がっこうぐらし!―Raging World―   作:Moltetra

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11.きっと何処かにある、いくつかの気持ち

 ―――昔話をしようか。

 

俺達がこの災害に巻き込まれて、既に半年が過ぎた。最初は3人だけ、まるでゾンビのような大量の人間を相手に、ずっと逃げ続けていた。

 

でも、あいつだけは違った。夜中にこっそりと部屋を抜け出して、街に出ていたのに気付いたのは1ヶ月以上経った時の事だ。隠し通せていると思っていただろうけど、服の襟に小さな赤い染みを見つけた時の衝撃は今でもしっかり覚えてる。

 

数日後、あいつは感染者を殺し始めた。どこかから拾ってきた鉄パイプで的確に頭を潰して……無表情だったけど、どこか後ろめたさを感じてるのはすぐわかった。

 

最初は俺も現実を見れなくて足手纏いだったけど、あいつが1人で感染者の群れに突っ込んで行った時にやっと気付いた。

 

お前は―――ずっと死にたがっていたんだと。……死に場所を探していたんだろう? 無価値と無意味を嫌い、自分を過小評価してしまうからこそ。

 

 

 俺達はスーパーの搬入口から中に入り、崩れたダンボールや棚を整理して安全な陣地を作ると束の間の休息を取っていた。俺は背中の銃創と日課である右腕の消毒をする為に席を外し、1人物陰で木箱に座る。

 

「雅、ちょっと話があるんだけど」

 

空のダンボール越しに胡桃の声が聞こえる。今は悠里達と一緒に忍から現状を説明されていたと思ってたが……抜け出してきたか。

 

「悪いな、今治療中だ。壁越しでよければ聞こう」

 

「手伝おうか?」

 

「いや……少し刺激が強いだろうから遠慮しておく」

 

「でも背中だろ? まあいいや、入るからな」

 

「おい……聞けよ」

 

 微かな音を立てて退けられたダンボールの隙間からシャベルを持った胡桃が入って来る。傷口も含めて、昔より大分痩せてしまった体を見られるのは少々恥ずかしい。筋肉も何もかも、少し前からなくなってしまった。

それなのに前と変わらない力を発揮できるのは不思議ではあるが、見た目にはわかりづらい筋肉もあるらしいし。忍も細くても俺より力はあるしな。……今じゃ俺の方が細いかもしれないが。

 

「無理矢理でも手伝わないと、膿んだりしたら大事だろ?」

 

「まあ確かに……見えないから助かりはするが、割と酷い傷だぞ」

 

「……うわっ」

 

 背後に回った胡桃は心底酷いものを見たような声をあげると、傍にあった袋から消毒液とガーゼを取り出す。……俺の持っている医療品はもう残り少ない。忍がいくらか持っているだろうか? 持っていたとしても、今じゃ無関係の人間に物資の援助を頼むなんて正気の沙汰じゃない。

 

「これ、本当に酷いな……抉れてるじゃないか」

 

「深いか?」

 

「そこまで深くはないけど、ん? でも5mmでも肉が抉れてたら深いって言うのか?」

 

「それはまだ掠り傷だな。銃で撃たれて外科手術がいらないなら運がいい。適当に包帯巻いといてくれ。出来るならどこかから肉を移植したい所だが……そんな設備ないしな」

 

「肉を……移植? もう次元を超えてる気が……とりあえず、消毒するからな」

 

 スプレー式の消毒液を吹きかけられ、いつもとは比べ物にならない痛みが右肩に響く。つい怯んでしまったが、胡桃は構わずに続けてくれていた。なるほど、思いの外肝が据わってるな……ちょっと前の平和ボケした世界の女子高生ならまず傷口を見るのは無理とか血は苦手だとか言うのも多い。

 消毒が終わった後に右肩の激痛が続く間に右腕の縫合部の消毒も済ませる。化膿もなければ蛆もいない、ここだけはいつも運がいいと思うくらい治りが良い。流石にカッターで少し切った、というレベルじゃないから類を見ない遅さではあるが……仕方ない。

 

「なあ、雅」

 

「なんだ?」

 

包帯を巻きながら、神妙な声で話し始めた。顔は見えなくとも、聞き慣れない声色にいつもより優し目に返事をしてやる。すると、背中に何かがこつんと当てられる。

 ……金属の様な冷たさではない、銃口とか刃先ではないな。温かくもないから手でもなさそうだが……でも肌のように柔らかくもないな? なんだろうか?

