ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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という事で74話目突入です。
徐々に真相に迫っていく拓哉達と、謎の多い青柳の正体を紐解く74話になっております。


では、どうぞ!


【74】暴挙

 2025年12月20日12時40分 SAO帰還者学校 中庭

 

 昼休み、今日は中庭に仲間全員でのランチを楽しんでいる和人達の話題は一昨日の事で持ち切りだった。

 

 里香「あんなのチートみたいなもんじゃないのっ!!」

 

 明日奈「確かね…和人君も拓哉君もおかしいよね」

 

 木綿季「ゲームの事になると究めるまでやり尽くすタイプでしょ?」

 

 和人「それはあってるけど…みんなちょっとキツすぎやしませんかね?」

 

 一昨日、ALOで試してみたい事があるとキリトに誘われ、魔法攻撃をソードスキルで破壊するというチート技を披露してみせたキリトと、自信がないと言いながらも自ら難易度を引き上げ成功させたタクヤに見ていたユウキ達は言葉を失った。

 SAOで武器破壊(アームブラスト)を得意とし、反射速度が異常なキリトも、SAOで最速の拳闘士(グラディエーター)のタクヤもGGOでの銃撃戦という経験値があったから出来た事だと口を揃えて言っていたが、いくら経験があろうと誰もが真似出来るようなものではなかった。

 シノン曰く、"この人達は頭のネジが飛んでるのよ”…との事だったが、一同異議なしと言った具合に2人を散々イジっていた。

 

 珪子「す、凄いですね。私には一生真似出来ません…」

 

 ひより「私も見様見真似で二刀流をやってるだけだから無理ですね…」

 

 和人「そんな事ないぞ?練習してコツさえ掴めば誰でも出来るようになるさ」

 

 里香「いや、練習も何も当たっただけで大ダメージなんだけど…」

 

 練習でも1回1回が生死に関わる危険な行為の為、練習だと言っても試してみようとは思わないし、第一に魔法の核と言われてもそれを見極めるのは困難が尽きない。

 

 木綿季「ボクは練習してみようかなー?出来たらカッコいいし、拓哉とお揃いだし!」

 

 明日奈「まぁ、威力を最小限に抑えれば練習は出来るよ」

 

 珪子「そういう問題じゃない気もしますけど…」

 

 冷や汗を流しながら明日奈の意見を聞いていると、和人が何かを思い出したみたいに木綿季に尋ねた。

 

 和人「そう言えば、()()()()()って何だろうな?」

 

 木綿季「ボクも詳しくは聞いてないよ…。今日も一緒に遊ぼうと思ってたから残念でさ…」

 

 明日奈「…」

 

 そんな話をしていると昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響き、楽しい時間を惜しみつつも各々教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日14時00分 東京都銀座 某カフェ

 

 恒例となった高級カフェでの会合は店員からも顔を覚えられ、カウンターに行くや否やすぐにいつもの席へと案内される。

 拓哉はそんな事を考えながら席へとついた。目の前の席には大量のケーキを並べ、それを次々に口へ運ぶ黒縁メガネをかけた男性は紅茶を1口含み、口を開いた。

 

 菊岡「やぁ、よく来たね拓哉君」

 

 拓哉「相変わらずの甘党だな。糖尿病になってもしらないぞ?」

 

 菊岡「大丈夫だよ。これでも毎日ジムに通ってトレーニングしてるからね。体調管理も僕の仕事の1つさ」

 

 スーツの下から力こぶを見せるが、分かる訳でもなく、興味もない。

 拓哉も適当に注文を済ませ、本題に入ろうとした。

 

 拓哉「それで?オレに伝えたい事ってなんだよ?」

 

 菊岡「…帰還者学校に教育実習に来ている青柳新について分かった事がある」

 

 拓哉「…」

 

 明日奈から菊岡の意見を聞いた時、嘘だと言い放った事がある。

 気さくで少し抜けているが、心優しい青年という印象しか持ち合わせていない。

 詳しく青柳について知らないまでも拓哉にはもう交友を深める事が叶わなくなった。

 

 拓哉「本当なのか?青柳先生が何か隠している事があるって…」

 

 菊岡「少なくても教育実習に来たって嘘をついているし、都内の大学全校に聞いてもあの学校に教育実習の申請をしていないと分かった。

 個人情報保護法で彼についてこれ以上は聞き出せなかったが…」

 

