がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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4.変革

 翌日、俺達はデパートと言う名のダンジョンに朝から潜っていた。戦闘をこなす俺と胡桃を基準に2組に別れ、胡桃は悠里と食料調達に。一方丈槍と直樹は他の雑貨を幅広く見て回る事になったのだ。

 

「……クリア、来ていいぞ。そっとな」

 

昼間でも電気が無ければ店内は暗い。殆どがライト無しでは進めない暗さではあるが、十分に睡眠と休息を取っていれば集中力の持ちも違う。あの時は夜でも変わらないとは思っていたが、急いでもいけないんだな。

 

「ほ、本当にですか……? ライトも持たずになんでわかるんですか?」

 

「人よりか耳と鼻が良くてな。奴らは呻き声もそうだが、独特の“臭い”がある」

 

「え、えぇ? 全然わからないです」

 

「まあわからんだろうさ、普通なら嗅ぐ機会はない。だが覚えておくといい、奴らは腐臭の他にもう1つ持っている。死期が近い人間から出る独特のものだ」

 

 非常階段を音もなく上がっていく中、俺は室内用に持ち替えたレンチを握りしめて目的の階の扉の手前で立ち止まる。重い金属製の扉は若干立て付けが悪く、無音で開閉するには厳しい。

そこで2人を階段の踊り場で待たせ、俺1人がその扉を開けた。

 予想通り、扉は軋む。非常口の緑の光すらもない真っ暗闇。その空間へ少しだけ顔を覗かせてゆっくりと呼吸する。

 

――近い? 扉の音に寄ってきたか。どうするか、踊り場まで誘き寄せれば安全に排除できるが2人の前でショッキングな光景は見せられない。胡桃なら遠慮なくやれるんだけどなぁ。

 

「……いますか?」

 

 指示通りライトを布で覆い光量を抑えている直樹だが、不安なのか定期的に声を掛けてくる。それに対して掌を見せると、直樹は押し黙る。落ち着かない直樹に対し、1つ予想外だったのは丈槍が割と落ち着いて行動できている事だった。

必要時以外喋らず、足音も出来るだけ消して移動中は常に俺の右側に居る。直樹がそわそわし始めれば手を握ってやり、緊迫した状況になればしっかりと指示を仰ぐ。

 子供っぽく詰めが甘いと判断していたが……改める必要があるな。

臭いの元がすぐそこにあると分かったその瞬間、目標は呻く。舌打ちをしてこちらの位置を教えてやりながら踊場へと誘導すると、標的は思い通りの動きをしてくれた。

 

「直樹、丈槍。悪いがここで仕留めさせてもらう」

 

 1つ断りを入れて、俺は感染者の頭にレンチを叩きつけた。威力は十分だったようで、その一撃を貰った感染者はそれ以降動かなくなる。念の為もう一撃入れ、バッグからライトを取り出した。

 

『これ以降は物資探索を最優先とし、感染者への対処は俺が引き受ける。俺の位置は常にマークし、もしもの時はそこに逃げ込め』

 

 事前に2人に話しておいたプラン通り、状況更新の信号をライトの点滅で示してやる。それに対し、2人は手を振って応えた。

よし、ここまでは順調だ。衣料品が並ぶコーナーは扉を出てすぐではあるが、恐らく最低でも4体はこの階に巣食っている。

それに気を付けて無音で探せ、というのも厳しい―――ここは1つこの階の感染者を全滅させてやれば間違いなく2人は安全に行動できるだろう。その為には感染者を誘導するあらゆる手段で自分の存在を示さなければならない。

その為にはどうするか? 音を立てる、ライトを点けて堂々と歩く。そのどちらも日常ではありきたりな行動であり、同時に“奴ら”を惹きつける最良の手段でもある。

 そうしようか考えていた途中、直樹が声を掛けてきた。

 

「あの……死期の近いにおいって、なんですか?」

 

