がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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13.休日

 直樹美紀は、静かに狂人への道を踏み出した。悲しきかな、そんな事を言えば俺が狂人と言っているようなものだ。でも間違いなんかじゃない……壊れ方は人それぞれ、現実逃避に走るのは代表的な例で、一例は今此処にいる。

現状、俺が知る世界には人として道を外れた存在がうじゃうじゃといる。その次に辛うじて話が通じる奴、次に道を外れかけた奴が。

 俺は今どこにいるんだろう? 人ならざる怪物達の返り血を浴びながら考えた。灰色の空、粉雪が舞う遥か彼方を見て―――

 

「雪……ゆき、か」

 

道を違えようとする存在を如何に元の道へと戻すか。軌道を変えてやるのか? それとも押しやって元に戻すか? ちょっと手荒でも、無理矢理突き飛ばして戻してやるか?

 その答えは、未だ知れず―――ただ純白の儚い結晶を手に乗せる。だがすぐ傍には紅があり、少しでも逸れてしまえば純白は途端に紅く染まる。

 

「あいつには人を癒す才能がある……使い方さえ間違わなければ……」

 

正しく扱えるのか? 何度も失敗し、苦汁と共にあらゆる人間を陥れてきた俺が。善意で、お節介で、気まぐれで……やる事なす事全てが裏目に出てきた俺が。

 

―――動くな、ただ傍観していればいい。どんなに酷い仕打ちを受けていたとしても……俺が触れれば、もっと酷くなるに決まってる。

 

「雅さん、終わりました」

 

「……終わったか、なら帰るぞ」

 

「はい」

 

 紅い死線を地面に残しながら、俺達はロッジに戻る。バッグいっぱいに物資を詰め込んだイツキはちょっと辛そうで、でも今の俺に手伝ってやれる余裕はない。

 

「今日は一段と冷えますね」

 

「雪降ってるからな」

 

「……雅さんも、なんだか冷たいです」

 

「そうか?」

 

何かを感じ取っているのか、イツキは恐る恐る俺の顔を覗き込みながら何かを読み取ろうとしている。それを防ぐ為、俺はいつもより表情を固くして対抗する。

 誰も俺の中身なんざわからない。どんなに優秀なカウンセラーや心理学を専攻した奴らでも、1人としてズバリ当てた事なんざないんだから。

 

「相変わらず、秘密主義ですね。僕じゃ力不足でしょうけど、頼ってくれてもいいんですよ?」

 

「極力人の手は借りない主義なんだ。手を貸すのはともかくな」

 

「はぁ……本当、絵に描いたような強キャラ感ですよね。羨ましいです」

 

 ……強くなんかない。見た目だけでも、そう取り繕っているだけで……実際は妬んで恨んで、人の不幸を一心に喜ぶ悪役キャラだ。

 

「僕なんか、どれだけ努力しても脇役かモブの一般兵がいいとこですよ」

 

「俺はそうは思わん。そうやって迷い、決断し、成長していくのは王道展開だ。……そして、不要になった頃に師の役割をする奴が死ぬ。よく見るだろ? 憧れたなら、そうなろうと踏ん張ってみろ。俺もそうやってきた」

 

「誰に憧れたんですか? 父親とか?」

 

「父親はいない、母親も俺が幼い頃死んだ。憧れたのは……誰だっただろうな、今じゃもう何も覚えてない」

 

 がらがらと音を立てる斧を肩に担ぎ、重苦しい空気を払う。イツキもそれ以上聞いてくる事はなかった。ただ重そうに、リュックを担いで……銃を持ってやる事もできるが、もしこの先急用があればあいつの武器がなくなってしまう。伏射でしかまともに撃てない俺が、銃を持つには相応しくない。

 そう自分の中で結論付けて、俺は先頭を歩く。次第に強くなっていく雪は髪や肩を濡らし、まだ乾き切っていない奴らの血を落としてくれた。

 

 

 「おかえりー!」

 

「おかえりなさい、どうだった?」

 

