がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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修正記録:5/21:誤字、段落、一部適切ではない台詞と描写を修正しました。


2.本質

 それは、今まで聞いた事もない“提案”だった。

 

「夜警……?」

 

 何故見ず知らずの男にそんな事を? 少し話しただけで俺を見抜く……そんな技能がある筈がない。あるとしたら誰だ? ただでさえ若くて、それに俺をすぐ解放する奴らにそんな……いや、百歩譲って分かったとしても意図が不明だ。

 この車ならある程度囲まれても対処は出来る、その危険すらも排除したいならこの中の誰かが当番制で見張りをすれば―――ただ、サボりたいだけ? いやサボるなんて失礼な。慣れない人間からすれば徹夜は地獄だ、カフェインを大量にキメればまだしも、安定供給は出来ないしな。

 とは言え、真意が掴めない。ここは出来る限り理由を聞きだして、謀ろうとしているなら法外な報酬でも吹っ掛けて諦めて貰おう。

 

「それは何の為に」

 

「夜を安心して過ごせる様に、重要だとは思わない?」

 

 若狭、と名乗った少女はニコニコとしたまま、代表といった面持ちで俺の前に立っている。他の子達もそれを咎めず、それどころか気にもしていない。

つまり、この若狭悠里がこの一団の長、という事だ。

 

「いや、重要だ。だがこの車ならある程度は大丈夫だ、と勝手に自己判断しただけだが……狙われてるのか?」

 

感染者への対策は原始的な仕掛けでも十分取れる。だが生きている人間にとって、それは自分達は此処に居る、とアピールしているだけに過ぎない。

 この状況になってからもう半年以上経つ、生存者の数も最初に比べれば減っている……それでもずる賢い奴はいつまでも生き残り続ける。まるで害虫の様に、際限なく数を増やして。もっとも虫よりかは緩やかなペースではあるが。

 

「……ええ、実はそうなの。毎晩場所は変えているんだけど、夜な夜などこからか嗅ぎつけてくるのよ……私達は皆女子だし、戦えるのもくるみだけだから」

 

 若狭は僅かに顔を伏せ、心底疲れた様子で“演技”した。最初は半信半疑だったが、確信に変わったのは周りの反応だ。直樹は無表情ではあるが瞳には負の感情がそこまで見受けられない、恵飛須沢は上手く合わせてはいるが、詰めが甘い。

 そして丈槍はなんのこっちゃという顔をしている、お前がちゃんと合わせてれば6割は信じたぞ、逆にお前の所為で1割も信じられなくなったけどな。今時嘘がつけない純真な子もいるんだな、どうかそのままでいてくれ。

 

「自分で言うのも何だが、俺は人の心がある程度読めるぞ」

 

「ちょ、超能力者!? り、りーさん! バレてるよ!」

 

「ゆきちゃん……」

 

「ゆき先輩……」

 

「はぁ~」

 

 止めと言わんばかりにはったりを言うと、丈槍はまんまと引っ掛かった。それに対する周りの反応も見ると、正真正銘頭から爪先まで綺麗な嘘だ。

 

「……で、嘘を吐く理由は? この際包み隠さず言ってくれた方が嬉しいんだけどな」

 

「えーっと……あのね」

 

 睨みを利かせつつ、丈槍は渋々口を開いた。内心少し驚いたのは、こういう時解決しようと前に出てくるのは若狭か恵飛須沢だと踏んでいたからだ。折角だからと少し聞く気にもなり、言い渋る丈槍の顔をまじまじと見ながら次を待つ。

 

「実は……雅、くん? が気絶してる間に傷の手当てをしててね、ほっぺたの。その時に消毒液とか持ってないかなーってバッグを開けたら手帳が出てきて……」

 

「ふん、手帳ね―――は?」

 

 もじもじと顔を赤らめたり青くしたり忙しい丈槍は、衝撃のカミングアウトをしてくれた。―――手帳とは、俺が今まで日記代わりに使っていた物でそれはそれは色んな事が書き記されている。どうでもいい事はその日の夕食、そこそこ重大な事は俺が一度精神を病んだ時、それ以外はその日の物資調達の成果や感染者の研究記録が載っている。

 そして極めつけは……研究記録の後にある独り言。

 

「ご、ごめんなさいっ! でも、その、何かアレルギーとか書いてあるかなって……」

 

「あ、アレルギーは……乳製品とトマト、あと柑橘系の果汁は肌に付くと爛れる……以外特にない、かなぁ……?」

 

