無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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10巻でいよいよルミアちゃんの能力とか色々明らかになってきましたね。それに伴って皐月の王の設定も多少変更……大分間が空いてしまいましたがやっとこさ更新です。
ところでextraのCMでロビンフッドさんが動いていてわたくし、大興奮してます、はい。


決闘

 ルミアから想いを告げられたロクスレイは根回しに奔走した。というのも、次代の無貌の王(ロビンフッド)にもう一度選ばれるためには一族の総意が必要だからだ。

 

 現状、次期無貌の王(ロビンフッド)はシャルルで決定してしまっている。そこへ後から割り込んで名乗りを上げることの非常識さ、そもそもそんな我儘が罷り通るはずもない。

 

 しかし、だからと言って諦めるつもりはない。一族の一人一人の元へ足を運び、頭を下げて許しを求めた。儀式の途中に乱入なんて不義理な真似はできない故に、ロクスレイは地道に根回しをする他なかったのだ。

 

 一族の賛同を得るのは中々に難航した。それでも根気よく頭を下げ、先代の言葉添えもあって何とか候補に上がることができた。一番難色を示すだろうと考えていたシャルルが思ったよりもすんなり受け入れたのもあるだろう。

 

 シャルルは夜遅くに訪ねてきたロクスレイを一目見ただけで事情を察し、二つ返事で了承してくれた。悲願の成就は心から望んでいたものの、自身がその悲願成就の当事者になる名誉にはてんで執着がなかったらしい。

 

 何より──

 

「君達の間に割って入るなんて無粋な真似、できるわけないだろう。むしろ、こうなることは想定内だよ」

 

 当の本人がこの調子である。

 

 だからと言ってシャルルもすんなりと次期無貌の王(ロビンフッド)の座を譲るつもりはないらしく、

 

「負けっぱなしは趣味じゃないからね。事情は理解していても加減はしない。前回の借りを返させてもらうよ」

 

 とロクスレイを相手に啖呵を切った。

 

 前回の無貌の王(ロビンフッド)選出の際に負けたのがシャルルにとって非常に悔しいことであり、この機に雪辱を果たそうという魂胆らしい。別れ際に「お姫様の騎士(ナイト)の座、きちんと守り抜いてみせてくれよ?」などと挑発をされては、ロクスレイも柄ではなくとも気張るものだ。

 

 何よりシャルルの実力はロクスレイに迫るもの。気を抜くことなどできようはずもない。

 

「候補者両名ともに無貌の王(ロビンフッド)に相応しい能力を有していることは一族皆認めている。故に選出法は前回同様、候補者両名による決闘とする。異論はないかね?」

 

 儀式を取り仕切るジェロームの問いかけにロクスレイとシャルルは頷きを返す。

 

 元より二人とも無貌の王(ロビンフッド)として活動するにあたって必要な技能は修得済み。得意分野に多少の違いはあれど、どちらが無貌の王を継承したとしても問題ない。だからこそ最後は実戦における能力がより秀でた者を選出するのだ。

 

 ジェロームに促されてロクスレイとシャルルは対峙する。初代無貌の王が遺した石碑の御前でどちらがより無貌の王に相応しいか争う。見届け人は一族全員と今回の儀式において重要な役割を担うルミア。

 

 大勢の人間が見守る中、いよいよ決闘が始まる。

 

「双方準備はいいかね?」

 

 ジェロームが最後の確認をするとシャルルが静かに首肯を返す。ロクスレイは不安げな面差しで見守るルミアを一瞥し、心配するなとばかりにフードの下で微笑を浮かべた。

 

 ロクスレイとシャルルが己の得物に手を掛け、戦意を昂らせる。

 

「よし。これより候補者二名による決闘を行う。では──始めッ!」

 

 ジェロームの開始の合図により決闘の幕が開かれた。

 

 

 ▼

 

 

 開始の合図と共に両者は地を蹴る。決闘とあって二人は早速激しい鎬の削り合いをするかと思いきやそうはならない。何せロクスレイとシャルルでは得意とする間合いが違う。

 

 得物であるサーベルを抜きながら間合いを詰めようとするシャルルに対し、ロクスレイは後方に飛び退きながら弓に矢を番える。サーベルを得物とするシャルルを相手に真っ向から受けて立つのは愚策。如何にして間合いを保つかがロクスレイの勝敗を左右する。

 

 弓弦の音が鳴り響く。放たれた矢弾の数は三。二つはシャルルの足を、一つは正中線のど真ん中を狙っている。

 

