無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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レベル90、スキルマックスの我がカルデアのロビンフッドですが、更に聖杯を捧げて100までレベルアップして頂こうかと迷っている今日この頃。
皆さんのカルデアではレベル幾つですかね?


魔術競技祭の幕開け

 いよいよ迎えた魔術競技祭当日。生徒達が浮き足立つ中、まず最初に女王陛下の歓待が執り行われる。

 

 帝国国民にとって雲の上の存在とも言える女王陛下の行幸を出迎えるため、学院正門は生徒や講師によってごった返している。先発で到着した王室親衛隊が溢れ返る人々を整理し、来客用玄関に向かって整然と人垣の道ができていた。

 

 その場に集う人々が一様に緊張した面持ちで待つ中、ロクスレイは護衛対象を見失わないよう気を払っていた。護衛対象たるルミアは何やら今にも倒れそうなグレンをシスティーナと一緒に支えている。呑気なものだ。

 

 相変わらず仲が良いな、などと考えていると人垣の道を馬に騎乗した兵士が駆け抜ける。それを契機に、待機していた楽奏隊が派手に演奏を始め、生徒達が大歓声と共に拍手の嵐を巻き起こした。

 

 盛大な歓待を受けつつ護衛に囲まれた豪奢な馬車が正門を潜る。悠然と進む馬車内から女王アリシア七世が身を乗り出して微笑み交じり手を振れば、拍手と歓声が更に爆発。興奮と熱狂が渦巻く。

 

「さすがの人気ぶりだな。帝国を運営してきたカリスマは伊達じゃねえってことか」

 

 ふとロクスレイはルミアの様子を見る。人垣の一角から女王陛下の姿を眺めていたルミアは、首元のロケットに手を伸ばす。中身は見えないが、恐らく空っぽなのだろう。憂いを帯びた横顔を見れば大体の心境は読めた。

 

「吹っ切ったつもりでいてその実、未練を捨てきれてない。難儀なもんだ。昔と比べれば随分強くなっちゃいるが、心の何処かでは母親の愛を求めてるんですかね……」

 

 システィーナに声を掛けられ、何でもないと気丈に笑う少女の姿は見ていて痛々しかった。

 

 物心つく前に親に捨てられたロクスレイには、ルミアの内心を察することはできても理解や共感は今ひとつ抱けない。ただ一般的な常識と照らし合わせて、不幸な境遇だと同情するくらいだ。

 

「ま、娘が娘なら母親も筋金入りの拗らせぶりですし、ある意味似たもの親子ってやつか。世の中儘ならないもんだ」

 

 窓から微笑みを振り撒きつつさりげなく娘の姿を探す女王陛下を見て、ロクスレイはそう結論付けるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 女王陛下の歓待は恙無く終わり、ようやく魔術競技祭が始まる。長々とした開会式が滞りなく進行し、女王陛下からのお言葉で締め括られてやっと競技に移行した。

 

 競技祭が行われる会場は学院内の魔術競技場だ。構造は石で造られた円形の闘技場であり、中央には芝生が敷き詰められ競技フィールドがあり、観客席は三層構造の外へいけばいくほど高くなっている。

 

 更にこの競技場、魔術的ギミックが仕込まれており、制御コマンド一つでフィールドを林や火の海、果ては水の張られたプールに変えることが可能だ。

 

 そんな競技場にて、驚くべき番狂わせが巻き起こっていた。誰もが期待などしていなかったグレンの担当クラスである二組が、次から次へと好成績をもぎ取っているのだ。

 

『またしても二組が三位だぁあああ! いったいどうなっているのかァアアア──!?』

 

 実況担当の生徒が興奮に絶叫を上げる。魔術の拡声音響術式により競技場全体へと響く彼の声は、他の観客達の心情を代弁していた。

 

 誰もが予想だにしなかった状況。成績優秀者も成績下位者も分け隔てなく出場する二組が、何をどうしたのか比較的上位の成績を収めている。前評判など知ったことかと言わんばかりの快進撃に、他クラスで出場できなかった生徒達が大いに沸いていた。

 

 競技場がかつてない盛り上がりを見せ、幸先の良い結果に喜ぶ様子を、ロクスレイは中心から少し離れた位置で眺めている。クラスの団欒に交じるわけではなし、しかして集団から外れるような立ち位置でもない。ギリギリ、クラスメイトに含まれるようなポジションだ。

 

「ま、当然の結果ですかね。使い回される生徒達と違って二組の連中は自分の競技に全力を注げる。魔力の温存なんざ考えなくていい分、思い切りの良いパフォーマンスができるからな」

 

「へえ、そうなんだ。さすがグレン先生だね。それに気付けるロクスレイ君もだけど」

 

「……あのね、ティンジェル嬢。何のつもりか知らないが、オレに気を遣う必要とかないから。別にぼっちなワケでもありませんし? ちゃーんとクラスの一員として競技祭に参加してるんだからさ」

 

 わざわざクラスの輪を抜け出てまで自分の隣に並ぶルミアに、さしものロクスレイも頭が痛い。本当に、どうしてこの少女はここまで構ってくるのか。

 