その問いに若干迷ってしまう。あの時は病室で嗅いだ物だし、次に会った時は棺の中。看取った訳でもなければその臭いを確かに、しっかりと分析した訳でもなかったからだ。

ただ、確かに感じた物と言えば……

 

「消毒液の様な、でもかなり生々しい感じの……上手くは表現できないが、実際に嗅げばわかると思う。そうとしか言えないが、本当に嗅げば分かる独特なものだ」

 

 かなり大雑把ではあるが、直樹はふむふむと言った具合に理解していた。自分の理解し得ない範疇の事象は文字通り理解し難い。その人が言った様にしか学習できないのだ。それでも、直樹はしっかりと曖昧な俺の言葉を飲み込む。いつか役に立つと保険的な意味合いで吸収したのか、それとも今すぐにでも理解しようと聞いたのかは分からない。どちらにしろ、微量ではあるが成長が見込める――そんな瞬間だった。

 

「まあ、分からないままでもいいんだ。そりゃ分かる方が色々と便利だけどな? 本当ならお前らは安全な場所で飯でも作って、遠征は男が行って……上手く言えんがそういう場所にいるべきなんだ」

 

「そんな恵まれた環境……ある筈ないじゃないですか」

 

 どこか悲しそうに呟いた直樹は少しだけ歩くペースを速め、俺を追い越していく。衣料品を扱うコーナーはこの階全体にあり、まず2人は扉を出てすぐの場所へと向かう。

はぐれない様に後に続くが、2人が照らした服はやたらとコンパクトな物ばかりが揃っていた。それもピンクだとか、真珠色で生地が細かいヤツ。どこかで見た気もしないが俺には無縁な物で、近視と薄闇というコンボで一瞬では理解できない。

 

「あっ、みゃーくんはあっち向いてて」

 

「ん? あ、そうか……全員で同じ方向向いてたら警戒できないもんな」

 

「う、うん。そうだね? ――あれ? みゃーくんもしかしてニブイヒト、っていうのかな」

 

「察しは良い方だけどな」

 

「うぐっ!? そ、そうなんだね……」

 

 丈槍のぼそっとボイスもしっかり拾ってやれるのがこの地獄耳のいい所だ。2人とは反対の方向を向いて警戒していると、左からのそのそと音が聞こえてくる。

武器を握れば明かりは持てない。逆に明かりを持てば武器は持てず、有効なのは体術のみ。

その体術も決定打にはならず、完全に仕留めるには頭か首を踏み砕くしかない。正直やりたくないんだよな、あの感覚はいつになっても慣れない。

 閃いた、ライトを口で咥えればいいじゃないか。径の大きい物なら無理だが俺が持つのは割とコンパクトなLED防水ライトだ。何度か血で汚れた事もあるが洗ったから大丈夫だよな?

レンチを辛うじて残る右腕と脇腹で挟んで持つと、恐る恐るライトを口に咥えた。当然喋れなくなるが仕方ない。

 視界の中央を白い円が照らす。ああ、なんかホラーゲームをしている感覚だ。スタミナ上限が低くてオワタ式で片腕限定、体力なんてものはなくて頭を潰すまで延々とのたうち回るゾンビが相手。食料は少なく栄養を考えなければ死ぬ、そして水はちゃんと煮沸殺菌、ろ過しましょう……と。

 

間違いなくクソゲーだと評価されるな。まあ俺の場合自分で難易度上げちゃってるのもあるんだけど。……日頃からちゃんと筋トレでもしておけば、ここまで苦労はなかったんだろうな。

 

 そのクソゲーの敵役であるゾンビはやっと目の前に現れた。なるほど、動きが遅い理由はそれか。

納得しながら、俺は悠々と左手に持つ得物を振り上げる―――その直後、骨とその内容物が弾ける音は階全体へと響き渡った。

 

その後も俺は躊躇なしに感染者を屠る。何度も頭蓋を砕き、偶に他に弱点はないかと適当な場所を打ってみたり。

 

