伝承・無限軌道   作:さがっさ

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遅くなって申し訳ありません!
色々と忙しかったのですが何とか、一ヶ月以内には出来上がりました。
それではご覧ください。


第二話 決闘、誇り高き青龍 その四

 午後七時過ぎ……ほとんどの学生が学生寮の自室で各々の時間を過ごしている頃。

 ISの訓練に用いられるアリーナには未だに人影が残っていた。アリーナの使用時間を過ぎているのも関わらず、熱心にISの調整をしているのだろう、コンソールパネルを見ながら専用機と思わしき、鮮やかな青色を基本の色としていて廃部には特徴的なフィンアーマーを四枚兼ね備えたどこか王国騎士のような気高さを思わせる機体をいじくっている少女の姿があった。見事な金色の髪はわずかにロールがかっていて、それがたとえ作業中であったとしても彼女の高貴な印象を崩すことは無かった。

 

「異常は見つかりませんわね……確かにラグがあったはずなのですが……都合5回も調べて何もないとなれば私の気のせい……というほかありませんわね」

 

 そう呟いて、コンソールを閉じ改めて自身の機体を外側から見回す。意味のない行為であることは重々承知しているのだが、それでも気になってしまうのはどうしようも無かった。

 一通り自身のISを見終えてため息をついた少女、セシリア・オルコットは改めて自身のISの不調について考えていた。

 

 

 それは授業終了後にまでさかのぼる、セシリアはアリーナに来ていた。クラス代表を賭けて行われる織斑一夏との試合。相手はその経緯からして恐らく素人であると、セシリアも当初思っていたのだが決闘と相成った際のあの気迫に押されてしまったという事実は変わらない。あの気迫に押され、引っ込んだとあれば代表候補生という肩書に泥を塗ってしまうだろう。

 

(まして、貴族であるオルコット家にふさわしくありませんわ。決闘から逃げるわけにはいきませんもの)

 

 誇りある貴族の家柄としても、ここで負けるわけにはいかない。何でも織斑一夏はあの世界最強と名高い織斑千冬の弟であると聞く。そうであるならば、あのすさまじい気迫は姉譲りなのだと言えばセシリアも得心がいった。ならば、全くの素人であると断言してしまうのは早計である。こちらも相応の姿勢で臨まなければ負けてしまうかもしれない。

 そういうわけで、早速アリーナで決闘の日に最善を尽くすことが出来るように調整を行おうとしていたのだが

 

「あれが、織斑一夏の操縦……これと言って特別な物はなく、まさに素人といったものですわね」

 

 アリーナで自分の予約した使用時間までピットでISの調整を行いながら待機している時、ふとピットのもにたーで現在のアリーナの様子を見てみると、なんとそこで件の織斑一夏が訓練用のISを操縦していた。

 どうやら、彼は決闘に向けて特訓を行っていると見え、セシリアが当初想定していたような全くの素人染みた動きで特訓相手の攻撃を何とか避けていた。その動きは徐々に良くなってきており。全く才能がないわけでは無さそうではあるのだが、それでも素人を逸脱するほどでは無かった。

 一方の織斑一夏の特訓相手の方を見てみると使用しているISはどう見ても訓練用の物では無く、かつその操縦技術は自身と伍するものであることから、織斑一夏は自分と同じ代表候補生を特訓相手としていたことが直ぐに分かった。

 

(知り合いに偶然いらしたのか、それとも頼み込んだのか分かりませんが特訓相手には恵まれた様子。とはいえ、一週間程度の特訓で私に勝てると思われるのは癪ですわね)

 

 これでは身構えていた自分が馬鹿みたいではないかと思うものの、代表候補生の指導があるのならば当日までに自分と戦える程度にはなっているかもしれない。いずれにしろ、こちらが不必要に緊張してしまったことが腹立たしかった。どうして私はあの場で決闘を申し込んだのだろうかと思うほど、アリーナで特訓している織斑一夏には先日の気迫のようなものは見えなかった。

 

 そうして、織斑一夏達のアリーナ使用時間が終わり、セシリアの番となった。先ほどの織斑一夏の特訓の様子を見てしまい。モチベーションが上がらないでいたセシリアであったが気を取り直して自身のIS、《ブルー・ティアーズ》を展開した。

 

(切り替えていきましょう。これも操縦技術の向上だと思えばいつも通りですもの。むしろIS学園に来てISの演習を行わない理由なんてありませんもの、搭乗時間が増えるほど私と《ブルー・ティアーズ》が強くなるのですから何も問題ありませんわ)

