それでもご納得頂けない、或いは受け入れられない場合は悲しいことですが切り捨ててくださって構いません。元々ロビンフッド好きが暴走した、ある程度の脳内予定はあっても見切り発車同然の拙作なので。
それでも構わないよ、という方は今後とも温かい目で見守って頂けると有難いです。
夢と迫る魔術競技祭
それは夢。強烈な記憶として焼き付いたエピソードが、時折夢となって再現される。
幼い頃、自分にとって世界そのものであった母親に捨てられた私は、とにかく卑屈で荒んでいた。今でこそ姉妹同然のシスティともよく喧嘩していて、自分は要らない子なんだと卑下し、家の人達に当たり散らす毎日。
そんなある日のこと、私は悪い魔法使いに攫われた。きっと追い出されても我儘で良い子にしてなかった私を殺すために、お母さんが差し向けた人達なんだ。何も知らない子供の私はそう思った。後で知ったことだけど、この誘拐は私とシスティを間違えたものだったらしい。
そんなことと露知らない私はただただ絶望していた。もう私は誰からも必要とされていない、生きていちゃいけない存在なんだと。
悲嘆と絶望に沈んでいたその時、何やら誘拐犯達が慌てだした。涙を流して目を閉じていた私には何が起きてるか分からなかったけど、悪い魔法使いの悲鳴が聞こえたのと同時、私は別の誰かに抱え上げられる。誘拐犯達のように雑ではなく、優しく丁重な手つきだった。
恐る恐る瞼を開くと目前にフードで隠された顔があった。どうしてか、目と鼻の先にあるはずなのに辛うじて分かるのは男であることだけ。髪色や瞳の色、顔立ちも判然としない。はっきり言って怪しい人だった。
当時の私はとにかく卑屈で後ろ向きだった。だから普通に考えればこの人が助けてくれたと分かったはずなのに、私はこの人も敵だと思い込んで泣き喚いた。もう嫌だと、当たり散らしたのだ。
けれど男の人は私の言葉なんか無視し、何処かへ向かって走り出す。人一人抱えているとは思えない身軽さで建物の屋根に登り、疾風の如く空を駆ける。
きっと他の仲間と合流するのだと勘違いして、私は更に喚き散らした。そうしてしばらく、我慢の限界に達したのか男の人がやっと口を開いた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ、やれみんな敵だ、やれ自分は要らない子だとか喧しい。お嬢さんの境遇には同情するが、オレはいつまでもいじいじしてる女は大ッ嫌いなんですよ」
まだ幼くついさっき誘拐されたばかりの女の子に対してこの物言い。如何に切迫した状況であったとしてもこれは酷い。普通の子供なら更に泣き喚いていたところだろう。でも私は良くも悪くも普通じゃなくて、男の人の八つ当たり染みた言葉に泣きが引っ込んだ。
代わりに出てきたのは今日まで溜め込んだ弱音と愚痴。母親に捨てられた嘆き、誰からも必要とされない悲しみ、誰一人として味方のいない絶望。全部、全部、吐き出した。
お門違いだと分かっていても、敵か味方かすら分からない相手に私は本音をぶつけていたのだ。
さっきまでのただ喚き散らすだけの癇癪ではない、比較的落ち着いた心境で吐露された心情に、男の人は投げやりではなく真摯に答える。
「あぁ、そうだな。お嬢さんが母親に捨てられたのは偽りない事実だ。そこは変えようがないし、そのあたりの事情を理解しろってのも無茶な話だ。だがな、誰からも必要とされてないなんてのは早とちりが過ぎるんじゃねぇの? 誰も味方がいないなんて、どうして分かる?」
屋根から屋根へと飛び移りながら男の人はまるで全て知っているかのように言葉を紡ぐ。
「もっと周りをよく見てみな。オタクのことを心配して手を差し伸べてくる人がいなかったか? 子供なりに卑屈なオタクを元気づけようと頑張ってる子がいなかったか? あれこれと当たり散らすオタクに根気強く向き合おうとしてくれる人達がいなかったか?」
男の人の言葉に私は思い当たる節があった。私のことを引き取ってくれたフィーベル家の人達。どんなに私が当たり散らしても、酷い喧嘩をしても、あの家の人達は私を追い出したりはしなかった。いつも私のことを心配して、守ろうとしてくれていたのだ。それにどうして気付けなかったのだろう。
「味方がいないってのも早合点だ──おっと!」
私を抱えながら男の人が一際高く跳躍する。直後、真下を火炎と雷光が通過した。魔術による、それも殺傷性の高い攻撃だ。