彼女達でも気付く程、辺りは臓物特有の生臭さが漂い始める。

 

「雅さん」

 

「……ん?」

 

 安全を確保した後、死体を一ヵ所に集める俺に直樹は声を掛けてきた。

 

「無理して全部倒さなくても、いいんですよ?」

 

「いきなり何の話だ」

 

半ば自棄になりながら引き摺ってきた死体を並べる。こうして眺めると、本当に色んな恰好のヤツがいるもんだ。どこかの制服やちょっと洒落た服、そのどれもが血で汚れ、破れていたり引き千切られた跡があったり。

元は同じ人間なんだと、再認識させてくれる。

 

「辛いんじゃないか、と思って……」

 

「なんだ、また泣いてたか」

 

「い、いえ……でも悲しそうな顔してます」

 

 悲しそうな顔、か。そんな顔を最後に見たのはいつだったかな。ここんとこ1人だったし、いつでもピンチだった。悲しいなんて思いもしなかったな。

まだ数日だが、俺はこいつらと会って変わった気がする。笑う機会も段違いに増えたし、口を開く事も多くなった。当たり前だ、1人で笑って独り言を言ってたら気狂いのそれだからな。

 

「はーん、そうなのか。自分じゃ自分の顔は見えなくてな、さっぱりわからん。……お前も似たような顔してるぞ」

 

「えっ? 嘘」

 

「悲しい、と言うより怖いか? どちらにせよ心配するな、俺が生きている間はこいつらの事は全部俺が引き受ける。と言っても気休めにもならんか」

 

 粗雑に並べられた死体を蹴りながら、近くにあったカーテンを拝借して掛けてやる。少し難儀していると、直樹が反対側に回って手伝ってくれた。

 

「いえ、安心できます。男の人がいるだけでも、違いますから」

 

 そんなありふれた言葉を聞き流し、本当の気持ちを言わない事に少し不満を感じていた。俺は馬鹿だから、気持ちを隠す事は苦手だ。溜め込めば自分の首を絞めるのと同等、相手は気付かず自分だけが損をする。

だから俺は言いたい事はきっぱりと言ってやる。それが罵倒だろうが感謝だろうが殺意だろうが関係ない。このご時世、溜め込み過ぎても良い事はないんだ。飯も腐っちまうしな。

 

「そういや丈槍は?」

 

 さっきまで荷物の整理をしていた丈槍はいつの間にかいなくなっている事に気付く。周りを見渡しても、姿どころか気配すらも消えていた。

 

「由紀先輩ならトイレに行きましたよ」

 

「は? トイレ……? クソッ!」

 

しまった、今までの常識通り女子トイレには入ってまで確認していない! ったく何やってるんだ、仮に誰かいたとしても安全確認ですぅとでも言えばよかっただろ。数秒入口で耳を澄ましていたが、あの時だけ動いてなければ感知できない。臭いも水の腐った臭いに掻き消されていたし。

そもそもトイレに行くとは思わなかった。出発前にトイレは済ませろと言ったのに……!

 全力でトイレまで走る。直樹も事態を察したのか、数m後ろに追従していた。だが足の速さなら俺の得意とする物、そう簡単には追いつかれない。それどころかゆっくりと引き離していた。

 

「丈槍っ!」

 

 扉の無い曲がりくねった女子トイレの入口に突っ込むと、そこには丈槍がいた。

 

「み、みゃーくん!? なんで……ここ女子トイレだよ! 男子禁制だよ!?」

 

「ここだけ安全確認を怠っていたからな……入らせて貰った、異常なかったか?」

 

「う、うん……そ、それよりここ女子トイレだよぉ!!」

 

「出すもん出したんだろ? ならさっさと撤収だ、他の階に行くなり一度戻るなりするぞ」

 