 今までの高圧的な態度とは打って変わって弱々しい物に変化してしまった俺を見て、恵飛須沢と直樹はこそこそと何かを話して時折含み笑いをこぼす。やめてくれ、そういうのは精神的にくるものがあるんだ。

 

「で、でも……友達が、いたんだよね?」

 

「ゆきちゃん……!」

 

 丈槍がその事に触れた瞬間、俺を含めこの場の空気が変った。

 

「ああ、いた。今は大きな避難所……と言えばいいか、そんな場所で暮らしている」

 

日記も見られた以上、隠す必要はない。恵飛須沢達や若狭が止めたという事はこの場に居る女子全員には知れ渡っているんだろう。そんな思いで、俺は思いの外すらすらと語り始める

 

「なんで雅くんも入らなかったの?」

 

「書いてあっただろ、この腕の所為だ。ここまで大きな怪我、向こうじゃお荷物確定だ。それに、噛まれたから切り落とした……正直に言ったのが災いしたとも言える」

 

「でも、今もこうして……生きてるわね」

 

「ああ、そうだ。……腕もすぐに切り落としたしウイルスはそこまで回ってない、と信じたい。まあ結果として、疑わしきは罰せよ、っていうのに引っ掛かった訳だ」

 

「それで、“自分は死んだ”という事にして1人で彷徨ってたと」

 

「早い話そうだ、その友達とやらには右腕の状態が悪化して感染症で死んだ、と伝えられている筈だ。伝言係がまともならな。―――他に質問は?」

 

 粗方聞き終わったのだろう。彼女達は殆どが目を伏せ、黙り込んでしまう。楽しい話でもないし当たり前か、助けて貰った礼だけしてさっさとずらかろう。そう考えていた時、ただ1人真っ直ぐ見つめてきていた恵飛須沢が口を開いた。

 

「じゃあ質問だけど。私達と一緒に来る気はない?」

 

「はぁ? また突拍子もない、警戒心皆無もいい所だ。見ず知らずの男に一緒に来ないかだ? 馬鹿を言うな、俺をどう評価したのかは知らんが今夜中にお前ら全員が襲われるか殺されるかする予想もしなかったか? 俺はそこまで善人じゃないぞ」

 

 優しさからの提案に対し、俺は思い付く限りの言葉で反論した。きっと目付きも表情も、無表情とは程遠いだろう。それを証明するように直樹と丈槍は俺が言葉を発する度に体を震わせ、怯えている。

 

「知ってる、あんたの行いは悪人と同じだ。日記を見るだけでも性根が腐ってるって分かる」

 

「なら何故誘った。片腕だからと高を括ったか」

 

 年下相手に何を噛み付く必要がある。一言「ない」と言ってこの場を去ればいいのに、何故ここまで噛み付き居座ろうとする。夜警なんざ嘘だ、こいつらは俺の手帳を盗み見て、俺の罪も過去も全てを知った。

 消す理由は十分にある。まず素手でこのツインテの首をへし折ればいい。そうでなくとも意識を奪えばこちらの勝利は確実、敗北はあり得ない。だから俺はここまで喰いつくのか? だとすれば結局高を括っているのは自分じゃないか、年下……それも女相手に、大人げないにも程がある。

 

「お前、泣いてるんだろ」

 

「……メクラか?」

 

「表面的な話じゃねえよ、あたしは中身の話をしてるんだ。本当は悲しくて寂しくて、誰かに泣きつきたいんじゃないのか」

 

「そんなのは誰だってそうだろう、この状況なら尚更だ。だがあえて、俺はそうしないし思わない。少しでも隙を見せれば取って食われる……泣きつかれるならまだしも、泣きつきは絶対にしない。そんなもの……」

 

「あたしもさ、強がってた時があったんだよ。あたしが頑張らなきゃーってがむしゃらにさ……でもいつかは壊れちゃうだろ?  ……でも今は、ほら、な? わかるだろ?」

 

 口に出すのが恥ずかしいのか、恵飛須沢は周りの仲間を見渡して自嘲気味に首を傾げた。それが俺にとって、堪らなく眩しい。気の合う仲間、仲間の為なら自分が死ぬとしても守り通したい……こいつもそう思ったんだろうか?