「やってくれるな。お返しにこれでもくらっときな!」
懐から小さな球体を取り出すと、男の人はろくに後ろも見ずに後方へ放り投げる。数瞬後、眩い閃光が後ろで弾け、知らない人達の声が聞こえてきた。
男の人は軽やかに屋根の上に着地すると再び駆け出す。一陣の風の如く街を駆ける感覚が、段々と心地よく感じてきた。まるで柵全てから解放されて自由な風になったみたい。
「さっきの続きだが、お嬢さんの味方はちゃんといる。オレを含めて少なくとも三人、命張ってる輩がいるんだ。それなのに勝手に絶望してんじゃねぇですよ……!」
「三人……」
数字的に言えば三人なんて少ないものだ。けれど世界に絶望していた私にとって、三人でも味方がいることが夢のようだった。私は一人じゃないんだって思えた。
「まあ、オレみたいな見た目一発不審者に言われても信用ならないと思いますがね。事実、オレは正義の味方とは縁遠い悪党だ」
自嘲げに、自分を卑下する男の人。口調や声音が変わったわけでもないのに、どうしてか私には男の人が恥じているような、落ち込んでいるような気がした。多分、私もずっと絶望して悲嘆に暮れていたから、負の感情に敏感だったのだと思う。
だから、私は思わず男の人にぎゅっとしがみついた。
「そんなことない、です。貴方は私を助けてくれた味方だから。ちゃんと信じます」
私の言葉に男の人が驚いたような気配がした。顔が見えないからよく分からないけど、きっと目を見開いてたんじゃないかな。
「……オレみたいな悪党を信じるなんて、お嬢さんも懐が深いこった」
呆れたように腕の中の私を見下ろして、
「でも、そうだな。どうせ守るなら、オレを信じてくれる人の方がいいよなぁ……」
男の人はそんなことを呟く。腕の中で縮こまる私を一瞥して、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「お嬢さんに一つ、お呪いを教えてやるよ。忘れてくれてもいいですがね──」
皮肉げに付け足して男の人は魔術の詠唱らしき呪文を囁く。まだ魔術学院に通っていなかった私には、意味も何も分からないけれど、それが何かしら重要な意味を秘めていることは察せた。
そのすぐ後、私は駆け付けたもう一人の仲間であるグレン先生に文字通り投げ渡され、男の人は何処かへ消えてしまった。
あの時教えてもらったお呪いを、私は今も鮮明に覚えている。
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アルザーノ帝国魔術学院に魔術競技祭の季節がやってきた。
魔術競技祭とはアルザーノ帝国魔術学院で年に三度に分けて開催される、生徒同士による魔術の技量の競い合いである。各クラスから選出された選手達が様々な魔術競技で腕を比べ合うお祭り、であるのだが。何時からか出場するのは成績優秀者ばかり、挙句同じ選手の使い回しが当然のように行われるようになり、お祭りという楽しい印象からは掛け離れた代物へと成り下がっていた。
「だから今年こそは皆で競技祭を楽しみたいってシスティは言ってたんだけどね……」
憂い顔でルミアは眉尻を下げる。去年と同じ轍を踏むまいと意気込み、生徒達に競技への参加を呼び掛けるシスティーナは物の見事に空回りしていた。生徒達の反応は芳しくなく、殆どの生徒が気不味げに目を逸らして積極的に参加しようなどと意欲に溢れた者は見当たらない。
それも仕方ないだろう。システィーナはクラス全員でお祭りを楽しみたいようだが、実際に出れば他クラスの成績優秀者に大敗を喫するのが関の山。誰も好き好んで大勢の前で恥はかきたくない。加えて女王陛下が来賓としていらっしゃるとあればなおのことだ。
「萎縮しちゃう気持ちは分かるけど、勇気を出して出場してくれる人はいないかなぁ……」
「……はぁ、話は分かりました。ところでティンジェル嬢、何故にオレの隣の席に座ってるんですかね。ついでにその熱烈な視線をどっか別の方に向けて頂けるとなお有難い」
「うん? だってロクスレイ君、去年の魔術競技祭の時にはまだいなかったから知らないと思って。競技祭がどんなものなのか簡単に説明してあげただけだよ」
「そいつはご親切にどーも。おかげで競技祭についてはよくよく分かったんで、書記のお仕事に戻ってくれて構いませんよ」