「でもロクスレイ君、あんまり楽しそうに見えなかったよ。皆が盛り上がるのを眺めてるだけだったよね」

 

「そんなことないぜ? 楽しみ方なんて人それぞれ。オレは輪に交じってはしゃぐタイプじゃないだけであって、別段退屈してるワケじゃない。楽しそうに騒ぐ連中を見てるだけでこっちはお腹一杯なのさ」

 

 尊敬と畏怖の目を生徒達から向けられ、引き攣った笑みで応じるグレンを見て微笑を零す。血に塗れた世界で生きてきたロクスレイにとって、優しい陽だまりはどうにも座りが悪いが、かと言って嫌いというわけでもない。端から見るだけで十分だった。

 

「それよか、次はティンジェル嬢の出番じゃないですかい?」

 

「そうなんだよね……」

 

「なんだ、自信がないのか?」

 

「ちょっとだけね? 私以外の選手は男の子ばっかりだし、去年も凄いことになってたから」

 

 競技『精神防御』は競技の中でも過酷なものだと言われている。精神汚染攻撃に対して自己精神強化の術を用いて只管に耐える我慢比べ、最後まで耐え抜いた者が勝者という競技だ。その性質上、出場選手は毎年男子だけ、女子が出ることなど一度もなかった。

 

 精神的にタフな男子達と並び立ち、果たしてどこまで耐えられるのか。改めてその光景を想像してルミアはほんの少しだけ不安に駆られた。ここまで他の生徒達が好成績を残してきたのも少なからずプレッシャーになっているのだろう。

 

 やや硬い面持ちのルミア。母親に捨てられ、悪意ある人間にその身を狙われ続けてなお気丈に振る舞える彼女ならば、所詮は修羅場も知らない学生達に負ける道理はないだろう。だが僅かにでも不安の類があればそれだけで精神の防御力は下がる。それは万が一の敗北を招きかねない。

 

 どうしたものかとロクスレイは腕を組む。

 

 ロクスレイは競技祭の優勝になんて興味の欠片もない。女王陛下から勲章を賜る栄誉も要らない。だからルミアが競技で失敗しようと構わない、と言いたいのだが、生憎と競技の結果如何によっては護衛の仕事に支障が出る。何せ精神汚染攻撃に耐え切れなければ最悪昏睡するなどという事態になりかねないのだ。護衛をする側としては避けたい展開である。

 

 まあ仕事上の必要な接触か、と自分を納得させてロクスレイは少し低い位置にあるルミアの頭に掌を載せた。

 

「そう緊張する必要なんてねぇですよ。肩の力を抜いて、気楽に挑めばいいのさ。それに、もしティンジェル嬢がしくじってもオレがサクッと取り返してやりますよ。だから気負わず、やれることやってきな」

 

「……うん、ありがと。なんだか気が軽くなったみたい。私、頑張ってくるよ」

 

 爛漫に笑顔を咲かせ、ルミアは競技場へと向かっていく。その足取りは軽く、もう不安の色は見られなかった。

 

 遠ざかっていく小さな背中を見つめ、ロクスレイは自分の掌に視線を落とす。不用意に近づけば仕事に差し障ると分かっているはずなのに、一体全体何をしているのか。

 

「どーにも、調子が狂うな……」

 

 髪を掻き上げて小さく吐息を洩らす。だがロクスレイは気づいていない。自分でも知らぬうちに微かに笑みを作っていたことを。

 

 その後、ルミアは下馬評を覆し、去年の優勝者を抑えて堂々の一位を手にした。それがとある少年の言葉に背を押された結果なのかは、当人たるルミアにしか分からない。

 

 ただ、クラスメイトに囲まれて嬉しそうに笑うルミアの姿は、陽だまりの中で咲き誇る可憐な花のようであったと、遠目に眺めながらロクスレイは思ったのだった。

 

 

 ▼

 

 

 午前の部が終わり、午後の部が始まるまでの昼休憩。生徒達が各々で昼食を取ろうとする中、ご存知金欠グレン=レーダスはと言えば、空腹を堪えて生徒の相談に乗り、何だかんだの自業自得でシスティーナに吹っ飛ばされ、そしてとある生徒の厚意によって久方ぶりの食事にありつけていた。

 

「ふー生き返った、生き返った。ほんと、マジ助かったわ、ルミア」

 

「あはは、それは良かったです。でも、お礼は私じゃなくてその女の子にお願いしますね」

 

 たった今、グレンが余すことなく食したサンドイッチの数々はとある素直になれない女子生徒が相手に渡せないで廃棄しようとしていたのを、見かねたルミアが代わりに届けた物だ。まあとある女子生徒が誰であるかは鈍感でない限り察しがつくだろうが、生憎とこのロクでなしはその鈍感に含まれていた。

 

「おう、分かってるって。序でに美味かったって伝えといてくれ……ところで、ルミアのそれは自分の弁当か?」

 

 グレンの目がルミアの抱える小さなバスケットを捕捉する。決して狙っているわけではない。ただ気になっているだけだ。目つきが獣染みた何かになっているのは気のせいだろう。

 

