無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

4 / 44
やっとこさ動き出すロビンフッド。ちょいとオリジナル魔術入ります。まあロビンフッドを知ってる方なら当然分かりますよね?


崩壊する日常、動き出す無貌の王

 本日から五日間、アルザーノ帝国魔術学院は休校である。学院の講師や教授たちは帝都で開催される帝国総合魔術学会へ参加するため学院からいなくなり、守衛を残して学院は蛻の殻になるはずであった。

 

 しかし一ヶ月前に退職したヒューイ=ルイセン──しかし真実は突然の失踪だ──によって授業が遅延していた二組はこの五日間も授業が入っている。

 

 今日も今日とて教室は一杯。席に空きがないため立ち見の生徒が教室後方に集まっており、人口密度が凄まじいことになっている。全員が全員、グレンの授業目当てでここに集っていた。

 

 しかし生徒達が待ち望んでいる講師の姿はない。授業開始時刻から既に二十分経過しているのにも関わらず、非常勤講師が現れる気配はなかった。

 

「……遅い! ここ最近真面目にやってると思ったら、これなんだから、もう!」

 

 懐中時計を握り締めてぷりぷりと怒るシスティーナ。ここ数日は極めて真面目に授業を執り行っており、密かに見直していたというのに遅刻。僅かとはいえ落胆を覚えずにはいられなかった。

 

「でも、珍しいよね。ここずっと遅刻しないように頑張ってたのに……」

 

「まさか今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

「あはは、それはいくらなんでもない……よね?」

 

 ルミアをして断言できないあたり、グレンの人望の厚さが窺えた。

 

「あいつ、来たら今日こそ一言物申してやるんだから……!」

 

 拳を握り締めてシスティーナが決意を固める。今日こそ、ではなく、今日もの間違いではないかとルミアは突っ込もうかと思ったが敢えて控えておく。ここ最近の評判でグレンが生徒達に囲まれるようになり、必然的に話す機会が減ったシスティーナは自覚なしに不満を溜めていた。

 

 特にグレンが女生徒に囲まれている時は反応が顕著で、いつも隣にいるルミアにはその心境がバレバレである。その癖、素直になれないから昨日も半ば強引に連れ出してグレンに教えを請うたのだ。結局はいつもの揶揄い突っ掛かり合戦になってしまったのだが、それもまた一つのコミュニケーション方法だろう。

 

 システィーナは憎からずグレンを思っている。それが恋愛感情に直結しているとは言えないが、一生徒としてグレンを慕っているのは明らかだ。だがそれを指摘したところで彼女が認めるはずはなく、ならばしばらくは様子見に徹した方がいいというのがルミアの考えである。

 

 むすっと顔を顰めて非常勤講師が現れるのを待つ親友の姿を微笑ましく思いながら、ルミアは教室の後方を見やる。立ち見の生徒で溢れ返る空間に自然と溶け込む男子生徒、ロクスレイがルミアの視線に気づいて微かに笑った。

 

 グレンとシスティーナが大喧嘩した後、己の魔術に対する価値観を語ったロクスレイはそれ以降、ルミアとシスティーナから距離を置いている。普段は真後ろの席を陣取っていたのに、翌日からは離れた別席に座り、立ち見の生徒が増え始めたらさり気なくその人混みに紛れていた。

 

 気不味くて距離を離したのかと思ったが、その割に目を向ければ笑って応じる。けれど話しかけてはこない。ただ離れた位置から見守っているだけ。

 

 今までは何かにつけて声を掛けてきたり、システィーナをおちょくってきたのにそれがパタリと止んだ。別段話したい事柄があるわけでもないが、日常の一部と化していた一環が唐突になくなって僅かに調子が狂っている自覚があった。謎が多く得体が知れなくて警戒していたはずなのに。

 

 はぁ、とルミアにしては珍しく憂鬱に吐息を洩らす。教室の扉が無造作に開かれたのはその直後だった。

 

 一言言ってやろうと意気込んでいたシスティーナは扉が開くと、例によっていつもの如く説教を飛ばそうとしたが、ずかずかと無遠慮に入ってきたチンピラ風の男とダークコートの男を認めて硬直する。

