無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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セイレムでロビンさん大・活・躍! 流石ロビンさん! それはそれとしてアビーの宝具がかっこよすぎる件について。第2ピックアップ来ないかなあ……。


日常への帰還

 精神世界らしき場所での邂逅を終えたロクスレイの意識は、気が付けば現実世界へと戻っていた。

 

 どうやら彼方と現実との間には時間的な繋がりがないらしく、戻ってきたロクスレイの目の前には不安げな顔つきのルミア。ロクスレイを精神世界へと誘った魔法陣が風に舞い散る花弁のように消えていくところだった。

 

「ロクスレイ君……!」

 

 魔法陣の縛りが解けたことでルミアがロクスレイに駆け寄る。

 

 顔色を蒼白にしていたロクスレイは気力を振り絞って立ち上がり、ルミアを安心させるためにいつものように笑ってみせた。

 

「慌てなさんな、お嬢さん。オレはこの通り大丈夫なんで」

 

「でも、顔色が……」

 

「ああ、うん。これはその、あれだ。魔力欠乏症。何でか知りませんが、契約の儀で大量の魔力を持ってかれたみたいでさ。ちょっと休めばよくなるんでご心配なく」

 

 嘘である。契約の儀で魔力を持っていかれたのは確かだが、顔色が悪い理由は別だ。だがその理由をルミアに教えて不安を煽るのは憚れる。無理を承知でロクスレイは誤魔化すことにした。

 

 ルミアも馬鹿ではない。ロクスレイが誤魔化そうとしていることには気付いていたものの、食い下がったところで真実を話してはくれないだろうと察し、この場は言葉を飲み込んだ。

 

「さて、無事に契約の儀も終わったことですし、後はぱあっと飲んで騒いでの宴会でもしますか? その辺りの予定はどうなってんですかい?」

 

 儀式を取り仕切るジェロームへと目配せをする。ルミアに悟られないようにロクスレイが送った手話の暗号を受け、ジェロームは確と頷いた。

 

「うむ、細やかながら宴の用意をしてある。準備が整うまでルミア君は休むといい。ロクスレイ、お前は宴の準備を手伝いたまえ」

 

「うげっ、主役のオレも働かせるとか、マジ人使い荒いわー」

 

「主役はルミア君だ。さて、皆も宴の準備に取り掛かるぞ」

 

 ジェロームの指示に従い一族の面々が里へ引き返していく。ルミアもアンヌとシャルルに背を押され、流れに従って踵を返した。

 

 一族の大半が里へ戻っていく中、儀式場に残った者達がいる。ジェロームを始め、一族内において影響力の強い顔触れだ。中には先代の姿もある。

 

 そして彼らの視線の先に居るのはロクスレイ。手話の暗号でジェローム含めるこの場の面々に残ってくれと指示したのは他ならぬロクスレイだ。

 

「それで、私達に残るよう指示した理由を教えてくれるかね」

 

 残った面々の言葉をジェロームが代表して述べた。どこか切実な願いを滲ませる幾つもの視線に晒されながら、ロクスレイは険しい顔つきで口を開く。

 

「言うまでもないと思いますがね、一族の悲願、皐月の王についての話だ。ただ、覚悟しといた方がいいですぜ。全部分かったワケじゃねぇですけど、こいつは割とロクでもない話になる」

 

 そう前置いてロクスレイは精神世界での初代ロビンフッドらしき男とのやり取りを余すことなく語るのだった。

 

 

 ▼

 

 

 新たな無貌の王の継承、そして一族の悲願成就を祝う宴は里の中央広場で盛大に催された。

 

 一族の中でも腕に自信のある女衆が作った料理を持ち寄り、旅芸人や吟遊詩人に扮して各地の情報を集めるような面々が芸を披露し、里の子供達が彼方此方をはしゃぎ回る。滅多にないお祭り事とあって凄まじい盛り上がりようだ。

 

 そんな宴の様子をロクスレイは微妙に輪から外れない立ち位置から眺めていた。一応は新たな無貌の王改めて皐月の王であるので位置付け的には宴の主役なのだが、そこはルミアに任せている。ロクスレイらしいと言えばロクスレイらしい。

 

 宴の喧騒を肴に大雑把な味付けのサンドイッチを食べながら、ぼんやりと考えることはロビンフッドについて。

 

 無貌の王の一族に隠された真実。精神世界での断片的なやり取りから推測するに、来たるべき時が訪れた時に初代が現世へと舞い戻るためだけに用意した器。極端な表現をすれば道具だったのだろう。

