ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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という事で72話目に突入です!
タイトルの通り、今回の話は拓哉が仲間達に謝罪します。
久しぶりに会う彼らは一体どんな反応をするのか。
そして、罪と罰編の後半戦もスタートしました。
ぜひ、お楽しみに!


では、どうぞ!


OR 罪と罰編 -解ける罰-
【72】謝罪


 2025年12月16日15時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「…そろそろ出なきゃな」

 

 時間を見て()()()()()を改めて確認する。今日はこれから御徒町にある"ダイシー·カフェ”に向かい、そこで仲間達に謝罪する日だ。

 今まで拓哉の為に方々まで足を運び、懸命に拓哉の居場所を探そうと頑張ってくれた。そこには感謝しかないし、謝罪を拒む理由もない。

 誰かの為に何か出来る事があるなら無駄だと分かっていても行動に移す…そんな正義感とでも言うべきものを否定するような事は拓哉には出来ない。

 昨晩、木綿季を陽だまり園へ送り届けた際に和人からの着信があった。

 

 

『明日、ダイシー·カフェにみんな集まるんだ。…拓哉も来てくれないか?』_

 

 

 それを聞いた時、スマホを持った手が微かに震えた。

 みんなに会いたくない訳じゃない。

 ただ、まだどんな顔をして…どんな気持ちで会えばいいか分からない。

 特に明日奈と里香には目の前で別れを告げ、他の者よりも思う所があるハズだ。

 

 

 オレは彼らに何て言えばいいのだろうか_

 

 

 そればかりが頭の中をぐるぐる回っている。

 すると、木綿季が拓哉の左手を自分の両手で優しく包んでくれた。

 安心して…大丈夫だから…と、そう訴えてくる木綿季の想いが拓哉を励ましてくれた。

 和人に了承と伝え、ついにその日がやってきた。

 家を出ようと玄関に向かっていると突然インターフォンが鳴り、そのまま応対する。

 扉を開けるとそこには息を切らし、肩で呼吸をしている詩乃の姿があった。

 

 拓哉「どうした?そんなに慌てて」

 

 詩乃「よかった…ハァ…ハァ…まだ出てなくて…」

 

 一旦呼吸を整える為に詩乃は深呼吸を数回繰り返す。熱を帯びた体は12月の寒さも相まってすぐに冷えてきた。

 

 詩乃「…行くんでしょ?…あの人達の所に」

 

 拓哉「!!…あぁ」

 

 詩乃「実は私も呼ばれてるの…。昨日のお礼も言いたいし、拓哉と一緒に来たらってキリト…和人が…」

 

 拓哉「…そっか。じゃあ、行くか」

 

 簡単な身支度を済ませた詩乃を乗せ、拓哉は御徒町へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日16時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 ブォンと周囲の喧騒をかき消しながら拓哉と詩乃はダイシー·カフェの前までやってきた。

 懐かしく、不安な感情がこの店構えを眺めるだけで溢れてくる。

 詩乃に背中を押されながら、拓哉はドアノブに手をかけた。

 

 拓哉(「みんな…どんな顔するんだろうな…」)

 

 意を決し、扉を開く。

 怒声を浴びせられると思い、身構えていた拓哉だが、中には誰もおらず、店主であるエギルの姿も見えない。

 

 拓哉「あれ…?」

 

 詩乃「誰もいないわね」

 

 まだ誰も来ていないのかどうかはさておき、エギルの姿もないとなると不自然だ。

 ただ奥に引っ込んでいるだけならよいのだが、拓哉は不安に駆られた。

 

 拓哉(「まさか…!!」)

 

 

 みんなの身に何が起きたのか_

 

 

 そう考え出した瞬間から拓哉は店内をくまなく探し始めた。

 机の下やカウンターの裏側、厨房にも誰もいない。

 探す場所が他にないか探していると不意に肩に手を置かれた。

 

 拓哉「!!?」

 

 険しい表情のまま振り向くとそこにいたのは食材を山のように携えていた和人だった。

 

 和人「ど、どうしたんだ?」

 

 拓哉「か、和人…」

 

 和人の姿を見た瞬間、肩に入っていた力が一気に抜け、その場にへたりこんでしまう。

 和人と一緒に店内を探していた詩乃が拓哉に駆け寄り、心配そうに気遣う。

 

 拓哉「大丈夫…ちょっと気が抜けただけだ…」

 