 

「あー、ここかー。いやいや皆さん、勉強熱心なことでゴクローサマー! 応援してるぞ若者よ!」

 

 巫山戯た口調でそんなことを宣うチンピラに教室内がどよめく。誰が見ても怪しい不審人物二人組。何故このような輩が学院内に侵入しているのか、疑念を抱きながら正義感の強いシスティーナが立ち上がる。

 

「ちょっと貴方達、ここがアルザーノ帝国魔術学院だと理解してますか? 部外者は立ち入り禁止ですよ? そもそもどうやって入ってきたんですか。門は守衛の方が立っているはずですよね?」

 

「あ〜、あの弱っちいのね。悪いけど、サクッとブッ殺しちゃったわ」

 

「は、あ……?」

 

 男の軽い殺人宣言にシスティーナは言葉を失いかけるが、すぐに肩を怒らせて言い返す。

 

「ふざけないで下さい! 真面目に答えて!」

 

「大マジなんだけどなぁ〜。まぁ、いいや。面倒だから取り敢えず──」

 

 すっと指先を構える男。ニタリと嫌悪感を掻き立てる笑みを浮かべて男が呪文を紡ぐ。

 

「《ズドン》」

 

 ヒュン! と空気が切り裂かれる音が響く。刹那の時間に一条の閃光がシスティーナの頬を掠め、背後の壁に小さな穴が穿たれた。

 

 呆けるシスティーナに男は三度魔術を放つ。それぞれ首、腰、肩を掠めて三つの閃光が駆け抜けた。目にも留まらぬ雷光の線。背後の壁に穿たれた四つの小さな穴。それら全てが男の使用した魔術の正体を物語っている。

 

「そんな……い、今のは……【ライトニング・ピアス】!?」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】。学生が手習う汎用魔術ではない、軍用の攻性呪文(アサルト・スペル)であり、殺傷性の高い危険な術だ。しかも巫山戯た言動の癖して男の詠唱は恐ろしく短く、術行使の技量の高さが窺えた。生徒達では天地が引っ繰り返っても敵わないだろう。

 

 今まで目にする機会もなかった危険な魔術を間近で放たれたシスティーナは先の勢いは完全に萎み、恐怖のあまりその場に座り込んでしまった。

 

「さーて、煩いのが静かになったところで自己紹介しよっか。オレ達は俗に言うテロリストでーす。この学院はオレ達が占拠したのでー、今から君達は人質ね。大人しくしててねー? 逆らったら容赦なくブッ殺してくから」

 

 物騒な脅迫に教室内は静まり返る。突然の展開に理解が追いついていないのだ。だが時間が経てば嫌でも理解する。理解すれば必然、生徒達は一斉にパニックに陥り騒ぎ出す。

 

「うるせぇ、黙れガキ共。殺すぞ」

 

 指先を頭上に向けて詠唱、放たれた一発の雷光が天井に穴を開ける。殺気を合わせた威嚇に生徒達は強制的に沈黙して恐怖に震え始めた。

 

「よーしよし、良い子だ。良い子ついでに訊きたいことがあるんだけどさ、こんなかでルミアちゃんって女の子いるかな? いたら返事してー? もしくは知ってる人は教えてー?」

 

 男の問いに生徒達は恐怖と困惑の表情で互いに顔を見合わせる。どうしてこの場面でルミアが名指しされるのか分からない。だが不幸なことに名前が出たことで数人の生徒が条件反射的に動きかけてしまった。

 

 チンピラ男はそんな生徒達の挙動を目敏く拾い、動いた生徒達に対して脅しをかけ始める。みんな、男の纏う恐ろしい圧力に震え、酷い者は涙を流していた。誰もがこの地獄の時間が早く過ぎ去ってほしいと願っていた。

 

 そんな中、ルミアは拳を握り締め、覚悟を決めたような表情をしていた。先ほどからシスティーナが目配せをしてくれているが、自分のせいで誰かを傷つけるわけにはいかない。ルミアにこのまま黙り込む選択肢はなかった。

 

