤んだ。その直後、小さくごめんと言ったのが聞こえる。

 

「構わない、そう思うのも無理はないからな。というより実際そうだ、それがある意味良かったとも俺は思っている」

 

「……それ、美紀が聞いたら怒るだろうな」

 

「だろうな。……良かったと言った理由は1つ、俺もお前達の様に沈めば誰も助けられないからだ。全員の士気が落ちればチームとしても個人としても、性能が下がる。だが1人でもまともなら、鼓舞できる」

 

「お前らしいよ。短い付き合いだけど、何となくわかる。効率厨でケチで躊躇なくて、でもそういうのも必要なんだなって。今痛いほどわかる」

 

「憎まれ役だ、それが俺でよかったな。―――さ、さっさと行け。丈槍を呼んで来い」

 

「ああ……しっかりしないとな」

 

 気合を入れる様に、胡桃は両手で自分の頬をぱちんと叩く。その様子を見届けて、俺は車にもたれて空を見上げた。冬は空気が乾燥して空が澄んで見える、と言われる。雲を数えて、動物なんかに似た形を探す。生憎どれも不格好な形で動物には見えないが、1つ缶詰みたいな雲は見つけた。

 胡桃に倣い、俺も片手で自分の頬を叩く。ちょっと強めに叩いた所為でクソ痛い。精神論は俺が最も嫌う倫理だが、電車の中で腹痛に襲われた時神頼みするのと同じだ、縋るモノがなければ人は希望を持てない。

 

「みゃーくん」

 

「ああ、来たか。唐突で悪いが聞きたい事がある。胡桃が悠里を連れて帰った時からの状況だ」

 

丈槍はいつもよりかは静かだが、なんとか平静は取り戻せたらしい。俺の問いに腕を組んで考え込むが心当たりがないのか、うんうんと唸っている。

 

「考えるより見たままを教えてくれ、胡桃が悠里を連れてこの車に戻った後、胡桃はすぐに引き返していった。……そうだな?」

 

「うん、『りーさんを頼む、あと念の為怪我してないか見てくれ』って言ってすぐ行っちゃった」

 

「それからの悠里の状態を聞きたい。到着した時、まだぐったりしてたか?」

 

「うん、すぐに着替えさせて、血も拭いて……全部済んだ頃に一回起きたんだけど、私を見て“るー”って―――」

 

 その答えで俺はやっと確信を持てた。悠里には妹がいた、それは昨日車内でわかった事だが―――俺がうっかり妹の話をしたのが原因か。いや、それ以前から少し様子がおかしかった、俺の発言もあるが他にも何か原因がある。

 

「……ちなみに、お前達が集まった切っ掛けは?」

 

「みーくん以外は偶然学校にいたの、めぐねえって言う先生がいて皆で“学園生活部”って部活を作って―――」

 

「なら直樹はどうやって?」

 

「ショッピングモールに行った時に会ったんだよ」

 

「なるほど……そうか、わかった。とりあえず今は十分だ、ありがとう。また何か聞くだろうが――あと、何か思いついた事があれば言ってくれ」

 

 現状を整理するには十分な情報が揃った。打開策が見えた訳ではないが、なし崩し的にやっていくしかなさそうだ。それも慎重に。今皆は精神的に不安定になっている。

丈槍はまだしも、胡桃と直樹はレッドライン。そう言う丈槍も底が見えないだけで限界に近い可能性もある。

 結果として、これは俺しかまともに動けない。信頼もそこまで勝ち取っていなければ各人の表面上ですら理解できていない。かなり難しい問題ではあるが……このまま崩壊させてはいけない。

なんとしても悠里を―――いや、まずは周囲の精神を安定させる事に努めよう。異変が起きた悠里の心は壊れている、修復にはかなりの時間を要するだろう。

 それに周りまで壊れてしまえば廃人グループの出来上がり。他のグループに見つかれば肥やしになるのは間違いなし、それだけはなんとしても避けなくてはならない。

 

「……無理しちゃ駄目だよ、すごく怖い顔してる」

 

 丈槍は悲しそうに俺の顔を見上げる。無理を言うな、こういう時こそ無理をしなくちゃならない。自分で何を言ってるかわからなくなってくるが、とにかく今こそが無理の為所と言う物だ。

 

「お前こそ、無理してるんだろ。――無理するな、今は誰よりも無駄に長く生きたヤツがいる。いくらか無為に時間を過ごしたとは言え、形式的には“大人”なんだ」

 

「……そう、だね」

 

「今は泣くなよ、皆耐えてるんだ。悠里が戻ってから、鼻水と一緒に服に塗りたくってやれ」

 