 拓哉「…でも、それを今さらオレに言っても仕方ないだろ?オレはもうあの学校の生徒じゃねぇんだから」

 

 菊岡「僕も最初はそう思っていたんだけどねぇ…どうも嫌な予感がしてならないんだよ。ほら、君の周りには事件が多発するから」

 

 拓哉(「十中八九お前からの依頼のせいだけどなっ!」)

 

 キングの事件も、つい先日引き起こった死銃事件も元をたどれば菊岡からの仕事を引き受けた事から始まっている。

 菊岡が事件を押し付けていると声を大にして言いたかったが、周りの客の事も考えてそのまま飲み込んだ。

 

 菊岡「冗談はさておき、この件は明日奈君や里香君、担任の安施恩さんにも伝えようと思ってる。

 青柳新と親密に意見を交換しているみたいだから僕が掴みきれていない情報があるかもしれないからね」

 

 拓哉「…あぁ」

 

 そうだ…。

 もうあの学校に"英雄”などという幻影は存在しないのだ。

 そこでの問題は既に拓哉の手から離れているのだから、これからはあの学校にいる者が自分達の力だけで解決しなければならない。

 

 菊岡「…と、この話はここで締めて…拓哉君はこれからの事を考えているかい?」

 

 拓哉「ん?…春から七色の所で厄介になるつもりだよ。日本に自分の研究室を持つからって誘われたんだ」

 

 菊岡「あちゃ〜…先越されたか…」

 

 拓哉「何だよ?」

 

 菊岡「いや、これからの事を決めてないなら僕の所で働いてもらおうかなぁって思ってたんだよ。

 君も知っての通り、僕の部署の仮想課は人数が圧倒的に足りてないんだ。

 1人でも人材を確保しておかないと回らない程にね」

 

 確かに、SAO事件の際にも菊岡を始めとした少数のチームで病院の手配や、帰還後のケアに奔走していたのは知っている。

 それが今の仮想課の原型である事から拓哉も一時はそこに就職しようとも考えていた。

 総務省も仮想世界とそれに準ずる仮想課をよくは思っていないらしく、仮想世界で問題が起きればその都度解体を迫っていた。

 良くも悪くも仮想世界は常に絶妙なバランスの上で成り立っている為、菊岡に毒を吐く傍ら、仮想世界の存続に貢献している事に感謝している。

 

 拓哉「悪いな。ゲームデザイナーを目指してるオレにとっちゃ、VR研究を先導してる七色の所で学んだ方がメリットがでかいんだ。

 たまにならアンタの仕事を手伝ってやるよ」

 

 菊岡「…それは実にありがたい話だ。ぜひ、これからも末永くよろしく頼むよ」

 

 その話を最後に拓哉と菊岡はカフェを後にし、菊岡と別れた拓哉は真っ直ぐ自宅であるアパートへと帰っていった。

 電車に揺られる事数十分、最寄りの駅で下車し、のんびり歩きながらアパートへと帰る。

 

 拓哉(「帰ってから何すっかな…。木綿季やみんなと会う約束もしてないし、ALOでクエストでもするかな」)

 

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと背後からの視線に気づいた。

 それは1人だけでなく、複数人いるようで拓哉も警戒しながら歩いていく。

 このままアパートまで尾けられては何かと問題も起こるだろう。

 路地裏へと曲がり、アパートとは逆方向に走った。

 

 拓哉(「ついてきてるな…」)

 

 逃げられると思ったのか拓哉が路地裏へ消えた瞬間にあからさまに追ってきている。

 人気の少ない方へ逃げていると、閑散な住宅街へと行き着いた。

 どこか開けた場所へ誘導しようとひたすら走っていると、前に5人の不良が拓哉に立ちはだかった。

 

 拓哉「ちっ」

 

「もう逃げらんないぜ」

 

 後退しようとするも、追ってきていた連中も到着し、完全に退路を断たれてしまった。

 

 拓哉「…オレに何か用か?」

 

「あぁ…ここでボコられてくれよっ!!」

 

 突如、立ちはだかっていた男性の1人が拳を振るった。間一髪の所で躱してみせた拓哉だが、それを皮切りに次々と拳が振りかかってくる。

 