 詩乃「とりあえず椅子に座ったら?」

 

 和人「みんなももう少しで来るし、エギルは近くの店に買い忘れを済ませに行ってるからすぐに来るさ」

 

 拓哉「よかった…みんな…何もなくて」

 

 不意に笑みが零れた拓哉を見て、和人と詩乃は顔を見合わせクスッと笑った。

 やはり、拓哉は仲間の事を第一に考えられる優しい人間だと再認識し、拓哉を椅子へ座らせ、自分達も席についた。

 それから数分が経ってエギルが店へと戻ってきた。

 拓哉の姿を見て涙が滲んでいたが、大人の男性らしい態度で拓哉を暖かく出迎えてくれた。

 

 エギル「あんまり心配かけんじゃねぇよ」

 

 拓哉「今後は気を付けるよ」

 

 そして、30分が過ぎ去ってとうとう学生服姿の木綿季達がダイシー·カフェへと到着した。

 

 木綿季「拓哉ー!!」

 

 珪子「拓哉さん!!」

 

 ひより「拓哉!!」

 

 拓哉の姿を見るや否や3人は拓哉に駆け寄り、抱擁などをしてくる。

 珪子に至っては涙を豪快に流し、拓哉の上着を湿らせていた。

 

 珪子「私達…心配したんですよ!!」

 

 拓哉「あぁ…ありがとう。心配かけてすまなかったな…珪子…ひより」

 

 ひより「本当だよ…。でも、よかった…元気そうで」

 

 涙を拭い、満面の笑みでひよりは微笑んだ。

 それを見る度に拓哉がみんなにどれだけ心配をかけたのが嫌でも分かってしまう。

 そんな中、一際険しい表情で拓哉を見つめる2人がいた。

 

 拓哉「明日奈…里香…」

 

 明日奈「…拓哉君」

 

 里香「…」

 

 緊張感が店内を支配し、生唾を飲み込みながら、緊張を誤魔化す。

 2人はゆっくり拓哉に歩み寄り、目の前で止まった。

 瞬間、視界が揺さぶられ、頬に熱い痛みが伝わってくる。

 

 里香「ハァ…ハァ…」

 

 拓哉「…ごめん」

 

 里香「ごめんじゃないわよ!!みんなに心配かけて!!木綿季を悲しませて!!

 アンタがしたかったのってみんなを不幸にする事だったの!!?」

 

 拓哉「…」

 

 違う…そうじゃない…と、言葉に表す事は簡単だ。

 だが、今の里香にそう言っても聞き入れてはくれないだろう。

 それだけの事をした拓哉には里香に何も弁明出来るハズがなかった。

 

 里香「何とか言いなさいよっ!!!」

 

 和人「里香!!落ち着─」

 

 和人が里香を止めようと動くのを里香の後ろにいた明日奈が制した。

 これは必要な事なんだと明日奈は和人に目で訴えてくる。

 それは恋人である木綿季も理解している事で、仕方なく和人は明日奈に従った。

 

 里香「いつも1人で解決しようなんて虫が良すぎるのよ!!

 アンタの力なんて高が知れてるんだから!!」

 

 拓哉「…その通りだ」

 

 里香「っ!!」

 

 パァンと空気が弾ける音が拓哉の頬から響く。勢いを殺せずその場に倒れてしまった拓哉を里香が追撃した。

 

 里香「私達が心配しないように?迷惑がかからないように?…笑わせないでよ!!

 私達の事、全部理解した気になって…そうやってアンタはSAOでも木綿季達に同じ事したんでしょ!!

 いい加減気づきなさいよ!!アンタが私達にとって…どれだけ大事な…仲間か…!!」

 

 拓哉の頬に暖かいものが零れ落ちた。

 それは里香の頬を伝って止めどなく零れていく。

 

 拓哉「…ごめん」

 

