むシノこ   作:しば

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必要

 久しぶりに入った紅班の任務。報告書の提出帰りに紅先生が一人用事があるからとどこかへ行ってしまったので、アスマ先生とのデートだと仮定して二人の仲がどれくらい発展そたぁについて主にキバが一人で議論をかわしつつ歩いていたところ、ふと視線を合わせた街角に、兄の姿を見つけた。

 それだけならよかった。

 問題は談笑をしている相手だ。髪形にひどく見覚えがあって蟲の様子を探る。嫌な予感が当たって思わず足を止めてしまった。

「どうしたの?」

「ん? あー、あれお前の兄貴じゃん」

「……いや、気にすることではない」

 

「トルネ、話があるんだ」

 家に帰ってきた兄を待ち構えるようにして居間に現れた兄に声をかける。何かあったのかと少し驚いた顔をしていたが、先ほど話していた相手だと告げれば「なるほど」と一言つぶやくと、朗らかに笑った。

 兄によると話はこうだ。

 談笑相手の名前はフー。暗部で一緒になってからよく仲良くしていた相手だ。知り合った時期を聞いてみれば、まあ根が解体された時期だ。最近は暗部で会わなくなったので、久しぶりに会って交友を深めていた。

 そう、根が再編されてから、会わなくなった。

 トルネとて別に無知ではない。

 相手が根の構成員だというのはおおよそ把握していた。ただ、それでも普通に一友人として交友を深めていたという。

 それを聞いて少しほっとした。

 兄を軽く見るわけではないが、油女一族は大体こんな暗い性格で友人を作りづらい。そしてトルネも例に漏れずそうである。

 そんな兄が根の者と話していたら、何か勧誘をかけられているのかと疑ってしまっても仕方がないだろう。

 しかも相手はあの山中フーだ。なかなかの実力を持っていて、根が再編されてからはダンゾウ様がときたま側に置いてることもあって俺もよく見かける。

 兄がもし根に勧誘されそうになっていたら、と考えるとひどく心がざわざわした。

 根は必要だ。根がなくては木の葉は成り立たない。根がいれば木の葉崩しも怒らなかったはずだ。根は、根は。

 でも、でも、それでも決して自分の身内が根に入る可能性があるという状況を見過ごすわけにはいかない。決して根は悪の犯罪組織などではない。でも、大切な人には入ってほしくない。

 俺が、せっかく俺が、家を捨てて、父を捨てて、兄を捨てて、一族のために根に入ったのだ。

 これでトルネが根にいる友人と仲良くなったから根に入る、なんてことになったらと思うと気が気じゃなかった。

 俺が捧げてきたものが、無に帰してしまう。俺が捧げてきたものが、必要なことではなかった、なんてことになったら、どうしようか。

 

 溢れ出させてはいけないものが体から溢れ出しそうで、家にもいたくなくて、でも人々が楽しそうに過ごしている場所も嫌で、結局はいつも訪れる森の中にやってきた。

 三日月が空に浮かび、コオロギたちによって静かに音楽が流れている。

 誰にも言わずに出てきたが、普段からダンゾウ様の呼び出しがあればどこかに行く身だ。誰も気にする人はいない。

 穏やかな場所だ。

 せっかく来たのだしと夜の昆虫採集を始める。

 どうせ夜にこの森の中に来る人はいないし、来たとしても油女一族ぐらいだ。暗いしとゴーグルを外す。

 そのまま一人の時間を楽しんでいると、近くにハッハッという声がしたかと思えば大きな毛玉に跳び付かれた。

 赤丸だ。

 アカデミー卒業時より二回りぐらい大きくなってくるとさすがにいきなり跳び付かれたら立っていられない。

 無言で腐葉土の上に倒れることとなった。

「どうしたんだ、赤丸」

 ……ちょっとわかりにくいが、まあキバの元から離れるぐらいだ。緊急だと思えないから喧嘩したというところか。

 わっはっは。喧嘩してくるのが、俺のところか。まあ結構仲良くなったとは思ってるが。

 にしても赤丸が白い、と思ったらゴーグルを外していたのだった。ゴーグルをかけなおして抱っこする大きさではない赤丸を抱き上げて頬ずりをした。かわいい奴め。おかげでなんだか気分が落ち着いてしまった。

「今日は俺の家に泊まるか」

「アン!」

 よし、ヒナタも呼んで、キバ抜きで紅班のお泊り会でもするか。


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