ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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というわけで76話目に突入です!
前回にここで終わるみたいな事を言いましたが、予想以上に内容があり、今回に収めきれませんでした。
なので、次回で必ず終わらせますのでよろしくお願いします!


では、どうぞ!


【76】傷だらけのヒーロー

 2025年12月22日07時10分 SAO帰還者学校 カフェテラス

 

 冬の冷たい風は体を突き抜け、行動を遅らせる。

 まだこの時間では登校する生徒は1人もおらず、閑散としたカフェテラスには和人達以外誰もいない。

 外は日を妨げる分厚い雲に覆われ、より一層気温を下げた今日。

 SAO帰還者学校は終業式を1時間半前に控え、明日からの長期休暇に胸を踊らせながら登校してくる生徒が大半だろう。

 和人達も例外に漏れる事なく、明日からの予定も考えていた。

 だが、その明日を迎える前にどうしてもやらなくちゃいけない事がある。

 

 施恩「何とか校長先生から許可を頂きました」

 

 明日奈「ありがとうございます」

 

 自前で持ってきていた紅茶を仲間達に配り終えた明日奈が口を開く。

 自ずと冷えた体を暖める為、紅茶を含む。

 

 里香「じゃあ、後は実行あるのみね」

 

 和人「あぁ」

 

 短く里香の言葉を肯定した和人を珪子が心配そうな目で見つめている。

 

 珪子「でも、本当に大丈夫ですか?和人さんって人前に出るの苦手なんじゃ…」

 

 珪子の言う通り、和人は元来人の前に立って指示をしたり演説をしたりする人種ではない。

 幼少期から人との接し方に四苦八苦してきた和人にとって人生初の大仕事だというのは間違いないだろう。

 すると、和人の向かいの席に座っていた木綿季が隣にいる珪子の肩を叩いて言った。

 

 木綿季「ボクもいるから大丈夫だよ。コミュ障が出てもちゃんとフォローするからね」

 

 和人「頼もしいけど期待せずにいるよ」

 

 木綿季「ぶー!」

 

 明日奈「私と里香と施恩さんはその間に青柳先生に本当の事を聞くよ」

 

 出来る事なら和人の側で見守っていたい。

 過去を告げるというのは予想以上に辛く、和人の精神を疲弊させるからだ。

 何かあった時に支えてあげたいのはやまやまだったが、和人は大丈夫と一言だけ明日奈に告げてこの計画を立てた。

 

 ひより「いよいよ…」

 

 施恩「これでみなさんの気持ちが変わればいいですけど…」

 

 和人「…やるだけの事をやるだけだ。もうオレ達にはそれ以外出来る事はない」

 

 結果は何も変わらないかもしれない。

 他の生徒の拓哉に対する評価は覆らないかもしれない。

 けれど、それでもやならければならない。

 最高の友人をただの殺人者にしたくない一心が和人達を突き動かす。

 その思いが1番強いのは恋人である木綿季だろう。

 もう不幸を味合わせたくない。

 もう傷ついて欲しくない。

 もう悲しみを背負わせたくない。

 

 和人「拓哉はどうだった?」

 

 木綿季「うん。昨日の夜に電話したけど普段と変わらなかったよ。

 …隣に詩乃がいたのが少し気になるけど」

 

 里香「あれー?もしかして、ヤキモチ妬いてるんですかー?」

 

 木綿季「そ、そんなんじゃないよっ!?…多分」

 

 明日奈「はいはい。そろそろ他の生徒達も登校して来るだろうから解散しよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻_

 

 

 2025年12月22日07時10分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 小鳥の囀りが朝が来た事を告げ、軽く欠伸をして関節を伸ばす。

 詩乃の学校は今日の終業式を終えれば晴れて冬休みに入り、クリスマスや正月といったイベントを楽しめる。

 詩乃も冬休みの宿題を早く片付けて実家がある田舎に帰省する予定だ。

 しばらくこの部屋を開けるので学校が終わって帰ってくれば大掃除にも取り掛からなければならず、今日1日忙しくなりそうだ。

 