 

 せっかくの機会なので、一から動作チェックを行うことにしたセシリア。ISを展開した状態から、一度再起動し、一つ一つ確認しながら起動を行っていく。

 

――――皮膜装甲(スキンバリアー)展開、……完了。

――――推進器(スラスター)正常作動、……確認。

――――特殊固有兵装《ブルー・ティアーズ》、……展開。

――――六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》……展開。

――――ハイパーセンサー最適化、……終了。

 

 セシリアが《ブルー・ティアーズ》の各機能のチェックを逐一行いながら起動を完了させたと思ったときだった。

 

――――ISコアネットワーク、ユーザー認証開始……暫定Aランクユーザー登録……完了。

 

――――意識が引っ張られる感覚、同時に脳内を何かに直接見られているようにも思える。

――――その視線はなぜだか不気味な程無感情に感じ取られた。少なくとも自分が知っているような視線ではない。

――――気味が悪い、気味が悪い、気味が悪い―――

 

―――――ISコアネットワーク内部の≪幽体領域(ゆうたいりょういき)≫に接続………ユーザーと対応する《幽体(ゆうたい)》を検索………ユーザーの≪青龍の称号≫を確認。

 

――――脳内を隅から隅まで探られている。自分の知らない自分のことまで丸ごと調べられている。

――――そのおぞましい視線が突然、自分でもどこにあるか分からない自分の中のあるところで止まった。

――――視線がまじまじとそれを見ていた。それは自分にも見えた。それは青くうごめく何かであった。

 

――――≪幽体領域≫より該当する《幽体》を上級領域から検索………完了。

――――対象≪青龍≫との適合率、98.999%。≪幽体憑依(ゆうたいひょうい)≫の適合………問題なし。

――――《青龍》、――接続開始(アクセス・スタート)――

 

――――青くうごめく何かに形が現れ始めた。それは、細長くまるで蛇のようだった。

――――そして、その蛇のような目が見開いた。そこには凄まじい気迫が込められていた。その気迫はどこかで覚えがあった。

――――織斑一夏に感じた気迫と似ていた――――

 

「やめて、やめて、違う違う違う、違う!!」

 

 声を挙げる。何もない空間、空気があるかも分からない空間でそれでも喉を張り上げる。必死に懸命に、否定し、拒絶する。

 

「私はおびえてなんていない!!私は、わたくしはあんな男なんかに負けてなんかいませんわ!!それを、それを如何にも負けていると圧されているなんて認めるわけにはいきませんわ!!」

 

 拒絶する、拒絶する、拒絶する。

 受け入れてしまえば、それは織斑一夏に負けを認めてしまうかもしれない。そんな思いを一度でも抱いてしまったのなら受け入れるわけにはいかない。

 まだ勝負は始まったばかり、それで逃げるような真似は、自分の、私の、わたくしの誇りに賭けて許すわけにはいかない。

 

―――――接続失敗(エラー)接続失敗(エラー)再試行(リスタート)……失敗(エラー)

―――――ユーザー側からの心的拒絶反応(マインド・リジェクション)依然として強大。

―――――ユーザー側からの拒絶反応により、ISコアネットワーク内の保護プロテクト機能作動。

―――――ISコアネットワークの接続を切断します。

 

 

 突然、目の前に光が差した。まるで今まで寝ていたように意識が目覚めた気分であった。

 めまいがする。セシリアは頭を軽く振りながら何とか自分の状況を確認する。

 

「くぅぅ、《ブルー・ティアーズ》の、パラメータ確、認。一体なにが起きましたの……?」

 

 覚えてるのは、《ブルー・ティアーズ》を展開し、一から起動確認したところまで。そこから先の記憶はほとんどというか全く覚えておらず、意識が断絶していた。

 

「ともかく、何が起きたか確認しなければ、いけません。起動確認時のログは残ってますわ、それを確認しましょう」

 

 《ブルー・ティアーズ》を起動確認時のログを開き、目を追って確認する。

 しかし、ログにはなんら異常が見られず、通常通りの起動確認が記録されていた。

 

「気のせい、だったのでしょうか。もしかしたら疲れていて意識を落としてしまったのかしら……でもログにもわたくしの意識レベルの低下は見られませんし……」

 