「うん――今は、我慢する」

 

 今にも泣きだしそうな丈槍の帽子を下に引っ張り、目を隠す。これなら泣いてるかなんてわからない、少しぐらいなら誤魔化せるだろう。そしてそっと、一回だけ優しく頭を撫でて、俺はその場から立ち去った。

 

 

 

 ―――10分程経った後、丈槍は車の中へと戻っていった。中からはるーという声と、お父さんが帰ってこない、という不安の声。やっぱり、冗談なんかじゃないんだと再認識してから、またコートを羽織ってデパートへと潜る。目的地は1階、悠里が襲われた場所だ。

 

 道中を軽く掃除し、後から胡桃が追ってきても大丈夫なように目印も付けて奥へと進む。途中から悪臭がキツくなってくると、近くの棚からマスクをぶんどって水を含ませ、耳に掛ける。それでも悪臭は衰えないまま鼻の奥を突いた。

 

「……ここか」

 

辺りに缶詰が転がる場所で、まだ新しい死体と血溜りが必死に存在を主張していた。襲いかかったであろう感染者は初老の男。その後頭部は鋭利な物で穿たれ、瑞々しい果実を覗かせていた。

 とりあえず、だ。この男は関係ない。派手に血を被ったのもショックの1つだろうが、元を言えばそう簡単に接近を許す程無警戒ではない。

血溜りから辺りを見回すと、周辺には様々な物が転がっているのがわかる。空き缶、血、血、血、鞄、靴、血、死体、血、空き缶、ビニール袋、空き缶、空き缶、ランドセル。

 最後に目に入ったものに近付くと、それは今時はよくある水色のランドセルだった。所々血で汚れており、これの持ち主は既に死んでいる。そう確信できるのは上部……首に近い場所からおびただしい量の出血が認められるからである。

実際は違うとしても、ぱっと見ではそう判断してしまう。持ち主が首に噛み付かれ、動脈や気道を食い千切られる光景を想像してしまう―――

 

「―――そうか」

 

俺はこれの持ち主も、ましてや悠里の言う『るー』の姿も知らない。だから一番見覚えのある人物で想像した。そう、例えば自分の妹だとか。

 首の一部を欠損させ、ひゅーひゅーと空気が漏れる音がする。何故だろう、まるで現実の様だ。のそのそと動く音も、空き缶を蹴る音も、偉くリアルで煩い。

 

「……っ!!」

 

 気付けば、目の前には件の感染者。このランドセルの持ち主であろう小さな体が迫ってきている。ライトを上に、上に―――だが首元が見えた辺りで止める。

あり得ない話だが、もしこの感染者が自分の妹だったら。そんな不吉を考えてしまうのだ。絶対にありえない……でも着ている服は見覚えがある。

 

「馬鹿言え、余計な物を見せやがってッ!!!」

 

持っていたライトを床に叩きつけて現実から逃げた。こんな事をしている場合ではない、今目の前にヤツは迫ってきている。なのに、投げ捨てる必要はあったのか?

 

「はぁ……はぁ、クソが。クソ食らえだ、馬鹿が! 自分の妹のランドセルの色くらい覚えてる!」

 

 精一杯の怒号。やがてライトを拾い直す頃には、小さな感染者は消え失せていた。その場には打ち捨てられた水色のランドセルと、1体の肉塊のみ。

もしあそこで顔を見ていたら、どうなっていたのだろうか。きっと俺も狂っていただろう、正気を失い、馬鹿みたいに絶叫してたかもしれない。そして最後にはナイフで首を掻っ切る……ありそうな話だ。

 念の為ランドセルを開けて名前や連絡先が書かれている紙を見るが、そこには全く関係のない名前が記されていた。もういい、十分すぎる。悠里はこれを見た。そして俺と同じ物を見たのかはわからないが、まあ似た様な物だろう。

 

まだ使えるライトの頑丈さに感服しながら、ついでにバッグに缶詰を詰めて車へと戻った。

 

 

 「あ! おかえりなさい、お父さん」

 

そしてまた幻覚と疑いたくなる現実に直面する。ニコニコと本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる悠里はべったりと俺の腕に纏わりつく。今回は先にコートを脱いだから問題ない。

 胡桃にバッグを渡すと、丈槍に状況はどうだと耳打ちする。すると、相変わらず丈槍を『るー』と勘違いしていると答えた。

 

「酷い顔してますよ、何かありましたか」

 