ロッジの皆が集まる部屋に入ると、それぞれが温かく迎えてくれる。今回の遠征の成果を示す為、俺はすぐ後ろに続くイツキを通す為に道を開ける。

 

「おおっ、今日もすごい量だな。一体どこからかき集めてくるんだ?」

 

「普通に家や店を漁ってるだけですよ。何処に何があるか、雅さんが教えてくれたおかげです」

 

「よくわかるなぁ、初めて行った所だろ?」

 

「昔から物探しは嫌と言う程経験してるからな、慣れだ慣れ」

 

「今度あたしも物探しの訓練受けよっかな」

 

「やめておけ、技を身に着けるという事はその境地に身を置くという事だ。なんでもかんでも手を出すべきじゃない」

 

 適当な事を言ってあしらいながら、俺とイツキは机の上にバッグを置いてソファにどっかりと身を沈めた。この部屋は隅々まで掃除が行き届いていて、俺達が出て行った時よりも綺麗になっている気がする。

 

「2人とも、ココア飲む?」

 

「あ、頂きます」

 

俺は首を横に振ると、悠里は微笑みながら軽く頷いた。ローテーブルを挟む形でもう1つ置かれているソファには本を読んでいる美紀と、今日の成果を見たいらしい由紀が俺と同じく勢いよく座る。

 

「由紀先輩、あまり揺らさないでください」

 

「ごみん……でも何があるかすっごく気にならない?」

 

「……別に。雅先輩、成果はどうでしたか?」

 

「俺は初めだけで殆ど外で待ってたからな、中に何があるかは……使いかけの石鹸くらいしかわからん」

 

斧の先端に袋を被せてソファの後ろに置く。美紀は俺の答えに小さな溜息を吐き、また小難しい英文が書かれた本に視線を戻した。

 

「はいココア」

 

「あ、ありがとうございます悠里さん」

 

悠里はウェイトレスの様に上品な動きでイツキにココアを給仕し、俺の隣に空いた僅かなスペースに腰を下ろそうとする。

 すぐさま俺が位置をずらして空けてやると、悠里は難なく座る事が出来た。

 

「あら、ありがと」

 

「邪魔なら一言邪魔だと言ってくれ。なんなら俺は立ってる」

 

「別に邪魔じゃないわよ? 座れそうだなって思ったから」

 

「……そうか。イツキ、今日の成果発表といこう」

 

「は、はい!」

 

 俺と悠里の会話に何故だか赤くなっていたイツキに命令すると、イツキはバッグから次々と物資を取り出していく。

缶詰にパスタ、日持ちする食材や日用品がずらりと並べられていく。

その中には一目ではよくわからない物もいくつか含まれていたが、すぐさま悠里や胡桃達が確保したのもあって重要な物資らしい。

 

「成果は以上です」

 

空になったバッグを脇に下げたイツキに、一同は盛大な拍手を以て功績を称えていた。

 

「すごいじゃない! 結構残ってるのね?」

 

「ほんと、この量はすごいな。生活必需品もしっかり持ってくる有能さ、流石学園生活部で一番気の利く男だ」

 

「うんっ! いっくんすごーい!」

 

 聞いてる側でも恥ずかしくなってくるレベルの称賛にイツキはたじろいでしまう。胡桃の言葉が若干気になってしまうが、それよりも気になる事がある。先程から本を開いたまま会話に参加しない美紀だ。

 美紀なら多少毒を吐きながらでも軽く褒める程度はすると思っていたが、顔も上げずにただ固まっている。由紀や胡桃も気になってはいるようだが、美紀が何らかのアクションを起こすか原因が判明しなければフォローもできないのだろう。

 

「それじゃ、ここで1つ提案がある」

 

 このままではジリ貧だ。この複雑な場の空気を換える為にも、何かイベントを企画しよう。

そう考えても遊びだとか楽しむ事についてはさっぱり頭の回らない俺では、こんなありきたりなイベントしか思い付かなかった。

 美紀も含めて、皆の意識が俺に向けられる。それを確認してから、俺はこのキャンプの目玉となる計画を打ち出した。

 