 まあどうであれ、もう俺にはそ思う相手はいない。そんな重荷を背負う必要はなくなった、なんせ安全な場所に辿り着いたんだから。俺は今こうして無秩序な所で彷徨ってはいるが、あいつらが安全な場所で生き残れるなら。

 人付き合いしなきゃならんのが一番の難点ではあるが、俺みたいに不愛想でもないし、問題ないだろう。

 

「だから、さ……なんか放っておけなくって。あ! 言いだしたのはゆきだからな!? あたしが率先して引き入れたいって言った訳じゃ―――」

 

「あーはいはい、分かった分かったテンプレテンプレ」

 

「はぁ!? テンプレってなんだよ!」

 

「お前がいくらか恥を晒した分、俺も晒してやろう。まあもう十分晒してる気もするが。さっきはつい感情的になったが、その誘いは素直に言えば嬉しい」

 

「じゃあ!」

 

「だからこそ断らせて貰う。お前達の関係はある程度完成されているとは言え、俺が入ればいくらか均衡が崩れる。俺の所為で内輪揉めが起きるのも嫌だし、要らぬ心配をさせるのも嫌だ。何よりこんな甘ったるい所に居たら気がおかしくなりそうだしな」

 

「あ、甘ったるい!?」

 

 恵飛須沢が「甘ったるい」という言葉に反応して自分の服の匂いを嗅ぐ。それに釣られたのか丈槍、直樹が袖や襟を嗅ぐ。若狭は控えめにカーディガンを嗅いでいるが……自分でわかる訳ないだろ。―――まあ、これではっきりした。

 俺はこのほんわかした雰囲気には合わない。こんな綺麗で儚い感性を持った子達を穢す訳にはいかないな。

 

「甘いんだよ女の匂いは……そういう事だから、俺は今まで通り1人でのんびりやる。服をくれ、あと荷物も」

 

「……せめてコートくらい洗わせて欲しいのに」

 

 綺麗に畳まれていた服達と一緒に前より重くなったバッグが手渡される。不思議に思って中を見てみると、そこには詰められるだけの食料と水が入っていた。

 

「厚意は嬉しいが、極力人の助けは借りない主義だ。自分達の飯を削ってまで人に優しくするな」

 

「それは助けてくれたお礼だから、助けじゃないわよ?」

 

「その件は俺を助けた事でチャラになったって言っただろ、むしろ借りがあるとまで言ったが手帳盗み見たからナシな。これで貸し借り無し、立場は対等だ」

 

「……そう、残念だわ」

 

 さっきまで自分が座っていた場所に増えた分の物資を置いて、タートルネックから順に服を着る。

 

「本当に行っちゃうの……?」

 

 丈槍が今にも泣きそうな表情で服を着た俺の腕を掴んだ。俺はそれを優しく、手を触れないように振り払うとバッグを肩に掛け、斧を持つ。

 

「男に馴れ馴れしく触るなよ、気があると思われるからな。分からなかったら若狭か直樹の言う事を聞け、間違いはない筈だ」

 

「何であたしは除外されてんだよ」

 

「ショベルで化物屠ってる奴に常識通じる訳ねえだろ」

 

「ああそっか……って失礼だな!」

 

「ふっ……久し振りに楽しい時間だった、感謝する。次会う時は俺が“成った”時かもな」

 

「縁起でもねえ……」

 

「大丈夫よ、くるみが介錯してくれるわ」

 

「……本当にぽっくり死なないでくださいよ」

 

「寂しいけど……達者で……って言うんだっけ、侍って」

 

 各々が短い付き合いにも関わらず別れを惜しんでくれる。本当にいい子達だ、この先もずっと安全に……できるならちゃんとした避難所に辿り着ける事を祈ろう。

 

「武運長久を祈る、とかな。どうせ先に死ぬのは俺だ、あの世で待ってるから来るなら俺が興味ない年寄りの姿で来いよ」

 

 縁起の悪い、俺なりの別れを告げると、外への扉を開いた。暖かな空間、そこに別れを告げて……冷たい現実に帰る。こんな場所二度と戻る事はない、血みどろで生臭い、死臭に溢れた世界が俺の居場所だ。こんな風にならなくても似たようなもんだし、ちょっと刺激的でワイルドになっただけ。

 そう思っていた、現実に帰る。

 

「うぉっ!?」

 

「っ!?」

 

 ―――しばしの静寂。何が起きたか? 脳内で現状の分析が始まる。俺は彼女達の車から出ると、すぐ目の前に3人の男がいた。そのどれもが薄汚く悪臭を放ち、髪には虱、顎には無精髭、手にはナイフや鉄パイプ。