素っ気ない態度で直樹が聞いてくる。何かなら目の前で起こってるだろう、堪らず反論したい気を抑え、悠里を丈槍に任せ残り2人を連れて外へ出た。

 扉を閉めて車にもたれ、会議が始まる。その合図は俺の小さな溜息に全員が眉を寄せた事だ。

 

「現場を見てきたが、確実に“それ”と言える物があった」

 

単刀直入に言うと、胡桃は首を傾げ直樹は更に眉を寄せ、明らかに不満を見せる。

 

「まず前提から話そうか。若狭に妹がいた事を知ってる奴は?」

 

「いや……」

 

 胡桃は素直に首を振り、そして気付いた。その場にランドセルがあったのを見たのだろう。途端に青ざめると、同じく俺の顔も凝視する。一方――

 

「知りません。ですが、何故あなたが知っているんですか?」

 

直樹は明らかな敵意を瞳に宿し、聞いてくる。まだ聞かれるだけマシか、その分こいつは楽でいいな。とは言っても気が抜けないのには変わりない、言葉を選ばなければすぐにでも刃物が俺の首を切り裂きそうだ。

 

「昨日から若狭の様子がおかしかった。俺が妹の名前をうっかり出した時の事は覚えているか? その時、若狭は小さく『るー』と呟いた。そしてその直前から地図を見てぼーっとしていた……小学校の文字を見ながらな」

 

「じ、じゃあ……りーさんはランドセルを見て……」

 

「なんとか堪えていたが、良くない方向に転んだ。結果感染者の接近を許し、襲撃を受けた。まあ後者はそこまで重大じゃない、問題は―――」

 

「悠里先輩が襲われた事が、重大じゃないですって? よくそんな事平然と言えましたね、人格を疑います」

 

 ある意味予想通り、直樹は毒を吐く。それ自体はいい、問題はその語句に込められた感情だ。

 

「前者の精神的ダメージと比較して、という意味だ。言葉が足らなかったな、申し訳ない」

 

「無表情で言われても全然説得力ないですよ」

 

「……直樹、俺自身語弊があったり誠意が足りなかったり、そういう所は自覚している。それについての苦情や説教も後でいくらでも聞こう。だが今だけは……俺の方針に口を出さないで貰おうか」

 

 大人げない言い方をしたと、自分を恥じた。語彙力もなければ他人との会話経験やコミュ力も乏しい俺は選ぶ言葉も適切ではない場合が多い。それはたった今発揮されて、直樹の敵意をしっかりと増強させてしまっている。

 

「っ! ……わかりました……続けてください」

 

今にも噛み付いてきそうな直樹だったが、怒りを堪えてなんとか話を聞く気になってくれたらしい。

 

「ありがとう。……話を戻す。若狭が襲撃された事も重大だが、あいつの中ではそれよりも精神を破綻させるに十分な事が起きていたと考えられる。胡桃、若狭の妹がどこにいるか知ってるか?」

 

「い、いや……あたしも今初めて知ったし、妹がいるなんて今まで一度も……」

 

「私も聞いた事がありませんでした。それどころかそんな素振りすら見た事はありません」

 

「そうか……」

 

 この状況になっても、今まで妹の事を全く気にしていなかった。周りを心配させまいと完璧に隠していたのか。

それでも……中学生ならともかく小学生の妹を放置したまま今まで悟られずに過ごせるのか? 丈槍や胡桃はともかく、色々と鋭い直樹にも気付かれないなんてのは。確かに“夜警”を依頼された時も周りが上手くやれば騙されそうになったが、とても隠し通せるとは思えない。

 他にも、俺を父親と勘違いしている理由も気になる。胡桃と直樹は普通に認識しているなら、若狭の記憶が巻き戻っている可能性は低い。直樹はこうなってから合流した、と言ってたが……こうなる以前から面識はあったのか?

 

「そういえば若狭とは前から知り合いだったのか?」

 

「いや、りーさんとは屋上に逃げた時初めて会って、美紀もモールで初対面だった」

 

「丈槍とは?」

 

「由紀とも屋上で初対面だったな、名前とかは知ってたけど」

 

「じゃあこうなってから初めて会ったのか、直樹も?」

 

頭の中で相関図と作っていきながら、直樹にも振る。するとしっかりと一度頷く。

 

「ふーん……」

 

 この状況になってここまでの間柄になったのか。女子の親和性というか、コミュ力の高さは怖いくらいだな。

となると、やはり巻き戻しはないな。悠里の中で何が起こったのか、はたまた何を見たのか定かではないが今までどういう状態だったかが鍵となりそうだ。

 ……俺の場合、ある意味諦めているからこうやって通常通りいられている。あの年齢と頭じゃ1人では当然、例え家族と一緒に居ても五分五分だ。それにこの街と俺が住んでいた場所じゃ、かなり離れてるからな。当日、その瞬間一緒に居なかった時点で詰んでいるも同然だ。

