伝承・無限軌道   作:さがっさ

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宣言を破った挙句、遅くなって申し訳ありません。
色々と用事が重なったり、展開が気に入らず書き直したりしていたらおそくなってしまいました。
では、本編をどうぞ


第二話 決闘、誇り高き青龍 その三

 放課後を終えて、生徒たちが帰宅し始めた頃。

 IS学園の第三アリーナの・Aピットにて、一機のISと3人の人影があった。

 

「さて、時間も限られてるしさっさとやっていくわよ!」

 

 そう声を上げたのは、今回ISの操縦を一夏に教えることとなった中国の代表候補生、凰鈴音。どうやら、一夏に教えられるということもあり、あからさまに機嫌が良かった。

 

「で、これどうやって乗るんだっけ?」

 

 一機の訓練機のISを見回している男子はもちろんIS学園唯一の男子生徒、織斑一夏。これまで、二回程ISに触れ、一回操縦したことがある程度の素人だが、実はその一回の差の記憶が曖昧であるため、本人的にはこれが初めてのISの操縦となる。

 

「確かこの教科書だと背中を預けるようにして座るとか書かれたいなかったか?あとはIS側で最適化されるからそこまで複雑ではないはずだぞ」

 

 そして、教科書を開きながら、ISの搭乗方法について調べていたのが、一夏の幼馴染にして裏の世界、≪幽体≫を退治する女子高生、篠ノ之箒。昨日の宣言通り、一夏の特訓を見学しに来ていた。

 

「まどろっこしいわね、さっさと乗っちゃいなさいよ。それとも緊張してるの、一夏?」

「そんな訳ないだろ。ええい、やってやるぜ」

 

 そう言って、ISに背中を預け、装着する一夏

 かしゅっと空気が抜ける音がし、最初にISに触れた時同様にISから情報が伝わってくる。ISの基本動作、操縦方法、性能、特性、現在の装備、活動可能時間、行動範囲、センサー精度、レーダーレベル、アーマー残量、出力限界、etc……。

 まるで、長年熟知してきたもののように、修練した技術のように、すべてが理解、把握できる。

 そして、視覚野に接続されたセンサーが、意識に直接パラメータを浮かびあがらせる。

 

 肌の上に直接何かが広がっていく感触――皮膜装甲(スキンバリアー)……展開、完了。

 突然体が軽くなる無重力感――推進機(スラスター)正常作動、確認。

 並んだリストから自動選択され、右手に重さを感じると、装備が発光して形成されていく――装備閲覧開始……近接ブレード「葵」、展開。

 世界が近くなり精度が急激に高まる清涼感――ハイパーセンサー最適化、終了。

 順調に行くと思われたセッティング中、脊髄に電流が走り始めた――ISコアネットワーク、Sランクユーザー搭乗確認。

 脊髄からどことも知れぬ場所につながる感覚、どこか覚えがあったがそれは突然に切られた――ISコアネットワーク内部の、≪幽体領域≫に接続………ホスト側からの接続の拒否により失敗。

 ――――――《打鉄(うちがね)》起動します―――――

 

 どこかと繋がろうとしていた意識は落下するように落ちていき。そして、水の中から浮くように浮かび上がった。

 

「……ちか、い…ちか、一夏!」

「大丈夫か!?返事をしろ、一夏!」

 

 自分を呼ぶ声がする。

 その声にこたえるために、もうろうとしている意識を何とかはっきりさせようとするも、上手くいかず。まだ目が上手く開かない。

 ようやく、目を開けると、目の前には、一夏を心配して駆け寄ってきた、箒と鈴の姿を捉えることが出来た。

 そうして、やっと意識がはっきりした。辺りが良く見え、感じることが出来る。終いには、自身の背後に意識を向けると、映像が脳裏に直接浮かび上がってくる。正面を向いているにも関わらず、背後がはっきり見えるという奇妙な気分を味わてっている。

 どうやら、無事とは言えないもののISの起動に成功したらしい。

 

「あ、ああ大丈夫だ。ちょっとまた意識を失いかけたけど、今度は意識はしっかるとしてるぜ」

「本当でしょうね!?あんた本当に平気なの!?起動させたと思ったら、突然意識無くしてるし。見たらあんた、召か――いや、なんでもないわ。とにかくホントに大丈夫なの?」

