むシノこ 作:しば
とりあえず自給自足や……。
木陰の中で涼みながらセミの鳴き声を聞く。たまに吹くそよ風とともにミンミンミンとうるさくて、まああたりまえだけど耳に頼るのは意味をなさなさそう。
「わかりそうか?」
尋ねる。
そのそばには誰もいない。が、蟲たちはいつも近くにいる。
「よし」
静かに目の前を飛ぶ蟲についていくようにして森を進む。どこにも目印はないけれど、迷うことはない。
蟲はとある木の前で止まって、ここだと示すように八の字を書いた。
「ここ……?」
上を見上げる。木登りは得意じゃないけれど、まあ登れないことはない。だが上を見上げても人がいるようには見えなかった。
まあそれでもいいかと目の前の幹に手をかける。と、もぞっと幹が動いた。
声を出さずに一歩後ずさる。
「見つかっちまったな」
木から現れるようにして出てきたのはトルネだった。みつけた!
「か、かくれるじゅつ!」
「そうだ、隠れ身の術、だ。今日も俺の勝ちかと思ったけど、お前も蟲使うのうまくなったな」
頭を手袋をしたトルネが撫でる。へへへ。
森の中でかくれんぼをはじめたときは、難しくて難しくて、しかもたまに迷うし、全然トルネが見つけられなくて困った。けれど、最近は蟲を使えば道を覚えておいてくれるし、さらにはトルネの場所もわかるようになって、だんだんトルネのことも見つけられるようになった。でも、トルネも術を使うのはずるいと思う。
「そろそろ帰るか」
「うん」
こうやって褒められるとうれしい。もっと上手に蟲が使えるようになったら、もっとほめてもらえるんだろうな。
だから、頑張った。うまく人と付き合うことはできないけれど、いろんな術とか、特に蟲の使い方とか、頑張って、もっと褒められたくて、頑張った。
だからだ。
「お前の子を根に入れたい」
トルネはおつかいにでかけていた。家の中には父と自分しかおらず、玄関で対応していた父の蟲のいやな気配がきになって、玄関の手前の角からこっそりと除くようにして外をうかがう。
そこにいたのは知らないおじさんで、まあ今はダンゾウだとわかるのだが、とても怖そうな人が立っているな、と思ったものだ。
当時はその言葉の意味はわからなかった。アカデミーに入ったばかりの自分は、別に特段聡明な子供ではなかった。実際聡明ではなかった。蟲がいなければ平均以下だ。
けれど蟲がいた。
トルネと遊び、見様見真似でどんどんと上達していった蟲の使い方は、どうやらダンゾウのお眼鏡に適っていたらしかった。
ねにいれたい、という言葉が何を意味するかはわからなかったが、父の様子からして良いことではないのはわかった。しかし父は強気で断ることもできないようだったし、どうしようか、と思っていたところでダンゾウと目が合った。
「お前がシノか」
「はい……」
よくわからなかったが、のぞき見を怒られたような気持になってゆっくりと体を玄関に向けた。
一度振り向いた父の目は、いつも通り暗くて何もわからなかった。そんな父の体を盾にして顔だけをダンゾウの前に出す。
「お前を根に入れたい」
ダンゾウの顔が怖くてサングラスの下で下を向く。父の様子から考えてもやはり承諾しかねる提案だった。
しかしなんといってもダンゾウである。今までのやり取りを自分が見ていたことを認識したうえでの発言だった。幼子の良心に付け込むなど容易いことだったのだろうし、きっとその後の行動もダンゾウの思い通りだったのだろう。
大好きな父が困っているのを子は放っておけない。
「父さん、困ってる?」
「いや、」
「うむ、お前が根に入らなければ父だけでなく一族が困るだろう」
事実その通りだったので、父は何も言うことができなかった。そして、父が何も言わないのでその通りだと判断した子は、言ってしまうのだ。
「……はい、入ります」
父が困るだけでなく、トルネも困ってしまうらしい。
だからこうして、油女シノは、根に入ることとなる。
油女シノ、7歳のことであった。
不憫なシノをどうにかしたくて書いた。満足。書きたいシーンだけ書いていくつもりです。