 モラルもマナーもエチケットも持ち合わせない発言で2人は心底引いていた。そんな2人に気付かないフリをしてトイレを出る。腐った水の臭いってのは耐えられはするが長く味わいたくはない。それに長々と男子禁制の花畑には居たくない。ゆっくりと花を摘んで頂こう。

 

「みゃーくんはトイレいいの?」

 

ハンカチで手を拭きながら出てくる丈槍とそれに付き添って出てきた直樹は壁にもたれていた俺を見つけて寄ってきた。

 

「節制してるからな、柴刈りの必要はない」

 

「えー、脱水症状になっちゃうよ?」

 

「そうです、水はこまめに摂らないとダメですよ」

 

「夏じゃあるまいし、問題ない。今までずっとしてきた事だから保証はあるぞ、余程動き回らない限りは。さあ、どうする? 帰るか、探索を続けるか。残りのスタミナと相談して決めてくれ」

 

 いらぬお節介を躱す為に無理矢理話を替え、決断を急がせた。丈槍はうーんと考え込むと、ちらり……直樹を見る。その視線に気付いた直樹も顎に手を当てて考えるが、どちらが最善か決めかねている。そしてちらり……と俺を見た。

 

「お前ら決断力ないな」

 

「えへへ……どうしたらいいかわかんなくて」

 

「このまま他の2人と合流するのも1つの手ですよね」

 

「うーんそうか、ならとりあえず車に戻るぞ。戻るまでが遠征だ」

 

 そうして、俺達は来た道を戻る。俺の信条は『即断即決即動即死』、ぱぱっと判断してぱっと決めてさっと動いてそっと死ぬ、これに限る。特に最後は肝心だ、無闇に苦しみを長引かせたくないからな。

車が見えてきた頃にそんな話をしたら、流石に最後は駄目だとお叱りを頂いた。それでも、死に際というのは重要だ。

 

 

 

 一方その頃、悠里と胡桃は出来る限りやつらとは接触しない方向で探索を進めていた。食料品が並ぶ1階は悪臭でまともに呼吸が出来ないくらいで、特に生鮮食品――肉や魚がある場所に近付く程酷くなっていた。

しかし悲しい事に、缶詰が並ぶ棚はその売り場のすぐ隣。ハンカチで鼻と口を押えながら移動する2人だが、分厚い布越しでもバイオテロレベルの悪臭は衰えない。ならいっそなくてもいいか、となる訳もなく。

 

「マジ臭いんだけど……」

 

「喋るともっと吸っちゃうわよ、出来るだけ呼吸せずに行きましょう」

 

「んな無茶な」

 

 何度吐き気を催したか分からない2人は、床に散らばる空き缶と荒らされた棚を見て嘆息する。それでもまだ開けられていない缶もあるのが唯一の救いだ。流石にこの臭いの中取りに来ようとする猛者はそういなかったのだろう。

 

「お、由紀の好きな牛肉大和煮があるな」

 

「貰っていきましょう。お肉は貴重なたんぱく源だから」

 

 2人は無事な缶詰を吟味しながらバッグへ詰めていく。由紀の好きな大和煮、生きていくのに欠かせない豆や魚、時折キャビアなんて缶詰もあるがそれは無視する。

そういえばあの人は何が好きなんだろう、と悠里は思う。たった数日ではあるが、彼は学園生活部とは一緒に食事をしていない。自分の物資が尽きるまでは自分の分を食べると言っていたが、何かを食べている姿を誰も見ていないのだ。

 

「そういや……アイツと飯食った事ないな」

 

 悪臭の中、胡桃が鼻声で何かを思い出していた。丁度同じ事を考えていた事に悠里は微笑むと―――

 

「そうね、その内一緒に食べてくれるわよ」

 

同じく鼻声で返答した。

 

「警戒してんのかな、それとも遠慮なのか」

 

「さあ……どうかわからないけど、警戒はないんじゃないかな」

 