「そうだぞ、一夏。素人の私から見ても異常だったぞ。ISの起動時に意識を失う等聞いたことがない。気分はどうだ?気持ち悪くは無いか?」

「大丈夫だ。前の時はこんな感じじゃなくて、乗ったとたんに意識が無くなって気づいたら終わってたって事に比べたら大丈夫だ―――」

「それのどこが大丈夫なのよ!?ISの操縦中に意識がなかったって相当の問題よ!昨日聞いた時はよっぽどぼうっとしてたと思ったらこんだけ深刻だとは思わなかったわ!」

「でも今回はちゃんと起動出来たし、意識もちゃんとあるだろ?なら大丈夫だって。それより、さっさと特訓を始めようぜ」

「………凰、こうなったら一夏はきかんぞ。とりあえず、今日のところは特訓に入った方がいいと私は思うのだが」

「ええ、知ってるわよ。こうなったら頑固だしね」

 

 鈴は頭を抑えて、あきれながら言った。箒も目頭をぴくぴくとさせてる所を見ると両者とも自分達の心配をよそに全く何ともなさそうな一夏に何か言いたげな様子であった。

 しかし、一夏はそんな二人の様子がおかしい理由に思い当たらず。二人の様子に首を傾げながらもとりあえず心配をかけたようなので、とりあえず謝ると、さらに二人は呆れていた。

 

「ハァ、もういいわよ、これ以上はキリがないわ。早速、特訓に移って行くわよ。とりあえず飛んでみなさい、一夏」

「飛ぶって……こう…か…?」

 

 鈴の指示に従い、飛行を試みる一夏。IS側から流れてくる飛行の方法に従い意識を集中させ飛行するイメージをする。

 ISによる無重力を感じながら、さらにそこから飛び上がるイメージを構築する。

 呼吸を整えながら、飛び上がる。

 そうして、多少まごつきながらも一夏は空中に飛びだした。

 

「お、おおお。これ飛んでるのか!すげえ、ホントに飛んでる!」

 

 意識がある内で、初のISによる飛行。自身のイメージ通りに空中を自在に飛び回る。

 

「初めてにしては中々やるじゃない。一夏!それじゃあ、降りてきなさい!」

 

 アリーナを一通り旋回してきたところで、鈴の掛け声に反応して、一夏はピットまで降りてくる。

 空中制動に慣れていないため、ゆっくりと降りて、何とかもたつきながらも一夏は着地した。

 

「とりあえずの起動と飛行はなんとかできるようね。じゃあ次は武器についてだけど……とりあえず、今展開しているのは近接ブレードね。訓練機の《打鉄》には他に何が搭載されてるか確認してみなさい?」

「確認は………こうか。えっとこの近接ブレードとあとアサルトライフルがあるみたいだ。でも俺銃なんて使ったことないんだけど」

「ものは試しって言いたいところだけど、とりあえずブレードからやった方がいいでしょ。私が相手するから」

 

 そう言って、鈴は自分の手に付けている黒いブレスレッドを胸の前に持ってくるようにして、ISを展開した。

 専用機となるISは、独自の量子化領域に機体を保存しており、そこからIS本体、装備等を量子化を経由して取り出すことが可能となっている。

 その量子化による機体の取り出しの際の光に鈴が包まれたのち姿を現すとそこには、赤み掛った黒い機体があった。

 両肩には浮遊している翼と一体化しているユニット、片方の手にはISに合わせた大型の青龍刀を携えており、鈴の自身にあふれている態度にふさわしい姿であった。

 

「これが、私のIS。第三世代型の《甲龍(シェンロン)》よ」

「これが、ISの専用機か……やっぱり、訓練用とか量産型と違うんだな」

「当然でしょ。武装も甲龍独自の物だし、性能も違うわ。一夏が今操縦してる打鉄は第二世代型。性能にちがいが出てくるのは当然よ」

「そんなもんか……俺もこういうのを渡されてるのかと思うと、なんだか期待がのしかかってくるというか」

「何?柄にもなく緊張してるの?今から心配してもしょうがないでしょ?そんなこといってる場合があったら少しでも上達して、専用機に見合うようになるしかないでしょ」

「それもそうだな、鈴の言う通りだ。そうと決まったら早速続きと行こうぜ」

「ええ、じゃあ早速手合わせと行くわよ」

 

