「と、まあそういうわけで。お話が終わり目を覚ますとそこは保健室のベッドだったのです」
そこはIS学園の第二アリーナ、ピットの壁に掛けられたデジタル時計が午後六時を表していた。
ピット内に設置されてあるベンチに腰をかけ、話が長くなるからと途中で買いに行った缶コーヒーとペットボトルの紅茶を手にしている一夏とセシリアがいた。
飲みかけのペットボトルを手に余らせながらもセシリアはこう続けた。
「起きてからは、異様な疲れがある以外は問題ないとのことでもう一度寝て次の日の授業にでた、と。後はあなたも知っている通りですわ。《青龍》と相談して、あの提案をした。そのような所です」
「ああ、ありがとう。話してくれて……何か事情聴取みたいな感じになってたけど……まあ、それはいいさ。俺が聞きたいのは――多分聞けたから」
そう、セシリアはこう言っていた。――織斑一夏が踏み込んだとあって、引き下がるわけにはいかない、と。
スサノオや箒の話から、どうやら自分は以前から《幽体》――つまりは、超常の存在に関係があったらしいのだ。
一夏にはそれに関する記憶は無い。とはいえ、《幽体》と関係があったという事実に関しては何故だか違和感も無く納得が出来ていた。
冷静に考えてみれば、恐ろしい事なのだろう。自分の記憶に無いことと関わりがあって、平然としていられるということは、多分異常なことなのだろう。事実、一夏も《幽体》以外に同じことが起きたならば平気ではないだろう。
つまりは、そこまで関係の深いものごとに首を突っ込むということはそこまで悪いことではない。
自分が自然に受け入れてしまったものと関わりを保つというのは、少なくともおかしなことでは無いはずだ。
しかし、セシリア・オルコットは違う。
彼女は、元から関係がある訳では無かった。それにも関わらず、ただ自身の誇りから関わると決めていて。
そして、その理由の一つとして、自分への対抗心があるというのは、不謹慎ではあるし、もしかしたら巻き込んでしまったという後ろめたい気持ちが無いわけではないけれど、それでも光栄だった。
誇り高く、自分よりも強い彼女に認めてもらったというのは、昨日まで険悪な仲ではあったとはいえ、うれしいものがあった。
だから、迷いは最早消え失せていた。
ここまで、言わせていて、《幽体》への恐怖を知ってなおそれに関わるのだと決めている彼女がいるのに、自分が逃げるなんてことは、誰かが許したとして――自分が許せない。
そんな奴は、そこで背を向ける奴は――織斑千冬の弟の織斑一夏なんかじゃない。
「改めて、ありがとうオルコット。実のところを言うと俺も、迷っていたことがあったんだけど――うん、吹っ切れた」
「そうですか。それは何よりですわ」
「あれ?どんな事かは聞かなくていいのか?一応俺も聞いてばかりだから、何か答えようと思ったんだけど」
「結構ですわ。自分が話したから当然話してもらえるだろう。なんて、恰好が付きませんもの。何より、そういうのは聞くのは野暮というものですから。その代わりといっては何ですけれど、一つ軽いお願いがあるのですけど」
「なんだ?言われれば可能な限り答えようとは思うけど、代わりとして」
「ええ、とりあえずわたくしのことはファーストネームのセシリアと呼んで下さい」
「えっ……と、それだけでいいのか?じゃあそれなら、俺も一夏でいいさ。良かったら、でいいけど」
「ええ、いいですわよ。一夏さん」
そう言いながら笑みを浮かべる様子から、セシリアとは何とかやってけそうだ、というのと共に何気にIS学園で初めて仲良くなった女子が戦った相手という事実に気づく一夏。
(セシリアに文句がある訳じゃ無いけど――やっぱり女子の群れの仲で友好を深めるのは何とも言えないなぁ)
そう考えつつも、やはり友人が出来たことは嬉しかった。
◆
セシリアと分かれ、アリーナを後にして学生寮の自室へと戻る一夏。
本当は、もう少し特訓をしたかったのだが、いかんせん自分達の次にアリーナを予約していた生徒がいるため、泣く泣く撤収することになり、セシリアとはそこで解散することになった。
本番まで、そこまで時間に余裕があるわけではない。