「うーん、大人はわかんないんだよなぁ。特にアイツは謎が多すぎて逆に怖い。でも奥底に何かが詰まってるんだよなぁ」

 

「ふふっ、よくわかってるのね」

 

「あっ! そ、そういう恋愛的な意味はないからな!? ただなんていうか、哀愁漂うというか、大人の秘密な感じがむんむんしてて」

 

 胡桃自身よくわかっていないんだろう。ぶつぶつとああでもこうでもないと1人問答をしながら時たま臭いで盛大にむせる。そんな姿がおかしくて、悠里は終始くすくすと笑い、同じようにむせていた。

 

 

 

 

 30分後。先に車に戻り待機していた雅、美紀、由紀の3人は悠里と胡桃の帰りを待っていた。時刻は正午に近付き、雅は周囲警戒も兼ねて1人車外でおやつの時間を摂っていた。

 

「……遅い。潜ってから3時間経つのに」

 

不安を感じつい独り言が出てしまう。いけないいけない、これが癖になると本当に危ないんだ。ゲームでもそうだ、喋りながら歩いてる奴ほど見つけやすいし脳のリソースを余計な事に割いてる分反応も遅くなる。頭であーだこーだ考えるならまだしも、本当に独り言はいけない。何より、黙ってる方が格好いい。

 頭であーだこーだと考えながら、俺はポーチから金平糖を一粒取り出し、口に入れた。どんなに水と食べ物を節制しても、糖分はしっかり摂らなければならない。カロリー面でも優秀な菓子で自衛隊のレーションにも付くくらいだ。何より美味い。

 

「みゃーくん、りーさん帰ってきた?」

 

車の扉を開け、丈槍が聞いてくる。

 

「いや、姿もなければ気配もない。あと30分で帰ってこなければ捜索に行くつもりだ」

 

「そのときは私も行っていい?」

 

「駄目だ。捜索は1人で行く。理由を説明するにも面倒だから、分かってくれると嬉しいんだが」

 

「そっか……うん、わかった」

 

「よろしい。物分かりのいい子には褒美をやろう」

 

 肯定した時の顔がちょっと心配で、ついポーチからまだ開けていない金平糖の袋を投げ渡す。

 

「わわっ……これ、金平糖? みゃーくん渋いねぇ」

 

「金平糖を侮ってはならん、意外と優秀なんだぞ」

 

「ははっ、雅様からの褒美有り難く頂戴いたします」

 

「うむ、今後も精進せよ。しからばその度に褒美を授けよう」

 

 うやうやしく頭を下げて金平糖を持つその手に、なんとなくジャーキーと乾パンも乗せてみる。最後のメインディッシュだったが……まあ面白いしいいだろう。こういう所で交流すれば親睦も深められる。

 

「えっ? こんなにいいの?」

 

「前払いみたいなもんだ、その代わりちゃんと俺の言う事を聞けよ? 特にジャーキーは3回分だからな、肉の価値は重い」

 

「そっ、そうだよ! お肉は貴重だし、これはみゃーくんが」

 

「いいよ、食え。食わんと大きくなれんぞ」

 

ただでさえ身長の低い丈槍だからな……痩せ形だし。正直心配だ。

 

「なにしてるんですか……」

 

 丈槍の後ろから本を読んでいた直樹が顔を覗かせる。丈槍の手の上にある食料を見て首を傾げ、理由を求める様に俺の目を見てくるもんだから……ちょっと遊んでやろうかと考えてしまった。

 

「年貢を納めてた」

 

「なんの年貢ですか……というかいつの時代」

 

「友達料」

 

「最低ですね由紀先輩」

 

「ええっ!? 私お金取らないよ!」

 

「俺の立場は意外と弱くてな? 密かにこうやって飯を渡してたんだ……およよ」

 

 わざとらしく嘘泣きまでして演技するが、その途端直樹は心底呆れた顔で俺を見る。あ、バレたな。

 