 

 今、一族は大きく揺らいでいる。明らかになったことは少ないけれど、明かされた真実は一族の根幹を揺るがすに余りあった。よもや自分達の存在意義が初代ロビンフッド復活のための器だったなどと、そうそう受け入れられるものではない。

 

 一族は無貌の王として無辜の民を守らんがため、世に蔓延る外道共を狩ってきた。その手を血に濡らし、社会の闇に潜み、暗躍してきた彼らにも一抹の誇りや矜持がある。誰に誇れるものでなくとも、それは代々一族に受け継がれてきたのだ。

 

 ──それすらもまやかしであったかもしれない。

 

 全ては初代の掌の上。一族が抱いていた悲願に対する焦燥も何もかも仕組まれたものだったかもしれない。

 

 一族内で比較的若い者達が受けた衝撃はまだ小さい。だが歳を重ねた者や一族の在り方に強い思い入れがあった者達が受けた衝撃は計り知れない。

 

 一族内で影響力の強い顔触れは宴に参加せず、今後の方針について話し合いをしている。どのような結論に落ち着くかは不明だ。もしかしたら初代ロビンフッドの意思を汲んで、初代に服するという可能性もないとは言い切れない。

 

 その場合、器に選ばれてしまったロクスレイはどうなるのか。恐らくロクスレイ=シャーウッドという個人は食い潰されてしまうだろうと、ロクスレイは他人事のように考える。

 

 当事者であり問題の渦中にいるといっても過言ではないにも関わらず、ロクスレイは初代ロビンフッドや一族の今後の方針に関して関心が薄い。無論、自分に関わる重要なことであるのは自覚している。

 

 だがそれ以上にロクスレイの心を煩わせている事柄があった。

 

「初代の仕えた主人、あれは……」

 

 精神世界に引き摺り込まれて垣間見た情景。初代とその主人が別れる場面が、厳密には主人の容姿がロクスレイの頭を離れない。

 

 ルミアに似ていた。相違点は多々あるし、纏う雰囲気も何もかもがルミアとは掛け離れていた。それなのにどうしてか、彼女はルミアであると思えてしまう。

 

 理解ができない。情報が足りない。だが一つだけ、ロクスレイは確信していることがある。

 

 ──お嬢さんを初代の主人(異形)に至らせてはならない。

 

 根拠も何もないが、あの姿にだけはしてはならない。今日まで何だかんだルミアの側に居たからこそ、より一層そう思えた。

 

 サンドイッチを齧りながら難しい表情で物思いに耽るロクスレイの隣に、音もなく気配が立つ。誰が隣に立ったか察したロクスレイは微かに緊張を滲ませて隣を見上げる。

 

 そこに居たのは先代無貌の王であり、ロクスレイの育ての親である翁であった。

 

「話し合いは終わったんですかい?」

 

 先代は今後の方針についての話し合いに参加していた。それが今、此処にいるということは結論が出たのだろう。

 

 先代は重々しく頷き、話し合いの結果を話す。

 

「一族としては暫く様子見だ。ただし、初代に恭順するということはないだろう。わしもそうだが、何だかんだと今の一族の在り方に愛着があるものが多いからな。差し当たって大きく動くことはなく、今まで通りという結論に落ち着いた」

 

「そいつはまた、驚いたなぁ。オレとしちゃあ、初代のお心に従うべきだとか言われるんじゃねぇかと思ってたんですがね」

 

「無論、そういった意見もあった。ただしどれも消極的なものでな。皆、ショックから立ち直ると現状維持という意見を示した」

 

「さいですかい。ま、初代に身も心も捧げろとか無茶言われなければ文句ねぇですよ」

 

 気にも留めていない風にロクスレイが言う。先代が目元の皺を僅かに深め、その瞳に悔恨の念を浮かべた。

 

「……すまぬ、ロクスレイ。お前に、背負う必要もないものを背負わせてしまった」

 

 一族の悲願を成就した暁に、ロクスレイは初代にいつ肉体を乗っ取られてもおかしくない状態になってしまった。自分の息子に、それも一族の血を引かないロクスレイに一族の宿痾とも言えるものを背負わせてしまったのだ。先代はそれを酷く気に病んでいる。

 

 先代の他にも、候補者として争ったシャルルも表にこそしないが気にしている素ぶりがあった。自分が無貌の王になっていればロクスレイに背負わせる必要もなかったなどと、益体もないことを考えているのかもしれない。ロクスレイとしては一族の血を引くシャルルでなく自分でよかったと思っているのだが。