それまでにどうにか鈴に対抗できるだけの実力を付けなければいけないと一夏は感じていた。
セシリアとの決闘の際に特訓をしてもらった相手である上に、いつの間にやら中国の代表候補生となっていた鈴であるその実力は、
(セシリアと同じくらいの実力……の筈だ。まだ相手の実力を測るなんてことができる程自分ができるとは思ってはいないけど、それでもセシリアよりも明確に弱いという訳はない)
鈴が特訓で主に使っていたのは、圧縮した空気で砲塔と弾丸を形成し、不可視の砲弾として放つ《龍砲》、そして時折使用していたIS専用の青龍刀。
距離を空けた射撃による戦法が主だったセシリアと違い、鈴はまさに遠近の両方を使い分けて戦うのが自分でも容易に想像できる。
つまり、セシリアよりも付け入る隙は無いと考えなければならない。
距離を詰めて攻撃を行ったところで、その攻撃が通じる訳では無く。さらに、青龍刀の攻撃を掻い潜らなければならない。
鈴がどちらの方が得意であるかまでは分からないが、何れにせよ近づかなければ一夏に勝ち目はないのは相手が変わったところで変わりはしない。
(そもそも、鈴に近づくことすら至難の業だ。アイツは俺の動きを知っているだろうし、ともすればセシリアよりも近づくのは難しいかもしれない)
セシリアの距離を詰めさせない戦い方を鈴がするとは思えないし、鈴がセシリア程にその技術に長けているとは限らないが――まだ、ISに乗り始めて一週間と少しの素人が簡単に近づける訳がない。
その上、動きを知られているというのは、やはり不利だろう。先ほどまでのセシリアとの模擬戦でも、すでにセシリアに動きを見破れていた。
他の代表候補生が出来るならば、同じ代表候補生の鈴も出来ると考えた方が良い、その上直々に特訓相手となっていた鈴が把握できていないとは考えられない。
セシリアとの決闘では、どうにか戦えていたが、それは一夏が有利な状況にいただけであった。現に模擬戦では惨敗し、近づくのも困難であった。
何とか次の試合、クラス代表対抗戦にまでに新たな戦術なりなんなりを身に付けなければ勝てはしない。
「やっぱり武装が《雪片弐型》しかないのが一番の問題だよな――刀一振りって」
刀が主武装となることについては特に文句は無い。
むしろ、他の使い慣れていない武器を使うよりかは手に馴染むものであるし、もし武装が銃器のみとなっていた方が問題であったとも思える。
鈴との特訓中に、試しにと《打鉄》の遠距離武装を試したのだが、これがほとんどといっていいほど使いこなせなかった。
動いている的はおろか、止まっている的にすらあまり当てられておらず、結局は近接武器の練習に専念するしかないという結論に至った程であり。鈴曰く、射撃系武器に対するセンスが無いとのことであるらしい。
なので、人が持つには大きい、IS専用の大型片刃ブレードである《雪片弐型》を主武装として使えるということはある種、不幸中の幸いとでもいうべきことなのだろう。
それでも、ISは機動力を生かした遠距離戦闘が重要であることに変わりはない。
事実、例外を除き、遠距離用の武装を持たないISは存在していないらしく。むしろ近接装備を持たないという機体もあるらしい。いくら近接格闘を主体とするISであったとしても、遠距離攻撃の手段を何らかの形で持っていることが基本である。
とはいっても例外はいたらしく、《白式》と同じく遠距離の武装を使わずに戦ったISもいたらしく、その明らかなハンデと言わざるをえない戦い方で世界一となったこともあるらしい。
その人物が――
「む?一夏か?こんなところで……と、アリーナからの帰りだったか。熱心で結構なことだ」
元世界王者、《ブリュンヒルデ》、そして織斑一夏の姉の――織斑千冬である。
◆
「どうした?随分と考え込んでいたようだが……気を付けて歩かねば転ぶぞ」
「いやいや、俺を一体いくつだと思ってるんだよ。ちふ、織斑先生」
「フッ、そこまで改まる必要はない。今は放課後だからな。IS学園の敷地内とはいえ、そこまで堅苦しいとこちらも疲れるから普段通りで構わん。それに、気を付けねば転ぶのは幾つになっても変わらんだろう?」