「普段無表情で機械みたいな雅さんがそんな事で泣く訳ないじゃないですか……っていうかそういう顔もできるなら普段からしてください気持ち悪いんで」

 

「前から思ってたけどさ……割と、毒々しい事言うよね」

 

「変な事してるからじゃないですか。……はぁ、もういいです」

 

「あ、おい待てい」

 

顔を引っ込めようとした直樹は改めてむすっと顔で出てくる。そんなボーイッシュ可愛い最年少後輩真面目毒舌密かな色気、他諸々の属性を持つ直樹にも金平糖の袋を投げてやった。

 

「美味いぞ、食え」

 

「……どうも」

 

 一言だけ礼を言うと、直樹は引っ込む。そんな一部始終を丈槍と俺は微笑ましいと言わんばかりのにやけ顔で締めた。

 

 思えば、この数日で俺は変わった。変わり過ぎた程に。馬鹿みたいに冗談を言って、下手な芝居を打って、まるでこうなる前の馬鹿な自分に戻ったようだ。

そして同時にこうも思う、彼女達と一緒に居ていいのかと。あの時、俺はその場の空気でこのグループに入ったようなものだ。

あの時、密かに抑えていた感情が生身の人間を殺したことで爆発した。次第に強くなっていく悲しみの中、俺は丈槍の「一緒に行こう」という誘いに乗った。悲しくて寂しくて、ようやく自分を認めてくれる生存者に遭えた事が何より嬉しかったのだ。

 だが同時に甘えている節もある。優しくしてくれる悠里に、戦友だと慕ってくれる胡桃、妹の様に懐いてくれた丈槍に……まだ少し距離があるが一先ずは認められている直樹。

護ってやると明言した以上務めは果たす。約束は守るし、やっぱり止めたなんて言うつもりもない。でも自分がここに居てもいいのかと何度も思ってしまう。同時に誰がこの子達を護ると自問して、勝手に折り合いを付けてしまっていた。

 

「ねえ、みゃーくん」

 

 いつの間にか俺の隣へと移動していた丈槍は含みのある言い方で俺を呼ぶ。最初は止めろと言っていたその恥ずかしいあだ名も、慣れはしないが受け入れる事にした。

 

「なんだ」

 

「そんな深い所まで考えなくていいと思うよ」

 

「……エスパーみたいだなお前、よくわかったな」

 

「もちろん、だってわかりやすいもん」

 

 いつだって、丈槍はこの笑顔で周囲を癒してきたんだろう。破壊力抜群の笑顔は俺までも暖かな気持ちにしてくれる。

 

「目を細めて何かをじっと見てたら考え中、深く考えれば考える程近くの物を見てるよね」

 

「あー、そう言えばそうか。よく見てるな、惚れたか?」

 

「ほ、惚れてなんかないよ!?」

 

 自分でも知らない事を知られていた、その羞恥は結構な物でちょっとアウトな軽口を言ってしまう。いかんいかん、そういうのはもっとイケメンが言ってこそ映えるものだ。俺の様なネクラオタクが言ってもただキモいだけに過ぎない。

 

「冗談だ。まあどうであれ感謝する、ちなみに何考えてるかわかったか?」

 

「流石にそこまではわかんないかな~」

 

一瞬お前が愛しくて仕方なかったんだ、とかいう訳の分からない言葉が候補として挙がったが、なんじゃそりゃとゴミ箱へ投げてやった。その言葉はまるっと削除され、つい言っちゃった、なんて事態にはならない。

 

「まあそうだよな、わかったら怖いわ。普段俺が皆を見て可愛いなぁとか思ってるのを覗かれてたら今頃スコップで打ち首だ」

 

「か、可愛いとか思ってるんだ……」

 

「あっ」

 

 しまった、検門を上手く偽装した車列が通り過ぎていったぞ。さっき摘発して浮かれていたのか、俺は重大な問題発言をあろう事か丈槍に言ってしまう。黙ってくれと言えば黙ってくれそうではあるが……仮にそうして処罰を免れたとしても、罪悪感は一生残りそうだ。