 もうそれしか言えなかった。

 里香の気持ちも…みんなの気持ちも、言葉は違えど中身はまったく同じものだ。

 仲間だから…友達だから…心配しない訳がない。

 こんな簡単な事に気づけなかった拓哉に怒りを覚え、同時に悲しくなった。

 里香もSAOで拓哉に間接的に守られていたのだ。

 拓哉が消えた日の後に明日奈に聞かされた。

 笑う棺桶(ラフィン·コフィン)に入る条件として仲間達に危害を加えない事を無理矢理取り付けられ、明日奈の親友の里香にもその魔の手が伸びていた。

 明日奈曰く…あの時、拓哉が自分の身を犠牲にしていなければ今ここにはいないだろう…。

 あの世界で殺され、現実世界に帰ってこれなかっただろう…と。

 それを聞いて里香は自分の無知を恥いて、無力を呪った。

 だから、里香はもう後悔しないと誓った。

 今まで助けてもらった分、今度は私が拓哉を助けてやるんだと明日奈と話したのを思い出す。

 

 里香「本当に…分かってんでしょうね…?次はこんなもんじゃ済まさないんだから…!!」

 

 拓哉「…次は2度と起こしたりはしない。約束するよ」

 

 里香「…あんまり期待しないでおくわ」

 

 精一杯の皮肉も今の泣きじゃくった顔ではあまり意味を成さない。

 それでも、拓哉の目を見てもう迷っていないと分かると里香は拓哉から離れ、明日奈の元に駆け寄る。

 

 明日奈「拓哉君…もう無茶しちゃダメだよ?みんなの為にも…木綿季の為にも」

 

 拓哉「…あぁ。もうみんなに心配させるような事は絶対にしない」

 

 明日奈「うん…。じゃあ、今日は拓哉君と詩乃さんの歓迎会をやりましょ!」

 

 エギル「よしっ!今日は貸し切ってやるからじゃんじゃん楽しんでけよ!!」

 

 和人「オレ達は何かした方がいいか?」

 

 明日奈「料理は私達がエギルさんと一緒に作るから、和人君はクラインさん達に連絡してくれる?」

 

 そう言って明日奈達はエギルに案内され、厨房の方へと姿を消していった。

 残された和人もクライン達に連絡し始め、残された拓哉と詩乃はただ呆然とその場に立ち尽くしてしまっている。

 

 木綿季「拓哉と詩乃さんは座ってていいからね?」

 

 詩乃「私も何か手伝った方が…」

 

 木綿季「いいのいいの!今日の主役は拓哉と詩乃さんなんだから気楽にしてなよ」

 

 木綿季も料理を作る為、厨房へと小走りで向かっていった。

 ただ待つというのはあまり気が引けない詩乃もソワソワと周りをキョロキョロする。

 すると、扉が勢いよく開かれ、朱色のバンダナをした男性が現れた。

 

 和人「早かったな。仕事はいいのか?」

 

 クライン「こんな大事な日に残業なんかしてられっかよっ!!

 …と、それより拓哉は…」

 

 店内を見回すクラインが拓哉の姿を捉え、僅か数mの距離を全速力で走った。

 

 クライン「うぉぉぉぉっ!!!!拓哉ぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 肩を掴まれ、前後に豪快に揺さぶるクラインは涙を流しながら笑っていた。

 拓哉も脳が揺れながらその姿を捉え、クラインにも謝罪する。

 

 クライン「気にすんなって!!でも、今度からは俺達を頼ってこいよ?

 1人でなんて水臭ェ事は言いっこなしだぜ?」

 

 拓哉「あぁ…頼らせてもらう」

 

 クライン「にしても…お前ェ…またえれぇ可愛い娘を連れてきたなぁ…」

 

 拓哉の隣に座っていた詩乃に視線を移す。

 詩乃もそれに気づき、軽い会釈と挨拶を交わした。

 

 拓哉「今回の件で世話になった朝田詩乃だ。…変な目で見るんじゃねぇぞ?」

 

 クライン「俺がいつ変な目で見たんだよっ!!?

 しかし…キリの字もそうだが、なんでお前ェらばっかに寄ってくるんだ?世界は不平等だぁぁっ!!」

 

 詩乃「ひっ!?」

 

 和人「シノンが怖がってるだろ?お前も何か手伝え」

 

 クライン「ひでぇ…」

 

 肩を落としながら和人について行くクラインを見て、不思議と嬉しく感じた。

 こんな風に仲間達と談笑し合い、笑える日が来ようとは当時の拓哉からは想像すら出来なかった事だ。

 

 詩乃「変わってるわねあの人…。でも、悪い人じゃなさそう」

 

 拓哉「普段は締まらないけど、いざって時には頼りになる奴だよ」

 