 そうして、二人はピットからアリーナに飛び出し、向かい合った。

 

「じゃあ行くわよ、一夏。とりあえず全力でかかってきなさい」

「いいのかよ。もしかしたら、倒しちゃうかもしれないぜ」

「やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 

 互いの挑発に合わせて、二人は互いに相手に向かって一直線に突撃し、模擬戦が開始された。

 一夏は、右手に近接ブレードを構え、とにかく鈴に接近することを目的として突っ込む。

 対する鈴、一夏が突っ込んできているのを見ると笑みを浮かべながら、それに合わせるように一夏に向かっていく。

 アリーナの中央で、両者がぶつかると思われた。実際にそうなった。

 二人が交差するようにすれ違いざまに攻撃を放ち、火花が散る。

 一夏は、攻撃をまともに食らったのかよろけて、空中の制動を何とか取り戻しながら鈴の方に向かいなおった。

 それに対して、鈴は欠片もダメージを負っている様子は無く、一夏の反撃を悠長に待つかのように、一夏の方に向き直って、空中で静止していた。

 

「くっそ!これが代表候補生か!」

「そうよ、あんたの考え無しな突進ぐらいじゃあ、何ともならないわ、よ!」

 

 声を挙げながら一夏は鈴に向かって再度突撃する。

 今度は、一夏のみが突撃をしており、鈴は動かずに一夏の攻撃を待ち構えていた。

 勢いに任せブレードを振るう。ISのパワーアシストも相まって、鋭い一撃が鈴を襲う。

 しかし、鈴はそれを青龍刀で蠅を払うかのように簡単に弾き、一夏の攻撃の勢いを利用してカウンターを見事に合わせた。

 一夏は弾かれたブレードを何とか体の前まで持っていきカウンターを防いだが、その瞬間には鈴の放った逃げ期目が眼前に迫っていた。

 円を描くように華麗な青龍刀での連撃をなんとかブレードで受け、払い、防ぐ一夏であったが、反撃に移ることができる隙はまるで無く、防戦一方となっていた。

(これじゃ、埒が明かない。ここはいったん距離を取って体制を立てなおす!)

 

 決断したなら、行動は早かった。鈴の攻撃を捌き、攻撃の手が緩んだスキを突き、一気に後方に向かって推進器を全開にし距離を取る。

 そして、息を整えようとした一夏が目前の鈴を見ると、その顔はあきれ半分でこちらを見ていた。

 

(何だ……?何か俺はミスを……?)

 

 一夏が鈴の考えを読もうとした瞬間。

 鈴のISの両肩のユニットのアーマーが開き、中心の光球が光った。

 それと同時にISのハイパーセンサーが何かが破裂したような音を捉えた。 

 しかし、一夏の目には何が破裂したかは映っておらず。いぶかし気に鈴の方を見ていた。

 ―――そして衝撃は、一夏の顔面で破裂した。

 

「ぐぅあっ!?ッッどうなってんだ!?俺はちゃんと見てたんだぞ!?」

 

 一夏は顔面を突然殴られたように、上体をのけぞったが、ISの姿勢制御を最大に生かして何とか体制を立て直す。

 飛び道具が放たれたと思い、鈴の方に再び目を向けるものの、そこには依然変わらず青龍刀を携えた鈴が空中で静止していた。

 一夏の見たところ、火器の類は見受けられず。なおさらなにで攻撃されたのか分からずじまいであった。

 一夏が混乱している様子を一通り見たところで、頃合いと言わんばかりに鈴が口を開く。

 

「教えてあげるわ一夏、私が何でアンタを攻撃したのか……」

 

 そう言って、鈴はアーマーが開いた両肩のユニットに指を差した。

 

「それはこのIS、甲龍の固有武装である龍砲―――つまりは衝撃砲よ。これは、空間自体に圧力をかけることで砲身を形成して、その際に生じる衝撃を弾丸にして飛ばす―――いわば、砲身も砲弾も見えない砲台ってところかしら」