 ISはパワードスーツであり、搭乗者のイメージによる操縦が少なくない部分を占めているそのため搭乗者の意識レベルをISは常にモニターしているため、およそ間違いがない。

 もしも、正常にモニターが出来ていないというならそれは重大な欠陥であり、即座に修理しなければならないのだが……

 

(ISの搭乗者の意識のモニタリング機能はISのコアによるもの。それが不具合ともなれば直せる人物などISコアを作成した本人、篠ノ之束博士のみ)

 

 しかし、肝心の篠ノ之束は現在行方不明。ISの発表以降まともに世間に姿を現しておらず。目下世界がその思惑の善悪に問わず、行方を捜している。それにも関わらず何も音沙汰がないとあればもはや生死不明扱いでもよさそうなのであるのだが、毎年世界のどこかで彼女が関与した疑いのある事件が起きており少なくとも世界のどこかにいるという状況である。

 そんな篠ノ之博士にしか直せぬISコア、かつ本人がそれ以上製造していないために世界でも数に限りがある。万が一破損しようものなら、直せないのと同義であるのだ。

 

(これは、非常にまずいですわ……もしISコアに重大な不具合が見つかったとすれば、代表候補生をやめさせられた上、専用機没収で済めばいい方。下手を打てばさらに重い罪に問われかねません。かといって、本当にISコアに不具合が生じていたのならば個人でどうにか出来る範囲を超えていますわ)

 

 次第に焦り始めるセシリア、もう一度起動確認のログを開き、隅々まで異常がないのか探し始める。

 それでも、《ブルー・ティアーズ》は正常に起動し、現在も問題なく稼働していた。

 

(もしかしたならば、わたくしの気のせいであったのでは……?本当に疲れていて、ログに表示されない程度の不調であったとか……まだ、断言はできませんがこれはもう少し様子を見た方がいいのでは……?)

 

 こうなれば、実際に動かした際の不具合も調べた方がいいかもしれない。セシリアは早速、《ブルー・ティアーズ》に搭乗し、ピットからアリーナに飛び出る。

 

「システムチェック開始……推進器異常無し……ハイパーセンサー感度良好……スターライトmkⅢとのリンク問題なし……照準確認……これも問題ありませんわね」

 

 アリーナの中を旋回しつつ《ブルー・ティアーズ》を起動時のデータと照らし合わせながら一から調べるが今のところ以上は見受けられなかった。

 

 それからも何度も全装備を展開しながら《ブルー・ティアーズ》を調べ、一度ISの待機状態まで戻しながら再び起動してまたアリーナで装備を展開、再調査を続けるものの異常は見つからず、依然と何ら変わらない操縦が行えていた。

 

 そうして、今に至る。再びISを纏わずに外側からの検査にも《ブルー・ティアーズ》は何も問題が無いと判定が出ていた。これだけ調べ上げて何も異常が無かったのであれば、もはや一代表候補生といえど出来ることは無く。これ以上に高い精度でISの以上を見つけるとなれば一度イギリスに帰らなければならないだろう。

 

「いえ、それはできませんわ。決闘を控えているにも関わらず国元に帰ったとあれば恥知らずも同然、何よりも私のプライドがゆるしませんわ」

 

 実際、異常が見られたのは最初に搭乗した時のみ、それ以降は自身でできる限りの手段で調べても何一つとしておかしなところは見受けられなかった。それならば、今までの心配も杞憂であったのだろう。

 

「時間は……七時過ぎ……さすがに今日はここまでといった所でしょうか。杞憂ではあったとはいえ少し気を張って疲れましたし、自室でシャワーを浴びた方がよろしいですわね」

 

 セシリアは≪ブルー・ティアーズ≫を待機状態の青いイヤリングに戻し、ピットの中の戸締りを確認して外に出た。アリーナを出るところで明かりがついているピットを見かけ、未だにピットに残っているとは自分以外にも随分熱心にISに向き合っている人もいるのだと感心する。

 なにせ自身のクラス、一年一組と言えば代表候補生である自分を推薦しないのならまだしも、世界初の男性操縦者というもの珍しさだけで、クラス代表を決めた位である。話題性があるのは自分としても理解できるものではあるのだが、それでもクラス代表をそれだけの理由で選ぶのはどうかと思ってしまった。今度からはもう少し真剣に考えてもらいたい物である。これでは、わざわざ極東の日本まで来た甲斐がない。

 