 拓哉(「くそっ…!!」)

 

 数えて18人の不良が不敵な笑みを浮かべながら敵意を剥き出しにして迫ってくる。

 拓哉がSAOに囚われる前にも似たような状況に陥った事もあったが、あの時はただ自分の中の怒りを鎮める為にただ無心で拳を振るっていた。

 だが、今はあの時のように怒りを持ち合わせてはおらず、我を失っている訳でもない為、劣勢だと言わざるを得ない。

 

「おらぁっ!!」

 

 拓哉「っ!!?」

 

 頬に鈍い音が鳴り、視界が反転する。

 痛みが広がっていき、思わずよろめいた拓哉は尚も襲いかかる拳を避け続けた。

 

「くたばれやぁっ!!」

 

 暴言が響き渡る中、拓哉は避ける事だけに全神経を集中させる。

 拓哉には拳を振るう理由も誰かを傷つける理由もない。

 彼らが何故自分に襲いかかってくるのかは分からないが、こちらから反撃などはしない。してはならない。

 

 拓哉「ぐっ!!」

 

「いい音したなぁ…!!」

 

 流石にこの人数を1度に相手にするのは限界がある。

 徐々に拳を貰ってしまっている拓哉に苦痛の表情が表れていた。

 

「このっ!!避けんじゃねぇっ!!」

 

「おい!!取り押さえろっ!!」

 

 瞬間、背後から忍び寄ってきた不良2人に両腕を封じられ、身動きが取れない。

 好機と気づいたのか次々と拳や蹴りを拓哉の体に叩きつけた。

 

 拓哉「がっ…!!」

 

「死ぬ寸前に留めろよ?死んじまったら()()()()()()()()?」

 

 拓哉(「バイト…代…?」)

 

 それを得る為にこのような暴力を行使しているのか。

 それを裏で糸を引いている誰かが行わせているのか。

 考えようとしても全身から伝わる痛みで遮断されてしまう。

 

「サンドバッグかよっ!!受けるわー」

 

 拓哉「がはっ…」

 

 口の中で血が溜まり、鉄の味が広がっていく。

 どれくらい振りに傷を負って、血を流しただろうか。

 視界も霞んでいき、意識を保つので精一杯になっていると、1人の不良が笑いながら拓哉に言い放った。

 

「犯罪者予備軍に本物の犯罪者が紛れてるって…笑えるなぁっ!!?」

 

 膝蹴りがみぞうちに入り、拓哉は思わず膝を地につけてしまった。

 

「あのオタク共の通う学校にもお前みたいな奴がいんだなぁ…。

 オタクはキレさせるとタチが悪いって言うが、人殺しまでするなんて怖いわーもう近づけねぇわー」

 

「近づこうなんて微塵も思ってないくせによく言うぜ!」

 

「ったりめーだろ?気持ち悪ぃし、何考えてんだか訳わかんねぇ奴と一緒にいたいか?

 オレはヤダね!見てて吐き気がする!!」

 

 拓哉「て…テメェら…」

 

 脚を震わせながらなんとか立ち上がって見せた拓哉に不良達はニヤニヤと笑いながら眺めている。

 

「あん?何?一丁前に怒ってんのか?図星だからってキレんじゃねぇよ」

 

 拓哉の左頬を不良の右脚が捉え、そのままコンクリートの地面に沈めさせた。かなりのダメージを負ってしまった拓哉は中々立ち上がる事が出来ない。

 子鹿のように手足を震わせながら立ち上がろうとするが、背中から圧力をかけられ、地面に突っ伏してしまう。

 

 拓哉「ぐ…」

 

「流石に"英雄”様も現実世界(リアル)じゃただのラリったオタクだったって事だな!!