「風呂に入りたくはないか? このロッジの裏手に旧館がある。そこは今倉庫として使われているが、中にまだ真新しいドラム缶が放置されていた」

 

「お風呂入れるの!?」

 

目を輝かせる由紀に頷くと、胡桃が腕を組んで何かを考え始めた。大方必要になる材料や手順でも考えているんだろう。

 工程自体は簡単な物だが、その前準備に手が掛かるのがドラム缶風呂の面倒な所だ。化学薬品や劇物、早い話人体に有害な物が入っていたドラム缶を使うのは好ましくない。

輸入物の飲み物か、その他の固形物ならば念入りに洗えば無害だが……灯油やガソリンが入っていた物が殆どなのだ。

 

「お風呂、いいわね! 最近特に寒くて川も使えないし」

 

「ああ、蓋も取れるタイプだし。中身も何も入っていない……綺麗過ぎて怖いぐらいだった」

 

「ここも一応そういう場所だし、ドラム缶風呂として使ってたのかもしれないな」

 

「その可能性もある。いずれにせよ、試す価値はあるな。問題は水だが」

 

 付近に沢はあるが道はない。運ぶとなると人力で少しずつ運ぶしかない。

 

「あたしが来た時、近くに井戸があったんだ。ロッジには泊まらなかったけど、敷地内にあると思う」

 

「……なるほど、もしその井戸が生きているとすれば水の問題は解決だな」

 

くたびれたパンフレットを拡げて地図を見ても、井戸のマークや表記はどこにもない。だがこのロッジの場所と入口の構造からするに、テントを張って寝泊まりする地点は大体わかる。

 最悪この敷地全体をしらみ潰しに探せばいいし、時間もまだ昼前だ。いけるな。

 

「雪が降ってるが……雪の中入る風呂も乙だな。ドラム缶を設置、燃料となる薪や枝を探す班と水を探し調達してくる班に別ける。それぞれ希望はあるか?」

 

「はーい! 私薪集めたい!」

 

「設置班は力仕事だが」

 

「え!?」

 

「ちなみに必ず女性1人が設置班に入ってもらう。出来る限り視線の通らない場所にするつもりだが、後から文句を言われても面倒だからな。ちなみに胡桃は水探しの班に確定だ」

 

「ま、そうだと思ってたけどよ」

 

「あと俺は設置班だ。俺と胡桃はそれぞれの班のリーダーという事で……後は適当に決めてくれ」

 

 自慢の斧を手に取ると、胡桃も同じくしてスコップを手に部屋の扉の方へ移動した。それぞれパンフレットを手に、井戸がありそうな場所を協議する。

胡桃の大体の記憶で場所はいくつか絞り込めたが、どこもここから遠い。水を運ぶのは骨が折れるな。

 

「雅さん、班分け決まりました!」

 

「ん、どうなった?」

 

「悠里さんと由紀さんが設置班で、力のある僕と美紀さんが水班です!」

 

「そうか、了解した。では本作戦の詳細を伝えよう」

 

「総員、傾注!! 司令官自らブリーフィングを担当してくださる! 一言一句聞き違える事のないよーに!」

 

「なんだそれは」

 

「あはは……なんとなく、言ってみたかっただけ」

 

 胡桃のおふざけに乗っかろうかとも考えたが、あえて普通に行く事にした。この中で胡桃のテンションに付いてこれているのはただ1人、イツキのみである。

彼は胡桃の気合の入った言葉に背筋をピンと伸ばし、まるで法王の演説でも聞くのかというくらいに畏まっていた。

 

「……えー、まず水の調達をする胡桃班。井戸を見つけたら1人報告しに来てほしい。詳しい場所を確認後、車を使うか否か、応援を寄越すか否かを決める。設置班としては旧館の建物の影を設置予定としているが状況により変わる。手掛かりは残しとくんで、まずは旧館に報告にきてくれ」

 

「わかった」

 

「了解」

 

「……はい」

 

 三者三様の返答をに頷いた後、俺達は扉を開けて作戦開始となった。それぞれ必要な物を手に、正反対の方向へと向かう。

 

