ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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という事で75話目に突入です!
このシリーズもいよいよクライマックス。
青柳の真実…拓哉の出す答え…木綿季達の思いを綴りましたのでお楽しみに!


では、どうぞ!


【75】贖罪

 2025年12月20日21時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「あの…もう大丈夫だから帰ってもいいぞ?」

 

 詩乃「…」

 

 木綿季「…」

 

 和人達が帰った後、まだ体力が回復していない拓哉の介抱をする為に隣の部屋に住む詩乃と恋人の木綿季は拓哉の部屋に移動して身の回りの世話をしていた。

 詩乃はともかく木綿季には陽だまり園で帰りを待つ家族がいる。

 拓哉もその事を木綿季に言ったのだが、何やら不機嫌な表情で"ボクとは一緒にいられなくて詩乃とはいいんだ?”…と、正直お手上げの状態に陥っていた。

 

 拓哉「本当にいいのか木綿季?森さん達や藍子も心配してるんじゃ…」

 

 木綿季「さっき、姉ちゃんに連絡して先生の許可も取ったから大丈夫だもん」

 

 拓哉「許可って…ここに泊まるつもりか?」

 

 木綿季「何か問題があるの?」

 

 問題はいろいろある。

 恋仲とは言え、未成年の男女が一つ屋根の下で寝泊まりするという事もそうだし、体力も回復して最低限の日常生活は確保している訳だから木綿季と詩乃に介抱してもらわなくてもいいのだ。

 だが、それをそのまま2人に伝えるのも悪い気持ちがある。

 2人は拓哉の身を案じて介抱してくれているのであって良心以外に何もやましい事はない。

 

 拓哉「流石にオレの部屋には寝させられねぇよ。…悪いんだけど詩乃、木綿季を今晩泊めてやってくれないか?」

 

 詩乃「あら?私もこっちの部屋にいるつもりだったんだけど?」

 

 目を丸くして詩乃を凝視する。咄嗟に幻聴でも聞こえたのかと詩乃に確認を取ったが、幻はまぎれもない現実だったらしい。

 

 拓哉「オイオイ…悪い冗談だろ?この狭い部屋に3人も寝られる訳ねぇだろ!?

 それに一応オレ怪我人なんだぞ!!お前らをベッドで寝させられねぇし、学校だってあるだろっ!!?」

 

 詩乃「別にいいわよ。1日ぐらい寝なくたって死にはしないわよ」

 

 木綿季「そうそう!学校だってここから行けるしね!」

 

 拓哉「いやいや…正直言って男の身としては女子2人と一緒に寝るとか精神的にもキツいの!?分かりますか!!?」

 

 詩乃「変な目で見ないでよ…」

 

 木綿季「流石にそれは引くよ…」

 

 拓哉「出てけっ!!!!」

 

 痛む体を推して木綿季と詩乃を外へ放り出した。

 扉をガンガン叩く音が響いたが、今の時間と近所迷惑を察して渋々詩乃の部屋へと帰っていった。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…怪我人にはきついぜマジで…」

 

 息を切らしながらまだ全快していないのを再確認して、再びベッドにゆっくり横たわった。

 詩乃の手当が的確だったのか、最初の頃に比べて痛みはさほど感じない。

 その後の2人の介抱もそれを促していただろう事は明確で、いつもならまだ寝る時間ではないが、大人しく寝ようと照明を消して就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「…追い出されちゃったね」

 

 詩乃「…冗談が通じないんだから」

 

 拓哉の性格からしてこの状況になる事は想定済みだった為、木綿季と詩乃もそれ程落ち込んではいない。

 まだ寝るには早いので、これを機に仲を深めようと女子会を開く流れになった2人はリビングに行き、コーヒーとお菓子を揃えてテーブルに座った。

 

 木綿季「そう言えば、こうやって2人で話すのってなかったよね?」

 

 詩乃「確かね…まだ出会って日が浅いっていうのもあるけど。…でも、初めて木綿季に会ったのはもっと前なのよ?覚えてる?」

 

 木綿季「えっ!?本当に?どこで?」

 

 詩乃「駅で木綿季が明日奈達とビラ配りしてた時よ。まぁ、覚えてないのも無理はないけど…」

 

 木綿季「そうだったんだ…。全然気が付かなかったよ」

 