(とはいえ、このIS学園にはわたくしと同じ代表候補生がいたはず。他国との演習はこれまでもありましたが、日頃から切磋琢磨していけるならばよい経験となるはずですわ)

 

 そうして、セシリアは自室に着いたところでドアノブに触れた瞬間、彼女の頭に痛みが走った。

 頭痛とともにセシリアの脳裏にどこかで見たような青い光が浮かんだ。その青い光は頭痛がひどくなるにつれその輪郭がはっきりと見えてきた。セシリアが激しく痛む頭を抑えながら、脳裏に直接流れ込んできたそのイメージを見ると、それは蛇のような爬虫類の目をしており、その瞳は先ほどから脳裏に浮かんでいる青い光と同じくこちらを見据えるように光っていた。

 そしてその蛇のような、否。蛇というにはあまりにも恐ろしいその青い目とセシリアの碧眼が合ったところでその目が閃光の様に弾けた。

 次の瞬間には、すでにセシリアの脳裏には先ほどまでの恐ろしいイメージは何を見たのかすら忘れるほどまるで夢を見ていたかの様に消え失せており。それと共に突然の頭痛も先ほどの激しい痛みは何だったのか、すでに治まっていた。まるで今何も起きてはいなかったかの様にセシリアの右手は自室のドアノブを掴んでいたままであった。

 

「気のせい……だったのでしょうか。頭痛がして立ちくらむなんて、先ほどまでの《ブルー・ティアーズ》の検査に少しばかり疲れているのかもしれませんわね。今日のところはもう休んでしまいましょう」

 

 セシリアはそう言って、今度は確実にドアノブを掴んでそのまま自室へと消えて行った。

 

 

 

 

 一夏が鈴との特訓を初めて、六日後。セシリアとの決闘の日が来た。

 毎日、授業後にアリーナで鈴の実戦を交えた特訓のおかげでどうにかISを動かす事にも慣れ、何とか鈴の激しい攻撃にも耐えることが出来るようになり、少なくともISに全く乗ったことのないど素人よりは上等な操縦技術を身に着けた。知識の方も、今回の決闘に使えそうなものを箒にも手伝ってもらいながら、出来るだけ頭に詰め込んできた。全て気休めになるかもしれないが出来ることは可能な限りやり尽くした。後は本番を待つだけであるのだが……

 

「あの……箒、鈴」

「なんだ、一夏。お前は今日まで短い時間ながらも出来る限りのことをしてきただろう。自信を持て」

「そうよ、あたしがちゃんと面倒見てあげたんだから、まあ試合開始で一方的にやられて終わるなんてことは無いでしょ。これ以上くよくよしても仕方ないじゃない」

「いやそういうことじゃなくてだな。俺の専用機まだ来てないみたいなんだけど……」

「「…………」」

「どうしよう、最悪訓練機の《打鉄(うちがね)》を使えばいいけど……その場合どのくらい勝率落ちるんだっけ?」

「だ、大丈夫よ!元から専用機で戦うにしてもそこまで勝率高くないんだから専用機でも《打鉄》でも変わりはしないわ!むしろ、下手に調整もしてない専用機よりも使い慣れてる《打鉄》の方がいけるわ!たぶん」

「たぶんって、そこは大丈夫って言ってくれよ代表候補生。お前にあやふやに言われるのが一番不安なんだよ!」

「しょうがないでしょ!あたしはISの訓練初めて間もないうちに選ばれた天才よ。慣れるとか慣れないとか言う前にはもう《甲龍(シェンロン)》に乗ってたし。おかげで教えるの苦労したんだから!」

「苦労って、あんな感覚だとかセンスよとかしか言われなかったぞ!俺が理屈こねるタイプじゃないにしてもあれはひどいと思う。いくら何でも天才肌がすぎるだろ!」

「一夏と分かれて一年と少しで代表候補生となっているのだから才能はあるのだろうと思ってはいたが……まさかここまでとは……。しかし、天才は自分の才能が実力の大半を示すタイプだと周りに自分のやり方でしか教えられないからな……姉さんに算数を教えてもらおうとした時、当時の私には何を言っているのかまるで分からなかった。今思い返しても分からないが……」

