ソードアート・オンライン-君と共に在るために-   作:ちぇりぶろ(休載中)

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という事で64話目に突入です!
GGO編もついにBoB戦に突入し、激闘が相次いでいきます。
そして、ユウヤが望むものは果たして…


では、どうぞ!


【64】嵐の前の静けさ

 2025年12月13日14時00分 グロッケン 転移門前

 

 硝煙の匂いが街中にまで漂い鼻腔をくすぐる。

 嗅ぎ慣れない匂いにむせているとやはり、妖精郷アルヴヘイムとは正反対な世紀末風の世界だ。

 昔はよくこのようなゲームが流行っていたが、フルダイブ技術が進むにつれてファンタジー系のゲームの陰に隠れてしまったが、"ザ·シード”のおかげで多種多様なVRMMOゲームが出来ていき、仮想世界は今尚広がり続けている。

 ふと、本来の目的を忘れてしまっていると、コンバートしたアバターの容姿が気になる。周りを見渡しても屈強な男性プレイヤーが大半で女性など見る影もなかった。

 

「なんか…髪長いな…」

 

 視界の上から垂れる髪を割いていると、妙な違和感を感じた。視線を頭部に移すと現実世界の髪の量を優に超えており、漆黒の長髪は腰の位置まで伸びていた。

 途端に嫌な予感がして、近くにあったショーウィンドウで自身の姿を確認する。

 すると、そこにいたのは誰が見ても美少女と思うであろうアバターですぐ様体の至る所を触り、男性である事を確認する。

 男性である事に安堵したが、この容姿はかなりやりにくい。

 髪は戦闘中に邪魔になるし、この容姿ならナンパ目的で寄ってくる男性も現れるハズだ。自慢している訳ではないが、客観的に見ても女性にしか見えないこのアバターが"キリト”と誰が思うだろうか。

 

 キリト「なんか前のトラウマが…」

 

 以前にも天才科学者でありVRの歌姫であるセブンのバックダンサーを任命された時も今のような服装をさせられ、アスナや他の仲間達にも写真に残されたトラウマがあった。

 あの時はアイドルのような格好をしていた為に今より恥ずかしかったが、まさかGGOに来てまでこのような姿になると思ってもいなかったので、これは誰にも見せられないなとキリトは心の中で誓った。

 

 キリト「とりあえず総督府って所に行かないと…」

 

 グロッケンを散策する傍らで総督府を目指す。

 それは今日の15時から行われる第3回BoB(バレット·オブ·バレッツ)予選の登録をしなければならない。この大会はGGOのプロが多数参加しており、当然腕に自信のあるプレイヤーが名誉と誇りをかけて大衆の面前で個をアピールする場だ。

 過去2回行われ、優勝したプレイヤーは脚光を浴び、他のプレイヤーから崇拝すらされている。

 そんな強者が集まる場は死銃にとって格好の狩り場と化すだろう。

 キリトがGGOにコンバートした目的は、この世界にいるかもしれない拓哉を探すという大前提の裏に死銃なる()()()()()()()()()()者を見つける事であった。

 おそらく、拓哉がここにいるのなら死銃を追っているに違いないと見当をつけているキリトはその手助けをしたいと思った。

 いないならいないでキリトだけでも死銃を捕まえるだけの事だ。仮想世界でもう人を殺すような事は2度とあってはならないのだから。

 

 キリト「行こう…」

 

 歩き始めたキリトは遠くに見える巨大な建物…あれが総督府だろう場所へと向かう。道が入り組んでいて中々前には進まない。

 だが、まだ予選の登録まで猶予がある為、GGOの世界を見学するついでにもなる。

 すると、よく分からない路地裏を来たり戻ったりしていると、総督府に全然近づく事なくキリトは迷ってしまった。

 

 キリト「誰かに道聞いた方がいいな…」

 

 そんなことを考えていると橋の向こうに1人のプレイヤーを発見した。あの人に道を尋ねようと走ってその者の元に向かった。

 

 キリト「あの!すみません…─」

 

「ん?私に何か用?」

 

 キリト(「げっ!?」)

 