 クラインだけではない。ここにいる全員が仲間を大事に出来る優しい心を持っている。それで拓哉もどれだけ心が救われただろう。

 きっと詩乃もみんなと打ち解け、仲良くなれるハズだ。

 そう思いながら歓迎会の準備は着々と進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日18時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 歓迎会の準備が執り行なわれる中、遅れて直人と藍子、直葉に施恩が到着した。

 施恩は涙ながらに拓哉の手を取り、直人は何も言わないまでもその表情で拓哉の身を安心していた。

 兄弟という繋がりが言葉を返さずともその心情が読み取れてしまう。

 3人に謝罪していると厨房から木綿季の元気な声が響いてきた。

 

 木綿季「料理出来たからみんな運んでいってー!」

 

 クライン「おっしゃぁぁっ!!今日は飲むぞぉぉっ!!」

 

 エギル「悪いが今日は酒なしだ」

 

 クライン「えぇっ!!?」

 

 エギルの言い分としては今日の大半が未成年である為、大人であるエギルとクライン、施恩は保護者として責任を持たなくてはならないらしく、そんな中で飲酒などして泥酔すれば、未成年である拓哉達に立つ瀬がないとの事だ。

 クラインも渋々了承し、改めてテーブルに料理などが所狭しに並べられた。

 

 里香「えーコホン…。みんな飲み物は行き届いたわね?

 じゃあ、主役である詩乃に乾杯の音頭をとってもらいましょー!」

 

 詩乃「わ、私っ!!?」

 

 明日奈「頑張ってー」

 

 急に指名され、みんなの前に立った詩乃だったが、恥ずかしさが頭を支配し、上手く言葉が出てこない。

 元来、詩乃は人前に出る事はなく、組織の歯車というイメージで今まで生きてきた。

 目立つ事などが得意でもないからそれでも構わないと思っていた詩乃にとって大勢の前に出て何かを喋ると言うのはかなり勇気のいる事だった。

 

 詩乃「えっと…何言えばいいのよ?」

 

 拓哉「詩乃が思ったままの事言えばいいんだよ」

 

 詩乃「思ったまま…ね。よし…えー…今日は私なんかの為にその…こんな素敵な会を開いてくれてありがとうございます。こんなの今までした事なかったから嬉しいです。じ、じゃあ…乾杯っ!!」

 

「「「乾ぱーい!!!!」」」

 

 グラスがぶつかり合い、甲高い音が鳴る中で詩乃の音頭を皮切りにそれぞれが料理に舌づつみを打った。

 

 詩乃「これ…すごくおいしい」

 

 明日奈「ありがとう詩乃さん。よかったらこっちも食べてね?」

 

 詩乃「ありがとうございます」

 

 明日奈「敬語なんか使わなくていいよー。私達もう友達なんだから」

 

 詩乃「え?…そ、そうね」

 

 友達と言われたのは何時ぶりだろうか。

 あの事件以来友達と呼べる存在が皆無だった詩乃にとって、自分の為に当時の事件の被害者である女性とその娘を探してくれただけでもありがたいのに、ここまで親身になってくれた者はいただろうか。

 友達とはこんなにも心を満たしてくれる存在なのだと、詩乃は改めてそう感じた。

 

 明日奈「じゃあ、私はこれから"シノのん”って呼ぶ事にするね?」

 

 詩乃「え?それはちょっと恥ずかしいわ…」

 

 明日奈「えー?可愛いよーシノのん」

 

 同じ女子である詩乃から見ても明日奈の容姿には目を奪われてしまう。

 そんな彼女が満面の笑みを浮かべていたら誰だって気が動転しない訳がない。

 頬を赤く染めながらも、詩乃は明日奈と一緒に会を過ごした。

 その中に里香や直葉なども混じり、詩乃にとって驚きの連続する1日になるだろう。

 

 拓哉「…懐かしいな」

 

 木綿季「美味しい?今日は結構自信作なんだけど…」

 

 拓哉「あぁ、美味しいよ。懐かしくて安心する味だ」

 

 木綿季「えへへ…そう言ってもらえると嬉しいな…」

 

 たった2ヶ月間木綿季の手料理を口にしていなかっただけなのに、体がそれを欲していたかのように木綿季の手料理を次々口の中に頬張っていく。

 どれもが美味しく、どれもが心のこもったもので拓哉の胃をどんどん満たしていった。

 

 ひより「拓哉、よかったらこっちも食べてみない?」

 