 それから2人は互いの事や、これからの事について語り合った。

 もっと早く出会えていれば、今とは違う世界が広がっていたのかもしれない。

 だが、それはただの幻想で今この時間こそが詩乃が生きる世界だ。

 だから、今はこの出会いを素直に喜ぼう。

 

 木綿季「もしかしてだけどさ…詩乃は…拓哉の事…好きなの?」

 

 思わず口に含んだコーヒーを吐き出しそうになったが、それを何とか堪え、頬を赤くしながら木綿季にそれを否定した。

 

 詩乃「な、な、何言ってるよ!!?確かに…性格は悪くないと思うけど、別に拓哉の事をそんな風に見た事はないわ…」

 

 木綿季「…そうなんだ」

 

 拓哉の恋人である木綿季には絶対に言えない。

 この想いは決して咲かせてはならない…本来は枯らせてしまわなければいけない花の蕾。

 だから、言えない。口に出してはいけない。

 

 詩乃「…木綿季こそ、拓哉のどこに惹かれたの?」

 

 木綿季「えぇっ!?言わなきゃダメー…?」

 

 詩乃「まだまだ寝るには早いし、女子会って言ったらこういう話が定番なんでしょ?

 私はした事ないから分からないけど」

 

 木綿季「そうだねー…じゃあ、まずはボク達が初めて会った頃からかなー…」

 

 SAOで初めて拓哉と会った時の事、拓哉達と共に初めてフロアボスに挑戦し、その後も2年間行動した事などを赤裸々に語った。

 詩乃は時折相づちを打っている。

 拓哉からSAOの頃の事は概ね聞いていたが、木綿季視点で聞いてみるとまた違った内容に思えて少し楽しかった。

 それと同時に拓哉と木綿季がどれだけ危険で壮大な世界で生き抜いてきたのか改めて実感した。

 

 木綿季「…って感じかな」

 

 詩乃「昔から拓哉は無謀だったのね」

 

 木綿季「それでも、拓哉はボク達を守ってくれた。どんな事があっても最後はボク達の所に帰ってきてくれた。

 無茶ばっかりして待ってる方は心配しっぱなしだけどね」

 

 詩乃「…それは言えてるわね」

 

 時計に目をやれば既に0時を過ぎており、明日も学校を控えた2人は慌てて就寝の準備に取りかかった。

 風呂に入ってすぐに布団の中に身を縮こませ、照明を消す。

 

 木綿季「おやすみ詩乃」

 

 詩乃「おやすみ木綿季」

 

 今にして思えば詩乃の部屋に友達を泊まらせたのは今日が初めてだった。

 忘れていた友達との関係性を懐かしく思いながら詩乃はそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日08時00分 SAO帰還者学校 職員室

 

 朝の職員会議の前に青柳は校長室に呼ばれ、そこで校長と話をしていた。青柳がこの学校に教育実習生として通い始めて2ヶ月が経ち、明日の終業式でそれも終わる。

 労いの言葉をかけようと校長は青柳を呼び出していた。

 

「青柳先生、教育実習も明日の終業式で最後ですね。いやいや、時間が経つのは早い」

 

 青柳「はい。校長先生や他の先生方には本当によくしてもらえました。

 生徒達もみんな素直で…正直、ここを離れるのが辛いです」

 

「それはこちらも同じですよ。生徒からの評判もいい青柳先生はきっと他の学校に行っても上手くやれます。

 自信を持ってこれからも頑張ってください」

 

 青柳「ありがとうございます。失礼します」

 

 青柳が職員室を後にし、自分の席で荷造りをしていると、隣から施恩がその手伝いをしにやってきた。

 

 施恩「いよいよ明日だね」

 

 青柳「うん…。施恩姉さんともしばらく会えないね」

 

 施恩「寂しくなるなぁ…。これからの事は考えてる?」

 

 青柳「まだ何も…。今、やらなきゃいけない事があるからね。

 それが終わるまではこれからの事なんて考えられないんだ」

 

 それが一体何なのか施恩には分からない。

 明日奈達が言うように本当に青柳が拓哉を追い込んでいるのか、探り探りで青柳を調べているが未だにまだ何も分かっていない。

 だが、1つだけ…青柳が昔とは違うという事だけ分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日12時20分 SAO帰還者学校 高等部1年クラス

 

 昼休み間近の4限目、不意に和人のスマホが震えた。

 

 和人(「菊岡…?」)

 