 キリトの呼びかけで振り返ったプレイヤーは碧髪に同色の瞳をした少女だった。

 男であるキリトが少女に声をかけるとなると、周りからはナンパしているように見て取れてしまう。少女もそう感じていると思いながら言い淀んでいると予想外にも少女の方から声をかけてきた。

 

「あなた…このゲームは初めて?」

 

 キリト「は、はい…。えっと…総督府までの道を教えて頂きたくて…」

 

「総督府に?…もしかして、BoBに出るつもりなの?」

 

 意外にも少女はすんなりとキリトの話に耳を傾けた。と言うのもキリトの今の見た目が美少女に見間違う程の美少年であるからだ。この少女も例外に漏れる事なく、キリトを自分と同じ女の子と認識しているのだろう。

 キリトもすぐにその事に気づいたが、今更実は男なんです、と言い出せない空気に罪悪感を感じながらもキリトは声を高くして答えた。

 

 キリト「そうなんですよ。ネットで面白そうなイベントの記事を見て」

 

「見た感じ初心者っぽいけど…」

 

 キリト「あっ、これコンバートしたからステータス的には問題ありません」

 

 こんな姿明日奈達には見せられない…。

 女の子と勘違いしているのを良い事に目の前の少女に親切にしてもらおうと考えてやっているのだから。

 

 キリト(「この娘には悪いけど、この世界について色々教えてもらおう」)

 

「ふーん…。いいよ、私も総督府に行く所だったし…。あ、その前にガンショップに行かないとね。いくらステータスが大丈夫でも初期装備じゃ絶対に勝てないから」

 

 少女はキリトをガンショップへと案内する事にした。

 その道中で2人は色々な話…元い、情報を共有していき、ある程度の情勢を理解したキリトは風景に視線を逸らしながら少女についていく。

 

 キリト(「銃を相手にした事ないからなぁ…。ALOで言う所の魔導師や弓矢を相手にするようなものか」)

 

「着いたよ。ここでなら装備も揃うハズよ」

 

 キリト「ありがとうございます」

 

 店内に入っていくと、ショーケースの中に多種多様な銃が展示されており、その他にも手榴弾や弾丸パックに防具などが取り揃えられている。

 すると、ここでキリトの前を歩いていた少女がある事に気づいた。

 

「そう言えば、コンバートしたって言ってたけどお金はあるの?」

 

 そう言えばといった表情を作ったキリトがメニューウィンドウを開いて所持金を確認する。

 コンバートする際、他のゲームの所持品は引き継ぐ事が出来ず、ALOのキリトの装備や所持金は全てアスナのストレージに保管されている。

 もちろん、このGGOでの所持金も他の初心者と同じく1000クレジットだ。ガンショップに来てお金が足りない事態に陥ってしまったキリトに少女が気まずそうに提案を持ちかけた。

 

「お金が足りないなら…少し出してあげようか?」

 

 キリト「い、いえっ!?だ、大丈夫です!!?」

 

 ただでさえ少女には自分の事を騙している手前、罪悪感と良心がそれを許さなかった。とは言え、お金がなければ装備を買う事も出来ず、BoBには裸も同然で出なくてはならない。

 そんな途方に暮れていると奥から賑やかな笑い声が聞こえ、そこへ向かってみると数人のプレイヤーがミニゲームに夢中になっていた。

 

 キリト「あれは?」

 

「あれは手前のNPCガンマンにタッチするミニゲームだね。タッチ出来たらジャンクポットに貯まってるクレジットが全額儲けられるの」

 

 ミニゲームの看板にはキャリーオーバーと銘打たれており、その横には30万とジャンクポットに貯まっているであろう金額が記載されている。

 挑戦しようと前に踏み出すキリトを少女が肩を掴んで静止させた。

 

「もしかして、あれに挑戦する気?」

 

 キリト「だって、クリアすれば30万手に入って装備も揃えられるかと…」

 

「アナタもそういう口なのね…。言っておくけど、あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 キリト「?」

 

「あのガンマン、8m地点から急にインチキな早撃ちになるから弾道予測線(バレットライン)が見えた頃には蜂の巣になってるって訳…」

 

 キリト「ば、バレッ…ト…?」

 

 聞き慣れない単語に少女が慌てて説明を加えた。要するにあの手のゲームはお金だけ貪って還元する気は微塵もないとの事だった。

 