 

「別に気にしちゃいませんがね。それに、悪いことばっかとも限りませんぜ? 皐月の王に至ったからか、どうにも身体の調子が良いんですよねぇ。こう、枷が外れたみたいな? 今なら、無貌の王の時にはできなかったこともできそうだ」

 

「…………」

 

 先代の表情が苦々しく歪む。ロクスレイはメリットのように言ってのけたが、それが必ずしもメリットだけではないと察せたからだ。

 

「ロクスレイ。くれぐれも気をつけるのだ」

 

「へいへい。ったく、どいつもこいつも気にしすぎなんだっての。要はオレが乗っ取られなきゃいいだけの簡単な話だろ。もっと気楽に行こうぜ? あんな感じにさ」

 

 そう言ってロクスレイが見るのは里の子供達に囲まれて宴を楽しむルミアの姿だ。

 

 儀式の時に着ていたドレスはそのまま、子供達手製の花冠を頭に載せて、一族の若い衆の楽器演奏に合わせて軽やかに踊っている。

 

 まるで一幅の絵画のような眺め。名付けるなら、森の精霊と乙女の戯れであろうか。子供達の無邪気さとルミアの持つ柔らかな慈愛が見事にマッチしている。画家が居れば是非とも絵に残してもらっただろう光景だ。

 

 残念ながら一族内に画家は居らず、代わりに少し離れた位置でペンとスケッチブックを手にして猛烈な勢いで次回作の構想を練っているカリスマデザイナーの姿はあったが、ロクスレイは気にしないことにした。スケッチで収まっている間は問題ないだろうという考えもある。

 

 意識的にエリザを視界の外に追いやっていると、宴の中心から騒がしい三人娘が駆け寄ってきた。

 

「まあ、こんなところでロクスレイがサボってるわ。お姫様を放ってサボってるわ!」

 

「いけないんだー、いけないんだー」

 

「主役の人はちゃんと参加しないとダメですよ、ロクスレイさん」

 

「いやいや、オレはだな……って、おいこら手を引っ張るなっての」

 

 三人娘に囲まれてぐいぐい宴の中心へと引きずられていくロクスレイ。先代はそんな息子を微笑ましげに見送った。

 

 三人娘に手を引かれて宴の中心に強制連行されたロクスレイを迎えたのはルミアだった。元気の有り余った三人娘に囲まれてげんなりしているロクスレイを見てくすりと笑みを零す。

 

「慕われてるんだねロクスレイ君」

 

「そんなんじゃねえですよ。オレよかお嬢さんの方がよっぽど好かれてるっしょ……」

 

 宴の中心に引きずり出されたロクスレイはどこか落ち着かない様子だ。基本的に人の輪の外から眺めている性質(タチ)なために、こうして輪の中へ入ってしまうと戸惑いが隠せないらしい。

 

 きょろきょろと挙動不審なロクスレイにルミアはそっと手を差し出す。

 

「ロクスレイ君。よかったら、私と一緒に踊ってくれませんか?」

 

「踊ってっつってもなぁ。オレにお貴族様の踊る上品なダンスを期待されても困りますぜ?」

 

「それは大丈夫。宴が始まる前にアンヌさんに、ロクスレイ君が踊れるダンスを教えてもらったから」

 

「奥方……」

 

 いつの間にやら先代の隣に立ち、頑張れとばかりに手を振るアンヌの姿にロクスレイは頭を抱えた。

 

 ふと気付けばロクスレイとルミア以外の踊っていた者達はそそくさと下がり、楽器を演奏していた若い衆が「早くしろ」とニヤけながら構えている。その中に澄まし顔のシャルルやウィルなどの顔触れを見つけ、完全に嵌められたとロクスレイは悟った。

 

 ちなみに「(アタシ)の歌でもっと盛り上げてあげるわ!」と息巻いていた音響兵器少女は勇敢なる一族の男衆の手によって既に退場済みである。

 

 完璧なまでにお膳立てを済まされ進退窮まったロクスレイは、期待に満ちたルミアの眼差しに折れてその手を取った。それを合図に止まっていた楽器の演奏が再開した。

 

 二人が踊るのは森に生きる民族に古くから伝わる舞踊『穏やかなる木精の舞(バイレ・デル・セルバ)』。大自然の恵みに感謝を捧げ、精霊より加護を授かるために巫女と覡が奉納する舞だ。市井で感謝祭や催事の折に踊られるダンスの原型となった舞踊でもある。