「……考え事してたぐらいで、転びやしないって。それ位には鍛えてるんだからな」
クラス対抗戦について対策を考えながら帰路を歩いていた一夏の前に現れたのは、IS学園の教員であり一夏の担任、そして実の姉の千冬だった。
その表情は、普段の授業などで見せる常に鋭い目つきをしたものでは無く。心なしか柔らかい表情をしている。
昔、大体8年位前までは常に厳しい表情を浮かべていた印象だったのだが、いつの間にやら柔らかい表情も浮かべるようになっていた。それが一夏としては未だに慣れておらず、この様な姉の態度を見るといつも妙に身構えてしまう。
話がそれた。ともかく、公私を分けるという模範を真面目に取り組んでいる千冬と込み入った話が出来るはずもなく。授業でしか会うことが出来なかったのでいきなり普段通りと言われても困惑する一夏であった。
それから、一緒に学生寮まで行くことになり、一夏が妙に気まずいまま帰路を二人で並んで歩いている。
千冬はいつものスーツ姿に幾つかの書類を抱え、それをいつも持ち歩いているのか出席簿を支えにしてまとめている。
姉弟並んで歩いていた所で、千冬から話を切り出して来た。
「そう言えば、あれから話もできなかったが……代表を決める決闘騒ぎ、中々いい戦い振りだったな。初めての試合であそこまで動けていれば上出来だ」
「……ありがとう、千冬姉。でも珍しいな、そんな素直に褒めるなんて」
「私が褒めないとでも?……いや、確かにお前の回避行動や攻撃など色々と改善するべきことがあるのは当然だが、それはこの学園に通っている時点でどの生徒であろうともあることだ。例えば、お前と戦ったオルコットにも問題や課題が山積みだ。いかに代表候補生だとしても私からすればひよっこ同然。そして、お前とオルコットとの差もそこまで大きいわけでは無い、それはあの凰にも言えることだ」
「鈴でも……か、でもそれが勝てることに繋がるわけじゃないだろ?結局は鈴との差は大きいし、一気に詰められるもんでもないし」
「それは当然だ。私からすれば大した事のない差であったとして、お前からは大きなものと映るのは無理もない、しかし、それが勝てないという事にはつながらない。今のお前は初心者だ。――つまり如何様にも強くなれる。重要なのはそれだ。ISの自由度はお前が考えているよりもはるかに広い、私ですら全て把握しているとは言い切れないからな。そして、それは常に先に進んでいく。今まであった戦術がいつまでも通用するとは限らない――そして、通用するはずがないという戦術でさえ、通用することもある。私のようにな」
「――千冬姉」
千冬はそう言うと、夕陽に染まった空を仰ぐようにして顔を上げた。
その横顔は懐かしいものを思い出しているようで、一夏が見た事のない表情だった。
千冬はいままであまりISのことについて話したがらなかった。ISが登場した当初などはまだ気になるほどでは無かったが、一時期、大体4年位前に突然海外へ行くと言って、突如ドイツまで行っていた辺りのころは過剰にISとの情報を遮断していた。
姉が世界王者であることは辛うじて知っていたが、そのすごさというのだろうか、実力の程なんていうものを感じたことは無かった。いや、姉は物心ついた時から凄かったし、姉に体力や武道などで勝てる人物がいるなんて想像も出来なかったのだが、それでも世界を制覇するなんていうのは実感が沸かない。
そんな感じで姉の口からISの事に対する考えを聞く時が来る等思いもしなかった。
ならば、一夏は彼女に聞かなければならないことがあった。
世界一となった千冬が使用していたIS《暮桜》の主武装は《雪片》、そして用いる単一仕様能力は《白式》と同様の《零落白夜》だという。
セシリアに自分と同じ戦闘スタイルの人物を聞いた所、真っ先に挙がった人物だった。
他にも何人かいたようだが、いずれも千冬の足元にも及ばず、結局は彼女ただ一人が使っていた戦法である。
《白式》の仕様上、参考にすべき人物であり、アドバイスを求めるのは不自然では無い、無いのだが。
――やはり、千冬姉の手を借りる訳にはいかない。
そう、追いつきたいと願うその背中をただ後追いするだけでは意味が無いのではないか?