「まぁ、この前キチガイがクリアしちゃったんだけど…間が空いてないのにあれだけ集まってる」

 

 キリト「クリア出来るって事はちゃんと攻略の仕方があるって事ですね」

 

「実際見た方が分かりやすいかもね。ほら、またバカが貢ぐみたいよ」

 

 ガシャリーンと旧式のレジスターのような音が鳴り、挑戦者の前で扉が開かれた。挑戦者の男が真っすぐガンマンへと走り出すが、ガンマンが銃を構えた瞬間に妙な姿勢になってその場に止まった。

 

 キリト「何やってるんだ…?」

 

 あんな状態では当たるのでは?…と感じたキリトの予想を裏切り、銃弾は男が構えた隙間を真っ直ぐ放たれた。

 男は余裕の笑みを浮かべながら再度走るがガンマンが撃つ度に妙な回避を繰り返す。

 まるでそこに弾道が来るのを分かっているような…。

 

「あれが弾道予測線(バレットライン)。視認したプレイヤーの弾道がシステム的に見えるようになってるの。それさえ体に触れなければ被弾する心配はない…けど」

 

 少女が説明する傍らで男は少女が警告した8m地点を通過する。瞬間、ガンマンが先程とは比べ物にならない程の早撃ちで男に牙を向いた。

 男も回避するだけで精一杯のようで徐々に態勢を崩し、ガンマンもその隙をついて早撃ちで一気に勝負をかけた。

 あれだけの弾道が見えてしまってはバランスを崩して被弾するのが末だろう。

 案の定、男は2発被弾してしまい、その時点でゲームが終了した。

 

 キリト「あれが弾道予測線(バレットライン)…?」

 

「ね?私も1回挑戦してみたけどダメだったわ…ってあれ?」

 

 確かに今まで隣にいたのに既に扉の前に陣取っている。すぐ様駆けつけた少女にキリトは言った。

 

 キリト「やってみなくちゃ分からないですよ」

 

「そりゃあそうだけど…」

 

 少女の静止も聞かずにキリトはキャッシャーに金額を支払い扉を開けた。

 その瞬間、キリトは前へと飛び出しガンマンに向かって地を蹴った。

 キリトはこれまで約3年もの間、VRMMOゲームの世界で生き、そこで数々の経験を積んだ。

 SAO時代に得意としていたシステム外スキル"武器破壊(アームブラスト)”やALOで5月に行われた妖精剣舞予選決勝戦で奇跡の1回を記録したシステム外スキル"魔法破壊(スペルブラスト)”など、技術を総動員したキリトの神業は仲間内であるアスナ達に驚愕されたのを憶えている。

 今もそれは変わらない。持てる技術を総動員させ、資金を調達する。それが巡りに巡って拓哉を探し出す事に繋がるから。

 ガンマンが銃口を向けた瞬間、キリトの視界に3本の赤外線が表れた。これがあの娘の言っていた弾道予測線(バレットライン)

 それを体全体で左に沈みながら前へと進む。ガンマンの放った銃弾は空を切り、キリトを止める事は叶わない。

 8m地点を通過した事で先程のように早撃ちに切り替わったが、キリトは弾道予測線(バレットライン)が視界に入った瞬間に今度は右へと沈み回避してみせる。

 さらには、左右の狭い幅を利用してガンマンに揺さぶりをかけるキリトはあと3mの地点で今までよりも多くの弾道予測線(バレットライン)に晒された。

 

(「もうあれは躱せない…!」)

 

 瞬間、少女の目の前で何が起きたのか分からなかった。目の前でミニゲームに挑戦していた美少女が姿を消したのだ。

 いや、よく目を凝らすと多くの弾道予測線(バレットライン)が放たれているその下、地面をスライディングしているのだ。勢いが衰える頃には銃弾も上空にはなく、キリトが立ち上がろうと態勢を変えていると少女はある事を思い出した。

 

「そのガンマン銃を隠し持ってるわ!!」

 

 キリト「!!」

 

 ジャケットの懐から銃を抜いたガンマンが立ち上がろうとしているキリトに銃口を向けた。少女とそこにいたギャラリーもここで終わりだと誰もが思った。

 だが、少女はそう思う傍らでどこか似たような光景を目にした事がある。

 