 彼からの電話は常に嫌な予感が付き纏っている。

 そんな電話には出たくもないが、何か重要な情報を提供してくれるかもしれないという期待感が和人の手を出させた。

 昼休みに入ってすぐに菊岡へ電話をかけると1コールしてすぐに繋がった。

 

 菊岡「和人君!なんでさっき出てくれなかったんだい!?」

 

 和人「いや、まだ授業中だったし…ってそれより一体何の用なんだ?」

 

 菊岡「あぁそうだった!和人君、SAOで拓哉君が殺してしまったプレイヤーの名前は分かるかい?」

 

 突然何を言い出すのかと思った和人だったが、菊岡の声を聞く限り冗談で聞いている訳ではなさそうだ。

 記憶の奥を掘り出し、当時の名前を探し出す。

 

 和人「えっと…アルゴに聞いた事があったな。

 確か…"アルジュナ”と…"ブルータス”だったかな」

 

 菊岡「…なるほど、やはりか」

 

 和人「やはり…って何が?」

 

 菊岡「聖竜連合の"ブルータス”…その名前をデータベースで検索してみると、とても驚くべき事が分かったよ。

 本名は"()()()”。ごく普通の家庭で育ち、両親と弟の4人家族だったが、彼が小学生低学年の頃に交通事故で両親は他界…その後は母方の祖父母の所で暮らしていたようだ」

 

 和人「ちょ…ちょっと待ってくれ…。青柳って…まさか…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊岡「…拓哉君が殺してしまったブルータスは青柳新の実の兄という事だ」

 

 それはとても信じ難い真実だった。

 ならば、青柳の目的も拓哉の復讐によるものだと断定してしまう。

 昨日、拓哉が言っていた"バイト代を出す黒幕”と青柳が同一人物だという可能性が一層濃くなった。

 

 和人「じゃあ、ネットに拓哉の事を書き込んだのも…」

 

 菊岡「断定は出来ないが十中八九青柳の仕業と見て間違いないだろうね」

 

 和人「…復讐…か」

 

 菊岡「…おそらく」

 

 止めなければならないと分かってはいる。

 だが、青柳の行き場を失った憎悪はどこに行ってしまうのだろう。

 無差別にそれを行使し、関係のない人々に被害が出る事も考えられる現状で拓哉になんて説明すればいいのだろうか。

 拓哉の性格上、この真実を知れば青柳の怒りを自分だけで受け止めようとするハズだ。

 

 和人「拓哉にはこの事は伝えたのか?」

 

 菊岡「いや…事だけに拓哉君には知らせられないよ。直人君からも釘を刺されたしね。

 僕としても拓哉君にこれ以上危険に晒したくない」

 

 和人「…分かった。ここから先はオレ達で何とかしてみせる。

 菊岡さんは拓哉にこの事を伝えないでくれ」

 

 そう告げて菊岡との電話を切り、すぐに中庭のベンチで待っている明日奈の元へと急いだ。

 予想通り、中庭のベンチには明日奈が弁当を持参して待っていた。

 

 明日奈「和人君?そんなに慌ててどうしたの?」

 

 和人「あ、あぁ…ちょっとな。明日奈、今日の放課後時間あるか?」

 

 明日奈「う、うん。大丈夫だけど…何かあった?」

 

 和人の態度で何かを察したのか明日奈の表情も固くなる。

 

 和人「…実はさっき菊岡から連絡があった。

 拓哉が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)にいた頃に殺してしまったプレイヤーの中に…青柳先生の兄弟がいたんだ…」

 

 明日奈「え…」

 

 先程の和人のようなリアクションを見せる明日奈は生唾を呑んで和人から視線を外す。

 

 明日奈「そんな事って…」

 

 和人「確か、教育実習は明日までだよな?」

 

 明日奈「…そのハズ…だけど」

 

 和人「多分、明日…青柳先生は何らかのアクションを起こすハズだ。

 だから、オレ達でそれを阻止したい」

 

 明日奈「和人君…」

 

 和人の気持ちももちろん分かる。

 だが、青柳の心情を考えれば中々前に踏み出せないでいる。

 仕方なかったとは言え、肉親を殺した人物が目の前にいれば憎しみが生まれるだろう。

 明日奈でさえ、両親や兄を殺した人物がいたとして和解出来る自身はなかった。

 