「甘いなッ」

 

 常人であれば為す術もなく射抜かれるだろう。しかしシャルルはロクスレイと無貌の王(ロビンフッド)の座を争う傑物。それも剣を握らせたら一族の中で並ぶ者はいないとまで謳われる剣士だ。

 

 サーベルの刃が二度閃く。鋭い斬撃は飛来する矢を空中で真っ二つにした。空恐ろしさすら感じる剣の冴えに、しかしロクスレイが動揺することはない。この程度の離れ業は予想の範疇だ。

 

 斬り捨てた矢には目もくれずシャルルは一気に間合いを詰めんと加速する。そうはさせまいとロクスレイも息つく暇もなく矢を射放つ。

 

 しかし放たれる矢はその悉くがサーベルの一振りによって斬り落とされてしまう。矢そのものに仕込みをして軌道を曲げたり、矢の影に二の矢を潜ませるなどとしているのだが、卓越した剣捌きによって一矢足りとも届くことはない。

 

 決してロクスレイの弓術がシャルルの剣術に劣っているわけではない。ただ良くも悪くも二人は互いの手の内を知っており、カードの強さで勝負するシャルルとカードの組み合わせで勝負するロクスレイとでは致命的に相性が悪かった。これが互いに初見の戦いであったのならばこうはならなかっただろう。

 

 得意の弓矢が通じないとなればロクスレイは次の手札を切る。

 

 一度に複数の矢を撃ちながら懐から投擲用ナイフを抜き打つ。ナイフは矢弾を斬り捨てた体勢のシャルルに襲い掛かる。

 

「その手も見飽きたよ」

 

 迫るナイフをシャルルは最小限の動きで躱すと、ナイフが通り過ぎた空間にサーベルを一振りする。するとナイフに繋がれていた鋼糸(ワイヤー)がブツッと断ち切られた。

 

 鋼糸を用いた搦め手も容易く読み切られる。何せ前回の決闘でも使った手だ。二度も同じ手を食らうほどシャルルは甘くない。

 

 遠・中距離の手札は全て知られている。搦め手も読まれていては意味がない。早くもロクスレイは手詰まりとなるが、しかし表情に焦りの色は見られない。

 

 シャルルは確かにロクスレイの手の内を知り尽くしている。奇策奇襲を主として展開するロクスレイにとってはリィエルとはまた別ベクトルで相性の悪い相手だ。だがそれは同時に、ロクスレイもシャルルの手の内を知っているということでもある。

 

 ロクスレイは知っている。シャルルの癖、呼吸のリズム、重心や足の運び方。それらの情報を目まぐるしく流動する戦闘の最中に統合し、切り札を切る最高の瞬間(タイミング)を導き出す。

 

 それが今、遠・中距離の間合いをシャルルが一足で詰めようとするこの瞬間を、ロクスレイはずっと待ち侘びていたのだ。

 

 サーベルを構えて突貫してくるシャルルにロクスレイは不敵な笑みを浮かべ、左掌を剥き出しの地面に触れさせた。見覚えのある挙動にシャルルの動きが微かに揺らぐ。

 

「《そこ・爆発するぜ?》」

 

 ロクスレイの口が紡ぐ短い詠唱に呼応し、シャルルが踏み締めた足元の地面が前触れなく爆発した。

 

 ロビンフッドだけが使える固有魔術(オリジナル)【繁みの棘】。詠唱が短く起動条件は地面に手を触れるだけの奇襲攻撃であるが、しかしそれは無貌の王(ロビンフッド)だけが扱える魔術だ。資格を失っているロクスレイが使える道理はないはずである。

 

 驚愕するシャルルと一族の面々。資格を失いながらも固有魔術(オリジナル)()()してみせたロクスレイはフードの下でほくそ笑む。

 

 種明かしをすればロクスレイは一度も魔術を使用していない。ただ昨夜のうちに仕込んだ爆弾をシャルルが踏み付けると同時に、それっぽく詠唱をしただけだ。簡単なトリックである。

 

 だが無貌の王の一族であるシャルルからすれば資格もなしに固有魔術(オリジナル)を使ったようにしか見えない。良くも悪くも一族の人間だからこそ引っかかってしまった、たった一度きりしか通用しない虚仮威しだ。

 

 だがそれで十分。その一瞬の隙があれば狩人は勝負を仕掛けられる。

 