 詩乃「準備しなきゃ」

 

 クローゼットに掛けられたシャツとブレザーを身にまとい、朝食を簡単なもので済ませた詩乃は身支度を整え、少しの間コーヒーブレイクを楽しむ。

 毎朝の日課になったこの時間は実に清々しく、1日の始まりを告げる儀式のようなものになっていた。

 ふと、何もないハズの壁に視線を移す。

 この壁の向こうにまだ間抜けな顔で寝ている拓哉がいると考えると、途端に笑みが零れる。

 今までは別に何も感じなかったのだが、ここ最近…主に死銃事件以降、それは頻繁に起きるようになった。

 きっと、今の自分が充実している事と拓哉に対する恩義や友情があるからだろうと、心の奥にしまい込んだ感情を敢えて含めずに考えた。

 そんな事を考えていると、時計は出発の時刻を指し、詩乃は玄関の扉を開けて青空から降り注ぐ朝日を浴びながら外の空気を体内に循環させる。

 すると、隣の玄関からガチャ…と鍵が解錠される音がした。

 

 詩乃「あれ?」

 

 拓哉「よっ、おはよう詩乃。今から学校か?」

 

 詩乃「あ、アンタ…その怪我でどこに行く気よ?」

 

 五体満足と言えど、体中に巻かれた包帯が拓哉の状態を物語っている。

 まだ2日しか経っていないのにそんな傷だらけの体でどこに向かうと言うのだろうか。

 病院までタクシーなり使っていくのかとも考えたが、左手にヘルメットを抱えているからそれは除外される。

 だとすれば、痛む体を推してバイクでどこに行く気なのかと詩乃は尋ねた。

 

 拓哉「ちょっとツーリングでもしようかなぁ…って。ほら、今日天気もいいしさ」

 

 詩乃「馬鹿じゃないの!?そんな怪我で事故にでもあったらどうする気よ!!大人しく療養しなさい!!」

 

 拓哉「心配すんなって!これくらいの傷で寝てられっかよ。いい加減体動かしたいと思ってたんだ」

 

 詩乃「呆れた…。動かすにしてもまずは怪我を治してからでしょ!」

 

 2日前にはまともに歩けなかった者が何を言うか…と、呆れながら拓哉に注意する。

 だが、拓哉は一向に部屋へ戻ろうとはしなかった。

 瞬間、拓哉のまとう空気がピリついたのを感じた。何かあったんじゃないかと聞こうとしたが、咄嗟に言葉を飲み込み、別の言葉を投げかけた。

 

 詩乃「…学校に…行くの?」

 

 拓哉「!!…あぁ」

 

 木綿季達からある程度の事情は聞いている。

 拓哉のSAOでの殺人歴が他の生徒に広まり、みんなに不安をかけたくないという罪悪感で学校を中退してしまった事。

 それを促した主犯が拓哉がSAOで殺めてしまったプレイヤーの身内かもしれないという事。

 その身内かもしれない人物には同情するが、拓哉は好きでその人を殺した訳ではない。

 拓哉は仲間を守る為に罪を犯してしまったのだ。

 罪がないと言えば嘘になるが、拓哉を庇うなら脅されて仕方なく手にかけてしまったとしか詩乃には言えない。

 けれど、その事情を知らずに拓哉を罵ったその学校の生徒には怒りを覚えた。

 誰も人殺しの言う事など聞かないし、耳を貸さない。

 真実を語っても誰も信じようとはしない。

 そういった先入観が拓哉をあそこまで追い詰めたとしたならそれは許されない事だ。

 出来る事なら今すぐに言って抗議してやりたい所だが、拓哉はそれを了承しないだろう。

 

 詩乃「…途中まで一緒にいかない?」

 

 拓哉「…」

 

 首を縦に振り、拓哉と詩乃は最寄りの駅まで一緒に行く事になった。

 その道中、2人の間に会話などは一切なく、ただならぬ空気が蔓延している。

 