 和人「…明日奈の言いたい事も分かるよ。オレも復讐に走るかもしれない。

 だけど、復讐は何も生まない…。あの世界でそれを嫌という程思い知らされた。

 だから、青柳先生を止めてやらなくちゃいけないんだ。拓哉にとっても…青柳先生にとってもそれが1番の選択だ」

 

 明日奈「…そうだよね。みんなには私から伝えるから和人君は先に行ってて」

 

 和人「あぁ。場所はいつも通りダイシー・カフェに集まろう。

 エギルに迷惑かけるけど、拓哉の為なら協力してくれるハズだ」

 

 そうと決まればその後は早かった。

 昼食を早めに済ませ、教室に戻って里香や珪子、木綿季、ひよりに今日の事を伝えた。

 周りの生徒の目がある為、青柳については触れずに放課後ダイシー・カフェに集まるようにとお茶を濁した。

 すぐに了承を貰い、その後の午後の授業に臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日17時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー・カフェ

 

 和人の招集でダイシー・カフェへと集まった木綿季達は1つのテーブルに座り、和人の口が開くのを待っていた。

 

 和人「みんな、今日は急に呼び出してすまなかった。

 でも、大事な話をみんなに聞かせなくちゃいけないんだ」

 

 木綿季「話って…?」

 

 和人「拓哉が昔、SAOで殺してしまったプレイヤーの中にブルータスって名前のプレイヤーがいたんだ」

 

 里香「確か、その人ももう1人も聖竜連合に所属してたのよね?」

 

 明日奈「うん。でも、彼らは聖竜連合とは別に犯罪者(オレンジ)ギルドにも所属してたの」

 

 和人「そのプレイヤーの身元が分かったんだ。

 …ブルータスは青柳先生の実の兄だった」

 

「「「「!!!?」」」」

 

 その場の者全員が顔を青ざめ、生唾を飲み込む。

 そんな悲劇があってたまるかと、ここにいる誰もが思っただろう。

 拓哉は木綿季達を守る為に、ブルータス達を殺してしまったのだから。

 それは逆に言えば、木綿季達のせいでブルータスを殺させてしまったと言えなくもない。

 ならば、罰を受けるのは拓哉だけでなくここにいる全員が受けなければならないじゃないか。

 木綿季は歯を食いしばり、自らの無力さを呪った。

 あの時、もっと力があったら…あの時、事前に笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の魔の手に気づいていれば…と、幕を閉じた演目に改善点を見つけるが如く、無駄な後悔に陥る。

 

 珪子「この事は拓哉さんには…」

 

 和人「伝えてない…。菊岡にも口止めしてもらってる。

 そして、教育実習が終わる明日の終業式に青柳先生が最後に何か騒動を起こすかもしれない」

 

 ひより「なら、もう時間がないじゃないですか!?」

 

 木綿季「…和人、ボク達は何をしたらいいの?」

 

 明日の終業式まで1日を切ったこの状況では出来る事も限られている。

 時間が刻一刻と迫っている中、和人は沈黙を破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和人「明日…全校生徒の前で拓哉とオレの過去を打ち明けようと思ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「!!?」

 

 里香「和人の過去って…?」

 

 明日奈「和人君!?本当にいいの!!?あれは和人君にとって…」

 

 その先に綴る言葉が口から出てこない。

 和人もそれを汲んだのか明日奈の頭を優しく撫でた。

 

 和人「大丈夫だよ。…拓哉だけに辛い思いはさせられないんだ。

 オレも同じなのに拓哉だけ責められるのはこれ以上耐えられない」

 

 明日奈「和人君…」

 

 和人「みんなにもいつか話そうと思っていたんだ。別に隠してた訳じゃない。

 ただ…勇気がなかっただけだ」

 

 それから和人はSAOで起きた過去を語った。

 明日奈と別れ、ソロプレイヤーとして無茶なレベリングをしていた事。

 偶然助けた"月夜の黒猫団”というギルドに勧誘され、レベルを偽って行動を共にした事。

 その慢心が彼らを全滅させてしまった事。

 愛した者達を死なせてしまった事を和人は拳を握りながら語った。

 木綿季達はただジッと黙ったまま和人の言葉を聞いていた。

 誰しもあの世界で後悔を抱えていなかった訳じゃない。

 言われもない中傷も、己の傲慢さも突きつけられながら生きていた。

 そんな地獄で幸せを掴んだのはごく1部だろう。

 だが、幸せを掴む前に絶望したのは数え切れない程いたハズだ。

 