 

「……あたし、話さなくちゃいけない事があって」

 

「らしくないな、重要な事か」

 

「まあ、うん。そうなるかな」

 

「胡桃さえ良ければ言ってみろ。悠里達の事か? それとも、忍達に問題でもあったか」

 

「………あたし自身の事。例えばさ、これは本当にシミュレーション的な話だけど―――例えばあたしが、あいつらみたいになったら……どうする?」

 

 弱々しく、年相応な少女の声だった。いつもは隠しているんだろう、微かに声が震えているのは恐怖からだろうか? さっきも言ったが、本当にらしくない。いつも表には出せない物を出してきたと言う事は……今日の一件で相当参ってしまったかもしれない。

おかしくはない。圧倒的な物量で銃を持った人間の敵、今じゃ俺の知り合いで友好的な素振りを見せてはいるが、いつ手のひらを返されるか堪ったものじゃない。実際俺も少し怖い……よく知った相手でも、その前に目的が―――忍が俺を追う意味を、知っているからだ。

 

「そうだな、どうして欲しい? 俺が生きている内にそうなったら胡桃が言った事を忠実にこなそう。でも聞けない事が2つある」

 

「……え、それは……」

 

 少しだけ怖がる胡桃に勘違いさせないように、あまり間を置かずに口に出してやろう。これだけは誰の言葉でも聞けない。例え脅されたとしても、ただ1つの例外を除いて曲げる事はできない。

 

「1つ、残りの学園生活部を見捨てる可能性がある事はできない。2つ、俺1人にならない限り、一緒には死んでやれない」

 

「じゃあ、雅とあたしだけが生き残ってあたしがあいつらと同じになったら……一緒に死んでくれって言ったら、死んでくれるのか?」

 

「勿論、俺の生きる意味もなくなるからな。ただし、本当に俺とお前“だけ”になったらだからな。……一度捨てた命だ、今更生きようと足掻くのも情けない」

 

「ははっ、本当に武士みたいだなお前」

 

「褒めるなよ。―――で? 聞きたかったのはその例えだけか? 2人きりになって、お前が死んだ時に俺も死ぬ。それだけか? まだあるんだろう」

 

少し肌寒いがもう少しこのままでもいいだろう。折角胡桃が俺を頼ってくれているんだ、こういう時くらいしか年上というアドバンテージは活かせないし。

 

「ううん、いいや。なんか満足しちゃったし。じゃあもしあたしが“なったら”、介錯してくれよなっ?」

 

「いいだろう。もっとも、その可能性は限りなく低い。出来る限り最初の死者は俺にするよう努力する」

 

「また言ってるよ、この破滅主義者。いいよっ、じゃああたしも最初に死ぬようにするから!」

 

「ほう、じゃあどちらが互いを守れるか競争だな」

 

「いいぜ、じゃあ守れなかったら罰ゲームな!」

 

 全く酷い競争を始めたもんだ、と自分でもツッコミたい。でもおかげで胡桃も少し調子を取り戻したらしい。ちょっと吹っ切れた感じもして危なっかしいが、こうすれば胡桃も1人でどうにかする事はないだろうか?