 拓哉「…今日って終業式だっけ?」

 

 詩乃「え、えぇ。ここら辺の学校は大体今日か明日ぐらいじゃないかしら?木綿季にもそう聞いたから多分間違いないと思うわ」

 

 拓哉「あぁ…知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、今日しかないんだ…」

 

 

 

 

 

 様々な想いが交錯し、それぞれが答えに向かって歩み、答えにたどり着こうとしている。

 これから先、何が起きるか分からない。

 ある者は平穏という名の理想を掴むかもしれない。

 ある者は贖罪という名の未来を掴むかもしれない。

 ある者は復讐という名の勝利を掴むかもしれない。

 誰もが自身の望む結果を求めて奔走し、努力を惜しまないだろう。

 だから、何度だってぶつかり続ける。

 理想も、未来も、勝利も、全ては自身の為。

 それだけが彼らに出来る唯一の手段であり、進むべき道なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時20分 SAO帰還者学校 体育館

 

 終業式まで後30分を切った頃、和人と木綿季は事前の打ち合わせ通りに体育館の舞台裏で待機していた。

 

 木綿季「緊張してる?」

 

 和人「緊張しない方が不思議だよ。オレは基本裏方仕事が性に合ってるからな」

 

 木綿季「そっか…そうだよね。和人は昔から陰でコソコソしながら攻略したり、レベリングしてたもんね」

 

 和人「別にコソコソなんかしてないぞ?ソロの方がいろいろ都合がよかったんだよ」

 

 そのおかげで当時の明日奈には苦労や不安をかけていたのは仲間達の間では周知の事実だ。

 拓哉でさえ、レベリングの時は木綿季達と共に行ってきた手前、和人の行動は些か1人よがりだったのかもしれない。

 けれど、その無茶は仲間を守り抜く力を身につける為。

 その力でゲームクリアを目指し、そして今は大切な親友の存在を認めさせる為にここにいる。

 

 和人「木綿季はギルマスだったし、人前に立つのは慣れてるんじゃないか?」

 

 木綿季「慣れはしないよ?あんまり意識した事ないけど、やっぱり緊張はするよ」

 

 何せこの時間が終われば拓哉の人生を確実に変えてしまう。

 どちらに転がるにしろ緊張しない事は絶対にない。

 

 和人「懐かしいな…。あれからもう1年以上も経つんだな」

 

 木綿季「毎日が楽しくて時間が経つのがアッという間だったもん」

 

 和人「そうだな。これからもみんなと楽しくやっていきたいよ」

 

 木綿季「…和人らしくないねーそのセリフ。なんかカッコつけてる。拓哉には負けるけどねっ!」

 

 和人「はいはい…」

 

 呆れながらも2人の心は落ち着いている。

 もうここからは後戻りする道などない。あるのは全生徒に拓哉を信じてもらうだけ。

 そうでなきゃいけない。

 彼にはその権利がある。皆を救い、皆の希望として戦った拓哉には幸せになる義務がある。

 かの茅場晶彦も弟である茅場拓哉を救った。

 それが罪滅ぼしなのかは今となっては夢想の答えとなってしまったが、ただなんとなく…直感が囁いてくるのだ。

 

 

 ここで挫けるのは悔しいだろう?_

 

 

 拓哉は今、どんな気持ちで生きているのだろうか。

 彼の答えはまだ見つかっていない。

 その時は着々と近づいている事だけは本人も気づいているだろうが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時35分 SAO帰還者学校 高等部2年クラス

 

 明日奈「…」

 

 里香「明日奈…」

 

 明日奈「分かってる…。行こうか?」

 

 終業式の時間が近づくにつれて生徒達が一斉に体育館へと目指し歩いていく。

 最後にクラスを出た明日奈は里香と別れ、1人とある空き教室へと歩を進めた。

 誰もいない、何もない空き教室に明日奈は1人である人物を待つ。

 