 足元を爆発されて体勢を崩しているシャルルへとロクスレイは両手に短剣を握り締めて急襲。得意レンジを捨ててサーベルの間合いに自ら踏み込んだ。

 

 ロクスレイらしからぬ行動にシャルルは瞠目するも、即座にサーベルを引き戻して短剣の刃を弾いた。

 

「驚いたよ。まさか君が私を相手に接近戦を挑むなんて。どういう風の吹き回しだい?」

 

 言葉を投げかけながらも絶え間なく振るわれる短剣の切っ先をサーベルで往なす。【繁みの棘】の再現に乱された呼吸は既に元に戻っている。爆弾で崩された体勢もじきに持ち直すだろう。

 

 息つく暇もなく両手の短剣を振り翳しながらロクスレイは口元に笑みを作った。

 

「さてね。まあ、なんだ。偶には槍の差し合いも悪くない、なんて思ったりしてなっ!」

 

 サーベル一本のシャルルに対して手数で休みなく攻め続ける。一時でも手を止めればサーベルの切っ先に貫かれかねない。ロクスレイにできるのは二振りの短剣を只管乱舞させて果敢に攻めることだけだ。

 

「ふふっ、前の決闘の時とは正反対のことを言うんだね。エリザも言っていたけれど、随分と変わったみたいだ」

 

 以前に無貌の王(ロビンフッド)の座を賭けて決闘した時、ロクスレイは一度たりとも接近戦を挑もうとはしなかった。その時は決闘前夜にしこたま罠を仕掛け、徹底的に遠距離から弓矢で狙撃し続けたのだ。

 

 当時のシャルルは無数の罠に足を取られ、趣味ではない魔術まで使って応戦するも、惜しくもロクスレイに一歩及ばず負けた。まともに剣を交えることもできずに敗北を喫した屈辱をシャルルは忘れていない。

 

 今回の決闘ではその雪辱を晴らさんと意気込んでいたのだが、ロクスレイの方から接近戦を望んでくるのならば是非もない。シャルルは剣気を昂らせて剣速を上げていく。

 

「ぐっ……! やっぱ剣での勝負は分が悪いな。つか、やっぱ柄じゃねぇよな。弓兵が剣引っ提げて近接戦とか、マジないわ!」

 

「今さらそんなこと言っても遅い。最後まで付き合ってもらうよ、ロクスレイ!」

 

 殺気とも違う剣が纏う空恐ろしい圧力にロクスレイは徐々に押されていく。手数でどうにか誤魔化していた実力差が、次第に浮き彫りになる。元より近接戦でロクスレイが敵う相手ではないのだ。

 

 いよいよもってロクスレイの敗色が濃厚になってきた。

 

 シャルルの剣速にロクスレイが追いつけなくなり始めた頃合いで見守る一族の大半がシャルルの勝利を確信し始めた。中にはロクスレイが接近戦を挑んだ時点で負けたと決めつけた者もいる。それだけシャルルの接近戦における実力が認められているのだ。

 

 しかし一方で未だ勝負の行方を静かに見守る面々もいる。ロクスレイの実力を誰よりも知る先代を始め、ロクスレイとシャルル両者とも関係が深いエリザとウィル、そして誰よりもロクスレイの勝利を願っているルミア。

 

 彼らは二人の激しい攻防から片時足りとも目を離さない。一瞬でも目を逸らせばその瞬間に勝敗が決する。二人の実力を知るからこそ、そう確信していた。

 

「ロクスレイ君……」

 

 今一度、無貌の王に返り咲くため。お姫様の我儘を通すために、何より自分がそうしたいと思ったからこそ戦う少年の背中を、ルミアは見ていることしかできない。ただ信じて、祈ることしかできない。

 

 いつもそうだった。ルミア(自分)はただ守られているだけ。周りに迷惑をかけてばかりで、自分なんて居ないほうがいいと何度思ったことか。

 

 歯痒くて悔しくて、何より自分のせいで誰かが傷つくことが辛かった。ロクスレイが一度命を落としてしまった時にそれを改めて実感した。なのに、愚かにも自分は今一度ロクスレイに茨の道を歩ませようとしている。

 

 ルミアの側に居ればロクスレイはまた傷つくことになる。分かっているだろうに、それでもルミアは望まずには居られない。

 

 かつて共に歩んでくれた騎士ともう一度肩を並べて歩みたいと──

 

「──え?」

 

 何か今、妙な思考が湧き上がった気がした。自分でも何が起きたか分からず、ルミアはきょろきょろと周囲を見回す。

 