俺1人で突っ込めなくなったのはあるが、最悪気付かれずふらっと消えて、知らぬ間に戻ればいい。

 

「死んで責任取るとか腕もぐとかじゃなきゃいいぞ。直接ダメージが入るのはナシで」

 

「じゃああたしが怪我したらそのコート貰うから」

 

「……マジで? これ割とお気に入りなんだけど……まあいいか」

 

「その代わりお前が怪我したらあたしのパーカーあげるから」

 

「着れないしかさ張るし使い道ないからいらない」

 

「そこまで言う必要ある!? 着れないの一言でいいじゃん! ……うーん、じゃあスカート?」

 

「喧嘩売ってるだろ、もっと使い道ないじゃねえか」

 

「はぁ!?」

 

 いつしか軽い口論になる間に、治療は終わっていた。帰りが遅いのを気にして忍と悠里が見に来た時には本気の喧嘩をしていると思い込まれて本気で止められたが、原因を話すと2人は呆れた様子で溜息をついていた。

 そのうち忍は「相変わらずミヤちゃんはマイペース貫いてんな」と苦笑していたが、その意味を理解するのに俺は30分近く掛かった。というかパーカーの“使い道がない”は地味にアウトだと、そう気付いてから悠里に声を掛けられる度内心ヒヤヒヤしていたくらいだ。

でも胡桃自身も気付いていないのか、それとも誰にも言わずなかった事にしてくれたのか……どちらか、そのどちらかでもない何かかはわからないが夕食の時間まで音沙汰はなかった。

 そして夕食時。ちょっと埃っぽい倉庫を換気して新鮮な空気を取り入れると、30人近い忍達一行と学園生活部が穏やかに揺らぐ火を囲みスープを食す。数人でグループを作り、俺達は学園生活部に忍を加えて食事を摂っている。

面目上俺達は捕虜……もとい要保護対象としてご馳走に預かってはいるが、実際は肩に受けた傷の礼らしい。

 とは言っても俺もそれなりに殴ったり絞め落としたりしてるからどうだろうか? この状況に不満を感じたり疑問を持つ人間がいてもおかしくない。というかそもそも……1人、あの金髪の右手を貰ってるからなぁ。

 この場にはいないようだが、今頃どこかで激痛に苦しんでいるに違いない。

 

「……雅さん、僕、ここにいていいんでしょうか」

 

「大丈夫だ、あの時命令を出したのは俺だ。負い目を感じる必要はない。……でも、すまなかった。殺さずとは言え、生きている人間を撃たせてしまった」

 

「い、いえそんな事は……あの時僕がやらなければ、きっと今より酷い事に……なってたかも」

 

「どうだろうなぁ、正直自信がない」

 

 忍は俺達の声が聞こえているにも関わらず、干渉してこない。関わらない様にしているのか……? ちらっと忍を見てみると、ほぼ同じタイミングで忍もこっちを見たらしく目が合う。

そしてほんの少し微笑むと、すぐにスープの中にある豆を口に放り込んでいく。数秒目が合っただけだが、まあ問題ないらしい。

 

「あいつの事は気にすんな、殺すって脅したんだろ? なら相応の報いを受けた、むしろ軽かったんじゃないか?」

 

「右手が使えなくなって軽いって事はないと思いますけど……」

 

「片手なくても問題ないだろ、そこに実例いるしな。それに、もうそんな事誰も気にしてない」

 

「そんな事って……忍、さん? は大丈夫なんですか?」

 

 今まで口を閉ざしていた悠里が忍を気遣うが、当の忍は大丈夫だと短く笑ってまた具を掻き込む。……ああ、あの金髪の男、死んだんだな。どこからともなく確信めいた感覚が生まれて、また改めて忍と目が合う。

 

「……そうか」

 

「ああ、そうなんだ」

 

「? ……いきなりどうしたんですか? 2人で示し合わせたように」

 

「なぁに、俺達には言葉も要らない意思疎通の方法もあるんだ」

 

「えっ!? そうなの? どうやって?」

 

丈槍が興味津々で聞いて来るが、俺と忍は揃って「さぁ?」と首を傾げる。実際、特に何かを決めている訳ではない。探索や警戒度を上げて静音に努めた時の手信号なんかは決めていたが、こういう時の意思疎通は本当の以心伝心……テレパシーのようなものだ。