「なによ、箒だってふわっとかビューンとかみたいな擬音で終始表現してたじゃない。あれも似たようなもんじゃないの?」

「少なくとも、感覚は一夏には伝えていたし問題はないと思ったのだが……やはり問題だっただろうか?」

「ああ、少なくとも俺にはあまり伝わんなかった。やっぱ無理を承知で山田先生に聞いた方が良かったんじゃ……?」

「う、………そ、それは置いといて。どうするのよ?もし専用機来なかったら《打鉄》ででるの?一応一回だけ《ラファール・リヴァイブ》も使ったでしょ?」

「そうだな……」

 

 《ラファール・リヴァイブ》、《打鉄》と同様にIS学園で使われている訓練機の機種で、こちらは幅広い汎用性が売り手で主に遠距離に適した武装を数多く搭載できることが特徴的な第二世代型ISだ。その性能は第二世代型の中でも屈指のものであるのだが。どうにも一夏は遠距離での戦いを苦手としており、射撃すらここ一週間でまともに当てることはできなかった。

 

「いや、《打鉄》でいく。どうも銃の類は全く才能が無かったみたいだからな。あてずっぽうに撃つしかできないんだったら近接に特化した方がいいしな。《ラファール・リヴァイブ》にも近接ブレードはあったけど、《打鉄》に装備されてたやつの方が使いやすかったしな。だから《打鉄》のほうで行く。もし来なかったらだけど……」

「そのほうがいいわ。撃って当てられないなら、牽制にでも使えばいいけど代表候補生相手に素人の牽制攻撃なんて通用するとは思えないわ。それなら決めた作戦通りに近づいて斬る事だけがあんたが勝てるただ少ない望みよ。専用機が来れば機体スペック上は互角になると思う。もし、それが第三世代型であったら専用装備があるかもしれないけど。いくら世界初の男性操縦者に渡されるISだからといってアンタは国の代表どころかその候補にも引っ掛かってないんだもの」

「鈴の言う通りだ。今の一夏に渡したところで最新の第三世代型を渡されて試合を行うにしても持て余すだけだろうからな」

「その通りだけど、何気にひどいよな、二人とも……というか何気に仲良くなってないか?」

「そう?」

「そうか?」

 

箒と鈴は共に首を傾げているが互いの呼び方はすでに一週間前より気安いものとなっていた。ここ一週間程、行動を共にしていたのだが、一夏は特訓に手中していたためか二人の仲の進展に今まで気づかず、いつの間にか二人は仲良くなっていた。

 

「そうだって。まあ、自分の幼馴染同士で仲がいいのは俺としてもうれしい限りだしな。鈴はあまり心配して無かったけど、箒がその辺不愛想な感じで近寄りづらかったりするかなと思ってたけど杞憂だったみたいで良かった良かった」

「待て、一夏。私の友人関係は今問題にするものではないだろう。それよりもお前の専用機が結局到着するかどうかのほうが重要ではないのか!?」

「それもそうね」

「それもそうだな」

 

 慌てて、一夏の言葉を遮るように話題を変えようとする箒に一夏と鈴はまだいじろうとしていたが、箒の必死な主張はもっともな事だったので、仕方なさそうに会話を戻した。

 

「とは言え、後試合まで二十分は過ぎそうだ。これはもう専用機は来ないって考えた方がいいんじゃないか…………」

「織斑君!織斑君!」

 

 そうして、時間を見て、さすがに間に合わないだろうと、一夏が《打鉄》を準備しようかとしたところで、一夏を呼ぶ声が聞こえた。

 声がする方向に振り向くと、副担任の山田先生がここまでスーツ走ってきているのが見えた。

 

「ゼェ、お、織斑君。ゼェ、せ、専用機の、ハァ、じゅ、準備が…ゼヒュ」

「落ち着いて下さい、山田先生。ほら深呼吸ですよ、深呼吸。何でしたっけ、ほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「え、ああそうですね。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「それはラマーズ呼吸法だ。ばかもの」

 

 一夏がとりあえず、山田先生を落ち着かせようとした所。どうやら山田先生はとっさのことで一夏の冗談を真に受けてしまったため。言われるがままに、ラマーズ法で呼吸をし始め、天然でないのかこの人と一夏が思ってところに頭上から当初想定していたツッコミ衝撃が降ってきた。

 ここで間髪一夏の頭をはたき、ツッコミを入れられる人物など数える程しかおらず。振り返ると当然のように、そのうちの一人である千冬がそれで頭を叩いたのだろう、出席簿を手に腕を組みながら立っていた。

 