 和人「だから、オレはついてると思う。明日奈やみんなに…拓哉に出会えた事はどんな事よりも輝いて、手放したくない大切な宝物だ。

 きっと、SAOで生きてきた学校のみんなだってちゃんと話せば分かってくれる。

 みんな…道は違えどあの世界で共に生きた戦友だから…」

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「うん…」

 

 エギル「あぁ…!その通りだ…!!」

 

 攻略組として果敢にボスに挑んだ和人達も、生産職として常に攻略に励むプレイヤーを支えてくれた里香達も、誰もがあの世界で戦っていたのだ。

 それはここにいない者達にも同じ事が言える。

 

 木綿季「…ありがとう和人。拓哉の為に辛い過去を話してくれて」

 

 和人「いいんだ…拓哉には返しきれない程恩があるからな。

 だから、アイツには幸せになって欲しい…ならなくちゃいけないんだ。

 もう…ボロボロだからな」

 

 ひより「…はい…!!」

 

 珪子「私達で…支えていきたいです…!!」

 

 エギル「これ以上アイツばかりに無茶はさせられないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日19時00分 SAO帰還者学校 職員室

 

 生徒は既に下校し、教師陣も既に退勤した後の職員室。

 青柳新は自前のPCで最後の仕事に取り掛かっていた。

 

 青柳「…」

 

 ふと、スマホの壁紙に設定している家族写真に目をやった。

 そこには高校3年生だった自分と大学を卒業し、これから社会に踏み出そうとしていた兄が満面の笑みで写っている。

 幼少期に両親を交通事故で亡くし、祖父母と共に今まで生きてきた青柳にとって唯一の肉親であった兄はとても尊敬に値するものだった。

 子供のようにはしゃぎ、ゲームをこよなく愛し、弟である自分を何より可愛いがってくれた。

 だが、不幸は幾度となく彼らを襲った。

 SAOに囚われ、その世界で命を落とした兄。

 もう戻ってこないと現実を受け止められなかった。

 

 

 何故、兄がこのような目に合わなくてはいけない?

 

 

 兄が死んだ後も青柳はそれをずっと考え、大学に入学してもその答えは見つからなかった。

 そんな最中、偶然にもネットである記事を見つけた。

 内容は…自分はSAOという地獄を楽しく生きたというものだった。

 その書き込みに溢れんばかりの怒りを感じたのは今でもハッキリと憶えている。

 思わずその書き込みをした相手に個人チャットで怒りをぶつけてしまった。

 送信した後で正気に戻った青柳だったが、意外にも相手方は冷静な返答を送ってきた。

 それから頻繁にその人物とやり取りを行い、どこにも公表されていなかったSAO内の情報を提供してくれた。

 後に起きた死銃事件と呼ばれる狼煙を上げたのは自分だと…そこで俺はあの世界を再現してみせると…この人物は本気だと驚いた。

 そして、兄がよくゲームキャラに使用していた"ブルータス”というキャラネームを聞いた時、怒りの炎はついに自分の心から溢れてしまった。

 復讐の炎は咆哮し、兄を殺した人物に制裁を下す事を誓った。

 それが、SAOの英雄で茅場晶彦の実の弟であった茅場拓哉だった。

 大学にもパイプを持っていた青柳にとってSAO帰還者学校に教育実習に来る事は簡単なもので、誰にも怪しまれる事なく潜入出来た。

 偶然、幼少期の頃から親しかった安施恩がいたのは予想外だったがそんなのは関係ない。

 もう青柳には復讐の2文字しか頭になかったのだから。

 

 青柳「…」

 

 既に荷造りを終え、後は復讐を果たしてここを去るだけだ。

 

 青柳「…兄さんにしたように…僕もお前に地獄を見せてあげるよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日19時30分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 自分の部屋のベッドに横たわり、見慣れた天井を見つめながら拓哉は物思いにふけていた。

 

 拓哉「…」

 

 偶然とは言え、ダイシー・カフェであのような真実を知ってしまってから拓哉はどうすればいいのか分からなかった。

 青柳の実の兄をこの手にかけてしまった事実が青柳を復讐の悪鬼に変貌させてしまった罪悪感と、それを償う責任感が拓哉の中で渦巻いている。

 

 拓哉(「オレは…どうすれば…」)

 