 明日奈「…」

 

 今更になって手が震え始めた。この計画が失敗すれば、拓哉は永遠に他のSAO帰還者に恨まれ、憎まれ続ける。

 それはあまりにも残酷な事だ。

 命を懸けて最終ボスであるヒースクリフ/茅場晶彦を倒したというのに、称賛はおろか労いの言葉すらないのはあまりに酷く、悲しい事だ。

 拓哉はそんなもの必要とはしていないだろう。

 誰かに褒められたくて戦っていたのではない。

 誰かに労れたくて拳を振るってきたのではない。

 自分自身の因縁の為…自分が愛した者の為に戦ってきただけでSAOに生き残っているプレイヤー全てを解放する為ではない。

 それでも、結果として拓哉は"英雄”となった。

 SAO…後のALOでも下劣な人間の悪行を沈めていった。

 それが拓哉の運命と言うつもりはない。

 拓哉が前に言っていたように"英雄”の役目をたまたま拓哉が請け負っただけに過ぎない。

 けれど、その役目を果たし、見事SAOに囚われていたプレイヤーを解放したのは紛れもない茅場拓哉だ。

 感謝こそすれ、怒りを向けられるのは間違っている。

 明日奈は秒針が刻む無機質な音を聞きながら待った。

 彼には…青柳には当事者としてあの世界にいた訳でもないから、生徒達より怒りや憎しみが湧き出ている。

 知らぬ間に兄が死んだのはショックを隠せないと思う。

 その犯人が目の前にいたら復讐心を抱くのも仕方ないと思う。

 青柳には何の罪もない。

 拓哉には消える事のない罪がある。

 罪はその人の人生を大きく狂わし、不幸を招き入れるものだ。

 拓哉もその不幸が降り掛かっている。

 けれど、明日奈達は…木綿季は拓哉を支え続ける。

 例え、罪を犯し、人を殺した殺人者だとしても、彼女らは拓哉の本質を知っているから。

 彼が優しく、おおらかで、何より仲間を大事にする人物だと知っているから。

 彼を支え、幸せを掴む手助けをする。

 それは恩義などから来る善行心などではなく、友人として…仲間としてこれから先も支える。

 次は私達の番なんだと、明日奈は震える手を押さえつけた。

 瞬間、空き教室の扉が開く音がした。

 ここに来る人物など1人しかいない。そう手回しをしたのだから当然だが、明日奈はゆっくりと扉に視線を移した。

 

 

 

 

 

 青柳「結城さん…こんな所で僕に一体何の用だい?終業式も始まるから体育館に向かわないと…」

 

 明日奈「いえ。終業式には出ません…。今日は青柳先生と話がしたくて施恩先生に呼び出してもらったんです」

 

 青柳「…そうか」

 

 ゆっくりと明日奈の正面に歩く姿はどこか悟った雰囲気を醸し出している。

 これなら本題にすぐに入れそうだと明日奈は思った。

 

 青柳「それで…僕に話とは?」

 

 明日奈「単刀直入に聞きます。青柳先生…ネットの掲示板に拓哉君のSAOでの殺人歴を投稿したのは貴方ですね?」

 

 一瞬、眉が上がったかのように見えたが、青柳の表情は至って冷静さそのものだ。

 

 青柳「…何を根拠にそんな事を?」

 

 明日奈「掲示板に投稿された時期と青柳先生が教育実習にこの学校に来た時期と重なります。

 それまで何もなかったのに、いきなりこのような騒動が起きれば不自然と言わざるを得ません」

 

 青柳「まさか、それだけで僕がやったと?はははっ…って全く笑えないね。

 それは偶然だ。僕だって茅場君の事は今でも心配してるんだ。

 施恩先生から茅場君の退学届けが受理されたと聞いた時は驚いたし悲しくもなった」

 

 明日奈「いいえ…先生はそんな事を思っていないハズです」

 

 青柳「…いくら僕でもそんな言いがかりを許容出来る程人間出来てないよ?