 

 演奏に合わせてロクスレイとルミアが舞い踊る。

 

 荒々しさはない、自然の雄大さを体現したようなゆったりとしたステップ。優雅さや華々しさはないものの、静穏な素朴さを秘めた振り付け。二人は互いに互いを預けて心ゆくまで踊り続ける。

 

「驚いたな。お嬢さん、本当に今日知ったばかりなんですかい? オレよかよっぽど上手いじゃないの」

 

「えへへ、アンヌさんの教えが上手かったからだよ」

 

 はにかみながら謙遜するルミアであるが、その実彼女のダンスの腕前は目を瞠るものがある。元とはいえそのあたりの教養や素養は流石王女と言わざるを得ない。

 

 曲が進むほど、踊り続けるほど、二人の息は溶け合うように重なっていく。終盤に差し掛かった頃には二人とも熱に浮かされたようにダンスにのめり込んでいた。

 

 ロクスレイは、別段ダンスが好きでも嫌いでもない。『穏やかなる木精の舞(バイレ・デル・セルバ)』は一族全員が教え込まれるために踊れるだけであって、今までは特に思い入れもなかった。

 

 けれど、こうしてルミアと踊ることは素直に楽しいと思えた。ルミアと踊るためなら、少しくらい真面目にダンスを手習ってもいいかもしれない。

 

 柄にもなくロクスレイが浮かれていたその時、ルミアが姿勢を崩さない程度に身を寄せた。出し抜けに身体が触れ合って目を見開くロクスレイを至近距離で見上げる。

 

「ねえ、ロクスレイ君。一つお願いがあるんだ」

 

「な、なんですかい?」

 

 そそっとロクスレイが詰められた間合いを離そうとステップを刻む。しかし残念、こと純粋なダンスの腕前でロクスレイがルミアに太刀打ちできるはずもなく、離した距離は数秒と保たずまた密着してしまう。

 

 ドギマギする内心を必死に隠そうとするロクスレイに、ここぞとばかりにルミアはお願いを切り出す。

 

「私のこと、名前で呼んでほしいな」

 

「は? いや、それはちょっと問題があってだな……」

 

「ダメ……?」

 

「ぐっ……」

 

 至近距離からの狙ったような上目遣いにロクスレイの心はどうしようもなく揺らぐ。

 

 あざとい、それなのにルミアがやるととんでもない破壊力となる。加えてシチュエーションも完璧。ロクスレイが逃げられないようにダンスの最中、それも気が緩んだ一瞬の隙を突いての実行だ。一体何処の奥様が入れ知恵したのやら。

 

 脳裏からお節介好きな育ての母親を振り払い、ロクスレイはこの場を如何に凌ぐか考える。が、そんな余裕は与えまいとルミアが畳み掛ける。

 

「ティンジェルとかお嬢さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、ちゃんとルミアって呼んでほしい。顔無しさんの時は仕方ないけど、ロクスレイ君の時だけでいいからさ」

 

「ですがね、お嬢さん。急に呼び方変えたりなんてしたら、それこそクラスの連中が騒ぎかねないでしょ」

 

「そうかな? 今更な気がするけどなぁ」

 

 既にロクスレイとルミアの間柄が近しいものであるというのは『遠征学修』を機に周知の事実となっている。呼び方を変えれば騒ぎにはなるだろうが、どの道時間の問題だ。

 

「ね、ロクスレイ君。お願い?」

 

 上目遣いに加えて可愛らしく小首を傾げる仕草。殆ど密着状態からのクリティカルに流石のロクスレイも堪えきれず、精神防壁は敢えなく陥落した。

 

「お……ルミア……嬢」

 

「うん、今はそれでいいかな。無理言ってごめんね」

 

 満足そうに微笑むルミア。対照的にロクスレイは今後の学院生活に想いを馳せて、疲れた溜め息を洩らす。しかしその顔には無意識のうちに微笑が浮かんでいた。

 

 優しい陽だまりのような時間。いつまでもこんな時間が続けばいい。そんなことは無理だと重々承知していても、願わずにいられない。

 

 ルミアの境遇、ロクスレイの背負った運命。遠からず二人には試練が課せられるだろう。果たして二人は無事に乗り越えられるのだろうか。

 

 未来(さき)のことは分からない。けれど現在(いま)は、この時だけはあらゆる柵から解放されて二人は幸せな時間を思う存分噛み締める。

 

 決して忘れないよう、この思い出を心の奥底に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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