鉄の王   作:サボ吉

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五話 玉と試練

聖地テラーサの丘。

そこに立つ罪人達の終着点、ステラ砦。

その地下の純白の部屋。

そこで神の鍵の最終段階に入っていた。

 

「ガラハットの首輪装着及び隷属…無事完了しました」

「そうか…あと一つで我らは神の鍵の製造をやりきったことになるのか…」

 

長かった…海を渡り、山を越え、金を使い長い時間をかけ道具、薬、数々のマジックアイテムを集め聖都の宝物庫まで開けた。

数々の苦労、全ては神の園《アルカディア》に至るため。

そのための鍵の一つが揃うのだ。

 

「では行こう、我々が神の園《アルカディア》に至るため」

「…はっ」

 

・・・・・・

 

「ふっーふっーふっー」

 

純白の部屋で俺は鉄の鎖で縛り付けられていた。

血の鎖には劣るが黒く光る首輪をつけられている。

クロ曰く最後の工程。

これで終わりだと思っても恐怖は軽くはならない。

過呼吸気味になりながら俺は時が過ぎるのを待っている。

目は黒革で覆われ何も見えないことが恐怖を加速させる。

最後…最後なのだ…

あの改造を施さなければ耐えられないほどのものなのだろうか。確かに筋力も魔力もこの世界にくる時とは比べ物にならないものになったし痛みにも強くなり

傷の治りも早くなった。

全てはこの時のため…俺は耐えることができるのだろうか。それとも…

 

(シュウ。大丈夫だよ。この魔王の宝玉の結合は痛くはないからね。君が考えているようなことはないよ)

(痛くない?ほんとか?)

(ほんとほんと。あんしんした?)

(うん…よかった…)

 

力が抜ける。

良かった…本当によかった…

 

(でも君は試練を受けなければならないんだ)

(…試練)

(そう試練。魔王の宝玉は君を試す。もし試練を超ららなければ…)

(なければ…)

クロが答えをため俺は緊張で唾を飲んだ。

(君は宝玉に意識を乗っ取られ君は……消える)

それは死と同じ意味なんじゃ…

(ふふっ間抜け面だねぇ。大丈夫、大丈夫さ。君は強い。悲しいほどにね。君は向き合うことができる)

(クロ…)

(さぁジジイが来たようだ。また会おう)

 

そう言ってクロは消えた。

その代わりにカツカツと靴の音が聞こえる。

 

「神の鍵…いやキシシュウヤだったな。今までご苦労だったな。これで最後だ。感謝してる。恨んでくれても構わん。もう目覚めることはないだろうがな…」

 

目を隠されて見えないがクロイツが言った。

少し申し訳なさそうにしている。

なんだ人間らしいことを思うこともあるんだな。

小さな疑問がうかぶ

 

「…一つ聞かしてくれ……」

「…なんだ?」

この世界に来なければ、こんな理由で呼ばれなければ俺は…

 

「…俺は……幸せになれたかと思うか?」

ひとつの素朴な疑問。

(シュウ…)

 

何だクロもいたのか…恥ずかしいところを見られたな

「…どうだろうな」

「…そうだよな」

 

だよなぁ

急にこんなこと聞かれても困るだろう。

幸せか…確かにそうだった時があった。

その時は知らなかったがなくなってから気づいた。

やすっぽい歌詞みたいだ。

ウケる…

 

「始めるぞ…」

 

胸の中に何かが飲み込まれる感覚不思議な感じだ。

痛くないんだな。

そして意識を手放した。

 

・・・・・・

 

目を開ける。

目に入ったのは地平線まで続く白い花畑。

空は青く澄み渡りまるで違う世界に来たようだ。

「ここは…」

俺は確か魔王の宝玉を埋め込まれて…

「久しぶり。しゅう」

「えっ…」

後ろから聞こえる懐かしい声。聞こえるはずの声。

腰まで伸ばした夜の闇の様な艶のある黒髪。

黒曜石のような黒い目。小さな花のような唇。

愛しい親友

 