「お風呂の場所、もう決まってるの?」

 

「見晴らし良い場所がいいな!」

 

先導する為に少し早めに歩いていた俺の両隣に、ご機嫌の2人が笑顔で付いてくる。正に両手に花、生憎持つ事はできないが、眺めて愛でる事はできる。

 

「見晴らしが良いという事は覗かれる可能性も増すが、いいのか?」

 

「え? 覗く人なんているの?」

 

「俺とかイツキに覗かれる、とか考えないのか? 俺達も一応男だぞ」

 

「んー、別に気にしないかなー。2人は人が嫌がる事しないって知ってるもん」

 

 純粋な言葉に、俺は柄にもなく苦笑してしまう。そうやって人を真っ向から信用できるのはある意味良い事だ。だがそれは時に毒にもなる。誰もが人を信じ、助けてくれるような善人とは限らないんだから。

 

「嫁入り前の身で無闇に肌を晒すな、って言うのはもう昔の話か……」

 

「確かにちょっと古いと思うけど、考えは立派だと思うわ」

 

「今となっちゃ水着も薄着も当たり前だからな」

 

「そうね……でも見せる相手も重要なのよ? よく知らない相手に水着姿を見せるなんてしないもの」

 

「そういうものか。まあ、どうであれ景色は心配しなくていい。天候さえ良ければ上を見てみろ、国宝級の絵画よりいい物が見れるに違いない」

 

 旧館に到着すると、壁際に斧やバッグなどの荷物を置いて中に入っていく。

かなり昔のシンプルな作りをした建物には所狭しと物が並び、中央にやっと1人が通れる程度の通路が設けられている。

 蜘蛛の巣や前回来たときに散らかしてしまった物を左右に退けながら、俺達は手前から2番目の部屋へと入った。

 

「これだ、掃除すればまだ使えるだろう」

 

 青く塗装されたドラム缶は錆びも殆どなく、中身もかなり綺麗だ。鼻を突く薬品の臭いも変なぬめりもない。

 

「あ、ブロックもあるよ!」

 

「ん、そうか。ならやっぱりこれはそういう目的で使われてたみたいだな」

 

部屋の隅にはコンクリートブロックがいくつか積み上げられており、近くには丸いスノコもあった。ビンゴ、ドラム缶も含めてこれは風呂用としてある物だ。

 だがここまで通ってきた通路はドラム缶を通せる幅なんてない。持ち上げればなんとか持って行けるだろうが……片腕で持ち上げるのは難しいな。

 

「窓から出すか……」

 

この部屋の窓は小さいものの、なんとか通す事はできそうだ。ただ窓自体を外す必要があり、外れなければ最悪ぶち破る羽目になる。

 

「私とりーさんで持って行けないかな?」

 

「難しいだろうな。窓から出した方が無難だ、予定地も近い。すまないが手伝ってくれるか?」

 

「うん!」

 

「じゃあ私は他に使える物がないか見てくるわ、出す時になったら呼んでね」

 

「了解した。念の為武器は手に持っておけよ、ただし抜き身で持つな」

 

「はいはい、もう心配性なんだから……」

 

 悠里が部屋を出て奥へと去っていく。それを見送ると、大きく息をしてこの胸騒ぎを落ち着けようとする。

だが長年使われていない建物の中はそれはもう埃っぽく、息を吸った途端に激しくむせてしまう。

 

「みゃーくん大丈夫!? もしかして体調悪いの?」

 

心配そうにする由紀に手で心配するなとジェスチャーしながら、建付けの悪い窓の鍵と一緒に無理矢理こじ開けた。

 

「昨日も寝込んじゃったし、やっぱり無理しない方が……」

 

「気にするな、あれはまあ……過労みたいなものだ」

 

 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、すぐ後ろに居る由紀に向き直る。

 

「……それより、頼みがある」

 

「んー? なに?」

 

「美紀の様子がおかしいのはわかってるな? その原因を探るのを手伝ってほしい。……というより、美紀を元に戻すにはお前にしかできないと思ってる」

 