 

 鈴の説明を聞き、次第にその恐ろしさが一夏には理解し始めた。

 先ほども、警戒していたにも関わらずISのハイパーセンサーにはほとんど感知できなかった。

 つまり、打たれれば砲弾が見えないために避けることは至難の業である。

 

「第三世代ともなればこういう隠し玉をどの機体も積んでるわ。それが第三世代の条件みたいなものだしね。それを相手に呑気に距離をとるなんて言うのは警戒が足りてないわよ」

「なるほど………オルコットの奴も同じように隠し玉があるってことか」

「隠し玉というより、特徴的な主武装でしょうね。いずれにせよ警戒しないにこしたことはないわ。それを相手に空中で止まるのは悪手よ。アンタが近接武器しか使えないとなればなおさらよ、足を止めればそれだけ不利でしょうね」

「そうか………つまり俺は距離を離されればそれだけ不利ということだな」

「よくわかってるじゃない。そうとなれば、今度は離した距離をどのように縮めるかよ。これから、龍砲で攻撃するからなんとかブレードが届く範囲まで近づいてみなさい!」

「分かった、鈴。いくぜ!!」

 

 そう言って一夏は龍砲を警戒するように鈴に向かっていき、それに対し、鈴は両肩の龍砲を今度は弾幕を張るかのように連射し続ける。

 特訓は、ここからが本番のようであった。

 

 

 

 

 

「今日の所はここまでね」

 

 そう言って、鈴はISを解除する。それに続く形で今まで変幻自在の龍砲から逃れ通津毛ていた一夏も息を乱しながらも、訓練用のISから降りた。

 

「大丈夫か?一夏、相当やられていたが」

「いや、お前に昨日やられたやられっぷりとさほど変わらないくらいだ」

「ほう………まあいい、今日のところは連日の疲れがでているということで許してやろう。ほら、これで汗でも拭け」

「ん?ああタオルかありがとう箒」

 

 訓練機をおりた一夏に、箒が駆け寄ってきた。一夏の訓練を今まで見学しつつ自分も必要となれば助言を加えていたのである。

 

「しかし、俺からすると初めてISに乗ったんだけど。やっぱり空を飛ぶって楽しいんだけど慣れないな。もうISとの接続はもう切ってるはずなのにまだ足が宙に浮いてる感じがする」

「初めてISに乗ったんだったらそんなもんでしょ。私としては、最初乗った時にアンタが気絶してたのが気になるところでえあるんだけど……特訓中は異変は感じられなかった。一夏はどう?IS操縦してる時何か変じゃなかった?」

「いや?最初の感じは全く無かったぞ。とはいっても何がおかしいとか初めてだから何とも言えないけど」

「私も見ていたが、一夏の操縦におかしな点は見受けられなかったな」

「うーん、そっかーなら大丈夫だと思うんだけど………念のため、織斑先生には相談しておいた方がいいと思うわ」

「でも、千冬姉の手を煩わせるのはなぁ。ずいぶん忙しそうだし、聞きに行きづらいんだよな」

「そう言って、何かあって困るのは一夏の方でしょ。とりあえず、明日またやって同じだったら、さすがに危ないから千冬さんに報告する。これでいいでしょ?」

「いや別に大丈夫だから、わざわざ千冬姉の所に行かなくても………」

 

 鈴と箒は千冬に報告して対応するように言うが、当の一夏と言えば千冬に言うのは不満そうであった。自身の体は健康そのものであるし、先ほどの特訓中でも問題は無かった。それならば、姉であり担任である千冬の手を煩わせたくはなかった。この程度は問題にならないであろうし、問題となったのならば自分の手で解決すべきである。ともかく、千冬に報告するのだけは避けようと一夏は二人に説得を試み、明日の特訓で同様の現象が起きたならば報告する。ということで二人を納得させた。

 

「じゃあ一夏、また明日同じ時間にね。遅れんじゃないわよ」

「ああ、また明日よろしく頼む」

 

 そう言葉を交わした後、鈴は用事があると足早に去っていった。残った一夏と箒の二人もアリーナに長居することなく学生寮の自室へと戻った。

 