 それにSAOの情報は一般には公表されていないんだ。

 SAOに囚われていた訳でもない僕にそんな情報を掴める訳ないじゃないか」

 

 やはり、一筋縄ではいかないか。

 明日奈もこれだけの情報で青柳が自白するなど微塵も考えてはいない。

 寧ろ、青柳の反応は当たり前であくまで何も知らない体で押し切るつもりだろう。

 ならばと、明日奈はさらに情報を出して青柳に攻め入る。

 

 明日奈「…ブルータス…」

 

 青柳「!!」

 

 明日奈「…ご存知ですよね?」

 

 青柳の表情は一変した。このままいくべく明日奈はさらに攻めた。

 

 明日奈「SAOで拓哉君が殺めてしまったプレイヤーの内の1人です。総務省にはSAOのデータベースが保管されています。

 捕えられたプレイヤーが解放された時を考え、個人情報を持っているんです。

 その中にブルータスというキャラネームでプレイしていた"青柳改”という人がいました。

 施恩先生に聞いてみると、青柳改は青柳先生のお兄さんだと分かりました。…これが動機ですか?」

 

 青柳「…確かに、僕の兄さん…青柳改はSAOに囚われ、そこで命を落とした。

 けれど、その死因は分からない。殺されてしまったのかもしれないし、自殺したのかもしれない。

 結局の所、僕にはそれを知る手段はないんだ」

 

 青柳の言う通り、SAO内部の情報は公開されておらず、死んでしまったプレイヤーの遺族にも明かしてはいない。

 詰まるところ、一般人である青柳にそれらを知る術はなかった。

 

 青柳「話は終わりかい?僕も今の事は忘れるから一緒に体育館に行こう」

 

 教室を後にしようもする青柳を明日奈は次の一言で中断させた。

 

 明日奈「だから、聞いたんですよね?…死銃から」

 

 扉にに手をかける寸前で伸びた手は止まり、振り返りもせずに扉の前に立っていた。

 

 明日奈「死銃は元"笑う棺桶”の幹部プレイヤーだった。

 貴方は死銃事件が起きる前から彼と連絡を取り合い、そこで拓哉君が貴方のお兄さんを殺した事を知ったんじゃないんですか?」

 

 青柳「…どうやら君はどうしても僕を犯人にしたいようだけれど、その証拠はあるのかい?

 それが出てこない限り、君の言っている事はただの妄想だ。

 悪いけど妄想に付き合ってあげる程、僕には時間がない─」

 

 明日奈「逃げるんですか?」

 

 明日奈が青柳を挑発する。

 普段から冷静さを保っている青柳ならこのような挑発に乗るハズもないが、彼は今確実に冷静さを欠いている。

 

 青柳「…なんだと?」

 

 先程までの優しい口調は影を潜め、怒りを宿した眼光が明日奈に突き刺さる。

 けれど、屈する訳にはいかない。

 ここからが正念場だ。和人と木綿季も今頃動いているハズだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時50分 SAO帰還者学校 体育館

 

 終業式は滞りなく進んでいき、生徒達も後数分で解放されると思った瞬間、校長が舞台から降り、代わりに和人と木綿季が演説台に進んだ。

 

「なんだ?」

 

「何かまだあるの?」

 

 生徒達がざわめき、教師陣がそれをなだめ、演説台西線を集めさせる。

 緊張している…心が震えている…。

 過去と向き合い、克服したトラウマが再燃する。

 

 和人「…オレは高等部1年、桐ヶ谷和人です。今日はどうしてもここにいる皆さんに伝えなきゃいけない事があってこの時間を設けました」

 

「あいつっていつも結城さんと一緒にいる奴じゃないか?」

 

「2人はSAOの頃から付き合ってるらしいぞ?」

 

「げっ!?マジかよっ!!」

 