無理矢理頭の隅に追いやっている感じもあるが、距離合ってこその割り切りなんだろう。これが家でこの事態に遭遇していたら絶対に正気じゃいられない。特に、死んでいたら尚更だ。

 

「りーさん……どうにかなるのか?」

 

不安げに胡桃が聞いてくる。

 

「まだわからない、今までどうやって区切りを付けていたか、耐えていたかがわかればいくらか解決策も見えると思う。……すぐには無理だ、当分は合わせるしかない」

 

 出来る事は何か。それすらもわからない今、場を掻き乱してはならない。何気なく言った言葉や行動が悠里を悪化させては元も子もない。まずは情報収集だな。

 

「とりあえず、お前達が今までどうやって生きてきたか詳しく聞かせて貰いたい」

 

「わかった」

 

「それが悠里先輩を元に戻せる手掛かりになるのなら、手伝います」

 

 それから丁度正午になり昼食で一旦区切ると、丈槍に悠里を任せまた同じメンバーで集まり今までの事を聞く。嘘の様な壮絶な話は、俺が経験してきた事より何倍も辛い物だった。

それまで引っ張ってきた佐倉慈という教師の死、それが原因で丈槍に異変が生じた事。度重なる不幸に挫けず、新たな引率者となった若狭悠里という少女は大人にならざるを得なかった。諸々を聞いていると、そこに悠里の自由な時間はない。眠る時以外、必ず丈槍や他のメンバーの為に動かなければならない。文字通り、考える暇などなかったのだ。

 

「……なるほど、つまり若狭は“学園生活部”を保つだけで精一杯だった訳だ」

 

「で、でも妹の話が出れば! めぐねえの車もあったし―――」

 

 胡桃はばっと顔を上げて反論する。何を持って、どのような思いでそう言ったかは推し量れるが、あえて手を出して制止した。

 

「助けに行ったか? 聞いただけで悪いが、それすら出来る余裕もなかったと思えるがな」

 

「それでも、多少無理してでも助けに行きます」

 

制止された胡桃に代わり、今度は直樹が胡桃の言いたかった事を言う。

 

「無理だ」

 

「なんでですか!?」

 

 淡々とした答えに、直樹は思わず叫んでいた。窓越しに悠里と由紀が顔を覗かせるが、胡桃が手を振って安心させる。そしてまるで信用ならない相手を前にするように、直樹は胡桃の横に移りその手を握る。

 

「教師が死ぬまではバリケードの設置、教師が死んでからは丈槍のフォローと環境の整備。丈槍が現実から逃げた時も物資は不足していたし余裕はない。モールへ遠征に行った時、ついでに行けばよかったかもしれないが……思わぬ拾い物もした」

 

あえて言ってやると、直樹ははっとする。それ以外にも行ける期間はあっただろう、だが悠里は何よりも仲間の安全を取った。生きているかも分からない妹よりも、目の前で生きている仲間を守ろうとしたのかもしれない。それはそれで、非道な気もするけどな。

 

「どうであれ、何らかの理由で若狭は救助には行けなかった。だとしてもあいつの精神力には感服する、妹がいるのに平静を装っていたんだからな。見ず知らずの同年代の為に、妹を見捨てたんだ。―――傍から見れば」

 

「はた……から?」

 

 ますます敵意の強くなった直樹に、状況が飲み込めていない胡桃。そして分かった気でいる俺はポーチから久し振りに携帯を取り出すと、ロックを解除して2人に画像を見せる。

 

「これ、妹か?」

 

「……それと、弟さん」

 

「そうだ、可愛いだろう? 特に妹なんか最高に可愛い。でも弟は駄目だな、馬鹿で下品で、妹なんかと比にならない。なあ、妹可愛いよな?」

 

「は、はい……カワイイデスネ」

 

「弟の事ボロクソに言うなぁ……」

 

「――まあ、どうせもう死んでるんだけどな。どうしようもない、だから気にしない事にした」

 

 どうしようもないから気にしない。ある意味暗示の様に楔を打って、その隙間を誤魔化していた。それがぽろっと取れてしまったのにも原因はあったし、似たようなものだ。

続いた俺の言葉に、苦笑していた2人の顔は途端に青ざめていたのは置いといて―――電源を消して再びポーチの奥底へとしまった。

 