こっそり近付いて扉の前まで接近しているとなると………よく考えなくても分かる、悪党だ。

 周囲を見渡すと、どうやら河川敷のど真ん中に車を停めていたようだ。確かに感染者相手には効果的だが……生存者にはアピールにしかならない。今回は見事にそれが発動した訳か。

 

「……え!? だ、誰!?」

 

 直樹がいつしかの台詞を再度放つ。その瞬間先頭にいた男に握られたナイフが妖しく煌めいた……気がしたがよく見れば血で汚れて反射する部分なんかどこにもない。直感に身を任せて後ずさると、その切っ先は俺の首ギリギリを掠めていった。あんなもので切られたら間違いなく感染症に罹る……首を狙ったのも意図的なら……間違いなく殺しにきたな

 背後はすぐ車でこれ以上下がれない、次はないな。ここまで距離を詰められれば斧も振れないとなれば抜くべきはナイフ、一瞬で抜いて心臓か腹を掻っ捌けば無力化できる。

 

「武器を捨てろ! 言う通りにしねえと命はねえぞ!!」

 

 テンプレ通りの台詞。俺は言う通りに斧を手放す―――重力に従い斧は相手側に持ち手を向け倒れ、後ろの2人はその斧へと視線が誘導された事に気が付く。

 

「ナイフもだ、渡せ」

 

「わ、わかった」

 

 怯えた振りをしてゆっくりとナイフに手を伸ばしていく。同時に後ろの彼女達の様子を見るが、恵飛須沢以外突然の事態に驚愕し身動きが取れずにいる。

 

「く、胡桃……スコップを置け」

 

「え、えっ?」

 

「大丈夫だから……置け……!」

 

「……わかった」

 

 いきなり名前で呼んだ事に驚き、恵飛須沢はぎこちない様子でスコップを床に置いた。俺はそれを引き寄せて地面に落とす……これは見逃してくれるんだな、俺なら即刺してるのに。

 

「ナイフを渡せ、日本語わかるだろ?」

 

「わ、わかってる」

 

 改めて腰に差すナイフに手を伸ばす。全員の視線が俺に向いてはいるがこの様子じゃ素人だ……勝率はある。徐々に手を伸ばし、無事にナイフを掴むことが出来た。そしてストラップを外し、いつでも引き抜ける状態になる。

 これでまず1人目……2秒で2人目を仕留めれば……後は恵飛須沢のスコップでどうにかなる。

 

「渡せ」

 

「……わかった、じゃあどうぞ」

 

 引き抜こうとした一瞬、俺にとっては長い2秒間の始まりだった。

 

力強く踏み込み居合の様にナイフを引き抜くと、その切っ先を男の腹に喰い込ませ一気に引き切る。

日頃からメンテナンスを欠かさない刃の切れ味は抜群で、自分で言うのもなんだが中々器用なもんだと満足している。嫌な手応えとぶちぶちと臓物を引き千切る感触を終えると、男は嗚咽と共に数歩退いて前傾姿勢になった。

 そして返す手で右側の男にナイフを投げ、運よく右胸に深々と突き刺さった。―――間違いない、2秒も経ってない……なら。

 

「うわああぁぁ!?」

 

「さあお前はどう殺そうか? 丁度いい、生きてる人間がどこまで耐えられるか検証したかったんだ」

 

 仲間達がそれぞれ大量に血を流す姿を見て完全に戦意を喪失する野盗の1人はその手に持っていた鉄パイプすらも落としてしまう。それに対し、俺はスムーズに斧を拾う中スコップを蹴って生き残りの足首にその先端をめり込ませた。

 

「ぐあっ!!」

 

あまりの痛みに悶絶し、倒れてしまう男。俺は内心安全靴を履いていてよかったと安堵する。

 

「はーい、じゃあまずは右腕から」

 

「雅っ!」

 

 恵飛須沢の制止を無視し、手足を空回りさせながら後ずさる男の右腕、そのギリギリの所に斧の刃を落とす。

 

「悪い外したわ、次は上手くやるから」

 

「やめ……やめて……お願いします……」

 

「じゃあ聞くけど、俺とお前の立場が逆なら……止めたと思うか?」

 

 男はぶんぶんと首を縦に振る。瞳は恐怖一色で本質までは見通せず、実際どうするのかは分からない。だが、さっきまで優位に立っていたこいつらは常に嫌な嗤いを顔に貼り付けていたのはわかっていた。

 

「じゃあもう1つ、俺が降伏したら彼女達はどうしてた?」

 