 和人「…ここにいるみんなはSAOで辛い経験をして、やっと取り戻した生活を送ってると思います。

 オレもその内の1人だ。

 …けれど、今この瞬間も苦しんでいる奴もいます。

 みんなはもう耳にしてるかもしれないが、高等部2年に在籍していた茅場拓哉についてみんなに聞いてもらいたい」

 

 瞬間、生徒全員が一気に表情を強ばらせた。

 それを見ただけで事の重大さに気づいたのと同時に不安や怒りを露わにする。

 

「茅場って…あのネットに書かれてた奴だろ?」

 

「実際人を殺したらしいわよ?それで学校も辞めたって聞いたけど…」

 

「殺人者の事なんか聞かされる筋合いなくね?」

 

 好き勝手に自分の意見を口にし始めた生徒達を和人は黙らせる為に演説台を思い切り叩いた。

 体育館に響いた音が生徒達を萎縮させ、無理矢理耳を傾かせる。

 そうでもしなければまともに聞く耳を持ってくれないと分かってしまったから。

 

 和人「…確かに、茅場拓哉がSAOで人を殺したって噂は本当だ。

 でも、それは故意にやった訳じゃない。

 あれはある人達を守る為に自分が全ての罪を背負ってまでその選択をした…それが真実だ」

 

「…そんなの証拠もないのに信用出来ないだろ…」

 

「それに人を殺したのには変わりないんだろ?」

 

 和人「…拓哉を責めるのは人を殺した事が原因なら、それはオレにも向けられるべきものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレもあの世界で人を殺した事がある」

 

「「「!!?」」」

 

 木綿季「…」

 

 そう告白するのに一体どれだけの覚悟がいるのだろうか。

 人を殺した…それはあらゆる罪の中で1番重いものだ。

 それだけで他人から蔑まれ、罵られ、人生を狂わす。

 だから、今の和人はとても辛い選択をしてしまったのだ。

 和人も最悪の場合、拓哉のように憎しみを抱かれながらこの学校を去る事になるかもしれない。

 それだけのリスクを背負ってでも拓哉を助ける事が出来るのはすごいと木綿季は尊敬するのと同時に自分の事のように嬉しかった。

 

「マジかよ…」

 

「アイツも人殺しなのか…?」

 

「なら、結城さんもただ奴に利用されてるだけなのかっ!?」

 

「結城さんがそれを知ったら絶対に許さないぞ!!なんて言ったって彼女は"閃光”様だからな!!」

 

 先生達は舞台にいる和人に罵声をかけ始めた。こうなる事は予想の範囲内だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里香「違うっ!!!!」

 

 生徒達の列の一角から激しい叫び声が轟く。

 肩を震わせながら立つ茶髪の少女…篠崎里香は生徒達に向かって声を上げた。

 

 里香「和人はそんな悪人と一緒にしないで!!和人は明日奈を守る為に剣を振るったの!!

 そうしなきゃ明日奈はここにはいなかったわ!!

 アンタ達だってそうよ!!拓哉がいなきゃここに立つ事すら出来なかったんだから!!!」

 

 和人「里香…」

 

「何言ってんだよ…?クリアしたのは攻略組の奴らだろ?」

 

「殺人者がそんな事出来る訳…」

 

 里香「…じゃあ、攻略組の誰がヒースクリフを倒してクリアしたって言うのよ?」

 

 そう問われた生徒達は攻略組でも有名だったメンバーを羅列していく。

 

「誰って…"閃光”のアスナさんじゃねぇのか…?」

 

「オレは"黒の剣士”が倒したって…」

 

「いやいや、"絶剣”って可能性もあるだろ?」

 

 和人「…今挙げられた中にヒースクリフを倒した奴はいない。

 その時、ヒースクリフから麻痺をかけられ、1歩も動けなかったんだ」

 

「じゃあ…誰が…」

 

 あの時、和人達はただ見送る事しか出来なかった。

 剣をを持つ力も奪われ、ただ1人を除いて誰も動く事が出来なかった。

 

 和人「…オレは攻略組で"黒の剣士”として最前線で戦ってきた。

 隣にいる木綿季も"絶剣”としてゲームクリアを目指して戦ってきた」

 