(「そうだ…あの時も…」)

 

 記憶の中でミニゲームにクリアした少年が浮かび上がり、その背中が会って数分の美少女に重ねてしまう。

 どこか、彼のようにやってみせるのではないかと期待感があった。その思いに応えんとばかりにキリトは弾道予測線(バレットライン)が視認出来る前に空中へと飛び上がった。

 銃弾は地面に深々と突き刺さり、リロードする余裕などもなくキリトに肩をタッチされた。

 

 

『オーマイっガァァァァァァァァっ!!!?』

 

 

 ガンマンの絶叫と共にジャンクポットの中に貯められていたクレジットが雨のようにキリトに降ってくる。ウィンドウを確認して自らのストレージにしまい、少女の元へ戻る。

 すると、少女もギャラリーもキリトを見て開いた口を閉じようとはしなかった。

 

 キリト「?」

 

 黙ったまま自分を見ている少女とギャラリーを前にキリトも次第に何かしちゃいけない事をしたのかと不安と焦りが出始める。

 そんな中、少女が開いたままだった口を一旦閉じ、口内を唾液で湿らめせ再度口を開いた。

 

「あ、あなた…一体どんな反射神経してるのよ…?」

 

 キリト「え、えーと…」

 

 ただ弾道予測線(バレットライン)が来るであろう箇所を予め予測したまでだとキリトが口に出すと、またしても呆気にとられてしまい、少女を連れてガンショップの方へと戻った。

 資金は先のミニゲームで30万以上あり、少女曰く、まともな装備一式なら買えるとの事だ。

 

「そう言えばコンバートしたって言ってたよね?ステータスは?」

 

 キリト「STR(ストレングス)-AGI(アジリティ)型です」

 

「なんだ、()()()()()()()()()()()

 

 キリト「え?」

 

「あっ、ううん。私の知り合いにも同じタイプのステータスにしてる人がいるってだけよ。

 それより、何か気に入った物はあった?」

 

 キリト「そうですね…」

 

 正直な事を言うと、キリトは銃の種類なんて全く分からない。唯一知っているとすればリボルバーとオートマチックに区別出来る事だけだ。

 だが、それを言ってしまえば何しにここに来たの?と目の前でキリトに合う装備を探している少女に怪しまれてしまう。

 それとなく、装備の方は少女にまかせようとしたその時、視界の端に妙な物を見つけた。

 銃を展示しているショーケースとは離れた隅のコーナーに銀色の筒状の物がある。そこに書かれた品名を読み上げていると、最後に"ソード”とあった。

 

 キリト「あの、これは…?」

 

「あぁ…それは"フォトン·ソード”。みんなは光剣とかビームサーベルとか勝手に呼んでるけど。…もしかして、これ買う気?」

 

 キリト「前にやってたゲームがファンタジー系でその時から剣を使ってたから愛着が湧いちゃって…」

 

「別に戦闘スタイルはそれぞれだけど…光剣を主要武器(メイン)にしたら、銃弾の雨に晒されながら接近しないと勝てないよ?」

 

 光剣と呼ばれるだけあり、正式名称"フォトン·ソード”は長さ120cm。出力次第で耐久度が変わるが、この銃の世界においてフォトン·ソードは敬遠されてきた代物だ。相手は常に遠距離からの狙撃で最低でも10mも離れている敵相手にリーチの短いフォトン·ソードが届く距離ではない。

 使い物にならないガラクタという烙印を押されてしまった為に今のGGOの環境では誰も使おうとはしなかった。…つい最近までは。

 

 キリト「でも、売ってるって事はコイツにも使い道があるって事ですよ」

 

 フォトン·ソードのケースの前に設置されているキャッシャーに掌を翳し、会計を済ませると奥から円柱型のロボットが品物を携えてきた。それを手に取ったキリトはスイッチをONにして柄の先端から光の粒子がSF映画などでお馴染みのビームサーベルとして表れる。

 

「あーあ…買っちゃった…」

 

 数回振ってみるが刀身の部分が粒子という事もあり、今まで愛剣として振るってきたどの剣よりも軽かった。

 だが、銃を使うよりもやはり手に馴染んだ剣を使った方が勝率も上がる。少女から少し離れたキリトは腰を落とし、フォトン·ソードを構える。

 