 無様だねぇ…こんなボロ雑巾みたいになっちまって」

 

 腕にも脚にも力が入らない。

 為されるがままのこの状況をどう切り開けばいいのだ。

 例え、良心を持ち合わせていない不良でも、拳を振るう訳にはいかない。

 暴力を暴力で解決する事なんて出来ない。

 それでは何も解決しない上に、後悔が重なり続けるだけだ。

 

「あーあ…なんか物足りねぇなぁ…。なぁ?この足であの学校乗り込まね?」

 

 拓哉「!!?」

 

「いいねー!犯罪者予備軍は早めに摘んじまうってか?俺らやさしー!!」

 

「噂じゃ超美人のお嬢様が通ってるってよ?ワンチャン犯っちまうのもアリじゃね?」

 

 心臓が高鳴る。

 激しく脈打つ鼓動が拓哉の感情を荒ぶらせていく。

 

「前にあの学校の女共がビラ配ってんの見たぜ?確かに栗色の超美人がいたな」

 

「俺はあの黒髪ロングの女がタイプだ!赤いバンダナした童顔の!」

 

 拓哉「─ろ…」

 

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「やめろって言ってんだよ…!!」

 

 不良の脚を押しのけて、彼らの前に立ち上がる。

 体中に痣を腫らし、震えた足を自らの拳で強制的に止める。

 その姿にたじろぐ不良達であったが、それも一瞬ですぐに元の表情を浮かべた。

 

「何カッコつけてんだよこのチキン野郎が…。テメェは大人しくくたばっとけよっ!!!!」

 

 最後の一撃と言わんばかりの強烈な拳を拓哉の顔面に繰り出した。

 鈍い音と共に拓哉の血が地面へ飛び散った。

 終わったと不良はこの時思っただろう。

 たかが高校生1人相手をリンチするだけで高額の報酬が手に入るなんて正直馬鹿げていると思った。

 だが、前金として貰った金額は信じるに値するという事実を教えてくれた。

 簡単な仕事だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時までは…─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「アイツらに…手は出させねぇ…!!」

 

 拳の影から覗いている拓哉の鋭い瞳は先程までのものではなかった。

 瞬間、殴りかかった不良の顔面が大きく仰け反り、鼻血を垂らしながら地面に仰向けになって倒れた。

 それをただ固唾を呑みながら眺めていた不良達は拓哉に視線を移す。

 

「なっ…」

 

「は…?」

 

 拓哉「もう…許さねぇぞ…テメェらっ!!!!」

 

 怒号を上げて拓哉は両拳を強く握り、不良達に迫った。

 咄嗟の事で反応出来なかった不良の1人の顔面を右拳で叩き割った。

 確実に鼻の骨が砕けた音が響く。

 それを見てようやく16人の不良は今の状況を飲み込んだ。

 

「て、テメェっ!!?」

 

 拓哉「おらぁぁっ!!!」

 

 襲いかかってきた不良を回し蹴りで退け、次々と不良達を沈めていく。

 反撃を繰り出すも、拓哉は痛がる所かたじろぐ様子さえ伺えない。

 半数を地に伏せさせた頃には既に不良達に戦意など微塵も残されていない。

 だが、逃げようとする不良を拓哉は見逃す事なく、その場で拳を振るった。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

「な、なんだよ…コイツ…!?」

 

「予想よりも強ぇぞ…」

 

 拓哉「全員…逃がさねぇ…」

 

 それから数十分の間、拓哉は拳を振るい続けた。

 何度も…何度も…何度も…。

 仲間に手を出そうとする者を次々と地面に屈服させていった。

 拳には返り血がこびりつき、最早自分の血と区別がつかない程に血を流している。

 痛みが拓哉の思考を単調にしていく。

 

 

 ここでコイツらを止めなければ木綿季やみんなが危険に晒されてしまう。

 どんな手を使ってもここで止めるのがオレに出来る事だ。

 

 

 最後の1人を気絶させた後になってようやく拓哉は正気を取り戻した。

 見渡せば周りには血を流しながら気絶している不良の集団が横たわっている。

 痛みがそれを目に焼き付けておけと囁くように体の自由を奪っている。

 重い足取りで自宅へ目指す拓哉の背中は哀愁漂う寂しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日16時40分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 詩乃「じゃあまたね。冬休みに入ったら帰るから」

 

 自宅であるアパートの前でスマホの着信を切り、階段をゆっくり登っていく。

 22日から各学校では冬休みに入る。

 詩乃の通う学校も例外に漏れる事なく、冬休みの課題を済ませたら実家のある田舎に里帰りする予定だ。

 前より帰るのが億劫ではなく、清々しい気持ちで祖父母や母に会えるだろう。

 もう詩乃に影はなく、それもこれも拓哉を始め、彼の仲間達と出会えた事が大きいだろう。

 感謝してもし切れない恩を与えてくれた彼らに何か恩返しがしたいが、それはまた拓哉に相談してみようと階段を登りきり、自宅に繋がる通路に差し掛かるとそこには異様な光景が広がっていた。