 そして怯えながらも立ち上がったシスティーナへ指先が向けられた瞬間、ルミアは自ら名乗り出た。

 

 それからの展開は、ルミアはダークコートの男により教室から連れ出され、生徒達は全員拘束と【スペル・シール】を掛けられて教室に閉じ込められてしまった。これで彼らは魔術を封じられ、一切の反抗ができない。

 

 そして唯一システィーナだけがチンピラ男により連れ出され、魔術実験室へと連れ込まれた。

 

 

 ▼

 

 

「さてと、まさか学院にテロリストが侵入するとはな……」

 

 教室を出てすぐ側の物陰に身を潜めていたロクスレイがやれやれと息を吐く。あの男達が教室に侵入し、生徒達がざわめいた一瞬の隙にロクスレイは気配を絶って教室から脱していたのだ。あのまま残って他の生徒達と同じように拘束されるのを避けるためである。

 

「厄介だな。ティンジェル嬢だけならまだしも、フィーベル嬢まで連れ出すとか予想外だわ。テロリストとして失格なんじゃないですかねぇ、まったく」

 

 ロクスレイの予定ではルミアの後を追いつつ敵の人数を把握、一人で十分制圧可能であれば実行するつもりだった。しかしここで厄介なのが人質だ。それもシスティーナが連れ出されたことで三つに分かれてしまったのである。

 

「くそっ、教室はロンドに見張らせればいいが、フィーベル嬢までは手が回らねえぞ。最優先護衛対象はティンジェル嬢だけど、だからってあっちを見捨てるわけにもいかねぇ……」

 

 ロンドとはロクスレイが飼っている青いコマドリのことだ。依頼人との連絡手段から視覚同調による偵察までと、幅広く活躍してくれるが、悲しいことに分裂まではしてくれない。あともう一人、誰かがいれば迷うことなく行動できるのだが。

 

「……ん? あれは……」

 

 廊下の窓から見える校門のあたりで人影が動いた。テロリストの言葉が正しければ守衛は既に殺されている。となると今の人影の正体は──

 

「あぁ、そうか。いるじゃないの、丁度いい人材が」

 

 どこで手に入れたのか一枚の符を利用して結界を潜り抜け、焦燥の表情で校舎へ向かってくるグレン=レーダスの姿を見つけたロクスレイは、不敵に笑う。地獄に仏とはまさにこのことだ。

 

「フィーベル嬢はグレンに任せよう。あの足なら事に及ぶ前には到着できるはずだ。任せましたぜ、講師殿」

 

 システィーナは正義の魔法使いを夢見た青年に任せ、ロクスレイは行動を開始する。

 

 制服の懐に手を突っ込みサイコロ大の正方形を取り出す。それは圧縮の魔術によって縮小された外套であり、魔術を解除すればあっという間に元の大きさに戻る。深緑のかなり年季の入った外套だ。

 

 外套を羽織り手早く武装の確認。常日頃から持ち歩いている暗器と鋼糸(ワイヤー)などの工作器具、刃物の具合を確かめる。どれも問題はなく、すぐにでも交戦可能な状態である。ここに本来なら小型の弓を携えているのだが、生憎と持ち歩くには不便なため中庭の一角に隠してある。余裕があれば取りに行けばいいだろう。

 

 準備万端整えたところでロクスレイは詠唱を始める。代々、ロビンフッドに受け継がれてきた固有魔術(オリジナル)の一つ。

 

「《森の精よ・我に祝福を・与え給え》」

 

 固有魔術【ノーフェイス・メイキング】。

 

 呪文を唱え魔導器でもある外套を起動。一瞬のうちにロクスレイの姿が背景と同化、透明化し気配が完全に消失する。熱感知すらも欺く気配遮断能力だ。ただし敵意や殺気までは隠蔽できないが。

 

 他にも認識阻害と魔術防御にも優れており、唯一の弱点は物理的な接触であるが、直接触られなければ声でも上げない限り気づかれない代物だ。

 

「そんじゃまあ──無貌の王、参る。なんてな」

 

 意識を完全に切り替えてロクスレイはダークコートの男とルミアの後を追い始めた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。