 

 片手剣ソードスキル"バーチカル·スクエア”

 

 

 SAO時代から愛用していたソードスキルは最早システムアシストなしでも体が馴染んでしまってほぼ無意識で発動出来た。

 

「おー!それがファンタジー世界の技かー。中々侮れないかもね」

 

 キリト「主要武器(メイン)は決まったんですけど、後は何を買えばいいですか?」

 

「えっと…今の手持ちが…15万っ!?光剣って思ってたより値が張るんだね…。これだと牽制用のハンドガンに弾薬と防具一式か…。ねぇ?ハンドガンは何かこだわりはある?」

 

 キリト「あ、いえっ!おまかせします…」

 

 フォトン·ソードをストレージに戻し、残りの装備は少女に選んでもらったキリトは少女と共にガンショップを後にした。

 

 キリト「ありがとうございます。何から何までお世話になっちゃって…」

 

「別にいいよ。私も人と待ち合わせしてたんだけど、その人がインするのが遅れるってメッセきて時間を持て余してたか…ら…─」

 

 キリト「どうしました?」

 

 少女の表情がみるみるうちに青ざめていき、キリトが声をかけた瞬間、声を荒らげながら叫んだ。

 

「もう14時51分!!?エントリーの締切は確か15時までだったハズ…」

 

 キリト「えっ!?す、すみません。オレのせいで…!!」

 

「ううん。時間を見てなかった私が悪いの。…ここから総督府まで走って5分だけど、エントリー項目を埋めるのに5分はかかる…」

 

 キリト「とりあえず総督府に向かいましょう!!」

 

 2人は総督府へと向かって全速力で走るが、締切に間に合うかどうか微妙な所だ。ならばとキリトは少女に1つの質問を投げかけた。

 

 キリト「あのっ!テレポート的移動手段はないんですか!?」

 

「GGOじゃ死に戻り以外のテレポート手段はないの!!あるとすれば、あそこにあるバギーとか車だけ!!」

 

 キリト「!!…なら、あれを使いましょう!!」

 

 キリトは前を走っていた少女の手を握り、レンタルバギーへと跨る。

 掌をキャッシャーに翳し、エンジンをかけていると少女が後ろに乗りながらも焦った口調でキリトに言った。

 

「無理よ!?このバギー運転がすごく難しいの…よー!!?」

 

 舌を噛むんじゃないかと咄嗟に口を閉じた少女を横にキリトはアクセルを回し、公道へと躍り出た。公道を走っている車やトラックなどを華麗に抜いていき、総督府に近づいている。

 

「嘘っ!!?なんで!!?」

 

 キリト「前に似たようなのを運転した事があるんですよ!さぁ、もっと飛ばしますよ!!」

 

 耳にはバギーで切る風の音以外に何も聞こえなかった。その風がとても心地よくて、気分を爽快にさせてくれる。

 目の前にいる不思議な美少女のおかげだと少女は思いながらキリトにさらに速度を上げるように言った。キリトもそれに応え、時速200kmに迫り、僅か1分足らずで総督府へと到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時00分 グロッケン 総督府エントランス

 

 キリト「なんとか間に合いましたね」

 

「えぇ。私とあなたは同じブロックだから勝ち進めば決勝で戦う事になるわ」

 

 バギーを乗り捨ててBoBの受付を済ませた2人は端末から離れ、会場となるB20Fに向かう為、エレベーターを待っていた。

 すると、少女から今までに発した事のない威圧感にキリトの肌が波打った。

 

「もし、決勝であたっても…容赦しないからね」

 

 キリト「…もちろん。その時は全力で戦いましょう」

 

 最後にいつもの少女の表情になる頃にはエレベーターも到着し、2人はB20Fへと降りていった。

 エレベーターの扉が開くと、そこは薄暗く見るからに屈強な戦士達が愛銃のメンテナンスをしたりと異様に殺気立っている。

 

 キリト(「この中に死銃が…。そして…拓哉も…」)

 

 装備を変える為に控え室に向かおうとした2人を銀髪を後ろで束ねた男性プレイヤーが呼び止めた。

 

「やぁ、シノン。遅かったね」

 