 しかもそれは忍から俺への一方通行ではなく、忍からも例え無表情でも俺の考えを読んでくる。半ば怖い所もあるが、どこか精神的に見えない物で繋がっているんだろう。

 

「えー! 教えてくれてもいいのにぃ」

 

「ごめんな、俺もさっぱりわからないんだよ。ミヤちゃんはぱっと見無表情だし何考えてるかわかんないけど、よく見ると意外とわかるもんだぜ。喜んだり、拗ねてたり……歩き方に出やすいのもあるからよく見とくといい」

 

「余計な事は教えなくていい」

 

 忍が変な事を言うから彼女達の目が一斉にこっちに集まってくる。特に意識はしてないが、勝手に食べる動作がぎこちなくなって……それが更に恥ずかしい。

 

「言わなくても分かるだろうけど、今はすごい照れてる」

 

「クソが」

 

「へぇ、雅さんも照れるんですね。初めて知りました」

 

「そうねぇ、いつも無表情だったけど、今までも何度か照れてたりしたのかしら?」

 

「え、じゃあ実はあの時すっごい恥ずかしがってた……とかあるの? いつだろう?」

 

「……クソが」

 

 チリ味のスープを勢いよく飲み込むと、すぐに立ち上がって席を外す。こんな所にいられるか、俺は外に出させてもらう。

 

「イツキ、哨戒に出る。ついてこい」

 

「はっ、はい!」

 

「あ、逃げた」

 

同じくイツキも勢いよくスープを掻き込むと、背後に置いてあった銃を持って後に続く。胡桃のにやけ顔が恨めしい……さっきは若干弱っていたのに、ちょっと気を使えばこうやって弄ってくるのはどうにかならないものか。

 

「巡回ですか?」

 

「いや、とりあえず屋上で警戒だ。陽も沈んでるし皆の活動時間も終わる……それまで付き合って貰えるか?」

 

「はい、喜んでお供します!」

 

「……気負うなよ」

 

 出来るだけ人に見られない様に外へ出る。臨時で設けられた縄梯子を使って屋根に上がると、そこには見知った顔の男達が4人いた。

……金髪の男を撃った時隣に居た2人と……ああ、尋問した奴か。残りの1人は見覚えがないが、若いな……イツキより若いんじゃないか?

 

「あ、あなたは……」

 

「邪魔するぞ。自分の目でも状況を確認したいんでな」

 

かなり距離が空いているうちから4人は後ずさり、道を開ける。当然だが、友好的な雰囲気ではないな。誰もが恐怖心を抱いてはいるが……1人だけ、一番若く見える少年だけが明らかに敵意を持っている。

 あの時こいつはその場に居なかった。俺達の行動は話に聞いただけで、実際に見た奴よりも精神は打ちのめされてはいない。不意を突かれる可能性があるな。

 

「ふむ、お前らチームか」

 

「え? 忍さんから……聞いたんですか」

 

「いや聞いてない。だがお前達は互いに警戒心を持っていなかった、むしろ少しでも当てにしている節がある……深くはないがな。あ、昼間はすまなかったな、あの金髪は死んだらしいが」

 

「………そうですよ」

 

「ん?」

 

 先程から固く拳を握っていた少年が、ついに怒りを表し始める。表面的な物ではない、本物の怒気。その異質さにイツキも何かを確信したのか、腰から散弾銃を取り出す。

俺が随分軽い対応をしていたのもあるが、こうもあっさりくるとはな。予想はしていたが随分と短気らしい。

 

「お前が……班長を殺したんだ!」

 

 その拳を高く振り上げた瞬間、残りの2人は慌てて止めようと動く。だがそれぞれバラバラの場所に下がった所為で拳を振り切るまでに取り押さえるのは無理そうだ。梯子を上り、先人達を警戒させない為にも銃を構えていなかったイツキも含め、止められるのは俺しかいない。