結局は、姉がいたから、そしてそんな姉の弟だからとなってしまうのではないだろうか?
確かに、姉と同じ戦い方を続けて行けば自ずとそのような評価が周囲から下されることになるだろう。しかし、それ自体に不満があるのではない。というよりも、周りの意見を気にする訳ではない。
では何が気に食わないのか。それは一夏自身にも原因が分からないでいた。
何時からか、姉を越えたいという考えが頭から離れなくなり、ふと気が付けば、そのための方法を考えるようになっていた。自身の意志に関わらず、自身よりも優れ、遥か高い頂に立つようなそんな姉を打倒し、その座から引きずり下ろしたい。そんな渇望が胸の内から湧き出すのを止めることが出来なくなっていた。
未だに姉に対して木刀を振りかぶり襲い掛かっていないのは、単に自身の力だけでは無かった。もしも、先生の助力が無ければ目の前に姉がいるだけで敵意をむき出しにして襲い掛かっていられなかっただろう。
先生というのは、一夏が小5の春まで通っていた道場の師範――篠ノ之柳韻、つまりは篠ノ之姉妹の父親であるのだが、それは今は置いておく。ともかく今現在はその感情が発せられつつも抑え制御することが出来ているが、それでも姉に何か教えを乞うということに対してやはり抵抗を持つようになってしまっていた。
それを知ってか知らずか、一夏がそのような狂気に苛まれるになってからは、千冬からは何かを教えてもらうといったことは、このIS学園での授業があるまで皆無に等しかった。その授業も湧き上がる反骨心の衝動を抑えることに必死であまり聞けなかったのだが。
しかし、その衝動も今のところはこれまで起きていたものより抑えられており、千冬からの言葉も素直に聞けていた。
原因として考えられるのは、やはりスサノオとの契約だろうか。
ここ数日において自身が明確に変わってしまった変化だけのことはあり、どうしてもそれ以外には候補が思いつかない。
事情を知っていそうなスサノオは言葉を発さず、黙ったっきりであった。
ともあれ、千冬に色々と聞くことができる数少ないかもしれない機会である。この際であるから色々と聞きたいことは山程あるのだが……やはり優先すべきは《白式》での戦い方だろう。
これだけは聞かねば到底、鈴に勝つことなど何時になるか分かりやしないのだ。
そう結論をだした一夏は千冬に早速話を切り出した。
「えっと、ちふ、いや織斑先生。質問――というかアドバイスが欲しいんだけどいいか、あーいいでしょうか!」
つい、その場の勢いで質問しようとした瞬間に千冬の目つきが切り替わった。やはり公私の切り替えはするらしいがそれにしてもそのオンとオフの切り替えが早すぎる。スイッチを切り替えるよりもスムーズに移行していたんじゃないかと一夏が感じる程だった。
「ふむ、私の軽い思いで話を聞かせようと思ったのだが――それは、余計だったかな?いや、まあ結局は同じことを話すことになるかもしれんが。で、何だ?織斑。私に質問とは?」
「え、えーと。織斑先生は現役時代、俺と同じ戦闘方法、つまりは刀一本で世界一になったって聞いて……それで、同じ戦い方なら何か具体的な戦法があるのではないかと思って、そこらへんを聞きたいんですけど……」
「成程……凰との試合が気になるのか?一応、クラス代表対抗戦はトーナメント方式であるから必ずしも戦うとう訳ではないのだがな――凰と当たる前にお前が負けるかもしれんしなぁ?」
……その通りだった。鈴との決闘を視野に入れていたのですっかり忘れていたが、他のクラスの代表とも戦うかもしれないことをすっかりと忘れていた。しかし、鈴が代表候補生ということを考えれば、後はそこまで考える必要は無いのではないだろうか。確かに自分は素人ではあるがそうやすやすと負ける程弱くは無い……ハズである。少なくとも、セシリアから一本とれるくらいは強いのだ。