「そ、そんな私……なんにもできないし……」

 

「そんな事はない。お前は今までグループを纏めてきた影の支配者も同然……その功労は計り知れないだろう」

 

「影の、支配者!」

 

思えば、俺が由紀に真正面から頼るのはこれが初めてだ。なんだか変な単語に反応した由紀は頭の中でポーズでもキメているのか、「ふぉー」とか唸りながら興奮している。

 ……そういえば、何故由紀はこのような性格をしているんだ? この歳まで普通に生きてきたならある程度現実を知って達観……ある種中二病みたいなモノを発症していてもおかしくないのに。

高校を卒業するまで、いや卒業してもこんな風に子供っぽいのは生まれ持った性格なのか、それとも何か原因があるのか。

 過去に由紀が闇を抱えていた事は知っているが……一応山は越えたと聞いている。それでも性格が以前と変わらないのはまだ解せない部分があるのかもしれない。

 

「……みゃーくん? どうしたの?」

 

仮に、そうだとするならば。堕ちた美紀を引っ張り上げる役目は重すぎるかもしれない。一緒に引っ張り上げてやろうにも、俺は由紀と同じ場所には立っていないんだから。

 かといって美紀と同じ場所にいるかと問われれば、それも違う。足場にもなれなければ、もたつく美紀の尻を蹴り上げてやる事もできないのだ。

 

「急に黙り込んじゃうと……ちょっと怖いよ?」

 

「あ、いや。悪い、ちょっと考え事をしていた」

 

「みーくんのこと?」

 

「そうだ。それと、お前の事も」

 

「え、えっ!?」

 

「何故赤くなる……まあいい、窓を外すぞ。ささくれた木に気を付けろ」

 

「う、うん」

 

 もうしばらく、じっくりと考える必要があるな。由紀の癒し能力は絶大だが、由紀が壊れてしまったら……一瞬で俺達は崩壊する。俺やイツキはともかく、一瞬で彼女達へと伝染するだろうからな。

結論からして、今は保留だ。時間を掛けるべきではないとわかっているが、現状も把握せずに突っ込むのは愚かである。何を知ったか、見たか聞いたかは知らないが……美紀がああなった原因は自分でどうにかしよう。

 そう自分に言い聞かせ、俺達は黙々と窓を外す作業に取り掛かった。

 

 

 寒空の下。しんしんと降る純白の結晶の中、胡桃達はようやく水源を見つけていた。

彷徨う事30分以上。もしかすれば雅達はもう設置して薪を集めてるかもしれない。

 昔ながらの井戸の持ち手を握り上下に動かすと、最初は出が悪かったもののしばらくしてからかなりの量が汲みあがってくる。この調子なら使えそうだ。

でもとりあえず報告に行かなきゃいけないけど……

 

「車は問題なく通れる……ポリタンクは1つだけ空があったよな……」

 

「はい、あともう少ししか残っていないのが1つですね」

 

「じゃあそれも使うとして、2つか。足りるかな?」

 

「大きさにもよると思いますけど、3往復ぐらいですかね?」

 

「そっか、じゃあ報告ついでに車取って来るわ」

 

イツキと美紀にこの場を任せ、胡桃は1人で歩き始めた。……りーさんはまだわかるけど、なんで由紀が向こうなんだろう。っていうか、仕方ないけど……仕方ないけど、あたしが水班ってのはなんかなぁ。

 

「どうせなら、あいつと一緒の方が気が楽なのに」

 

 ふと愚痴が漏れる。その瞬間、いつの間にか“彼”の事を考えていると気付き冷え切った手で両頬を包んだ。

 

「……ば、バッカみたい! 漫画じゃないんだから!!」

 

恥ずかしすぎてお湯が沸かせそうだ。もう殆ど体温もないようなものだけど、頬はほんのりと暖かくなっている気がする。

 ―――そうだ、そうだった。あたしはもう、普通じゃないんだった。あの人、忍さんから雅があの薬を打ったと教えてもらった。感染しているのに、それでも雅は普通の人間と変わらない。