「さてと、箒。俺たちも帰ろうぜ」

「………ああ、そうするとしよう」

 

 一夏は未だに怪訝な顔をする箒に声を掛けながらもピットから帰ることにした。帰路の間、箒は未だに一夏のISによる不調について考えていたらしく、一夏との会話も生返事であった。

 

 

 

 

 夕食を終え、箒が寮内の大浴場に行ってる間に自室のシャワーを浴び終え部屋で授業の復習をしている一夏、習った範囲で使えるものは無いかと必死になっているものの、直ぐに実践できるものは無かった。

 

「探してはみたものの……やっぱり教科書だけじゃ良く分からん。今日みたいに実際に動いてみないと、俺は体で覚えるタイプだしな」

 

 教科書に書いてあるのは戦闘時の立ち回りにおける理論であるとか、いかに敵の攻撃を回避した後の隙をなくすかといったことが書かれているのだが、これまで触ったことも無い分野である事以上に、まず実際にはどうなるのかということが一夏には理解できないでいた。

 百聞は一見に如かずというが、今日の特訓のように動かしてみなければ分からないことだらけである。

 確かに、理論は重要であるらしいことは伝わってくるのだが、それだけでは決闘の日までに身に付けることはできないだろうことはもう分かり切っていた。

 

「……素振りでもするか」

 

 折れた竹刀の代わりに、使っていない時に素振りするだけならと箒は自身の竹刀を使うことを快く了承してくれたので、一夏は気兼ねなく使うことにした。いつまでも借りるわけにはいかないが、日課であること以上に決闘のためにほんの僅かでも強くなる必要があったので、遠慮している場合では無かった。

 

「本当、幼馴染の二人には頭が上がらないぜ。色々と終わったら何かお礼でも考えておこう」

 

 鈴は自身のクラスで無いにも関わらず、一夏の特訓を見てくれているし、箒もそんな一夏に付きあってくれている。本当に面倒見が良い幼馴染達に会えて良かったと、一夏は幸運をひしひしと感じていた。

 そう考えながら自室を出ようとドアノブに手を掛けようとしたときだった。

 

「痛ッッ!…くそっまたこれか…」

 

 一夏は突然はした頭痛に額に手を当て、よろめいてその場に膝をついた。

 痛みは一夏の脳の奥を引っ張るように続いており、そのまま脳みそが頭蓋骨を割り、どこかへ引き込まれるかと思わんばかりであった。歯を食いしばりながら痛みに耐えていると耳鳴りに襲われ始める。

 

『――――メヨ―――ケ――――メヨ―――』

「くぅッぁあ」

 

 次第にその耳鳴りが何か、あるいは誰かが語り掛けてくるように聞こえてくる。しかし、その内容は断片的であったため、肝心な箇所は一つも聞き取れずにいた。何とか聞き取ろうとするも頭痛と耳鳴りに耐えながらでは到底出来なかった。

 そうしては経っただろうか、耳鳴りは突如として消え失せ、頭痛もそれと共に治まった。

 

「ハア、ハア、ふう……治まったか…一回治まったと思ったんだけどISに乗り始めたらまた再発するとは…」

 

 三年前に姉の千冬がISの世界大会、モンド・グロッソに出場し、現地まで応援に行ったところを千冬の二度目の優勝を妨害するために一夏は誘拐されたことがあった。一夏は千冬が大会を投げ出し救出したために無事であったのだが、実は一夏には、その時の記憶が一切残っておらず、自分が千冬の応援に海外まで行ったことさえ忘れていた。

 医者が言うには、誘拐されたときの恐怖から記憶を失ってしまったと言われ、その時の記憶障害の影響から、時折、頭痛と何かが聞こえてくる耳鳴りがするようになった。しかし、中学に入学する頃のある日箒の姉である束と再会してから突然治まり、それ以来は発作は起きなかったのだが、試験会場のISに触れた時からまた再発していた。

 

(再発した後はISに触るかしないと発作は起きない…それに、前はこれが十分位続いてたからな…これぐらいなら千冬姉に言う程じゃない。箒や鈴に言ったら今すぐに検査しろなんて言われるんだろうけど)