 甲高い音が響いてロクスレイの手から短剣が弾き飛ばされたのはその時だった。

 

「ロクスレイ君……!?」

 

 音に意識を引き戻されたルミアが見たのは片方の短剣を失ったロクスレイ。そんな彼に決着の一撃を繰り出さんとするシャルルの姿。最早、勝敗は決したも同然であった。

 

 だが決闘の当人たるロクスレイは未だ諦めていない。短剣を片方失ってもなおその瞳に宿る意志の光は健在。むしろこの時を待っていたと言わんばかりに爛々と輝かせている。

 

 サーベルによる鋭い刺突が放たれる。その切っ先が喉元に突きつけられた時点でロクスレイの負けだ。しかしサーベルの切っ先がロクスレイの喉元に届くことはなかった。

 

 ガイン! と鋼と鋼が打ち合う音が響き渡り、サーベルの切っ先があらぬ方向へと捻じ曲げられる。短剣を失い無手となった手で繰り出した裏拳がサーベルの横っ腹を叩いたのだ。どうやら前もって鉄板入りのグローブを嵌めていたらしい。

 

「なっ……!?」

 

 シャルルが驚愕に目を剥く。見守っていた一族の面々も程度に差はあれ愕然と顎を落としていた。

 

「しっ──!」

 

 周囲の反応を他所にロクスレイは未だ短剣を握る手も合わせて連続で拳を放つ。素人の苦し紛れとは思えないほどに堂に入った構えと身のこなし。一発一発腰の入った拳撃がシャルルを襲う。

 

「くっ……!」

 

 さしものシャルルもこれは躱しきれず、留めの一撃を放とうと踏み込んでいたのもあって何発か受けてしまう。幸いエンチャントも何も付与されていない拳であったのでダメージ自体は大きくないが、今ので完全に流れを持っていかれてしまったのは間違いない。

 

 誰もが予想だにしなかった展開。よもやあのロクスレイが近接戦を演じるどころか格闘戦まで熟そうとは、長く親として付き合ってきた先代をして青天の霹靂とも言える出来事だった。

 

 しかしルミアだけはロクスレイの動きに既視感を覚え、ロクスレイが何処で格闘戦を身につけたのかを理解していた。

 

「あの動き、グレン先生の……」

 

 実際に見る機会は然程多くなかったものの、ロクスレイの身のこなしはグレンのそれと酷似している。システィーナあたりなら一発でグレンの真似だと断言するだろう。それも当然、これはロクスレイがグレンから盗んで身につけた技能(スキル)であるからだ。

 

 直接グレンに教えを請うたわけではない。ただ任務の都合で組んだ時にその類い稀な格闘センスに目を付け、折良くグレンが講師として学院に赴任してきて剰えシスティーナ相手に拳闘の教授をし始めたものだから、これ幸いにロンドを介して朝練の風景を盗み見(ピーピング)して身につけた。

 

 無論、セリカに絶賛される程の腕前であるグレンには遠く及ばない。ロクスレイの格闘技術は高く見積もって二流がいいところ。一流の剣士であるシャルルには到底通用しない代物である。

 

 しかしそれも時と場合による。今回に限れば目論見通りシャルルの意表を突くことができた。それだけでも毎朝グレンとシスティーナの朝練を覗いていた甲斐があったというものだろう。

 

 内心でグレンに感謝の言葉を吐きつつロクスレイは間合いを詰める。シャルルが振るうサーベルの間合いより更に内側、殆ど密着状態から追い討ちの拳撃を叩き込む。

 

「うぐっ、は……」

 

 剣術では一族内で並ぶ者なしのシャルルも剣を満足に振るえないほどに接近されてしまえば対処できない。何よりロクスレイが格闘術を持ち出してくるなどと露ほども考えていなかったがために対応が致命的なまでに遅れてしまった。

 

 腹部への強烈な一撃にシャルルが怯む。その隙を突いてロクスレイは足払いをかけ、倒れ込むシャルルに伸し掛かり手にしていた短剣の切っ先をその白い細首に突きつけた。

 

「ま、こんなもんでしょ。オレの勝ちってことで文句ないよな、シャルル?」

 

「はぁ……そうだね、完敗だよ。まさかロクスレイに近接戦で負ける日が来るなんてね……」

 

 若干肩を落としつつシャルルは己の負けを認めた。

 

 こうして候補者二人による決闘はロクスレイの勝利という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 


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