 珪子「わ、私も今日は自信があります!!」

 

 隣からひよりと珪子が手料理を差し出し、拓哉はそれを食べてみる。

 2人の料理も甲乙つけ難い程に美味であった。

 

 

 楽しい時間は過ぎ去るのが早く、気づけば並べられた料理は既になくなり、空き皿だけがテーブル1面に広がっている。

 

 和人「そう言えば…拓哉、お前…学校はどうするんだ?」

 

 拓哉「!!」

 

 施恩「今のところ欠席扱いになってますが、今学期中に復学すれば退学は阻止できます!!」

 

 木綿季「…拓哉」

 

 拓哉「ありがとう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、オレは戻らないよ」

 

 

 

「「「!!!?」」」

 

 拓哉「気持ちは嬉しいけど、やっぱり他の奴らの事を考えたら戻らない方がいい」

 

 確かに、拓哉を仲間と認めているのはここにいる者達だけで、他の帰還者学校の生徒は拓哉を人殺しとしてしか見てはいない。

 それを説得出来たとしても心の中でどうしても蟠りが生まれてしまう。

 

 里香「で、でも…アンタはみんなの為に…」

 

 拓哉「いや…みんなの為にって事もあったが、あれは…オレ自身の為にやった事だ。

 ヒースクリフ…兄貴を止めるのが弟のオレの義務だったんだから」

 

 ヒースクリフ/茅場晶彦を倒し、SAOをクリア出来たのは結果に過ぎない。その過程が拓哉にとって何よりも大事な事だった。

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「…拓哉が決めた事…なんだよね?」

 

 拓哉「あぁ…」

 

 こればかりは譲る気はない拓哉に、木綿季も納得せざるを得ない。

 あの学校は拓哉達だけのものではないし、それを強制する権利もない。

 

 木綿季「そっか…なら、仕方ないね」

 

 里香「本当にそれでいいの?話せばみんなだって分かってくれるでしょ?」

 

 拓哉「いいんだ。みんなとこうしていられるだけオレは幸せなんだよ。

 もうみんなが心配する姿は見たくない」

 

 和人「でも、これからどうするんだ?」

 

 拓哉「実はさ、七色が来年の春頃に日本に研究室を立ち上げるんだ。そこに厄介になろうと思ってもう話はつけてる」

 

 それは12月に入ってすぐの事だった。拓哉の所にアメリカにいる七色からメールが届いた。

 そこに書かれていたのは春頃に自分の研究室を日本に作る事と、そこで一緒に働かないかという誘いのものだった。

 当時、学校に戻るつもりもみんなに会うつもりもなかった為、二つ返事でそれを承諾した。

 

 拓哉「それまでは自分なりにVRの研究を進めようと思ってさ。和人の知恵も借りたいんだけどいいか?」

 

 和人「もちろんだ。…オレも卒業したら七色の研究室に行こうかな」

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「どうしたの明日奈?」

 

 先程から黙り込んでいる明日奈に違和感を感じたのか木綿季は明日奈に話しかける。

 すると、何か決心したようで明日奈が拓哉に話しかけた。

 

 明日奈「拓哉君…実は大事な話があるの」

 

 拓哉「オレに?」

 

 明日奈「うん…。BoBの中継が終わってすぐの事だったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 2025年12月14日20時45分 ALOイグシティ キリトのホーム

 

 アスナ「何とか無事に終わったねー」

 

 リズベット「はぁ…こっちまで緊張が伝わってきたわよ」

 

 BoBの決着は3人同立優勝という結果で幕を閉じ、ALOにいた仲間達も次々とログアウトしていった。

 残っていたのはアスナとユイにリズベット…そして、クリスハイトの4人だけとなっていた。

 

 クリスハイト「じゃあ、僕もここで失礼させてもらおうかな」

 

 アスナ「わざわざありがとうございました…あれ?」

 

 ふと、視界の端にメールアイコンが表示され、開いてみると教育実習生な青柳新からの近況報告だった。

 

 リズベット「あーそう言えば拓哉の事で連絡するとか言ってアドレス交換したんだっけ?」

 

 クリスハイト「おやおや?アスナ君は教師との禁断の恋に─」

 

 アスナ「落ちたりしません!!拓哉君の事で相談に乗ってもらった教育実習の先生です!!」

 

 クリスハイト「教育実習?…どういう事だい?」

 