 

 詩乃「…拓哉…?」

 

 詩乃の隣の部屋に住んでいる拓哉だが、自分の部屋の扉の前に腰をかけていた。

 変に感じて近づいてみると、遠目で分からなかった(おびただ)しい程の傷が拓哉の体に刻まれていた。

 

 詩乃「!!?た、拓哉っ!!?」

 

 鞄をその場に置き去り、拓哉に近寄る。

 近くで見ると傷だけでなく、痣が無数に出来てしまっている。

 揺さぶるのも躊躇う程に衰弱しており、拓哉も気を失っていた。

 

 詩乃(「は、早く手当しないと…!!」)

 

 ゆっくりと拓哉を抱きかかえ、自分の部屋に連れていく。

 とりあえず横にする為にベッドに向かっていると拓哉が気がついた。

 

 拓哉「…うぅ…」

 

 詩乃「拓哉!?しっかりして!!」

 

 拓哉「…し…の…?」

 

 ベッドに横にさせた後、ダイニングに仕舞っていた救急箱をリビングへと持っていき、まず腕や顔の傷を手当していく。

 

 拓哉「痛っ…!!」

 

 詩乃「我慢して!!…それにしても一体何があったの?」

 

 拓哉「…オレにも…よく分かんねぇ…。いきなり…襲われて…」

 

 詩乃「どうして…」

 

 すると、腕の手当をしている時に詩乃は拓哉の拳が異常に傷ついている事に疑問を抱いた。

 

 詩乃「拓哉…まさか、襲われたからアナタも…」

 

 拓哉「…あぁ…。応戦する気…なかったんだけどよ…。ダメだった…」

 

 詩乃「…」

 

 拳は明らかに人を殴って出来た痕や傷で覆われ、他の箇所よりも念入りに手当をした。

 ガーゼを何重にも巻き、全てのガーゼを使い切って両拳の手当が完了した。

 

 詩乃「今度は服の下の傷を手当するから、悪いんだけど…上着脱いでくれる?」

 

 拓哉「い、いいって!後はオレがやるから…痛っ…」

 

 詩乃「まともに動けないんだからじっとしてなさいよ!」

 

 確かに、両腕は手当をしているからと言ってもう感覚すら残ってはいない。これでは物を持つ事も難しいだろう。

 詩乃の言われた通りに上着を脱いで、傷だらけの上半身を晒した。

 綿に消毒液を染み込ませ、背中から傷に塗っていく。

 その時、詩乃は拓哉の背中を見てそれがあまりにも重たいものを背負っていた事を知ってしまった。

 

 詩乃(「昔の古傷がこんなに…!?拓哉は昔から…」)

 

 背中に無数に広がる古傷は詩乃の心を揺さぶるのに充分すぎるぐらい衝撃的だった。

 この傷は何かに抗い続けた為…。

 この傷は何かを探し続けた為…。

 それらを思わせる古傷は拓哉の数奇な運命を物語っていた。

 

 

 彼は今だけではなく、ずっと戦い続けてきたのだろう。

 助けるべき者がいたのかもしれない。

 そのような者がいなかろうと彼は何かを求め、それを手に入れる為に戦ったのだろう。

 この傷からは悲しみと寂しさだけが伝わってくる。

 それは簡単には消える事はないハズだ。

 でも、それでも私達にそんな影を見せる事なく、明るく前向きに振舞っている。

 きっと、私にはこの痛みを共有する事は出来ない。

 いや、もしかしたら誰にも出来る事じゃないかもしれない。

 これは拓哉が己のみに掲げた十字架。

 戒めを己に課し、それを未来永劫忘れないように誓いを立てている。

 

 

 詩乃「…また…私達を守ってくれたの?」

 

 拓哉「…」

 

 答える様子はないが、きっとそうなのだろうと勝手に理解する。

 拓哉が何の意味もなく、拳を振るう訳がないと知っているから。

 何かを守ろうと自らが傷ついているのだから…と、詩乃は手当をしながら拓哉の優しさを垣間見た気がした。

 