喧嘩もまともにした事がないんだろう。どれだけ訓練を重ねても、実際動く時に発揮されるかどうかはわからない。それが感情に身を任せた動きなら尚更。

 素人のようで体重もロクにない少年の拳を、俺はあえて顔面に受ける。

 

「やめろっ!」

 

「雅さん!」

 

 腰が入ってないな。当たりはいいが、顎を狙っている訳でもない。頬骨を打ち自らの拳も痛めるだけだ。

 

「よくも……」

 

「よせイツキ。……まだ満足してないだろう、次はちゃんと踏み込んで打ってこい。腰を回せ、軸をぶらさず、尚且つ全力ではなく8割程度で打て。下手に力を入れるとむしろ弱くなる」

 

「偉そうにッ!!」

 

続いて2発目、3発目と無抵抗で顔面に受ける。次第に慣れてきたのか、3発目にはかなり重くなっていた。

 流石に脳も揺れ始め、1歩後ずさってしまう。ふらつくし気分が悪い……視界はチカチカ眩しいし、正に星が回っている。

 

「このッ!!」

 

丁度10発目を受けた所で、完全に意識が飛んだ。ただでさえ硬い足場に倒れ込み、背中に排水溝の網があって尚更痛い。気付いた頃にはイツキがサクラを抜き、少年に向けて拘束していた。

 

「よせって言っただろ……男ならこれが一番速いんだよ……」

 

「で、でもここまでさせる必要は」

 

「こんなもんだ。まだまだ気は済んじゃいないだろうが、一先ずこれで勘弁してくれないか? 俺も今まで散々痛い思いをしてきてるからな」

 

口元を拭い血を吐き捨て、俺は屋上の端……小さなLEDランタンとプラスチック製の箱が置かれた場所へと行く。イツキはサクラをポーチに戻し、狙撃銃を持つとゆっくりとついてきていた。

 静かな夜だ。どこもかしこも荒れ果てて、電気もガスも止まってしまった今人にとって住みづらい環境になっている。それでも、俺は星と月明かりの下でゆっくりするのは好きだった。

双眼鏡を取り出すと、付近の家屋や建物の窓から遠くの草むらまで見える所全てを観察していく。

 ひんやりとした空気に時折吹き付ける木枯らし、前よりも寒さに耐性がついたおかげで外に長時間いても体調を壊す事はない。昔はちょっと夜風に当たっただけで風邪をひいていたっけか、夏の日差しに当たれば倒れ、冬の乾燥した空気は喉と肌を痛める。

むしろ前の方が生き辛かったかもしれない。今は日々の食事も危ういが、この悲劇とも言える環境を乗り越えて強くなれる。

 

「周辺に敵影なし……物音ひとつしませんね」

 

「ああ、忍達が事前に掃除したらしいが……しっかりやったらしいな」

 

塀で銃を支持するイツキは白い息を吐きながら家屋の窓を観察している。もし動く物があれば撃つ前に報告位はよこすだろうが……まあこんな時間に外出する奴らもいないだろう。

 

「……雅さん、ちょっと嫌な話してもいいですか」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

 近くにあった箱を引き寄せると、地べたに胡坐をかいて箱の上に肘を置く。特に意味はないが楽な体勢だ、長話に丁度いい。

 

「雅さんが1人で行っちゃった時、僕心のどこかで嬉しく思ったんです」

 

「ほう、それで?」

 

「もし雅さんが命を懸けて僕達を守って、残りが僕になったら……まあ、なんていうか。前より近く美紀さん達と一緒にいられるんじゃないかって」

 

「ふーん……残念だったな、案外しぶといんだ」

 

「はい、驚きました。撃たれても生きてるんですもん、もう無敵ですよ。……でも、帰ってきてくれて」

 