 リズベット「別に珍しい話じゃないでしょ?学校なんだから教育実習生くらい来るでしょ?」

 

 クリスハイト「…その青柳新って教育実習生について教えてくれないか?」

 

 妙に食いつくクリスハイトの言動にアスナとリズベットは疑問を抱いた。それぐらい総務省に就いているクリスハイト/菊岡誠二郎なら簡単に調べられるハズだ。

 

 アスナ「教えろと言われても、私達の学校に来た教育実習生としか…」

 

 改めて聞かれると、アスナ達は青柳新について実は何も知らない。

 性格や態度など見える部分だけを見ていただけで、内面の部分は一切触れていなかった事に今更ながら気づく。

 

 クリスハイト「()()()()()()()()()()()()()

 

 リズベット「なんでよ?」

 

 クリスハイト「あの学校に赴任しているのは定年退職した教師とSAOに囚われていた教師で固めているんだ。

 もちろん、僕もチェックして問題なしと太鼓判を押した教師だけがね。

 君達にこんな事言うのはあれだけど、あそこは学校であって学校ではない。

 そんな異常な学校に教育実習を依頼する大学はないし、こちらでも制限している」

 

 アスナ「つまり、教育実習生の青柳先生は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスハイト「本来いるハズのない人間だ。僕も教育実習がいると聞いてないしね」

 

 

 

 

 

 途端に頭の中の青柳が黒く塗りつぶされていく感覚が過ぎる。

 総務省の菊岡が知り得ていない人間があの学校に紛れ込んでいる?

 そう考えただけで全身が強ばっていくのを感じた。

 

 クリスハイト「…こちらでも分かり次第連絡するよ。じゃあ、また会おう」

 

 そう言い残してクリスハイトはホームから出ていき、部屋にはアスナとリズベットにユイの3人だけが取り残されていた。

 

 リズベット「…どういう事?」

 

 未だに状況が飲み込めていないリズベットはアスナに説明を求めるが、アスナもまだ考えがまとまっておらず、答える事が出来なかった。

 

 アスナ(「青柳新…一体何者なの?」)

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日20時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 施恩「新君が…」

 

 明日奈「施恩さん、青柳先生とは子供の頃からの知り合いなんですよね?どんな子だったんですか?」

 

 施恩「新君は昔から礼儀正しくて、イジメなども率先して止めてくれる優しい性格の持ち主でした。

 でも、よく家を飛び出しては1人で黄昏ている時があったようです。

 新君のご両親は当時からぶつかり合って、新君とそのお兄さんも家の隅で丸くなっていたと聞いた事があります。

 だから、新君は暴力に訴える事は許せないと…」

 

 施恩の話を聞く限り、青柳新は昔から今と変わらず好印象を持っているらしく、疑うような事は何一つ出てこない。

 

 拓哉「そのお兄さんって今はどうしてるんだ?」

 

 施恩「…実は、新君のお兄さんは既に亡くなったと…」

 

「「「!!!?」」」

 

 施恩「詳しくは聞いてないんですが、1年半前に…」

 

 1年半前となるとまだ拓哉達がSAOに囚われていた時期と重なる。

 その間に青柳にそのような不幸があったとは施恩に聞くまで知る由もなかった。

 だが、それが青柳が帰還者学校に教育実習に来た理由とどう繋がると言うのだ。

 施恩でさえ、青柳について詳しい事はこれ以上引き出せないと分かると進展出来ない。

 

 拓哉「菊岡の調べがつくまで待つしかないな」

 

 木綿季「そうだね…」

 

 エギル「話もついたようだし、そろそろ解散するか。

 夜も遅いし俺が送っていってやろう」

 

 拓哉「じゃあ詩乃、帰るか」

 

 木綿季「え?」

 

 間の抜けた声を聞いて拓哉は木綿季へ振り向いた。

 いつも木綿季の送迎は拓哉がやっていた為、今日もそうなのだろうとばかり思っていたらしい。

 

 拓哉「ごめんな木綿季。藍子と一緒にエギルに送ってもらってくれ」

 

 木綿季「また…明日も会える?」

 

 もう拓哉が学校に行く事はない。

 つまりは木綿季は拓哉といられる時間が放課後や休日に限られてしまうのだ。

 今まで寂しい思いをさせてしまって申し訳ないと思うがこればかりはどうしようもない。

 だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「当たり前だろ?明日、学校が終わった頃に迎えに行くよ。