「全く。目上の、ましてや先生に向かって冗談とはな。ずいぶんと余裕ではないか。ええ、織斑?」

「いや、千冬ね、あ、いや、織斑先生。これでも緊張してるんですって、でもこれ以上じたばたしてても仕方無いし。そろそろ覚悟を決めようかってところでしたんで」

「甘いな、それは常に決めておくものだ。試合前となってわざわざ決めるものではない。さて、織斑。本当にギリギリとなってしまったが、専用機が到着し、準備ができた。後はお前が乗り、少し調整するだけだ。生憎と試合まで時間がないため一次移行も満足に出来んがな」

 

 それでもやるのか、と言いたげに千冬は一夏に対して説明した。口調は厳しいものであったが、やはりどこか一夏に対しての心配が目にかすかに現れていた。

 

「いいよ。大丈夫さ、《打鉄》で戦うよりかはましだと思うし、勝つには少なくともそれ位は欲しいよな」

「そうだな……お前がここ一週間で訓練機の《打鉄》で多少は訓練をしていたのは知っているが……私に言わせればその程度では機体の慣れ具合など話にならん。であるならば専用機を使った方がいいだろう。それで勝てるかどうかというのは別の話になるが」

「分かってる。それでも勝つさ、勝ってやる」

「……ならばいい、時間がないからさっさとピットに入れ。こっちだ」

 

 そうして、千冬の後ろについて行きアリーナの第3ピットまで着き、扉を開けた。

 ――――そこにあったのは白い鎧であった。

 いや、外見からくる印象としては西洋の鎧をイメージするような形状の純白の装甲にところどころ青い意匠が施されているものであるのだが、一夏の目にはなぜだか白い甲冑の様に見えて仕方がなかった。

 そして、今の今まで一夏は無意識の内に考えないようにしていたが、いつからかこの白い甲冑に呼ばれ続けていたことを思い出した。

 いつもどこからか自分を読んでいる声が聞こえてくるような錯覚が頭痛と共に起きていたが、まさにその原因が目の前に存在していた。

 

 ――――今に目覚め、契約を履行せよ、我が契約者

 

 そして、今でもその声は確かに自分を呼んでいた。

 しかし、今度は頭痛も全く起きず、むしろこの白い甲冑となぜいままで共にいなかったのかとすら思うように今まで離れていたのが不自然なほど一夏はその呼び声と共にその存在を受け入れていた。

 自分はあの甲冑と共に在らねばならない。

 その根拠のない確信を抱きながら、無意識の内に足が白い甲冑の方へとふらふらと引き寄せられるように向かったところで、一夏の両腕が引き戻すように掴まれた。

 

「一夏!一夏!」

「返事をしろ!大丈夫なのか!?」

「えっ、あれ?箒?鈴?」

 

 一夏が振り返るとそこには自分の幼馴染達が、まるで自分がどこかへ去るのを引き止めるかの様に必死に腕をつかんでいた。

 二人の顔色は蒼白になっていて、一夏の腕をつかんでいる手の力をますます強めて、必死に一夏を引き止めていた。

 そして、気づくと千冬が一夏の眼前に白い甲冑への視線を遮るようにして立っていた。

 その顔はどこか不安げなものを微かに目に浮かべたが、この場でそれに気づけるものはいなかった。

 

「織斑、成り行きとはいえお前は世界初にして唯一の男性のIS操縦者となってしまった。であるならば、遅かれ早かれ専用機を持つことは時間の問題だった。お前に非が無いとは言い切るわけにはいかんが、この状況はお前が望んだものではないはずだ」

 

 千冬はどこか自戒するように一夏に向けて語っている。自分にも責任の一端があると言外に主張していた。

 一夏はそんなどこか自分の非を認めるような姉はあまり見たことが無く。腹が立ってきたと同時に、これは自分が起こしてしまった事が原因であることからくる悔しさも感じていた。

 

「一夏、もう一度だけ確認する。お前はこれから専用機に乗る。先ほど話したように今ここで乗らなくともそう遠くない内に専用機に乗ることは確実だ。そして、元日本代表の経験から言っても、IS操縦者になるというのは決して良い事とがあるばかりではない。ともすればつらい目に合うこともあるだろう。その上で一夏、お前は本当にこれに乗るのか?」

 