「す…ずか…」

「ふふっなに?オバケでも見たような顔して」

可笑しそうに小さく笑う。

やっぱり綺麗だ。

 

「えっ…だってここは…」

「白髪だらけじゃない、変なの」

 

鈴香は髪を触る。

細い指、白い肌、女の子らしい細い爪

全てが俺の鼓動を早める。

 

「ストレス?まぁしょうがないよね。あの拷問をうけたんでしょ」

「う、うん」

「そんなに固くならないでよ。もしかして私に会いたくなかった?」

「そんなことはっ!」

「あははっ知ってるよ。しゅうはわたしのことがだいすきだもんね」

花が開くように笑う。

「うっうるさいな」

「ふふっ始めましょうか!」

「始めるって何を?」

「魔王の試練よ」

そう言って鈴香は手を振る

 

 

 

振り返るとそこはさっきまでの花畑ではなかった。

「ここは…」

夕暮れどきの高校の体育館裏。

人通りも少なく死角になっていて周りからよく見えない場所。

俺たちの高校では有名な告白スポットだった。

その場所を隠れるようにしながら様子を伺っている人影。俺だった。

「懐かしいところだね」

「あぁ…」

「たしかここで悠馬に告白したんだっけ?」

「…あぁ」

隠れている俺が眺めているのは鈴香が悠馬に告白する様子。

鈴香は顔を真っ赤にしながら俯いて手を悠馬に向けられていた。それを同じように真っ赤になった悠馬がそれを握ろうとするところ。

告白が成功した日だった。

「クッッ…」

隠れている俺は小さくそんな言葉を漏らす。

その時の俺の役目は告白成功と供に出て行ってクラッカーを鳴らすことだった。

鈴香に頼まれたら断れない。

惚れた弱みというやつだ。

握った拳は白く俯いた目には涙がたまっている。

「私も酷いことするとは思わない?しゅう」

そう言って鈴香は俺に話しかけた。

「……二人は幸せだろ?おれもそれが嬉しいんだから…だからこれでいい」

「また嘘をつくの?」

「…嘘じゃない」

「嘘つき」

「……」

「次はだんまり?」

俺は答えない。

「じゃあ次ね」

そういって鈴香の形をしたナニカは手を振る。

 

 

 

すると景色が一変する。

次は中学校の三階にあるトイレ。

使う人も人通りも少ないところだ。

 

「なんでお前が神崎と一緒にいるんだよっ!!」

「釣り合うとおもってんのか?!」

「ぐっ…いてぇ」

「だいたいあの二人と親友なんて変だと思ってたんだよ!どうせ寄生してんだろ?あの二人はお金持ちのいえだからな!」

「そんなんじゃない!友達だ!」

「嘘つくな!」

拳が頬に飛ぶ

「ぐぶっ!!」

目に当たってチカチカする。

その時はまだ身長が小さかった俺の体が床に倒れ水で少し濡れる。

「ちっいこうぜ」

「あぁ死ねよこいつ」

「クソチビが」

そう言って学ランを着た中学生がトイレから出ていく。

俺はトイレの床に倒れたまま泣いていた。

「ぐすっ…いたいよぉ…」

まだ一四歳の頃こう言った嫉妬のせいでいじめられていた時の光景。

「なんで…なんで俺だけ…」

床でうずくまりながら呟く。

「ほんとなんだよぉ…大切な友達だもん…信じてよぉ…ぐすっ…」

 

 