 

 少なくとも、決闘を前にしてこれくらいで止める程やわでは無い。何よりもこの程度で怖気づいていたら、セシリア・オルコットの前で啖呵を切ったことも嘘になってしまう。男として、そんなことは出来なかった。

 

 ふと時計を見てみると夜の七時を回っていた。まだ気分転換にでも素振りする時間くらいは十分に残されていた。

 

「さて、気を取り直して素振りいにいきますか」

 

 そう言って、立ち上がり第度ドアノブに手を掛けたところでふと箒がまだ大浴場からも度ってない事を思い出した。

 

(まあ、箒も鍵は持ってるし問題ないか…それにしても遅いけど……箒って長風呂派だっけか?)

 

 

 

 

 

 放課後のアリーナにて……

 鈴は一夏の特訓が終わった後、一夏と箒が去ったのを確認し終えた後に再びピットまで戻り、一夏が使用した訓練用のISの前まで来ていた。

 二人には、用事があると嘘をついてしまったがどうしても一夏が使用したISをもう一度調べる必要があった。

 

「うーん、やっぱりデータを見る限りじゃそこまで変わった所は見られないわね……それが怪しすぎるんだけど」

 

 訓練用のISでは、パーソナルデータは直ぐに初期化されてしまうのだが直前の人物の軽い戦闘記録程度であるならば鈴であっても閲覧することは可能であった。

 一夏の戦闘記録と自身の戦闘記録を見比べてみても不自然な箇所は発見できず。一夏の主張通りに特訓中は一夏の意志で動かしていたというのは本当なのは明らかであった。

 

「でも……起動時の一夏の意識レベルが落ちたのも記録されている……でもこれIS側が問題なしって判断してるのはいくら何でもおかしいわ」

 

 ISは操縦者の意志があって初めて動くようになっている。自動操縦や無人機等の発展等はどの国でもまだ行える訳がない程、ISは操縦者の意識が必要となるのだ。それを完全に無視するのはどう考えても本来のIS仕様ではなかった。むしろ、この問題なしというのは

 

「もしかして、意識がないのも含めて問題なしって事じゃないでしょうね」

 

 一夏は言っていた。初めてまともに乗った時は完全に意識がなくなっていて気づいたら試験が終わっていたと。

最初に聞いた時はどんだけぼうっとしていたのかと思ったものだが、もしそれが本当なら……一夏が気を失っている間だけ、自動操縦のような状態にISが自動的になるのだとしたならば。

 

(試験に使われたISと今日使った訓練用のISはどちらも量産型で尚且つ、同じ物を使ったわけじゃなかった……今日はほんの数秒しか意識が無かったとはいえ一夏がISに乗った時だけ異常が起きてるのは確か。気にしすぎと言われればそれまでだけど………)

 

 鈴は、訓練用のISのデータを表示していたウインドウを閉じ、今度は自分のIS、甲龍の待機状態である黒いブレスレッドを取り出し、軽くなでるように触れると黒いブレスレッドが白く発光を始めた。

 

「それ以上に気になる事があるのよね……というわけで起きてる?白虎?」

『ああ、問題ないよ鈴。いやあ、授業がある内は会話すると不自然かもしれないというからじっとしていたけれどもやはり退屈には変わりないね。どうも』

 

 突然、鈴の周囲に人がいないにも関わらずに声が響いた。その声は人の声というには、どこか神秘的なものを感じさせ、空気を震わせて音を伝えることによる声という概念をまるで無視したかのように、鈴の中に直接その言葉が届いていた。

 

「そんなこと言わないでよ、一応心の中で会話できなくはないけどそれでも周りへの注意が散漫になるから控えたほうがいいでしょ。私いやよ、そんな電波少女みたいにクラスメイトに扱われるの」

『それはすまない。何、言う程つらいものではないしね。鈴の迷惑にならないように気を付けるさ。それより、調べるんだろ。このISを』

 

 鈴が黒いブレスレッドとまるで会話しているように話かける。黒いブレスレッドの方も鈴に答えるように白い発光を点滅させており、それに合わせて先ほどから響く神秘的な声がしている。