 一夏には千冬は今ここで自分が乗れないと言いだしたとしても、叱咤だけですませ載せることは無いだろうというのが、彼女の目から読み取れた。

 もっと言えば、自分にはISに乗って欲しいとは思っていないようだった。

 一夏はさらに腹が立った。

 心配されていることは伝わっている。たとえ競技用として扱われていたとしても、ISは現行のどの兵器を凌駕する性能を持っており、その力は容易に人を傷つけるばかりか、死に至らしめるだろう。

 自分も死ぬのは怖い。つい、一週間前にあっさりと死にかける所であったから余計にそう思う。あの命がつきそうな息苦しさは早々味わいたいとは思えなかった。

 けれど、ここで逃げ出すわけにはいかなかったし、逃げたくなかった。

 セシリア・オルコットとの決闘があることもそうだが、何より姉の千冬が戦っていた舞台に立つことというのが一夏を今ここで、ISに向かわせていた。千冬に守られてばかりの子供ではないということをこの決闘で本人に示さなければ、自分はこのまま守られるばかりの存在からかある事はできないことをどこか確信していて、事実そうだろうというのは千冬のどこまでも自分を心配そうに見ている目から感じ取ることは容易であった。

 今ここで決断しなければいけない。それだけが一夏の脳内に駆け巡っていた。そして、答えはとうに決まっていた。

 

「ああ、ここで逃げ出すわけにはいかないだろ。男としても、千冬姉の弟としてもな。これからどれだけの困難があるかは分かんないけど、でも千冬姉が乗り越えてきたように全部乗り越えて俺も強くなりたい。だから俺はISに乗る。乗って俺も戦う」

 

 強い決意と共に宣言する一夏に、その決意をしっかりと聞き入れるように口を閉ざす箒とその決意に水を差すことに躊躇して口を出せずにいる鈴、どこか蚊帳の外にいることを感じながらも決意を聞き届けた山田先生、そしてその宣言をまっすぐに受け止め、どこか後悔を残しつつもそれを無理やり胸の奥にしまい込んだ千冬。それぞれが黙り込んでしまったために、一夏の宣言の後に奇妙な間が生まれてしまった。

 

「えっと、それで千冬姉。俺の専用機は……?」

「はぁ、織斑先生だろうがばかもの。いいだろう、その決意を忘れるな」

 

 そう言って、千冬は白い甲冑への道を開けた。白い甲冑は先ほどと変わらずに一夏を呼んでいるが、今度は無意識の内に引き寄せられるということは無かった。

 

「これが、お前が乗る第三世代型IS、《白式》だ。先ほども言ったように時間がない、フォーマットとフィッティングは試合中に行うしかない。機体性能の説明も私も詳細は知らん、よって試合中に確認しろ。何、始まって早々落とされて試合終了……などということは無いだろうから安心しておけ」

「機体性能が分かんないって、じゃあこれどこから送られてきたんだよ?説明も無しで送りこむやつがいるか!?

「それは決闘が終了次第説明する。と二かく時間がないからな今はとにかく乗れ。搭乗方法は分かっているな?」

 

 一夏の疑問を封殺しながら搭乗を促す千冬。どうやら本気で機体について知らされていないらしく、問答する時間もないので一夏は早速専用機となるIS、《白式》に背中を預け乗り込んだ。

 それは、触れた瞬間から、訓練用の《打鉄》とはまるで違い最初に触れた時に感じた違和感も無く、まるで自分の体の一部の様に馴染んでいた。そのまま、ISの起動に移る。

 

――――起動(セットアップ)、開始、……。

――――メインシステム起動開始、……起動完了。

――――初期設定開始……パーソナルデータ読み込み、……完了。

――――ISスーツを介しての神経接続開始、……接続完了。

――――簡易動作チェック、……終了、問題なし。

――――皮膜装甲展開、……完了。

――――推進器正常作動、……確認。

――――ハイパーセンサー最適化、……完了。

――――起動完了。

――――順次《一次移行(ファースト・シフト)》開始……。

 

 解像度を上げたようにクリアーな感覚が視界を中心に広がる。心なしか、訓練用のそれとはより鮮明に周囲を感じ取れる。ウィンドウに表示される各種センサー類もとくに異常は見られなかった。

 どうやら、上手く起動したようだが、《一次移行》がまだ終わっていないらしい。試合に臨むなら最低限済ましておきたかったがハイパーセンサーで何故か360°見える視界に映る千冬の顔からそれはどうも時間が許してくれそうに無かった。

 

「どうだ織斑?計器の異常等は見られるか?その様子ならハイパーセンサーは無事に起動しているではあるが」

「ああ、問題ないぜ。ちゃんと見えてるし、これならちゃんと戦えそうだ」

 