 そんなグレンに苦笑いながらルミアはバスケットの表面を撫でる。

 

「これは、とある人に食べて欲しくて作ったんです。不器用だから見た目は不恰好になっちゃいましたけど、味は問題なく仕上がったので渡したいと思ったんですが……」

 

「なら渡しにいけばいいんじゃねーの?」

 

 無遠慮な物言いにルミアは肩を落とす。

 

「残念ながら、多分その人は受け取ってくれないと思うんですよね」

 

「はぁ? なんだそいつ、女の子が手作りしてくれた食いモンを突っ撥ねるとか男の風上にも置けねーな」

 

 不意に、少し離れた茂みがガサリと揺れた。妙な揺れ方ではあったが小動物か何かだろうと決めつけ、グレンはそのままルミアと他愛ない雑談を続ける。

 

 そうしてしばらく、そろそろ競技場に戻ろうかと腰を上げた二人の背後から、とある女性が声を掛けた。

 

 最初、面倒だからなどという理由でおざなりに答えたグレンは、相手が女王陛下その人だと知ると態度を一変。権力の前には全力で媚びる、小心者のお手本がそこにいた。

 

 アリシア七世はそんなグレンと一言二言会話を交わし、呆然と立ち尽くすルミアに水を向けた。彼女がここに現れた目的はルミア──実の娘であるエルミアナに直接会って話すことである。先の競技で元気な娘の姿を見て、居ても立っても居られなかったらしい。

 

 間近にいる娘に優しく語りかけるアリシア。今も変わらず母親として娘の身を案じているかのように、優しく、温かく。それがどれほど娘の心を掻き乱しているかも知らずに。

 

 やがて硬直から立ち直ったルミアが慇懃に人違いだと告げ、赤の他人として対応する。淡々と一帝国民として接する娘に、アリシアはしばし言葉を失っていたが、最終的には諦めたように口を噤んだ。

 

 頑なに他人を貫くルミアから未練を振り切るように目線を外し、アリシアはグレンに宜しくお願いしますと頼むと、そのまま静かに去って行った。その間、ルミアは一度たりとも顔を上げようとはしなかった。

 

 

 ▼

 

 

「急に現れたと思えば、オタクなら簡単に予想できたんじゃないですかい?」

 

 貴賓室へと戻る道中、誰一人として往来を往くアリシアの存在に気づいてすらいないというのに、その少年は当然のように声を掛けてきた。

 

「確かに、そうですね。少し考えればこうなることくらい分かったでしょうに、ダメですね。娘のこととなるといつもこんな調子です」

 

「まあ、オタクの数少ない人間味のある一面だとは思いますがね。振り回されるお嬢さんの気持ちも少しは考えるべきだったんじゃないですかねぇ」

 

 ルミアにとってアリシアはどう取り繕っても自分を捨てた親に他ならない。今でこそ事情を知っているから喚き立てるような見苦しい真似はしないが、当時子供であったルミアが負った心の傷は小さくないはずだ。それなのにアリシアが昔と変わらぬ優しい母親として接してきたら、あの対応になるのも致し方ないだろう。

 

「ええ、貴方の言う通り。あの子の気持ちをもっとよく考えるべきでした……でも、我慢できなかったのです。あんな風に友人に囲まれ、尊敬できる先生に出会い、楽しそうに笑っている姿を見てしまったら……」

 

「…………」

 

 今にも涙を零しそうな勢いのアリシアの告白。娘に赤の他人として接されると分かっていたはずなのに、会いたいという願いが勝ってしまった。そして案の定、惨めな思いをして帰る羽目になっている。一国を治める女王として、そして一人の娘の母親としても今のアリシアは見るに堪えない。

 

 あからさまに肩を落とす雇用主(クライアント)に、少年はどうしようもない既視感を覚えて苛立ちを覚える。

 

「ったく、揃いも揃って似た者親子だよ、オタクら。どっちも未練タラタラじゃねぇですか。あーめんどくせぇ……」

 

 中身のないロケットを後生大事に身に付ける娘。

 

 放逐した娘と会うためだけに無茶をやらかす親。

 

 少年からすればどっちもどっち、下らない意地も邪魔くさい体裁もさっさと捨てて腹を割れと言いたいところである。もし二人が望むならば、それができるくらいの状況はサービスで用意してやってもよかった。でないと見ている少年の方が拗れた現状に限界を迎えかねない。

 

 とは言え少年から提案することはない。この問題は帝国の、そして親子の問題であると弁えているからだ。何処まで行っても他人でしかない少年が土足で踏み込むには些かデリケートな事情が過ぎる。

 

「どこに落ち着けるかは知りませんがね。できることなら早いとこケリをつけてくれよ。でないと仕事に障る」

 

「ええ、分かっています。私の我儘に付き合わせて、申し訳ありません」

 

 少年は女王を一瞥し、往来を行き来する人混みの中へと消える。残されたアリシアは未だ気落ちしたまま、とぼとぼと貴賓席へと歩みを再開した。

 

 しかし、そんなアリシアを何処からともなく現れた王室親衛隊が取り囲んだことで、事態は厄介な方面へと転がり始めた。

 

 

 

 

 

 


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