「これは?」

「……鈴香も悠馬もよく目立つ2人だったから…その…中学生らしい嫉妬だよ。二人に当たらないから僕に向かってたんだ…」

「そうだったわねそれを私たち二人は気づいてなかず全てあなたが泥をかぶってた。そうゆうことね?」

「………まぁ一応。しょうがないよ。適度にガス抜きでもしないと何するかわからないしね…そのガス抜きに僕は最適すぎた…」

二人の栄光の生贄に俺はふさわしかった。

「それでよかったの?」

「……いいんだよ」

俺は足元に転がる中学生の俺を見下す。

こぼれ落ちた涙が緑色のタイルに点を作る。

無様だ。ウケる。

「また嘘つくんだ…」

「……」

「あなたは残酷ね…自分に対してどこまでも」

「いいんだよ…簡単なこと俺が悪いんだ。勉強もスポーツでも努力すれば少しは追いつけたかもしれないけど。俺はそれをしなかった。俺の責任…俺の能力不足だ」

 

そう俺が悪いんだ。

簡単なこと…

 

「そんなこと…」

「まだ続くんだろ…鈴香」

「……」

黙って鈴香の形をしたナニカは黙って手を振った。

次のシーンに飛ぶ。

 

 

 

そこは父の家。

いや父の家族の家だ。

そこの屋根裏。

もともと物置だったらしいが俺がこの家に来てから部屋にしたらしい。

そうは言っても屋根裏の木はむき出しで断熱材も丸見え窓もない。

それが恥ずかしくてあの二人を家に呼んだことはない。

いつもなら片付けてあるが今は物が散乱していた。

 

「くそっ!」

ガチャンッ!!!

一人分の食器が壁に床に当たって砕ける

「くそくそくそくそくそくそくそぉぉぉ!!!!」

 

俺はそこらへんの家具や食器に止まらない憤りをぶつける。

目には涙が溢れて頬を濡らしていた。

その手は握り込んだ爪で血が流れ、足は割れた食器の破片で傷ついて床に血の足跡ができていた。

 

「……これは?」

「振られたんだよ…中三の時にね」

「……だれに?」

「忘れたの?……君にだよ」

「っ……!」

鈴香は怯えたように体を強張らせた。

辛い記憶を見せられているキシシュウヤは狂い始めた。

いや彼は最初から狂っていたのかもしれない。

確かにあった小さな幸せを壊さないため、大切な人を自分で傷つけないために必死に隠して続けていた。

しかし、この世界はそれをえぐり出す。

それが試練。

その目は暗く深い闇を宿し始めた。

拒絶された悲しみを…

「そうだよな。忘れてるよな。なんだか笑えるよね…君は冗談はやめてよって笑いながら言ったんだ…無様だ。無様すぎる」

「しゅう…」

「良いんだよ。別に。悪いのは俺さ。俺なんだ。おれなんだからぁぁ!!!」

そう叫んだ。

そう言って俺は宝石を触るように白い頬に手で包み黒曜石のような大きな目を覗き込む。

「綺麗な目だ。俺はその目が大好きなんだよ。俺は鈴香のことが…」

俺の膝は力を失ったように崩れ落ちる。

「好きなんだ…けど、けどさ!悠馬も好きなんだよ…ごめんなごめんな俺が悪いんだ。本当にごめん。鈴香怖がらないでくれぇ。お前らまで失ったら俺は…俺はぁぁ」

涙が流れる。涙が溢れて止まらない。

「ごめんね…まだ終わらないの試練はまだあるの…」

そう言って手を振る。

 

 

 

 

そして変わる景色。

そこはちいさな畳の部屋。

窓から見える空はオレンジ色に輝いている。

部屋は暗くよく見えない。

部屋は糞尿の臭いと血のにおい。

その部屋の真ん中に天井から縄でぶら下がる女の体。

岸秋也の母だ。

 

「…ここは?」

「俺の家だよ…」

 

俺は這いずりながら母だったものに近づく。

 

「ただいまかあちゃん、今日さ悠馬と鈴香と一緒に秘密基地を作ったんだよ。そしたらね…」

母親だったものを優しく撫でる。

「かあちゃん…なんか言ってよ…寂しいんだ答えてよ!かあちゃん!」

母の吐瀉物で汚れた服を掴み、

揺らす。揺らす。揺らす。

ギシギシと言って縄が泣く。

「ねぇねぇねぇねぇ!」

「しゅう…」

おぞましい光景だった。

 