 シノン「こんにちわシュピーゲル。あなたは大会には出ないって言ってたけど…」

 

 シュピーゲルと名乗られたプレイヤーは少女…いまさらながら名前を知ったがシノンは挨拶を交わす。

 話を聞く限りではシュピーゲルは大会には参加しないようだ。

 

 シュピーゲル「酒場よりもここの方がモニターが大きいし、シノンの勇姿を間近で見たいからね」

 

 シノン「ありがとう。…あ、もうアイツって来てるの?」

 

 シノンの口からアイツと出た瞬間、眉間に皺を寄せたシュピーゲルは元の温厚そうな表情に戻って言った。

 

 シュピーゲル「…あぁ、あの人か。僕はまだ見てないけど」

 

 シノン「何やってんのかしら。私達よりは早く来てるハズだし…。ったく、世話のかかる男だわ」

 

 シュピーゲル「所でシノン、隣にいる娘は…」

 

 ここでシュピーゲルがシノンの隣で沈黙を守っていたキリトの存在を指摘する。

 シノンも忘れていたと言わんばかりにシュピーゲルに紹介しようとした瞬間、シノンの背中に冷たい銃口が当てられ、肩を震わせる。

 

 キリト&シュピーゲル「「!!?」」

 

 シノン「…アンタねぇ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙だらけだぞシノン」

 

 

 銃口をシノンの背中から離し、そのままホルスターにハンドガンを直した子供がシノンとキリトの背後に立っていた。

 

 シノン「いきなり何すんのよ!!」

 

「軽い挨拶だろ?そうカッカすんなよ」

 

 シノン「やっていい事と悪い事があるでしょ!!最近私の事舐めてるんじゃない!!?」

 

「そんな事ねぇって。いつも感謝してるよ」

 

 悪びれもなく後頭部で腕を組む子供は無邪気な笑顔を見せながらシノンに謝罪する。シノンも今まで見た事がない程に動揺しており、心做しか頬が若干赤かった。

 

 キリト「えっと…その子は?」

 

 シノン「え?…あぁ、この子がさっき言ったあなたと同じタイプのプレイヤーよ」

 

「珍しいな?シノンがオレとシュピーゲル以外といるなんて」

 

 シノン「うるさいわね。別に私の勝手でしょ?…ってここで話し込んでる場合じゃなかった。早く装備替えしないと。…アンタも替えてないみたいだし一緒に行くわよ」

 

 そう言い残してシュピーゲルと一旦別れたシノン達はフィッティングルームへと向かい、シノンがキリトを女性用更衣室に連れていくのを少年が咄嗟に止めた。

 

 シノン「何してんのよ?」

 

「いや、それはこっちのセリフだよ!?どこに連れていこうとしてんだ!!」

 

 シノン「?…どこって、更衣室に決まってんじゃない。私達は女子なんだから」

 

「は?女子って…コイツ、男だぞ?」

 

 シノン「…は?」

 

 3人の間に妙な空気が漂い、キリトの心臓が高ぶっていく。今しか正体を明かす時はない。キリトは頭を深く下げ、自分のプロフィールをシノンに提示した。

 

 キリト「今まで黙っててすみません!!実はこういう者です…」

 

 シノン「い、今更?…って、え!!?MALE()!!?嘘っ…!!だって…!!そのアバターで…?」

 

「気づいてなかったのか?」

 

 そう言えば先程この少年はシノンに対して、自分とシュピーゲル以外といるなんて…と言っていたが、正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と伝えたかったのだ。

 すると、シノンはみるみる顔を赤くしていき、キリトが様子を見る為顔を上げた瞬間、鬼の形相となってキリトの頬に平手打ちを決めた。

 豪快に飛ばされたキリトは何回転かした後に地面に突っ伏した。

 

 シノン「…最低っ!!!!」

 

 一言だけキリトに捨て去ると、雷が落ちたような音を出しながらフィッティングルームへと消えていく。突っ伏したままのキリトに少年が肩を貸し、男性用のフィッティングルームへと入っていった。

 

「あーなったシノンはしばらく収まんねぇだろうなぁ…」

 

 キリト「いや、オレが初めからちゃんと名乗ってればよかったんだ…。キミにも恥ずかしい所を見られたな」

 