 しかしなんなんだ、最近訳の分からない事ばかり頭に浮かんで……今までの合理主義な思考は一体どこのリサイクルショップに売り払われてしまったのか? この思考ルーチンじゃいつか本当に打ち首になるぞ。

とか考えている間にも低レベルな軽口とジョークが混じるし……駄目だな、一度自分を見つめ直そう。

 

「ま、まあ花の女子高生だしな。ニッポンの男共はJKという言葉に敏感なんだ、俺は違うけどな」

 

「えー」

 

「でも実際可愛いとか思っちゃうのは仕方ない。このご時世出会っても血生臭い戦いに発展するってのに、こんな平和で美人のJK見てりゃそう思うのも仕方ない、うん仕方ない。そういう事だから、俺は捜索行ってくるよ」

 

 もう半ばヤケクソになりながら、20分も経ってないのに斧を手にデパートへと歩き始めた。流石に丈槍も苦笑していたが、気を付けてと手を振っている。いかんな……方向性を見失っているぞ。ようやくまともな性格になってきたと思えば変態コースとか洒落にならん。

そもそも何故俺はここまで変わってしまったのか? うーん、議論の余地ありだな。

 

「あ! おい、雅!!」

 

 考え込んで前が見えなくなっていた所に、メンバーの中で最も恐れている人物の声で我に返った。その緊迫した声色に何事かと、視界に移った2人に駆け寄る。

 

「っ!? 噛まれたのか!?」

 

「いや、返り血だ! りーさんに1体近付いてたのに気づかなくて……どうにか間に合ったけど……あとまだ後ろに……!」

 

朦朧としているのかぐったりとした悠里に肩を貸す胡桃は全身に血を浴び、悠里の髪や顔にもべっとりと赤が付いていた。噛まれていないとは言ってたが、傷口から奴らの血が入っても感染する。早急に血を洗い流して怪我がないか確認するべきだ。

 会話の為に立ち止まっていた胡桃が後ろを振り返った時、丁度停まっているトラックの影から感染者が現れる。

 

「撒こうとして車の間を縫ってきたんだ、でも何故かずっと追い掛けられてる」

 

「了解した、こいつらは任せろ。車に着いたらすぐに血を落として怪我がないか確認しろ、あと30分経っても俺が帰らなかったら死んだと思え」

 

「縁起悪い事言うなよ……とりあえず任せた! 帰ってこなきゃあたしがお前を殺しに行くからな!」

 

「なんじゃそれは……」

 

 胡桃達が真っ直ぐ車へと向かうのを見送ると、続々と姿を現す感染者共の前で斧を構える。そして近くの車のフロントに思い切り叩きつけ、盗難防止装置を作動させた。

けたたましく鳴るクラクションに感染者の目が集まる。その隙にまず1体目の頭に一撃を入れる。

 

「さあ、ここからは俺が相手になろう。ただ逃げるヤツを追い掛けるには飽きたろう? 食らいたければ努力してみろ、勿論俺も食われない努力はさせて貰う」

 

そこそこの声量で目に見える範囲の感染者のヘイトを稼ぐ。これで少しくらいの音じゃターゲットは移らない。

 

「可愛い子達の為だ……一肌でも二肌でも諸肌でも、生皮脱いでやったっていい」

 

 綺麗に洗ってぴかぴかだった斧はどんどん汚れていく。赤く、紅く、赤黒く、終いには真っ黒に。蘇芳色が地面に花を咲かせ、毒々しいピンクが頭蓋の隙間から覗く。

何体倒しただろうか? 煩かったクラクションは途絶え、足元にはいくつもの肉塊が転がる。

 何体かは脚や腕が飛び、俺自身も赤に染まっていく。10体、15体、20体と積み上げられていく屍は段々と死臭を濃く漂わせた。

 同時に、俺の中にも前と同じあの感覚が戻ってきていた。

 

