鉄の王   作:サボ吉

4 / 7
四話 記憶と王と剣

 

優しい人になりなさい。

痛みをわかる人になりなさい。

助けてあげられる人になりなさい。

傷つけるより傷つけられる人になりなさい。

損をしたっていい

優しい人はそれだけで幸せなの

 

母は俺の頭を優しく撫でながらそう言った。

いつだっただろうか。

幸せな愛を感じる愛しい記憶。

その時僕は母の言葉がとても素敵なことだと思った

そして今、岸秋也の大切な一部になっていた。

 

痛みと絶叫の中で思いだす。

優しく甘い記憶

 

・・・・・・

 

 

 

「入れろ」

真っ暗な闇が満たす牢屋

窓一つなく岩が引き詰められている。

自身の糞尿の臭いが充満し清潔な純白の部屋と打って変わってこれ以上ないほど不衛生な場所だ。

俺は白仮面の信者達に引きずられるようにしてこの部屋に放り投げられる。

俺は全く抵抗しない

 

ガチャンっ

 

大きな鉄の扉が閉まる。

唯一の光は鉄の扉と壁の間から溢れる小さなものだけ

俺はそれに縋るように身体をひきずり向かいそこで力を抜いた。じくじくとした痛みと熱と全身が筋肉痛になったように動く度鈍い痛みが走る。

この世界に召喚されてどれくらいの時間が流れただろう少なくとも一週間や二週間ではない。

まずはじめに施された魂の拡張により今俺の体には人が本来、宿るはずのない量の魔力が宿っている。

クソジジイ曰く赤子同然の器を三日三晩広げ続けた結果だ。

そのほかにどぎつい原色の液体を体内に流し込まれたり鼻の曲がるような匂いのする液体の中につけ込まれたりした。

拷問のような人体改造は激痛とそれに伴う副作用が俺を襲った。頭痛、腹痛、吐き気、目眩、高熱、痙攣、壊死、失明。体が壊れるたび皮肉にも奇跡のような魔法により治療され改造は止まることはない。

そしてたび重なる改造の痛みと副作用よる睡眠不足で俺の精神は着実に犯されていった。

唯一の救いは体の熱を冷ます冷たい石の床だけ。

 

なぜこんなことになったのか…

なぜ俺なのか…

終わりはあるのか…

 

あの日から繰り返される答えのない疑問。

ただわかるのは明日もこれが続くと言う絶望だけ。

 

たすけてくれ…

 

涙は枯れ流れることはない

求めるのは苦痛の解放それだけだった。

それが死であれなんであれ今の俺には救済だった。

しかし、この地獄にも小さな救いもあった。

 

(またこっぴどくやられたねぇ)

 

頭の中に響く少女の声。

答えのない自問自答を繰り返す俺を現実に引き戻す。

 

(くろ?)

(そうだよシュウ。愛しのクロちゃんだよ)

 

あの魂の拡張によりクロは俺に話しかけることができるようになった。

それが嬉しかったのは言うまでもない。

 

(今日もこっぴどくやられねぇ)

 

クロがはぁとため息をつく。

 

(でも大丈夫、大丈夫だよシュウ、終わりは近い。君はもう少しで完成だよ)

 

もう少しで終わる。

久しぶりの明るいニュースだ。

微かな光が差した気がする。

 

(そうか…やっと…)

 

それを理解した途端力が抜ける。

 

(つまり俺は死ぬってことか?)

 

今の俺にとって死は救いでしかない。

たとえ牢獄で永遠を過ごすことになっても

 

(いいや。君が死ぬのはもっと先だ。けど地獄はあと少し、あと一つだけだよ)

 

全てを知っているかのように喋るクロ

そこに疑問が湧く。

 

(クロは何があるのかしってるのか…?)

 

聞いたところで何も変わらないが最後と聞いて力が湧く。

この悪夢の終わりそれも死ではないという。

とっくに諦めていたはずが生にしがみつく。

 

(あぁ。知っている。知っているとも)

 

クロは自分のことのように喜んでくれる。

それがなにより嬉しかった。

 

(この地獄は全て下準備でしかない。全ては最後シュウが魔王に至るためにあったんだよ)

 

魔王その言葉か耳に残る。

 

(魔王…?)

(そうだよ。君ならなれるさ。痛みと理不尽、絶望と悲しみ、小さな幸せすら奪ったこの世界に一緒に復讐しよう。大っ嫌いなくそったれでロクでもない世界に!!)