「まぁ、久しぶりにスカッとしたもんが見れたから良しとするさ。…後でちゃんと謝りに行こうな?」

 

 キリト「面目ない…。そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「オレはユウヤ。実はまだGGO初めて1ヶ月ちょいなんだよ。よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「オレはキリト。よろしくな」

 

 握手を交わしたキリトとユウヤだったが、ユウヤは見間違いだろうか唖然とした表情になったが、すぐに元に戻り、それ以降装備を整えるまでの間、2人に会話はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時10分 総督府B20F BoB予選会場

 

 シノン「…」

 

 キリト「本当にすみませんでした!!」

 

 ユウヤ「コイツも反省してるし、許してやってくれよ」

 

 戦闘服に着替えたキリトとユウヤはテーブルで静かに予選が始まるのを待っていたシノンに深々と頭を下げていた。

 シノンはキリトを見るなり距離を取ろうとしていたが、仲裁に入ったユウヤのおかげでなんとか話を聞いてもらえるまでになった。

 

 シノン「…もういいわ。でも、この借りは大会でアンタの頭に風穴開けるまで忘れないから!」

 

 キリト「程々にお願いします…」

 

 形としてはこれで(わだかま)りはなくなったのを確認してユウヤはその場を後にしようとする。それを今度はシノンが腕を掴んで阻止した。

 

 シノン「ちょっと、どこ行く気よ?」

 

 ユウヤ「いや…気を沈めたくて…」

 

 キリト「別にここでもいいじゃないか」

 

 ユウヤ「…」

 

 この場を離れようとするユウヤをシノンが腕を力強く掴むせいでその場に留まる事を余儀なくされたユウヤは大人しくテーブルについた。

 キリトもその横に陣取り、シノンが注文していたドリンクを頼み、喉を潤わせているとシュピーゲルが現れてシノンの隣に位置取る

 

 シュピーゲル「そう言えば自己紹介の途中だったよね。シノンとは友達?」

 

 シノン「勘違いしちゃダメよシュピーゲル。コイツ、こう見えても男だから」

 

 シュピーゲル「おとっ!!?えっ?そのアバターで?」

 

 先程のシノンと全く同じリアクションでキリトはハハハッと笑いながら自己紹介を済ませた。

 

 キリト「キリトです。男です。シノンにはいろいろお世話になっちゃって…」

 

 シノン「ちょっとアンタ!!妙な言い方やめなさいよね!!第一、あなたにシノンなんて呼ばれる筋合いないわよ!!」

 

 キリト「装備のコーデまでしてくれたのに?」

 

 久方ぶりに悪戯心が表れたキリトにシノンは頬を赤くさせながら、やっぱり許すんじゃなかったと後悔する。

 キリトは昔から精神が好奇心旺盛な少年である為、周りの仲間達はそれに言葉では言い表せないものを感じていた。

 普段は冷静な手前、不意に現れる悪戯っ子が仲間以外の女子に好印象を与えているのが本人は知る由もない。

 

 シノン「くっ!!…ユウヤからも何か言ってやりなさいよ!!」

 

 ユウヤ「…え?あ、悪い…。聞いてなかった…」

 

 キリト「どうかしたか?」

 

 ユウヤ「いや、別に…。オレ、そろそろ行くよ…」

 

 シノン「あっ!ちょっと!?」

 

 シノンが何かを言う前にユウヤは彼らから距離を取った。そんな後ろ姿がどこか寂しくて、初めて会った時の事を思い出させる。

 

 キリト「…オレもそろそろ行くよ。また後でな、シノン」

 

 シノン「なっ!?…決勝まで絶対来なさい!!その頭すっ飛ばしてやる!!」

 

 キリト「デートのお招きとあらば参上しない訳にはいかないな」

 

 シノン「こ、このっ…!!」

 

 何かを言いかけていたシノンだったが、瞬間にキリトの体が青白いエフェクトに包まれ予選の舞台となるフィールドに転移される。

 寸前、シノンに視線を移したキリトはその背後にこちらを睨むシュピーゲルの姿を捉えた。

 

 キリト(「さすがにやりすぎたな…」)

 