「その顔では本当に凰のことしか頭に入っていなかったようだが……そもそも、お前は素人だが、周りも同じだと思わない方がいいぞ。実機での経験が少ないというだけで知識はあるというだけならばそこら中にいる。クラス代表に選ばれるというとそこまで読みかねるが……少なくとも今のお前よりも知識があるものばかりであるのは確かだろうな。ISは素人の内は知識の差がものをいう場合もある。それに足をすくわれても知らんぞ」
「は、はいっ」
どうやら考えは筒抜けであるらしい。しかし、言ってることは最もであるので何も言い返さなかった。
「そもそも、そのような知識の差が無くなって初めて代表候補生だの専用機だのというのが与えられるものだ。それを考えるならば、そのような人物でなくとも今のお前よりも十分に強いということはある。努々油断しないことだな。――そうでなくとも、クラス代表には凰以外にも代表候補生がいるのだからなおさらだな」
「鈴以外にも代表候補生が?」
「ああ、八組の更識という日本の代表候補生がいる。生憎、諸所の事情で専用機を所持してはいないようではあるが……それでも今のお前など相手にはならん」
「そ、そうなのか……っていうことは最悪鈴と戦う前にその更識とかいう人も倒さなきゃいけないのか……」
「とはいえ、専用機を持っていないということから凰やオルコット程の脅威と言える訳ではないがな。逆に言えば専用機というのはそれほどのアドバンテージを持つという事だが――織斑、何がそこまで練習機と異なると思う?」
「え?それはあれ、専用機が持ってる特殊な兵装だったりとか」
「違う――確かに第三世代の専用機を目の当たりしたお前からすればそう考えるのは自然だが……本質を突いているわけでは無い。それこそ量産機である《打鉄》や《ラファールリヴァイブ》を改造したものを専用機としているものもいる。まあ、これも参考にするには大概な装備を積んでいることもあるのだが……要はその人物の専用のISとすることに意味があるのだ」
「専用機にすること自体に意味がある……?」
「そうだ。授業をしっかり聞いていれば理解できるはずだが、ISには自己進化機能が存在する。これはISコアのブラックボックスに関係するので詳細は明かされていないが、ISは使えば使うほど学習する。良く用いる回避パターン、攻撃方法、受けた攻撃、勝因、敗因、その他目に映らないものも数多くな。そしてその学習を元としてISは操縦者に適した進化を行う。――そう、通常であればな」
「あ――だから、専用機!」
「そう、このIS学園を始めとした機関が所持しているISはそのほとんどが訓練機、つまりはある程度誰でも使えるようにその学習機能を逐一リセットしている。これは、勝手な自己進化を妨げあくまで練習用として用いるためだ。そこが、訓練機を用いることの最大の弱みとなる。同時に、これこそがお前が最も頭に入れなければならないことだ」
「専用機が自己進化を行えることが?」
「そうだ、お前は私が世界一となったのは特別な戦い方があるからだと思っているようだが――言ってしまえばその通りだ。だが、それは私が専用機である《暮桜》があってこそ完成したものであり、成り立っていたものである。つまりISを駆使しつづけ、文字通り自身の手足の延長となるまでに使いこなすことだ――これを言えばたいていの輩が鼻で笑うのだ。ISは自分の手の延長だとな――片腹痛い。そういうやつに限ってハイパーセンサーに振り回されている。そもそも、ハイパーセンサーは自身にある新たな感覚であると認識できるようになっていれば、ハイパーセンサーの反応は自身の目と耳で捉えているも同然だ――とはいえ、今のお前にそこまでを求める訳ではないがな」