 

クロの言葉に力と憎しみが込められて行く。

そしてそれがふと消える。

 

(ふふっだから今はもうお休み。寝たら忘れられる)

 

そこでスーッと眠りに落ちる。

 

・・・・・・・

 

神聖アティア教国の聖都アズーロ

聖人アティアの子孫が起こしたと言われる国だ。

その歴史はすでに八百年を超えている。

人族の大半がこの宗教を信じ人族の国に大きな影響力をやっている。

ある国を教皇がもし「神の敵だ」、と言えば周辺国に一斉に攻め入られ後は滅びを待つのみとなる。

実際、滅ぼされた国は両手では足りない。

その神聖アティア教国の聖都アズーロは聖地としてではなく大陸最大の都市としてや文明や技術の発信地として名高い。

白を基調としたら街並みには人々の活気ある声が響き子供達は走り回る。下水路も上水路も整備され洗濯物をする主婦の下世話な井戸端会議も盛況だ。

華やかな美しい街だ。

しかしそれと同時に多くの犠牲があるのは忘れてはいけない。

その聖都アズーロの中央にそびえ立つ白亜の大聖堂

その中の一室でアティア教の最高の権力者たちが集まっていた。

 

「報告は以上になります」

 

そう言って円卓の席に座る一人の老人。

純白の法衣に身を包み豊かな髭を蓄えている。

その老人の名はクロイツ・リ・ウォーレン。

アティア教の枢機卿でありそれと同時にキシシュウヤに地獄を与えている人物の一人だ。

 

「ウォーレン枢機卿、報告ご苦労。神の鍵の製作は順調なようだな」

「はっ恐縮であります。アイリア陛下」

 

円卓の席の一つ、神の像の真下に息を呑むほどの美しい女が座っている。

アメジストのようなすっとした目。肩まで流れる白銀の御髪は星の様な輝きを見せその髪に包まれた顔は歴史上最高の芸術家が作り上げたよう。アティア教の最上位の法衣を身につけ跪きたくなるような美しさとカリスマを放っている。

教皇アイリア・アズーロ・リ・アティア。

人族最高の権力者にして人の範疇を逸脱した者。

もしこの場に魔力を感じる事が出来る物なら裸足で逃げ出したくなるような圧力を感じるだろう。

天才を超えた光魔法第五位階の使い手。

この世界でけっして怒らせてはならない人物の一人だ。

 

「あとは、魔王の宝玉の移植と勇者の召喚か…ふふっ神の園《アルカディア》は近い」

 

はっとするような艶のある笑みを浮かべている。

 

「はい。肉体の魔族に近づいており、それに加え魔王の宝玉を受け入れられる魂の器は完成されています。あとはガラハットの首輪による隷属のみであります」

 

クロイツは説明をする。

 

「そうか…宝玉を受け入れられるほどの器…それは私よりも大きいのか?」

 

悪戯めいた笑みとともに魔力による圧が増す。

気の弱い人物ならば気絶していたであろう。

しかしこの場にいる全ては世界最大の宗教、アティア教の枢機卿と一桁台の聖騎士達だけ。

それぞれアイリアには劣るが規格外の猛者どもだ。

クロイツは背中に冷や汗を流れるのを感じながら言葉を発する。

 

「おっ恐れながら申し上げます…宝玉を受けいれるには人どころか…かの竜王を越えるほどの器が必要になります。ですので…いささか足りませぬ」

「なっ!」

「竜王だとっ!」

「厄災級の魔物を超えると言うのか!」

 

そのクロイツの話した事実にその場が騒がしくなる。

厄災級とは神の罰や死の疫病と同じ扱いをされている。

人間が抗い退けるにはあまりに大きな災い。

聖騎士たちならば災害級の魔物を倒せないこともないがそれでも死を覚悟しなければならない。

ほぼ人類最強の聖騎士たちが倒せる災害級を超えるほどの災い。

それほどの魔力をもつ神の鍵に恐怖を抱いた。

 

「ほぉ…」

 

アイリアは目を細めてクロイツを見る。

 

「しかしご安心を、たとえ逃げ出したとしても神の鍵がその魔力を使う術はありません。勇者召喚のような正しい手法ではないバルハバルの祭壇による裏技のような召喚により魔法を扱うことは神との誓約により不可能です。それに魔力回路も幼稚なもの。例えて言うなら巨大な湖から手で水をすくうようなもの。せいぜい力が強い程度でしょう。さすれば、心配はご無用です。」

 

クロイツの安全を証明する説明した。

そうキシシュウヤには膨大な量の魔力があるがそれを使い魔法を行使することは不可能。

竜族の放つブレスのような生まれた時から使えるものならば話しは別だがキシシュウヤはただの人族。

それどころか魔法のない異世界出身だ。

脱走はほぼ不可能な上にその気になれば一瞬で無力化が可能だ。

 

「そうか…ならばいい」

 

アイリアはそう言ってため息を吐きながら椅子に背を預ける。

いくらアイリアでも、厄災級の魔力を持つ神の鍵の全力を退けられるとは思っていない。

それと同時、神の鍵が逃げ出し力をつけでもしたらもはや…手をつけられない。

確実に憎しみをアティア教にぶつけ滅ぼしてくるだろう。

我々だけではなく世界そのものにも及ぶかもしれない

この世界の者ではない神の鍵そのことに躊躇はないだろう。

かつての伝説の神敵、虚ろの巨人バルバトスのように…

それだけのことはしているのだ。

しかしその不安を取り除くだけの説得力があった。

そして安心を感じている。

 

(ふふっ私が人間らしい感情を持つとはな)

 

アイリアは内心笑う。

 