 どうやら、黒いブレスレッドからその声がしているらしかった。

 

『やはり、痕跡があるね。はっきりと現れた訳ではないんだろうが、彼がISのコアネットワークにある領域と繋がったのは確かだ』

「そう…予想通りだったわね。あの時は気のせいかと思ったけど…まさか一夏に憑依している奴がいるなんてね。早く対処したい所だけど……」

『問題は彼と繋がったのが一瞬過ぎて何が憑依していたのかがまるで分からなかったことだ。しかも、あの状態では繋がりはあるものの、ISに搭乗している間しかその繋がりが確認できなかった程まだ現出はほとんどされていない状態であるはずだ。にも関わらず存在が一瞬でも確認できるということは、憑依している≪幽体≫が強い核によってできているということだ』

「どんだけ強い奴かは知らないけど、一夏に憑くっていうなら容赦はしないわ。本当なら、今すぐにでも一夏のところに殴りこんでいきたいところよ」

 

 鈴は今すぐにでも飛び出していきそうになっている自分を唇を噛みしめながら何とか抑えていて、唇からは血が滲み始めていた。

 

『鈴、キミが無理をする必要は無いと僕は思う。今すぐにでも彼に憑いている奴を払うなら………』

「それはだめよ、それをしたら白虎あなたの力は……ただでさえ私のわがままで力を使ってもらってるのに、正体も全く分からないやつを一夏に被害が及ばないように引きずり出すなんて高度な事が出来るわけないでしょう!?」

『じゃあどうするんだい?』

「ッッ!!それは……」

「そうだな、私にも聞かせてもらおうか」

 

 突然、自分達以外の声が鈴たちのいるピットに響いた。

 鈴が驚き、辺りを見回すものの人影らしきものは見当たらず、入ってくる前に確認したとき同様に無人のままのピットだった。

 

『いや、鈴あそこだ』

「って、あそこって誰もいないじゃなッッ!!」

 

 黒いブレスレットからの声に従い、鈴はピット入り口付近の柱の陰に目を凝らすが何も見えないと思ったその時、突然何も無いように見えた柱の影が歪み、そこから人影が現れた。恰好はIS学園の制服であり、長い髪を黄色のリボンでポニーテールにしていた。その人影はまさしく

 

「さっきぶりだな、凰」

「……ええ、さっきぶりね篠ノ之さん」

 

 そこにいたのは、篠ノ之箒だった。

 

「アンタが何でここにいるのかって言うのはやっぱり一夏の事よね?」

「ああ、もちろんその通りだ。あそこまで大丈夫だと言い張れば逆に気になってしまったのでな。そうでなくても個人的に気になる事はあったのだが………」

「ま、そうよね。専門知識も仮にも代表候補生であるあたしよりあるってわけでも、整備科志望ってわけでもなさそうってことは……つまりアンタも関係者ってわけね」

「そういうことになるな」

 

 二人の間で緊張が張りつめていく。鈴も箒もまだ口元に笑みを浮かべる余裕はあるものの、二人の目は決して笑っておらず、目の前の一夏の幼馴染を名乗る少女を警戒している。

 偶然というには出来すぎていて、疑いの目を互いに向ける他は無かった。

 

「それで、どうするの?私がやったって言いだすわけ?」

「まさか、私は先ほどまでお前たちの会話を聞いていた。少なくとも一夏に危害を加えないであろうことが分かったからこそ、でてきたのだ。そうでなければ不意を突こうとそのまま隙を伺っていたさ」

「あんた、かなり物騒ね。まあいいわ。それで、そっちが何もしていないって私にどうやって証明する気かしら?」

「さて、どうしたものか。残念ながら私は口下手のようでな。色々な人たちに言われ続けてきて、おおよそこの状況でお前を説得できる自信がない」

「……あきれた。弁明もする気が無いってわけ?」

「私だったら、そう簡単に納得に応じるはずもないと思ったのでな。どうやって説得した物か……」

「じゃあ、提案なんだけど……」

 

 そう言って鈴は姿勢を低くしながら、黒いブレスレッドに手を添える。それを見ながら箒もどこからともなく取り出した大太刀を腰だめに構えていつでも抜刀できるように構える。