 体の痛みがその考えを阻害し、より濃い復讐の色が表れる。

 青柳はもう誰に何と言われようと止まる事はないだろう。

 いや、自分自身でも手綱から離れた復讐心を止められないのだ。

 色々な手を使って拓哉を襲ったのがその証拠で、そうさせてしまった原因が自分にある事も拓哉は知っている。

 その火の粉が木綿季やみんなに降りかかるのではないかという不安も相まって拓哉は答えを出せないでいた。

 そんな時、インターフォンの音が鳴り響き、重くなっている体を起こし、玄関の扉を開いた。

 

 詩乃「こ、こんばんは…」

 

 拓哉「どうした詩乃?また宿題でも手伝ってもらいたいのか?」

 

 詩乃「ち、違うわよ…ただ…その…1人でご飯食べるのもアレだったから…一緒にどうかなって…思っただけなんだけど…」

 

 照れくさそうにしている詩乃の手には夕飯のおかずを入れたタッパーがあった。

 今までそんな事を言って来なかった詩乃なのだが、拓哉も1人で悶々と考えているだけじゃ何も解決しないと悟り、詩乃の誘いを受ける事にした。

 

 拓哉「とにかく上がれよ。オレも誰かに話したいと思ってたんだ」

 

 詩乃「あ、ありがと…」

 

 詩乃を自宅へ招き入れた拓哉は急須にお茶を入れ、リビングに待つ詩乃の湯呑みに淹れる。

 茶葉の匂いを鼻腔に通らせ、熱いお茶を口の中に流し込む。

 冷えた体が内から温められていくのを感じながら、詩乃が持ってきた夕飯を小皿に取り分けながら詩乃は言った。

 

 詩乃「さっき、話したい事があるって言ってたけど…何?」

 

 拓哉「あ、あぁ…詩乃はさ、もしも…詩乃にとって大切な人を殺めた人が目の前にいたら…どんな反応する?」

 

 詩乃「何よ急に…物騒ね。…そうね、私は多分許せないと思うわ。

 だって、私の大切な人を殺したんでしょ?…一生恨み続けるかもしれない。許す事なんて…出来ないと思う」

 

 拓哉「そう…だよな…」

 

 何を聞いているんだ、と我ながら馬鹿らしい質問をしたと苦笑する。

 そう思って当然だ。

 誰でも大切な人を殺めた人物が目の前にいれば怒りを覚え、憎しみを抱くに決まっている。

 そう思うのが当たり前で、復讐を誓うのも必然だと言っていいだろう。

 

 拓哉(「やっぱり…オレは…」)

 

 詩乃「…でも、それは私が何も知らない体での話よ?」

 

 拓哉「え?」

 

 詩乃「もしかしたら、殺してしまった事に理由があるのかもしれないじゃない。

 殺した事自体はどんな理由があろうとも許される事じゃないわ。

 でも、何も知らないまま憎しみを抱くのはもっと許されない…。

 何かの間違いであったり、不幸にも偶然殺めてしまうなんて世界には5万とあるわ。

 だから私は、何故殺してしまったのか理由や経緯を聞いてからじゃないとその先は分からない。

 許せないにしても…その程度は変わってくるから」

 

 拓哉「…」

 

 詩乃の言った事はあくまで個人的な思想であり、一般的な答えではない。

 誰もがそのように考えていれば、世界に争い事は存在しないからだ。

 だが、詩乃の言うように殺した結果だけでなく、その過程もしっかり把握すれば、今よりも憎しみの花は咲かないハズだ。

 青柳の復讐の花は開花し、もう後には引けない所まで来てしまっている。

 拓哉に出来る事は自ずと1つだけだった。

 

 拓哉「ありがとう…詩乃。参考になったよ」

 

 詩乃「まぁ…わたしのはあくまで個人的見解だけど…アナタの役に立てて嬉しいわ」

 

 拓哉「…これすげぇ美味いな!また今度作ってくれよ?」

 

 詩乃「はしゃぎすぎよ。…えぇ、また今度ね」

 

 今はまだ答えは1つしか見つけられないが、後悔しても…絶望しても…進むべき道は変わらない。

 その道をどう歩くかは自分次第だ。

 次はない…後はない…そう考えながら詩乃との晩餐を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
青柳の陰謀が拓哉に迫りつつある中、木綿季達がそれを阻止する為に立ち上がります。
次回かその次の話でこのシリーズは終了します。
キャリバー編前に番外編や短編を挟む予定ですのでよろしくお願いします!


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!

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