 詩乃(「私には何もしてやれない…。彼の傷を癒してあげる事は出来ない…。私が拓哉の事をどんなに想っていても適わない事…。

 でも、それでも…私はアナタを支えてあげたい…。

 昔の傷は癒してあげられないけど、これから彼に傷を負わせないように支えて生きていきたい…」)

 

 拓哉が詩乃の背中を支え、押してくれたように次は詩乃が支え、背中を押せるようになりたいと強く願った。

 

 

 木綿季には悪いと思っている自分もいるが、それでも私はアナタが好き。

 こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。

 この気持ちは絶対に叶う事はないし、この気持ちを打ち明ける事はおそらくこの先もないだろう。

 でも、だからと言って拓哉を支えない理由にはならないし、支えてはいけない理由にならない。

 

 

 詩乃「終わったわ」

 

 拓哉「悪いな…助かったぜ」

 

 詩乃「…無茶はしないで」

 

 拓哉「…あぁ」

 

 不意に頭を撫でられ、頬を赤くした詩乃だったが、それはとても暖かくて気持ちのいいものだった。

 

 詩乃(「これからは私もアナタを支えるから…!!」)

 

 手当を全て終えて拓哉が自分の部屋に戻ろうとするが、体中に痛みが走り、録に歩けなかった。

 詩乃はその状態では1人でいる方が悪いと言って今日はここで安静するように拓哉を呼び止めた。

 

 拓哉「いや、でも…流石に悪ぃよ」

 

 詩乃「勘違いしないで。そんな大怪我してたら、何も出来ないでしょ?

 ある程度回復するまでは身の回りの世話ぐらいしてあげるって言ってるの。

 それとも何?私に世話されちゃいけない理由でもあるの?」

 

 拓哉「いや…そんな事ねぇけどよ…」

 

 すると、拓哉のスマホが鳴り始めた。

 画面には木綿季の名前が表示され、すぐに着信に出た。

 

 木綿季『もしもし?拓哉?今からみんなでカラオケに行くんだけど拓哉も一緒に行かない?』

 

 拓哉「あー…悪い。今日はちょっと無理だ。まだ用事が済んでなく…ってあれ?」

 

 スマホを背後から詩乃に取り上げられ、電話口にいる木綿季に話し始めた。

 

 詩乃「もしもし?木綿季?私、詩乃だけど…」

 

 木綿季『あれ?詩乃?なんで拓哉と一緒にいるの?』

 

 詩乃「拓哉は今、大怪我してるから外を出歩けないの。

 もし良かったらでいいんだけど、コッチに来て拓哉の身の回りの世話を手伝ってくれないかしら?」

 

 木綿季『えっ!!?大怪我って…なんで!!?』

 

 詩乃「詳しい事は直接聞いて。私には何も言わないし、彼女になら話すかもだから」

 

 勝手に話が進んでいき、木綿季がこちらに来る事を了承した上でまたしても勝手に電話を切った。

 

 拓哉「なんで木綿季に言っちまったんだよ!?」

 

 詩乃「当たり前でしょ?木綿季には隠し事しないんでしょ?」

 

 拓哉「だからって心配させたりしたくなかったんだよ…」

 

 詩乃「そう思うのは当たり前だけど、アナタの非常事態に何も知らなかったなんて…木綿季が知ったら余計悲しむでしょ?

 いい加減学習しなさい」

 

 詩乃の言っている事が正論だと分かってしまってから拓哉は何も言い返せなかった。

 それから1時間ぐらいが経った頃に木綿季と和人を含めたメンバーが到着した。

 

 木綿季「拓哉っ!!?」

 

 抱きつこうと飛びかかるのを咄嗟に明日奈が引き止め、全員が詩乃の部屋へと入ってくる。

 1DKに8人となると流石に狭くなってしまい、肩身を狭くしながらテーブルを囲む形で座った。

 

 木綿季「こんなに怪我して…何があったか話してくれるよね…?」

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「…拓哉…」

 

 拓哉「…分かったから、そんな心配そうな目で見つめるな」

 

 詩乃の淹れてくれたコーヒーを1口含み、拓哉は今日起きた事を木綿季達に話し聞かせた。

 