「しかし、ウォーレン卿。ガラハットの首輪で隷属できるものなのですかガラハット首輪も伝説級《レジェンダリー》のマジックアイテムですがクロデイルの血鎖には格が劣りますが…魂を縛っているとはいえ魔王の力が発動したりしないのですか?」

 

一人の若い聖騎士から疑問が浮かぶ。

 

「心配は無用だ。アルムス聖騎士」

 

そう言って若い聖騎士の疑問を問題ないと言い切る。

 

「一桁《ナンバーズ》の末席といえそのような弱気では困るぞ。確かにそうだか魔王の力は鍵と揃わんと発動せん。例え発動したとしても自分が倒すくらいの気概はないのか?」

 

そう言ってアルムス聖騎士を攻め立てる。

同じ国だが基本的に聖騎士たちと枢機卿たちは政治的に敵対していることが多い。

 

「くくっ確かにウォーレン卿の言う通りだな」

「最近の聖騎士はたるんできておらんかの?」

「神の騎士が聞いて呆れる」

「これだから平民はいかんのだ」

「卑しい血だ」

「それで神の敵と戦えるのか?」

「くっくっく、聖騎士団も落ちたものだなぁ」

 

クロイツに続くように声をあげ始めアルムスを攻め立てる。

今年で一八歳のアルムス。

黄金の稲穂のような金髪を後ろで結んだ若い男。おおきなサファイヤのような目とすっとした鼻筋、まだ幼さを感じさせる。

平民の出でありながらこの神聖アティア教国が始まって以来初めて17歳で一桁《ナンバーズ》の第九席に名を連ねた麒麟児ある。剣の才能とその成長は止まることを知らず巷では【剣の愛し子】と呼ばれている。

しかし、剣のみに生きて来たためかいささか純粋な性格をしている。

その為かこの様に枢機卿に付け込まれる事が多々ある。

アルムスは手を強く握りながら俯いた。

 

「もういい加減にしたらどうた…」

「……っ!」

 

男の低い声が聞こえた途端、騒いでいた男達は刃物を突きつけられたような錯覚に陥る。

アイリアの隣、聖騎士団側座っている男。短い金髪の偉丈夫。短い無精髭に頬には鋭い刀傷。存在そのものが刃物のような鋭さを持ち息苦しさを感じされるほどだ。

スターク・リ・ザーズ

神聖アティア教国の聖騎士団団長にして、人類最強の男。

鍛え上げられた肉体。

合理を追求し磨き上げた剣術。

魔法は使えなくとも独自の身体強化による圧倒的な力とスピード。

剣を振るう鬼。

これまでの戦いの人生に退いたことはない。

【不動】と呼ばれ恐れられ戦いの頂に立ち続ける男。

故に最強。故に伝説。

元は平民だか貴族になり武の頂点に立ったもの。

サクセスストーリーの英雄として国民から莫大な支持を得ている。

そんな男はアイリアに劣らない凄まじいカリスマを放ちながら座っている。

しかし枢機卿たちも百戦錬磨の猛者ばかり。

すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「….そう殺気を飛ばすものではないスターク団長それを向けるのは我々ではないはずだぞ」

「……」

 

しかしスタークの目は鋭さを増す。

何度も我が身に向けられるのは避けたい感覚。

アルムスを責めることは諦めたようだ。

日常茶飯事の事態にアイリアは呆れながら進める。

 

「いい加減にしろ…ばか者…鍵の製造も最終段階に至った。それに合わせて勇者召喚も進めねばならない。それぞれ準備を進めろ。神の園〈アルカディア》は近い…気を引き締めてかかれ。アティアの名の下に」

「「「「アティアの名の下に」」」

 

 

・・・・・

 

 

次々と大会議室を出ていく。

アルムスはその中の一つを追い掛けた。

 

「スターク団長っ!」

 

大きな背中だ。

剣の愛し子と呼ばれていても団長と未熟な自分の実力はかけ離れている。

合理を貫いた剣。山をも切り裂く鋭さを持つ。

僕は彼の剣に救われそして憧れた。追うべき背中。

 

「アルムスか….ここで走るな」

 

不機嫌そうな顔をしているがそんなわけではない。

 

「はっ!申し訳ありません!」

「…もう少し静かにしゃべろ」

「はっはい…すいません」

 

アルムスは純粋だからかこう変な迷惑をかけることがよくある。

 

「…で、なんだ」

「あ!はい!さっきはかばってくださり本当にありがとうございます。助かりました」

 

アルムスは目をキラキラさせながら話す。

それも無理はない。

憧れの人で命の恩人と助けてもらったばかりか話すことができたからだ。

もし彼に尻尾があれば千切れんばかりに振り回されていただろう。

 

「…そうか、今度から気をつけろ」

「はい!わかりました。」

「ふっ…剣の技も磨け…期待してるぞ」

 

珍しい笑顔を浮かべた後、白色のマントを翻し歩いて行った。

 

「はっはい!」

 

アルムスは喜んだことは言わなくてもわかる。

彼は幸せを噛みしめる

しかし、それは誰かの屍の上に立つ

 

この世は平等ではない


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。