美紀もりーさんも、何よりもイツキすらも変化に気付かない訳がない。あいつは……体が冷たくなる事すらないんだ。

 それを考慮すると、やっぱりあたしは……

独りでに落ち込んで雅に心配でもされたら癪だと、頬をパチンと叩いて気付けをする。あいつの負担を増やす訳にはいかないんだ。

 ここであたしの事で雅に無理をさせたら一生後悔するかもしれない。その為にも、あたしはいつも通りでいなきゃいけないんだ。

もう一度頬を叩いて、あたしは走り始めた。旧館までは走れば20分も掛からない。運動にもなるし、この変な気持ちを吹き飛ばす切っ掛けになってくれるに違いない。

 

 

 予定より早く旧館に到着すると、建物の裏からりーさんと由紀の声が聞こえてきた。その声を頼りに裏側に回ってみる。

 

「よーっす、井戸見つけたけど」

 

「おう、あったか。どうだった?」

 

「問題なく使えるよ、そっちは?」

 

「元々風呂用としてあったものらしくてな、上々だ。悠里がキャンプ用の固形燃料も見つけてくれたし後は着火剤か小枝と落ち葉さえあればいつでもいける」

 

「なにそれ? すごいトントン拍子だな」

 

「ああ、怖いくらいだ」

 

 効率のいい薪の組み方を固形燃料で実践している雅は、近くに転がっている木材なんかを由紀に取ってこさせたりしていた。

なんかガラス片も転がってるけど……ああ、窓ぶち破ったな?

 

「みゃーくん! これ使えるかな?」

 

「ん、ダンボールか。これで着火剤の問題は解消したな。後は水だ、2人を貸そうか?」

 

「いや、車さえあればすぐ持ってこれるかな」

 

「そうか、なら車で行くといい。だが由紀、一応手伝いにいってやれ」

 

「はーい」

 

別にいいのに、なんで由紀だけ? 超笑顔であたしの方にくる由紀はその理由を知らないみたいで、聞く意味はないみたいだった。

 なら雅に直接聞けばいい話なのに、なんでかそれは躊躇われる。

 

「覚えたし、本も燃料にするか……」

 

「勿体ないでしょ? 今後の為にも残しておきましょう」

 

「一度読めば覚えるもんなのになぁ……」

 

「私が読むのよ」

 

 なんだか、りーさんと雅の邪魔をするような気がして―――そもそも邪魔ってなんなんだろう。2人はそういう関係だったっけ?

いいや、そんな素振りは………してた、かな。雅達が帰って来た時、りーさんわざわざ雅の隣に座ろうとしてたし……

 

「胡桃ちゃん?」

 

「ん、ああ。じゃあ行くか」

 

……後ろ髪を引かれる、っていうのはこういう感じなんだろうか。

 いや! そもそもなんでこんな残念な気持ちになってるんだ!? 別に雅が好きな訳でもないのに。どちらかというと、今までずっと一緒にいたりーさんが自分の知らない顔をしてたりするのが気になる……のかな?

 多分そうだ、きっとそうだし、恐らくそうなんだろう。

楽し気に談笑する2人を背に、あたしは車に向かう。雅の方は相変わらず表情の変化に乏しいけど……なんだか、最近はよく笑う様になった気もする。今だって―――

 

「はっ、なんだそれは」

 

「おかしな話だけど、真実よ」

 

「……どちらにせよ、面白い話だな。全くお笑いだ、イツキも笑うだろう」

 

 くっくっくと堪える様な笑いは、あたしの心を揺さぶるには十分だった。あいつは、りーさんといるとよく笑う。あたしと居る時は……殆ど笑わないのに。

 

 

 由紀を胡桃に預けて見送った後、俺は先程悠里からこっそり耳打ちされた“あるモノ”の処理の為、旧館の奥に来ていた。

 

「……哀れだな」

 

「そうね……でもきっと、この人も―――」

 

「言うな。やりにくくなるだろ」

 

「……ごめんなさい」

 