 その後、どこかに遊びに行こうぜ?」

 

 木綿季「!!…うんっ!!!」

 

 明日奈「よかったね木綿季!」

 

 詩乃「…」

 

 そう約束して拓哉と詩乃は自宅である湯島のアパートへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日21時20分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「着いたぞ?」

 

 詩乃「ありがと…」

 

 アパートまで帰ってきた2人はそれぞれの部屋へと戻っていく。

 すると、詩乃が扉に手をかけようとすると、何を思ってかそれを止めて拓哉に話しかけた。

 

 詩乃「ねぇ?」

 

 拓哉「ん?」

 

 声をかけたはいいが、何を話していいか考え込んでしまう。

 拓哉も呼び止められ、その後も詩乃からの問いかけを待った。

 しばらくして詩乃が意を決したかのように拓哉に話しかけてきた。

 

 詩乃「あの娘…木綿季?だっけ。拓哉の彼女なの?」

 

 拓哉「あ、あぁそうだけど…」

 

 詩乃「そうなんだ…。可愛らしい娘ね」

 

 拓哉「怒るとめちゃめちゃ怖いけどな」

 

 詩乃「…」

 

 拓哉「詩乃?」

 

 またしても黙り込んでしまった詩乃に近づき、容態を確認しようとすると、突然詩乃が拓哉を強く抱き締めた。

 

 拓哉「!!?」

 

 詩乃「今だけだから…少し…このままでいさせて…」

 

 拓哉「詩乃…」

 

 抱きしめる力が強くなり、拓哉の胸に顔をうずくめる。

 こうしていると拓哉の体温、呼吸、心臓の鼓動が直に伝わってくる。

 暖かさが安心感となって還ってくるこの感覚にどれだけ救われただろう。

 あの日、失意の底にいた拓哉と出会って一緒にGGOをプレイする事になって、死銃の陰謀を共に阻止した戦友にどれだけ慰められただろう。

 

 詩乃(「こんな気持ち…初めてかもしれない…」)

 

 

 生意気で悪戯ばかりするムカつく男にこんなにも頼った事はない。

 隣にいて自分が強くなれたと感じた男はいない。

 彼と一緒に戦ってると不思議と恐怖心がかき消されていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが…恋…というものなのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ」

 

 PCのモニターに映し出されている記事を読んで思わず舌打ちをしてしまう。

 つい2日前に起こった騒動はネットの掲示板などで"死銃事件”と称され、GGO以外のVRMMOプレイヤーの間で賑わっていた。

 身元などは特定されていないが、GGOで名を馳せたプレイヤーの死亡推定時刻は"死銃”なるプレイヤーの奇怪な言動と時を同じくしている為、誰かが面白おかしく投稿したようだ。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 それよりもこの人物が怒りを示しているのは()()()()()()()()()()という事だ。

 実を言うと、この人物は死銃の正体もその実態も知っている。

 それは本当に偶然だった。

 趣味であるネットサーフィンをしている時、猟奇的な言葉を並べていた投稿者に興味を惹かれた。

 個人間でやり取りを交わしている内に、死銃は()()()()に必要だと感じた。

 そこからは死銃のやりたいようにやらせ、自分はそれをただ眺める事に徹底した。

 初めのうちは計画は順調に進み、あと一歩という所まで追い込んだと言うのにそれをみすみす取り逃してしまった。

 それから連絡を取ろうとしたが、一向に返信は返ってこず、おそらくは捕まってしまったのだろうと思った。

 

「…」

 

 計画も最終段階まで筋書き(ロードマップ)は組み上がっている。

 そこにたどり着く前までクリアすべき案件が出来たのは誤算だったが、計画に差し支えはないだろう。

 1週間後に全てが終わる。

 その為の手配も済み、準備も怠ってはいない。

 

「…もうすぐだ」

 

 PCの電源を切り、寝室へと向かう前に明日の準備を済ませよう。

 朝が早いからもう寝ようと部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
詩乃が気づいた感情は決して芽吹く事はないけれど、それでも彼女はその気持ちを抱えてこれからの人生を歩んでいきます。
そんな詩乃をどうか暖かい目で見守ってください!

そして、終盤に出てきた謎の人物。
用意された復讐計画とは…。


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!

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