 そう言いながらも自分の後ろで、毅然としていながらもどこか不安そうな箒と、こちらの様子を恐る恐るながらも把握しようとしている鈴が視えた。

 

「箒、鈴。心配すんなって、何とか勝ってくるからさ」

「あ、ああ、当たり前だ。ちゃんと勝って来い」

「し、心配なんてしてないわよ。あたしが教えたんだから勝たないと許さないわよ!」

 

 それは怖そうだ。とこぼしつつもピット・ゲートへと機体を進ませる。思った以上に滑らかに動いてくれるのでこれならもしやとも思ってしまう。

 

――――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。搭乗ISネーム《ブルー・ティアーズ》。戦闘タイプは中距離射撃型と推定。第三世代型特殊兵装の搭載を確認―――

 

 どうやら、相手の方は準備万端であるらしい。ならあとはもう戦うだけである。

 現在、《白式》自分の体に合わせるために最適化処理を行い、《一次移行》を済ませようと初期化と同時進行で表面装甲の変化を行っているが、それを待っている暇など最早ない。先方をこれ以上待たせていい顔をされるのもいやなので、さっさと行くことにした。

 ゲートが完全に開いたところで、勢いよく飛び出す。加速はいいが、どうにもまだ自分え飛べているとは感じられない。反応は早くなっているがその分、俺の方がその反応についていけていない。

 そうこう考えているかしない内に相手の、セシリア・オルコットの前まで着き、開始地点で静止する。

 セシリアの様子は腰に手を当て余裕のポーズを見えながらもその目はどこか気分が悪そうであった。

 

「悪い、ずいぶんと待たせたな」

「いえ、専用機の到着が遅くれていらしたのでしょう?その程度であるならば待つのもやぶさかではありませんわ。何なら、最適化処理が終わるまで待ってもよろしくてよ」

「最初に言っただろ。別にハンデはいらないって」

「そうですか、では」

「ああ、じゃあ」

 

 そう言ったところで、セシリアの方は長大な二メートルを越す大型の狙撃銃らしきものを呼び出し。

 一夏は、出がけに検索して見つけ出した実体剣を呼びだした。

 

「始めましょう!」

「始めようぜ」

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 「始まったようだな、束」

 

 そこはIS学園の敷地内の第6アリーナの頂上部。ちょうど一年一組のクラス代表を賭けた決闘が始まった第2アリーナを見る影があった。

 その影は黒い鎧に稲妻のような意匠を施してあり、どこか禍禍しい騎士のようであった。

 アリーナの頂上部に立っている様子はまさしく人間業ではなく、《全身装甲(ぜんしんそうこう)》のISであることが容易に伺い知れた。

 

『そうだね!いっくん気に入ってくれるかな!?一応、何とか間に合わせたけど、さすがの束さんでもちょっと苦労したんだから勝って欲しいけどね~』

「さすがに、《一次移行》が終わらない内に勝負を決めるのは無理があるだろうな。あの娘も調子がいいとは言えないが代表候補生、初心者には無理だろう」

 

 その黒き《全身装甲》のISはどこかと通信しているらしく、相手の女性に決闘の様子を中継しながら会話しているようだった。

 

『まあそれもそうだね、そんなに現実は優しくはないってね。もうすぐいっくんに現実が付きつけられるというのもなんだかね』

「かくして、夢の時間はお終いと。その割には襲い掛かる現実はファンタジー染みているけどな」

『それこそが私たちが直面している現実だよ。いや、みんな見えていないだけでえてしてそういうものかもしれないけどね、人生っていうのは。それでもこれはとびっきりのやつだけど』

「そうだな。《一次移行》終了まで、あとおよそ二十七分といった所だったか?そこからが本番だな」

『うん、そっからが私たちの仕事。予定よりはやることが多くなっちゃったけどらっくんと束さんなら何とかなるでしょ!』

「ああ、そこからがあの時の続き、やり残しの仕事をこなすことにしよう」

 

 その黒き《全身装甲》のISはじっと一夏の戦いを見つめている。

 

――――《白式》の≪一次移行≫完了まで残り二十七分のことであった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついにというかようやくクラス代表決定戦開始です。そして、遂にあの人も登場しています。ここからが本番ということでなんとか書き切って行きたいと思います。

ご意見感想の程よろしくお願いいたします。

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