 車から出てきて止めようとしていた恵飛須沢がぴたりと止まる。彼女も多少は興味があるのだろう。なら丁度いい、この状況下で、こういう奴らに捕まればどうなるか。彼女だけじゃない、他の3人にも再確認させるいい機会だ。

 

「や、優しく……逃がして――」

 

「嘘はやめようか、あと一回嘘を言えば肘から下を貰う」

 

「……3人で、回して……死ぬまで―――」

 

 その先を言う前に、俺は斧を振り下ろしていた。脅しでもフリでもない、狙ったのは腕でも足でもない―――腹部だ。ただ無感情のまま、自由落下に任せて男の断末魔を待っていた。

 

「やめろっ!!」

 

 気が付けば、刃先は男の寸前で停止していた。恵飛須沢が止めたのだ。

 

「……なぜ?」

 

「なぜじゃねえよ、わかんねえのか。それは人がやる事じゃない」

 

「こいつらは外道だが」

 

「それでも人間だ」

 

 彼女の顔は怒りと、それと同じくらい悲しみに満ちた物だった。……いや、憐みか? だとしたら何に対する憐みだ。この外道か、そこらで寝てる虫の息の奴らか。

 

「こいつらの肩を持つ訳じゃない、だけどそれ以上やったら……お前が戻ってこれなくなる」

 

「心配せずとも俺は今まで生身の人間をたらふく殺した、お前が持ってる“これ”でな。……それでも止めるか」

 

「止める」

 

「なぜ」

 

「お前が泣いてるからだ」

 

「また……」

 

 また馬鹿な事を。そう罵倒しようとした時、顔を何かが伝う感覚があった。驚いて下を見ると、いつの間にか土が水を吸った様に黒く湿っている。

まず疑ったのは雨だった、しかし上を見ても、多少の雲はあれど雨を振る気配はない。それどころか雨の匂いすらも感じられない。周りの土も、自分と倒れている奴らの真下以外は乾燥している。

なら返り血だ、腹を掻っ捌いたから返り血を浴びたのか。試しにコートで拭ってみても、辛うじて灰色が残る場所だと言うのに赤く染まらない。ただの水、でも雨でもない。

 

「……わからないの? あなた、ずっと泣いてるのに」

 

 いつの間にか若狭達まで外に出てきていた。まるで幼子を見守る様に、彼女達は俺を囲う。あれだけ子供っぽい丈槍でさえ、急に大人びた表情で俺の顔を眺めていた。

 

「無理しなくていいのよ……」

 

「なっ……!? 止めろ、今はそれどころじゃ――」

 

 身長差を無視した若狭の抱擁は俺の腕をも包み込む、半ば拘束の様だった。しかしその力は弱く、振り解こうと思えば容易く解ける。早くしなければ生き残りが逃げる、逃がせばあいつはきっと俺を恨んで、追い掛ける。今一緒に居る彼女達も標的に加えて。

 

「……! く、くそっ!」

 

 ずるずると後ずさっていた男が立ち上がり、全力疾走で逃げていく。追わなければ、殺さなければ、奴らみたいに起き上がらない様に頭を潰さねば。

 追いかけようとすると今度は4人それぞれが俺の服を掴んだ。どれも力が弱く、俺が普通に歩きだせば離れてしまう力だ。なのに……おかしなことに動くのを躊躇ってしまった。本当に弱い力、建前だけの制止に俺は負けていた。

 違うか、わざと負けたんだ。自分の弱さを『止められたから』と理由を付けて誤魔化して、こいつらの所為にして弱さを受け入れてしまったんだ。

 

「はぁ……やってられん。何てヤツらと会っちまったんだか」

 

アホらしい。止めたよ、俺は止める事にした。2人にゃ悪いが、少しの間……甘えようか。

 

 

すすり泣く声は1つ。誰の物かはいざ知れず、けれど一番近くから聞こえていた。




自分でもどうかと思いますが、超展開です。早く日常パートが書きたくてやっつけで考えました、反省はしていませんし後悔もしてません。書いてる途中何度も「なんでやねん」とツッコミを入れ、最終的に「あ、なんか纏まった」と勘違いして完成したのが2話となります。
さて、お約束の展開で文字通り学園生活部の手中に収まった彼ですが、次回は別人の様に軟化します。デレる、とはまた違う反応を見せる主人公にもご注目下さい。

男に注目してどうするんだ、と内心密かに思いますがね。

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