「あ、あいつが"黒の剣士”っ!!?」

 

「隣にいる中学生があの"絶剣”っ!!?」

 

 認知度が低いのも無理はない。

 明日奈のように最大勢力を誇ったギルド"血盟騎士団”の副団長として攻略組を指揮していた訳でもなく、ソロとして活動していた和人、少数のギルドを率いていた木綿季とはスポットライトの当て方が違う。

 明日奈曰く、自分は最強ギルドの威光を示す為の歩く広告塔なのだとと、当時を思い出しながら卑下していた。

 

「で、でも…すんなり信じられねぇよな?」

 

 和人「総務省の仮想課に問い合わせれば分かる事だ。

 …オレは最後の戦いの時、何も出来なかった。

 "閃光”のアスナも…"絶剣”ユウキも…他の攻略組の奴らも…誰一人として立ち上がれなかった。

 そんなオレ達を守る為に拓哉は…"拳闘士”タクヤはその拳を振るったんだ」

 

「…"拳闘士”」

 

 和人「ここにいる全員、拓哉に助けてもらったんだ!

 どんなに辛くても、痛くても、苦しくても、それを耐えて、耐えて、続けて…祈るように拳を振るったんだ!!

 そんな奴をみんなは蔑むのか!?オレ達を守ってくれた恩人をみんなは憎むのか!!?」

 

 それは願いである。

 そうなってはいけないと願いを込めて、和人は声を荒らげた。

 人の心は簡単には動かない事も…憎しみが簡単に消えない事も知っている。

 だから、これは願いである。

 例え、拓哉を憎もうと拓哉が彼らにしてきた事だけは否定しないでくれと、我ながら自分勝手な願いだ。

 それでも、声に出さないと伝わらない。

 

 木綿季「…中等部3年の紺野木綿季です。みんなには"絶剣”って言った方が分かりやすいかな?

 …ボクはいつも拓哉と一緒にいました。どんな時もずっと一緒に戦ってきました。

 みんなより拓哉といた時間が長いから分かるんです。

 拓哉は自分よりも愛した者の為に力を使う…。困っている人を見かけたら優先して助けに行く。

 言葉には出さないけど、きっとボクやみんなよりずっと苦しい思いをして生きてきたんです。

 だから…これ以上…拓哉に苦しい思いも…辛い思いも…させたくない…。

 拓哉が犯してしまった罪は消える事はないけど…拓哉がみんなを守った事実も消える事はないんです…!!

 感謝してくれなんて言いません…。拓哉もそれを望んでいる訳じゃないから…。

 ただ…少しだけ…拓哉が困っていたら…助けてもらえませんか…?

 支えてあげてくれませんか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉の事を認めてあげてくれませんか…?」

 

 

 

 

 頬には一筋の涙が流れている。

 生徒達も木綿季の演説に胸を打たれ、涙する者もいた。

 それだけ今の生活に幸せを感じているからこそ出る涙。

 それを取り戻してくれた拓哉に対する感謝の涙。

 誰かが手を叩いた。次第にそれは生徒達に伝染していき、大喝采が生まれた。

 

 和人「…みんな」

 

 木綿季「…ありがとう…ありがとう…!!」

 

 里香「よかったぁ…。後は明日奈が上手くやってくれれば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時50分 SAO帰還者学校 空き教室

 

 青柳「これは…!!」

 

 明日奈(「和人君達は上手くいったんだね!!なら、私も…!!」)

 

 青柳「…くそ…」

 

 明日奈「認められませんか?全生徒が今、拓哉君を認めたのに…まだ貴方は拓哉君に憎しみを抱きますか?」

 

 すると、青柳が漂わせる空気が変わるのを明日奈は肌で感じ、警戒を強めた。

 

 青柳「…当たり前だろ?僕は奴に助けられてない…むしろ、地獄に叩き落とされたんだから…」

 