「雅!」

 

俺の名を呼ぶ声に、横目で確認する。それはスコップを片手に加勢にきたらしい胡桃だった。

 

「胡桃か、若狭はどうだった」

 

「大丈夫、怪我もしてなかった。お前は?」

 

「問題ない」

 

 いつの間にか最後の1体となっていた感染者の頭を砕くと、口元を拭って大きく息を吸う。数えるのも面倒な程の感染者を相手にして体はくたくただ、流石に今日は節制なんて言ってられない。

 

「お疲れ。っていうかすごいな、この数をやったのかよ」

 

「武器が武器だからな。相手が走って来るなら数体が限界だが、ただの鈍い馬鹿力なら引き打ちすりゃいい」

 

「そう言っても体力持たないんだよ……」

 

「体の差だ、諦めろ」

 

 斧に付いた血と臓物を振り払い、戦闘終了の号令を全身に伝える。それと同時に限界を迎えた体はだらしなく脱力した。

 

「うわっ、大丈夫か!?」

 

「疲れた」

 

斧を杖代わりになんとか立ち上がる。胡桃は返り血が付くのも厭わず肩を貸そうとしてくるがその手を拒み、最後の力を振り絞って一歩ずつ進んで行った。これからまた何処かへ向かうのなら、俺はへたり込んでいただろう。だが今は違う、“帰れる”からなんとか歩けているのだ。

 

「風呂入りてぇなぁ」

 

「流石に風呂は車にはないなぁ」

 

俺の切なる願いは砕けた。もう川でも池でも貯水槽でもいい、水に飛び込ませてくれ。

 

でも贅沢を言うのなら、ちょっと熱めの露天風呂にでも入りたい。湯で温めた酒を星空を肴にして一杯……無理だな。

 

「温泉入りてぇなぁ」

 

「あー、確かに入りたいな。最近肩こりが……」

 

「あっ、湿布忘れた」

 

 胡桃の肩こりで出発前に湿布があれば取ってきてくれ、と言い忘れていた事に気付く。ダメ押しを食らって今すぐにでもぶっ倒れたい事この上ないが、そうなれば胡桃に迷惑を掛けてしまう。ここは我慢して、車でぶっ倒れよう。

 

「酒飲みてぇなぁ」

 

「料理酒ならあると思う」

 

「もうそれでもいいか……」

 

「アル中の言う事だぞそれ……」

 

 それからも様々な願望を口に出しては胡桃が一々コメントしてくれるのが嬉しくて、車に着くまでずっと言っていた。

 

「右腕戻らねぇかなぁ」

 

「話を重くするな!」

 

そして自虐ネタを出しては怒られ、最終的には俺の手が届かない右肩を支えられていたのだった。




酔ったり寝不足だったりと様々なコンディションが重なりいつにも増して駄文化した気がします。でも書いていると本当に面白い内容だな、と思っちゃうんですよ、落ち着いて見ると「なんだこれ」ってなるんですけどね。

さあ、いつもの閑話でございます。

この物語の由紀は結構しっかりしており、普段の幼い印象は半分演技のようなものです。本当はそれなりに落ち着いていて、気の沈んだ人がいればその人に合った方法で励まします。
これは自分の知り合いにそういう人物がいるので少し参考にさせて頂きました。

一方りーさんの方はまとめ役としての立ち位置はそのままに、原作同様精神が不安定になっています。今はまだ大丈夫ですが、幻覚とか幻聴とか……そうなる前にどうにかして頂きたいものですね、見ていると辛い。書くとなるともっと辛い。

そして肝心の主人公も迷走しています。その理由はまた後日。

なんとかやつらの大群を処理できた主人公ですが、車に戻ると異変が。一体何が起きたのでしょうか?
次回はそこそこ重くなります(展開&文字数的な意味で)

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