 和人「問題はそのバイト代を出してる奴が一体誰なのか…だな?」

 

 里香「それこそ青柳って事はないの?」

 

 明日奈「まだ何とも言えないよ」

 

 瞬間、木綿季と明日奈のスマホからストレアとユイが声を上げた。

 

 ストレア「みんな!!ネットにこんな記事が!!」

 

 ストレアが木綿季のスマホにある掲示板を映し出し、そこには帰還者学校の実態や拓哉のSAOでの殺人歴が書かれており、それらの投稿に対するコメントが記載されていた。

 

 木綿季「これって…!!」

 

 ユイ「私とストレアで前に投稿された掲示板のコメントを洗っていた時に見つけました。拓哉さんのSAOでの殺人歴も間違えは見られません」

 

 珪子「でも、それは総務省の役人さんが止めていてくれてたんじゃないんですか!?」

 

 和人「いや…、例え総務省が止めていたとしても、遅かれ早かれ出回っていた事だ。

 ()()()がいるからな…」

 

 里香「どういう事よ!?」

 

 明日奈「…SAO帰還者(サバイバー)…」

 

 ポツリと明日奈の呟いたワードが全員に広がり、和人もそれを肯定するかのように話を続けた。

 

 和人「あの事件を知っているのは聖竜連合と当時の討伐隊…そして、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)だけだ。

 その内の誰かが情報を流したと見て間違いないだろうな」

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「なんで…そんな事を…」

 

 拓哉「…オレが憎いからだろうな…」

 

 詩乃「拓哉…」

 

 拳の痛みが拓哉の神経を逆撫でさせる。これは仕方のない事だと言ってしまえばそれで終わりだが、これ以上被害が広がれば、木綿季達だけでなく、あの学校に通うSAO帰還者(サバイバー)にも及ぶだろう。

 

 ストレア「IPアドレスを辿ってみたんだけど、ロックがかかってて誰なのか特定は出来なかった…」

 

 木綿季「そっか…ううん、ストレアが無事ならそれで大丈夫だよ」

 

 拓哉「あぁ。ストレアの身が1番だからな。あんまり気にするな」

 

 和人「…本格的に潰しに来たな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日17時30分 SAO帰還者学校 職員室

 

 施恩「新君…」

 

 青柳「施恩姉さん…じゃなかった。どうかしましたか?施恩先生」

 

 施恩「誰もいないし昔みたいに姉さんって呼んでいいわよ?」

 

 夕陽が差し込む職員室。

 偶然にも職員室の中には誰もおらず、施恩と青柳だけが書類の整理をしていた。

 

 施恩「教育実習は明後日の終業式までよね?」

 

 青柳「うん…。せっかく馴染んできたのになんだか寂しいな」

 

 施恩「そっか…。時間が経つのは早いわね」

 

 青柳「…姉さん、覚えてる?昔、兄さんと3人でよくゲームしてた時の事」

 

 突然、昔話をし始めた青柳に施恩も驚いたが、青柳の表情を見て昔を思い出すように話し始めた。

 

 施恩「改君はゲームが得意でよく2人で改君に挑戦してたよね?

 いつもハメ技決められてボロ負けしてね…あの時は悔しかったなぁ」

 

 青柳「そうだね…。あれは卑怯だったけど、そんな事をしなくても兄さんは強かったし、僕も楽しかった…。

 あの時に戻れるのなら戻ってやり直したいよ…」

 

 施恩「…そうだね」

 

 インスタントコーヒーを飲み干し、職員室を後にしようとする青柳を施恩は咄嗟に引き止めた。

 

 施恩「新君!!…改君が亡くなったのは…もしかして…」

 

 青柳の兄である青柳改は子供の頃からかなりのゲームマニアで新作からレトロゲームまで全てに精通していた。

 そんな彼が()()()()()に注目しなかった訳がない。

 そして、今から1年半前に亡くなったと聞いた時からその考えは頭の中にあった。

 

 青柳「でも…あの時には戻れない。…だから、せめて兄さんが生きていたって証は残しておかないとね」

 

 そう言い残した青柳は職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
拓哉に迫ってきた不良達を雇ったのは一体誰なのか。
意味深な言葉を残して去った青柳の真意とは…
次回は終業式前に一気に展開していきますのでよろしくお願いします。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!

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