自嘲気味に微笑むイツキは、俺の帰りは絶望的だと思っていたらしかった。視界の端で銃口が微かに上を向いたかと思うと、隣からは鼻をすする音が聞こえる。

 

「現実逃避、してたんですよね。僕だけが生き残っても守り抜ける気がしませんし」

 

「本当は帰ってこなくてもよかったんじゃないのか?」

 

「そんな事ありません。助けられた時……生きてる姿を見た時、すごく嬉しかったんですから」

 

「……そうか」

 

 感傷に浸る中、ふと背後がざわついた。不審に思い振り返ってみれば、俺と瓜二つのづ方をした忍が立っている。

 

「……本題に入ろうか、重役だけで話そう」

 

「ああ」

 

一言答えると、俺はイツキの肩を軽くたたいてその場を後にした。

 

 

 重役だけ。忍の言った言葉に少々違和感を覚えていた雅だが、その答えは学園生活部が所有するキャンピングカーに入ってからやっとわかった。

 

「……悠里、お前もか」

 

「ええ、あなたがいる『学園生活部』の部長ですもの」

 

ランタンの微かな光の中、3人は灯りを囲む様にソファに座る。雅と忍が対面し悠里がそこにキャンプ用の椅子を置いて三角形の様な位置になった。

 

「直球で言わせて貰う。雅、俺と一緒にこい。俺達はあのウイルスの抗体を持つ人間を探している……そしてそいつは、俺達が知る限り1人、お前だけだ」

 

「あなたはどうしたいか聞きたかったの。内容は怪我の治療中に大方聞いたわ、でも誰かが止めて出した答えはしっかりとした答えじゃない……そう思って」

 

「それも含めて、まだ言えてない事もある。……心して聞いてくれ、お前が善意でついてくるなら、俺達はそれをぶち壊す事になる」

 

「……どういう事だ」

 

 悠里も一緒に、雅は背に冷たい物を感じ始めていた。

 

「結論から言えば、お前は“使い切られる”。あらゆる実験のテスト、抗体を培養する苗床……人の扱いなんざどこにもない、酷い仕打ちを受ける」

 

「そんなの……聞いてないわ」

 

「今言ったからな。だからそれでも決めろ……正直、連れ戻すなんて目的を掲げておきながら俺はお前を逃がす気でいる。その為に、こうまでして接触を図ったんだ。……手違いはあったけどな」

 

 懐からスキットルを取り出した忍は蓋を開けて雅へと渡す。恐る恐る手を伸ばし、匂いを嗅いだ雅は……柄にもなくニヤリと笑い、ぐいっと一口飲んで突き返した。

 

「はぁ……久し振りだな、これも」

 

「だろ? この前たまったま見つけたんだ。それからずっととっておいた」

 

「……? 何を飲んでるの?」

 

不思議そうに小首をかしげる悠里を見て、雅は久し振りの味と懐かしい感覚に普段思わない感情を抱いてしまう。

 

「酒だ、今のご時世酒は貴重品だからな……ちょっと後味が気に食わんが」

 

「ん、いつもJIMBEAMじゃなかったっけか」

 

「俺は安酒しか飲まなかったからな、Nikkaなかったか? あれがいい」

 

「飲めるだけマシだと思えよ」

 

「まあ確かに」

 

愉快に話す2人はスキットルを飲みまわしながら、いつの間にか昔話やこうなる以前の話などに花を咲かせていく。重要な話をしていたのに行方はどうなったのか?  悠里はそう聞きたくとも楽し気な2人に水を差す事ができずにいる。

 

「あ、あの……そんなに飲んだら酔っぱらっちゃうわよ……?」

 

「ん、酔う為にこうしてるんじゃなかったか?」

 

「違うでしょ? 大事な話をしてたじゃない」

 

「まあそんな大きな事は後で決めればいいさ、お嬢さん。雅は酒飲みでな、週に一度飲まないと禁断症状が出るくらいだった」

 

「3日に1回だったなぁ」

 

「アル中かよ」

 