 

「とり合えず、負けた方が言うこと聞くってことで」

「ああ、いいだろう」

『いや、良くないだろう!!』

 

 二人が駆けだそうとした時に、鈴が掴んでいる黒いブレスレッドが声をあげ、二人を止めた。

 

「何よ、止めないで欲しいわね白虎」

『いや、さっき僕の力を使いたくないって言ったのは君だからね??』

「いや、アイツのして薄情させれば万々歳でしょうが、止めないでよ」

『いやいや、キミだって別に彼女が彼に危害を加えたって思ってるわけじゃないだろう?だってのに僕の力を使われるのはもうちょっと話し合ってからでも良かったんじゃないかな』

「でも、アイツ自分口下手だから説明できる気がしないとか言ってたのよ。どうせ話し合いしてもへたな 嘘つかれるか、だんまり決め込むだけじゃないの」

「待て、私を何だと思っているのだ。いかに初対面とは言えど、そこまで口下手なつもりはないぞ。少なくとも応じれば、説明ぐらいはなんとかできると思うのだが」

「でも、さっきは説明を放棄しようとしたじゃない」

「正直に口下手ですと言えば無駄に疑われないだろうと思ったのだが……どうやら失敗に終わったようだな…」

 

 だめだ、もう緊張感が無い。少なくとも私は保てそうにない。そう思った鈴はため息をつきながら構えを解いた。こんな様子ではもう戦う空気では無くなっている。

 

(白虎もこれじゃ戦ってくれないだろうし、改めて考えると関係者とはいえ、IS使うのはやりすぎだったかも)

 

「えーと、ごめんなさい。ちょっと生身の人間相手にIS使うところだったわ」

「気にするな、こちらも展開される前に何とかして、腕の一本でも切ろうとしてたからな。お互い様だ」

 

 鈴は、さっきまでの箒に対する申し訳なさがほとんど失われかけたが。ISを使おうとした罪悪感がなんとか勝ったことで、額に青筋を軽く浮かばせはするものの申し訳なさそうな態度は崩れずにいた。

 

「……あたしが言うのもなんだけど、あんた物騒って言われない?」

「?……言われたことなどないな。一緒に戦う機会が無かったから私の戦う姿を知っている者なんてほとんどいないから、私の戦い方をどうこう言う人なんて、師である父しかいなかったのでな。その父にまだ甘いと言われる位だからこのくらいは当然だと思っていたのだが……」

「分かった、話を変えましょう。一相脱線しそうだしね。それで……何の話だっけ?」

『とりあえずお互いの正体について話していたね。二人とも面倒になってあわや戦闘になるところだったけれど』

「そうだったわね、どうする?」

「それはとりあえず後回しにしてくというのはどうだ?優先すべきは一夏だろう?」

「ええ、それがいいわね。蒸し返してもきりがないし」

 

 何とか、歩みよる事ができそうな二人の様子に、鈴の腕のブレスレッドもまるで安堵の域を漏らすようにその光を点滅させていた。

 

「とりあえず確認しておきたいのだが、そのISの待機状態に憑いているのは≪幽体≫か?ずいぶん安定しているようだから≪使い魔≫の一種だと思うのだが」

「ああ、これは私の≪憑依幽体≫よ。白虎。日本でも有名でしょ?」

「………そんな高位の≪幽体≫なら私が気づかない訳はないと思うのだが?」

「何言ってんのよ、ISのコアネットワークシステムを介して契約すればいいだけでしょ?」

「まて、ISのコアネットワークシステムだと?どうして≪幽体≫にISが関わってくるんだ?」

「…………え、あんたそれが目的でIS学園に入ったんじゃないの」

「え、」

「え、」

『……どうやら、さすがに話し合わなきゃいけないみたいだね』

 

 時刻は午後七時を回り、ちょうど中庭で一夏が息抜きに素振りを始めた頃。少女二人は互いの最大の認識の違いに気づいたのだった。




いかがだったでしょうか。
次回からは何とかセシリア戦に入っていきたいと思います。
ようやく、セシリアをまともに登場させていけると思います。

ご意見感想等よろしくお願いします。


次回も遅くなるかもしれません

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