そうは言っているが全くと言っていいほど目が笑っていなかった。その目からは今すぐということに偽りは無いらしいが――出来る限り早くできるようにしろと言っているのは伝わってくる。
どう考えても期待が重い。
この姉、久しぶりに面と向かって話してみれば、なんでこうも期待が重いのだろうか。
「いずれにせよ、私からこの場でお前にアドバイスできることは、実の所あまりない。これから私の指導を受けるというのならば話は別だがな。それはお前が気乗りするわけでは無いし、私も立場上お前に付きっきりというわけにはいかないのでな――まあこれが最後の機会という訳でもない、そう気を落とすな」
そう言われても、教えてもらえることは少ないということには変わりは無く。一夏は肩を落とすのを我慢することが出来なかった。
別に一日で劇的に上手くなるとは思って無かった。
それでも、何かヒントは無いかと必死だったのは確かで、気落ちするのを避けられないでいた。
肩を落としテンションが明らかに下がっている一夏を置いて千冬が言葉を続ける。
「さて、ようやく本題となる所、お前の質問に答えることとしよう。つまりは私がどう戦ったのか、ということだが――お前とそこまで変わることは無い。相手からの攻撃を躱し、いなし、近づいて、斬る。それをひたすら繰り返すただそれだけだったな。いや、それしかできなかった」
どうやら、本当に時間の無駄だったのかもしれない……、一夏は本当に後悔し始めていた。
そんな様子を隠さない一夏を余所に千冬は話続ける。
「≪白式≫同様、≪暮桜≫は≪雪片≫しか武装が無かったのはお前の知っているところだろう。まあ、言ってしまえば、私が現役の時は第三世代型はいなかったからな、今同じことをして見せろと言われてもできるかどうかは断言はできん」
が、と千冬は言葉を切りますます項垂れている一夏に改めて目を向ける。
一夏の様子にあきれつつも、千冬は話続ける。
「それでも、お前に言えることは――≪零落白夜≫についてだ。これは私が使っていたことから伝えられる、私の使い方だ、参考にしてもいいししなくてもいい。いいか、一夏。忘れるな、お前が使うものは、例え同じ名前だとしても決して同じ物だと考える必要はない」
そう、重ねるように念を押して、一夏に問う。
「……分かった。そうする、あくまで参考にするよ、そうした方がいいんだろ?」
「ああ、そうだ。私がお前で無いように、お前も私では無い。だから、私の後追いなどする必要などなく――むしろ私を越える気概を示せ」
「千冬姉、まさか……!」
「私が気付いていないとでも?甘いな、私はお前の姉、織斑千冬だぞ?」
◆
一夏を学生寮まで送った後、自身も残った仕事を片付けるべく、本校舎の職員室まで向かう千冬。
その道沿いには、すでに桜は散り、木々は緑を宿しているものも見える。
千冬の顔は何処か憑き物が落ちたような、少ないながら伝えたいことを伝えられたと、そう言わんばかりの顔であった。
普段は表情をそうそう、変える事無く。常に無愛想な顔をしているので、周囲に人がいれば決してしなかったであろう。
果たしてその内心は如何なるものなのだろうか、それは彼女自身が知るのみであった。
「どうか、頼むぞ。≪■■■■■■≫アイツを、一夏を守ってやってくれ」
彼女が発した言葉も、彼女が知るのみで全ては春の風の中へときえていった。
何とか年内に投稿することが出来ました。来年もどうぞよろしくお願い致します。