 おそらく、シュピーゲルはシノンに好意を寄せているのであろう。彼がシノンと会話する時、柔らかな表情になるのを見た。

 だからこそ、それを邪魔しようとするキリトに怒りを覚えても不思議ではない。キリトよりも前から知り合いのハズのユウヤにも冷たい態度だったのがそう思わせた最大の要因だ。

 転移されたのはどこでもない真っ暗な空間。そこにただ1人立っていたキリトは上空にあった対戦表に視線を向ける。

 

 キリト(「とにかく、今は死銃と拓哉だ。…そう言えば、シノンに聞いておけばよかったな…」)

 

 その事はこの戦いに勝った後でもいい。ストレージから主要武器(メイン)の"フォトン·ソード”と副武装(サブ)の"ファイブ·セブン”を装備し、5秒後に再びフィールドへと転移されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時30分 BoB予選Bブロック

 

 ユウヤが転移されたのは密林が生い茂る熱帯フィールド。姿を隠せる木や川を挟んで都市だった名残がある。

 昔は栄えた大都市だったのだろうが、衰退して数百年経てば雑木が無造作に侵食し、広大な熱帯雨林になってもおかしくない…という設定なのだろう。

 だが、今のユウヤにとってそんな事はどうでもよかった。

 転移された場所から離れる訳でもなく、かと言って隠れている訳でもない。ただ何も壁となる物がないフィールドの一角にポツンと立ち尽くしているのだ。

 予選が始まってもうじき5分が経過しようとしている。ユウヤの対戦相手の金狼も既に動き出し、もしかすればユウヤの位置を捉えているかもしれない。

 けれど、ユウヤの頭の中には金狼がどうやって攻めてくるか、この動きをしたらこう対処しようという戦略ではなかった。別に金狼を侮辱している訳ではない。BoBに参加するだけあって実力に自信があるのだろう。

 だが、今ユウヤを支配しているのは金狼でもBoBでも死銃でもなく、先程会った…いや、()()した少年の事だけだった。

 姿は違えど、その名前はおそらく誰も名乗ってはおらず、偽物とは考えにくい。

 ならば、やはり本人に違いない。縁を断ち切り、もう関わらないと決めていた仲間の1人。ユウヤにとって親友とも呼べる存在だった彼が今、この世界にいる。

 

 ユウヤ(「なんで…こんな所まで…!!」)

 

 自然と体が震える。あれだけ拒絶されて、何故まだ追いかけようとする。

 もうどうすれば彼らが自分の事を諦めてくれるか分からなくなっていた。

 瞬間、頬に鋭い衝撃がかすり、ジワァと熱を帯びながら痛みが走る。視線を移せば密林に隠れ、ユウヤの隙をつこうと銃を構えているプレイヤー…金狼がいた。視認した事により、ユウヤの視界に弾道予測線(バレットライン)が表示され、そのどれもが即死判定の急所であった。

 

 ユウヤ「オレは…」

 

 キリトが何故ここにいるのかある程度の予想はつく。菊岡からの情報を遮断しているにも関わらずにこの()()()()()()()に降り立ったのは最早運命と言わざるを得ないかもしれない。

 あの世界(SAO)を生き抜いてきた戦士達に共通する直感が働いたのかもしれない。

 だが、そんな危険な事にキリトを巻き込む訳にはいかない。ユウヤはホルスターから2丁のサブマシンガンを抜き、向けられている予測線に銃口を重ね、迷わず引き金を引いた。

 金狼から放たれた銃弾の軌道に自身の放った銃弾を重ねる事で相殺し、金狼がそれに驚愕している隙に一気に距離を詰め、我に返った金狼の眉間にサブマシンガンが火を吹いた。

 男の顔は数発被弾しただけで木っ端微塵に吹き飛び、deadの表示と勝利を告げるファンファーレだけが密林の中で騒がしく鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「オレだけの力で死銃を…殺す…!!」

 

 

 

 

 

 そこにいたのはSAOの拳闘士(グラディエーター)ではなく、全てを破壊し尽くす狂戦士(バーサーカー)のタクヤだった。

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
キリトとユウヤの再会…。ユウヤの思いが揺れ動く瞬間。
シノンが果たしてどう関わっていくのかお楽しみに!


評価、感想などお待ちしています!


では、また次回!

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