 それきり、悠里は顔を背けていた。俺達の目の前には、壁に固定された棚に柱に己を固定した感染者がいる。腐敗状況はそこまで酷くない。恐らく、あの翁と少女の関係者だ。

 俺と同じ年頃だろうか? 傍らには鉈が転がっており、その刃先は酷く汚れ、所々欠けている。元々古ぼけていたのだろうが、近頃まで現役だったと見れる。

 

「護れたのか? 俺が言う義理はないが、後悔のない生き方ができたか?」

 

 ―――あの少女と同じ面影を持つ感染者は、低く唸りながら俺を見た。驚く程大人しく、まるで最期を悟っているかのようだ。

 

「……できる訳ないか。お前もあの子も、成っちまったんだからな。……全くお笑いだ、何で俺はこうも……誰かの介錯をする機会が多いのか」

 

やんなっちまうなぁと、小声で呟く。斧を振り上げようにも色んな場所に引っ掛かって使えない。だから、そこに転がる鉈を借りる事にした。

 再度振り被ると、斧よりも短い鉈はすんなりと持ち上がってくれた。先程まで顔を背けていた悠里も、意を決したのか正面を見据える。

 

メキャッ、という音と共に斧とは違う感触が手に伝わってくる。短い分、しっかり砕いたんだと認識させられる。嫌なものだ。

 

「さ、風呂の準備に戻ろう」

 

「……ええ。それにしても、雅さんってすごく切り替えが早いわね?」

 

「過ぎた事を気にしても仕方ない。今とその先だけ考えりゃいいんだ、先も辛いなら今だけ見て、今も辛いなら昔を思い出せばいい」

 

「昔も辛かったら?」

 

「そんな奴はいないだろう。何もかも辛くて不幸な奴が生きれる訳ない。こうやってのうのうと生きてる以上楽しみがあるんだよ」

 

 鉈が食い込んだままの死体がある部屋を出ると、その重厚な扉を閉めてその前に荷物を積む。これで扉は見えない。家探しでもされない以上、アレは見つからんだろう。

死んでからどうなろうが関係ないと俺は考えるが、生きてる奴らからすれば……死に様を知らない奴らからすれば情けない恰好で死んでると思われるかもしれない。

 それはなんだか、嫌なものだ。誇りある死に方をした奴が貶されるのは良くない。

あの翁と少女を護っていた奴だ。どんな結末を迎えたにせよ、それまでの行いは誇れる事だったと確信している。

 

「なあ、悠里」

 

「? どうしたの?」

 

「俺は今まで重大な事を忘れていたよ」

 

それは死の宣告も同然。こればかりは少々誇張し過ぎている感じも否めないが、重大な事には変わりない。

 

「……火の番は、誰がすればいい?」

 

「火の番?」

 

「常に最適な温度に保ち、湯で火が消えない様に見張り、護衛の役割もこなせる奴は……胡桃は、できるのか?」

 

「………どう、かしら?」

 

 微かに苦笑気味になった悠里と、さぁっと血の気が引いていく俺。ここは祈るしかないが、もし胡桃がこなせなかったら……というか、胡桃も風呂に入る訳で。

 

………ヤバい。ヤバいぞ、これは。最悪の事態に陥った場合、素っ裸の女子を守りながら血飛沫を撒き散らす羽目になってしまう。

おお、神よ。なんと残酷な事か。男と女、その違いを作ってしまった神はその弊害を理解していないときた。なんて事だ……まあ、当たり前だな。神などいないからな。

 俺は悔いた。もしかすれば、この先俺自らが彼女達を傷つけてしまうかもしれないという可能性を生み出してしまったと。




大変期間が空いてしまい申し訳ありません。様々な事に浮気をしていた結果ここまで遅くなってしまいました。
今月もまた多忙な為更新頻度は落ちてしまいますが、最低でも月に1話は投稿するはずです、多分恐らくきっと。

次回はきっとネタ回ですのでご期待ください。
ネタを作ろうと思っていてもいつの間にか(血)濡れ場をぶち込んでしまう癖はどうにもなりませんでした。

次回、そこには死んだ目で火の番をする雅の姿が!

ご期待ください。

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