 明日奈「自白…と取っていいんですね?今までやってきた拓哉君かな対する事を…!!」

 

 青柳「別に構わないさ。僕の計画は既に完了しているんだから。

 君達は無駄な努力をしていたんだよ。

 この学校に通っていないSAO帰還者だって何千人もいる。

 その他の一般人も奴の犯した罪を許す事はない。

 たった数百人が奴を認めても、生き残った数千人が彼を軽蔑し続ける。人性も…将来も彼は多人数から軽蔑の眼差しに晒されるんだよ」

 

 明日奈「…貴方は…どこまで…!!」

 

 青柳「それが報いというものだ。僕の兄を殺した人殺しの本来歩くべき道なのさ。幸せなんて許さない…笑顔なんて許さない…平和なんて許さない…人殺しは所詮人殺しさ。

 どんなに隠しても本性は確実に浮き彫りになっていく」

 

 不敵な笑みを浮かべながら青柳は淡々と語り続ける。

 明日奈も拳を握りながら必死に我を保っていた。

 

 明日奈「貴方がやっているのは紛れもない犯罪です!!

 然るべき場所で然るべき罰を受けなさい!!」

 

 青柳「ならば、証拠はあるのかい?

 投稿したPCは既に処分済み…何も証拠もないのに犯罪者呼ばわりされたくないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「それを聞いて安心したよ」

 

 

 明日奈&青柳「「!!?」」

 

 扉を開け、中に入ってきたのは重症の体を推して来た拓哉だった。

 

 明日奈「た、拓哉君!?そんな怪我して出歩いていいの!!?」

 

 拓哉「別に大した事ない…2日もゆっくりしてたからな。今じゃ軽い痛みしかないよ。

 それに…これはオレが解決しなきゃいけない問題だからな」

 

 あの大怪我がたった2日で外を出歩けるまで回復するハズがない。

 実際に拓哉の顔色は悪く、息を切らしながら肩で呼吸していた。

 

 青柳「…茅場…拓哉…!!」

 

 拓哉「…オレさ、青柳先生とは仲良くなれると思ってた。

 ドジで、それでいて優しくて…どこか安心する先生と一緒に学校にいたかった…。

 そう思ったのは…オレだけか?」

 

 青柳「僕が君と仲良く…?…ふ…ふふ…ふははははははっ!!!!

 何を言い出すかと思えば…!!そんな事ある訳ないだろっ!!

 お前を初めて見た時、発狂しそうな程怒りが込み上げてきたんだ!!!

 それを抑えるのにどれだけ苦労したか…。

 お前は兄さんを殺した殺人者だ!!僕はお前に憎しみ以外の感情は持ち合わせていない!!

 何が"拳闘士”だ!!何が"英雄”だ!!

 弱者を切り捨てる事でしか救えない世界など最初から破綻してるんだよっ!!!

 それを終わらせたぐらいで図に乗るんじゃない!!

 お前の本性はただの殺人者!!弱い者を殺す異分子だ!!!」

 

 明日奈「貴方っ!!!!」

 

 拓哉「確かにな…」

 

 明日奈「拓哉君!!?」

 

 拓哉「明日奈、青柳先生が言っている事は間違っていない。

 オレはお前達を失いたくないばかりに弱い奴を殺してそれを防いだ。

 人質に取られていたとか、脅迫されていたなんて人を殺す理由にはならない。

 オレが殺したプレイヤーの肉親に恨まれても文句なんて言える訳がないんだ。

 だから、青柳先生は正しい…」

 

 

 それがオレにとっての贖罪。

 恨まれ、軽蔑され、罵られても文句など1つもない。

 立場が逆転すればオレも同じような事をしていたかもしれないから。

 青柳先生だけを責める事なんて出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここで青柳先生に殺されても…それをオレは受け入れる。

 

 

 




いかがだったでしょうか。
本性を見せた青柳に拓哉は何を訴えるのか…。
そして、暗雲が立ち込める学校に不穏な影が…。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!

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