ナニカは手を振り、白い花畑に戻った。

「…あれ?…かあちゃん?…どこ?どこ?…ひとりにしないで…ひとりにしないでよぉぉ!!!」

岸秋也は花畑の中にうずくまり子供のように泣き叫んだ。

「あぁああぁぁ…寂しいよかあちゃん…どこぉ…」

孤独。彼はどこまでも孤独だった。

父が子持ちの女の浮気をして離婚。

父はその一年後にその女と結婚していた。

生活が苦しくなりその上最愛な人も奪われた母は少しずつ壊れていった。

そして小学三年生だった彼に与えたの理由なき暴力。焼けたスプーンで肌を焼き、その足で蹴り上げ、水のはった浴槽に顔を押し込み、彼を傷つけ続けた。

幼い彼は、抗うことも出来ず理由を自分が悪いのだと思った。

そう思うことにした。

静かにうずくまりながら、優しい母が帰ってくることを信じて。

しかし彼が小学五年生ときそんな小さな願いも裏切られる。

母が自ら命を絶った。

夕方だった。

学校が終わり友達と遊び家のドアをくぐって母の死に様を見た。

彼は一人ぼっちになってしまった。

そんな彼を引き取ったのは母と自分を捨てた父だった。

罪悪感を感じたのだろう。

しかし馴染めるはずもなくご飯は一人で屋根裏で食べ他の家族と会うことは滅多になかった。

幸い元々の家と離れていなかったため幼馴染2人とは仲の良いまま引き取られた彼は屋根裏部屋で過ごしていた。

一つもあの地獄の改造の記憶が流れてこないことに鈴香の形をしたナニカは疑問を抱く。

 

「ほんとは壊れてたのか…ここにくるずっと前から」

 

鈴香の形をしたナニカはうずくまる岸秋也を見ながら思った。

 

「どうしたい…?」

どうしたいのだろう。耐えて守り続けた小さな親友二人との生活をうばわれ地獄あじあわされる日々を送ることになった彼は。

どうしたいのだろう。

うずくまっていた体を起こし呻き声をやめはっきりと

 

「許さない…」

 

そういった。

目は爛々と輝き歯を食いしばったまま小さく呟く。

足元に広がる白の花が血のような赤に変わる。

 

「俺は…俺を不幸にした世界を……許さない…許せない…」

 

赤の花は増える。

ヨレヨレと立ち上がり鈴香の形をした何かを睨みつけた。

「一人にした母を許さない。俺を捨てた父を許さない。嫉妬に狂った奴らを許さない。切り刻んだ奴らを許さない。そばにいてくれた二人を許さない」

 

髪が白く染まる。

白銀の星のような輝きを放つ美しい髪。

目もルビーのように赤く染まる。

人間らしさを失った結果、寒気がするほど美しさを宿す。

「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないっ!!!」

止まらない怨みの言葉。不幸を、理不尽を、孤独を、劣等感を、嫉妬を、彼は力に変える。

「俺は世界をゆるさない!!!」

 

血の花が広がっていく。

 

「ならばどうする!?」

「俺は世界を殺す!奪う!踏みにじり蹂躙する!」

彼は叫ぶ。世界に向って恨みを叫ぶ。

「そうか!ならば貴様にくれてやる!八王の一つ!冷たく硬く鋭い。鉄の王の席を!!!」

ナニカは消え始め鈴香の声ではない轟く様な声が響く。

 

「力を喰らえ!憎しみを燃やせ!涙を啜れ!ただ一つの骸の山の頂へ!貴様は!!」

血の花の中、一人で立つ血の花園の主は立った

「王だ!」

 

鉄の王は放たれる。

世界に復讐するために

 


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