アパートに『チェリー・ボーイ』とかいうふざけた名前を付けたのは『俺ん家全焼事件』の捜査を担当している刑事だった。
よりによって、あの刑事かよ。
つーか、何を思ってあんな名前付けたんだよ。すると刑事がこちらに気づいた。涙美がその刑事に向かって手を振り呼び掛ける。
「こんにちは!マスター!暑いねー!」
そうだね。暑いね。暑くて頭をやられちゃったのかな?涙美さん。あの人は信じられないけど刑事さんだよ?なに?マスターって?
「暑いねー、涙美ちゃん。ん?その横にいる子は新しい彼氏かな?こんにちわ」
普通に挨拶をされる。
「こ、こんにちわ」
「ち、違うよ!マスター!!わたしが付き合う人はみんなルックスも良くて経済力もあって頭も良かったよ、...そう元カレは完璧だった。何に置いても完璧だった」あ、なんかヤバイ気がする。
「それに比べてこの子、頭が良いとか経済力があるとか以前に自分の記憶すらないのよ!?」
る、涙美さん?
「挙げ句、この子は女の子の目を見て話せないのよ!?多分チェリーボーイよっ!!!」知ってる?言葉だけでも人は殺せるんだよ?...やばい、立ち直れるかわからん。
「ま、まあ、落ち着きなよ、涙美ちゃん?彼泣いてるよ?」マスター(仮)に気を使われる俺。
涙美が正気に戻る。
「はっ!?ごめん!攻斗、今の全部、嘘!」いやいや。
ん?あれ?このマスター(仮)、俺に気づいていない?別人?もしかしてあの刑事じゃないのか?
「君の顔、どこかで見覚えがあるな、もしかして君よく、警察のお世話になったりする?」
なんと失礼な!記憶喪失なのでわかりません。
あと、お前やっぱあの刑事だろ?
「警察のお世話になんかなってないですよ!というより刑事さん僕のこと忘れたんですか?」
「刑事?ああ兄さんと間違えてるのか」マスター(仮)は言った。
兄さん?双子ってこと?じゃあ、なんでよく警察のお世話になるとか聞いてくるんだ?さっぱりわからん。
「兄さんって『竹内刑事』のことですか?」
「そうそう、僕と兄さんは双子なんだ。兄さん『竹内 右神(うしん)』は刑事、弟の僕『竹内 左神(さしん)』はマスターをやっているんだよ」何故かにやけている涙美。なんかあるな。
で、『マスター』ってなに?ていうか名前、無駄にカッコいいな。財布に入っていた竹内刑事から貰った名刺を確認する。『竹内 信一(しんいち)』と書かれていた。...嘘じゃん!!
「すみません、ちょっといいですか『信二(しんじ)さん』」多分こんな感じだろう。
「「!?」」涙美とマスター(仮)が驚愕の表情を見せる。二人で後ろを向き何やらヒソヒソと話している。
「何故、僕の名前を彼が...?」
「さ、さあ?少しからかうつもりだったのに何で攻斗がマスターの名前を?...あ!攻斗はマスターのストーカッ」
言い終わる前に涙美の肩を掴む。
「で?涙美さん、信二さん、これなんの冗談?」
「いや、せっかく攻斗がこの『チェリー・ボーイ』に来てこれから一緒に暮らすんだから歓迎の意味と顔合わせを兼ねてサプライズを...」いや、意味わからん。サプライズってどれ?
「そうそう、兄さんと涙美ちゃんから聞いてるよ、攻斗君。大変だったね」
「はぁ、ところで信二さん、マスターってどういう意味ですか?」やっと聞ける。
「ああ、はいはい、この『チェリー・ボーイ』は一階が喫茶店になっていて二階がアパートになっているんだよ。だから僕は『チェリー・ボーイ』の管理人兼『喫茶 チェリー・ボーイ』のマスター」
「...お客さん来るんですか?」素朴な質問。
「来るよー、特に男子高校生のグループがよく」
その子達はもう駄目だ。
つづく