 もうすっかり酔いが回った彼らは、次第に声も態度も大きくなり始める。だがそれも一定以上にはいかないのか、いつもより少し……雅の場合人並みの感情を表に出す辺りで止まる。

それもそれで新鮮で悠里は観察していた気もしたが、車内に充満する酒臭さを止める必要もある。

 

「飲むのもいいけど、話が終わってからね……? ね、雅さん。今はあなたの未来を決める話をしてるんだから」

 

「ああ、すまない。少し調子に乗ってしまったな。……まあ答えは決まってる、俺はお前とは行けない……悠里達が新しい生き甲斐なんだ。……お前には、非常に失礼な事だが」

 

「研究者達の組織は馬鹿にできない、簡単には逃げきれんぞ」

 

「……俺がいると、迷惑が掛かるか」

 

 悲しそうに呟く雅は、ひっそりと悠里の顔を盗み見た。それに気付いたのは忍だけだが、雅が抱く微かな思いにも長年付き合ってきただけあって気付いたらしい。ほんの少し寂しくもあるが、彼の意思を尊重すべきだと……そう感じていた。

 

「そんな事ないわ、雅さんがいて私達はすごく助かってる。イツキ君もあなたも、もう学園生活部の一員よ? だから誰が欠けても皆が傷つく……」

 

「そうか。……と、いう事で、やっぱり俺は悠里達と一緒に行くよ。見逃してくれたとかは……可能か?」

 

「勿論、その為にも最低限の人員で来たんだ。今夜あえて全員を眠らせるタイミングを作る、その時に出て行ってくれ。ある程度離れるまで車を押して行ってもらう事にはなるが」

 

「わかった、すまないな」

 

「気にすんな」

 

 忍が最後の一口になったスキットルを雅に投げ渡すと、静かに車から降りて行った。取り残されたのは悠里と、ちょっぴり酒臭い雅。何とも言い難い空気の中雅が最後の酒を飲み干すと、空のままコートの内ポケットにしまって席を立った。

 

「はぁ……準備しよう。皆には俺から話しておく、あとは荷物の確認と……」

 

「ねえ、雅さん?」

 

「なんだ?」

 

視線を伏したままの悠里は雅に声を掛けたが、その先は唇を噛んで言い淀んでいた。果たして、この先を言っていい物か。何かを躊躇っているのは雅にもわかるが、その内容までは分からない。

 

「迷うくらいなら言わない方が良い。その方が、時に双方にとって良い事もある」

 

「……そうね、また今度にするわ。でもこれだけは言っておきたいの―――私は、あなたの事好きよ?」

 

「…………ん、おかしなことを言うな? まあいい、ありがとう。荷物の確認は悠里に任せる、俺は他の人員に現状報告に回る」

 

「えっ、あのまだ先があって―――!」

 

 一体何の事か。意味をしっかりと受け取らないまま、雅は若干駆け足で車を出て行った。

 

久し振りに飲んだ酒の所為か、はたまた……まあ度も高いし酒の所為だろう。久し振り過ぎて心拍数も高い、この調子だときっと顔も赤いだろうな。

意味などいらない。そんなもの、知らなくていい事だ。現実を知れば、きっと幻滅する。期待もしなければ悲観的にも捉えず、ただ認めて貰ったと……それだけ覚えていよう。




色んな不幸なイベントなどが重なった為遅れましたが、やっとこさの12話です。

次回は番外編、そしてその次は本編ではありますがネタに走る気でいます。
果たして悠里の「好き」とはどういった意味なのか? 流石の雅も女性から好きと言われると焦ります。
というより女性に対しての免疫があまりなく、メンバーを妹同然に見てなんとか対応している彼ですので好きとか言われたら見方も揺らいじゃいますね。ちなみに主人公はシスコンでした。

番外編はかなり短いので執筆済みですが、その先のネタ回はプロットしかできていませんのである程度時間が掛かります、ご了承ください。というか今回もちょっと短い。

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