「まあ過ぎた事なんか気にしても仕方ない、若狭が助けに行きたいと言えなかったのも仕方ない。今までで分かったのは、とても助けに行ける状況じゃなかった、っていう事だ」

 

 強引に切り上げて、地を蹴って寄りかかっていた状態から脱出する。

 

「とりあえずは現状維持、良くもならんが、悪くもならん。ゆっくり聞き出して道を探ろう。俺は若狭の父親を演じ、胡桃は学校に居た時の事を、直樹は妹……るーについて聞いてくれ。もし様子がおかしくなったり嫌そうな顔をすればすぐやめていい」

 

「わかった……ってどう聞けばいいんだ?」

 

「そういえば胡桃、俺があの下衆共に脅されてた時どう思ってた?」

 

「え? ……ヤバい事になったな、どうにかしなきゃ……って。ああ、こんな風にか」

 

「そうだ。それとなく、な。あと丈槍についても……『あれ、そういえば由紀はどこに行ったんだ?』だけでいい。ただしこれだけは俺の目の前でやれ」

 

 胡桃はうんと頷く。それに対し手で車を示してやると、すぐに車内へと戻っていった。

 

「さて、直樹は言いたい事はないのか?」

 

ずっと黙って聞いていてくれた直樹にも、念の為聞いておく。苦情と説教は後で聞く、と言ったからな。まあこの問題が終わった後、って意味だったが勘違いしてたら聞かなかった事になるし、一応。

 

「強引すぎます、語弊も多いですし」

 

「すまない、何かと不器用でな」

 

「別にいいです……これのお返しに、って言う事にしておきますから」

 

 そっぽを向きながらポケットからある物を出す。それはさっき何気なく渡した金平糖だ。こんな物でも、気を静めてくれるのか……ともあれ普段の行いが良かったという事だな。

 

「これ、5個入りじゃないですか」

 

「そうだな。何かのおまけだったのかは分からんがケチくさい」

 

「ピンクは由紀先輩、緑は胡桃先輩、オレンジは悠里先輩……」

 

それぞれの色をメンバーに当てはめていく。

 

「黄色は直樹で……紫が俺か?」

 

「いいえ、佐倉先生です」

 

「あ、そう」

 

 自惚れていたのかと恥ずかしくなって視線を外す。そりゃそうだ、会って間もない男に仲間意識なんか持たない。

 

「雅さんは袋です」

 

「なんか嫌だなそれ」

 

「いいえ、袋は大事ですよ。これがなければ皆どこかへ転がってしまいますし、汚れちゃいます」

 

「そうか……そう考えると奥深いな」

 

「そして開ければ、ぽいです」

 

「……やっぱ怒ってないか?」

 

 樹氷の様に涼しげな顔のまま再びポケットに金平糖を突っ込んだ直樹は、黙って歩き出す。

……怒ってた。俺もかなりヤバい事言ってたしなぁ、怒られても文句はない。今更だが、もっと言い方というものがあったんじゃなかろうか。

でも、今更か。そうだ、今更だな。言った事はもう仕方ない、殴られようが毒吐かれようがゴミを見る目で見られようが、仕方ない。

 

「はい、怒ってます。でも雅さんに当たっても仕方ないので」

 

「……そうか」

 

「あと年下なんだから“美紀”でいいです、その方がやりやすいでしょう」

 

「ん? それはどういう―――」

 

「それじゃあ」

 

 理由を聞く前に、直樹……美紀は車へと戻っていった。目当ての理由が聞き出せず消化不良に陥ってしまうが、少なくとも好かれてはいない。

だからとりあえず、その場は呼称の変更のみ、後は気にしない。と自分に言い聞かせて自分も車へと戻っていった。




前バージョンではあまりにも消化不良の為、改変させて頂きました。念の為前バージョンの展開を書いておきますと――

会議中みーくん逆上→由紀に何かを諭され正気に戻ったりーさん乱入→解決

ですので改変です。1話で終わらす必要なんてない、と自分に言い聞かせてこのように致しました。
まあ前Verは書いてて辛くなったのでちょん切ったんですけどね……今回はそれを反省点にみーくんも大人しめです。

さて、今回も細かい設定を入れておきます(前Verそのまま)

大分前に登場した設定ですが、りーさんは18歳というのは平均的な高3の年齢とアニメで超自然に車を乗りこなしていたから(免許持ち?)、というこじつけです。いつものご都合主義です。

ちなみに主人公も車の免許は持っていますが近視の為あまり運転したがりません。出発前の点検までする真面目くんです。

以上、展開の改変に伴い見直しが必要になってしまった事に深くお詫びします。

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