言外に前へ戻れと訴えるロクスレイ。護衛対象であるルミアと不必要なまでに距離を詰めたくないのに、こうも接近されては具合が悪い。仕事云々抜きにしても容姿端麗な彼女に近づかれるとクラスの男子達の嫉妬が鬱陶しくて敵わないのもある。
「ところで、ロクスレイ君は興味ある競技とかないかな。色々あるんだよ? 毎年内容が変わるし、初めて見るような競技もあるから一つくらい出場してみない?」
「いやいや、オレは遠慮しときますよ。初めての競技祭なんだ、じっくり外野から見学させてもらうわ」
「そんな遠慮しないで、初めてだからこそ思い切って飛び込んでみるのもありだと思うんだ」
ぐいぐいといつになく積極的に押してくるルミア。妙にイイ笑顔で迫る護衛対象をこちらも努めて笑顔で流しつつ、どうしてこうなったとロクスレイは自問した。
おかしい、ロクスレイの記憶ではルミアとまともに会話したのは魔術談義以降一度もない。短い挨拶のやり取りなどはあったが、長く話し込むような機会はなかったはずだ。つまり現時点においてルミアのロクスレイに対する好感度はマイナスに振れているはず。
だが目の前の少女を見るととても自分を嫌悪しているようには思えない。ルミアがあまり根に持たない
ともかく今は如何にして競技祭の出場を断るかが肝要だ。祭だか何だか知らないが、競技などに出場していては護衛の仕事に差し障る。
しかし現実は上手くいかないことばかりで、ロクスレイの思惑は無駄にテンションの高いグレンの登場によって木っ端微塵と砕け散った。
昨日までは投げやりに好きにしていいと興味なさげに言っていた癖に、いっそ清々しいほどの熱い掌返しを披露してグレンは優勝を狙うと宣言。生徒名簿と競技種目一覧を手にするとシスティーナにチョークを持たせ、各競技に生徒達を満遍なく割り振りだしたのだ。
最低一人一競技。各々の得意分野ないし得意分野から応用が利く競技を当てていくグレン。常日頃から生徒達をよく見ているからこそできる采配である。勿論、不参加を決め込んでいたロクスレイも例外ではない。
「えーっと、なになに? 『フォレスタ』? 初めて聞いたが、要はかくれんぼみたいなもんだろ。じゃあこいつはロクスレイに決定だ」
口を挟むこともできぬまま魔術競技祭参加決定。文句を言おうにも生徒達に囲まれて質疑に応じているグレンには近づけないし、段々とクラス全体が乗り気になっている空気で一人不参加を表明するのは悪目立ちしかねない。必然的にロクスレイは受け入れる他なかった。
いっそ全財産をギャンブルに注ぎ込んで金がなく、魔術競技祭の優勝クラス担当講師に贈られる特別賞与目当てであることをバラしてやろうかとも思ったが、辛うじて踏み止まる。救いようのない悪党である自覚はあっても下衆に堕ちるつもりはないし、言ったところであの暴走列車が止まるとは思えなかった。
ちなみにロクスレイはグレンが金欠で軽く死にかけていることを把握している。妙にやつれているグレンの様子を訝しんでわざわざ探ったのだ。案の定のロクでなしぶりにその時は笑えたが、今となっては食料を恵んでおけばよかったと後悔の真っ只中である。
何やらギイブルが皮肉げに異論を唱えているがそれもグレンに気のある──ただし当人に自覚なし──システィーナの全面援護によって引き下がってしまう。もう少し喰い下がれよと心の内でロクスレイは文句を零していた。
ちなみに非常に奇妙なことにグレンの心境も同じであった。この男、ギイブルに指摘されるまで生徒の使い回しが反則だと思い込んでいたのだ。だが乗り気な生徒と笑顔のシスティーナの手前、今更前言撤回などは言えなかった。
「う〜ん、なんだか噛み合ってないような気がするなぁ……」
今にも血を吐きそうな顔のグレンと期待に胸を踊らせるシスティーナを交互に見やり、ルミアは小首を傾げる。事実、二人の認識は愉快なくらいにすれ違っていた。
ロクスレイも二人のすれ違いを察していたが笑えない。普段なら必死に笑いを堪える羽目になっていただろうが、今回ばかりはとんだとばっちりに心中曇り模様である。
そんなロクスレイの肩が横から突かれる。屈託ない笑顔を咲かせたルミアが言う。
「競技祭、頑張ろうね。ロクスレイ君」
「あー、まあぼちぼちな」
護衛に支障が出ない範囲で、と心の内で付け足してロクスレイは曖昧に頷いた。